兵庫県川西市の多田神社から満願寺、そして宝塚市の最明寺滝(寺は無い)へ。
住宅街を歩いていたら急に木々の間の散策路になった。
最後は、つばめ軽食店。
名古屋市の徳川美術館「やまと絵うるわし」展を見た。
印象に残ったものは・・・
・源氏物語絵巻(12世紀)
「関屋(せきや)」詞書(ことばがき)と絵・・・石山詣での源氏一行が、夫と共に上京途中の空蝉に出会う場面の風景画。
「東屋(あずまや)一」詞書と絵・・・中君(なかのきみ)が、異母妹の浮舟を慰めようと絵物語を見せ、女房に詞書を読ませる。
・掃墨(はいずみ)物語絵巻(14-15世紀)
白粉と眉墨を間違えて化粧してしまい、僧に鬼だと思われショックを受けて出家した娘の話!
・鶏卵皮研出塗刀拵(けいらんひとぎだしぬりかたなこしらえ)
卵の殻にひびを入れたもので覆った鞘。江戸後期に流行したそう。
門の外では、青空の下、結婚式の撮影が行われていた。
JR宇野みなと線で、岡山から備前田井(びぜん たい)まで行き、
みやま公園に寄った後、宇野へ。
この辺りすべて岡山県玉野市になる。
宇野港は、瀬戸大橋開通前、本州と四国(高松)を結ぶ宇高(うこう)連絡船の発着港として賑わった。
空き缶や不用品で作られたチヌ(瀬戸内海の黒鯛)が面白かった。
帰りは、「La Malle de Bois」(ラマルドボワ)という凝った名前の観光列車で岡山へ。
malleは旅行鞄、boisは木を意味するフランス語だそうだ。
「吉例顔見世大歌舞伎:
橋之助改め八代目中村芝翫(しかん)と、三人の息子たちの襲名披露公演」を見た。
一、元禄忠臣蔵 御浜御殿綱豊卿(おはまごてんつなとよきょう)
真山青果作、昭和初期の新歌舞伎。
後の六代将軍家宣(いえのぶ)になる徳川綱豊(仁左衛門)の御浜御殿。赤穂浪士の富森助右衛門(染五郎)が、吉良上野介に襲いかかるが、それは綱豊だった。綱豊は、方や浅野家再興を画しつつ、仇討ちをするのは「義」ではないと諭す。
台詞が長い。
二、口上
裃(かみしも)姿の役者たちが揃って挨拶。
三、近江源氏先陣館 盛綱陣屋(もりつなじんや)
18世紀、近松半二らによる浄瑠璃が元の時代物。
兄弟で、徳川と豊臣の敵味方に分かれた真田(さなだ)兄弟に対比。
頼朝亡き後、鎌倉方と京方の間で争い。佐々木盛綱(芝翫)は、弟の高綱の子の小四郎(尾上左近)を生け捕る。高綱討死の知らせに、盛綱は首実検を命じられる。それは贋首だったが、それを承知で小四郎は切腹。その意を汲んだ盛綱は本物と認める。
謡い、三味線、床に置いた板を叩く拍子木が入る。
四、芝翫奴(しかんやっこ)
囃し方、数人の謡いと三味線をバックに、奴が踊る。
襲名した三兄弟の橋之助、福之助、歌之助が交代に演じ、10日は中村歌之助。
大掛かりな舞台装置と華やかな衣装だが、仇討ちを勧めたり、祖母が孫に切腹を勧めたりと、話はなかなか凄まじい。
拍子木の音が効果的。
盛綱らの長袴(ながばかま)の裾をいちいち直すため黒子がついていた。
四時半に始まり、終わったのが九時半。何度も幕間はあるが五時間の長丁場だった。
Shakespeare作「Midsummer Night's Dream」は、アテネ公爵シーシアスとアマゾンの女王ヒポリタの婚礼前に始まる。
シーシアス(Theseus)は、古代ギリシアで様々な冒険をした英雄テセウスで、アテナイを建国したと伝えられる。迷宮の怪物ミノタウロス退治の際、彼を助けた王女アリアドネを航海の途中で置きざりにしてしまった。その後、アマゾンの女王ヒポリタをさらって妻にした。
あまり長続きしそうにない結婚だが、これも「夢」を暗示しているのだろうか?
