Tolkienは、1944年11月に次のような描写の後に初めてミナス・ティリスの下絵を描いた。「『巨大な』『一つ目巨人Cyclosのように巨大な』同心円をなす幾重もの壁。実際それは小山ほどの大きさの要塞であり街である。七重の壁の7-6-5-4-3-2-1の門を通ってから『白の塔』に着く。」ここにのせた絵は、都の精密な描写として描き始められたが、Tolkienは、石造りの壁や建物をグレーで塗り始めたところで止めてしまった。おそらく頭の中でイメージした絵が変わったからであろう。出版された「The Lord of the Rings」第五巻第一章にあるミンドルイン山の「突き出した膝」の上に作られているミナス・ティリスは、この絵にはまだあらわれていない。手書きの題名は、古英語と古ノルウェー語で「石の都」を意味することばと、それをもう一度エルフのtengwar文字で書いたものである。
☆Minas Anor(太陽の塔)が Minas Tirith - the Tower of Guard(守護の塔)と名前を変えられた。