「巨大な防壁の上で」

「俺がララゲのためにローマを去ったとき

リミニへ続く軍団の道のそばで

彼女は誓った。彼女の心は俺のもの、

俺と俺の盾とともにリミニへ行くと -

(ワシがリミニから飛び去るまで)

そして、俺はブリテンを歩き、俺はガリアを歩いた

黒海の岸では雪が舞ったが、それは

ララゲのうなじのように白く -

ララゲの心のように冷たかった!

そして俺はブリテンを失い、ガリアを失った」

(その声はとても陽気に聞こえた)

「そして俺はローマを失い、何より悪いことには

ララゲを失った!」

二人が「遠い森」に入る門のそばに立っているとき、その歌が聞こえた。二人は何も言わずに、秘密の抜け穴へ急ぎ、垣根をもぞもぞとくぐり抜けると、パックの手からえさをついばんでいるカケスの上に危うく乗るところだった。

「静かに!」とパックが言った。「何を探しているのか?」

「パルネシウスだよ、もちろん」とダンが答えた。「僕たち、昨日やっと思い出したんだ。フェアじゃないよ」

パックは立ち上がりながらくすくす笑った。「悪かった。だが俺とローマの百人隊長とともに午後を過ごす子どもたちは、家庭教師とお茶に帰る前に落ち着かせる一服の魔法がいるのだよ。おおい、パルネシウス!」と彼は呼びかけた。

「こっちだ、フォーン!」とヴォラテレから返事があった。カバの木の又に青銅のよろいのきらめく光と大きな盾を親しげに持ち上げる輝きが見えた。

「俺は、ブリトン人を追い払った」とパルネシウスは少年のように笑った。「彼らの高い砦を占拠している。だがローマは慈悲深い! 上ってくるがいい」そこで三人は押し合いながら上った。

「さっき歌っていたのは何の歌?」とユナが、腰をおろすとすぐに言った。

「何だと? ああ、『リミニ』だ。帝国のどこかでいつも生まれる歌の一つだ。そういうのは六ヵ月か一年くらい伝染病のように流行する、それから別のが軍団を楽しませる、それからそれに合わせて行進する」

「行進のことを話してやれ、パルネシウス。今ではこの国の端から端まで歩く者はほとんどいない」とパックが言った。

「それは大きな損失だ。足を鍛えていれば『長距離歩行』は何よりもよい。霞がかった頃から歩き始め、日没後一時間くらい後に歩き終える」

「何を食べるの?」ダンが、すぐさま聞いた。

「厚いベーコン、豆とパン、それに休憩所にあれば、どんな葡萄酒でも。だが兵士は生まれながらの不平屋だ。出発した最初の日、俺の部下たちは水車で挽いたブリテンの麦に文句を言った。それは、ローマの牛の製粉所の麦のように荒くないので腹がふくれないというのだ。だが、彼らは、それを取ってきて食べるしかなかった」

「取ってくるの? どこから?」とユナが言った。

「鍛冶場の下に新しくできた水車小屋からだ」

「それって鍛冶場の水車小屋 - 私たちの水車小屋よ!」ユナがパックを見た。

「そうだ、君たちのだ」パックが口をはさんだ。「あれは、どのくらい古いと思うか?」

「分からない。リチャード・ダリングリッジ卿が、あれのこと言っていなかった?」

「言っていた。あれは、彼の時代でも古かったのだ」とパックが答えた。「何百年か古かったのだ」

「俺の時代には新しかった」とパルネシウスが言った。「部下たちは、かぶとの中の粉を、まるで毒ヘビの巣ででもあるかのように見ていた。彼らは、俺の忍耐力を試すためにやったのだ。だが、俺は - 彼らに話しかけ、俺たちは友だちになった。実を言えば、彼らが『ローマ式ステップ』を教えてくれたのだ。ほら、俺は早足で行進する外人部隊としかいたことがなかっただろう。軍団の歩く速度はまったく違う。大またでゆっくりと歩き、それは日の出から日没まで変わらない。『ローマのレース(競争)はローマのペースで』と、ことわざに言うとおりだ。8時間に24マイル(38,4Km)、それより多くも少なくもなく。頭と槍を上げ、盾を肩に背負い、胴よろいの首元を、手のひら分だけ開けて - そのようにしてワシの旗印を掲げてブリテンを渡っていくのだ」

