微妙に違う色合いの様々な緑の色紙を切り抜いて貼っていくと、あおむしの胴体ができあがる。その無数の色紙自体が作者の手作りだ。
切り抜いた残りの色紙で作品を作り上げたり、大きなあおむしの顔を切り抜いてお面にしたり、そもそも、穴あけパンチで紙にあけた穴が、小さな虫が食べた穴に見えたところから「はらぺこあおむし」の絵本ができたという。ほんとうに創ることを楽しんでいるエリックおじさんだった。
(「はらぺこあおむし」偕成社)
微妙に違う色合いの様々な緑の色紙を切り抜いて貼っていくと、あおむしの胴体ができあがる。その無数の色紙自体が作者の手作りだ。
切り抜いた残りの色紙で作品を作り上げたり、大きなあおむしの顔を切り抜いてお面にしたり、そもそも、穴あけパンチで紙にあけた穴が、小さな虫が食べた穴に見えたところから「はらぺこあおむし」の絵本ができたという。ほんとうに創ることを楽しんでいるエリックおじさんだった。
(「はらぺこあおむし」偕成社)
近くの大規模工事現場で出土した木簡(もっかん)を見た。木簡とは、細長い板切れに文字を書き記したもので、表面を削ると再利用できるので、奈良時代の役所で高価な紙より手軽に使われた。実物は、巾2.5センチ位、縦15センチ位の木切れで、何か文字が書いてあるが、素人目には古ぼけた木切れにしか見えない。
でも、これが発見されたということは、当時の政治の中心地、平城京と深いつながりがあったという意味になるそうで、このあたりが8世紀の昔から結構栄えていたのがわかる。その後、住む人が入れ替わり時代も移り変わってきたが、過去と現在は切り離されたものではなく、ずっとつながってきているのだなあとあらためて思った。
井上ひさしの戯曲「表裏源内蛙合戦」を見に行った。江戸時代の才人だが、才気が走りすぎて時代の先を行き過ぎ、結局は狂死した平賀源内の一代記。四字熟語や地口、だじゃれなどことば遊びを詰め込んだ原作の長いせりふを、舞台の上で役者が生で言うのを初めて聞いて、うれしかった。舞台転換もみごとだった。ただ、原作では、裏の源内の毒がもう少し利いていたような気がしたが、舞台では、けっこう「いい人」という印象だった。私の思い違いか、演出のせいか・・・?
Harry Potterシリーズ最終巻で、DumbledoreがHermioneにルーン文字のオリジナル版を遺した「吟遊詩人ビードルのお話」が出た。これは、魔法界のグリム童話ともいうべきもので、この中の「三人兄弟のお話」は、最終巻の重要な鍵となった。今回は、Hermioneがルーン文字から訳した五つのお話が入っていて、それぞれにDumbledoreのコメントがついている。彼も幼い頃から、母に読んでもらって親しんでいたそうだ。最近では、HarryやRonの子どもたちも読んでもらったことだろう。
マグルの世界の童話と違って、主人公も魔法を使うが、それで問題が解決するとは限らず、またヒロインも助けを待っていないで積極的に行動する。
今のHogwartsの情報はないが、McGonagall先生が校長になったことだけは分かった。
日ごとに日没が早まり、今日は4時45分くらいに日が沈んで、その後きれいな夕焼けが西の空一面に広がった。その上の方のだんだん青みを増していく空に、三日月があらわれたが、輝く星を二つ随えている。新聞によると、木星と金星で、このように三つが接近するのは数年に一度だそうだ。月は、白くさえざえと輝き、天体だと分かっているのに、女神アルテミスの冷たい神々しさを感じてしまう。
U.Le Guinの「Powers」を読み終えた。「Gifts」「Voices」に続くThe Western shoreという架空世界を舞台にした三部作の最後の作品。Earthseaと同じように、まず世界が設定されてから、その中で人々が動き出すという感じがする。
父の才能を受け継がず詩をつくる才能があるOrrec、本のない世界で密かに本を読んでいた少女Memer、教師になる教育を受けていたが奴隷の身分のGavir、それぞれの若者が、自分を見つめ自分の居場所を捜し求めて苦悩する。
「ことば」が力を持つ世界の物語で、ことばの力をあらためて考えさせられる。やはり女性の強さが際立つが、なかでも動物と心を通わせる才能を持つGryと雌ライオンのShetarが魅力的だ。
