funini.com Crane 2009年

「Tree and Leaf」 (2009/12/29)

 今年最後に、J.R.R.Tolkien著「Tree and Leaf」を一通り読んだ。
その中の「On Fairy Stories」では、「fairy-storiesは、羽がはえた小さな妖精が出てくるわけではなく、子どものためだけのものではない」と述べられていて、今のいわゆる「ファンタジー」という分野の確立に影響を及ぼしたと思われる。
 しかし、その一方「Fairy-storiesは、人間が演じるDoramaとは相反するものである」と述べられているが、相次ぐ「ファンタジー」の映画化を見ると、残念ながらこちらの意見は黙殺されているようだ。

蜜柑 (2009/12/16)

この冬初めての蜜柑が来た。最近は、柑橘類といえばオレンジ、グレープフルーツが幅を利かせていて、色の名にしても「橙色、蜜柑色」より「オレンジ色」の方を良く耳にする。もちろん、蜜柑とオレンジは大きさも色も香りも味も違うが、ことばの上でも蜜柑よりオレンジの方が親しまれつつあるとしたら寂しい。

英語が世界で一番広まった言語になりつつある現在、日本語の中にもカタカナ語がどんどん入り込んでいる。ことばは文化をあらわす。日本語がカタカナ語に取って代わられるということは、日本の文化が変質するということだ。変質ならまだしも、衰退していかなければいいのだが・・・。

囃子方(はやしかた) (2009/12/03)

能の楽器を演奏する人たちを「囃子方(はやしかた)」という。
「はやす」とは「映えるようにする、ひきたてる」という意味で、「囃子方」は、単なる伴奏でなく舞や謡を盛り上げる役目を持つ。笛と、小鼓(つづみ)、大鼓、太鼓の三つの打楽器が基本で、それぞれの楽器に流派があり世襲で受け継がれている。

向かって右端が「能管(のうかん)」という竹の笛。わざと揺らぎのある不安定な音で登場人物の感情をあらわす。
右から二番目が小鼓。左手で右肩の上に構えて、右手で打つ。湿り気を与え、響きのあるトンという音がする。
その隣が、小鼓とペアになる大鼓。こちらは左腰の脇に構えて、右手で打つ。演奏前に炭火で乾かすため、カーンという鋭い音がする。
左端が太鼓。面の真ん中を二本のバチで打ち、コンコンという軽い音がする。

互いに息を合わせるためにかける掛け声が特徴的で、音程も不定で、間(ま)が大事という、すべて音符で埋められた西洋音楽とは正反対の世界だ。

扇を持つ謡が入れば五人囃子になる。気が早いが来年のお雛様を飾るときには並べ方に気をつけよう。

支倉常長 (2009/12/02)

支倉常長(はせくらつねなが)率いる慶長遣欧使節団は、伊達政宗の命により、国産の帆船サン・ファン・バウティスタ(洗礼者ヨハネ)号で、太平洋を渡りアカプルコに着き、そして大西洋を航海して、1615年にローマ法王に謁見した。

その少し前に、インド経由でローマに赴いた九州の天正少年使節と異なり、宗教てはなく通商を目的としたが、当時の日本はキリシタン弾圧、鎖国に向かっていたため、使節の目的は果たせなかった。

宮城県石巻市で復元船と複製の肖像画を見た記憶もあせないうちに、偶然ながら「ボルゲーゼ展」で実物の肖像画を見ることになった。

当時、支倉一行が着いたのは、美術館の建物であるヴィラ・ボルゲーゼが完成直後のことで、そこで使節団の歓迎の宴が催されたのだそうだ。そのときに、肖像画が描かれたのだろう。

ギリシア神話のヴィーナスや、イエスなど聖書の人物の中に、実直そうな日本の武士の肖像画があるのは何とも不思議な感じだった。
彼を身近に感じ、その苦労がしのばれた。

京都のボルゲーゼ展 (2009/12/01)

アップロードファイル 202-1.jpgアップロードファイル 202-2.jpgアップロードファイル 202-3.jpg

12月とは思えない陽気に誘われて、ぶらっと京都へ行った。
哲学の道は、ほとんど落葉していたが、ところどころ紅葉が映えて、また趣がある。観光客も少なくてよかったが、永観堂、南禅寺まで行くとさすがに観光バスが連なっていた。

疎水に沿って岡崎まで行き、ボルゲーゼ展を見た。
17世紀のイタリア美術の大パトロンであった枢機卿シピオーネ・ボルゲーゼのルネサンスとバロックのコレクションを基にしているボルゲーゼ美術館の展覧会だ。

美術館は、ローマ北東部の広大なボルゲーゼ公園にあり、収集した絵画彫刻を飾るために造られたそうで、展示された絵も豪華な大邸宅に似合うものばかりだった。

ラファエロの「一角獣を抱く貴婦人」は気品があり、ボッティチェリ一派の「聖母子、洗礼者ヨハネと天使」はクリスマスにふさわしく、カラヴァッジョの「洗礼者ヨハネ」の愁いを帯びた少年の表情が印象的だった。
その中に「支倉常長」の肖像画があった。仙台で複製画を見たばかりなので知人に出会ったような気がした。

帰りは、三条の「スマート珈琲」で一休み。ちょっと古風で落ち着いた雰囲気の店だ。日暮れが早いのは、さすがに12月だ。

ばじさん (2009/11/19)

アップロードファイル 201-1.jpg

 8月に来たバジルの苗がすくすく育ち、二週間ほどで念願のトマトとモッツアレラとバジルのパスタができた。摘むときの香りがいい。
 パスタの他にもトーストにオリーブオイルを塗りバジルトーストにしたり、バターを塗りハムやチーズと一緒にのせたり、紅茶に浮かせたりと大活躍。
 旅に出かけている間は枯れないかと心配し、帰ったときは真っ先に水をやった。
 見目よく香りよく味もよしと、まさに一石三鳥だ。

 けれど11月も半ば過ぎるとさすがに緑が薄くなり葉も小さくなってきた。やっぱり冬には枯れてしまうのだろうか。

「お堂で見る阿修羅」 (2009/11/12)