「危ない目や、わくわくすることに出会った?」とダンが言った。

「防壁の南側では、何もない」とパルネシウスが言った。「俺が出くわした最悪のことは、北の行政官の前に出なくてはならないことだった。そこでは放浪する哲学者がワシの軍団をあざ笑った。俺は、その老人がわざと俺たちの行く手を邪魔していると示すことができた。それで行政官は、老人の本から引用したのだと思うが、老人がどんな神々を信じていようと、皇帝には相応の敬意を表さなくてはならないと命じた」

「あなたはどうしたの?」とダンが言った。

「歩き続けた。なぜ俺がそのようなことを気にしなくてはならないのか、俺の任務は駐屯地に着くことなのに? 着くのに二十日かかった。

「もちろん、北へ行けば行くほど道は人通りがなくなる。ついに森が開けたところに出て、むき出しの丘を登った。そこは、かつては俺たちの街だったところの廃墟で、オオカミが遠吠えしていた。もう、かわいい娘はいない。父の若い頃を知っていて、滞在するように誘ってくれる陽気な行政官はいない。神殿や途中の駐屯地では、野生の獣の悪いうわさしか聞かない。そこは、狩人や、円形野外競技場のための獣をワナで捕らえる者に出会うところだ。彼らは、鎖でつながれたクマや、口輪をしたオオカミをせかしていた。乗っているポニーはおびえ、部下たちは笑った。

「家々は、庭のある邸宅から灰色の石の見張りの塔と大きな石壁のヒツジ小屋がある閉ざされた要塞に変わる。それらは、武装した北方のブリトン人によって守られている。むき出しの石の家の向こうに不毛の丘が広がり、雲の陰が突撃する騎兵のように動いている。鉱山から黒い煙があがっているのが見える。硬い道が延々と続き、かぶとの尾の飾りを通って風が歌い ー 忘れられた軍団や総督たちの祭壇や、神々や英雄たちの壊れた像や、何千という墓のそばを通っていく。そこから山のキツネや野ウサギが俺たちを覗いている。夏には灼熱のごとく、冬には凍りつく、それは、壊れた石の広い紫のヒースの土地だ。

「ちょうど世界の果てに来たと思ったとき、見渡せる限り遠い東から西へ渡る煙が見える。それから、その下に、やはり見渡せる限りの幅に、家や神殿や店や劇場や兵舎や穀物倉が、サイコロのように少しずつ散らばっていて、その後ろに - 常に後ろに - 長くて低く上ったり下ったり、現れたり隠れたりしている塔の連なりがある。それが、防壁だ!」

「ああ!」と子どもたちが息をのんだ。

「ほんとうにそうだ」とパルネシウスが言った。「若い頃からワシの軍団に所属してきた老人が、帝国で、防壁を初めて見るほどすばらしいものはないと言うのだ!」

「それって、ただの壁なの? 庭の菜園を丸く囲ってるような?」とダンが言った。

「違う、違う!『防壁』(the Wall)だ。一番上には、見張り小屋がある塔や、小さい塔が、あいだを空けていくつもある。見張り小屋と見張り小屋のあいだの一番狭いところでも盾を持った者が三人並んで歩ける。男の首までくらいの低い幕壁が、厚い防壁の上に沿ってついているので、遠くからでも豆粒のように行ったり来たりしている見張り兵のかぶとが見える。防壁は、高さ9メートルあり、北の方、ピクト族の側には、木の中に古い刀や槍の穂先をところどころに立て、鎖でつないだ何層もの車輪も置いた溝がある。小さな人々は、矢じりにするため鉄を盗みにやってくる。

「だが、防壁それ自体は、その下の街よりはすばらしくはない。ずっと昔、南側に大きな胸壁と溝があり、誰もそこに住むのを許されなかった。今では胸壁は一部引き倒され、その上に、壁の端から端まで長さ80マイル(126km)の幅の狭い街がつくられた。それを考えてもごらん! 西のイトゥナから寒い東海岸のセゲドゥヌムまでが、一吠え、一騒動、闘鶏、オオカミのワナ、競馬のある一つの街なのだ! 片方の端は、ピクト族が隠れるヒース、森、廃墟で、もう片方は、広大な街 - ヘビのように長く、ヘビのように悪賢い。そうだ、暖かい壁に沿ってヘビが寝そべっているのだ!