ケルトの伝統音楽を今に伝えるスコットランドのシェトランド諸島の「fiddlers bid」の演奏を聴きにいった。fiddleつまりバイオリンが4人に、ハープやピアノやギターが加わった7人のグループだ。伝統と言っても過去の化石ではなく、現代に息づいていて新しい曲も加わっている。取りすました芸術でなく、生活に根ざした音楽だ。
その中で「White Wife」という曲は、アイルランドの曲で、幽霊の意味だそうだが、明るい曲だった。妖精など別世界の住人に対するアイルランド人の親しみが現れているのだろうか。
聴衆の手拍子を誘い出す踊りの音楽を聴いていると、妖精王フィンヴァラの姿が浮かんできた。
源氏物語千年紀を記念した「源氏物語の世界」展に行ってきた。
まじめなほうでは、本居宣長(もとおりのりなが)が「もののあはれ」を説いた源氏物語の注釈書「玉の小櫛」(たまのおぐし) が展示されていた。それとともに、生霊になった六条御息所(ろくじょうのみやすんどころ)と光源氏のなれそめを源氏物語の文体をまねて書いた補作も展示されていた。彼は、「源氏オタク」だったようだ。
高貴な身分の姫の嫁入り道具に、「源氏」とかいた手鏡や、各場面を描いた伊達家の駕籠(かご)や、源氏物語の豪華な写本があった。ただし読まれた形跡がないものもあったらしい。かたや、高級遊女、おいらんは、教養として、源氏物語を読んでいて、それが、浮世絵にもなっている。姫より遊女のほうが、教養が高い場合もあったようだ。
「偽紫田舎源氏(にせむらさきいなかげんじ)」は、王朝の原作を室町時代に時代を移したものだが、それを浮世絵では、江戸の風俗、人気歌舞伎役者の顔で描かれ、人気を博した。国は違うが、シェークスピア作品を、イケメン俳優が主役の現代劇にした写真集といったところだろうか。
源氏物語が、江戸時代に、写本、絵巻、屏風、浮世絵、かるたなどで、上流階級から庶民まで親しまれていたのがよくわかった。
三沢空港から機内に乗り込み、飛行機が動きだしていざ離陸というときに、「三沢空港は米軍の戦闘機の発着がよくあり、今も五分ほど待つよう指示がありました」という機長のアナウンスがあり、目の前を轟音とともに十機弱の米軍機が次々と滑るように着陸したり、さっと飛び立ったりした。三沢が基地の街であるのを実感した。
その後、私が乗っている「民間機」も無事離陸した。天気がよいので地上の山々がよく見えたが、やがて、遥かかなたに、雲からすっくとそびえ立つ富士山の姿が見えてきた。堂々として美しい日本一の山だった。





まず、秋田県秋田市、旧佐竹藩の久保田城跡、千秋(せんしゅう)公園をのぞいたあと、秋田新幹線こまちで角館(かくのだて)へ。ここは、古いものは二百年前に建てられた武家屋敷が保存されている。黄色く色づいた木々を背景にした武家屋敷が並ぶ通りは、江戸時代の雰囲気。その中の青柳家の親族の小田野直武は、平賀源内に学び、解体新書の表紙や挿絵を描き、秋田蘭画といわれた油絵も描いた画家だった。ここは又、しだれ桜の名所。桜皮細工の実演をしていたので茶匙を買った。
次は、抱返り(だきかえり)渓谷へ。青緑色の渓流に映える原生林の紅葉を眺めながら、つり橋を渡り、遊歩道を行くと、目の前に勢いよく水がほとばしる滝が現れた。
翌日は、岩手県盛岡市から東北新幹線はやてで青森県八戸市へ。そこからバスで行き、奥入瀬(おいらせ)渓流に沿って歩く。奥入瀬川は、十和田湖から流れる唯一の川で太平洋に注いでいる。年中豊富な水量でゆったり流れるので、川岸の丸太や流れの中の石には緑の苔が生えている。せせらぎの音を聞きながら黄色の落ち葉が降りそそぐ中を歩いていくと、時間の感覚がなくなってしまう。
十和田湖で遊覧船に乗り湖を渡る。十和田湖は、青森県と秋田県にまたがった湖で、湧き水のため透明度が高い。濃い青色の水に、様々な色合いに染まった周囲の山々がよく映える。東北の紅葉は、山々全体がブナの黄色に染まり、その所々に、カエデのオレンジやナナカマドの赤、マツの緑が混ざっているスケールの大きな美しさだ。船を降りると、風が冷たく、冬が近いのが感じられる。湖畔の高村光太郎の乙女像を見てから、十和田プリンスへ。ちなみにここは秋田県。ホテルのロビーに本物の暖炉があり火が燃えていた。暖炉の火を見ていると、身も心もあたたかくなって、ほっとする。ついでにFloo Powderが使えそう。
翌日は、十和田観光電鉄で青森県十和田市から三沢市へ出て帰路についた。リンゴがおいしそうだったのでどっさり買い込んでしまい重かった。雨模様でハラハラさせられたが、要所要所では日が射し、晩秋の美しさを堪能した旅だった。

