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ルーブル美術館展

ルーヴル美術館展に行った。黄金期オランダのフェルメール「レースを編む女」を初め、17世紀ヨーロッパ絵画を集めて見ごたえがあった。

宗教画でキリストの生涯をたどってみると、まず誕生以前を描いたムリーリョの「6人の人物の前に現れる無原罪の聖母」のマリアは清純で、カルロ・ドルチの「受胎告知」のガブリエルは気品があり、シモン・ヴーエの「エスランの聖母」のマリアは美しく、幼子イエスは愛らしい。珍しく養父ヨセフと子どものイエスを描いたのが、ラ・トゥールの「大工ヨセフ」。その後は、磔刑のイエスを描いたフランケンの「キリストの受難」で、最後はキリストの死後のマリアとペテロを描いたヴェルチーノの「ペテロの涙」。信仰の上からも、創作意欲を刺激する題材だろうが、時の権力者を脅かし、その後の世界を変えた魅力的な指導者であったはずの青壮年期のイエスの姿が無いのがおもしろく思われた。

Midsummer

夏至を過ぎたばかりなので、6時半過ぎにやっと日が沈み、まだまだ明るい。「夏至」といっても梅雨だし一年中でいちばん日が長いくらいしか思わないが、英語では印象が違うらしい。夏至の頃をいう「Midsummer」は、一年中でいちばんいい季節だそうで、特にMidsummer Eveというと、古代の祭りの日で、かがり火、ハーブの香りの中に、fairyが現れそうな何かふしぎな雰囲気が感じられる。シェイクスピアの「Midsummer Night's Dream」が代表的だ。キップリングの「Puck of Pook's Hill」では、子どもたちが、それを演じていると本物のパックを呼びだしてしまった。

枇杷

梅雨に入って蒸し暑くなってきたので、今年はじめて煎茶を水出しでアイスティーにした。近くの神社のお祭りでもらった枇杷を添えると、透明で薄緑のお茶に、橙色の枇杷(妙な日本語だが、)で色合いもうつくしく爽やかだった。

生野銀山

兵庫県の姫路駅でJR播但線(ばんたんせん)に乗った。途中までしか電化されていないのでディーゼルに乗り換え、ガッタンゴットンのんびりと生野(いくの)まで行った。

生野(いくの)銀山は、16世紀の室町時代から本格的に採掘され、江戸時代には幕府の直轄地になり、明治時代には、銀、銅、錫(すず)などさまざまな鉱石を産出して日本の近代化に役立ち、1973年に閉山した。

生野鉱物館には、日本全国で集められた鉱物の標本がたくさんあった。なかでも、刀のような輝安鉱(きあんこう)や石英の大きな標本は彫刻作品のようだった。

その後、露天堀りの跡や坑道を見物した。坑道に入ったとたん冷房がきいているようにすっと涼しくなったが、穴の中は苦手なので、ギムリに連れて行かれたレゴラスの気持ちになった。

雨の京都

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 京都の平安神宮の「神苑」では、200品種という花ショウブが、白、薄紫、青紫、赤紫、紫の様々なグラデーションで、しとしと降る雨を受けて美しく咲いていた。その向こうに広がる池のスイレンは、モネの画のようだった。
 その後、百万遍の進々堂で一休み。一足早い梅雨空のせいか、お客が少なく、歴史ある学生街の店らしい落ち着いた雰囲気だった。
 お土産は、鞠小路通りの緑寿庵(りょくじゅあん)の金平糖。季節物のヨーグルト味は、夏には冷凍庫で凍らせてもいいそうだ。

バイオリン・デュオ

 バイオリン・デュオの演奏を聴いた。曲目は、ショスタコーヴィッチの「二台のバイオリンとピアノのための五つの小品より」その他。息の合った演奏だったが、日本人とフランス人のデュオなので、言葉の壁もあり、曲の解釈や演奏の仕方の違いから曲を仕上げるのが大変だったそうだ。
 確かに、コンピューターで音を作れば一人で思い通りに何パートも演奏して曲を作ることができるが、生身の人間同士がぶつかり合ったところから生まれるハーモニーもなかなか味があると思った。