アップロードファイル 200-1.jpg

 奈良の興福寺の仮金堂に、阿修羅(あしゅら)立像をはじめとする天平乾漆(かんしつ)像14体がそろって安置された。乾漆像とは、土台の上に麻布をかぶせ、その上に漆を塗って乾かし、その後、土台を取り去ったものらしい。
 また国宝・北円堂の運慶一門作の阿弥陀如来坐像なども公開された。四天王に踏んづけられた邪鬼が、気の毒ながらユーモラスだった。
 ガラスの陳列ケースの中の「美術品」でなく、お堂の中にあるので、どの像にも本来の威厳が感じられた。

 とりわけすばらしかったのが阿修羅像だった。阿修羅は、古代インド神話の激しい怒りを表す軍神という。けれど、この阿修羅像は、三つの顔と六本の腕を持つ細身の少年で、繊細な美しさと同時に強さも感じさせる。仏像を魅力的だと思ったのは、初めての経験だ。

正倉院展 (2009/11/11)

 正倉院には、8世紀の奈良時代の宝物が納められている。光明皇后が、東大寺大仏に献納した聖武天皇の遺愛品が始まりとされる。

 今年の正倉院展で印象的だったのは、まず紫檀(したん)の琵琶。黒っぽい地に白や緑の鳥や花の模様があしらってある。弦の数は4本で、ギターくらいの大きさで、厚味はずっと薄い。
 次に東大寺の法要で上演されたという伎楽(ぎがく)の呉女の面。しっかり山形の眉と、一重の目と、ふっくらした赤い唇で、なかなかいいお顔。能面などより親しみやすい。
 東大寺に献納されたという金銀花盤は、大きな鹿の絵が浮き彫りになっていて、周囲が繊細なビーズ飾りで縁取られている。

 中国の古典を写した「楽毅論」(がっきろん)は、光明皇后直筆だったが、他に、皇后の命で写経された経典も展示されていた。
 当時は、写経がとても大事な仕事だったので、写経所という専門の部署があり、140数名が働いていたらしい。
 文字を書く経生の給料は、40枚仕上げると布1端の割合。ただし誤字脱字ごとに減額される。例えば、誤字20字で紙1枚分だ。
 それを校正する校生は、500枚仕上げると布1端。やはり、誤字脱字などを見のがすと減額になる。その基準はきっちり決められていてなかなか厳しい。
 彼らには、食料も支給された。米、海藻、塩、酢、大豆、小豆、漬菜など、そして生野菜を買うための現金も。
 そういったことが書かれた古文書が展示されていて、当時の官僚の生活が身近に感じられた。

大根 (2009/11/06)

山形県尾花沢(おばなざわ)市の銀山温泉に向かう途中、家の軒に鮮やかな色の干し柿がすだれのように吊るしてあった。また、むっくりと美味しそうな白い大根がブラインドのように何列も干してあるところもあった。このあたりは豪雪地帯で、夏はスイカ、秋は大根の産地だそうだ。

使うたびに半分切りの大根を買ってくる自分の暮らしを少し後ろめたく感じてしまった。

晩秋の東北地方南部 (2009/11/04)

アップロードファイル 197-1.jpgアップロードファイル 197-2.jpgアップロードファイル 197-3.jpgアップロードファイル 197-4.jpg

 福島県立美術館でヴァイオリニスト天満敦子演奏ポルムベスク作曲「望郷のバラード」を聴いた。深みのある音色で晩秋にふさわしい。

 山形新幹線つばさは、福島市から山形県に入り、山形市、天童市を通り、新庄市まで走っている。
 途中の天童は将棋と温泉の町。高級な将棋の駒は一つ一つが手作りの工芸品だ。ゆっくり足湯につかった後、枯葉を踏んで歩くとカサカサ音がし、色づいた木々の枝が風に揺れるとザワザワと音がする。
 新庄の手前から入る銀山温泉は、17世紀には銀山として栄えたという。川沿いに大正時代の雰囲気の木造の旅館が建ち並ぶ山あいの温泉街だ。

 新庄からJRに乗り陸羽東線で宮城県に入り、秋景色の鳴子峡を歩く。黄茶赤の木々の間に杉の緑が混じり、なかなか雄大な眺めだ。
 リゾート列車「みのり」に乗る。両側の車窓から黄茶赤の山々が見渡せる。

 古川からJRを乗り継ぎ石巻線で石巻へ行き、伊達政宗の命により造られた国産の帆船、サン・ファン・バウティスタ復元船を見学する。17世紀に支倉常長(はせくらつねなが)率いる慶長使節団が太平洋回りの航海でメキシコ、スペイン、ローマにおもむいた時の船だ。海を背景にした帆船を眺めていると、当時の無謀ともいえる航海が想像される。
 その後、仙石(せんせき)線で仙台へ向かう。途中は海沿いに走るので、車窓から松島の美しい風景を眺めることができた。
 
 急な冬型で小雪が舞う寒い晩秋の旅だった。

ハプスブルクと古代ローマ (2009/10/28)

「Theハプスブルク」展を見た。ウィーンとブダペストの美術館にあるハプスブルク家所蔵の絵画などの他、明治天皇からオーストリア=ハンガリー帝国の皇帝フランツ・ヨーゼフ1世に贈られた画帳と蒔絵棚もあった。浮世絵っぽい絵は当時さぞ珍しかったことだろう。
肖像画では、貫禄あるおばさまというイメージの女帝マリア・テレジアの11歳のときのものは、細く若々しくて何よりきりっとした顔立ちが印象的だった。皇妃エリザベートは、予想通りの美しさだった。その他いずれも保存状態がとてもよい。

翌日は「古代ローマ帝国の遺産」展を見た。巨大なアウグストゥスの大理石の坐像や、アレッツオのミネルヴァのブロンズ像など、実物の迫力はさすがだった。
また、ポンペイから出土した装身具、銀食器、壁画などから当時の生活水準の高さがうかがわれる。

ハプスブルク家により名画の数々がよく保存されてきたように、時代はずっとさかのぼるが火山灰に埋もれたポンペイの悲劇が、結果として当時の品々をよく保存することになった。そのおかげで、現在、はるか昔の人々を身近に感じることができる。過去から現代へとつながった時の流れを感じる。

