funini.com Crane 2007年

おせち料理 (2007/12/31)

黒豆、昆布巻き、たつくり、きんとん、煮しめ、なますを作った。お屠蘇も準備した。明日は、お正月。

「ガリア戦記」 (2007/12/15)

 ローマ帝国の武将、ユリウス・カエサルの作で、実際に戦った本人の手記ならではの臨場感にあふれている。
 三人称の記述にもかかわらず、ラビエヌス、青年クラッスス、ブルトゥスなどを信頼しているのが分かる。けれど、副将ラビエヌスは、ルビコンでたもとを分かつし、クラッススは父の元に赴き戦死するし、ブルトゥスに至っては、カエサル暗殺に関わるし…と、その後を考えながら読むと複雑なものがある。
 カエサルは、いざというときは百人隊長一人一人に呼びかけ、鼓舞し、賞讚するなど、人身掌握が巧みで、また集めた情報を元に、迅速な作戦をたて、戦場で臨機応変に対処する抜群の指導力を持つ。そして、厳しい訓練を受けている軍団は、そのすばやい指示にこたえることができる。
 特に、ゲルマン人の前で短期間でライン河に橋をかけて全軍を渡らせ、その後、壊してしまう場面の、技術力、組織力がすごい。
(「ガリア戦記」カエサル、國原吉之助訳、講談社学術文庫)

王と女王の名前 (2007/12/09)

Walter de la Mareの詩に「Kings and Queens」というのがある。
イギリスの歴代の王と女王の名前をずらずら並べて、韻を踏んだ詩にしているところがおもしろい。出てくる名前は、
「ヘンリーが8、メアリーが1、エリザベスが1、
ウィリアムが4、スティーヴンが1、アン、ヴィクトリア、ジョン、
ジェイムズ、チャールズ、チャールズの息子たち、
リチャードが3、エドワードが7、ジョージが4」
(作者の時代は、まだ、今のエリザベス二世ではなかった。)
あまり珍しい名前は無いようだ。

おそまきながら晩秋の京都 (2007/12/05)

午前十時半、京都の鴨川の岸を歩いた。気温は低いが快晴で日の光が暖かい。人通りは少なく、川は水鳥がいっぱいで「鴨」の川だと実感した。
その後、下鴨神社、(鞠小路通りでパスタのランチ)、京大そばのイチョウ並木、哲学の道、南禅寺、知恩院、八坂神社と、散り際の紅葉を楽しんだ。紅葉は、落ちてしまえば枯れ葉だが日の光を浴びると美しく見えるのだなあと、つくづく思った。
こよみの上では、もう初冬だが、温暖化の折、晩秋というにふさわしい一日だった。

日本丸 (2007/12/01)

帆船日本丸(にっぽんまる)が神戸港から出航するのを見にいった。タラップを人力で船内に引きあげるのに、まず驚いた。出航準備が整うと、実習生たちが、高さ45メートルのマストの上まで裸足で上って、見送りの人に挨拶する「登しょう礼」があった。それから汽笛を三度ならして出航していった。船の別れはもの悲しさと、大海原へ乗り出す希望とが混ざっているように感じられる。

廃線跡ハイキング (2007/11/22)

少し寒めだがさわやかな晩秋の一日、兵庫県西宮市の生瀬(なまぜ)からJR福知山線の廃線跡を歩いた。単線の埋もれかけた枕木の上を歩いていくと、右手は武庫川上流に沿っていて、山中のところどころ紅葉が美しい。途中トンネルが六つあるが、真っ暗なので懐中電灯が頼り。昔は車窓から眺めた景色だろうなと思う。終点の宝塚市の武田尾(たけだお)は温泉で有名だが複線電化になった立派な駅だった。電車に乗って三つほど駅を過ぎると、もう宝塚駅。あっという間に都会に戻ってきた。

panic (2007/11/09)

panicは、「Panの神によって起こされた恐怖が原義」だそうだ。
パンの神というと、頭に角があり、耳と足はヤギに似ている牧羊神で、広い野原で笛を吹いているイメージが浮かぶ。ローマ神話のフォーンと同じといえば、ナルニアのタムナスさんを思い出す。
どちらにしても、「パニック」という恐ろしい響きに似合わず、少しのんびりした感じがする。

アレクサンダー・コブリン (2007/11/07)

ロシアのアレクサンダー・コブリンのピアノ・リサイタル。
ショパンのバラード、1番と4番、幻想即興曲など。
二十代から三十代に作曲されたものを、二十代のピアニストが弾くのだからちょうど良い雰囲気。
聞き惚れて、CDまで買ってしまった!

トンボソのおひめさま (2007/11/03)

 もぎたてのリンゴが、おいしい季節。ころっと小ぶりで真っ赤な紅玉は、可愛くて、一人で食べるにも手頃で、酸味がきいていて、アップルパイに入れてもおいしい。
 紅玉を食べていると、美しいが性格が悪い「トンボソのおひめさま」を思い出す。
彼女は、若者から宝物を取り上げようとしたが、リンゴ好きが災いして、罰として「30センチばな(鼻)のおひめさま」になってしまった。でも、おいしそうなリンゴの誘惑に負けてしまったところが憎めない。
(「トンボソのおひめさま」岩波書店)

「きょうの料理」 (2007/11/01)

NHK「きょうの料理」が50周年ということで、昔の名人芸の再放送をしていた。やっていたのは、小野正吉(おのまさきち)のフランス料理。本人の手並みもさることながら、隣に控える助手の無言の連係プレーが見事。調理中のフライパンを受け取って炒め続けたり、必要な材料や器具をさっと手渡したり、まさに「あうんの呼吸」だった。

「Peacock Pie」 (2007/10/26)

