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大暑

今日は「大暑」で、一年で一番暑い頃のはずだが、今年は天候不順で梅雨明けもはっきりせず、ずっとぐずついている。アイスティーを作る気にもならない。涼しいのはいいが、勝手なもので暑くないとまた心配になる。

祇園祭

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今日は山鉾(やまほこ)巡行の日。京都の四条河原町の四つ角で見物人がいまかいまかと待っていると、車両が通行止めになり、警備の警察官が来て、信号会社の人たちが目の前の信号の向きをぐいっと曲げて道路に直角にして、報道陣が陣取って、お囃子が聞こえてきて、やっと稚児が乗った長刀鉾がやってきた。四つ角で「辻回し」をして大きな鉾がぐいっと曲がると拍手が起きる。その後、かまきり山、船鉾などおもしろい形のものを含め32基の山鉾が通っていった。最後は南観音山。
1400年前に、疫病平癒祈願のために始まったという祇園祭。いまや新型インフルエンザ平癒祈願をしなくてはならず、過去に通じるところがあるようだ。

紫陽花

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 「七段花(シチダンカ)」という名前の紫陽花を見た。
 シーボルトの日本植物図の中にあったけれど実物が見つからず「幻のアジサイ」と言われていたが、五十年前に兵庫県神戸市の六甲山で自生しているのを見つけられたものだ。
 小さめのガクアジサイといった感じの薄紫の可憐な花だった。

 ちなみに普通の紫陽花もどっさり咲いていて華やかだった。

ルーブル美術館展

ルーヴル美術館展に行った。黄金期オランダのフェルメール「レースを編む女」を初め、17世紀ヨーロッパ絵画を集めて見ごたえがあった。

宗教画でキリストの生涯をたどってみると、まず誕生以前を描いたムリーリョの「6人の人物の前に現れる無原罪の聖母」のマリアは清純で、カルロ・ドルチの「受胎告知」のガブリエルは気品があり、シモン・ヴーエの「エスランの聖母」のマリアは美しく、幼子イエスは愛らしい。珍しく養父ヨセフと子どものイエスを描いたのが、ラ・トゥールの「大工ヨセフ」。その後は、磔刑のイエスを描いたフランケンの「キリストの受難」で、最後はキリストの死後のマリアとペテロを描いたヴェルチーノの「ペテロの涙」。信仰の上からも、創作意欲を刺激する題材だろうが、時の権力者を脅かし、その後の世界を変えた魅力的な指導者であったはずの青壮年期のイエスの姿が無いのがおもしろく思われた。

Midsummer

夏至を過ぎたばかりなので、6時半過ぎにやっと日が沈み、まだまだ明るい。「夏至」といっても梅雨だし一年中でいちばん日が長いくらいしか思わないが、英語では印象が違うらしい。夏至の頃をいう「Midsummer」は、一年中でいちばんいい季節だそうで、特にMidsummer Eveというと、古代の祭りの日で、かがり火、ハーブの香りの中に、fairyが現れそうな何かふしぎな雰囲気が感じられる。シェイクスピアの「Midsummer Night's Dream」が代表的だ。キップリングの「Puck of Pook's Hill」では、子どもたちが、それを演じていると本物のパックを呼びだしてしまった。

枇杷

梅雨に入って蒸し暑くなってきたので、今年はじめて煎茶を水出しでアイスティーにした。近くの神社のお祭りでもらった枇杷を添えると、透明で薄緑のお茶に、橙色の枇杷(妙な日本語だが、)で色合いもうつくしく爽やかだった。

生野銀山

兵庫県の姫路駅でJR播但線(ばんたんせん)に乗った。途中までしか電化されていないのでディーゼルに乗り換え、ガッタンゴットンのんびりと生野(いくの)まで行った。

生野(いくの)銀山は、16世紀の室町時代から本格的に採掘され、江戸時代には幕府の直轄地になり、明治時代には、銀、銅、錫(すず)などさまざまな鉱石を産出して日本の近代化に役立ち、1973年に閉山した。

生野鉱物館には、日本全国で集められた鉱物の標本がたくさんあった。なかでも、刀のような輝安鉱(きあんこう)や石英の大きな標本は彫刻作品のようだった。

その後、露天堀りの跡や坑道を見物した。坑道に入ったとたん冷房がきいているようにすっと涼しくなったが、穴の中は苦手なので、ギムリに連れて行かれたレゴラスの気持ちになった。

雨の京都

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 京都の平安神宮の「神苑」では、200品種という花ショウブが、白、薄紫、青紫、赤紫、紫の様々なグラデーションで、しとしと降る雨を受けて美しく咲いていた。その向こうに広がる池のスイレンは、モネの画のようだった。
 その後、百万遍の進々堂で一休み。一足早い梅雨空のせいか、お客が少なく、歴史ある学生街の店らしい落ち着いた雰囲気だった。
 お土産は、鞠小路通りの緑寿庵(りょくじゅあん)の金平糖。季節物のヨーグルト味は、夏には冷凍庫で凍らせてもいいそうだ。

バイオリン・デュオ

 バイオリン・デュオの演奏を聴いた。曲目は、ショスタコーヴィッチの「二台のバイオリンとピアノのための五つの小品より」その他。息の合った演奏だったが、日本人とフランス人のデュオなので、言葉の壁もあり、曲の解釈や演奏の仕方の違いから曲を仕上げるのが大変だったそうだ。
 確かに、コンピューターで音を作れば一人で思い通りに何パートも演奏して曲を作ることができるが、生身の人間同士がぶつかり合ったところから生まれるハーモニーもなかなか味があると思った。

マスクとmask

 少し前、黒っぽいスーツ姿でマスクをした人たちが、どっどっと歩いているテレビの映像を見て「軍団」のようだと思った。
 マスクはmaskだが、maskというと、日本語と違い、最初に仮面、覆面が思い浮かぶ。仮面といえば、visorという古い言葉もある。これは、西洋の騎士の甲冑のうち頬や顔を隠す部分でもある。まさに戦(いくさ)の世界だ。
 現代の敵はウィルスだが、命にかかわるという悲壮感、緊迫感は昔も今も変わらない。
 さいわい、ひとまず「マスク軍団」もいなくなり、気がつけば木々の黄緑の若葉が育ってつやつやした緑色に変わっている。人間界に何があろうと季節は巡っていく。