

名古屋市の熱田神宮。本宮の周りを一周する道があった。


名古屋市の熱田神宮。本宮の周りを一周する道があった。
兵庫県姫路市にある日本玩具博物館では、世界各地のクリスマス飾りが展示されていた。古代ヨーロッパの光を待ち望む冬至祭と、豊作を願う収穫祭に、キリスト降誕の祝いが重なったクリスマスは、ヨーロッパ各地、そこから伝わった世界各地で様々な祝い方がされている。スウェーデンのユール・トムテ、ドイツの麦わらのツリー飾りや、光のピラミッド、くるみ割り、メキシコのピニャータなど、形も色も材質も様々だった。
英国伝承童謡に
The man in the moon
Came down too soon,
And asked his way to Norwich;
He went by the south,
And burnt his mouth
With supping cold plum porridge.
というのがある。
地名のノリッジと、お粥のポリッジ、その他、韻を踏んでいるので調子がいいが、
「冷たいお粥でやけどした」という意味不明な不思議な詩だ。
ファージョンの「銀のシギ」は、この詩と、昔話とから想像をふくらませて生まれた。「月の男」チャーリーが、最後にすばらしく変身するのに驚かされる。


ボローニャ土産に「リコッタとほうれん草入りパスタ」を貰ったので、辞書を片手に作ってみた。材料は、バターと、胡桃と、セージの代わりのパセリだけなのに、すっかり異国の味になった。




光明寺と長岡天神。見事な紅葉だったが、京都市内ほど混んでいなかった。




二条城、南禅寺、哲学の道、出町柳あ。
今年の紅葉は茶色の枯れ葉でなく赤い。
桜も例年より赤っぽい。




今年は順調に気温が下がってるせいか、あちこちの紅葉が鮮やか。
小さな女の子、Sal(Sallyの愛称だろう)は、お母さんと山にブルーベリーを摘みにいった。ジャムにして冬の保存食にするために。
ちょうど、クマの親子も冬眠を前にブルーベリーを食べに山を下りてきた。それぞれの親子が入れ違ってしまったから、さあ大変!
無事に、それぞれの親子がめぐり合ってほっとする。
いわゆるファンタジーではないので、動物と人間が交流することはないが、それでもクマの親子の心情がよくわかり親しみを感じさせる。
帰ってから、ジャムを作っている場面がいい。秋になると思いだす絵本だ。
"Blueberries for Sal by Robert Mccloskey 1948

直径10cm程の小さなカボチャを貰った。
半分に切って肉詰めにしてオーブンで焼いてみた。
すぐ食べてしまって焼き上がりの写真を撮り損なったのが残念。
奈良の正倉院展に行った。
まず、青の瑠璃杯(るりのつき)が綺麗だった。
華やかな螺鈿紫檀琵琶(らでんしたんのびわ)や、淡い色合いの瑠璃(glass)や水晶で作られた双六(すごろく)玉や碁石、側面や脚にも繊細な装飾が施された双六盤や、当時の本である巻物を載せた書見台など、どれも様々な技法を駆使し精魂込めて作られていた。
盤を収める箱にも細かい編みこみ模様がしてあるのは、包装にこだわる日本人の原点だと思った。
瑠璃の3cm程の物差しは、黄と緑が鮮やかだった。10cm程の小刀は、柄にも鞘にもこれまた繊細な草花などが描かれ、小さな真珠で飾られていた。どちらも、紐をつけて腰にぶら下げて飾りにしたらしい。携帯ストラップに通じるものがある。
紙はとても貴重だった。丹(red lead)を包んだ紙は再利用されていた。写経所での作業報告書は、写経紙の切れ端を何枚も繋いであり、報告者の名前の後に「紙を何枚受け取り、何枚使用し、どれだけ仕上げた」などが書かれていた。隣に、その中の一人が仕上げた写経が並んでいたが、さすがに報告書の字の方は気楽な雰囲気がした。ただし数字もすべて難しい漢字なので大変だ。
展示品の美しさや技術の高さに見とれると同時に、1200年以上も昔の人たちが身近に感じられる一時だった。


