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新幹線の窓から

名探偵ホームズは、列車の窓から見える線路際に立っている柱の間隔を知っていて、時計を見ながら列車の速度を計算した。ローラ・インガルスは、病気で失明した姉メアリーに、列車の速さを感じてもらおうと、柱が通り過ぎるたびに教えてあげた。
でも、新幹線の窓から見ていると電柱は飛ぶように流れ去っていき、とても数えてなどいられない。時の流れも昔より速くなったのだろう。

秋の味

サンマを焼いて、スダチと大根おろしを添える。出たばかりの里芋と油揚げとネギの赤だし。アスパラとキノコいろいろのバター炒め。リンゴも梨もあって、食卓は秋らしくなった。

舘野泉とフランス音楽

 ノルウェーのアーリル・レンメライト指揮のフランス音楽のプログラム。最初は、軽快にデュカスの「魔法使いの弟子」。
 次に、ラヴェルの「左手のためのピアノ協奏曲」。ピアノは、ヘルシンキ在住の舘野泉。左手だけの演奏は初めて聴いたが、片手で不備というのではなく、曲の雰囲気が調ごとに違ったり、オーケストラと小編成の室内楽で違ったりするように、左手でしか表せない曲もあるのかな、と思った。背筋を伸ばして聴いた。
 後半は、ドビュッシーの「海」。曲の中に日本的なものもあるような気がしたら、解説によると「北斎の画からも霊感を得た」そうだ。
 最後は、ビゼーの「カルメン組曲より」。若いオーケストラに合った指揮で楽しく聴けて、楽しく帰った。

「ジャングル・ブック」

 イギリスのノーベル賞作家ラドヤード・キプリングが、1894年から出版した「ジャングル・ブック」は、モウグリの物語を中心に、いろいろな短編が集まっている。
 幼いときに、インドのジャングルで人食いトラ、シーア・カーンに追われ、シオニーのオオカミに助けられた少年モウグリは、母オオカミのラクシャ(魔女の意味)、年寄りグマで先生のバールー、速くて強くて賢い黒ヒョウのバギーラ、オオカミの頭の灰色のアケイラ、知恵も力もあり動物に対し恐ろしい磁力を持つ大蛇のカー、最長老の物知りゾウのハティなど、個性的な仲間に見守られ、ジャングルの掟(おきて)を学びながら、たくましく育つ。何事に対しても、まっすぐに立ち向かうモウグリの姿が魅力的。
 インドにおいて大英帝国の白人が絶対的に偉い、という古き価値観が気になるが、それを越えて、気高く、いきいきとした獣たちの姿にひきこまれてしまう。
 獣たちが、モウグリの頼みで、人間の住んでいた村をジャングルに戻してしまう迫力ある場面は、人間がまだ自然の驚異を感じていた時代の物語だなあと思う。
 また、マングースのリッキが、コブラと壮絶な戦いを繰り広げる「リッキ・ティッキ・タービ」も、ことばのひびきからして、おもしろい。
 ところで、作者は、日本を訪れたこともあるそうで、明治初期の洋装の日本人を評して「『不思議の国のアリス』のテニエルの最初の挿絵、懐中時計を見ている白ウサギに似ている」と言ったとか・・・・・!?
 ちなみに、「Five Children and It」( E.Nesbit,1902)の中に「 - but that is another story, as dear Mr.Kipling says.」という箇所があった。ほぼ同時代人に、そう言われるほど親しまれていた作家だったようだ。

(金原瑞人訳、偕成社、西村孝次訳、学研)

アンナ・ド・ノアイユの肖像

藤田嗣治1926年作の「アンナ・ド・ノアイユの肖像」を見た。藤田独特の白い肌で、黒の前髪を下ろした髪型の女性がこちらをじっと見つめて立っている。芥子色っぽい繊細なドレスとパンプス姿は、今のファッションとしても魅力的。背景が、やはり白くて印象的だが、実は、モデルの女性が、あれこれ注文をつけるので、怒った画家が背景を描かずに止めてしまい未完に終わったという説明が添えてあった。いったい、どういう注文をつけたのだろう?

