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パソコン

パソコンの調子が悪くなってしまったが情けないことに自分では直せない。専属の専門家に頼らなくてはならないので復旧にしばらく時間がかかった。その間、久しぶりに手書きしてみたが、手は疲れるし、漢字は出てこないしで、意外に労力を要して疲れてしまった。パソコンは、頭に浮かんだままキーボードを通して文字にできる良さがあるが、逆に、制約のある文字数の中で最上の表現を探しあてる短歌や俳句は、手書きの世界ならではのものだと思った。

島根の旅

 出雲大社は、長い長い参道の奥に、深い緑の山々を背景にして苔むす本殿が鎮座している。古代ここには、直径三メートルもの太い柱を九本使った巨大な社が建っていたらしい。その柱は、三本の丸太を合わせて結わえたものを芯にして作られていた。歴史博物館に、掘り出された柱の跡とともに、近くの遺跡から出土した青銅の剣358本がまとめて展示されていて壮観だった。ここに祭られている大国主命(おおくにぬしのみこと)は、因幡(いなば)の白ウサギや国譲り神話で有名だが、大和朝廷の祖先に破れたものの相当勢力のあった人物だったようだ。
 宍道湖に沿って、水田の間をのんびりと走る一畑(いちばた)電車で、松江に向かう。松江は落ち着いた雰囲気の城下町。松江城は、木造のこじんまりとした実戦用の城で、青空と松の緑に黒い板壁が映える。
 静かな宍道湖畔で夕暮れを待つ。頭上の広大な薄青の空から対岸に目をやると、低空に広がる灰色の雲と、藍色の山の端との間をずっとオレンジ色に染め、湖面に、輝くオレンジ色の光を投げかけながらゆっくりと夕日が沈んでいった。もう七時半近くになっていた。

「歌えフィッシャーマン」

ノルウェーの最北端の漁師の町で1917年から続いているアマチュア男声合唱団のドキュメンタリー映画。極寒の地、荒々しい海を背景に、それぞれの人生をのせた歌声が流れる。最高齢は97歳とか。親善コンサートに、バスでロシアの町に向かう。ノルウェーとロシアが北の果てで隣国だというのに今更ながら気がついた。

春すぎて夏きたるらし…

 奈良県明日香村は、なだらかな山々に囲まれ、田畑のそばに小川が流れ、瓦屋根の家が建ち並ぶ、昔の日本人に懐かしさを感じさせるところだ。持統天皇の歌の天の香具山も、その時代は神聖な山だったというが、甘樫丘(あまかしおか)から眺めると、こんもりとした親しみやすい山にみえる。その、のどかな緑に囲まれたあちらこちらに、石舞台をはじめ亀石などの石の建造物や古墳がある。
 カビがはえ損傷がひどいので、保存のためはぎ取られたキトラ古墳の壁画「玄武」が公開されていた。玄武とは、亀と蛇が合体した「神獣」。けれど、照明を落としてガラスケースの中に陳列されているそれは、のびやかな自然の中に存在してこその神々しさと迫力を失って、単なる滅びかけた古代の美術品になってしまった痛々しい姿だった。

ウィンナーワルツ

 ウィーンフィルのメンバーを中心とした弦楽四重奏「アンサンブル・ウィーン」のコンサート。第一、第二バイオリン、ビオラ、コントラバスという編成。パンフレットには、「十九世紀初めのウィーンでは、酒場やカフェ主催の舞踏会が大流行で、それぞれお抱えの音楽家が演奏していた。踊りのリズムをはっきり出すためにチェロでなくコントラバスを使っていた。その中でも人気があったライナーの弦楽四重奏にバイオリンで参加していたのが、ヨハン・シュトラウス。やがて、シュトラウスは独自のオーケストラを結成し、アイドル並みの人気を誇った。その息子のシュトラウス二世は、世界で最も有名な音楽家の一人となった。」というようなことが書いてあった。
 優雅で軽やかなワルツやポルカを最前列で聴くことができて夢見心地。燕尾服が、さすがに着慣れていてすてきだった。アンコールの最初は「ハンガリー万歳」で、ハプスブルグのエリザベートを思い出した。最後はエルガーの「愛の夢」。