「名古屋まつり」の行列に偶然行き合わせた。からくり人形を乗せた山車が並んでいた。
名古屋城の天守閣には、金の鯱(しゃちほこ)が秋晴れの空にピカピカ輝いていた。
オランダのマウリッツハイス美術館展で、17世紀オランダの画家、ヨハネス・フェルメールの「真珠の首飾りの少女」を見た。数年前に来日した時は、意外と小さな絵だと思ったくらいだが、今回は落ち着いて見た。画家独特の青と黄色に真珠が輝く上品で静謐な雰囲気。ふと振り返った少女の表情が魅力的。一瞬の時が絵の中に永遠に閉じ込められている。
英国の教会の塔の鐘はメロディーを奏でるのではなく、8個の鐘の鳴らす順番を決め、それを繰り返すのだそうだ。単純だが、数多くの組み合わせがあり、演奏に長時間かかるものもあるという。その練習に使われたのがハンドベルだそうだが、こちらはいまや立派な楽器になっている。
窓から山と空が見える。今朝は、山の稜線がはっきりして、うす雲がたなびく秋晴れの風景。季節と時刻によって刻々と色合いが変わる。
どんなに美しいときでも、保存しておけないのが残念。
春にロンドンで買ってきた絵本。パステルカラーの絵が明るく楽しい。
カバのHugoと、小鳥のBellaが、「昔話の仮装パーティー」に、どんな役で行くか相談している。
「お姫さまと豆」(Princess and the Pea)では、ベラは豆になりたくない。
「人魚と岩」では、ヒューゴは岩になりたくない。
「王様と道化師」では、ベラは道化師になりたくない。
「シンデレラとカボチャ」では、ヒューゴはカボチャになりたくない。
喧嘩した二人は、それぞれ反省し、二人とも最初の話のお姫さま役を相手に譲ることにする。二人とも「豆」役になり、
"And we're two peas in a pod"で、めでたしめでたし。
「Princess and the Pea」の元は、アンデルセンの「布団を何枚も何枚も重ねた下のエンドウ豆が気になって寝られなかった『本物のお姫様』」のお話。
「pea」の使い方が面白いが、「two peas in a pod」は、日本語では「うりふたつ」なので、豆でなく瓜だ。
"I don't to be a pea!" by Ann Bonwill & Simon Rickerty, Oxford University Press




奈良県北部の信貴山(しぎさん)は、巨大な張り子の虎と、絵巻で有名なお寺。電車とケーブルカーとバスとを乗り継いで「行った」というより「登った」といった方が相応しく、着いてからも石段ばかりだった。
翌日は、奈良市街地からバスで一時間程の柳生(やぎゅう)の里に行った。徳川家康に仕えた剣術家、柳生宗矩(やぎゅうむねのり)らの出身地。
天立石(あまのたていし)神社は、天岩戸(あまのいわと)の破片が飛んできたとかいう巨石を祭ってあった。
奈良市内なのに、緑の山に囲まれ、車もめったに通らないので夏のセミと秋の虫の音が水のせせらぎに混じって聞こえ、モミジの枝が色づき始めていた。
涼しい夜風のなか、木の上でツクツクボウシが元気に鳴いていた。夏の終わりを感じさせるセミなので一か月遅いが、遅まきながら行く夏と来る秋が一緒になっていた。
茂山家の若手5人による創作狂言を見た。
前半は、伝統狂言らしくしてあったが、後半の3本は、警備員や黒スーツに黒メガネの泥棒が登場し、「それがしは・・・」としゃべっていた。狂言特有の軽妙で乾いた笑いは、創作ものにも共通していた。
10歳の少女、グリゼルダは、110歳のひいばあちゃんと二人で暮らしている。グリゼルダというのは、この家に代々伝わる名前だ。彼女は、ひいばあちゃんのグリゼルダが寝るときに子守唄を歌ってあげる。その歌は、初代グリゼルダのために書かれ、代々伝わってきたものだった。
その歌詞は、"And I Dance Mine Own Child!"。
「dance」には、「(赤ちゃんを)揺すってあやす」という意味があるので、直訳すれば「私の赤ちゃんを揺すってあやしてあげる」。
グリゼルダとひいばあちゃんは、この歌が手書きで書かれていた代々伝わる本のおかげで幸せに暮らせるようになる。
しっかりものでけなげなグリゼルダと、ひいばあちゃんのやりとりがほのぼのと楽しい。挿絵がぴったり。
'The Little Bookroom' by Eleanor Farjeon, illustrated by Edward Ardizzone
「私が私であることを証明するには如何にすべきか?」
哲学の問題のようだが、市役所や銀行で身分証明書を忘れるたびに持ち上がる難問である。


