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お菓子の家

スゥエーデン製のお菓子の家セットが来た。といっても、入っているのはクッキーの屋根や壁と煙突だけ。その他の材料を買いそろえて、お菓子の家の製作にとりかかる。こちらは見学。まず粉砂糖とレモン汁をこねてアイシングを作り、それを糊にして組み立てる。茶色の素朴な丸木小屋という風情。窓ガラスは板ゼラチン。そこに、マシュマロ、マーブルチョコ、ピンクと白のチョコペンで飾り付けると、華やかなお菓子の家ができあがった。
その後は、ヘンゼルとグレーテルの気分でお茶のおともにした。ジンジャー味のクッキーが思いの外おいしかった。

2009年元旦

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ArtRageで描いた新作

エリック・カール展

微妙に違う色合いの様々な緑の色紙を切り抜いて貼っていくと、あおむしの胴体ができあがる。その無数の色紙自体が作者の手作りだ。
切り抜いた残りの色紙で作品を作り上げたり、大きなあおむしの顔を切り抜いてお面にしたり、そもそも、穴あけパンチで紙にあけた穴が、小さな虫が食べた穴に見えたところから「はらぺこあおむし」の絵本ができたという。ほんとうに創ることを楽しんでいるエリックおじさんだった。
(「はらぺこあおむし」偕成社)

木簡

 近くの大規模工事現場で出土した木簡(もっかん)を見た。木簡とは、細長い板切れに文字を書き記したもので、表面を削ると再利用できるので、奈良時代の役所で高価な紙より手軽に使われた。実物は、巾2.5センチ位、縦15センチ位の木切れで、何か文字が書いてあるが、素人目には古ぼけた木切れにしか見えない。
 でも、これが発見されたということは、当時の政治の中心地、平城京と深いつながりがあったという意味になるそうで、このあたりが8世紀の昔から結構栄えていたのがわかる。その後、住む人が入れ替わり時代も移り変わってきたが、過去と現在は切り離されたものではなく、ずっとつながってきているのだなあとあらためて思った。

「表裏源内蛙合戦」

井上ひさしの戯曲「表裏源内蛙合戦」を見に行った。江戸時代の才人だが、才気が走りすぎて時代の先を行き過ぎ、結局は狂死した平賀源内の一代記。四字熟語や地口、だじゃれなどことば遊びを詰め込んだ原作の長いせりふを、舞台の上で役者が生で言うのを初めて聞いて、うれしかった。舞台転換もみごとだった。ただ、原作では、裏の源内の毒がもう少し利いていたような気がしたが、舞台では、けっこう「いい人」という印象だった。私の思い違いか、演出のせいか・・・?

「The Tales of Beedle The Bard」

 Harry Potterシリーズ最終巻で、DumbledoreがHermioneにルーン文字のオリジナル版を遺した「吟遊詩人ビードルのお話」が出た。これは、魔法界のグリム童話ともいうべきもので、この中の「三人兄弟のお話」は、最終巻の重要な鍵となった。今回は、Hermioneがルーン文字から訳した五つのお話が入っていて、それぞれにDumbledoreのコメントがついている。彼も幼い頃から、母に読んでもらって親しんでいたそうだ。最近では、HarryやRonの子どもたちも読んでもらったことだろう。
 マグルの世界の童話と違って、主人公も魔法を使うが、それで問題が解決するとは限らず、またヒロインも助けを待っていないで積極的に行動する。
 今のHogwartsの情報はないが、McGonagall先生が校長になったことだけは分かった。

三日月

日ごとに日没が早まり、今日は4時45分くらいに日が沈んで、その後きれいな夕焼けが西の空一面に広がった。その上の方のだんだん青みを増していく空に、三日月があらわれたが、輝く星を二つ随えている。新聞によると、木星と金星で、このように三つが接近するのは数年に一度だそうだ。月は、白くさえざえと輝き、天体だと分かっているのに、女神アルテミスの冷たい神々しさを感じてしまう。

「Powers」

 U.Le Guinの「Powers」を読み終えた。「Gifts」「Voices」に続くThe Western shoreという架空世界を舞台にした三部作の最後の作品。Earthseaと同じように、まず世界が設定されてから、その中で人々が動き出すという感じがする。
 父の才能を受け継がず詩をつくる才能があるOrrec、本のない世界で密かに本を読んでいた少女Memer、教師になる教育を受けていたが奴隷の身分のGavir、それぞれの若者が、自分を見つめ自分の居場所を捜し求めて苦悩する。
 「ことば」が力を持つ世界の物語で、ことばの力をあらためて考えさせられる。やはり女性の強さが際立つが、なかでも動物と心を通わせる才能を持つGryと雌ライオンのShetarが魅力的だ。

fiddlers bid

 ケルトの伝統音楽を今に伝えるスコットランドのシェトランド諸島の「fiddlers bid」の演奏を聴きにいった。fiddleつまりバイオリンが4人に、ハープやピアノやギターが加わった7人のグループだ。伝統と言っても過去の化石ではなく、現代に息づいていて新しい曲も加わっている。取りすました芸術でなく、生活に根ざした音楽だ。
 その中で「White Wife」という曲は、アイルランドの曲で、幽霊の意味だそうだが、明るい曲だった。妖精など別世界の住人に対するアイルランド人の親しみが現れているのだろうか。
 聴衆の手拍子を誘い出す踊りの音楽を聴いていると、妖精王フィンヴァラの姿が浮かんできた。

源氏物語千年紀その2

 源氏物語千年紀を記念した「源氏物語の世界」展に行ってきた。
 まじめなほうでは、本居宣長(もとおりのりなが)が「もののあはれ」を説いた源氏物語の注釈書「玉の小櫛」(たまのおぐし) が展示されていた。それとともに、生霊になった六条御息所(ろくじょうのみやすんどころ)と光源氏のなれそめを源氏物語の文体をまねて書いた補作も展示されていた。彼は、「源氏オタク」だったようだ。
 高貴な身分の姫の嫁入り道具に、「源氏」とかいた手鏡や、各場面を描いた伊達家の駕籠(かご)や、源氏物語の豪華な写本があった。ただし読まれた形跡がないものもあったらしい。かたや、高級遊女、おいらんは、教養として、源氏物語を読んでいて、それが、浮世絵にもなっている。姫より遊女のほうが、教養が高い場合もあったようだ。
 「偽紫田舎源氏(にせむらさきいなかげんじ)」は、王朝の原作を室町時代に時代を移したものだが、それを浮世絵では、江戸の風俗、人気歌舞伎役者の顔で描かれ、人気を博した。国は違うが、シェークスピア作品を、イケメン俳優が主役の現代劇にした写真集といったところだろうか。
 源氏物語が、江戸時代に、写本、絵巻、屏風、浮世絵、かるたなどで、上流階級から庶民まで親しまれていたのがよくわかった。