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アンナ・ド・ノアイユの肖像

藤田嗣治1926年作の「アンナ・ド・ノアイユの肖像」を見た。藤田独特の白い肌で、黒の前髪を下ろした髪型の女性がこちらをじっと見つめて立っている。芥子色っぽい繊細なドレスとパンプス姿は、今のファッションとしても魅力的。背景が、やはり白くて印象的だが、実は、モデルの女性が、あれこれ注文をつけるので、怒った画家が背景を描かずに止めてしまい未完に終わったという説明が添えてあった。いったい、どういう注文をつけたのだろう?

ツクツクボウシ

残暑といっても35度を超えるのが珍しくない日々が続いたが、さすがに日没が早くなってきた。それに、今日初めてツクツクボウシの鳴声が聞えた。昔は、お盆を過ぎると聞えたものだが、温暖化のせいか二週間ほど遅い。それでも、ゆっくり季節は進んでいる。

ドイツ土産

ドイツ土産のパンとチーズの朝食。癖のあるチーズがライ麦パンによく合う。フランス産のとろっとして優しい味のカマンベールは、残りもののフランスパンによく合った。それぞれ個性的な味だけに、相性の善し悪しがあるようだ。

大文字送り火:その2

8月16日、京都市左京区出町柳の近く。午後八時に、東の方を眺めると、真っ暗な中に、少しずつ「大」の字が浮かび上がってくる。日中、37度を超す猛暑だった代わりに、風がないので、去年より太く鮮やかに輝いている。北の方に「法」、北西の方に左大文字のゆがんだ「大」が少し見える。かなり遠くのはずだが意外に近く見える。京都は、奥が深いが、思いの外こじんまりした街なのに驚いた。

秋田竿燈祭りなど

 岩手県盛岡市からバスで小岩井農場へ。「小岩井」は、明治時代に農場の開墾を始めた創業者三人の名字からの命名。宮澤賢治も何度も訪れ、作品にも登場する。火山灰土の原野に木を植えたところから始めたそうで、新しいところでは、1964年から毎年、印をつけて杉の木を植林していて、一年ごとの木の成長が一目で分る林がある。岩手山を背景にした広い牧場の一部を観光用にしていて、緑の「まきば」の中でソフトクリームを食べたり、シープドッグがヒツジを追って頑張る姿を見たりすることができる。
 近くの雫石(しずくいし)泊。スキー場やゴルフ場がそばにある緑の山に囲まれた高原。昼間は暑かったが、夕方になると、さっと涼しい風が吹き、真夏とは思えない。
 翌日は、新幹線「こまち」で秋田市へ。夜は、竿燈(かんとう)祭り。「竿燈」とは、提灯を竿につけて稲穂を表したもので、大きいものは、46個の提灯をつけ、長さ12m、重さ50kgもある。それをお囃子と「どっこいしょー、どっこいしょ」のかけ声をバックに、片手、その後は手放しで肩、腰、おでこと、支える個人技が見どころ。台風の後の強風で見物席にもドサッと倒れかかるので、近くで見るとなかなかスリルがある。遠くから見ると、ロウソクの光が揺らめく竿燈が、暗い夜空にいくつもゆらゆらと浮かび上がり、幻想的な美しさがある。
 秋田県は、日本海に面し、江戸時代までは北前船が行き交った港があり、米どころなので、山がちな岩手県とは風土が違うようだ。秋田市の北西に位置する男鹿半島独特の風習は、「なまはげ」。大晦日に、鬼の面をかぶった「なまはげ」が家々をまわり、子どもたちを脅して諭し、家の主人がもてなす。
 「五社堂」は、その昔、海の向こうから来た五匹の鬼を祭ったと伝えられる所で、これが「なまはげ」の元祖という。そこへ上るまでの、鬼が積んだといわれる公称九百九十九段の素朴な石段が、もうとても大変だった。上った所には、五つの木造の社が緑と霧の中に並んでいた。
 霧と雨の中、秋田空港を飛び立った飛行機の窓から見ていると、ぐんぐん上昇した後、重くたれ込めた雲の上に出た。そこは、薄雲たなびく水色の空が広がる、穏やかな晴れた夏の夕暮れで、一面の雲海に夕日が、ゆっくりと沈んでいった。地上は、雲の海の底だ。

夏の朝

今日から8月。今年は、鬱陶しい梅雨が明けて、7月中旬から夏らしくなるという珍しく正常なパターンだった。ここ最近、雲一つない青空と、照りつける太陽の元、生い茂る緑の木々の中にセミの合唱が聞こえ、青紫色の朝顔が満開の、いかにも夏らしい日が続いている。