「俺の歩兵隊はフンノ(オナム)にあると言われていた。そこは、北方へ行く大きな道が防壁を通ってバレンシア州に向かっている」パルネシウスは軽蔑するように笑った。「バレンシア州! そこで俺たちは道路に沿っていってフンノの街に入って、びっくりして立ちつくしていた。そこは、品評会 - 帝国のすみずみからの人種の品評会だった。馬を駆るものがいたり、座って葡萄酒を売るものがいたり、犬がクマをおびきよせるのを見ているものがいたりしたが、溝に集まって闘鶏を見ているものがたくさんいた。俺よりたいして年上ではないが将校だと分かる若者が、俺の前で手綱を引いて、何が希望かとたずねた。

「『俺の駐屯地』と俺は答えて盾を見せた」パルネシウスは幅広の盾を持ち上げて見せた。そこには、ビール樽の上の文字のように三つのⅩがついていた。

「『幸運の前兆だ!』と彼が言った。『君の歩兵隊は、俺たちの隣の塔にある、だが皆、闘鶏に出かけている。ここは楽しい場所だ。ワシを濡らしに行こう』彼は、いっぱいおごろうと申し出たのだ。

「『部下を引き渡してから』と俺は言った。怒りと恥ずかしさを感じていた。

「『ああ、その種の無意味な考えはすぐになくなるさ』と彼が答えた。『だが、君の希望に邪魔をさせないでくれ。ローマの市の女神の像のところに行け。見そこなうはずはない。バレンシアへの主要道路だからな!』そして彼は笑って言ってしまった。400メートルも行かないうちに像があった。そこへ行った。ある時期、北方へ行く大きな道がその下を通ってバレンシアに続いていたが、その遠くの方がピクト族によって封鎖されていた。しっくいの上に『終わり!』とひっかいてあった。俺たちは洞窟の中を行進しているようだった。俺たち、三十人の小さな集団は、いっせいに槍で地面を打った。それはアーチ型のたるのような中に反響したが誰も来なかった。片側に、俺たちの軍団の数が書いてある扉があった。そこに入り込むと料理人が寝ていたので、食料を出せと命じた。それから俺は防壁のてっぺんに上って、ピクト族の土地を見渡した。で俺は - 思った」とパルネシウスが言った。レンガで塞がれ、しっくいで『終わり!』と書いてあるアーチは、とてもショックだとな。俺はほんの子どもだったんだ」

「なんて残念だったんでしょう!」とユナが言った。「でも、あなたは、うれしかったの? よい -」ダンが、ひじでつついてユナを止めた。

「うれしかったと?」とパルネシウスが言った。俺が命令する歩兵隊の部下が、かぶともかぶらず、わきに鶏をかかえて闘鶏から戻って、俺に誰だと聞いたときにか? いや、うれしくなかった。だが、俺の方も、新しい歩兵隊の部下たちの気を悪くさせた・・・ 俺は、母への手紙に幸せだと書いた、だが、おお、友よ」彼は、むきだしのひざのうえに両腕を伸ばした -「俺が防壁での最初の月日にこうむった経験は、最悪の敵にも経験してほしくないほどだ。覚えておいてほしいのだが、将校の中で、以前に何か間違いや馬鹿なことをしでかしてこなかった者は俺以外ほどんど誰もいなかった。(そして俺は、総督マキシムスの不興をかったと思っていた。)人を殺したり、金を取ったり、行政官を侮辱したり、神々を冒とくしたりしたものは、恥や恐れからの隠し場所として防壁に送られた。それも将校としてだ。これも覚えておいてほしいのだが、防壁は、帝国のあらゆる血筋と民族が配置されていた。どこの二つの塔でも同じ言語が話されることはなく、同じ神々を祭ることはなかった。一つのことだけが、俺たちは皆平等だった。防壁に来る前、どんな武器を使っていようと、防壁の上では、皆スキタイ人のように弓を射た。ピクト人は弓から逃げることはできないし、その下をはうこともできない。彼ら自身が射手だから、それを知っているのだ!」

「あなたは、ずっとピクト人と戦っていたんでしょうね」とダンが言った。

「ピクト人はめったに戦わない。半年間、戦うピクト人を見たことがなかった。従順なピクト人が言ったが、戦う者は皆北方へ行ってしまったそうだ」

「従順なピクト人って何?」とダンが言った。

「俺たちのことばを少し話し、防壁を越えてきて、ポニーやオオカミ狩りの猟犬を売りに来るピクト人のことだ - そういう者はたくさんいた。馬や犬や、それに友だちがいなくては、人間は破滅してしまう。神々は、この三つを与え給い、友情に勝る贈り物はない。君が若者になったときに、これを覚えておいてほしい」 - パルネシウスはダンの方を向いた。「君の運命は、君の最初の親友によって決まるからだ」