奈良国立博物館に、第60回正倉院展を見にいった。
まず1400年前にササン朝ペルシアでつくられ、シルクロードを運ばれてきた白瑠璃(はくるり)の椀が輝いていた。ようするにカットグラスだが、お酒を入れたらさぞ美しかったことだろう。大阪の古墳から副葬品として発掘された同時代の白瑠璃の椀も展示してあったが、こちらは、土がついて輝きも失せ、いかにも古代のものだった。二つ並べて井上靖の「玉椀記」を思い出した。
ほかには、丸太のような香木とか、当時の貴族が腰にアクセサリとして組みひもでぶら下げていたビー玉のような水晶玉やサイの角でつくった小さな魚とか、当時は珍しかった椰子の実に楽しい顔を描いたものとか、貝殻に竹の柄をつけたスプーンや刃の幅が2センチくらいの鉄の包丁などの調理道具とか、様々なものが展示されていた。正倉院には、貴重品だけでなく日用品などいろいろ収められていたようだ。
古文書も、写経や最古の戸籍など、たくさん展示されていたが、ありとあらゆる文書が保管されているらしい。おもしろかったのは、写経所に勤めていた人たちが病気や姑の葬儀などで休むための休暇願いだった。当時から勤め人は大変だったようで奈良時代人を身近に感じた。
ところで、「正倉」とは、大切なものを収める倉をあらわす一般名詞で、それが集まったものが正倉院だそうだ。8世紀なかばに完成したが、今は校倉造(あぜくらづくり)の正倉一つしか残っていない。とにかく1200年以上前に収められた品々の保存状態の良さには驚かされる。聖武天皇と、その死後、光明皇后の時代にできたものだが、その後、道長や信長が宝を見に訪れ、家康は建物の修理もしたそうだ。明治時代には、今日展示されていた螺鈿(らでん)細工の鏡や、黒柿の板でつくられた厨子などの修理もされている。正倉院に収められたものは、代々の為政者が残そうと努力して今日まで伝わってきたのだとつくづく思った。
朝から雲一つない真っ青な空が広がっていた。外へ出て、さわやかな秋晴れの高い空の下を歩いていると特に何もないのに気持ちが弾んでくる。
気がつくと日が西に傾いていて、その後きれいな夕焼け空になっていった。日没が5時15分過ぎ。夏至のころに比べ、1時間20分以上早くなっている。確かに「つるべ落とし」だ。
チュニジア生まれのピアニスト、ジャン・マルク・ルイサダのリサイタルを聴きにいった。プログラムはショパンのマズルカ全曲。マズルカはポーランドの民族舞曲。知らない曲が多いが、休憩を挟み三時間近くその世界に浸っていると、溢れるように即興のメロディーを弾きまくるピアノの前の作曲者の姿が目の前に浮かんできた。
神戸市の六甲山に行った。市街地からすぐにつづら折りの山道に入り、気がつけばもう山頂近くで、ホテルや牧場やゴルフ場が次々に現れる別世界にいた。
カフェのテラスのすぐ外側にススキが繁り、その向こうに六甲の山並みが連なり、その下に神戸や芦屋、西宮の街が広がり、その先に海が見える。吹く風も肌寒く、すっかり秋の風情だった。
珍しいピアノデュオの演奏を聴いた。まずラヴェルのスペイン狂詩曲を連弾で。一台のピアノを二人で弾くので肘や脚が当たったりして大変だそうだが、何より小柄な演奏者でないと並んで座れない。
次は二台のピアノなので見るからにゆったりとしてほっとする。ラフマニノフの組曲第二番。二台のピアノのための作品で、序奏、ワルツ、ロマンス(作者らしいロシアの自然を想わせるメロディーの曲)、タランテラの四曲から成っている。二人分の音はさすがに迫力がある。
作者は忘れたが、最後の「パガニーニの『鐘』を現代風にした曲」がおもしろかった。
19世紀のフランスの印象派の画家、コローの展覧会を見にいった。旅行先のイタリアの風景画、故郷フランスの風景画、「真珠の女」などの人物画、どれも見ていて心が落ちつく。こないだ見たシャガールとは大違い。外に出たらすっかり日が暮れていて歩道の木々が冷たいほどの秋風にゆれ、昼間は見なれた街並みが一変して、ちょっと旅先のような気がした。
名古屋名物「ひつまぶし」が登録商標という店に行った。ころっとした一人分のお櫃(ひつ)のご飯に鰻がのっていて、たっぷりめの鰻丼といった風情だが、鰻に一口大の切れ目が入っている。いつもの店より鰻の焼き方が柔らかめで、たれの味が甘め。茶碗によそって、一杯めは、そのまま。二杯めは、あさつき、わさび、刻み海苔の薬味をかけ、三杯目は、薬味とだしをかけて食べる。薬味をかけるとさっぱりした口当たりで食が進み、たっぷり入ったお櫃が空になってしまった。もの珍しかったが、だしをかけるのは、鰻の味がぼけてしまって、おいしい鰻に失礼では!?と思った。