8月も末なのに真夏の暑さが続く。照りつける太陽と、その光を跳ね返す海。どちらも強い。
少女エルシーは、生まれながらに縄跳びの名手。その噂を聞きつけた妖精にも認められ、夜に眠りながら、いろいろ不思議な技を教わった。けれど成長して、子ども用の縄が短くなったとき、不思議な跳び方はできなくなってしまった。
その後、百年以上の月日が経ったとき、村の子どもたちや妖精たちが縄跳びを楽しんでいた丘に、悪い領主が工場を建てようとした。そこに現れたのはエルシー。年老いて小さくなり、再び子どもの頃の縄が使えるようになった彼女は、夜、眠りながら不思議な跳び方を駆使して悪い領主に立ち向かう。
月を跳び越える「High Skip」、地中深く潜る「Strong Skip」など、色々な跳び方に合わせた縄跳び歌が調子よくて楽しい。ファージョンらしい不思議な雰囲気のお話。
"Elsie Piddock Skips in her Sleep" by Eleanor Farjeon
夏は鰻の季節。大好物というわけではないが、決まった店で一度は食べなくてはいけない気になる。
その店は、夕方五時になると暖簾がかかり、店の外まで蒲焼きの香ばしい匂いが漂っていた。丼や長焼きの他には、鰻巻き(うまき)を頼んだ。一人ずつラッキョウを添えた熱々の厚い一切れの後、残ればお土産になった。
小さいころは背伸びすると調理場が見えた。職人さんが、串を打った鰻を炭火で焼きながら、時々タレにどぼんと浸していた。そのとなりでは、溶いた黄色い玉子汁を四角い鉄の鍋で調子良くひっくり返しながら焼いていた。それが「うまき」つまり「鰻入り出し巻き」だと気がついたのは、かなり後だ。
一緒に行く家族も状況も変わったが、店の味は変わらない。これが伝統の店の良さだろう。
ボストン美術館には、明治初期に来日したフェロノサや弟子の岡倉天心が蒐集した仏像や日本画や絵巻が数多く残されている。廃仏毀釈により棄てられたものを保存してくれたという点で、今となっては感謝すべきだろう。
18世紀後半、江戸時代の曽我蕭白(そがしょうはく)の「雲龍図」は、襖八帖に巨大な龍が描かれた水墨画で、勢いと迫力があるが、龍の表情が何ともユーモラスだ。
遣唐使、吉備真備の活躍が楽しい「吉備大臣入唐絵巻」と、劇画的な「平治物語絵巻」は、まさに今のアニメの祖先だと思われた。


