今年もあと三日。毎年の事ながら、クリスマスのきれいなイルミネーションで飾られた街が、25日が過ぎると、さっとお正月を待つ「年の暮れ」ムードに早変わりするのがおもしろい。八百万(やおよろず)の神の国、日本の面目躍如といったところ。
今年もあと三日。毎年の事ながら、クリスマスのきれいなイルミネーションで飾られた街が、25日が過ぎると、さっとお正月を待つ「年の暮れ」ムードに早変わりするのがおもしろい。八百万(やおよろず)の神の国、日本の面目躍如といったところ。
パソコンのArt Dabblerで恒例の年賀状の絵をかく。一応、板にペンでかくわけだが、「裸の王様」のイカサマ師が織物を織るふりをしているように何もないところをなぞっているだけだ。ところが、画面にはカラフルな絵が出現して、印刷すると紙の上にちゃんと出てくる。いまだに魔法のような気がする。
暖冬とはいえ、クリスマスも近づくとさすがに日暮れが早く寒くなってきた。電気を消して青いガラスの円柱のロウソク立てに火を灯す。ロウソクの炎は、あたたかみがあってなごやかな気分にさせてくれる。ただ、地震が怖いので、ストックホルムのショーウィンドウのようにつけっぱなしにはできないが・・・
児童文学の創作、翻訳家の松野正子作「A Pair of Red Clogs」を読んだ。明治大正昭和初期をおもわせる日本。マコは、ぴかぴかの赤い下駄(げた)を買ってもらってとても幸せだ。ところが、下駄を放りあげてお天気をうらなう「あした、天気になあれ」の遊びをして下駄にひびを入らせてしまい、新しい下駄を買ってほしくてわざと泥んこにするが・・・。
泥んこの下駄を洗って乾くのを見ている場面にせつない少女の心がよくあらわれている。それをやさしく見守る母の姿もいい。読み終わると、ほのぼのとした気分になる。日本語でも出版されるといいとおもう。
フィッツジェラルド作「グレート・ギャツビー」を村上春樹が新しく訳した。ギャツビーが、自分の理想の姿であるオックスフォード出の上流階級を装う努力をしているのを象徴する極めて重要なことばが、相手に呼びかける「old sport」だ。日本語では、相手に呼びかける習慣がないので、「あなた」でも「親友」でもどうもしっくりしない。村上訳はどうかと楽しみにしていたのに、なんと「オールド・スポート」とカタカナにしてあった。日本語に訳せないのはよく分かるが、肩すかしをくらったような気もする。まあ、カタカナでも受け入れられる土壌が日本にできているということだろうか。
福井県越前海岸の東尋坊に行った。安山岩の柱状節理が1、5キロに渡って続いている。風もないのに暗青色の日本海は波が荒く、岩肌に打ちつけるたびに白い波しぶきが上がる。とてもいい天気なのにどこか陰を感じさせる風景だ。
近くにある瀧谷寺(たきだんじ)は、14世紀後半、南北朝時代につくられて以来「焼けた記録がない」という古刹。織田信長と通じて焼き討ちを免れ、柴田勝家らの寄進を受けたという歴史がある。苔むす岩と古びた木造の建物が重々しい。信長が「陣取放火」などを禁じた「禁制状」が残されている。
翌日訪れた石川県の粟津(あわづ)温泉は、奈良時代初期に開かれた北陸最古の温泉。
同時代につくられた那谷寺(なたでら)は、広大な庭園に、もっと古い縄文時代から信仰を集めたという岩山や洞窟がある。白っぽい岩壁を背景にした紅葉がきれいだった。庭内の木々は、北陸の湿った重い雪に備えて、棒をたてて綱をかけて枝をつる「雪つり」がされていて、冬が近いのを感じさせた。
ジョセフ・リンのバイオリン・リサイタルを聴きにいった。神学部でも学んだという中国系アメリカ人で、小柄で短髪で28歳より若く見えるが、演奏はなかなかスケールが大きい。ゆったりとしていると同時に繊細で、有名なバッハの「無伴奏バイオリン・パルティータ2番」の終楽章「シャコンヌ」がよかった。聴き終わって、肌寒い小雨の鬱陶しい天気にもかかわらず満ち足りた気分になった。
京都の鞍馬寺に行った。出町柳から叡山電鉄で三十分。途中「もみじのトンネル」をゆっくりゆっくり抜けていく。今年は紅葉が遅いが、それでもところどころきれいに色づいていて赤黄緑と重なった色合いが美しい。