ついでに思い出したが、J.R.R.Tolkienが、「 Rivendell(裂け谷)をImradrisと言うのは、現在のWinchesterをCamelotと言うのと同じ関係だ。ただし、Erlondが、そこに住んでいるのは、例えてみれば、Artherが、まだWinchesterに住んでいるようなものだ」というようなことを言っていた。残念ながらどこで読んだか忘れてしまったが。
エルロンドは、フロドたちにとっては、現代人にとってのアーサー王のような伝説上の人物だったわけだ。
J.R.R.Tolkienの「The Silmarillion」をやっと読みおえた。太陽や月より先に、エルフにより作られた三つのシルマリルという宝石を、サウロンの親分モルゴスに奪われ、それを取り返そうとする話が主になっている。
「The Lord of the Rings」は、The Elder DaysからのMiddle-earthの壮大な歴史の一番新しい方の時代であるThe Third Ageの最後の話で、Halfling(小さき人)フロドたちはそれまでまったく歴史の表舞台に出てこない種族だった。
それにひきかえ、ガラドリエルは、The Elder Daysからのとても高貴な出で革新的なエルフだった。エルロンドより前の世代なので数千才だか数万才だか、すごい年齢になりそう。巻き毛を一房所望したギムリは、ものすごく畏れおおい願い事をしたわけだ。
年齢でいえば、エルロンドの娘、アルウェンでさえ確か三千才を過ぎていたような気がする。エルフは殺されない限り不死なのだ。ちなみに、アルウェンがその美しさと運命を比べられたご先祖のルシエンは、シルマリルを取りもどすことが彼女との結婚の条件とされた人間のベレンを手助けしたが、アルウェンより遙かに行動的だったのに驚いた。
昨日は、風早宏隆(かぜはやひろたか)のトロンボーンのコンサートに行った。
トロンボーンというと、長い管(スライド)を伸び縮みさせながら耳に心地よい低めのボヨーンとした音を出し、ブラスバンドやジャズに使われる比較的新しい楽器のような気がしていたが、解説によると、実は15世紀から教会音楽に使われた古い楽器。日本で言えば仏壇を連想するようなもので宗教色が強すぎて普通の曲には使われなかったが、ベートーベンが交響曲第5「運命」の第4楽章に使って以来、ブラームス、ブルックナー、ワーグナーなどその後の作曲家が使うようになった。ただ、ずっと出番がないのに第4楽章でいきなり目立つ旋律という場面も多く精神的に大変そうだ。
最近有名なプッチーニの「誰も寝てはならぬ」は、ゆったりとしたきれいなメロディーだがトロンボーンで演奏するのは難しいそうだ。
トロンボーン四重奏のヘーゼル作「三匹の猫」がおもしろかった。最後は、「It's only a Paper Moon」で楽しく終わった。

京都の哲学の道を久しぶりに銀閣寺の方から歩いて南禅寺まで行った。葉の緑が、いかにも暑さに耐えたらしく艶がなくて木々もお疲れ気味。以前はお盆過ぎの定番だったが最近は珍しくなったツクツクボウシの声が聞こえる。日差しは強いが風は涼しい。ちょうど夏と秋が入り交じっている。
途中の大豊(おおとよ)神社は、9世紀終わりの平安時代、宇多天皇の病(やまい)平癒祈願のため建てられた古い神社。狛犬(こまいぬ)ならぬ「狛ねずみ」がいる。神の使いだそう。確か今年はネズミ年だった。
昨日、京都五山送り火大文字を見に行った。夕立があったのか京都にしては涼しい夕べだった。三回目なので、毎年、天候の加減か少しずつ燃え方が違うのが分かってきた。去年は煙が多かったが、今年は、くっきりとしてとてもきれいな「大」の字だった。でも写真に撮ったのを見ると、その美しさが出ない。やっぱり実物を覚えておきたいとおもう。


宮城県仙台市は、杜(もり)の都。樹々の緑が濃くて美しく、湿気が少なくて暑さがしのぎやすい。ちょうど七夕祭りで、くす玉に長い吹き流しをつけたような巨大な七夕飾りが所せましとぶら下がっている。色とりどりの紙のジャングルの中を歩いているような気がする。
翌日は、JR東北本線で南下し、槻木(つきのき)駅で阿武隈(あぶくま)鉄道に乗り換え。これは阿武隈川に沿って走り、福島まで行く私鉄。このあたりの電車は扉の開閉を乗客が自分でやらなくてはならないのが珍しい。
