記事一覧

天高く・・・

朝から雲一つない真っ青な空が広がっていた。外へ出て、さわやかな秋晴れの高い空の下を歩いていると特に何もないのに気持ちが弾んでくる。
気がつくと日が西に傾いていて、その後きれいな夕焼け空になっていった。日没が5時15分過ぎ。夏至のころに比べ、1時間20分以上早くなっている。確かに「つるべ落とし」だ。

ルイサダ

チュニジア生まれのピアニスト、ジャン・マルク・ルイサダのリサイタルを聴きにいった。プログラムはショパンのマズルカ全曲。マズルカはポーランドの民族舞曲。知らない曲が多いが、休憩を挟み三時間近くその世界に浸っていると、溢れるように即興のメロディーを弾きまくるピアノの前の作曲者の姿が目の前に浮かんできた。

秋の六甲

神戸市の六甲山に行った。市街地からすぐにつづら折りの山道に入り、気がつけばもう山頂近くで、ホテルや牧場やゴルフ場が次々に現れる別世界にいた。
カフェのテラスのすぐ外側にススキが繁り、その向こうに六甲の山並みが連なり、その下に神戸や芦屋、西宮の街が広がり、その先に海が見える。吹く風も肌寒く、すっかり秋の風情だった。

ピアノデュオ

 珍しいピアノデュオの演奏を聴いた。まずラヴェルのスペイン狂詩曲を連弾で。一台のピアノを二人で弾くので肘や脚が当たったりして大変だそうだが、何より小柄な演奏者でないと並んで座れない。
 次は二台のピアノなので見るからにゆったりとしてほっとする。ラフマニノフの組曲第二番。二台のピアノのための作品で、序奏、ワルツ、ロマンス(作者らしいロシアの自然を想わせるメロディーの曲)、タランテラの四曲から成っている。二人分の音はさすがに迫力がある。
 作者は忘れたが、最後の「パガニーニの『鐘』を現代風にした曲」がおもしろかった。

コロー展

19世紀のフランスの印象派の画家、コローの展覧会を見にいった。旅行先のイタリアの風景画、故郷フランスの風景画、「真珠の女」などの人物画、どれも見ていて心が落ちつく。こないだ見たシャガールとは大違い。外に出たらすっかり日が暮れていて歩道の木々が冷たいほどの秋風にゆれ、昼間は見なれた街並みが一変して、ちょっと旅先のような気がした。

ひつまぶし

名古屋名物「ひつまぶし」が登録商標という店に行った。ころっとした一人分のお櫃(ひつ)のご飯に鰻がのっていて、たっぷりめの鰻丼といった風情だが、鰻に一口大の切れ目が入っている。いつもの店より鰻の焼き方が柔らかめで、たれの味が甘め。茶碗によそって、一杯めは、そのまま。二杯めは、あさつき、わさび、刻み海苔の薬味をかけ、三杯目は、薬味とだしをかけて食べる。薬味をかけるとさっぱりした口当たりで食が進み、たっぷり入ったお櫃が空になってしまった。もの珍しかったが、だしをかけるのは、鰻の味がぼけてしまって、おいしい鰻に失礼では!?と思った。

「The Silmarillion」その2

ついでに思い出したが、J.R.R.Tolkienが、「 Rivendell(裂け谷)をImradrisと言うのは、現在のWinchesterをCamelotと言うのと同じ関係だ。ただし、Erlondが、そこに住んでいるのは、例えてみれば、Artherが、まだWinchesterに住んでいるようなものだ」というようなことを言っていた。残念ながらどこで読んだか忘れてしまったが。
エルロンドは、フロドたちにとっては、現代人にとってのアーサー王のような伝説上の人物だったわけだ。

「The Silmarillion」

 J.R.R.Tolkienの「The Silmarillion」をやっと読みおえた。太陽や月より先に、エルフにより作られた三つのシルマリルという宝石を、サウロンの親分モルゴスに奪われ、それを取り返そうとする話が主になっている。
 「The Lord of the Rings」は、The Elder DaysからのMiddle-earthの壮大な歴史の一番新しい方の時代であるThe Third Ageの最後の話で、Halfling(小さき人)フロドたちはそれまでまったく歴史の表舞台に出てこない種族だった。
 それにひきかえ、ガラドリエルは、The Elder Daysからのとても高貴な出で革新的なエルフだった。エルロンドより前の世代なので数千才だか数万才だか、すごい年齢になりそう。巻き毛を一房所望したギムリは、ものすごく畏れおおい願い事をしたわけだ。
 年齢でいえば、エルロンドの娘、アルウェンでさえ確か三千才を過ぎていたような気がする。エルフは殺されない限り不死なのだ。ちなみに、アルウェンがその美しさと運命を比べられたご先祖のルシエンは、シルマリルを取りもどすことが彼女との結婚の条件とされた人間のベレンを手助けしたが、アルウェンより遙かに行動的だったのに驚いた。

「夏休みのトロンボーン」

 昨日は、風早宏隆(かぜはやひろたか)のトロンボーンのコンサートに行った。
 トロンボーンというと、長い管(スライド)を伸び縮みさせながら耳に心地よい低めのボヨーンとした音を出し、ブラスバンドやジャズに使われる比較的新しい楽器のような気がしていたが、解説によると、実は15世紀から教会音楽に使われた古い楽器。日本で言えば仏壇を連想するようなもので宗教色が強すぎて普通の曲には使われなかったが、ベートーベンが交響曲第5「運命」の第4楽章に使って以来、ブラームス、ブルックナー、ワーグナーなどその後の作曲家が使うようになった。ただ、ずっと出番がないのに第4楽章でいきなり目立つ旋律という場面も多く精神的に大変そうだ。
 最近有名なプッチーニの「誰も寝てはならぬ」は、ゆったりとしたきれいなメロディーだがトロンボーンで演奏するのは難しいそうだ。
 トロンボーン四重奏のヘーゼル作「三匹の猫」がおもしろかった。最後は、「It's only a Paper Moon」で楽しく終わった。

晩夏の哲学の道

アップロードファイル 126-1.jpg

京都の哲学の道を久しぶりに銀閣寺の方から歩いて南禅寺まで行った。葉の緑が、いかにも暑さに耐えたらしく艶がなくて木々もお疲れ気味。以前はお盆過ぎの定番だったが最近は珍しくなったツクツクボウシの声が聞こえる。日差しは強いが風は涼しい。ちょうど夏と秋が入り交じっている。
途中の大豊(おおとよ)神社は、9世紀終わりの平安時代、宇多天皇の病(やまい)平癒祈願のため建てられた古い神社。狛犬(こまいぬ)ならぬ「狛ねずみ」がいる。神の使いだそう。確か今年はネズミ年だった。