イギリスの詩人、Walter de la Mareの子ども向けの詩集、「Peacock Pie」を読んだ。
日常の暮らしの一こまを、目や耳など五感を研ぎ澄ませてみると、「sense of wonder」が感じられる。底知れぬ深みも感じられる。不気味さもたっぷり。
Ardizzoneの挿絵がぴったり。

浜名湖 (2007/10/24)

静岡県西部の浜名湖あたりは、昔、遠江(とおとうみ)と呼ばれた。
滋賀県琵琶湖あたりは、近江(おうみ)だが、子ども時代は、地理的にも心理的にも浜名湖に近かったので、どうして近い方が遠くて、遠い方が近いのだろうと不思議に思っていた。昔の日本の中心、京都から見た「近い、遠い」だということが分ったのはかなり後だ。

ハーブ石けん (2007/10/12)

植物園のハーブ石けんの講習会に行ってきた。摘みたてのセージの葉に熱湯を注ぐと、薄緑色に染まって香りが漂ってくる。それとグリセリン少々を、粉状の石けん素地に加えて、よくこねる。セージの製油を数滴たらして、また混ぜる。それを丸めて、平たくし、セージの葉を髪の毛、ラベンダーの花を目、オレンジのマリーゴールドの花びらを口にして、女の子の顔にした。ラベンダー入りも作って、まん丸くして、セージの耳、マリーゴールドのひげのネコとウサギにした。粘土細工のようだ。
部屋中に、ハーブの香りが満ちあふれ、窓の外も緑がいっぱいのさわやかな秋晴れだった。

秋のコンサート (2007/10/06)

ヘルシンキ生まれのオッコ・カム指揮のコンサート。
最初は、フィンランドのシベリウス作曲「交響詩:吟遊詩人」。フィンランドの民族楽器「カンテレ」の響きをハープで表している。
次に、チャイコフスキー作曲「バイオリン協奏曲ニ長調」
バイオリンは、神尾真由子。二十一才だが、フレッシュさを通り越して堂々たる演奏。
最後は、同じくロシアのラフマニノフ作曲「交響曲第二番ホ短調」。
アンコールは、やはりシベリウス作曲「悲しいワルツ」
それぞれの曲が、それぞれの作曲家らしい雰囲気だが、背景に荒涼とした雄大な自然があるのが共通している。聞きながらヘルシンキはもう日が短くて寒いことだろうと思った。

晴明神社 (2007/10/01)

 京都市、堀川今出川の一条戻り橋の晴明神社に行った。晴明にちなんだ五芒星の旗が立っている。平安時代の陰陽師安倍晴明の邸宅跡だそうだ。雨模様にもかかわらず若い年齢層が次から次へと訪れていた。
 名古屋市千種区に、小さな小さな晴明神社があるのを数年前に知った。昔からあったが、陰陽師ブームにあやかり整備したので有名になったようだ。そのあたりに、昔「清明山」というバス停があったが、安倍晴明にちなんだ地名だとは思ったこともなかった。

新幹線の窓から (2007/09/27)

名探偵ホームズは、列車の窓から見える線路際に立っている柱の間隔を知っていて、時計を見ながら列車の速度を計算した。ローラ・インガルスは、病気で失明した姉メアリーに、列車の速さを感じてもらおうと、柱が通り過ぎるたびに教えてあげた。
でも、新幹線の窓から見ていると電柱は飛ぶように流れ去っていき、とても数えてなどいられない。時の流れも昔より速くなったのだろう。

秋の味 (2007/09/24)

サンマを焼いて、スダチと大根おろしを添える。出たばかりの里芋と油揚げとネギの赤だし。アスパラとキノコいろいろのバター炒め。リンゴも梨もあって、食卓は秋らしくなった。

舘野泉とフランス音楽 (2007/09/21)

 ノルウェーのアーリル・レンメライト指揮のフランス音楽のプログラム。最初は、軽快にデュカスの「魔法使いの弟子」。
 次に、ラヴェルの「左手のためのピアノ協奏曲」。ピアノは、ヘルシンキ在住の舘野泉。左手だけの演奏は初めて聴いたが、片手で不備というのではなく、曲の雰囲気が調ごとに違ったり、オーケストラと小編成の室内楽で違ったりするように、左手でしか表せない曲もあるのかな、と思った。背筋を伸ばして聴いた。
 後半は、ドビュッシーの「海」。曲の中に日本的なものもあるような気がしたら、解説によると「北斎の画からも霊感を得た」そうだ。
 最後は、ビゼーの「カルメン組曲より」。若いオーケストラに合った指揮で楽しく聴けて、楽しく帰った。

「ジャングル・ブック」 (2007/09/14)

 イギリスのノーベル賞作家ラドヤード・キプリングが、1894年から出版した「ジャングル・ブック」は、モウグリの物語を中心に、いろいろな短編が集まっている。
 幼いときに、インドのジャングルで人食いトラ、シーア・カーンに追われ、シオニーのオオカミに助けられた少年モウグリは、母オオカミのラクシャ(魔女の意味)、年寄りグマで先生のバールー、速くて強くて賢い黒ヒョウのバギーラ、オオカミの頭の灰色のアケイラ、知恵も力もあり動物に対し恐ろしい磁力を持つ大蛇のカー、最長老の物知りゾウのハティなど、個性的な仲間に見守られ、ジャングルの掟(おきて)を学びながら、たくましく育つ。何事に対しても、まっすぐに立ち向かうモウグリの姿が魅力的。
 インドにおいて大英帝国の白人が絶対的に偉い、という古き価値観が気になるが、それを越えて、気高く、いきいきとした獣たちの姿にひきこまれてしまう。
 獣たちが、モウグリの頼みで、人間の住んでいた村をジャングルに戻してしまう迫力ある場面は、人間がまだ自然の驚異を感じていた時代の物語だなあと思う。
 また、マングースのリッキが、コブラと壮絶な戦いを繰り広げる「リッキ・ティッキ・タービ」も、ことばのひびきからして、おもしろい。
 ところで、作者は、日本を訪れたこともあるそうで、明治初期の洋装の日本人を評して「『不思議の国のアリス』のテニエルの最初の挿絵、懐中時計を見ている白ウサギに似ている」と言ったとか・・・・・!?
 ちなみに、「Five Children and It」( E.Nesbit,1902)の中に「 - but that is another story, as dear Mr.Kipling says.」という箇所があった。ほぼ同時代人に、そう言われるほど親しまれていた作家だったようだ。