葵祭

 京都下鴨神社の糺の森(ただすのもり)を葵祭の行列が進んでいく。若い女性扮する十二単姿の「斎王代」の乗る輿を中心に、牛車、花傘、騎馬を含む総勢五百名が、平安装束をまとい、葵と桂の青葉を飾っている。音曲や踊りがなく、ただ、しずしずと歩くだけなので、背景の新緑の中に鳥のさえずりも聞こえてくる。その後は、古式にのっとり馬を走らせる「走馬の儀」。平安朝の人々が、ふつうに歩いたり話したり馬に乗ったりしていて、タイムスリップしたような気にさせられる。
 その後、鴨川の岸で休憩した。出町柳の柳月堂のパンを一口かじったとき、背後からビュッと風圧を感じたと思ったとたん、手に持ったパンが消えた。魔法にかけられたようでぽかんとしていると、目の前の少し先を鳥が大きなパンをくわえてよたよたと(重そうに?)川の上を低空飛行していくのが見えた。トンビだそうだ。人の体をかすりもせず、ねらった獲物だけをさらっていったのはお見事だが・・・

アボカド

アボカドの種に楊枝を刺して水につけておいたら、白い根が出て、ひょろひょろの茎が伸びて、細い葉が出てきた。芽が出たのは嬉しいが、どういうわけか、濃い緑色のつやつやした双葉が開くと思い込んでいたので、なんだか拍子抜けしてしまった。
ふと、ピアスの「まぼろしの小さい犬」を思い出した。少年が、飼いたい犬について、長い間あれこれ想像をふくらませるが、実際に会った犬は、自分の想像とまったく違った不細工な犬で、最初はがっかりする話だ。
気を取り直して、植木鉢に植えかえてベランダに出した。モヤシのようなか弱い姿が少しは力強く育つだろうか。

ランプ

「神戸らんぷミュージアム」に、昔の西洋の居間が再現されていた。部屋のそこここにランプが置いてあって、読書には暗いが、柔らかな光と陰が落ち着いたいい雰囲気をかもし出している。この暗さでは、女の人たちが、さぞ美しく見えたことだろう。

a fly in the ointment

「a fly in the ointment」は、旧約聖書に出てくる古い表現だそうだ。ointmentは、今は「軟膏、膏薬」のことだが、昔は、貴重な「香油」を意味した。せっかくの貴重な香油の中にハエが入っては台無し。つまり「玉に瑕(きず)」という意味。なるほど。

春の芦屋

 神戸市の東、芦屋市の中ほどを流れる芦屋川に沿った山側の高台に、旧山邑(やまむら)家別邸がある。これは、帝国ホテルなどの設計で名高いアメリカの建築家フランク・ロイド・ライトの設計で、大正末期の1924年に建てられた鉄筋コンクリートの建物で、その後、大規模に修復されたものだ。六甲の山並みを背に、緑の木々に囲まれ、自然の一部のように見える建物は、彫刻された大谷石、マホガニーの採光窓など、細工の一つ一つが凝っている。春の日がさすベランダからは、美しい桜並木が続く芦屋川がずっと見下ろせた。
 和室には、明治末期に、酒造家の山邑家当主が長女の誕生を祝って京都の人形店に特別に作らせた雛人形が飾られていた。「雛人形」「花嫁人形」「花観(はなみ)人形」の三式に分かれているが、その中でも当時最高の頭(かしら)師の作品の数々は、一体でも当時の家一軒と同じくらいの価値だったそうだ。雛人形は、頭(かしら)師ほか、髪付け師、手足師、織り師、小道具師などそれぞれ専門の職人の技による総合芸術で、最後、まとめて着付ける着付け師が「人形師」といわれたそうだ。現在では、その技術の復元も無理だという人形たちは、100年以上経つのに生き生きとうつくしかった。
 ビゴのパンがおみやげ。明日の朝は、クロワッサンと、カフェオレ!