ボローニャ土産に生ハム入りパスタをもらった。袋の指示通りに、ケッパー、黒オリーブ、トマト、モッツァレラを揃えて作ってみたら、いつもと一味違う出来上がりになった。
アメリカでは狭い家を靴箱(shoe box)に例えると聞いて
英国伝承童謡の
「There was an old woman who lived in a shoe」を思い出した。
「靴の中に住んでいるおばあさんは 子だくさんで大変
スープだけ飲ませて 鞭でたたいてベッドに入れた」
という歌だ。
ロンドンの「Paxton&Whitfield」は、Stiltonで有名な王室御用達チーズ専門店だ。そのお土産の瓶詰めジャムに「Gooseberry Fruit Cheese」と書いてある。固めの滑らかなジャムを「cheese」と言うらしい。解説通り、チーズに添えたら絶妙の取り合わせだった。
アイスランド土産に絵本をもらった。近くの図書館にはアイスランド語の辞書は無かった。ヒエログリフはあるのに・・・
絵から類推するとトロルの親子の話らしい。チビトロルが「霜の巨人をやっつけてやる!」と勇ましいことを言うけれど、木から落ちそうになり「助けて!」と叫んで、パパトロルに助けてもらう。最後は、二人仲良く木の枝に座って火山を眺める場面で、めでたしめでたし。
アイスランドは、民族的にはノルウェーに近く、北欧神話の元「エッダ」が書かれた国だ。火山と温泉と魚の国だと聞いて親しみを感じた。それに出版も盛んな国だそうだ。




賀茂大橋から初めて、後二條天皇陵、吉田神社入口、哲学の道の西田幾多郎碑、南禅寺、岡崎、三条大橋、錦市場あたりまで散策。
ミルクティーが好きなので、香りのついた紅茶が残ってしまう。思いついて水出し紅茶にしてみた。カシスとブルーベリー、グレープフルーツ、フランボワーズ、サクランボなど日替わりでなかなか楽しい。中でもレモングラスが爽やかで今の季節に合っていた。
児童文学者の石井桃子が、70歳の頃に書いたという幼い日の回想「幼ものがたり」を読んでいたら、姉の背中におんぶされた作者が、「家へ帰ったら、コリコリを□□ちゃんに分けてやろうね」と言う場面に行き当たって、何とも懐かしい気分に襲われた。
これは絶対にずっと前に読んだことがあると思って探しまくったら、「暮しの手帖」34号の中の「しゃけの頭」という随筆に同じ場面があった。これは、1956年出版なので作者が49歳の頃である。
子どもの頃に、たまたま家の本棚にあったのを引っぱり出して読んだ文章が、ずっと頭の隅に残っていたわけで、久しぶりに昔の友だちに会ったような気がした。
ちなみに「コリコリ」とは新巻鮭の頭のことで、幼い作者の好きな食べ物だった。


英国土産の「Scottish Dishes」の本からいくつか作ってみた。
Smoked Haddock Kedgere、
Cheese & Onion Oat Pie、
Crunchy Rhubarb Oat Crumble、
燻製鱈の代わりに燻製の鰊、ルバーブの代わりに林檎にしたが、珍しい味でなかなか美味しかった。