(金原瑞人訳、偕成社、西村孝次訳、学研)

アンナ・ド・ノアイユの肖像 (2007/09/05)

藤田嗣治1926年作の「アンナ・ド・ノアイユの肖像」を見た。藤田独特の白い肌で、黒の前髪を下ろした髪型の女性がこちらをじっと見つめて立っている。芥子色っぽい繊細なドレスとパンプス姿は、今のファッションとしても魅力的。背景が、やはり白くて印象的だが、実は、モデルの女性が、あれこれ注文をつけるので、怒った画家が背景を描かずに止めてしまい未完に終わったという説明が添えてあった。いったい、どういう注文をつけたのだろう?

ツクツクボウシ (2007/08/28)

残暑といっても35度を超えるのが珍しくない日々が続いたが、さすがに日没が早くなってきた。それに、今日初めてツクツクボウシの鳴声が聞えた。昔は、お盆を過ぎると聞えたものだが、温暖化のせいか二週間ほど遅い。それでも、ゆっくり季節は進んでいる。

ドイツ土産 (2007/08/27)

ドイツ土産のパンとチーズの朝食。癖のあるチーズがライ麦パンによく合う。フランス産のとろっとして優しい味のカマンベールは、残りもののフランスパンによく合った。それぞれ個性的な味だけに、相性の善し悪しがあるようだ。

大文字送り火:その2 (2007/08/17)

8月16日、京都市左京区出町柳の近く。午後八時に、東の方を眺めると、真っ暗な中に、少しずつ「大」の字が浮かび上がってくる。日中、37度を超す猛暑だった代わりに、風がないので、去年より太く鮮やかに輝いている。北の方に「法」、北西の方に左大文字のゆがんだ「大」が少し見える。かなり遠くのはずだが意外に近く見える。京都は、奥が深いが、思いの外こじんまりした街なのに驚いた。

秋田竿燈祭りなど (2007/08/07)

 岩手県盛岡市からバスで小岩井農場へ。「小岩井」は、明治時代に農場の開墾を始めた創業者三人の名字からの命名。宮澤賢治も何度も訪れ、作品にも登場する。火山灰土の原野に木を植えたところから始めたそうで、新しいところでは、1964年から毎年、印をつけて杉の木を植林していて、一年ごとの木の成長が一目で分る林がある。岩手山を背景にした広い牧場の一部を観光用にしていて、緑の「まきば」の中でソフトクリームを食べたり、シープドッグがヒツジを追って頑張る姿を見たりすることができる。
 近くの雫石(しずくいし)泊。スキー場やゴルフ場がそばにある緑の山に囲まれた高原。昼間は暑かったが、夕方になると、さっと涼しい風が吹き、真夏とは思えない。
 翌日は、新幹線「こまち」で秋田市へ。夜は、竿燈(かんとう)祭り。「竿燈」とは、提灯を竿につけて稲穂を表したもので、大きいものは、46個の提灯をつけ、長さ12m、重さ50kgもある。それをお囃子と「どっこいしょー、どっこいしょ」のかけ声をバックに、片手、その後は手放しで肩、腰、おでこと、支える個人技が見どころ。台風の後の強風で見物席にもドサッと倒れかかるので、近くで見るとなかなかスリルがある。遠くから見ると、ロウソクの光が揺らめく竿燈が、暗い夜空にいくつもゆらゆらと浮かび上がり、幻想的な美しさがある。
 秋田県は、日本海に面し、江戸時代までは北前船が行き交った港があり、米どころなので、山がちな岩手県とは風土が違うようだ。秋田市の北西に位置する男鹿半島独特の風習は、「なまはげ」。大晦日に、鬼の面をかぶった「なまはげ」が家々をまわり、子どもたちを脅して諭し、家の主人がもてなす。
 「五社堂」は、その昔、海の向こうから来た五匹の鬼を祭ったと伝えられる所で、これが「なまはげ」の元祖という。そこへ上るまでの、鬼が積んだといわれる公称九百九十九段の素朴な石段が、もうとても大変だった。上った所には、五つの木造の社が緑と霧の中に並んでいた。
 霧と雨の中、秋田空港を飛び立った飛行機の窓から見ていると、ぐんぐん上昇した後、重くたれ込めた雲の上に出た。そこは、薄雲たなびく水色の空が広がる、穏やかな晴れた夏の夕暮れで、一面の雲海に夕日が、ゆっくりと沈んでいった。地上は、雲の海の底だ。

夏の朝 (2007/08/01)

今日から8月。今年は、鬱陶しい梅雨が明けて、7月中旬から夏らしくなるという珍しく正常なパターンだった。ここ最近、雲一つない青空と、照りつける太陽の元、生い茂る緑の木々の中にセミの合唱が聞こえ、青紫色の朝顔が満開の、いかにも夏らしい日が続いている。

「Harry Potter and the Deathly Hallows」 (2007/07/23)

