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「ピーター・パン」

永遠の子どもピーター・パンは乳歯のままで、生意気でうぬぼれや。過去はすぐ忘れてしまう。

妖精ティンカー・ベルは、ポットやヤカンを修理するから「鋳かけ屋(tinker)」の名がある。葉脈のドレスを着て少し太め。美しいベルの音で会話。ネバーランドの地下の家にある部屋には、妖精界のブランド家具が揃っている。妖精は赤ちゃんが初めて笑ったときに生まれ、その子が妖精を信じなくなると死んでしまうという。

海賊の親分フックは、ハンサムだが青白く忘れな草色の目をしている。悲運のスチュアート家似の顔立ちと言われたことがあるので、メアリ・スチュアートの曾孫のチャールズ二世風の衣装を着ている。実はパブリックスクールで学んだので、良いふるまい(good form)ができるかどうか常に気にしている、

ネバーランドで、鳥とピーターがことばが通じなくて互いにいらいらする場面は妙に現実的だ。こういう世界では動物とも会話ができそうな気がするのに・・・。

大人の作者の視点で書かれていて、全体に夜の夢というか、一部悪夢のような不思議な雰囲気の本だ。

'Peter Pan' J.M.Barrie 1911

key

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「key」には、「鍵」の他に「カエデの翼果」の意味がある。
アリソン・アトリー作「西風がくれた鍵」では、まさにカエデの翼果が鍵になって、少年がカエデの樹の秘密の扉を開けて中を見ることができる。

小豆島の名所、寒霞渓(かんかけい)に、立派なカエデの木があって、翼果がいっぱい成っていた。緑の葉の間に、先端が赤い二枚羽の翼果が今にも飛び出しそうに付いていた。なるほど、これなら「鍵」になりそう・・・と、瀬戸内海の島々の見晴らしよりも、この「key」に喜んでしまった。

「The Ship that Flew」

ピーターが買った小さな船は、実は北欧神話に登場する魔法の船だった。折りたたんでポケットに入るほど小さいのに、この世のどこへでも、そして過去の時代のどこへでも、何人でも連れて行ってくれる。同時に、髪や肌の色や服装もその時代に相応しく変わり、ことばも通じるようになる。ピーター以下、四人兄妹が望んだ行き先は、母が入院している病室の他は、北欧神話の神々の住みかや、ノルマン征服時代のイングランド、古代エジプト、ロビンフッドの時代と、いかにも当時のイギリスの子どもたちが興味を持ちそうなところだ。

「バイユーのタペストリー」は、ノルマンディー公ウィリアムのイングランド征服を刺繍で描いた作品だが、以前はウィリアムの妻マチルダが寄進したとも伝えられていた。物語の中では、そのマチルダを名付け親に持つ少女マチルダが現代(ピーター兄妹の時代)にやって来る。彼女は、自分の時代に父が建てた石造りの教会が古びながらも残っているのを見て、その修繕費用を集めるバザーに、得意の刺繍の小袋を作って出品する。12世紀の古い刺し方で、今作られたばかりの素晴らしい作品に、現代の人たちは驚き、競りの値段が釣り上がっていく。

本筋には関係ないのだが、二人のご婦人が競りをする場面で、一人が「○○ポンド!」と値段を言うと、もう一人は「ギニー!(Guineas!)」とだけ言う。この作品が書かれた1939年に、まだ謝礼などに使われていたギニー金貨(Guineas)は、ポンドの1.05倍の価値だったので、そう言うだけで値段を釣り上げる意味になったわけだ。

また、「black eye」に、「殴って黒あざになる」と文字通り「黒い瞳」をかけたり、「Middle Ages(中世)」と「middle-aged(中年)」を間違えたりするところは訳せない面白さだ。

「The Ship that Flew」by Hilda Lewis(1939)

リッキ・ティッキ・ターヴィ

「Rikki-tikki-tavi」というマングースが、恐ろしいコブラの夫妻と死闘をを演じ、ついにやっつける話が「ジャングルブック」の中にある。この名は、彼の戦いの雄叫び(long war-cry)'Rikk-tikk-tikki-tikki-tchk!'から来ていて、声に出して読むととても調子がいい。残念ながら日本語で書くと「リッキ・ティッキ・ターヴィ」のようになり間延びしてしまうが・・・。
また、彼のおくびょうな友、musk-ratの名前「Chuchundra」もネズミっぽい感じで面白い。

'Rikki-tikki-tavi' from「The Jungle Book」by Rudyard Kipling

トナカイの名前

 Clement C. Mooreが19世紀初めに作った詩、「The Night Before Christmas」には、空からソリに乗ってきて家の煙突から入り、靴下に贈り物を入れてくれる陽気なSaint Nicholasの姿が描かれている。この詩から、今のアメリカのサンタクロースのイメージが確立したそうだ。ただし赤い服は着ていない。
 ソリをひく8頭のトナカイの名前は、
「Dasher,Dancer,Prancer,Vixen,Comet,Cupid,Donder,Blitzen」
となっていて、20世紀に作られた「Rudolph the Red-Nosed Reindeer」の歌に使われている。ちなみに日本語の「赤鼻のトナカイ」には、8頭どころか主人公「Rudolph」の名前さえ出てこない。

