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イギリスの旅その5:食べ物

紅茶が大き目のカップでたっぷり出てきて、必ずミルクが添えてあるのがいい。Victoria and Albert Museumのカフェは、暖炉のある優雅な部屋でハープの生演奏をやっていた。
Brown's Hotelでは誕生日の客に「Happy Birthday・・・」の演奏とロウソクを立てたケーキが運ばれていた。

fish & chipsは、お好み焼き感覚の気取らない食べ物。大きな白身魚(cod)の衣付フライに、ジャガイモの素揚げがお皿からはみ出そうに載っていた。

お洒落なデパート「Selfridges」の「salted beef」のサンドイッチには、巨大なピクルスが付いていた。

スーパーの牛乳は、取っ手付きの容器に入っている。単位は「pint」で、1pintが600ml弱だった。
赤と黄緑の小ぶりのリンゴが駅の売店でもどこでも売られている。かじるのに手ごろな大きさ。

ロンドンの王室御用達のチーズ専門店では食べごろのチーズの試食特売があった。黴に覆われものすごく熟成していた。

ロンドンのホテルの朝食は、部屋に運ばれてきた。パンと、ヨーグルトと、フルーツ盛り合わせ又はシリアルと、ジュースとミルクティー。

エディンバラのホテルの「伝統的」朝食は、焼きトマト、焼きマッシュルーム、ソーセージ、ベイクド・ビーンズ、目玉焼き、それにハギスと、茶色いものばかりだった。トーストは薄くてしっかりしていた。材料を自分好みに混ぜて作るミューズリーがあった。それにジュースとたっぷりのミルクティー。

国民詩人ロバート・バーンズの詩、「Address To A Haggis」に出てくるハギスは、ヒツジの肉や臓物にオートミールやスパイスを混ぜて蒸したスコットランドの名物料理で、カブとジャガイモのマッシュが添えられている。乾杯するのは伝統的にはスコッチウィスキー。

「Elephant House」で、ショートブレッドとミルクティーの他に、パイにマッシュポテトを添えグレービーをかけた一皿を頼んだ。fish & chipsと同様、付け合せのジャガイモに味をつけないのがイギリス流らしい。

イギリスの旅その4:スコットランド南部

スコットランドの首都、エディンバラ(Edinburgh)は、ロンドンから飛行機で一時間ほどで、少し気温が下がる。
ケルト人の砦が元で、15世紀終わりからScotlandの首都になり、その後、Englandとの抗争を経て1707年に合併した。
石造りの古い古い町並みは独特な雰囲気がある。

小説家、Walter Scott(1771-1832)、R.L.Stevenson(1850-1894)、Arthur Conan Doyle(1859-1930)の出身地でもある。
Doyleの名を冠したパブを見つけた。Scottの像があった。
特に詩人のRobert Burns (1759-1796)は、Scotland語で詩を作り、Rabbieと呼ばれ親しまれている。

岩の上に建てられたEdinburgh城は、起源を7世紀にさかのぼり、15世紀終わりからScotlandの王が住むようになった。女王Mary Stuart(1542-1587)が息子Jamesを出産した部屋が残され、「The 'Honours' of Scotland」が展示されていた。これは、幼いMaryらの戴冠に使われた王冠、王錫、王剣で、Walter Scottらが見つけ出したものである。
軍隊、Royal Scotsの資料館もあった。最初はEnglandと戦い、その後は英国軍として2回の世界大戦に従軍し、今も存在している伝統ある軍である。

城に近いカフェ、「Elephant House」で、J.K.RowlingがHarry Potterの最初の本を書いたそうだ。ゾウの形のショートブレッドが美味しかった。

Edinburghの王室の離宮、「Palace of Holyrood」では、Diamond Jubileeを記念して王室所蔵品の特別展示をやっていた。宝石類やイタリア・ルネッサンス巨匠たちの素描などが並んでいた。

城から続く大通り「Royal Mile」には、伝統衣装tartanのkilt姿の人がバグパイプの演奏をしていた。珍しい児童書の古書店「Old Children's Bookshelf」があった。

地元の新聞のスポーツ欄はサッカーの記事ばかりだった。

イギリスの旅その3:イングランド南部

ウィンザー(Winsor)は、曲がりくねった(wind)海岸(shore)が原義だそうだ。 ウィンザー城は、11世紀、ノルマンのウィリアム征服王によって建てられ、外側は歴史的建造物だが、現代の女王も週末を過ごしている現役の城である。中には歴代の王が蒐集した絵画や家具が並び、ナポレオンを倒した記念の「Waterlooの部屋」や、ガーター騎士団が創設され、毎年集う部屋もある。

バース(Bath)は、その名の通り英国唯一の温泉で、ケルト人がスリス女神を祭っていたところから古代ローマ人はアクア・スリス(スリスの水)と呼んでいた。当時、スリスはローマのミネルヴァと同一視され信仰されたそうで、女神の頭像が出土していた。町は今も薄黄色のlimestone(石灰岩)で統一されていて美しい。ロンドンからの道中、薄緑の草原にヒツジや牛がのんびりと散らばり、はるか彼方のチョークの丘には白馬が見えた。サトクリフの世界である。