 Harry Potter全七巻が完結した。このシリーズを読み始めたのは、もう何年も前、話題作が映画化されるという新聞記事を読んで、あらすじが出回らないうちに内容を知りたいと思ったのがきっかけ。そして、それまでに発売されていた三巻を続けて読み、おもしろかったので四巻目から予約して買うようになった。二、三年待たないと次が出ないので、新しい巻が出るのが待ち遠しかったが、ついに最終巻となった。
 おととい、21日に、最終巻が予定通り届いたときは本当にうれしかった。最終巻ということで全体に暗いし、特に重要な脇役の一人、Snapeの描き方が予想通りとはいえ不満だし、登場人物はバタバタ死ぬし…と内容的にはいろいろ問題もある。けれど、これまで次の巻が出るのを待つ楽しみと、本が届いてすぐ、結末がどうなるか分からないままに、はらはらしながら読む楽しみを存分に与えてくれた。

祇園祭 (2007/07/17)

 今日は、京都の祇園祭のクライマックス、山鉾巡行。朝、四条烏丸に着いたら、ちょうど先頭を行く長刀鉾(なぎなたほこ)にきんきらの冠をかぶった稚児が乗り込むところだった。小学生の男の子だが、白塗りの顔に雅な装束でお人形のよう。鉾のてっぺんに稚児と、祇園囃子を奏でる囃子方が乗っている。
 鉾の前面に乗った二人が扇を振りながら「えんやら、やー」とかけ声をかけ、鉾の前に付けられた綱引きのような二本の綱を大勢の若衆が引っ張ると、鉾の両脇の大きな木の車がゴロリと動く。なんだか、上に優雅に乗る貴族と、汗水垂らして引っ張る下々の者との京の都の格差社会が一目瞭然といった感じ。ついでに、両脇の歩道ですし詰めになりながら眺める見物人も、下々の者。
 他の山鉾も順に続いて、四条通、河原町通、御池通と巡行する。四つ角では、脇について歩く人が、車の下に竹を並べバケツの水をかけて、扇のかけ声とともに、引き手が直角に引っ張ると大きな山鉾がグイッと回る。これを「辻回し」などというが、引き手の力の入れ方とタイミングの問題らしく、うまくいけば三度位で直角に回るが、気の毒に何度もやり直すものもあった。
 御池通から、新町通に入るが、ここは、山鉾が一基やっと通れるくらいの狭さなので、人の背より高い鉾の木の車が、ぎいっときしみながら回るのがすぐ目の前に見られる。
 新町通から横道に入って帰ろうとしたら、ある山の行列が後ろをついてくるので驚いた。それぞれの町内に帰るらしい。山の上に立てられた木が、狭い通りを渡る低い電線に引っかかると、なんとその場で木を切ってしまった。もうお役ご免というところ。

雨の日 (2007/07/13)

「指輪物語」のホビットたちは、雨が降っている間、トム・ボンバディルの家で休憩していた。雨の日は、家の中にいて、ミルクティーを飲みながら雨を眺めるのがいい。でも実は、大きな傘をさして、長靴をはいて、水たまりを気にせず歩くのもかなり好き。

瀬戸内の旅 (2007/07/08)

 広島県東部、福山市の鞆(とも)の浦は、瀬戸内海沿岸の中ほどに位置し、海に浮かぶ島々の向こうに四国を望む。古くから「潮待ちの港」として栄え、大伴旅人が歌を詠み、江戸時代から北陸や北海道と大阪を物資を積んで行き来した北前船が出入りし、幕末には坂本龍馬率いる海援隊の商船「いろは丸」が遭難後、上陸した。
 福山の北から、井原(いばら)鉄道の一両編成の電車が、山陽本線と平行に東の方、倉敷の北まで走る。
 途中の駅、岡山県井原は、絵本「11ぴきのねこ」(馬場のぼる作)で、ねこたちが大きな魚を寝かしつけるために歌う子守歌「ねんねこさっしゃれの発祥の地。
 そこから東に向うと旧山陽道沿いの駅、矢掛(やかげ)に着く。ここは、江戸時代の参勤交代の大名などの宿泊所、「本陣」「脇本陣」の屋敷が、当時のままに残る。宿泊する大名は、寝具、風呂桶、台所用具、食器、保存食糧などすべて持参し、生鮮食品だけ宿場町で現地調達した。一方、宿場町側は、最低限の宿賃は受け取るものの持ち出しが多く、又、幕府の使いは宿賃無しで泊まる決まりで経済的に大変だった。特に本陣は、よほどの資産家でないとやっていけず、ここ石川家は、昭和まで続いた富裕な造り酒屋だったので、屋敷が現在まで残ったそうだ。
 鞆(とも)の海そして、井原(いばら)線沿いの山と田、共に過ぎ去った賑やかな歴史を忘れさせる穏やかでのどかな風景が広がり、海や緑を渡る凉風が心地良く、時間がゆったりと流れていた。

pink (2007/07/01)

 ピンク色にぴったり合う日本語がない。薄紅色とも少し違うような気がするし。
ピンク色の「pink」は、元々は、ヨーロッパで十八世紀中頃から栽培されたタツタナデシコの英名のことで、後に、その花の色も表すようになった。
 ナデシコと言えば、日本では「ヤマトナデシコ」とも呼ばれる固有種が、枕草子にも登場し、季節はずれだが秋の七草の一つでもある。カーネーションもナデシコの種類で、昔から広く親しまれてきた花のようだ。
 また「pink」には、そのギザギザの花びらから、「ギザギザに切る」という意味もある。手芸で、布をギザギザに切るのに使われるのが、ピンキングバサミ(pinking scissors)。どちらも、もうすっかり日本語だ。

梅雨の京都 (2007/06/20)