「seed cake」は、クリスティのバートラム・ホテルにも登場する英国の伝統的なお茶菓子だ。「seed」は「種」なので、昔の訳では「種入りケーキ」となっていたりして、どんなものかとても興味があった。調べて作ってみたらキャラウェイ・シードを使ったバターケーキだった。長年の疑問が一つ解決した。
「caraway」は、和名をヒメウィキョウといい、香辛料や薬用に古くから使われてきたそうだ。
16世紀末から17世紀初めの屏風絵に、日本の絵具を使い、西洋風の技法で、フランス王やトルコ王など西洋の騎馬姿の王候が描かれたものがある。一見、キリスト教には無縁だが、小さく「IHS」というキリストの印が書き込まれている。
このような屏風絵は、イエズス会の宣教師が日本人に技法を教えて制作されたもので、大名に献上された。元々は、キリストなどを描いた礼拝用の聖画を描かせるために、日本人に西洋画の技法を教えたそうだ。
他にも、世界地図や、南蛮船が日本の港に着いたときの様子を描いた屏風絵がある。また十字架やメダル、聖画を収納するための豪華な蒔絵(まきえ)の入れ物などの工芸品もある。
こうした西洋と日本の文化が融合した「南蛮美術」の絵画や工芸品は、キリシタン弾圧と鎖国のため多くが破壊されてしまった。今、見ることができる作品の多くは、仏壇の奥に隠されたりして現代まで密かに伝えられてきたそうだ。
こっそり船に乗り込んだ少年、Timは、船乗りたちに可愛がられ航海を楽しんでいたが、あるとき大嵐に出会い、船長と二人、沈みゆく船に取り残されてしまう。
船長は「泣くんじゃない。勇気を出せ。われわれは、Davy Jonesに囚われるのだから泣いても無駄だ」と、Timに語りかける。
海の美しさと怖さが描かれ、Tim と船長さんの勇敢さが心に残る。
作者が描く絵が素晴らしい。
Davy Jonesは、良く知られた海の魔物らしいが、日本語版は「うみのもくず」となっている。瀬田貞二氏の名訳だ。
'Little Tim and The Brave Sea Captain' by Edward Ardizzone
紅茶が大き目のカップでたっぷり出てきて、必ずミルクが添えてあるのがいい。Victoria and Albert Museumのカフェは、暖炉のある優雅な部屋でハープの生演奏をやっていた。
Brown's Hotelでは誕生日の客に「Happy Birthday・・・」の演奏とロウソクを立てたケーキが運ばれていた。
fish & chipsは、お好み焼き感覚の気取らない食べ物。大きな白身魚(cod)の衣付フライに、ジャガイモの素揚げがお皿からはみ出そうに載っていた。
お洒落なデパート「Selfridges」の「salted beef」のサンドイッチには、巨大なピクルスが付いていた。
スーパーの牛乳は、取っ手付きの容器に入っている。単位は「pint」で、1pintが600ml弱だった。
赤と黄緑の小ぶりのリンゴが駅の売店でもどこでも売られている。かじるのに手ごろな大きさ。
ロンドンの王室御用達のチーズ専門店では食べごろのチーズの試食特売があった。黴に覆われものすごく熟成していた。
ロンドンのホテルの朝食は、部屋に運ばれてきた。パンと、ヨーグルトと、フルーツ盛り合わせ又はシリアルと、ジュースとミルクティー。
エディンバラのホテルの「伝統的」朝食は、焼きトマト、焼きマッシュルーム、ソーセージ、ベイクド・ビーンズ、目玉焼き、それにハギスと、茶色いものばかりだった。トーストは薄くてしっかりしていた。材料を自分好みに混ぜて作るミューズリーがあった。それにジュースとたっぷりのミルクティー。
国民詩人ロバート・バーンズの詩、「Address To A Haggis」に出てくるハギスは、ヒツジの肉や臓物にオートミールやスパイスを混ぜて蒸したスコットランドの名物料理で、カブとジャガイモのマッシュが添えられている。乾杯するのは伝統的にはスコッチウィスキー。
「Elephant House」で、ショートブレッドとミルクティーの他に、パイにマッシュポテトを添えグレービーをかけた一皿を頼んだ。fish & chipsと同様、付け合せのジャガイモに味をつけないのがイギリス流らしい。
スコットランドの首都、エディンバラ(Edinburgh)は、ロンドンから飛行機で一時間ほどで、少し気温が下がる。
ケルト人の砦が元で、15世紀終わりからScotlandの首都になり、その後、Englandとの抗争を経て1707年に合併した。
石造りの古い古い町並みは独特な雰囲気がある。