「Harry Potter and the Deathly Hallows」

 Harry Potter全七巻が完結した。このシリーズを読み始めたのは、もう何年も前、話題作が映画化されるという新聞記事を読んで、あらすじが出回らないうちに内容を知りたいと思ったのがきっかけ。そして、それまでに発売されていた三巻を続けて読み、おもしろかったので四巻目から予約して買うようになった。二、三年待たないと次が出ないので、新しい巻が出るのが待ち遠しかったが、ついに最終巻となった。
 おととい、21日に、最終巻が予定通り届いたときは本当にうれしかった。最終巻ということで全体に暗いし、特に重要な脇役の一人、Snapeの描き方が予想通りとはいえ不満だし、登場人物はバタバタ死ぬし…と内容的にはいろいろ問題もある。けれど、これまで次の巻が出るのを待つ楽しみと、本が届いてすぐ、結末がどうなるか分からないままに、はらはらしながら読む楽しみを存分に与えてくれた。

祇園祭

 今日は、京都の祇園祭のクライマックス、山鉾巡行。朝、四条烏丸に着いたら、ちょうど先頭を行く長刀鉾(なぎなたほこ)にきんきらの冠をかぶった稚児が乗り込むところだった。小学生の男の子だが、白塗りの顔に雅な装束でお人形のよう。鉾のてっぺんに稚児と、祇園囃子を奏でる囃子方が乗っている。
 鉾の前面に乗った二人が扇を振りながら「えんやら、やー」とかけ声をかけ、鉾の前に付けられた綱引きのような二本の綱を大勢の若衆が引っ張ると、鉾の両脇の大きな木の車がゴロリと動く。なんだか、上に優雅に乗る貴族と、汗水垂らして引っ張る下々の者との京の都の格差社会が一目瞭然といった感じ。ついでに、両脇の歩道ですし詰めになりながら眺める見物人も、下々の者。
 他の山鉾も順に続いて、四条通、河原町通、御池通と巡行する。四つ角では、脇について歩く人が、車の下に竹を並べバケツの水をかけて、扇のかけ声とともに、引き手が直角に引っ張ると大きな山鉾がグイッと回る。これを「辻回し」などというが、引き手の力の入れ方とタイミングの問題らしく、うまくいけば三度位で直角に回るが、気の毒に何度もやり直すものもあった。
 御池通から、新町通に入るが、ここは、山鉾が一基やっと通れるくらいの狭さなので、人の背より高い鉾の木の車が、ぎいっときしみながら回るのがすぐ目の前に見られる。
 新町通から横道に入って帰ろうとしたら、ある山の行列が後ろをついてくるので驚いた。それぞれの町内に帰るらしい。山の上に立てられた木が、狭い通りを渡る低い電線に引っかかると、なんとその場で木を切ってしまった。もうお役ご免というところ。

雨の日

「指輪物語」のホビットたちは、雨が降っている間、トム・ボンバディルの家で休憩していた。雨の日は、家の中にいて、ミルクティーを飲みながら雨を眺めるのがいい。でも実は、大きな傘をさして、長靴をはいて、水たまりを気にせず歩くのもかなり好き。

瀬戸内の旅

 広島県東部、福山市の鞆(とも)の浦は、瀬戸内海沿岸の中ほどに位置し、海に浮かぶ島々の向こうに四国を望む。古くから「潮待ちの港」として栄え、大伴旅人が歌を詠み、江戸時代から北陸や北海道と大阪を物資を積んで行き来した北前船が出入りし、幕末には坂本龍馬率いる海援隊の商船「いろは丸」が遭難後、上陸した。
 福山の北から、井原(いばら)鉄道の一両編成の電車が、山陽本線と平行に東の方、倉敷の北まで走る。
 途中の駅、岡山県井原は、絵本「11ぴきのねこ」(馬場のぼる作)で、ねこたちが大きな魚を寝かしつけるために歌う子守歌「ねんねこさっしゃれの発祥の地。
 そこから東に向うと旧山陽道沿いの駅、矢掛(やかげ)に着く。ここは、江戸時代の参勤交代の大名などの宿泊所、「本陣」「脇本陣」の屋敷が、当時のままに残る。宿泊する大名は、寝具、風呂桶、台所用具、食器、保存食糧などすべて持参し、生鮮食品だけ宿場町で現地調達した。一方、宿場町側は、最低限の宿賃は受け取るものの持ち出しが多く、又、幕府の使いは宿賃無しで泊まる決まりで経済的に大変だった。特に本陣は、よほどの資産家でないとやっていけず、ここ石川家は、昭和まで続いた富裕な造り酒屋だったので、屋敷が現在まで残ったそうだ。
 鞆(とも)の海そして、井原(いばら)線沿いの山と田、共に過ぎ去った賑やかな歴史を忘れさせる穏やかでのどかな風景が広がり、海や緑を渡る凉風が心地良く、時間がゆったりと流れていた。