ウィーン・フィルのメンバー (2009/10/18)

「ウィーン・ヴィルトオーゼン」は、ウィーン・フィルの弦と木管の11名から成っている。ヴィルトオーズ(virtuos)は、辞書をひくと「有能な、堪能な、巧妙な」とあった。
モーツァルトの交響曲29番イ長調の演奏が、たった9名の演奏なのに過不足がない。
ビゼー作曲ボルヌ編曲の「カルメン・ファンタジー」は、フルートが華やかだ。
最後は、優雅で軽やかなウィンナーワルツ、J・シュトラウス二世の「ウィーン気質」。
アンサンブルの美しさを堪能したと同時に、大ホールでちょうどいいほどのスケールの大きさだった。

タイ風グリーンカレー (2009/10/12)

鶏肉、ピーマン、ナス、ジャガイモ、シメジを炒めて、グリーンカレーのペーストを入れ、ココナッツミルクで少し煮込んでナンプラーを加えると、タイ風カレーのできあがり。ただし、ピリッと辛いのは苦手なのでココナッツミルクを二倍いれてまろやかにした。
日本のありふれた材料が、調味料ですっかり外国風に変身するのがおもしろい。

J.R.R.Tolkienの短編 (2009/10/08)

 J.R.R.Tolkienの「Smith of Wootton Major & Farmer Giles of Ham」を読んだ。
 前者は、星を飲み込んだためにエルフの世界へ行けるようになり、崇高な美しさを知った鍛冶屋の話。星を手放すときに葛藤するが、Ringの場合ほど深刻ではない。
 後者は、自分の意思に反してdragon退治に行く羽目になるが、名刀Tailbiterの力を借り、徐々に精神的にも成長して、ついにはdragonを倒して宝を手に入れ、王になるというお話。
 両方とも、「Lord of the Rings」を連想させるところもあるが、軽く楽しいお話だ。短い話なのに、後者で「貴族の言い方を俗な言い方に言い換えると・・・」というのがしばしば現れるのが、言語学者の作者らしい。

Vivaldi (2009/10/02)

チェロの鈴木秀美が率いるオーケストラ・リベラ・クラシカのヴィヴァルディの演奏を聴いた。
有名な「四季」の「夏」は、暗く激しい感じだと、ずっと思っていたが、日照りで作物が枯れ、雷と稲妻がとどろく場面をあらわしているそうで納得した。
弦楽器にリュート、チェンバロを加えたチェロ協奏曲は、渋く落ち着きのあるチェロの音色と、総勢13名のよくまとまった演奏で、当時はこんな感じに聞こえたのかと思われた。大ホールでなく、もっと小さな場所で聴きたかった。

「The Last Battle」 (2009/09/26)

久しぶりに、C.S.Lewisのナルニア国物語の第七作目にして最終の「The Last Battle」を手に取ったら一気に最後まで読んでしまった。Narnia最後の王Tirianは、夜、最後の絶望的な戦いに挑み、敵もろともTashの神がいるという馬小屋の扉を開けて中に飛び込む。すると、そこは太陽がさんさんと輝き緑の木々がそよぐ美しい場所だった。そしてAslanがあらわれ、Father Timeを起こし、扉の外のナルニアを滅びさせる・・・。
キリスト教臭が露骨にあらわれ過ぎるという批判も多いし、この世が「Shadowlands」だという結末にはひっかかるが、それでも、第一作めの衣装ダンスの奥から始まり、この作品の最後の馬小屋の扉の奥、それからさらに奥へ、「Farther up, farther more」と進んでいくほど広がっていく世界は美しくて魅力的だ。

「there and back」 (2009/09/16)

数日ぶりに帰宅した。
幼い子が喜ぶ物語の基本は「行きて帰りし物語」だと瀬田貞二氏の本にある。J.R.R.Tolkienの「The Hobbit」の副題から採られたことばだ。幼い子でなくても、旅は行くときだけでなく帰ったときもうれしい。帰る喜びも旅の楽しみの一つだ。

「だまし絵」展 (2009/09/12)

「だまし絵」とは「見る者の目をあざむく仕掛けを持った作品」だ。
16世紀、ミラノ生まれの画家、アルチンボルドの「ルドルフ2世」は野菜果物を並べただけなのに遠くから見ると肖像画になっている。17世紀のバロック時代に流行した「トロンプルイユ」という手法で描かれたものは、平面なのに立体感があり実物そっくりに浮き上がって見える。板に赤いテープを鋲で止め手紙や羽ペンや眼鏡を挟んであるものや、檻の金網から鼻を突き出す子犬や、ガラスの向こうのオウムなど、キャンバスに描かれた絵とは思えない。19世紀の日本でも、掛け軸からはみ出そうな幽霊や、歌川国芳の浮世絵の人体で顔を描いたものがある。20世紀のエッシャーに至るまで、いろいろな作品があったが、画家の方も高度な技術を駆使して、いかに観客を騙せるかを楽しんでいるように思われた。

マニフェスト (2009/09/03)

最近よく出てくる「マニフェスト」。「手で(mani)つかまれたもの(fest)」が原意だが、「manifesto」となるとイタリア語で「政策、宣言、声明」という意味になる。又、それ一語で、その昔のマルクス・エンゲルスの「共産党宣言」を意味するそうだ。
日本語の、ただの「政策」よりも「はっきり明らかに述べた政策」と強調したいのだろうが、毎日のように目にすると有難みも重みも減ってしまう。挙句の果て、流行語のように消えてしまうのだろうか。

バジル (2009/09/02)

アップロードファイル 187-1.jpg

八月の中ごろにバジルの小さな苗がやってきた。枯れそうにしょんぼりしていたが植木鉢に植えかえて水をやっていたら、一週間ほどたつと元気になってきて最近はめきめき伸びて葉が増えてきた。元々は、モッツアレラとトマトのパスタにしようと思っていたが、今のところとても食べる気にはならず「ばじさん」と名づけて水をやってかわいがっている。

三内丸山(さんないまるやま)遺跡 (2009/08/11)

アップロードファイル 186-1.jpgアップロードファイル 186-2.jpg

青森県青森市の三内丸山遺跡は、江戸時代から知られていたが、1994年、野球場建設工事のときに、紀元前5千年前の縄文時代の大集落跡が発掘され一躍有名になった。なにしろメソポタミアや黄河文明に匹敵する古さだ。

