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岩手の紅葉

岩手県の遠野地方へ行ってきた。柳田國男の「遠野物語」の舞台。山男にさらわれた娘や、座敷ワラシや、馬と結婚した娘がカイコの神様になったオシラサマなどの話から、暗くおどろおどろしい山村というイメージがあったが、実際は、昔の城下町で、交通の要所というなかなか開けて明るいところだった。カッパがいたという「カッパ淵」のあたりは、もう失われた古きよき時代の、のどかなひなびた日本の田舎という風情だった。
その後、JR山田線に乗った。時間帯によっては二時間に一本しかないローカル列車。車窓の向こうに、青空の下、赤、橙、黄色に染まった山々が連なる、まさに絵のような風景が広がっていて、すばらしかった。

時代祭り

京都三大祭りの一つ「時代祭り」を見にいった。これは、明治時代に平安神宮ができたときに始まったので、葵祭り、祇園祭りに比べると歴史的にはずっと新しい。延暦13年(794年)10月22日に桓武天皇が平安京に遷都したのにちなみ、この日に毎年行われる。祭りのメインは、明治時代から歴史を順にさかのぼって平安時代初めまでの華やかな装束をまとった人たちの、要するに仮装行列だ。牛車や騎馬も含む総勢二千人が、京都御所から平安神宮までぞろぞろ歩いていくが、最後列まで延々二キロも続くという行列は、なかなか壮観だ。南北朝、室町時代を楠正成中心の「吉野時代」、平安時代を「藤原時代」「延暦時代」と分けているのが、さすが京の都。

天浜線

さわやかな秋の一日、静岡県西部の奥浜名湖を走るローカル列車、天竜浜名湖鉄道のトロッコ列車に乗った。ゴットンゴットン揺れながら走るのどかな列車だ。窓ガラスがないので、日の光がじかに差し込んでくるし、風が吹きつけてくるし、おまけにトンネルに入るとゴーッとすごい音がする。トンネルを抜けると、窓の外には浜名湖が日の光を浴びてキラキラ輝いていて、蜜柑畑の濃い緑の葉の間に蜜柑の実がおいしそうに色づいている。もうすぐ取り入れの時期だ。

ラハティ交響楽団

昨日、オスモ・ヴァンスカ指揮、フィンランドのラハティ交響楽団のコンサートを聴きにいった。最初は、シベリウスの後継者といわれるフィンランドの作曲家コッコネンの「風景」。列車の窓から見た雄大なフィンランドの森が目に浮かぶ。次は、ノルウェイの作曲家グリークの有名なピアノ協奏曲。ピアノはユホ・ポホヨネン。ピアノとオーケストラがしっくり合っていてすばらしい。最後が、シベリウスの交響曲第二番。音がふくらんで天に立ちのぼっていくような豊かで深い響きと、息を詰めるようにしないと聴こえないピアニシモ。今まであまり身近に感じなかったシベリウスだが、とても生き生きとして美しい音楽だった。しあわせな気分になって帰ってきた。

お月さま

昨夜は、旧暦八月十五日にあたる「中秋の名月」だった。濃藍色の空の高いところに雲の切れ目から満月が白っぽく輝いていた。今夜の月は、雲一つない夜空にさらに冷たく照り輝いて神秘的な感じがする。すすきとお団子というより、アンデルセンの「絵のない絵本」が思い出される。

エンデュアランス:不屈の精神

1914年、イギリスのシャクルトンを隊長とする総勢28人の探検隊は、木造の帆船エンデュアランス号で南極探検に出発したが、流氷に阻まれ南極大陸に上陸できず船も沈没して一年半漂流した挙句、奇跡的に全員生還した。それは、冬には二ヶ月も太陽が出ず真っ暗闇が続く苛酷な極寒の南極の絶望的な状況でも希望を失わず、常に危険を最初に引き受け、隊員たちを導いたシャクルトンの強いリーダーシップのおかげだ。彼は、十分な準備をした上で、最後は楽天的であることが何よりも大事だと考えていた。シャクルトンと隊員の何名かが書き続けた日記と、同行した写真家のネガが、当時の迫真の記録として残っている。せっかく生還したのに、多くはすぐに第一次大戦の戦地に赴き戦死した隊員もいるのはやりきれない思いがする。
(「エンデュアランス号漂流」新潮文庫)