マスクとmask

 少し前、黒っぽいスーツ姿でマスクをした人たちが、どっどっと歩いているテレビの映像を見て「軍団」のようだと思った。
 マスクはmaskだが、maskというと、日本語と違い、最初に仮面、覆面が思い浮かぶ。仮面といえば、visorという古い言葉もある。これは、西洋の騎士の甲冑のうち頬や顔を隠す部分でもある。まさに戦(いくさ)の世界だ。
 現代の敵はウィルスだが、命にかかわるという悲壮感、緊迫感は昔も今も変わらない。
 さいわい、ひとまず「マスク軍団」もいなくなり、気がつけば木々の黄緑の若葉が育ってつやつやした緑色に変わっている。人間界に何があろうと季節は巡っていく。

六甲山牧場

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神戸市の六甲山牧場に行った。さわやかな青空の元、若緑のなだらかな丘のところどころに羊がいて、神戸市内とは思えないのどかな風景だ。春のせいか母羊のあとをついていく子羊も多く、モコモコしてかわいかった。すぐそばを羊が通っていくのにはびっくりする。見ていると羊にも性格があり、ベーと鳴いて先頭を行くボスや、後をついていくのや、遅れて迷うのや、離れたところにぽつんといる一匹狼ならぬ一匹羊など個性豊かだった。
牛乳がおいしかった。

Turkish Delight

旅のあいだ温泉旅館など和食が多かったので、久しぶりのミルクティーを楽しんだ。お茶うけはロンドン土産のFortnum & MasonのTurkish Delight。グミのような口当たりで強烈な甘さで、正直なところ好みではないが、ひと時エドマンドと白い魔女の出会いに思いをはせた。

安曇野と黒部立山の旅

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 まず長野電鉄(私鉄)で善光寺へ行った。7年ぶりの「御開帳」で賑わっていた。参道で買った野沢菜と小豆入りの「お焼き」が熱々でおいしかった。
 次にJR普通甲府行きに乗った。「川中島」という駅があって武田信玄を思い出した。棚田がある「姥捨(おばすて)」という物騒な名の駅では、電車がスイッチバックで進んだ。

 JR大糸線で安曇野へ行った。車窓から、緑の山々の向こうに雪を頂いた北アルプスの山々が見えた。
 穂高駅で降りて碌山美術館へ行った。落ち着いた煉瓦造りの建物が、新緑によく似合っている。ロダンに師事した荻原守衛(碌山)のブロンズ彫刻は迫力があった。彫刻の「デスペア」(Despair)と、絵画の「黄水仙」が特に気に入った。
 このあたりは、水がきれいで気候も合っているので日本一のワサビの産地だ。山々を背景に若緑色のワサビ畑が広がっていた。すりたてのワサビは、香りはいいが辛味は強烈。でも唐辛子と違い、すっとひいて後に残らない。
 駅の方に歩いていくと、田植えの後の田んぼの水に山々が映っていて、また美しかった。

 立山黒部アルペンルートと黒部ダムをめざした。
北アルプスの険しい山々の間に黒部渓谷がある。そこにダムをつくるときに資材や人を運ぶため、渓谷の両側の山に難工事の末、トンネルが掘られた。現在は、トロリーバス、ロープウェイ、ケーブルカー、バスを乗り継いでいける観光地になっている。
 その途中、立山の中腹にある室堂(むろどう)は、標高2400メートル以上の高さにあり雪の残る標高3000級の立山連峰の稜線が目の高さに見える。ただ、登山の苦労をせずに楽に雄大な眺めが堪能できるので、山への畏れが減るような気がして少し後ろめたい気がする。
 春に立山の道路の雪を除いて通れるようにしたところは、両側に高さ15メートルの雪の壁ができている。その「雪の大谷」をバスで通っていった。終点の立山駅は、まだ標高400メートルの高さがあるが下界に降りた気分になった。
 
 電鉄富山(私鉄)に乗った。深い山あいを渓流が流れる絵のような風景の中を、黄と緑の電車がゴトゴトと走っていく。少し平地に出ると水田の遠くに雪の立山連峰がずうっと見渡せたが、安曇野の風景の方が優しい感じがした。
 終点の富山市が近づくと急に町になった。長野県から北アルプスを越えて富山県に出た。富山名物「ますずし」を買った。