発掘された竪穴(たてあな)住居跡や、土器、動物の骨、植物の殻などから当時の生活が類推されるそうだ。当時は平均寿命が35才ほどで、クリを栽培し、食用、建築に使っていた。基準が35センチの縄文尺といわれる測量単位があり、かなり大きな建物を建てていた。漆塗りや、ヒスイに精巧に穴を空ける技術もあった。丸木船で交易したらしく、新潟のヒスイや北海道の黒曜石も見つかっている。

現在は、広い遺跡跡に住居跡が復元され、出土品も見学できる。それにしても、ただの穴や土器の破片から、科学の力を使っていろいろなことを類推する考古学はおもしろい。

津軽(つがる)3:弘前 (2009/08/11)

弘前は津軽藩の城下町。津軽の殿様は、姓も「津軽」。国替えなどもなく長年よく治めたのだろう。明治時代には近代化も進み、洋館が数多く建てられた。藤田記念庭園は、岩木山を借景にしてとても広く、洋館もある。旧市立図書館、旧青森銀行、弘前教会など、よく保存されていた。

弘南鉄道で黒石へ。津軽平野の広々とした田畑や、実が色づきかけたリンゴ畑の中を通っていく。おみやげに「夏緑」という品種を買った。今年の「初リンゴ」だ。一番、おみやげに持って帰りたいのは、湿気の少ないさわやかな気候だ。現地では、冷夏は米の収穫に影響するから困るだろうけれど・・・

津軽(つがる)2:「斜陽館」 (2009/08/11)

アップロードファイル 184-1.jpg

青森県西部は、むかし津軽(つがる)と呼ばれた。その中の五所川原で津軽鉄道に乗った。古い古いディーゼルでストーブ付き。冬はストーブ列車になるそうだ。

金木(かなき)で下車した。駅前からずっと店も閉じ人通りもないが、太宰治の生家「斜陽館」のあたりだけ、観光バスも止まり異様に混んでいた。

生原稿、愛用のマントや財布を見ていると、かの有名作家「太宰治」が「津島修治」として暮らしていたのだと実感される。ぐるりにつばがある帽子に「和服好きなのでこの帽子はかぶらなかった」といった説明があった。太宰のマントは洋装のイメージだったが、着物の上に着ていたのだと今更ながら気がついた。

さすがに大きな立派な屋敷だが、20人ほどが暮らしていたそうでプライベートな部屋というものがない。富裕な家に生まれ、繊細なハンサムで賢いが、大家族のため両親の愛情は薄く育ったのが太宰文学の原点だと、実際の建物を見ながら思った。

津軽(つがる)1:五能線の旅 (2009/08/11)

アップロードファイル 183-1.jpgアップロードファイル 183-2.jpg

秋田から五能線(ごのうせん)経由の「リゾートしらかみ」で旅をした。五能線は、秋田県の東能代(ひがしのしろ)から青森県西部の五所川原(ごしょがわら)を通り川部(かわべ)まで日本海に沿っていく。「リゾートしらかみ」は、川部で奥羽本線に接続して弘前行きと青森行きに別れる。窓が大きく展望室もある乗り心地のいい列車だ。

沿線には、まず露天風呂があった。茶色の泥水のようだが、目の前に日本海が広がり、海の匂いがして風が涼しかった。携帯が圏外になって驚いた。

次は十二湖へ行った。白神山地のブナ林の中に緑色の水をたたえる池が点在しているところだ。青池は、水の色が青く神秘的な雰囲気。沸壺(わきつぼ)の池は透明度が高い。ブナ林の散策路は気持ちがよかった。

車窓に広がる日本海はすてきな眺めだ。その名所の一つ、千畳敷では見物のため臨時停車し、車内で津軽三味線の生演奏もあった。五所川原で「リゾートしらかみ」を降りた。

その後、五所川から足を伸ばして太宰治の生家を訪れ、夜は五所川原の「立佞武多(たちねぶた)」を見学した。

「秋田の行事」 (2009/08/11)

秋田県秋田市の平野政吉美術館には、平野氏が集めた藤田嗣治の画がたくさんあった。「眠る女」「自画像」「パンを持つ少女」など有名な作品の他、わざわざ描いてもらったという、竿燈まつりや雪のかまくらなど秋田の行事を描いた大きな作品が珍しかった。

「ニルスのふしぎな旅」 (2009/07/24)

スウェーデンの女流作家、ラーゲルレーヴが、日本でいうと明治時代に子ども向けに書きノーベル賞を受賞した作品。小人にされたいたずらっ子のニルスが、ガチョウの背に乗って「ケブセカイネのアッカ」という賢い年寄りガン率いるガンの群れと共に、豊かな南部のスコーネ地方から北方のラップランドまで国中を旅する物語。地上から雁の群れを眺めるのでなく、鳥の羽ばたきや顔に当たる風や日の光を感じながら広い空を飛ぶのが、なにより魅力的だ。(偕成社文庫)

大暑 (2009/07/23)

今日は「大暑」で、一年で一番暑い頃のはずだが、今年は天候不順で梅雨明けもはっきりせず、ずっとぐずついている。アイスティーを作る気にもならない。涼しいのはいいが、勝手なもので暑くないとまた心配になる。

祇園祭 (2009/07/17)

アップロードファイル 179-1.jpg

今日は山鉾(やまほこ)巡行の日。京都の四条河原町の四つ角で見物人がいまかいまかと待っていると、車両が通行止めになり、警備の警察官が来て、信号会社の人たちが目の前の信号の向きをぐいっと曲げて道路に直角にして、報道陣が陣取って、お囃子が聞こえてきて、やっと稚児が乗った長刀鉾がやってきた。四つ角で「辻回し」をして大きな鉾がぐいっと曲がると拍手が起きる。その後、かまきり山、船鉾などおもしろい形のものを含め32基の山鉾が通っていった。最後は南観音山。
1400年前に、疫病平癒祈願のために始まったという祇園祭。いまや新型インフルエンザ平癒祈願をしなくてはならず、過去に通じるところがあるようだ。