丸森駅で途中下車して阿武隈川の遊覧船に乗る。真夏とは思えない涼しい風に吹かれながら深緑の渓谷を眺めていたら、なんと渇水で船底が川底にかすってしまいエンジン不調のため川の真ん中で立ち往生。救助船を待って、こちらの船がロープで結ばれて引き返し、船を乗り換えてやり直す羽目になった。阿武隈川は「暴れ川」で、水かさが増すときは、川端の数メートル上の国道を越すほどになることもあるそうだ。
三日めは、福島県郡山(こおりやま)市からJR磐越西線(ばんえつさいせん)で喜多方(きたかた)市へ。ここは、立派な蔵屋敷がたくさん残っている。昔、火災が多かったため蔵を住居にしたそうだ。壁の厚さが、なんと30センチとか。醤油味だけの「たまりせんべい」とラーメンが名物。
四日めは、福島県会津若松(あいづわかまつ)市。幕末の片方の主役、会津藩の城下町。至るところに歴史を感じさせる落ち着いた雰囲気の街だ。鶴ヶ城、家老の武家屋敷などが再建され、道路も、直進できないようにして敵の来襲をしにくくさせるため鍵形になっている十字路があちこちに見られる。
飯森山(いいもりやま)のふもとの滝沢本陣は、戊辰戦争時の大本営があった場所で、白虎隊が、土方歳三ら新撰組に護衛されて出陣した所だそうだ。当時の戦いの弾痕や刀傷跡がたくさん残っている。
最後は福島空港で桃ジャムを買った。深い緑の葉の木々や山々と、爽やかな風と、何種類ものセミの声が印象的な旅だった。
(ちなみに、今日、北京五輪で北島選手が100m平泳ぎで二連覇達成したそうだ。)
いつも新幹線で素通りしているJR京都駅に行った。吹き抜けのある大きな駅。有名な大階段も見た。目の前にロウソクを模しているらしい京都タワーがそびえている。この暑さの中、平日なのに駅前には外国の観光客もたくさんいて、さすが日本を代表する観光都市、京都だった。

兵庫県西宮市の甲子園球場に夏の全国高校野球の開会式を見にいった。今年は、北京オリンピックのため例年より早いらしい。今年は第90回記念大会で、そのイベントが先にあるというので、早めに出て7時半過ぎに着いた。
球場の周りには、プラカードを持つ白い帽子をかぶった女子高生たち、出番を待つ各地のユニフォーム姿の高校生たち、おっかけの?カメラ片手の茶髪の女の子たち、名札を下げた関係者たちなどいろいろ。席に座ると、緑の芝生に黒っぽい土、頭上には薄雲がかかった水色の空がひろがり、向こうに六甲の山並みがかすんでいる。セミの声が聞こえ、暑いけれど時おり風がそよぐ。ドームでなく自然が感じられるのがいい。観客は、それこそ老若男女だが、プロ野球よりはのんびりしていると思う。どんどん席が埋まっていく。隣の団体は、人文字の練習をしていた。
開会式は型どおりだが、やはり沖縄から北海道までの高校生がそろうのは壮観だった。応援団もバスや飛行機ではるばる来るのだろう。選手宣誓も無事終わった。その後の第一試合は、「山口県の下関工」対「北-北海道の駒大岩見沢」。始球式のボールがヘリコプターから落とされるのだが少し外れたところに落ちたのがご愛嬌。双方の応援団の必死の声、飲み物売りの声、選手を紹介するアナウンスの声、バットに球が当たるカーンという音、どよめく観客の声。テレビのうるさい解説がないのがいい。
気がついたら、どんどん日が高くなってセミは聞こえなくなっていた。駒大岩見沢が8対6で勝ったが、勝っても負けても満足、という感じだった。勝者の校歌が流れ校旗が掲揚されたが、すぐに降ろされた。試合が終わると、双方の応援団がぞろぞろとひきあげ、次の試合の応援団がぞろぞろとその後を埋めていく。球場の外には、タオル、ペナント、Tシャツなど「高校野球グッズ」をどっさり売っていた。高校野球は、単なる試合だけでなく、いろいろ含まれた一大イベントだ。阪神電車の駅に向かって歩いていくと、この暑さの中、その後の試合を見に、どんどん観客がやってくるのに驚いた。

5年前の夏のオーストラリアみやげの羊毛があった。ヒツジから刈ったばかりの片手一握りの灰色で薄汚れてべとついたしろもので触る気にもならず、ずっとビニール袋に入れたまま部屋の隅に置いてあった。引っ越しの荷物整理のときに捨てようかとおもったが記念の物なので捨てきれず、思いついて洗剤で洗ってみたら、なんと真っ白でふわふわになった。この変身ぶりには驚いた。これなら、毛糸になるのも納得。