琵琶湖疏水沿いの哲学の道を北の銀閣寺方面からぶらぶら歩く。平日の午前中で、たまにすれ違う人があるくらい。梅雨空の元、木々の緑がみずみずしく、その間に白、青、紫、ピンクのグラデーションのアジサイの花々がのぞいている。南禅寺方面に近づくと、敷き石の歩道が一本になり、ぐっとカーブしているところが、特に緑が深い。
戻って、白川今出川に近い神楽岡通りから、吉田山の山頂をめざす。町中とは思えない静けさの木立を抜けると吉田神社。ここは、九世紀中頃の平安朝初期、菅原道真や、その後の安倍晴明や藤原道長よりもっと昔の清和天皇の時代に建てられた歴史あるところ。
そこから東一条通に降りてくると、いきなり現代に戻った感じがした。

「星の王子さま」 (2007/06/11)

 サン・テグジュペリ作「星の王子さま」は、子どもの頃からいつも本棚の片隅にあった。いまだに、そこにあると思うだけで、ほっとする。いろいろ新訳が出たが、昔から親しんでいるのは岩波の内藤濯訳だ。手に取ると、一つ一つのことばがどうと言うより、本全体の雰囲気に浸ってしまう。かなしいときに「すわっているいすを、ほんのちょっとうしろへひくだけで見たいとおもうたびごとに夕やけ空が見られる」王子さまの星に憧れる。
 バラの花のモデル探しや、現実社会への批判など、作者の実生活に絡めて作品を解釈するのは好きではない。ただ、先日、作者が飼っていたキツネと同じ種類の実物を映像で見る機会があった。「かんじんなことは目に見えないんだよ」と教えてくれるともだちのキツネのモデルだそうだ。耳が長く、ネコのような雰囲気のかわいいキツネで、絵の通りだった。

パソコン (2007/06/07)

パソコンの調子が悪くなってしまったが情けないことに自分では直せない。専属の専門家に頼らなくてはならないので復旧にしばらく時間がかかった。その間、久しぶりに手書きしてみたが、手は疲れるし、漢字は出てこないしで、意外に労力を要して疲れてしまった。パソコンは、頭に浮かんだままキーボードを通して文字にできる良さがあるが、逆に、制約のある文字数の中で最上の表現を探しあてる短歌や俳句は、手書きの世界ならではのものだと思った。

島根の旅 (2007/06/04)

 出雲大社は、長い長い参道の奥に、深い緑の山々を背景にして苔むす本殿が鎮座している。古代ここには、直径三メートルもの太い柱を九本使った巨大な社が建っていたらしい。その柱は、三本の丸太を合わせて結わえたものを芯にして作られていた。歴史博物館に、掘り出された柱の跡とともに、近くの遺跡から出土した青銅の剣358本がまとめて展示されていて壮観だった。ここに祭られている大国主命(おおくにぬしのみこと)は、因幡(いなば)の白ウサギや国譲り神話で有名だが、大和朝廷の祖先に破れたものの相当勢力のあった人物だったようだ。
 宍道湖に沿って、水田の間をのんびりと走る一畑(いちばた)電車で、松江に向かう。松江は落ち着いた雰囲気の城下町。松江城は、木造のこじんまりとした実戦用の城で、青空と松の緑に黒い板壁が映える。
 静かな宍道湖畔で夕暮れを待つ。頭上の広大な薄青の空から対岸に目をやると、低空に広がる灰色の雲と、藍色の山の端との間をずっとオレンジ色に染め、湖面に、輝くオレンジ色の光を投げかけながらゆっくりと夕日が沈んでいった。もう七時半近くになっていた。

「歌えフィッシャーマン」 (2007/06/01)

ノルウェーの最北端の漁師の町で1917年から続いているアマチュア男声合唱団のドキュメンタリー映画。極寒の地、荒々しい海を背景に、それぞれの人生をのせた歌声が流れる。最高齢は97歳とか。親善コンサートに、バスでロシアの町に向かう。ノルウェーとロシアが北の果てで隣国だというのに今更ながら気がついた。

春すぎて夏きたるらし… (2007/05/22)

 奈良県明日香村は、なだらかな山々に囲まれ、田畑のそばに小川が流れ、瓦屋根の家が建ち並ぶ、昔の日本人に懐かしさを感じさせるところだ。持統天皇の歌の天の香具山も、その時代は神聖な山だったというが、甘樫丘(あまかしおか)から眺めると、こんもりとした親しみやすい山にみえる。その、のどかな緑に囲まれたあちらこちらに、石舞台をはじめ亀石などの石の建造物や古墳がある。
 カビがはえ損傷がひどいので、保存のためはぎ取られたキトラ古墳の壁画「玄武」が公開されていた。玄武とは、亀と蛇が合体した「神獣」。けれど、照明を落としてガラスケースの中に陳列されているそれは、のびやかな自然の中に存在してこその神々しさと迫力を失って、単なる滅びかけた古代の美術品になってしまった痛々しい姿だった。

ウィンナーワルツ (2007/05/19)

 ウィーンフィルのメンバーを中心とした弦楽四重奏「アンサンブル・ウィーン」のコンサート。第一、第二バイオリン、ビオラ、コントラバスという編成。パンフレットには、「十九世紀初めのウィーンでは、酒場やカフェ主催の舞踏会が大流行で、それぞれお抱えの音楽家が演奏していた。踊りのリズムをはっきり出すためにチェロでなくコントラバスを使っていた。その中でも人気があったライナーの弦楽四重奏にバイオリンで参加していたのが、ヨハン・シュトラウス。やがて、シュトラウスは独自のオーケストラを結成し、アイドル並みの人気を誇った。その息子のシュトラウス二世は、世界で最も有名な音楽家の一人となった。」というようなことが書いてあった。
 優雅で軽やかなワルツやポルカを最前列で聴くことができて夢見心地。燕尾服が、さすがに着慣れていてすてきだった。アンコールの最初は「ハンガリー万歳」で、ハプスブルグのエリザベートを思い出した。最後はエルガーの「愛の夢」。