鞍馬山は古くから信仰を集めていて、770年に鑑真の弟子が毘沙門天をまつり、「枕草子」にも登場し、若き日の義経も修行したところ。すがすがしい秋の空気の中、真っ直ぐにそびえる杉木立の中のつづら折りの道を歩いていくと、ところどころで黄色い落ち葉がひらひらと舞い、見上げると重なった葉の間に青い空がのぞく。
下ったところは貴船神社の近くで、色づき始めた紅葉の下、水のせせらぎの音が聞こえてほっとさせられる。ここも水を司る神として古くから信仰されてきたところで特に創建の地、奥の宮には独特の雰囲気がある。宇治の橋姫が鉄輪をかぶって丑の刻参りをして男を呪ったという恐ろしい伝説がある一方、結社(ゆいのやしろ)は、コノハナノサクヤ姫の姉で妻に望まれなかったイワナガ姫が、代わりに縁結びの神になろうとしたのが起源で、縁結びの神として知られ、和泉式部もお参りしたとか。当時は、都の中心からかなり人里離れた地で、来るのもさぞ大変だったことだろう。
国立文楽劇場で「心中天網島(しんじゅうてんのあみじま)」を見た。こじんまりした一階だけの客席で、語りの太夫(たゆう)と伴奏の三味線一人ずつで舞台が進行するのにちょうどいい広さ。字幕のおかげで初心者にもよく分かった。台本は、大阪のことばで書かれていて、今日の「網島」始め大阪の地名がどっさり出てくる。ことば遊びも随所にあって、舞台の規模などシェークスピア劇を連想させるところもある。最も、内容は「ロミオとジュリエット」の若さからくる一途な情熱とはまったく違う。まず、男が感情豊かでやたらに泣き、女がしっかりしている。二人は、周りに気を使い、自分たちの名誉のため、また筋を通そうとした挙句に心中せざるをえなくなる。これを「義理」と表現するらしい。四時間にわたる長丁場だったが、クライマックスでは人形がひとりでに動いているように見えた。
岩手県の遠野地方へ行ってきた。柳田國男の「遠野物語」の舞台。山男にさらわれた娘や、座敷ワラシや、馬と結婚した娘がカイコの神様になったオシラサマなどの話から、暗くおどろおどろしい山村というイメージがあったが、実際は、昔の城下町で、交通の要所というなかなか開けて明るいところだった。カッパがいたという「カッパ淵」のあたりは、もう失われた古きよき時代の、のどかなひなびた日本の田舎という風情だった。
その後、JR山田線に乗った。時間帯によっては二時間に一本しかないローカル列車。車窓の向こうに、青空の下、赤、橙、黄色に染まった山々が連なる、まさに絵のような風景が広がっていて、すばらしかった。
京都三大祭りの一つ「時代祭り」を見にいった。これは、明治時代に平安神宮ができたときに始まったので、葵祭り、祇園祭りに比べると歴史的にはずっと新しい。延暦13年(794年)10月22日に桓武天皇が平安京に遷都したのにちなみ、この日に毎年行われる。祭りのメインは、明治時代から歴史を順にさかのぼって平安時代初めまでの華やかな装束をまとった人たちの、要するに仮装行列だ。牛車や騎馬も含む総勢二千人が、京都御所から平安神宮までぞろぞろ歩いていくが、最後列まで延々二キロも続くという行列は、なかなか壮観だ。南北朝、室町時代を楠正成中心の「吉野時代」、平安時代を「藤原時代」「延暦時代」と分けているのが、さすが京の都。
さわやかな秋の一日、静岡県西部の奥浜名湖を走るローカル列車、天竜浜名湖鉄道のトロッコ列車に乗った。ゴットンゴットン揺れながら走るのどかな列車だ。窓ガラスがないので、日の光がじかに差し込んでくるし、風が吹きつけてくるし、おまけにトンネルに入るとゴーッとすごい音がする。トンネルを抜けると、窓の外には浜名湖が日の光を浴びてキラキラ輝いていて、蜜柑畑の濃い緑の葉の間に蜜柑の実がおいしそうに色づいている。もうすぐ取り入れの時期だ。
昨日、オスモ・ヴァンスカ指揮、フィンランドのラハティ交響楽団のコンサートを聴きにいった。最初は、シベリウスの後継者といわれるフィンランドの作曲家コッコネンの「風景」。列車の窓から見た雄大なフィンランドの森が目に浮かぶ。次は、ノルウェイの作曲家グリークの有名なピアノ協奏曲。ピアノはユホ・ポホヨネン。ピアノとオーケストラがしっくり合っていてすばらしい。最後が、シベリウスの交響曲第二番。音がふくらんで天に立ちのぼっていくような豊かで深い響きと、息を詰めるようにしないと聴こえないピアニシモ。今まであまり身近に感じなかったシベリウスだが、とても生き生きとして美しい音楽だった。しあわせな気分になって帰ってきた。