「彼が言う意味は、」とパックがにやにや笑いながら言った。「もし君が若いときに、ちゃんとしたやつになろうとすれば、大人になってちゃんとした友だちができる。ダメなやつならダメな友だちができるということだ。友情に関して、敬虔なパルネシウスの言うことを聞くがいい!」

「俺は、敬虔ではない」とパルネシウスが答えた。「だが、俺は善良さがどんなものかを知っているし、俺の友は、希望を持っていなかったが、俺より十倍もいいやつだった。笑うのは止せ、フォーン!」

「おお、若き永遠なる者であり、すべてを信じる者よ」とパックが、上の枝でからだを揺らしながら叫んだ。「君の友、ペルティナクスについて、二人に話してやれ」

「彼は、そういう、神々が使わした友だった - 俺が最初に着いたとき話しかけた若者だった。俺より少しだけ年上で、隣の塔のオーガスタ・ヴィクトリア歩兵隊とヌミディア人を率いていた。彼は、俺よりはるかに善良な人間だった」

「それなら、なぜ彼は防壁にいたの?」とユナが、すぐに尋ねた。「みんな、何か悪いことをしてきたって、あなたは言ったわ」

「彼は、父親は死んでいたのだが、ガリアの大金持ちの甥だった。そいつは、彼の母親にいつも親切であるとは限らなかった。ペルティナクスが成長して、それを知ったので、おじは、巧妙な手口と力づくで、彼を船に乗せて防壁へ追いやったのだ。俺たちは、暗闇の - 神殿の儀式で知り合った。牡牛殺しの儀式だった」とパルネシウスはパックに説明した。

「そうか」とパックは言って、子どもたちの方を向いた。「それは、君たちにはよく理解できないことだ。パルネシウスが言うのは、ペルティナクスに教会で会ったということだ」

「ああ - その洞穴で、俺たちは最初に会った。そして二人一緒にグリフォンの位に上った」パルネシウスは一瞬片手を首の方にあげた。「ペルティナクスは二年前から防壁にいて、ピクト人についてよく知っていた。最初に、ヒースの取り方を教えてくれた」

「それ何のこと?」とダンが言った。

「従順なピクト人と一緒に、ピクトの土地に狩りに行くということだ。ピクト人に招かれ、見えるところにヒースの小枝を身につけている限りは、まったく安全だ。一人で行けば、最初に沼地にはまって窒息しなければ、殺されるのは確実だ。ピクト人だけが、そういう黒く隠れた沼地のなかの道を知っている。アロじいさんは、片目の、萎びた小柄なピクト人で、彼からポニーを買ったのだが、特別の友だった。最初は、恐ろしい街から逃れて、故郷の話をするためだけに行った。それから、彼がオオカミや、ユダヤ人のロウソク立てのような角を持った大きな赤鹿の狩り方を教えてくれた。俺たちがこういうことをするのを、ローマ生まれの将校は見下した。だが、俺たちは、彼らの遊びより、ヒースの方が好きだった。俺の言うことを信じるのだ」パルネシウスは、またダンの方を向いた。「少年は、ポニーに乗っているか、鹿の後をついているかすれば、ほんとうに危険なものすべてから安全なのだ。おおフォーンよ、覚えているか」彼はパックの方を向いた。「俺が、小川の向こうのマツの森のそばに、森のパンのためにつくった小さな祭壇を?」

「どっちか? クセノフォンから引用した石造りのか?」とパックが、今までまったく聞いたことがない声で言った。

「違う。俺が、クセノフォンを知るはずないじゃないか? それはペルティナクスだ - 彼が、矢で初めて山ウサギを射た後だ - 偶然にな! 俺のは、初めてクマをしとめた記念に丸い小石でつくったものだ。つくるのに、一日かかったが楽しかった」パルネシウスは、さっと子どもたちの方を向いた。