葵祭 (2007/05/15)

 京都下鴨神社の糺の森(ただすのもり)を葵祭の行列が進んでいく。若い女性扮する十二単姿の「斎王代」の乗る輿を中心に、牛車、花傘、騎馬を含む総勢五百名が、平安装束をまとい、葵と桂の青葉を飾っている。音曲や踊りがなく、ただ、しずしずと歩くだけなので、背景の新緑の中に鳥のさえずりも聞こえてくる。その後は、古式にのっとり馬を走らせる「走馬の儀」。平安朝の人々が、ふつうに歩いたり話したり馬に乗ったりしていて、タイムスリップしたような気にさせられる。
 その後、鴨川の岸で休憩した。出町柳の柳月堂のパンを一口かじったとき、背後からビュッと風圧を感じたと思ったとたん、手に持ったパンが消えた。魔法にかけられたようでぽかんとしていると、目の前の少し先を鳥が大きなパンをくわえてよたよたと(重そうに?)川の上を低空飛行していくのが見えた。トンビだそうだ。人の体をかすりもせず、ねらった獲物だけをさらっていったのはお見事だが・・・

アボカド (2007/05/07)

アボカドの種に楊枝を刺して水につけておいたら、白い根が出て、ひょろひょろの茎が伸びて、細い葉が出てきた。芽が出たのは嬉しいが、どういうわけか、濃い緑色のつやつやした双葉が開くと思い込んでいたので、なんだか拍子抜けしてしまった。
ふと、ピアスの「まぼろしの小さい犬」を思い出した。少年が、飼いたい犬について、長い間あれこれ想像をふくらませるが、実際に会った犬は、自分の想像とまったく違った不細工な犬で、最初はがっかりする話だ。
気を取り直して、植木鉢に植えかえてベランダに出した。モヤシのようなか弱い姿が少しは力強く育つだろうか。

ランプ (2007/05/03)

「神戸らんぷミュージアム」に、昔の西洋の居間が再現されていた。部屋のそこここにランプが置いてあって、読書には暗いが、柔らかな光と陰が落ち着いたいい雰囲気をかもし出している。この暗さでは、女の人たちが、さぞ美しく見えたことだろう。

a fly in the ointment (2007/04/22)

「a fly in the ointment」は、旧約聖書に出てくる古い表現だそうだ。ointmentは、今は「軟膏、膏薬」のことだが、昔は、貴重な「香油」を意味した。せっかくの貴重な香油の中にハエが入っては台無し。つまり「玉に瑕(きず)」という意味。なるほど。

春の芦屋 (2007/04/11)

 神戸市の東、芦屋市の中ほどを流れる芦屋川に沿った山側の高台に、旧山邑(やまむら)家別邸がある。これは、帝国ホテルなどの設計で名高いアメリカの建築家フランク・ロイド・ライトの設計で、大正末期の1924年に建てられた鉄筋コンクリートの建物で、その後、大規模に修復されたものだ。六甲の山並みを背に、緑の木々に囲まれ、自然の一部のように見える建物は、彫刻された大谷石、マホガニーの採光窓など、細工の一つ一つが凝っている。春の日がさすベランダからは、美しい桜並木が続く芦屋川がずっと見下ろせた。
 和室には、明治末期に、酒造家の山邑家当主が長女の誕生を祝って京都の人形店に特別に作らせた雛人形が飾られていた。「雛人形」「花嫁人形」「花観(はなみ)人形」の三式に分かれているが、その中でも当時最高の頭(かしら)師の作品の数々は、一体でも当時の家一軒と同じくらいの価値だったそうだ。雛人形は、頭(かしら)師ほか、髪付け師、手足師、織り師、小道具師などそれぞれ専門の職人の技による総合芸術で、最後、まとめて着付ける着付け師が「人形師」といわれたそうだ。現在では、その技術の復元も無理だという人形たちは、100年以上経つのに生き生きとうつくしかった。
 ビゴのパンがおみやげ。明日の朝は、クロワッサンと、カフェオレ!

アルハンブラ物語 (2007/04/10)

19世紀のアメリカの作家アーヴィングの「アルハンブラ物語」を読んだ。イベリア半島に東洋の高度な文化を伝え、長い間、繁栄した後、15世紀末に滅び去ったモーロ人(イスラム系スペイン人)の最後の砦、グラナダのアルハンブラ宮殿に作者が滞在した時の旅行記だ。
荒々しいスペインのアンダルシアの平原を馬で旅して、万年雪を頂くシェラネバダを背景にそびえる石造りの無骨な城塞であるアルハンブラにたどり着くと、その奥には、モーロ人の王や姫や貴族、その後のアラゴン・カスティーリャの王や王妃が住んだ豪華な宮殿が、秘密の花園のように隠されていた。本に書かれた数々の古いモーロ人の宮殿や財宝にまつわる伝承は、作者がテンペストを引用しているとおり「夢のような素材で織りなされている」ように思われた。(岩波文庫:平沼孝之訳)

さくら夙川 (2007/04/06)

大阪と神戸の中ほど、西宮市に、新しくJR「さくら夙川」駅ができた。その名の通り、近くの夙川沿いは、阪神間の桜の名所だ。新しい駅には、お花見弁当まで売っていた。(正確には、売り切れ!)今日は、お天気もよく、空の青と、川沿いの満開の桜と、松の緑のコントラストが美しかった。

京都御所 (2007/04/05)

