記事一覧

方丈

アップロードファイル 684-1.jpg

下鴨神社の摂社、河合神社には鴨長明が住んだ「方丈」が復元されている。

その立て札によれば・・・
鴨長明は、12世紀中頃に下鴨神社の禰宜(ねぎ)の次男として生まれた。和歌に秀でたが、50歳で出家し大原に隠遁した。その後、あちこち転々としたあげく随筆「方丈記」を書いた。

「方丈」とは、彼が住んだ3メートル四方の解体組立が容易な移動式住居で、21年ごとの式年遷宮により社殿が造り替えられる下鴨神社の自由な建築様式にヒントを得たものだそうだ。

葵祭2017

アップロードファイル 683-1.jpgアップロードファイル 683-2.jpgアップロードファイル 683-3.jpgアップロードファイル 683-4.jpg

葵祭は、1400年前に始まったといわれる上賀茂神社と下鴨神社の例祭で、毎年5月15日に行われる。

総勢500人以上の王朝風俗の行列が1Kmにわたって進む「路頭の義」の後、「走馬の儀(そうめのぎ)」を見た。これは、平安装束の乗り手が、袖を風になびかせながら馬を疾走させるもので、乗り手は褒美として神からの五色の布を賜り、肩にかける。

糺の森(ただすのもり)の新緑の木陰は目にも身体にも爽やかだった。

初秋の京都観光

アップロードファイル 637-1.jpgアップロードファイル 637-2.jpgアップロードファイル 637-3.jpgアップロードファイル 637-4.jpgアップロードファイル 637-5.jpg

JR京都駅からバスで百万遍へ行き、吉田山の茂庵、銀閣寺、哲学の道、野村美術館、南禅寺の山門、疎水沿いに東山から地下鉄で京都駅に戻るという一日コース。紅葉が少し色づいていた。

祇園祭2016

アップロードファイル 623-1.jpgアップロードファイル 623-2.jpgアップロードファイル 623-3.jpg

祇園祭の後祭(あとまつり)山鉾巡行を見に行った。
信号機の向きを変えたり、交通整理をしたりといった道路の準備のほか、小さめの山を担いで何度も回ったり、大きな山鉾の辻回しのときに、竹を並べたり水をかけたり、もちろん山鉾を引いたりと縁の下の力持ちがいろいろ大変だった。

京都文化博物館の「ダリ版画展」は、祇園祭の余韻が一瞬吹っ飛ぶ強烈なダリの世界だった。日本の昔話を題材にしたものが数点あったが、花咲かじいさんや六地蔵が何だかハイカラだった。

西と東

アップロードファイル 615-1.jpgアップロードファイル 615-2.jpgアップロードファイル 615-3.jpg

JR京都駅の北に、親鸞を祖とする浄土真宗の西本願寺と東本願寺が隣り合っている。どちらも立派な現役のお寺だった。

葵祭

アップロードファイル 610-1.jpgアップロードファイル 610-2.jpgアップロードファイル 610-3.jpgアップロードファイル 610-4.jpgアップロードファイル 610-5.jpg

葵祭はおよそ1400年前に始まったといわれ、毎年5月15日に行われる。

平安装束の総勢500人以上が、京都御所から下賀茂神社を経由して上賀茂神社へと進む「路頭の儀」、下賀茂神社で行われる「走馬の儀」、それに奉納狂言の「神鳴(かみなり)」を途中から見た。
葵の葉や「糺の森(ただすのもり)」の新緑がきれいだった。

続:京都観光

アップロードファイル 605-1.jpgアップロードファイル 605-2.jpgアップロードファイル 605-3.jpgアップロードファイル 605-4.jpgアップロードファイル 605-5.jpg

松尾大社の山吹と梅宮大社の桜、どちらも酒造りの神。
イノダ本店と四条河原町の大理石の像みたいな人と祇園の舞妓さん。
仁和寺の御室桜(おむろざくら)と太秦(うずまさ)映画村。

京都観光

アップロードファイル 598-1.jpgアップロードファイル 598-2.jpgアップロードファイル 598-3.jpgアップロードファイル 598-4.jpg

平安神宮の左近の桜と神苑(しんえん)、
一条戻橋(いちじょうもどりばし)晴明神社、
嵐電で車折(くるまざき)神社と仁和寺(にんなじ)。

必要最低限の線

アップロードファイル 571-1.jpg

京都国立近代美術館で、フランスのアンリ・マティス(1869-1954)の素描を見た。「ブルガリアン・ブラウス」や、マラルメ詩集の挿絵など、さっとひかれた単純な必要最低限の線で、豊満な女性の姿や、細かいブラウスの刺繍が生き生きとあらわされていた。
「色彩の魔術師」と言われる画家だが、素描も魅力的だった。

祇園祭後祭(あとまつり)

アップロードファイル 552-1.jpgアップロードファイル 552-2.jpg

去年から復活した後祭の山鉾巡行を、京都市役所前で見た。
北観音山、南観音山など山の最後に唯一の鉾、大船鉾が進む。
辻回しで、「よーいとせー」の掛け声がかかってもなかなか曲がれない山があった。木で組み上げられていて、人力でゴトン、ギシギシと動く山鉾の重さを実感した。

ページ移動