紫陽花 (2009/07/12)

アップロードファイル 178-1.jpg

 「七段花(シチダンカ)」という名前の紫陽花を見た。
 シーボルトの日本植物図の中にあったけれど実物が見つからず「幻のアジサイ」と言われていたが、五十年前に兵庫県神戸市の六甲山で自生しているのを見つけられたものだ。
 小さめのガクアジサイといった感じの薄紫の可憐な花だった。

 ちなみに普通の紫陽花もどっさり咲いていて華やかだった。

ルーブル美術館展 (2009/07/02)

ルーヴル美術館展に行った。黄金期オランダのフェルメール「レースを編む女」を初め、17世紀ヨーロッパ絵画を集めて見ごたえがあった。

宗教画でキリストの生涯をたどってみると、まず誕生以前を描いたムリーリョの「6人の人物の前に現れる無原罪の聖母」のマリアは清純で、カルロ・ドルチの「受胎告知」のガブリエルは気品があり、シモン・ヴーエの「エスランの聖母」のマリアは美しく、幼子イエスは愛らしい。珍しく養父ヨセフと子どものイエスを描いたのが、ラ・トゥールの「大工ヨセフ」。その後は、磔刑のイエスを描いたフランケンの「キリストの受難」で、最後はキリストの死後のマリアとペテロを描いたヴェルチーノの「ペテロの涙」。信仰の上からも、創作意欲を刺激する題材だろうが、時の権力者を脅かし、その後の世界を変えた魅力的な指導者であったはずの青壮年期のイエスの姿が無いのがおもしろく思われた。

Midsummer (2009/06/24)

夏至を過ぎたばかりなので、6時半過ぎにやっと日が沈み、まだまだ明るい。「夏至」といっても梅雨だし一年中でいちばん日が長いくらいしか思わないが、英語では印象が違うらしい。夏至の頃をいう「Midsummer」は、一年中でいちばんいい季節だそうで、特にMidsummer Eveというと、古代の祭りの日で、かがり火、ハーブの香りの中に、fairyが現れそうな何かふしぎな雰囲気が感じられる。シェイクスピアの「Midsummer Night's Dream」が代表的だ。キップリングの「Puck of Pook's Hill」では、子どもたちが、それを演じていると本物のパックを呼びだしてしまった。

枇杷 (2009/06/15)

梅雨に入って蒸し暑くなってきたので、今年はじめて煎茶を水出しでアイスティーにした。近くの神社のお祭りでもらった枇杷を添えると、透明で薄緑のお茶に、橙色の枇杷(妙な日本語だが、)で色合いもうつくしく爽やかだった。

生野銀山 (2009/06/13)

兵庫県の姫路駅でJR播但線(ばんたんせん)に乗った。途中までしか電化されていないのでディーゼルに乗り換え、ガッタンゴットンのんびりと生野(いくの)まで行った。

生野(いくの)銀山は、16世紀の室町時代から本格的に採掘され、江戸時代には幕府の直轄地になり、明治時代には、銀、銅、錫(すず)などさまざまな鉱石を産出して日本の近代化に役立ち、1973年に閉山した。

生野鉱物館には、日本全国で集められた鉱物の標本がたくさんあった。なかでも、刀のような輝安鉱(きあんこう)や石英の大きな標本は彫刻作品のようだった。

その後、露天堀りの跡や坑道を見物した。坑道に入ったとたん冷房がきいているようにすっと涼しくなったが、穴の中は苦手なので、ギムリに連れて行かれたレゴラスの気持ちになった。

雨の京都 (2009/06/05)

アップロードファイル 173-1.jpg

 京都の平安神宮の「神苑」では、200品種という花ショウブが、白、薄紫、青紫、赤紫、紫の様々なグラデーションで、しとしと降る雨を受けて美しく咲いていた。その向こうに広がる池のスイレンは、モネの画のようだった。
 その後、百万遍の進々堂で一休み。一足早い梅雨空のせいか、お客が少なく、歴史ある学生街の店らしい落ち着いた雰囲気だった。
 お土産は、鞠小路通りの緑寿庵(りょくじゅあん)の金平糖。季節物のヨーグルト味は、夏には冷凍庫で凍らせてもいいそうだ。

バイオリン・デュオ (2009/06/04)

 バイオリン・デュオの演奏を聴いた。曲目は、ショスタコーヴィッチの「二台のバイオリンとピアノのための五つの小品より」その他。息の合った演奏だったが、日本人とフランス人のデュオなので、言葉の壁もあり、曲の解釈や演奏の仕方の違いから曲を仕上げるのが大変だったそうだ。
 確かに、コンピューターで音を作れば一人で思い通りに何パートも演奏して曲を作ることができるが、生身の人間同士がぶつかり合ったところから生まれるハーモニーもなかなか味があると思った。

マスクとmask (2009/05/29)

 少し前、黒っぽいスーツ姿でマスクをした人たちが、どっどっと歩いているテレビの映像を見て「軍団」のようだと思った。
 マスクはmaskだが、maskというと、日本語と違い、最初に仮面、覆面が思い浮かぶ。仮面といえば、visorという古い言葉もある。これは、西洋の騎士の甲冑のうち頬や顔を隠す部分でもある。まさに戦(いくさ)の世界だ。
 現代の敵はウィルスだが、命にかかわるという悲壮感、緊迫感は昔も今も変わらない。
 さいわい、ひとまず「マスク軍団」もいなくなり、気がつけば木々の黄緑の若葉が育ってつやつやした緑色に変わっている。人間界に何があろうと季節は巡っていく。

六甲山牧場 (2009/05/14)

アップロードファイル 170-1.jpg

神戸市の六甲山牧場に行った。さわやかな青空の元、若緑のなだらかな丘のところどころに羊がいて、神戸市内とは思えないのどかな風景だ。春のせいか母羊のあとをついていく子羊も多く、モコモコしてかわいかった。すぐそばを羊が通っていくのにはびっくりする。見ていると羊にも性格があり、ベーと鳴いて先頭を行くボスや、後をついていくのや、遅れて迷うのや、離れたところにぽつんといる一匹狼ならぬ一匹羊など個性豊かだった。
牛乳がおいしかった。