昨夜は、旧暦八月十五日にあたる「中秋の名月」だった。濃藍色の空の高いところに雲の切れ目から満月が白っぽく輝いていた。今夜の月は、雲一つない夜空にさらに冷たく照り輝いて神秘的な感じがする。すすきとお団子というより、アンデルセンの「絵のない絵本」が思い出される。
1914年、イギリスのシャクルトンを隊長とする総勢28人の探検隊は、木造の帆船エンデュアランス号で南極探検に出発したが、流氷に阻まれ南極大陸に上陸できず船も沈没して一年半漂流した挙句、奇跡的に全員生還した。それは、冬には二ヶ月も太陽が出ず真っ暗闇が続く苛酷な極寒の南極の絶望的な状況でも希望を失わず、常に危険を最初に引き受け、隊員たちを導いたシャクルトンの強いリーダーシップのおかげだ。彼は、十分な準備をした上で、最後は楽天的であることが何よりも大事だと考えていた。シャクルトンと隊員の何名かが書き続けた日記と、同行した写真家のネガが、当時の迫真の記録として残っている。せっかく生還したのに、多くはすぐに第一次大戦の戦地に赴き戦死した隊員もいるのはやりきれない思いがする。
(「エンデュアランス号漂流」新潮文庫)
京都の二条城は、1603年徳川家康が将軍上洛の宿泊所として建て三代将軍家光の時に完成したもので、桃山文化の粋を集めた徳川幕府の権勢を象徴する建物だ。その後、1867年十五代将軍慶喜の大政奉還により朝廷のものとなり、1939年からは京都市の所有になっている。慶喜が大政奉還を発表した大広間を眺めていると当時の歴史が身近に感じられる。
春に京都御所を訪れたときは、平安時代の雰囲気が漂っていたが、そこから近いのにここは江戸時代の雰囲気だ。それぞれ、塀で囲った敷地の中に当時の空気もそのまま閉じ込められているようだ。
昨日、中島敦原作、野村萬斎構成・演出の「敦ー山月記・名人伝」を見にいった。原作ほとんどそのままの語りに絶妙な間合いで尺八と鼓が入り、能狂言の所作でシンプルな舞台装置の中に、中島敦の世界があらわれ出る。「山月記」では、「臆病な自尊心と尊大な羞恥心」のために虎になった李徴を演じる野村万作の迫力が圧倒的。「名人伝」は、弓の名手紀昌を演じる野村萬歳のむだのない動きが美しく狂言らしいコミカルな演技で笑わせたが、見終わってから怖くなってきた。
寝ぼけながら真っ暗な階段を降りていた。一番下の段を降り廊下に着いたと思って歩き出したら、まだ残っていて、ものの見事にバランスを崩して落ちた。落ちた瞬間はよく覚えている。下に固い床があると信じ込んでいたのに、足がふわっとした空気のかたまりを踏んで一瞬からだが宙に浮き、ああ倒れているなと他人事のように思いながら倒れていくと、次の瞬間どさっと音がして床にぶつかって痛くて目がさめた。後から考えてみると、戸口の角にぶつからずに前方にばったり倒れこんだので、かすり傷と打ち身ですんだのは幸いだった。家の中でこんなにスリルを味わうとは思わなかった。
アラビア製ムーミンのマグカップにコーヒーを入れ(個人的趣味で泡立てたミルクをたっぷり注いで)、ブルーベリー入りクッキーを添えれば、気分はフィンランド。
北欧にあるフィンランドは森と湖の国。白地に青十字の国旗は雪と空を表しているそうだ。日本と同じくらいの国土に東京都の半分くらいの人口。教育水準が高く高福祉、ハイテクの国。治安がよく水道水がおいしい。だが、ロシアとスウェーデンの二つの大国に挟まれたその歴史は平坦なものではなかった。
朝日新聞「天声人語」の元執筆者、深代惇郎の昔のエッセイを読んでいたら偶然フィンランドが出てきた。1970年代、フィンランドは、ヨーロッパ諸国と経済的結びつきを強めながらも、東欧のように共産圏に飲み込まれることを恐れて当時のソ連の了解を取りつけることを第一に外交努力を続けていたそうだ。過去の例からソ連が攻めてきても西欧諸国は絶対に助けてくれないことが分かっていたからだ。当時「フィンランド人一人は、ロシア人十人に匹敵する」「じゃあ十一人目はどうするんだ?」という小話があったそうだ。