コーヒーより紅茶、それもアールグレイのミルクティーが好きで、一年中熱い紅茶を飲んでいる。ところが最近、フレーバー・ティーを水出しにして一晩おき、アイス・ティーにするやり方を知った。朝、飲むときりっとさわやかで目が覚める。この夏は、これで暑さをのりきろう。
「第三十軍団、Ulpia Victrix」というのは、最近、気に入っているキプリングの「Puck of Pook's Hill」に出てくるローマ帝国の百人隊長が属していた軍団だが、イギリスの子ども向け(?)歴史小説家サトクリフの「Silver Branch」(銀の枝)を読み返していたら、それが出てきたのでびっくりした。史実として残っている唯一の軍団なのかもしれないが、サトクリフがパックに捧げる意味もあったのではないかと思う。

新しい家でいちばん気に入っているのは、夕日が見えること。この時期は、夕方になっても西の空にまぶしく照りつけるお日さまだが、だんだん落ちていって、最後は、陰になって黒っぽい山の端に少しずつ沈んでいくのがよく分かる。すっと沈んで姿が見えなくなった瞬間は、まだ残光が残っていて、なんともいえない余韻が残る。今日は6時43分だった。星の王子さまのように、ちょっと椅子を動かせば何度でも入り日が見られるというわけにはいかないが。
1906年にキプリングが子ども向けに書いた作品。DanとUnaの兄妹が、イングランド南部の'Pook's Hill'、すなわち「パックの丘」で「夏の夜の夢」の劇をやっていると、Puck本人を呼び出してしまう。彼は、二人の子どもにその付近にまつわる歴史上の人物を呼び出して当時の話を聞かせてくれるが、まわりの田園風景に、その話がうまく織り合わさっている。その中の一人、ローマ帝国の第三十軍団の百人隊長が'the Wall'、すなわち「ハドリアヌスの防壁」に赴く話は、その後の作家、サトクリフに影響を与えたと思われる。
オペレッタ「メリー・ウィドウ」の本番直前の「バックステージツアー」に参加した。ライトに照らされ舞台装置もそろった舞台の上に立って四階席まである客席を眺めると、オペラ歌手の気分。舞台は少し前方に傾斜していて立ちにくいし、背景も平面の板に描かれていて作り物なのに、上演された舞台を見ると華やかな夢の世界だ。
ちなみに、映画の題名など原題そのままを安易にカタカナにするのはどうかと思うが、この場合「Merry Widow」を「陽気な未亡人」と訳しては、軽く華やかな内容に合わないし夢の世界には入りにくいだろう。
鳥取県の東部、昔の因幡(いなば)の国にある鳥取砂丘へ行った。起伏のある砂丘の中をやっと歩いていくと向こうに青い空と青い海が広がっていた。ただし、さらさらで細かい砂は靴下の中まで入り込んで大変だった。
帰りはJRの特急「スーパーはくと」に乗った。「はくと」は白兎すなわち「いなばのしろうさぎ」のこと。因幡の隣、鳥取県の西部は伯耆(ほうき)の国で、その隣が出雲の国になる。出雲のオオクニヌシノミコトが、はるばる旅をして、因幡の国の人助け(ウサギ助け)をした話が残っているのだから、オオクニヌシという人は、さぞ人望があったのだろうと思った。
L.M.Montgomery作「Anne of Green Gables」シリーズは中学時代の愛読書だった。その後、原書で読むと又おもしろい。簡単なところではMatthewというのが聖書のマタイだとか「刺し子の布団」がquiltだとか。
Anneの親友Dianaの名前をMatthewは「dreadful heathenish name」というが、ディアナはローマ神話の女神(ギリシア神話ならアルテミス)だからキリスト教徒のマシューにしたら「ひどく異教的な名前」なのだろうと、これも日本語では気づかなかった。
京都三条の文化博物館の「源氏物語千年紀展」。時代をこえてたくさん残されてきた写本や絵巻が並んでいる。源氏物語が、いかに人気があって読み継がれてきたのかがよく分かる。それにしても「写本」というのは、いちいち本を書き写したわけで、それも地模様の入った美しい和紙に流れるような筆遣いで書かれている。本は貴重品であったのだとつくづく思った。
新しいすみかなので、できるだけきれいにしておきたいと思って説明書を読んでみた。それによると掃除の仕方は、「柔らかい布で中性洗剤を使い優しく拭く」のが基本らしい。これまでは、がんばってきれいにしようと思うときはクレンザーやナイロンたわしでごしごしこすっていた。常識も変わるものだ。というか、そこまで汚れをためてはいけないというのが第一なのだが…