二条城

 京都の二条城は、1603年徳川家康が将軍上洛の宿泊所として建て三代将軍家光の時に完成したもので、桃山文化の粋を集めた徳川幕府の権勢を象徴する建物だ。その後、1867年十五代将軍慶喜の大政奉還により朝廷のものとなり、1939年からは京都市の所有になっている。慶喜が大政奉還を発表した大広間を眺めていると当時の歴史が身近に感じられる。
 春に京都御所を訪れたときは、平安時代の雰囲気が漂っていたが、そこから近いのにここは江戸時代の雰囲気だ。それぞれ、塀で囲った敷地の中に当時の空気もそのまま閉じ込められているようだ。

「敦ー山月記・名人伝」

昨日、中島敦原作、野村萬斎構成・演出の「敦ー山月記・名人伝」を見にいった。原作ほとんどそのままの語りに絶妙な間合いで尺八と鼓が入り、能狂言の所作でシンプルな舞台装置の中に、中島敦の世界があらわれ出る。「山月記」では、「臆病な自尊心と尊大な羞恥心」のために虎になった李徴を演じる野村万作の迫力が圧倒的。「名人伝」は、弓の名手紀昌を演じる野村萬歳のむだのない動きが美しく狂言らしいコミカルな演技で笑わせたが、見終わってから怖くなってきた。

真夜中に・・・

寝ぼけながら真っ暗な階段を降りていた。一番下の段を降り廊下に着いたと思って歩き出したら、まだ残っていて、ものの見事にバランスを崩して落ちた。落ちた瞬間はよく覚えている。下に固い床があると信じ込んでいたのに、足がふわっとした空気のかたまりを踏んで一瞬からだが宙に浮き、ああ倒れているなと他人事のように思いながら倒れていくと、次の瞬間どさっと音がして床にぶつかって痛くて目がさめた。後から考えてみると、戸口の角にぶつからずに前方にばったり倒れこんだので、かすり傷と打ち身ですんだのは幸いだった。家の中でこんなにスリルを味わうとは思わなかった。

フィンランド

 アラビア製ムーミンのマグカップにコーヒーを入れ(個人的趣味で泡立てたミルクをたっぷり注いで)、ブルーベリー入りクッキーを添えれば、気分はフィンランド。
 北欧にあるフィンランドは森と湖の国。白地に青十字の国旗は雪と空を表しているそうだ。日本と同じくらいの国土に東京都の半分くらいの人口。教育水準が高く高福祉、ハイテクの国。治安がよく水道水がおいしい。だが、ロシアとスウェーデンの二つの大国に挟まれたその歴史は平坦なものではなかった。
 朝日新聞「天声人語」の元執筆者、深代惇郎の昔のエッセイを読んでいたら偶然フィンランドが出てきた。1970年代、フィンランドは、ヨーロッパ諸国と経済的結びつきを強めながらも、東欧のように共産圏に飲み込まれることを恐れて当時のソ連の了解を取りつけることを第一に外交努力を続けていたそうだ。過去の例からソ連が攻めてきても西欧諸国は絶対に助けてくれないことが分かっていたからだ。当時「フィンランド人一人は、ロシア人十人に匹敵する」「じゃあ十一人目はどうするんだ?」という小話があったそうだ。
 時は流れてソ連は崩壊し、フィンランドはEUのメンバーとなり平和な日々を迎えた。それにしても、外国がすべて「海外」である日本人は、大国と国境線を接する恐ろしさが理解できないとつくづく思う。ついでに、ムーミンが可愛いだけのキャラクターでないこともなかなか理解できない。