 京都御所は、毎年この時期に一般公開される。ここは、794年に桓武天皇が建てた場所とは少し違い、当時は、土御門東洞院殿(つちみかどひがしのとういんどの)といわれた場所で、今から670年ほど前の鎌倉時代末1331年に、ここに移された。その間、何度も火災にあい、今の建物は、ほとんど江戸末期の1855年に再建されたものだ。それでも、右近の橘、左近の桜が美しい紫宸殿や、清涼殿といった建物を見ていると、平安の昔がしのばれる。
ただ、入るときには手荷物検査をされ、いたるところに「宮内庁」の腕章が目立ち、「御所」が過去の歴史ではなく、現在のものでもあるのが感じられた。
 鴨川沿いに、三条から北山を眺めながら散歩した。特に、高野川の桜はきれいだった。

犬吠埼 (2007/03/19)

千葉県銚子市は、日本列島が弓なりに曲がる角に位置する。江戸時代から親潮と黒潮が出会う漁場であるとともに、醤油作りが盛んだった。JR銚子駅から、銚子電鉄というレトロな電車に乗ると、キャベツ畑や、醤油工場のそばをごとごとと走って、犬吠(いぬぼう)駅に着く。犬吠埼灯台は、三方に太平洋の荒波が打ち寄せ、昔「国のとっぱずれ」と詠まれたところだ。そこから水平線を眺めていると、日本は島国だなあ…と思う。海に近い遊歩道に下りたら、ざんぶりと打ち寄せる白い波しぶきを浴びてしまった。しょっぱかった。

「東風吹かば匂いおこせよ梅の花…」 (2007/03/14)

京都の北野天満宮は、梅の花が満開だった。梅は、桜ほど派手ではないが、紅梅、白梅と並ぶと、春が来た喜びを控えめな中にも華やかに告げている。天満宮は、今でこそ「学問の神様」として、全国で平和に信仰されているが、平安時代、この歌を残して福岡の大宰府に左遷された菅原道真の霊を鎮めるために建立された当時の北野天満宮は、さぞ凄まじい「気」に満ちていたことだろう。去年、訪れた大宰府天満宮の方は、同じ道真を祭っていても、のびやかで明るい感じがした。荒れた天候などを、怨霊になった道真のたたりだと信じた京の都人(みやこびと)は、よほど後ろめたかったのだろうか。

「尾張名古屋は城でもつ」 (2007/03/08)

 金のシャチホコの名古屋城は、今なお名古屋の街のシンボルだ。徳川美術館には、国宝「源氏物語絵巻」をはじめ数多くの美術品がある。中でも、毎年、今頃開かれる「雛道具展」は楽しい。代々の姫が輿入れに持参した雛道具を展示するのだが、本物をミニチュアにした豪華なつくりの調度や、絵が金箔をつかって描かれた貝合わせの貝もある。御三家の一つ尾張徳川家の財力を物語るようだ。
 秋の「名古屋まつり」には、信長、秀吉、家康の「英傑行列」がある。実は、このあたりは戦国時代を動かした三名の出身地なのだ。にもかかわらず、名古屋は徳川の将軍を出したこともなく、日本の中心地になったこともない。人々の暮らしぶりも、豊かではあるが、冠婚葬祭以外には地味で「偉大なる田舎」と称されてきた。
 ところが、最近は、世界に羽ばたくトヨタ自動車のお膝元ということで、日本一景気がよい街になってきた。名古屋駅前にも超高層ビルが次々と建ち、ブランドの直営店や豪華なレストランが人気を集めている。マスコミの注目も集めるようになってきた今後、名古屋人気質も変わっていくのだろうか?

クロテッド・クリーム (2007/03/04)

クリスティも書いている「デヴォンシャーのクロテッド・クリーム」を味わってみたいものだとおもっていたら、国産のものを見つけた。さっそく、小麦粉とバターと牛乳をこねたスコーンもどきを焼いて、濃いミルクティーを入れて、ジャムとクロテッド・クリームを添えた。濃厚でこってりしたクリームそのもので、それに比べると普通の生クリームを泡立てたwhipped creamが、とても軽く感じられる。優雅に気取ったイギリス貴族のティータイムというより、農家の素朴で実質的なお茶の時間という感じがした。

手作りパスタ (2007/03/02)

ジャガイモをゆでてマッシュにして、粉と卵を混ぜて、よくこね、一口大に形作って、塩を入れたたっぷりのお湯に入れてゆでて、「ニョッキ」を作ってもらった。セロリとパセリをきかせたミートソースをかけて、粉チーズを振ると、イタリア風の素朴な一皿。なめらかな舌触りでおいしかったが、見かけによらずボリュームがあって、おなかいっぱい。

光の春 (2007/02/24)

二月は「光の春」。立春を過ぎると、寒いけれど、日ごとに日差しが暖かく、また夕暮れが遅くなり、春が待ち遠しくなる。毎年、早めにお雛様を飾る。部屋が、ほんのり華やいで春めいた雰囲気になる。今年は記録的な暖冬なのでなおさら春が近いが、春を「待つ」ところが、いい。春だけではなく、何でも「待っている」ときが一番いいのかもしれない。

ヤロー (2007/02/15)

一足先に春たけなわだった沖縄名護のハーブ園に、「ヤロー」という花があった。どこかで聞き覚えがあるなあと思ったら、「A Wizard of Earthsea」(ゲド戦記「影との戦い」)の主人公、Gedの親友Vetch(カラスノエンドウ)の妹が、Yarrowという通称だった。日本語では「ノコギリソウ」という訳で、どんな花か見当がつかなかったが、紫色の小花が集まった可憐だがたくましい野の花という感じだった。昔から薬草として使われていたらしい。トロイア戦争に、アキレウスが止血剤として持っていったとホメロスが書いているそうだ。

沖縄 (2007/02/14)