Turkish Delight (2009/05/12)

旅のあいだ温泉旅館など和食が多かったので、久しぶりのミルクティーを楽しんだ。お茶うけはロンドン土産のFortnum & MasonのTurkish Delight。グミのような口当たりで強烈な甘さで、正直なところ好みではないが、ひと時エドマンドと白い魔女の出会いに思いをはせた。

安曇野と黒部立山の旅 (2009/05/11)

アップロードファイル 168-1.jpgアップロードファイル 168-2.jpgアップロードファイル 168-3.jpg

 まず長野電鉄(私鉄)で善光寺へ行った。7年ぶりの「御開帳」で賑わっていた。参道で買った野沢菜と小豆入りの「お焼き」が熱々でおいしかった。
 次にJR普通甲府行きに乗った。「川中島」という駅があって武田信玄を思い出した。棚田がある「姥捨(おばすて)」という物騒な名の駅では、電車がスイッチバックで進んだ。

 JR大糸線で安曇野へ行った。車窓から、緑の山々の向こうに雪を頂いた北アルプスの山々が見えた。
 穂高駅で降りて碌山美術館へ行った。落ち着いた煉瓦造りの建物が、新緑によく似合っている。ロダンに師事した荻原守衛(碌山)のブロンズ彫刻は迫力があった。彫刻の「デスペア」(Despair)と、絵画の「黄水仙」が特に気に入った。
 このあたりは、水がきれいで気候も合っているので日本一のワサビの産地だ。山々を背景に若緑色のワサビ畑が広がっていた。すりたてのワサビは、香りはいいが辛味は強烈。でも唐辛子と違い、すっとひいて後に残らない。
 駅の方に歩いていくと、田植えの後の田んぼの水に山々が映っていて、また美しかった。

 立山黒部アルペンルートと黒部ダムをめざした。
北アルプスの険しい山々の間に黒部渓谷がある。そこにダムをつくるときに資材や人を運ぶため、渓谷の両側の山に難工事の末、トンネルが掘られた。現在は、トロリーバス、ロープウェイ、ケーブルカー、バスを乗り継いでいける観光地になっている。
 その途中、立山の中腹にある室堂(むろどう)は、標高2400メートル以上の高さにあり雪の残る標高3000級の立山連峰の稜線が目の高さに見える。ただ、登山の苦労をせずに楽に雄大な眺めが堪能できるので、山への畏れが減るような気がして少し後ろめたい気がする。
 春に立山の道路の雪を除いて通れるようにしたところは、両側に高さ15メートルの雪の壁ができている。その「雪の大谷」をバスで通っていった。終点の立山駅は、まだ標高400メートルの高さがあるが下界に降りた気分になった。
 
 電鉄富山(私鉄)に乗った。深い山あいを渓流が流れる絵のような風景の中を、黄と緑の電車がゴトゴトと走っていく。少し平地に出ると水田の遠くに雪の立山連峰がずうっと見渡せたが、安曇野の風景の方が優しい感じがした。
 終点の富山市が近づくと急に町になった。長野県から北アルプスを越えて富山県に出た。富山名物「ますずし」を買った。

平城宮跡 (2009/05/01)

奈良県の近鉄西大寺駅から歩いて平城宮跡に行った。来年で奈良の都が開かれて1300年になる。クローバーやレンゲなどの野の花が咲いている広い草原の中ほどで、発掘作業が続き、そのずっと向こうを近鉄電車が横切り、その奥に復元された朱雀門が見える。過去と現代が同時に存在するおもしろい光景だった。

引越し一周年 (2009/04/11)

さっき日の入りを見ていたら6時少し過ぎに日が沈んだ。去年と同じくらいだった。去年は、それからだんだん日が長くなり、夏至の頃には7時前まで日が沈まず、その後は逆にどんどん日没が早くなって冬至の頃は5時前に日が沈み、新年になって又だんだん日が長くなって桜の季節になった。
夕日を見ながら、そういえば一年がたったなと思った。

お花見 (2009/04/09)

アップロードファイル 165-1.jpgアップロードファイル 165-2.jpg

 今年は天候に恵まれたので、満開に近い桜が一週間長持ちした。
 お花見の最後に遠出して、今日は京都に行った。三条大橋から鴨川沿いに歩いていって、まず賀茂大橋から二手に分かれた左手の半木(なからぎ)の道を行き、それから右手の高野川沿いに行ったが、ここの桜が今年一番だった。
 青空の下、遠くの山を背景にして満開の桜の花吹雪が水面にひらひらと散りかかるのは思わず見とれてしまう光景だった。平日で、人もあまりいないのも良かった。
 もちろん「花は盛りに月はくまなきをのみ見るものかは」のとおり、桜は咲き始めでも葉桜でも、曇りでも雨でも、それぞれに趣がある。けれど、青空に映える満開の桜は華やかだし、うららかな日差しの下で花びらが降りかかれば心が浮きたつ。月並みだが、やはり年齢性別を問わず楽しめる日本の春の風景だ。

ウィリアム・モリス展 (2009/04/06)

 19世紀イギリスの工芸美術家、思想家のウィリアム・モリスのステンドグラスと壁紙などの展覧会に行った。
 産業革命による機械文明に対抗して「Gothic Revival」を唱えたモリスは、商会をつくりイギリス各地の教会のステンドグラスを製作した。その複製が暗い部屋にバックライトを当てて展示してあって、なかなかよかった。
 また、すみずみに神経が行き届いた壁紙、カーテン、敷物、暖炉の装飾タイル、椅子、ランプが配置されたコーナーがあったが、これだけそろうと、さすがに素敵だった。
 壁紙の模様は、ヤナギ、ヒナギク、ダフォディル、イチゴなど、イギリスの植物を題材にしたものが多かった。会場の外は、桜が満開だったが、彼が日本にいたら、きっと桜の壁紙もデザインしたのではないかと思った。
 

フルートの音色 (2009/04/04)

モーツァルトのフルート協奏曲第2番二長調を聴いた。フルートは、指揮者の佐渡裕が30年前来日時にサインをもらったというスイス生まれのベーター=ルーカス・グラーフ。
80歳の奏でる音色は、枯れた味わいの優しいひびきで、オーケストラも「協奏」と言うより、バックアップするような感じだった。

