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オニグルミ

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オニグルミは、普通のクルミより一回り小ぶりで色が濃い。殻に隙間が開くまで火を通し、何とかして殻をこじ開けると、濃厚な実がほんのちょっぴり入っている。その苦労も美味しさのうちだ。

2014年元旦

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さかさ門松

ドビーの先祖

ディックは、イングランド中ほどのコッツウォルズ地方にある屋敷に何百年もの間、住んできた。ふつうの人には見えない存在だが、ある少女には、「ぼろを着た小さな人」に見える。

時は17世紀後半、清教徒革命後、没落した貴族が屋敷を去り、かわりに新教徒の商人一家が住むことになった。新教徒は、古いしきたりに従わず、クリスマスも楽しく祝う事はしない。

屋敷を愛し、古いしきたりを守り、ディックの存在を信じる心優しい人たちを、彼はひそかに助け、また屋敷に隠された宝を守り、邪悪な魔女に立ち向かう。

ディックのおかげで、屋敷の女主人として幸せになった娘は、お礼に新しいシャツを贈る。それを着ると自由の身になれるのだ。

現代によみがえったディックの遠い末裔が、「ハリー・ポッター」シリーズに登場するハウスエルフのドビーだろう。

"Hobberdy Dick" by Katherine Briggs(1955),
Faber and Faber(2009)

長崎県の旅(佐世保と平戸)

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佐世保バーガー、九十九島(くじゅうくしま)の遊覧船、弓張岳展望台からの夕日、三浦町教会、佐々駅で相浦(あいのうら)富士と松浦鉄道、平戸城、ザビエル記念教会、ハウステンボス。

京都の紅葉

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11月下旬の京都、東山の無鄰菴(むりんあん)と南禅寺、嵐山の常寂光寺と二尊院。今年は、ずっと暑かったのが急に寒くなり、秋が短かったが、紅葉はどこも綺麗だった。
それに近所の桜も赤くて綺麗だった。

早くもクリスマス

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新丸ビルと六本木ガレリアと銀座教文館では、11月半ばからクリスマスの飾り付けだった。

「ミケランジェロ展」

ミケランジェロ・ブオナローティは、16世紀後半、イタリア・ルネッサンス最後の巨匠である。代表作ピエタのマリアは青年のように見えるし、ダヴィデ像も「最後の審判」のキリストも男性の肉体美が印象的なので、自由奔放な気まぐれな天才肌の人物かと思っていた。

ところが「最後の審判」を描くための素描がたくさん残されていて、あの巨大な作品は、そもそも膨大な下絵の下に製作されたようだ。根気が無ければできない仕事だ。それに、ダ・ヴィンチとは違い、請け負った仕事は苦労しながらきっちり仕上げていたので、天才には違いないが真面目な職人肌でもあったようだ。

ニシンやパスタやワインやホウレンソウのメニューをスケッチしてあるのが微笑ましく、ミケランジェロのイメージが良い方に変わった展覧会だった。

「仮名手本忠臣蔵」

「歌舞伎座新開場杮葺落・吉例顔見世大歌舞伎・通し狂言仮名手本忠臣蔵」の夜の部を見た。大石内蔵助を大星由良之助(吉右衛門)と変えた赤穂浪士の討ち入りの話で、この時期にふさわしい演目だ。

豪華な舞台装置に、浄瑠璃三味線の伴奏つきと、いわば日本のミュージカル。華やかで筋も分かりやすく昔の最大の娯楽だったというのが良く分かる。討ち入りの場面もなかなか迫力があった。

ただし四時半から始まり、お弁当の休憩をはさんで九時までかかった。昔は時間の流れがゆっくりしていたのだと感じさせられた。

山の辺の道:その2

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奈良県の近鉄桜井駅から「山の辺の道(やまのべのみち)」を少し歩いた。

磯城瑞籬宮跡(しきみずがきのみやあと)は、第十代の崇神天皇(すじんてんのう)の住居跡と伝えられていて、三輪山を背後にした高台にあり、かつては、北は「山の辺の道」から奈良と京に、南は紀伊に、東は伊勢に、西は大和川の水運で難波に通じる交通の要所だったそうだ。

「大神神社(おおみわじんじゃ)」は、日本最古の神社の一つで、三輪山を御神体とし、酒造りの神でもあるそうだ。

「久延彦神社(くえびこじんじゃ)」は、大神神社の末社で、大和三山が見渡せる。大和三山とは、かの有名な天香具山(あめのかぐやま)、畝傍山(うねびやま)、耳成山(みみなしやま)だが、高さとしては、いずれも200メートル以下の「山」と言うより小高い丘である。けれど平地にすっくと目立っている姿は「山」というのにふさわしい貫禄があった。

JR三輪駅から「万葉まほろば線」で奈良市へ行った。
興福寺の国宝、北円堂では運慶作の無著・世親像などが公開中だった。深遠な表情や衣のひだの表現が素晴らしく木造とは思えない。四天王像は、しぐさも表情も表現力たっぷりだが、それに加え踏みつけられた邪鬼も憎めなくて忘れられない。

南円堂の脇の橘の実が色づいていて、今日一番の見ものだった。

第65回正倉院展

今年の正倉院展で良かったものは、まず「漆金箔絵盤(うるしきんぱくえのばん)」。これは、上に香を炊く炉盤を載せるための台座。色とりどりの鳥や花が描かれている金箔の木の花びらを何枚も重ねてハスの花のように仕立ててある。

「鯨鬚金銀絵如意(げいしゅきんぎんえのにょい)」は、珍しいクジラのヒゲで作られた孫の手のようなもの。黒柿製の外箱ともに、様々な絵で飾られている。

「蘇芳地金銀絵箱(すおうじきんぎんえのはこ)」は黒っぽい赤の箱で、外側内側が金銀の絵で飾られているだけでなく、底にまで鳳凰と獅子が描かれている。

「斑犀把紅牙撥鏤刀子(はんさいのつかこうげばちるのさやのとうす)」は、10センチほどの鉛筆より細い小刀。柄はサイの角で作られ、鞘は象牙に赤く彩色してから模様を彫って下の白を出す「撥鏤(ばちる)」という技法が使われている。実用でなく貴族のアクセサリーらしい。

「投壺(とうこ)」というのは、壺に矢を投げ入れる貴族の宴席のゲームだそうだ。

どの品にも精緻な絵や模様が描かれ、中には拡大鏡でも見えないほど細かく描かれたものもある。その精密さは、宝物の外箱や袋や、供物を載せる台にも及んでいる。

古文書の展示の中には、写経生の仕事量と報酬や、借金の記録もある。その後に展示された見事に書かれた写経を見ていると、写経生の仕事や生活の苦労がしのばれる。

毎度のことながら、漢字ばかりの宝物名を読むのに苦労したが、1200年以上前の宝物や古文書を修復しつつ大切に伝えてきた先人の熱意が迫ってきた。