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尾張徳川家

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名古屋市の徳川美術館は、源氏物語絵巻と雛飾りが有名だ。その他の尾張徳川家の所蔵品は、刀、鎧兜、火縄銃などの武器から、武士のたしなみの茶道具、能装束、輿入れしてきた姫たちの豪華な婚礼道具、衣装、それに「蓬左(ほうさ)文庫」の書物まで様々あり、江戸時代の将軍家を頂点とする大名の生活を垣間見ることができる。すっきり洗練されてはいないが豪華で重厚な雰囲気の品々だった。

ヤギ

スイスの絵本作家ホフマンの原画は、透き通るような色彩だった。病気の子どもの為にグリム童話を絵本にしたのが最初だそうだ。4人の子どもたち各々に宛てた手作り絵本は愛情に溢れていた。

「7ひきのこやぎ」の母ヤギが、オオカミに負けない程しっかりして強そうなのが印象的だった。そういえばノルウェーの昔話「3びきのやぎのがらがらどん」や、ノルウェーの農場生活を描いた「小さな牛追い」「牛追いの冬」でも、ヤギは強かった。

能登半島

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7月半ばに石川県能登半島に行った。半島の東側、七尾湾に囲まれた能登島(のとじま)のガラス美術館は、銀色の宇宙船のような建物だった。清朝の色ガラスや、ダリのデザインによるふにゃふにゃ時計が面白かった。近くの和倉温泉泊。

半島の西側の巌門(がんもん)は岩に穴が開いていて小舟なら通ることができるそうだ。岩と海の風景はなかなか雄大だった。

千里浜(ちりはま)は、長い海岸線が続くのどかな海水浴場だが、その砂浜を車が走る珍しいところだった。

日本海を背景にしたこのあたりの風景は、照りつける真夏の明るい太陽の元でも厳しさや荒々しさが強く感じられた。

祇園祭

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京都の新町通りでは「放下(ほうか)鉾」を建てていた。木材を縄で巻いているが、鉾の部分は横にしてもずいぶん長かった。

四条通りでは「長刀鉾」の曳き初めがあった。囃子方や稚児も乗り込み、祇園囃子と「エンヤラヤー」の掛け声と扇の振りに合わせて大きな鉾がゆらりと動いた。車輪がぎしぎし音を立てるのを聞くと、木製だったと思い出す。

山鉾の外側を飾る布の中には、16世紀にベルギーで製作され輸入されたタペストリーを切り分けたものもあるそうだ。トロイア戦争や旧約聖書を題材にしているが、キリシタン禁制の時代も生き延びてきた。9世紀から続いてきた祇園祭の歴史を思いながら鉾を眺めた。

割り梅の砂糖漬け

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一ヶ月前の梅雨の時期に「割り梅の砂糖漬け」というのを作ってみた。梅をギンナンのように叩いて割れ目をつけるのが面白かった。

今日、試食してみたら梅はコリコリ、ジュースの炭酸割りもスッとして暑い日にぴったりだった。

緑色二種

ロビンフッドは、12、13世紀の中世イギリスの伝承の人物。シャーウッドの森に仲間を集めて活躍したといわれる。衣服の色は、明るい緑色と訳されるが、元は「Lincoln green」。Lincoln特産の生地だそうだ。敵の中に「Kendal green」の衣服を着た一派がいた。こちらは灰色がかった緑色だそうだ。どちらも緑の森に相応しい。

'The Adventure of Robin Hood' by Roger Lancelyn Green 1956

「ピーター・パン」

永遠の子どもピーター・パンは乳歯のままで、生意気でうぬぼれや。過去はすぐ忘れてしまう。

妖精ティンカー・ベルは、ポットやヤカンを修理するから「鋳かけ屋(tinker)」の名がある。葉脈のドレスを着て少し太め。美しいベルの音で会話。ネバーランドの地下の家にある部屋には、妖精界のブランド家具が揃っている。妖精は赤ちゃんが初めて笑ったときに生まれ、その子が妖精を信じなくなると死んでしまうという。

海賊の親分フックは、ハンサムだが青白く忘れな草色の目をしている。悲運のスチュアート家似の顔立ちと言われたことがあるので、メアリ・スチュアートの曾孫のチャールズ二世風の衣装を着ている。実はパブリックスクールで学んだので、良いふるまい(good form)ができるかどうか常に気にしている、

ネバーランドで、鳥とピーターがことばが通じなくて互いにいらいらする場面は妙に現実的だ。こういう世界では動物とも会話ができそうな気がするのに・・・。

大人の作者の視点で書かれていて、全体に夜の夢というか、一部悪夢のような不思議な雰囲気の本だ。

'Peter Pan' J.M.Barrie 1911

フェルメール

17世紀オランダの画家フェルメールの作品を二ヶ所で見た。

まず「地理学者」。薄暗い部屋に差し込む光の中に、地球儀、コンパス、海図、流行の日本風のガウン、ゴブラン織りの敷物、デルフトのタイルといろいろ描き込まれていて当時の生活が偲ばれる。

次に「手紙を読む青衣の女」「手紙を書く女」「手紙を書く女と召使」。当時貿易で栄えたオランダは、市民階級の識字率が高く出版が盛んで手紙が流行した。アジアの商船に出した手紙の返事を受け取るには二年かかったそうだ。江戸時代の日本に来た船もあったことだろう。

key

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「key」には、「鍵」の他に「カエデの翼果」の意味がある。
アリソン・アトリー作「西風がくれた鍵」では、まさにカエデの翼果が鍵になって、少年がカエデの樹の秘密の扉を開けて中を見ることができる。

小豆島の名所、寒霞渓(かんかけい)に、立派なカエデの木があって、翼果がいっぱい成っていた。緑の葉の間に、先端が赤い二枚羽の翼果が今にも飛び出しそうに付いていた。なるほど、これなら「鍵」になりそう・・・と、瀬戸内海の島々の見晴らしよりも、この「key」に喜んでしまった。

日本のオリーブ

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香川県の小豆島(しょうどしま)は、60年以上前に日本で最初にオリーブの芽が出たところだ。遠洋漁業で獲れた魚を保存するため、油浸けにして缶詰にする方法を海外から学んだ日本人は、教えられたとおり「オリーブ油」でなければいけないと思い込み、日本でオリーブの栽培を試みたのだそうだ。

オリーブの木は、実を手で摘みやすいように背の高さを揃えて剪定するため、遠くから見ると新しい木と古い木の区別がつかないが、古い木は幹が太くてねじれていて風格があった。葉も幹も白っぽく緑がかった地中海原産のオリーブの木々が、瀬戸内海を背景に、しっかり根づいて並んでいるのは、なかなか珍しい光景だった。

ちょうど花が咲く季節で、白くて小さな花が満開になっていた。