18世紀のフランス宮廷の絵画、工芸品の展示会。銀製のテリーヌ入れや塩入れなど、日常使われる物に贅を尽くしてある。小さくて豪華な嗅ぎタバコ入れには、上からは見えない底まできちんと肖像画が描かれている。日本から輸入した蒔絵(まきえ)の水差しに金の装飾を加えたものもある。遠い異国の中国や日本のものが珍重されたようだ。マリー・アントワネットの旅行用携行品入れトランクに入っていたイニシャル入りのお茶のカップや茶こしは今でも使えそうなものだった。はじめて彼女を身近に感じた。
いわき市は、東北地方の入り口、福島県の南東部にあって、その昔、常磐炭田の中心として栄えたところ。「いわき(岩木)」は江戸時代から石炭を意味することばだったそうだ。そこにある湯本は今ではひなびた温泉町で、地元の人が気軽に通う温泉や足湯があちこちにある。ここでは時の流れもゆったりしているように感じられる。
引っ越し先がいわゆる「all電化」なので、鍵の使い方、エレベーターの乗り方から始まり、IHのキッチン、お風呂の沸かし方、お湯の入れ方など、だいぶ慣れたがいちいちとまどうことが多い。出かけるとき防犯機能をセットすれば、解除のしかたが分からなくてブザーが鳴り続けるし、お風呂も「適当に」ではだめで量と温度を設定しなくてはいけないし。忠実だが融通の利かないメイドがいるような気がする。
家の近くの商店街をぶらぶらしていたら、八百屋さんをみつけた。店先に苺がなんと4パック700円で並んでいた。買ってきて苺ジャムを煮てもらった。グラニュー糖と混ぜてしばらくおき、ルクルーゼであくを取りながらことこと煮ていくと、いいにおいがたちこめる。煮詰めていくとだんだん白くなっていく苺が、また真っ赤になってできあがり。鍋一杯の苺が小瓶三つ分くらいになってしまう。ひとつぶの苺の中に春の味が凝縮されている。
秋野不矩展を見にいった。静岡県の天竜川沿い出身で、京都に住み六人の子を育て上げ、九十代まで精力的に描き続けた画家だ。日本画の枠からはみでた雄大なインドの風景は見るたびに元気になる。
前より広いところに引っ越したはずなのに、なかなか段ボール箱が減らない。間取りの関係で収納場所を変えようとしているので、今必要なものかどうかと考えているとなかなか荷物が収まらない。年月と共に増えてきたものは、その人の歴史だと思うので大事にとっておきたいものを持ってきたはずなのに、今ではあまり使わないものをどうしたらいいか悩んでしまう。昔の御蔵があるといいなあ。トランクルームより大事に保存する感じがするし。
引っ越しが終って四日め。当日は、若いメンバー六人の引っ越し業者が手際よく荷物を運び出し、引っ越し先も近いので午前中に搬入が終ってしまった。
ただしその後に残された段ボールの山は今日になってもちっとも減らない。
引っ越しのため、ここしばらく荷造りをしてきた。いろいろ出てきて懐かしい反面、大事にしまっておいたものでも、時と共に古くなって今ではそれほど重要でなくなってしまったものもある。引っ越しは、ある程度、しまいこんであった過去と向き合い、整理しなくてはいけない。


京都三条大橋のたもとに、江戸時代の高山彦九郎とかいう武士の像がある。京都に来るたびに御所に向って拝礼した律儀な人だそうだが、あまり見目麗しい像ではない。それも通称「土下座像」というすごい名前で、京都の学生の待ち合わせ場所だそうだ。渋谷のハチ公前の京都版か。
引っ越しを前に、何もない部屋にノートパソコンだけ運んでもらって、悪戦苦闘で設定をして、何とかネット開通。まずはパソコン一台引っ越し完了。

キッシュを焼いた。バターで炒めたタマネギ、ベーコン、シメジとマイタケ入り。チーズは、ありあわせのレッドチェダーとパルメザン。卵と、生クリームがないので牛乳。でも焼きたてはなかなか。
家の近くで大きな工事をしている。少し前まで広い空が見えていたところに、にょくにょきと鉄骨が組みあがっている。大学とデパートと映画館などができるらしい。昨日お昼ごろ、その近くの歩道橋の階段が、昼休みに行くヘルメット姿の作業員でいっぱいだった。今時では珍しいかもしれないが、みな男の人だった。すばらしい建物もこういう人たちの力仕事でできていくんだなあと思った。
携帯を変えた。ドコモのP705iという新製品。白くて薄型で画面が大きくて色もきれい。ワンセグでテレビも見られる。春だしうきうきしてしまう。ただし使いこなせるまで当分振り回されそう。