先史時代の巨石の遺跡、ストーンヘンジは、草原の中にあって遠くからも良く見える。ただ石を載せてあるだけでなく刻み目を入れてはめ込んであるそうで、夏至や冬至にも関係していて確かに色々謎である。ただし大雨でじっくり見る気が起きなかった。

イギリスの旅その2:気候

イギリスは日本より少し寒いが、春の盛りだった。
木々や芝は、灰色がかった薄緑で、色とりどりの花が咲いていて、市内の公園や通りの木々も、ところどころ白や八重桜のような薄ピンクの花が満開になっていた。

雨は「shower」というだけあって、ザーッと降ってすぐ晴れる。ただし今回は、天気予報で「heavy rain」というだけあって土砂降りの日もあり、あまり傘をささない地元の人たちも折りたたみ傘をさしていた。そんな日でも夕方には雨が上がり、あまり湿気が残らない感じがした。

イギリスの旅その1

オリンピックを控えたLondonのHeathrow空港には、
「Proud to be Host Airport」とあった。
また、女王の即位60周年を祝う「The Queen’s Diamond Jubilee」の年でもあるので、王室御用達の紋章を掲げたFortnum & MasonやHatchardsには、特設コーナーができていた。
街全体が活気があるようだった。

前者では紅茶とママレードを数種類買いこんだ。
後者は英国で一番古い書店(1797年創業)で、絨毯敷きの階段に木の手すりや本棚は、店というより落ち着いた書斎という感じだった。

地下鉄の一日乗車券で市内を回った。切符を入れると少し先から出てきて、それを取ってから改札のドアが開くのが日本と違う。
「Mind the gap」の放送はいつもある。水平の隙間だけでなく、段差の場合もある。
ミュージカルを二つ観た。(WickedとBilly Elliot)
Victoria and Albert Museumは、建物もすてきだった。

広島の旅

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新幹線さくらに初めて乗ってみた。終着駅「鹿児島中央」の表示が新鮮だが、今回は広島で途中下車。

広島市の大通りのライトアップは、お城や船や汽車など多彩だった。

広島市に近い宮島は古代から島そのものが神として信仰され、12世紀の平安時代末に平清盛が厳島神社(いつくしまじんじゃ)の社殿を造営した。干潮後、ひたひたと潮が満ちてきて大鳥居や回廊が水に浸る眺めは印象的た。

神社奥の紅葉谷公園では、紅葉の絨毯を子鹿が歩いていた。

蔵王とコキア

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山形市内の蔵王温泉に行った。大きなロープウェイで鳥兜(とりかぶと)山頂に登り、そこから一時間ほどかけてドッコ沼まで散策した。

翌日は早朝に露天風呂へ。木々に囲まれた青空の下、源泉が流れる音が聞こえ、強酸性のにごり湯の硫黄のにおいが独特な雰囲気だった。

蔵王温泉から別のロープウェイで地蔵山頂に。そこから熊取岳、馬の背、お釜の横を歩いて宮城県側の刈田岳に出た。霧で何も見えなかった。下るときの蔵王エコーラインからの紅葉はなかなか綺麗で、山頂の霧が信じられないほどだった。

茨城県の「ひたち海浜公園」はコキアが真っ赤だった。コキアは、和名「ホウキグサ」といい枝を束ねて箒にしたそうだ。赤くなるのは茎らしい。遠くからは見栄えがする。

遠鉄

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天竜浜名湖鉄道は、静岡県西部の浜名湖に沿って緑の中をのんびり走る。途中の西鹿島(にしかじま)駅で遠州鉄道に乗り換えてみた。こちらは赤が主体の二両編成で立ち姿からシャキッとしていると思ったら、本数も多く住宅地の中を走る現役電車だった。「天浜線」ののどかな風情とは正反対。30分ほどで終点の新浜松駅に着いた。

能登半島

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7月半ばに石川県能登半島に行った。半島の東側、七尾湾に囲まれた能登島(のとじま)のガラス美術館は、銀色の宇宙船のような建物だった。清朝の色ガラスや、ダリのデザインによるふにゃふにゃ時計が面白かった。近くの和倉温泉泊。

半島の西側の巌門(がんもん)は岩に穴が開いていて小舟なら通ることができるそうだ。岩と海の風景はなかなか雄大だった。

千里浜(ちりはま)は、長い海岸線が続くのどかな海水浴場だが、その砂浜を車が走る珍しいところだった。

日本海を背景にしたこのあたりの風景は、照りつける真夏の明るい太陽の元でも厳しさや荒々しさが強く感じられた。

日本のオリーブ

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香川県の小豆島(しょうどしま)は、60年以上前に日本で最初にオリーブの芽が出たところだ。遠洋漁業で獲れた魚を保存するため、油浸けにして缶詰にする方法を海外から学んだ日本人は、教えられたとおり「オリーブ油」でなければいけないと思い込み、日本でオリーブの栽培を試みたのだそうだ。

オリーブの木は、実を手で摘みやすいように背の高さを揃えて剪定するため、遠くから見ると新しい木と古い木の区別がつかないが、古い木は幹が太くてねじれていて風格があった。葉も幹も白っぽく緑がかった地中海原産のオリーブの木々が、瀬戸内海を背景に、しっかり根づいて並んでいるのは、なかなか珍しい光景だった。

ちょうど花が咲く季節で、白くて小さな花が満開になっていた。