小説家、Walter Scott(1771-1832)、R.L.Stevenson(1850-1894)、Arthur Conan Doyle(1859-1930)の出身地でもある。
Doyleの名を冠したパブを見つけた。Scottの像があった。
特に詩人のRobert Burns (1759-1796)は、Scotland語で詩を作り、Rabbieと呼ばれ親しまれている。
岩の上に建てられたEdinburgh城は、起源を7世紀にさかのぼり、15世紀終わりからScotlandの王が住むようになった。女王Mary Stuart(1542-1587)が息子Jamesを出産した部屋が残され、「The 'Honours' of Scotland」が展示されていた。これは、幼いMaryらの戴冠に使われた王冠、王錫、王剣で、Walter Scottらが見つけ出したものである。
軍隊、Royal Scotsの資料館もあった。最初はEnglandと戦い、その後は英国軍として2回の世界大戦に従軍し、今も存在している伝統ある軍である。
城に近いカフェ、「Elephant House」で、J.K.RowlingがHarry Potterの最初の本を書いたそうだ。ゾウの形のショートブレッドが美味しかった。
Edinburghの王室の離宮、「Palace of Holyrood」では、Diamond Jubileeを記念して王室所蔵品の特別展示をやっていた。宝石類やイタリア・ルネッサンス巨匠たちの素描などが並んでいた。
城から続く大通り「Royal Mile」には、伝統衣装tartanのkilt姿の人がバグパイプの演奏をしていた。珍しい児童書の古書店「Old Children's Bookshelf」があった。
地元の新聞のスポーツ欄はサッカーの記事ばかりだった。
ウィンザー(Winsor)は、曲がりくねった(wind)海岸(shore)が原義だそうだ。 ウィンザー城は、11世紀、ノルマンのウィリアム征服王によって建てられ、外側は歴史的建造物だが、現代の女王も週末を過ごしている現役の城である。中には歴代の王が蒐集した絵画や家具が並び、ナポレオンを倒した記念の「Waterlooの部屋」や、ガーター騎士団が創設され、毎年集う部屋もある。
バース(Bath)は、その名の通り英国唯一の温泉で、ケルト人がスリス女神を祭っていたところから古代ローマ人はアクア・スリス(スリスの水)と呼んでいた。当時、スリスはローマのミネルヴァと同一視され信仰されたそうで、女神の頭像が出土していた。町は今も薄黄色のlimestone(石灰岩)で統一されていて美しい。ロンドンからの道中、薄緑の草原にヒツジや牛がのんびりと散らばり、はるか彼方のチョークの丘には白馬が見えた。サトクリフの世界である。
先史時代の巨石の遺跡、ストーンヘンジは、草原の中にあって遠くからも良く見える。ただ石を載せてあるだけでなく刻み目を入れてはめ込んであるそうで、夏至や冬至にも関係していて確かに色々謎である。ただし大雨でじっくり見る気が起きなかった。
イギリスは日本より少し寒いが、春の盛りだった。
木々や芝は、灰色がかった薄緑で、色とりどりの花が咲いていて、市内の公園や通りの木々も、ところどころ白や八重桜のような薄ピンクの花が満開になっていた。
雨は「shower」というだけあって、ザーッと降ってすぐ晴れる。ただし今回は、天気予報で「heavy rain」というだけあって土砂降りの日もあり、あまり傘をささない地元の人たちも折りたたみ傘をさしていた。そんな日でも夕方には雨が上がり、あまり湿気が残らない感じがした。
オリンピックを控えたLondonのHeathrow空港には、
「Proud to be Host Airport」とあった。
また、女王の即位60周年を祝う「The Queen’s Diamond Jubilee」の年でもあるので、王室御用達の紋章を掲げたFortnum & MasonやHatchardsには、特設コーナーができていた。
街全体が活気があるようだった。
前者では紅茶とママレードを数種類買いこんだ。
後者は英国で一番古い書店(1797年創業)で、絨毯敷きの階段に木の手すりや本棚は、店というより落ち着いた書斎という感じだった。
地下鉄の一日乗車券で市内を回った。切符を入れると少し先から出てきて、それを取ってから改札のドアが開くのが日本と違う。
「Mind the gap」の放送はいつもある。水平の隙間だけでなく、段差の場合もある。
ミュージカルを二つ観た。(WickedとBilly Elliot)
Victoria and Albert Museumは、建物もすてきだった。