時は流れてソ連は崩壊し、フィンランドはEUのメンバーとなり平和な日々を迎えた。それにしても、外国がすべて「海外」である日本人は、大国と国境線を接する恐ろしさが理解できないとつくづく思う。ついでに、ムーミンが可愛いだけのキャラクターでないこともなかなか理解できない。
昨日の夕方、空高くうろこ雲がたなびいていた。夜には虫の音が聞こえたと思ったら、今朝は、さわやかな天気で秋風が吹いていた。ずっと暑い日が続き、ずっとセミが鳴き続けていて、いつまで経っても夏が終わらないような気がしていたのに新学期に合わせたかのように秋の気配が感じられた。
「りんご畑のマーティン・ピピン」を読んでいたら、りんごが食べたくなってきた。そろそろりんごの季節。
「風そよぐ ならの小川の夕暮れは みそぎぞ夏のしるしなりける」
(藤原家隆)
上賀茂神社の「ならの小川」で陰暦六月、今の八月に行われた「みそぎ」の神事を歌ったものという。夏になると思い出す歌だが、現代の暑苦しさに比べなんとさわやかなことか。
この歌のせいで、ずっと憧れていた上賀茂神社に今年の六月に行くことができた。京都でも最古の神社の一つといわれる境内には、緑の木々が茂り、苔むす岩の側に、ならの小川が流れていたが、長い時を経た落ち着いた独特の雰囲気が感じられた。静かさの中に何かの気配を感じたような気がしたのは、「陰陽師」の読み過ぎか。
JR兵庫駅で降りて、平清盛の供養塔、清盛塚まで歩く。清盛は私財を投じて後の兵庫港を整備した。兵庫というのは古くからの地名らしい。そこからJR和田岬駅まで歩く。岬といっても、駅からはずっと三菱重工の敷地で海は見えない。敷地内にある幕末に造られた砲台を見せてもらう途中、進水間近の真新しいコンテナ船がちらっと見え、やっと海に近い感じがした。
JR和田岬線で帰ったが、単線なのに6両編成できれいな列車。三菱重工の通勤に使われているらしく朝夕の通勤時間帯しか走らない。神戸市内なのに珍しいところだった。
昨日、京都の「大文字五山送り火」の東山の大文字を見にいった。午後8時になると真っ暗な中に徐々に火がつき「大」の字がくっきりと浮かび上がる。その後三十分ほどたつと火が消えた。元々お盆の送り火なので、花火と違ってお祭り騒ぎではなく、夏の終わりを感じさせる落ち着いた雰囲気のものだった。帰りの出町柳の駅の喧騒で、しっかり俗世間の現実に引き戻されてしまったが・・・
ゲド戦記」がアニメ化されるという宣伝が新聞に出ていたので、久しぶりに三巻を読んだ。昔はゲドを慕って読んでいたので、見知らぬ少年アレンに感情移入するのが難しく、やたらに暗い話だと思ったが、その後の巻でレバンネンとおなじみになったので、今回は、アレンつまり若き日のレバンネン中心で抵抗なく読むことができたが、改めて読み応えのある本だと思った。中表紙のルーン文字「The Rune of Ending」をあらわす最果ての地の星が印象的。年月を経て読み返して新たな発見があるのがいい本だと思う。
それにしても、このシリーズ、最初はゲドが主人公だと思っていたので巻を追うごとにゲドの出番がなく肩透かしをくわされた感じだったが、改めて題名を見ると「A Wizard of Earthsea」「Tombs of Atuan」「The Farthest Shore」そして「Tehanu」「The Other Wind」つまり、アースシー、アチュアン、さいはての岸と地理的に遠くなり、テハヌーは空の星、最後はドラゴンの住む別世界へとアースシーの世界がどんどん広がっていく。作者の頭の中では、アースシーの地理が最初にあり、オジオンもゲドもテナーもレバンネンもその中の住人という位置付けなのだろう。今にしてみれば「ゲド戦記」という超訳がまずかったのではないか。
新しい鉄の鍋でシチューを煮ている。「ものいうなべ」のお洒落版のようだ。でもこの鍋は、山越えて金持ちさんから何か持ってきてはくれないので、シチュー用牛肉を買いにいった。それに粉をはたき焼き目をつけて、玉葱、赤ワイン、月桂樹、トマト缶と水を入れた。いつもの材料なのに、お洒落な鍋なのでお洒落に見える。弱火で煮ていると「ことこと、ことこと」音がする。音を聞いていると幸せな気分になってくる。火の回り方が柔らかいのでおいしそうに煮えそうだ。出来上がりが楽しみ。