IKEA (2009/04/01)

 スウェーデンのお店、IKEAに行った。広々としていて、入ったとたんに日本とは違うにおいがした。キッチン、ベッドルーム、こども部屋、リビングなど実際の部屋が、それぞれ違うカラフルな色調でつくってあったが、もともとシンプルな北欧デザインが好きなので、家具やキッチン用品など見ているだけでも楽しかった。ただし、ぬいぐるみの顔は、かわいいというより、どうかなあ?というものもあった。そこがお国柄だろう。
 とにかく広くてたくさんあるので実際に買うのは大変そうだが、とりあえず小さな敷物を買ってみた。最後に、レストランでミートボールとサーモンパイを試してみた。これも一味違っていて日本なのに海外のような気分になった。

ロンドンの旅:パディントン (2009/03/05)

アップロードファイル 161-1.jpg

Paddington駅は、宿泊したホテルに近かったので、最初に歩いて出かけた。クリスティにもこの駅の題名のものがあるが、何といっても「くまのパディントン」だ。構内には像があり、専用の売店もあったので、原書を2冊買った。
旅の間に立ち寄った大きな本屋の児童書コーナーには「Paddington Bear」と「Peter Rabbit」と「Winnie-the-Pooh」の棚が、それぞれ特別にできていた。またデパートHarrodsのtoy売り場では、「Paddington Bear」と「Peter Rabbit」がどっさり並んでいて、特に「Paddington Bear」は黄色の帽子とモスグリーンのダッフルというハッロズ仕様のものまであった。パディントンは、思いのほか本国で人気があるようだ。
そして旅の最終日は、Paddington駅から特急列車Heathrow Expressで空港に向かった。

ロンドンの旅:ミュージアム (2009/03/05)

アップロードファイル 160-1.jpg

ロンドンには、美術館博物館がたくさんある。それも無料のところが多く、絵画や彫刻が、さわれるほど間近で見られる。小学生が授業を受けていたり、親子連れで幼児が来ていたり、小さいときから親しめる環境にあるのがいいと思った。

・National Gallery・・・Trafalgar Squareの付近はロンドンを代表する風景の一つ。たくさんあるので、13世紀から16世紀あたりの宗教画を中心に見た。

・British Museum・・・さすが、の規模。ローマンブリテンを中心に見た。ヒエログリフのPeter Rabbitの本を売っていた。
因みに、'Deathly Hallows'に登場する'diadem'というのも沢山展示されていた。

・Royal Academy of Arts・・・(ここは有料。)16世紀イタリアの建築家、Paradio展をやっていた。天井画など建物自体がすばらしい。

・Wallace Collection・・・博物館でなく個人の邸宅だったので、家具調度品が、展示されているというより自然な状態で置かれている。部屋ごとに、赤、緑、ピンクというように、壁、カーテンの色調が異なっている。金の額縁の絵画は、こういう邸宅にふさわしい。どんなものか分からなかった「chest of drawers」があった。甲冑、刀も目録で本ができるほど豊富にあり、日本刀もあった。(090305)

ロンドンの旅:交通 (2009/03/05)

アップロードファイル 159-1.jpg

・地下鉄
  *ロンドンの地下鉄は、東京のように路線図が色分けされていて分かりやすい。初乗りが£4と高いが、travel cardという一日乗車券を買うとお値打ちだし乗り降り自由で便利。
  *かなり深いところを走っている線が多く、長いエスカレーターが続く。宿泊ホテルのHilton Metropoleに近いEdgware Road駅のBakerloo線の乗り場へは、階段とともにlift(エレベーター)も使った。
  *丸いトンネルからTubeといわれる地下鉄は、車体も断面が丸いが、日本のものよりたくましく、ホームに来てもスピードをゆるめずガーッと勢いよく入ってくる。
  *「Mind the gap」(扉とホームの間の隙間に注意)としょっちゅう放送があるが、確かに、最終日のPaddington駅のgapは大きかった。(090305)
  
・マナー
  *エスカレーターでは「右側に立つように」という指示があり、みな整然と従っている。道路も日本と同じ左側通行でなじみやすい。
  *歩行者信号のボタンがあり、押すとwalkという文字が点灯する。ところが、誰も青になるのを待たず、どんどん渡り出す。まさに「赤信号、みんなで渡れば怖くない」だ。(090305)

・バス
  *有名な赤い二階建てバスが、たくさん走っていた。乗ってみたいと思っていたが、空港からホテルまでのバスが石畳のせいか、ひどく揺れたので、残念ながら見るだけにした。(090305)

ロンドンの旅:食べ物 (2009/03/05)

アップロードファイル 158-1.jpgアップロードファイル 158-2.jpg

・crumpet・・・今朝の朝食は、直径5センチくらいのcocksという種類のリンゴと、Mary Poppinsに出てきたcrumpet(アメリカではEnglish muffinという)に、バターとマーマレードを添えたものと、Jacksonsの紅茶のミルクティ。お茶はPortobello Roadのmarketで買った大きな白の紙袋入りで、日本の番茶のような雰囲気。ポットにザバッと入れてミルクをたっぷり入れて何杯も飲むのが似合う。あちらのような大き目のミルク入れが欲しい。(090305)

・marmalade・・・Fortnum & Masonでは、上から下まで壁一面全部といっていいほど、いろいろな種類のマーマレードがある。その中で三種類が高さ6センチほどの瓶に詰め合わせられた「tasting set」というのを買ってきた。マーマレードというと、黄色っぽいオレンジ色、ミカン色を連想していたが、本場では、くすんだ赤茶色に近いものが多い。(090305)

・Afternoon Tea・・・Browns Hotelは、メインストリートから少し入った閑静な場所にあり、バートラムホテルのイメージ通り。
注文したアールグレイは銀のポットで出てきた。お上品だが、銀のミルク入れとともに量はたっぷり。三段のお皿は、下がスモークサーモン、ハム、キュウリなど五種類のサンドイッチ。しっとりしていて、「乾かないように濡れ布巾をかけておく」という表現が思い出される。真ん中が、クロテッドクリームとベリーのジャムを添えたスコーン。こちらは冷めないように布巾がかけてある。一番上がプチケーキ五種類。お茶もお皿も、絶妙なタイミングで「おかわりはいかが?」とやってくる。それに加えてパウンドケーキまでやってくる。おなか一杯なのに、それもいただいてしまった。(090305)

