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初秋の京都観光

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JR京都駅からバスで百万遍へ行き、吉田山の茂庵、銀閣寺、哲学の道、野村美術館、南禅寺の山門、疎水沿いに東山から地下鉄で京都駅に戻るという一日コース。紅葉が少し色づいていた。

祇園祭2016

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祇園祭の後祭(あとまつり)山鉾巡行を見に行った。
信号機の向きを変えたり、交通整理をしたりといった道路の準備のほか、小さめの山を担いで何度も回ったり、大きな山鉾の辻回しのときに、竹を並べたり水をかけたり、もちろん山鉾を引いたりと縁の下の力持ちがいろいろ大変だった。

京都文化博物館の「ダリ版画展」は、祇園祭の余韻が一瞬吹っ飛ぶ強烈なダリの世界だった。日本の昔話を題材にしたものが数点あったが、花咲かじいさんや六地蔵が何だかハイカラだった。

西と東

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JR京都駅の北に、親鸞を祖とする浄土真宗の西本願寺と東本願寺が隣り合っている。どちらも立派な現役のお寺だった。

葵祭

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葵祭はおよそ1400年前に始まったといわれ、毎年5月15日に行われる。

平安装束の総勢500人以上が、京都御所から下賀茂神社を経由して上賀茂神社へと進む「路頭の儀」、下賀茂神社で行われる「走馬の儀」、それに奉納狂言の「神鳴(かみなり)」を途中から見た。
葵の葉や「糺の森(ただすのもり)」の新緑がきれいだった。

続:京都観光

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松尾大社の山吹と梅宮大社の桜、どちらも酒造りの神。
イノダ本店と四条河原町の大理石の像みたいな人と祇園の舞妓さん。
仁和寺の御室桜(おむろざくら)と太秦(うずまさ)映画村。

京都観光

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平安神宮の左近の桜と神苑(しんえん)、
一条戻橋(いちじょうもどりばし)晴明神社、
嵐電で車折(くるまざき)神社と仁和寺(にんなじ)。

必要最低限の線

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京都国立近代美術館で、フランスのアンリ・マティス(1869-1954)の素描を見た。「ブルガリアン・ブラウス」や、マラルメ詩集の挿絵など、さっとひかれた単純な必要最低限の線で、豊満な女性の姿や、細かいブラウスの刺繍が生き生きとあらわされていた。
「色彩の魔術師」と言われる画家だが、素描も魅力的だった。

祇園祭後祭(あとまつり)

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去年から復活した後祭の山鉾巡行を、京都市役所前で見た。
北観音山、南観音山など山の最後に唯一の鉾、大船鉾が進む。
辻回しで、「よーいとせー」の掛け声がかかってもなかなか曲がれない山があった。木で組み上げられていて、人力でゴトン、ギシギシと動く山鉾の重さを実感した。

ルーブルの風俗画

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京都市美術館に「ルーブル美術館展」を見に行った。
「日常を描く」と題して16世紀から19世紀までのヨーロッパの風俗画が集められていた。
17世紀レンブラントの「『聖家族』または『指物師の家族』」と
フェルメールの「天文学者」、
19世紀ドラクロワの「鍛冶屋」と
ミレーの「箕(み)をふるう男」が良かった。

お雛様の飾り方

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京都市中京区の丸平文庫「丸平代々の雛人形展」に行った。
様々な種類の雅なお雛様が飾られていて、色々お話があった。
京都では、向かって右側に男雛を飾る。
昔は「左」が格が上だったので、男雛(帝)と女雛(后)が並ぶ場合、格上の男雛が左側になった。

また「右近の橘、左近の桜」でも、左が格上なので桜(元は梅らしい)が男雛に付随し、橘は、実をつけるので子孫ができる象徴、つまり女雛に付随する。

それが、明治時代に西欧に倣って天皇皇后の立ち位置が逆転したので、お雛様も東京をはじめ全国的に逆な並べ方が主流になったそうだ。長年の疑問が一つ解決した。

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