インドのお土産に「masala」風味の紅茶を貰った。
表示どおりに普段よりお湯の量をぐっと少なくして砂糖と牛乳を入れてみたら、煮立てる手間がなく簡単に異国風の味と香りになった。インドと英国の合体という感じ。
ちなみに、「masala」は、「混ぜ合わせたもの」という意味で、つまり「混合スパイス」。カレーに使われる「ガラムマサラ」の「garam」は「辛い」という意味だそうだ。


大阪市の造幣局。
画一的なソメイヨシノでなく、様々な品種の桜が、白からピンクの濃淡の色合いで八重の花びらも美しくのびのびと咲き誇っていた。




京都御所の一般公開。観光バスが列をなし、各国の観光客のことばが飛び交い、「御所限定」の記念品が並ぶ一大観光地になっていた。
大正、昭和天皇の即位が行われた後は使われていないので過去の歴史的建造物だが、宮内庁と皇宮警察が仕切っているところが一味違う。
紫宸殿前の左近の桜がまだ咲いていないのが残念だった。

通りがかりの小さな八百屋さんで出盛りの苺が安く売られていたので、さっそく苺ジャムにした。煮ているときに漂う香りが魅力でジャムにしてしまうのかもしれない。煮方が足りないと白っぽさが残るが、今年はなかなか上手くいった。

昭和初期の帯。
茂山一門の「お豆腐狂言会」を観た。
嘘にちなんだ三つの演目だった。
最初は「磁石」。遠江の「田舎者」が都に上る途中、すっぱ(詐欺師)に騙され人買いに売り飛ばされそうになるが、逆に人買いの代金をせしめて逃げる。太刀をかざして追ってきたすっぱに対し、「自分は磁石の精であり、抜き身の刀は飲み込んで力となるが、鞘に収めると弱る」と逆に騙して太刀も取り上げてしまう。
次は「因幡堂(いなばどう)」。大酒飲みの妻を勝手に離縁した男が、因幡堂に新しい妻を願いにいく。神の御告げと信じて、衣を被った女と婚礼の盃を交わしたら、なんと元妻だった!
最後は、木下順二作の新作狂言「彦市ばなし」。関西訛りの熊本弁で、天狗の隠れ蓑を騙し取った彦市の苦労を面白おかしく描く。最後の場面、水の中を泳ぐ彦市と天狗の子が秀逸で、それを河童だと思い込む殿様も良かった。
狂言は、折り目正しくて、からっと明るく楽しい。
能の観世流の「高砂」の舞を見た。これは「相生の松によせて夫婦愛と長寿を愛でる爽やかでおめでたい早春の能」で、住吉大明神が舞う。神を舞うときは、内にエネルギーを溜めて舞うのだそうだ。分かりやすく外に発散しない様式美の極致が、能の世界かと思った。


名古屋市の徳川美術館で「尾張徳川家の雛まつり」展を見た。
代々の藩主に輿入れした姫たちが持参した雛人形が飾られていて、特に19世紀前半の福君(さちぎみ)の菊折枝蒔絵(きくおりえだまきえ)の雛道具が豪華だった。菊の枝と実家の近衛と徳川の紋が模様になっていて金具は銀の精巧なつくりで、化粧道具、着物、茶道具、文具、食器、楽器、それに将棋盤、碁盤、双六盤、貝合わせの貝桶など何でも揃っていた。
「雛」から連想される可愛さ可憐さとは程遠く、質量共に圧倒される迫力だった。
ちなみに、蒔絵(まきえ)とは、漆器の表面に漆で絵などを描き、それが乾かないうちに金や銀などの金属粉を「蒔く」ことで器に定着させる技法だそうだ。
くちびるがすぼまって酸っぱそうな顔になる食べ物というと、日本では、まず梅干だが、アメリカではレモンのようだ。
1930年代のアメリカ中部オハイオ州の小さな町。町一番の名士が久しぶりに帰郷するので、歓迎する町中の人々が駅に集まった。ブラスバンドがまさに演奏しようとしたとき、嫌われ者のじいさんが、屋根の上でこれみよがしにレモンをすすって見せたので、楽団員のくちびるがすぼまって楽器が吹けなくなってしまった。さあ大変!
この危機を救ったのが、少年レンティルだった。彼は、音楽が好きなのに歌うことができず、くちびるをすぼめることができないので口笛も吹けなかった。そこで、お金をためてハーモニカを買い、毎日練習していたのだ。
ハーモニカを吹きながら歩くレンティルと町の様子、また人々の表情が生き生きと描かれていて楽しい絵本だ。
'Lentil' by Robert McCloskey(1940)