ロンドンの旅 (2009/03/05)

アップロードファイル 157-1.jpgアップロードファイル 157-2.jpgアップロードファイル 157-3.jpg

2月27日から3月4日までロンドンに行ってきた。現地にいたのは5日間。霧のロンドンの予想とは違い、結構いい天気で、それほど寒くもなかった。
ハイドパークなど広い公園の木々に葉はないが、芝生は緑色で、ところどころにあざやかな黄色の花が咲きはじめていた。スーパーで切り花を売っていたので「daffodil」だと分かった。日本のスイセンのイメージとは全く違う華やかな感じの花だ。Wordsworthの詩にあるように「golden」という形容がふさわしい、春の訪れを感じさせる花だった。
初めてなので、パディントン駅の「くまのパディントン」の像、キングズクロス駅のハリー・ポッターにちなんだプラットホーム、クリスティ作バートラムホテルのモデルというブラウンズ、ベイカーストリートの221B、そして大英博物館、テムズ川、ウェストミンスター寺院などの「名所」を回り、ポートベローのマーケットに行き、レスター・スクエアでミュージカルを見てきた。
もちろんホテルや観光地には外国からの旅行客が大勢いたわけだが、地域によって現地の人でもいろいろな人種がいた。
Fortnum & Masonでは紅茶やビスケットやマーマレードの他に、Narniaにちなんで木箱入りのTurkish Delightも買った。
なかなか充実した旅だった。

観梅 (2009/02/21)

アップロードファイル 156-1.jpg

 梅を見に行った。風は冷たいが、いい天気だったので、白梅紅梅が青空に映えて美しい。白と言っても緑がかった白から薄紅がかった白まで、また、紅と言っても薄紅から黒味がかった紅まで、木によって様々な梅の花が咲いている。一本の木でも、ころっとかわいいつぼみから満開まで、それぞれ色合いが変わっている。枝垂(しだれ)桜ならぬ、華やかな枝垂梅もあった。梅は、ちょうど目の高さに花があるので、香りも花も目の前に楽しめる。
 お雛様も飾ってあるし、春はもう間近。

「雪」のプレゼント (2009/02/06)

近くの小学校に、雪の多い地方から「雪」が贈られた。校庭に大きなトラック二台の雪がドサドサと積まれると、小さな雪山ができた。低学年の子どもたちが歓声をあげてとびついていった。
二つのテレビ局が取材に来ていて、夕方の地方テレビニュースで放映された。同じできごとだが、二つが少しずつ違っているのがおもしろかった。そして、両方とも実際の場面とは微妙に違っていた。なにより、広い校庭の一部のできごとを、アップのカメラでとらえるので、テレビの方ががぜん印象が強くなる。テレビのニュースに無意識にせよ取材者の意図が入るのがよくわかった。

琵琶 (2009/02/05)

琵琶の語りを聴いた。平家物語で、那須与一が扇の的を射る場面だった。琵琶はギターほどの大きさだったが、縦にかまえて、大きなイチョウの葉のようなバチで奏していた。
時代はさかのぼるが、吉田神社の節分祭の儀式、「鬼やらい」の方相氏(ほうそうし)で連想される源博雅(みなもとのひろまさ)が好んだ琵琶の名器「玄象(げんじょう)」を思い出した。

節分 (2009/02/04)

昨日は雨だったが、京都の吉田神社の節分祭に行った。平安時代に鬼を追い出す役目の方相氏の土鈴があった。今日は立春。おだやかな日。

風 (2009/02/01)

 アリソン・アトリーには風を描いた作品がたくさんあるが、その一つに、Sam Pigがズボンを風に取られて追いかける話がある。ズボンが風でふくらんで、まるで生きているように逃げていき、いたずら好きな風小僧の姿が目に見える形で描き出されている。風は、さんざんSamを走らせ、空に飛ばしたりした挙句、最後はブルーベルの花の中に眠る赤ちゃん風になって、やっとSamはズボンを取り戻す。
 高いところに住んでいるので、風の音がよく聞こえる。恐ろしくもあり優しくもある風が身近に感じられ、アトリーの気持ちが少しばかり分かるようになった。

雪ウサギ (2009/01/15)

小学校の校庭の片隅にウサギ小屋がある。寒い冬の日差しの中で、ウサギが二匹集まって耳も寝かせて卵形に丸くなっていた。やっぱり寒いのだろう。雪で作る雪ウサギにそっくりだった。

鏡開き (2009/01/11)

鏡餅を飾るわけではないが、小豆を煮てお汁粉をつくった。
イギリスの伝承童謡に「On the first day of Christmas」から始まって12日間、恋人がくれたプレゼントを並べた歌があるが、日本でも、鏡開きまでの11日間が、お正月とすると、似たような期間だ。

フィンランドのジャム (2009/01/08)

フィンランドのおみやげの、hjortronのジャム。クラウドベリーというらしい。オレンジ色のきれいなジャムだが、小さな実で種がいっぱいの野生的な味。日本のふわふわの白パンでは負けてしまうが、酸味のきいたライ麦パンを薄く切ってのせると、よく合っておいしい。

お菓子の家 (2009/01/02)

スゥエーデン製のお菓子の家セットが来た。といっても、入っているのはクッキーの屋根や壁と煙突だけ。その他の材料を買いそろえて、お菓子の家の製作にとりかかる。こちらは見学。まず粉砂糖とレモン汁をこねてアイシングを作り、それを糊にして組み立てる。茶色の素朴な丸木小屋という風情。窓ガラスは板ゼラチン。そこに、マシュマロ、マーブルチョコ、ピンクと白のチョコペンで飾り付けると、華やかなお菓子の家ができあがった。
その後は、ヘンゼルとグレーテルの気分でお茶のおともにした。ジンジャー味のクッキーが思いの外おいしかった。

2009年元旦 (2009/01/01)

アップロードファイル 147-1.jpg

ArtRageで描いた新作