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津軽(つがる)2:「斜陽館」

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青森県西部は、むかし津軽(つがる)と呼ばれた。その中の五所川原で津軽鉄道に乗った。古い古いディーゼルでストーブ付き。冬はストーブ列車になるそうだ。

金木(かなき)で下車した。駅前からずっと店も閉じ人通りもないが、太宰治の生家「斜陽館」のあたりだけ、観光バスも止まり異様に混んでいた。

生原稿、愛用のマントや財布を見ていると、かの有名作家「太宰治」が「津島修治」として暮らしていたのだと実感される。ぐるりにつばがある帽子に「和服好きなのでこの帽子はかぶらなかった」といった説明があった。太宰のマントは洋装のイメージだったが、着物の上に着ていたのだと今更ながら気がついた。

さすがに大きな立派な屋敷だが、20人ほどが暮らしていたそうでプライベートな部屋というものがない。富裕な家に生まれ、繊細なハンサムで賢いが、大家族のため両親の愛情は薄く育ったのが太宰文学の原点だと、実際の建物を見ながら思った。