ツクツクボウシ

残暑といっても35度を超えるのが珍しくない日々が続いたが、さすがに日没が早くなってきた。それに、今日初めてツクツクボウシの鳴声が聞えた。昔は、お盆を過ぎると聞えたものだが、温暖化のせいか二週間ほど遅い。それでも、ゆっくり季節は進んでいる。

ドイツ土産

ドイツ土産のパンとチーズの朝食。癖のあるチーズがライ麦パンによく合う。フランス産のとろっとして優しい味のカマンベールは、残りもののフランスパンによく合った。それぞれ個性的な味だけに、相性の善し悪しがあるようだ。

大文字送り火:その2

8月16日、京都市左京区出町柳の近く。午後八時に、東の方を眺めると、真っ暗な中に、少しずつ「大」の字が浮かび上がってくる。日中、37度を超す猛暑だった代わりに、風がないので、去年より太く鮮やかに輝いている。北の方に「法」、北西の方に左大文字のゆがんだ「大」が少し見える。かなり遠くのはずだが意外に近く見える。京都は、奥が深いが、思いの外こじんまりした街なのに驚いた。

秋田竿燈祭りなど

 岩手県盛岡市からバスで小岩井農場へ。「小岩井」は、明治時代に農場の開墾を始めた創業者三人の名字からの命名。宮澤賢治も何度も訪れ、作品にも登場する。火山灰土の原野に木を植えたところから始めたそうで、新しいところでは、1964年から毎年、印をつけて杉の木を植林していて、一年ごとの木の成長が一目で分る林がある。岩手山を背景にした広い牧場の一部を観光用にしていて、緑の「まきば」の中でソフトクリームを食べたり、シープドッグがヒツジを追って頑張る姿を見たりすることができる。
 近くの雫石(しずくいし)泊。スキー場やゴルフ場がそばにある緑の山に囲まれた高原。昼間は暑かったが、夕方になると、さっと涼しい風が吹き、真夏とは思えない。
 翌日は、新幹線「こまち」で秋田市へ。夜は、竿燈(かんとう)祭り。「竿燈」とは、提灯を竿につけて稲穂を表したもので、大きいものは、46個の提灯をつけ、長さ12m、重さ50kgもある。それをお囃子と「どっこいしょー、どっこいしょ」のかけ声をバックに、片手、その後は手放しで肩、腰、おでこと、支える個人技が見どころ。台風の後の強風で見物席にもドサッと倒れかかるので、近くで見るとなかなかスリルがある。遠くから見ると、ロウソクの光が揺らめく竿燈が、暗い夜空にいくつもゆらゆらと浮かび上がり、幻想的な美しさがある。
 秋田県は、日本海に面し、江戸時代までは北前船が行き交った港があり、米どころなので、山がちな岩手県とは風土が違うようだ。秋田市の北西に位置する男鹿半島独特の風習は、「なまはげ」。大晦日に、鬼の面をかぶった「なまはげ」が家々をまわり、子どもたちを脅して諭し、家の主人がもてなす。
 「五社堂」は、その昔、海の向こうから来た五匹の鬼を祭ったと伝えられる所で、これが「なまはげ」の元祖という。そこへ上るまでの、鬼が積んだといわれる公称九百九十九段の素朴な石段が、もうとても大変だった。上った所には、五つの木造の社が緑と霧の中に並んでいた。
 霧と雨の中、秋田空港を飛び立った飛行機の窓から見ていると、ぐんぐん上昇した後、重くたれ込めた雲の上に出た。そこは、薄雲たなびく水色の空が広がる、穏やかな晴れた夏の夕暮れで、一面の雲海に夕日が、ゆっくりと沈んでいった。地上は、雲の海の底だ。

夏の朝

今日から8月。今年は、鬱陶しい梅雨が明けて、7月中旬から夏らしくなるという珍しく正常なパターンだった。ここ最近、雲一つない青空と、照りつける太陽の元、生い茂る緑の木々の中にセミの合唱が聞こえ、青紫色の朝顔が満開の、いかにも夏らしい日が続いている。