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「神鳴(かみなり)」

藪医者が、天から落ちて腰を痛めた雷神に出会った。雷神は、治療の御礼に向こう八百年間、干ばつも水害も起こさないという約束をしてくれた。とりあえず今から八百年間平穏だったら、どんなに良いだろう。この狂言が演じられた四百年前の室町時代の人々と、願いは同じだ。

「故郷(ふるさと)」

「山は青き故郷、水は清き故郷」という歌詞のところでことばが詰まった。日本全国、清い水が戻ってほしい。

小鳥のさえずり

新しい情報を知りたくて遅まきながらtwitterを始めた。
刻々と入る情報の真偽を判断する力が必要だが・・・。

2011年3月11日

今日と連続した明日が来ることは当たり前ではないと思っているが、平穏な日々が続くと、それをつい忘れそうになってしまう。けれど又、当たり前ではないと手ひどく思い知らされた。

ゴッホ展

「こうして彼はゴッホになった」という副題の展覧会を見にいった。日本ではゴッホと呼ばれる19世紀後半のオランダ生まれの天才画家、Vincent Van Goghは、実はほとんど独学で絵画の技法を学び、模写を重ね、モネやゴーギャン、また浮世絵にも影響を受けて、自分のスタイルを作り上げていった努力の人でもあった。

例えば、ミレーの「種撒く人」は何度も模写し、それを元にした油絵も描いている。「じゃがいもを食べる人々」その他、農民を描いたものには暖かい視線が感じられる。
じゃがいもだけを描いたものや、額縁も手づくりという独特の黄色い色調の「マルメロ、レモン、ナシ、ブドウ」などの静物画も良かった。

南仏アルルで一時期ゴーギャンと暮らした「黄色い家」の寝室の絵は明るくて、辛い晩年に至る前には、こんな穏やかな気分のときもあったのだと思った。

電車の中で

電車の一番前に乗ったら、運転席から大きな声が聞こえてきた。見ると新米の運転士さんで、電車が走っている間中、線路脇の青信号では「進行」、通過駅では「通過」、その他「良し」「制限65」など、ずっと大声で確認していた。隣に先輩の運転士さんが座っているのが、余裕があってとても頼もしく見えた。

停車した駅では、白い手袋で前方を指差して「出発進行!」、そして扉が閉まっているのを確認した後、「定刻」と言って出発した。走行中、慎重になりがちなのか、昼間で乗客が少ない時間なのに、数駅先では「定刻」が「20秒エン」になった。「エン」は遅延の延だろうか。次の駅では「50秒エン」、その次は「1分10秒エン」と少しずつ遅れていった。

新米の運転士さんの背中から緊張が伝わってくるような気がした。頑張れ!と心の中で応援しながら、途中の駅で降りた。

雨の梅

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寒さがぶり返した三月一日だが、梅を見に行った。八分咲きの紅梅白梅が雨に濡れていた。「ナントカ黄梅(おうばい)」という名の花びらが小さく雄蕊(おしべ)が華やかなものが珍しかった。

山茶花

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庭の山茶花(サザンカ)が、雪にも寒さにも負けず溢れんばかりの花をつけている。色彩に乏しいこの季節、そこだけぱっと華やかだ。

樹の下に花びらがたくさん散っていて、近づいて見ると満開の花ばかりでなく、虫食いの花、枯れて萎びた花、五分咲き、そしてこれから咲く丸い蕾と様々な花が隣り合っている。

ルネッサンス宗教画に描かれた花は、枯れていくことで、美しさが永遠に続かないこの世のはかなさを表していたそうだが、この山茶花も街の花壇などのいつもきれいな花ばかり並んでいるのと違い、自然の姿を見せてくれる。

雛と雪

急に振り出した雪がどんどんひどくなって、窓の外が真っ白な雪景色になった。部屋の中は、お雛様を出したので華やいでいる。冬と春とが同居する季節だ。

ブランデンブルク協奏曲

18世紀前半のドイツバロックの作曲家、バッハの作品をテレマン室内オーケストラ演奏で聴いた。

その中で、ブランデンブルク協奏曲の3番から5番は、CDでは聞き流していたが、それぞれ微妙に編成が違っていた。3番は弦楽器とチェンバロで、4番はそれにリコーダーのソロが加わり、5番は弦とチェンバロとフルートの編成だった。

特に5番はバッハ自身がベルリンで特注した新型チェンバロを主役にしたもので、バッハ自身が演奏もしたそうだ。十人余りの息の合った軽やかな演奏だった。