今年は寒かったが、さすがに梅の季節になった。楚々とした風情の白い花や、濃いピンクの華やかな中国風の花など色々な種類があって楽しかった。

もうすぐ雛祭り。都合により早めにお祝いをしたが、今年もお雛様が春を連れてきた。

生姜と林檎を摩り下ろして砂糖と混ぜてことこと煮たら、ジャムが出来た。パンやヨーグルトに合うし豚肉料理にも合いそう。
イギリスの有名な伝承童謡に「London Bridge is broken down」というのがある。
ロンドン橋が流れてしまうので、wood and clay(木と粘土)、bricks and mortar(レンガとモルタル)、iron and steel(鉄と鋼)、silver and gold(銀と金)と色々な材料で架け替えた挙句に見張りを立て、見張りが夜中に寝てしまわないようにパイプを吸わせてやっと橋が架かったという歌だ。実は、この見張りというのは人柱であるらしい。陽気なメロディの底に暗い歴史が潜んでいる。
「bricks and mortar」というと古めかしい感じがするが、なんと最近では「インターネットを使わない昔ながらの書店」を「bricks-and-mortar bookstores」というそうだ。


今日は節分。京都の平安神宮では、平安朝の宮中行事、追儺(ついな)の古式を復元したという大儺之儀(だいなのぎ)が行われた。平安朝の殿上人に扮した人たちの中に、お面を被り盾と矛を持った人がいた。これは鬼を追い払う役目の方相氏(ほうそうし)で、「鬼やろう!」と三度叫んでから境内を回った。儀式の後は、登場人物たちがのどかに記念写真を撮っていた。
八坂神社では、福引券付きの豆を売っていた。節分は、鬼が恐怖だった平安朝と違って楽しい行事の一つだが、「鬼」という姿に擬人化して追い払いたい災厄は今も沢山ある。
「今しばし しばしとかぶるふとん哉」という小林一茶の句がある。二百年以上前の江戸時代の人なのに、「まったく同感!」と親近感を抱く真冬の朝だ。
宮澤賢治の「セロひきのゴーシュ」は好きな話の一つだが、ふと題名が気になった。セロは、チェロ。オーケストラのチェロ奏者というと颯爽とした燕尾服姿が思い浮かぶ。ゴーシュは、「左」また「ぶきっちょ」という意味もあるフランス語。フランス語の名を持つチェロ奏者なんていうと、ちょっとお洒落な雰囲気で、ネコを相手にごうごう「インドの虎狩り」を弾くゴーシュとは全く違う感じなのが面白い。
孤児になった Maria は、英国南西部の美しい谷、Moonacre で、自分の先祖の Moon Princess にまつわる謎を解決する使命を果たし、すべてを幸せにする。
昼間は、ピンクのゼラニウムと、Marmaduke の作るおいしそうな料理に代表され明るく色彩豊かだが、夜は、黒と銀色の神秘的な世界に描かれる。
「daffodils(ラッパスイセン)が、月の魔術で金色を奪われ、細い銀の茎の上に銀のラッパを掲げている」という風景の中を不思議な白馬が駆けていく。
「Little White Horse」by Elizabeth Goudge 1946
一月十日朝六時に起きたら、西の上空に満月が浮かんでいた。東の空や天頂にある時よりも近く大きく見え、濃紺の空を照らす光はとても明るく力強かった。
お正月の三が日は、お屠蘇とお雑煮とお節で始める。四日からは普通どおり。それにならって穏やかだった天気も急に強い風が吹いて荒れ模様になってきた。
午前中に、晴れているのに雨がぱらついた後、北西の空に大きな虹がかかった。端は家々の屋根の上まで落ちていて空の上から誰かが渡って下りてきそうな雰囲気だった。

晴れて暖かなお正月。