都合により一日遅れの雛祭りで、ちらし寿司を作った。バターケーキも和風に抹茶を入れたら薄緑色できれい。お内裏様も三人官女も五人囃子も大臣方もいいお顔。出した年月だけ年をとられたと思うと、雛道具の鏡台の鏡にうつる私も同じだけ年をとったわけだ。
念願のSherlock Holmesの全作品集を買ってしまった。電話帳のような厚さで読みにくいのが難点だが、Strand誌のイラスト入りなのがうれしい。さっそくぱらぱらとめくっていたら、Irene Adlerの呼び方が「the woman」なのがわかった。
モスリンのドレスというと若草物語を思い出す。呼び方がきれいなので、どんな布地だろうかと想像したものだ。日本では、幕末に輸入されて「毛斯倫」と書き、その後、大阪などでたくさん製造された鮮やかな色合いの花模様などのウール素材の平織り物をさすそうだ。明治から昭和初期にかけて長じゅばん、子どもの着物などにたくさん使われたらしい。今見ると、その鮮やかさが、かえって斬新に感じられた。
西谷牧人(にしやまきと)のコンサート。題名のとおり、イギリスのエルガー「愛のあいさつ」、三味線や太鼓の音をチェロであらわす黛敏郎「文楽」、ドイツのバッハ「アリオーソ」、恋人と宇宙を旅する夢を見るがめざめてがっかりするフランスのフォーレ「夢のあとに」、ロストロポービッチのために作られたアルゼンチンのピアソラ「ル・グラン・タンゴ」と、さまざまな国の曲が並んでいた。本人の解説もわかりやすく、クラシックの堅苦しさがない楽しいコンサートだった。
朝方から雪が降り出し、どんどんどんどん降ってきて、見ている間に積もった。雪だるまもできていた。翌日は、うってかわった晴天で、あっという間に雪が溶けた。夢のような一日だけの雪国だった。
札幌雪祭りが、ニュースになっていた。おととし行って、雪像の大きさと多さに驚いたのを思い出す。さとらんど会場も広かった。広い青空の下、あんなにたくさんの雪を見たのは初めてだ。唯一の難点は、雪道が滑ること。もこもこに着膨れておぼつかない足取りでおっかなびっくり歩いているそばを、現地の若い女性が軽装でさっそうと歩いていった。
夜のあいだに雪が降ったらしく、窓からみえる大文字の「大」が白く浮かび上がっている。吉田神社の節分祭をのぞいた。いつもは静かで広い参道に屋台がびっしり並び、福豆が売られ、大にぎわい。
その後、京大のレストラン、カンフォーラで総長カレーを食べ、賀茂大橋西外れのボンボンカフェでカプチーノ。
きのうは、出町ふたばの豆餅、寺町通りのカフェで雑穀バーガー、都路里(つじり)の玄米茶パフェ。いずれも満足。
冬の果物といえばやっぱり、みかん。どんよりした曇り空の寒い日が続いて気がめいるが、机の上のみかんのつやつやした「みかん」色は、まわりを明るくしてくれる。手でむいておいしく食べた後の皮は、干してお風呂に浮かべて「みかん風呂」。やさしい香りで、ほかほかとあったまる。
芥川龍之介の「蜜柑」でも、汽車の窓からぱっと投げられる蜜柑の色の鮮やかさが、灰色の風景の中で印象的だ。
京都府、天王山の南のふもとの大山崎山荘美術館に行った。
大山崎のあたりは、新幹線から阪急電車がよく見えるところだが、降りたのは初めて。駅から少し歩くと、山を背景に自然に調和した山荘が見えてきた。大正から昭和初期に建てられたイギリス式の建物で、細かいところまで凝ったつくりだ。とくに一階のダイヤ型にカットされた窓ガラスから差し込む日光が、床にステンドグラスのように虹色にかがやいて美しい。
新館は、安藤忠雄設計の地下にある丸い部屋で、モネの「睡蓮」などが展示されている。二階のテラスの喫茶室で、この冬初めての雪をながめた。
名古屋から大阪までノンストップのアーバンライナーに乗った。
愛知、三重、奈良、大阪と新幹線とは別ルートで行くのがおもしろい。瓦屋根の家々が線路の近くに並び、風景も少し違う。
鏡餅を飾ったわけでもないが、小豆を煮た。ことこと音がして、湯気で部屋があたたまり、豆らしい匂いがただよってくる。やわらかくなったら砂糖を入れて、さらに煮て、お餅を入れてできあがり。製作過程もふくめて冬の楽しみ。
大草原シリーズのローラの食卓にも、よくポークビーンズが登場する。貧しいときは大豆を煮ただけ。余裕があれば塩漬け豚を入れたりしていたが、とてもおいしそうだった。

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