久しぶりに沖縄へ行った。那覇空港から首里まで「ゆいレール」という二両編成の可愛いモノレールが通っていた。まず、見事に整備された首里城公園と、王家の別邸だった識名園(しきなえん)に行った。名護城址公園では、日本一早い桜祭りをやっていた。こちらの桜は、ヒカンザクラといって桃色が濃くてかわいい。
それから、かりゆしビーチに行った。明るい青色の空の下、白い砂浜の向こうに、手前がエメラルド・グリーン、沖がコバルト・ブルーの海が続く。日中は半袖でもいいほどの暖かさで、南国ののびやかな雰囲気に心ものびのびする。
沖縄の楽しみは食べ物。まずゴーヤ・チャンプルーと、ヘチマの味噌煮と、ソーキそば。それから小ぶりのオレンジに似たタンカンを買ってみた。外皮が汚い方が熟しておいしいそうだ。丸いドーナツ、サーターアンダーギーの揚げたても、うっちん茶によく合って、おいしかった。「うっちん」はウコン、つまりターメリックのことで、カレー風味のお茶だ。空港で食べたサトウキビ味のブルーシール・アイスクリームで以上終わり。

チョコレート (2007/02/09)

チョコレートが目につく季節だ。私は、チョコレートはあまり好きではないが、秋の夕暮れ、ストックホルムのカフェで飲んだホット・チョコレートは実においしかった。あちらの湿気が少ない気候によく合っていたのだろう。日本では、世界中の食物が輸入されているが、やはり現地で味わうのが一番だと思う。

グリーンスリーブス (2007/02/06)

「Greensleeves」は、16世紀のイギリス、エリザベス一世の時代に流行したという古い歌だが、きれいなメロディーで今も演奏される。
ある男性が、「緑の袖のドレスが似合うあなたへ」と呼びかけて、恋する女性への想いを歌うもので、そのロマンティックな雰囲気をうまく作品に取り入れているのが、Alison Uttleyの「A Traveller in Time(時の旅人)」だ。
ところが、原詩を調べてみたら、「上等なスカーフ、最高級のペチコート、宝石、金の縁どりの絹の上着、真珠を飾った金のベルト、真っ赤な絹の靴下、真っ白な靴、袖がふわっとした緑のドレス、金の房飾りがついた靴下止め、それに馬に、召使」など、贈った物を、こと細かに並べたてた挙句、「こんなに散財したのに、それでもあなたはふりむいてくれない」という、なんだか現実的な歌だった。

フクロウ (2007/01/25)

フクロウを見た。こんなにたくさん近くで見るのは初めて。もこもこして愛嬌がある姿だが、ネズミや小鳥など小動物を食べる肉食動物。触るととてもやわらかいが、毛皮でなく羽なので、やっぱり鳥だ。ころっとした姿に似合わず音を立てずになめらかに飛ぶのに驚いた。さすが夜の狩人。甘えて鳴くのはギャオという感じで、いわゆるホーホーと鳴くのは警戒しているとき。またミミズクは、羽がネコの耳のように逆立っているだけでフクロウと同じ仲間だそうだ。screech owl(コノハズク)、barn owl(メンフクロウ)tawny owl(黄褐色)そして、Hedwigのsnowy owlと、いろいろな種類がいて、まるでHarry Potterの HogwarsのOwleryにいるようで楽しかった。

1・17 (2007/01/17)

今年は亥年。12年前の今日、阪神大震災が起きた。当時の小学二年生が成人式を迎えるくらい月日が経った。今日がおだやかな日でありがたい。
世界の歴史の年表に並ぶ無味乾燥な年号と事件も、起こった当時は、それぞれが、たくさんの人々が生々しくかかわったできごとだった、とふと思う。今のこの時代も、将来は歴史の一こまになるのだが。

バイオリン・コンサート (2007/01/16)

大ホールの四階まで満員の聴衆二千人。照明が消えると客席のざわめきが静まり、演奏を待ち受ける張りつめた沈黙が満ちる。次の瞬間、真っ暗な舞台にスポットライトが当たった演奏者が浮かび上がり、パガニーニの奇想曲を弾き始める。
高木和弘のバイオリンを聴きにいった。パガニーニの奇想曲5番と24番、サン=サーンスのワルツ・カプリス、ワックスマンのカルメン・ファンタジーなどキラキラした曲ばかり。
中でもショーソン作曲「詩曲」というのは、親友の妻に恋焦がれる音楽家が、旅の途中、中近東で妖術を習い、それを曲にして妻を寝取った挙句、夫に刺し殺される、というツルゲーネフの小説を曲にしたものだそうだが、これまた派手なもの。
さいわい、演奏者の軽妙な曲目解説のおかげで楽しく聴けた。
演奏が終わって外に出るとどんよりした雨模様。「妖術」にかけられて楽しんだひとときだった。

コルデコット (2007/01/12)

ランドルフ・コルデコットは、19世紀後半のイギリスの絵本作家。イギリス伝承童謡の話をふくらませて楽しい絵本にした絵本作家の先駆け。その絵は華やかではないが、じっと眺めていると、おもわずにこっとしてしまう。彼にちなんで、毎年アメリカで優れた絵本画家に与えられる「コルデコット賞」が設けられている。

成人の日 (2007/01/08)

強風と吹雪で大荒れの前日とは打って変わって穏やかな晴天の一日だった。
「成人の日」は、試験などなくすべての人が二十歳になれば無条件に祝われるという点で、最近めずらしい儀式かもしれない。二十歳といっても学生が多く、一人立ちしている人はごく少ないだろうが、親にとっては、区切りのいいこの年まで子が成長したことに感慨深いものがあるだろう。着慣れないスーツや華やかな振袖をまとって晴れやかな本人たちは、将来、この日をどんな風に思い出すのだろう。