Queens

「A Traveller in Time(時の旅人)」の主人公ペネロピーは、20世紀初頭のロンドンから母方の伯父伯母が住むダービシャーの古い屋敷にやってきて、16世紀後半の過去に入り込んでしまう。
そこで女王様に会ったかと聞かれ、「会ったことはないけれどドレスは豪華だと聞いたわ」と答える。実は、過去の世界はエリザベス女王(一世)の時代、主人公の時代はヴィクトリア女王なのだが、会話が成立しているのが面白い。両方ともイギリスが繁栄した時代だ。

('A Traveller in Time' by Alison Uttley)

「グレイラビットと、旅するハリネズミ」

 働き者のグレイラビット(Grey Rabbit)は、ノウサギ(Hare)とリス(Squirrel)と一緒に住んでいる。
トウシンソウの芯を蜜ロウに浸したロウソクを灯りにし、水は泉から汲んで、小枝を燃やして料理をし、ハーブをお茶にし、落穂を挽いてパンを焼く。それは「作者が慣れ親しんだいなかの暮らし方」である。
 たくさんのシリーズがあるが、この本では、冬を前にグレイラビットが、ハリネズミ、モグラ、水ネズミなど小さな生き物たちから少しずつ色々な色の布を集めて「旅するハリネズミ」にパッチワークのコートを作ってあげる。ときには恐ろしいフクロウも一役買う。キノコを焼く匂い、ナイチンゲールの鳴き声も聞こえてくる。


Alison Uttley作「Grey Rabbit and the Wondering Hedgehog」

「イギリスの古い農家のレシピ」

 Alison Uttley著「Recipes from an Old Farmhouse」という本を見つけた。19世紀後半のイギリスの農場に古くから受け継がれてきた料理が集められているが、作者の母の手書きのノートが元になっていて、当時でも古めかしいものだったそうだ。
 作者の幼い頃、料理といえば、味見をしたりいい匂いをかぐのが楽しみだったが、母や手伝いの娘にとっては重労働だった。
 とにかく一度につくる分量が多かった。店が近くになかったし、来客のためにもいつもたっぷり保存してあったし、友人宅の訪問にもケーキ、ジャム、肉のペースト、クリームなどを持参した。作者が子どもの頃、50人の同級生をいきなり連れてきたときにも、皆のお茶に間に合うだけの食料がたっぷりあったほどだ。

たとえば・・・
・全粒粉のお粥は、温めた牛乳と砂糖をかける。オートミールと同じだが、水を加えてオーブンに入れ何と三日間かかる。
・北欧神話の雷神トールの名がついているトールケーキは、ガイフォークスデイの夜、野外で食べる。
・たくさんの庭のリンゴを皮も芯も丸ごと水と砂糖を加えて煮て濾して緑色のピューレーにする。
・紅色のフキのようなルバーブのジャムにマーマレード、イースターのホットクロスバンズもつくる。
・スコーンは簡単なので小さい頃に母に教わったそうだ。一番素朴なつくり方の材料は、粉とバター、塩、ベーキングパウダーにサワーミルクかバターミルク。作者の母のはバターが多めで卵が入る。どちらも砂糖が入らないのが私好みで身近に感じたが、「ベーキングパウダーはもちろん自家製」とあって驚いた。
・カウスリップワインは黄色くてシェリーに似た味わいだそうだ。bilberry(コケモモの一種か)のサマープディングが作者のお気に入りだそうだが、どちらも摘むところから始まる。
・その他、自家製の薬も多かったし、庭のハーブは様々に使われる。

 いずれも決して洗練され繊細なものではないが、素朴で質実剛健な農家の暮しが感じられた。ナルニアの挿絵を描いたPauline Baynesの挿絵も魅力的で、ところどころに作者の思い出もある楽しい本だ。

ゾゾ

 プーとコブタが、怖いけれど見たいと思っている「ゾゾ」は、「Heffalump」。ホビット族のサムが、実物を見て感激するのは、「Oliphaunt」。
「elephant」は幼児には発音しにくいことばなので、色々な言い間違いから新しいことばが生まれるのだろう。
 ところが、日本語の「ゾウさん」は、幼児にも親しみやすいことばだ。こういう場合の訳も難しいと思う。

(「Winnie-The-Pooh」)
(「The Lord of the Rings:The Two Towers」)

ニケア

 イギリスがローマ帝国に統治されていた時代を舞台にしたサトクリフの歴史小説の一つ「銀の枝」の主人公の一人、ジャスティンの出身地ニケアは、どこだろう?
 岩波少年文庫の訳注には、「小アジア半島の都市」とある。彼の最初の赴任地がユダヤだから近いので、それで問題ないと思っていた。確か宗教会議があったところだと思う。
 ところが原書を読むと、本人が「ニケアです、南ガリアの」と言っている。南ガリアならフランスだ。ちなみに日本語訳では「南ガリアの」はカットされていた。
 辞書によるとニケアには、フランスの都市ニースの意味もあるらしい。これなら、南ガリアでつじつまがあう。こんな小さな発見が、日本語訳があるのにわざわざ原書を読む楽しみの一つだ。

(「The Silver Branch」Rosemary Sutcliff)