以下は、しおりを参考にした印象に残った品のまとめ。
正倉院「正倉」は8世紀中ごろに建造された総檜(ひのき)、校倉造り(あぜくらづくり)の建物で、聖武天皇と東大寺に関する9000件近い宝物が、北倉、中倉、南倉の3室に分けて保管されている。
通天牙笏(つうてんげしゃく)
象牙の細長い板。官人が儀式で持つものだが、裏に式次第などメモを書いたそうだ。
鳥木石夾纈屏風
(とりきいしきょうけちのびょうぶ)
布を、図柄を彫った二枚の板に挟んで染める「夾纈(きょうけち)」技法で作られている。現在には伝わらない〈幻の技法〉。
鳥がかわいい。
漆胡瓶(しっこへい)
高さ40cmほどの唐で作られた水差し。ササン朝ペルシャで流行した形。黒漆を塗った上に、銀の薄板で鹿や草花を表した「平脱(へいだつ)」技法。本体は、テープ状にした木の薄板を巻き上げる「巻胎(けんたい)」技法だと、最近のエックス線撮影で判明。
どうやって滑らかな形を作るのか見当もつかない。
大幡残欠(だいばんざんけつ)
大型の旗の上部。東大寺での聖武天皇の一周忌法会で飾られた。幅は1m弱で、全体の長さは大仏の高さに匹敵する13~15mと推測。錦や綾、組紐(くみひも)など多様な染織技法を駆使。
展示された部分だけでも相当大きい。
牙櫛(げのくし)
高級品の象牙を加工した長さ約10cmの櫛。1cmあたり10本以上の細かな歯が作られており、全部で120本以上になる。極めて高い技術で中国からの輸入品らしい。
繊細すぎて実用には向かない。
撥鏤飛鳥形(ばちるひちょうのかた)
長さ約3cmの小さな小さな象牙の鳥が3羽。
染めた象牙の表面を彫って文様を表す「撥鏤(ばちる)」技法で、目や羽毛など精巧に表現。
続々修正倉院古文書第四十六帙第八巻
(ぞくぞくしゅうしょうそういんこもんじょ・だいよんじゅうろくちつだいはちかん)
経典の貸借や写経所に関係する文書を張り継いで巻物にしたもの。
「仕事量に合う人員を考えて欲しい、洗っても臭いので新しい制服?が欲しい、食事の改善、月に5日休みが欲しい、座り仕事で胸が痛く膝が痺れるので薬用に3日に1度酒が欲しい、毎日麦が欲しい」と、写経を仕事にする写経生の待遇改善を要求する文書もある。走り書きのような雑な書き方。下書きかもしれない。
最後に、写経生たちが仕上げた見事な写経が展示されていて、その苦労がしのばれた。
日暮れが早い寒い秋の午後、枯葉が風に舞っているのを見ると、メアリ・ポピンズの「Hallowe'en」の話を思い出す。
10月31日、JaneとMichael、二人の子どもの手に枯葉が飛び込んできた。
その夜、二人は自分たちの影が勝手に出て行くのを見つけて追いかける。聞いたところ、その夜は、影たちが、その本体から離れて自由になれ、おまけに満月で、Mary Poppinsの誕生日の前夜という特別な晩だという。
夜の公園には、実在の人物だけでなく伝承童謡の登場人物や動物の影がたくさん集まっていた。
枯葉は、影たちの不思議なパーティーの入場券だった・・・。
元々ハロウィーンは、古代ケルトの祭りが起源だそうで、公園番によると「Things」がわらわらと出てくる少し怖い夜だという。
それが最近はオレンジ色のカボチャが店先を飾り、黒いマントで仮装する陽気な日になってしまった。
"MARY POPPINS IN THE PARK" by P.L.Travers,1952