「そうやって、俺たちは二年、防壁の上で暮らした - ピクト人との小ぜりあいが少しと、ピクト人の土地でのアロじいさんとの狩りが大部分。じいさんは、ときには俺たちを、自分の子どもたちと呼んだ。俺たちは、彼や彼の種族の異邦人が好きだった。ピクト風に模様を描くことはさせなかったがな。あの模様は死ぬまで取れない」

「どうやって、描くの?」とダンが言った。「入れ墨みたいなもの?」

「皮膚を血が流れ出るまで突き、色つき汁をすり込むのだ。アロはおでこから足首まで、青、緑、赤で模様を描いていた。彼は、それは宗教の一部だと言っていた。彼は、宗教について話してくれ(ペルティナクスはいつでもこういうことに興味を持っていた)、親しくなると、防壁の向こうのブリテンで起こっていることを話してくれた。当時は、壁の向こうでは多くのことが起こっていた。そして太陽の光にかけて」ととパルネシウスが熱心に言った。「そういう小さい人々が知らない話はほとんどなかった! 彼は、いつマキシムスが、ブリテンの皇帝となってガリアに渡ったか、どの部隊と移住者を連れて行ったかを話してくれた。防壁で、その知らせを受け取ったのは十五日も後だ。彼は、マキシムスが毎月、ガリアを制圧するために、どの部隊をブリテンから連れ出しているかを話してくれた。それで、彼が言うときにいつもその数が分かった。すばらしい! それから別の不思議なことも話そう!」

パルネシウスは、両手をひざの上で組み、頭を後ろの盾の丸みにもたせかけた。

「夏も終わりの方、初霜がはじまり、ピクト人がミツバチを殺す頃、俺たち三人は新しい猟犬を数匹連れて、オオカミ狩りに出かけた。総督ルティリアヌスから十日間の休暇を貰ったのだ。俺たちは、二つ目の防壁を越えて - バレンシア州を越えて - 高地に入り込んでいたが、そこにはローマの廃墟さえなかった。俺たちは、午前中にメスのオオカミを殺した。アロが、その皮をはぎながら、見上げて、俺に言った。「おまえが防壁の大将になったら、わが子よ、もう、このようなことはできんな!」

「俺は、低地ガリアの長官にはなるかもしれなかった。だから笑いながら言った『俺が大将になるまで待てよ』『いや、待つな』とアロが言った。『俺の忠告を聞いて、家に帰れ - 二人とも』『俺たちには家はない』とペルティナクスが言った。『それを、おまえも俺たちと同じようによく知っているだろう。俺たちに、まともな人間としての道は終わった - 俺たちは二人とも親指を下げられた。希望のない者だけがおまえたちのポニーに乗って命を賭けるのさ』老人は - 霜の夜、キツネが吠えるように - ピクト人らしく短く笑った。『俺は、おまえたち二人とも好きだ』と彼が言った。『その上、おまえたちが狩りのことを、どれほど知らないかということを、俺はおまえたちに教えた。俺の忠告を聞いて家に帰れ』

「『できない』と俺が言った。『一つには、俺は総督の不興をかっている。それに、もう一つは、ペルティナクスには、おじがいる』

「『彼のおじのことは知らん』とアロが言った。『だが、おまえの問題なら、パルネシウス、総督は、おまえのことを買っているぞ』

「『ローマの市の女神よ!』とペルティナクスが、まっすぐ座りなおして言った。『マキシムスの考えが、どうして分かるのか、老いた馬をたくみに扱う者よ?』

「ちょうどそのとき(食事をしているときに、獣たちがどれほど、忍び寄ってくるか分かるか?)大きなオオカミが、俺たちの後ろで飛び上がり、後ろで休んでいた猟犬たちを追い散らした。そいつは、俺たちが聞いたことがないどこか遠くから入り日に向かって、日没まで矢のようにまっすぐに俺たちを追ってきた。俺たちは、とうとう曲がりくねった海のなかに伸びている長い岬までやってきた。俺たちの下の灰色の岸に船が近づいてくるのが見えた。四十七隻(せき)、俺たちは数えた - ローマの軍艦ではなく、ローマの支配下にない北方の真っ黒な翼のついた船だった。男たちが船の上で動いていて、太陽が彼らのかぶとにきらめいた - ローマの支配下にない北方から来た赤毛の男たちの翼のあるかぶとだった。俺たちは見つめ、数え、いぶかしく思った。というのは、ピクト人が翼のあるかぶとと呼ぶ、これらの者たちに関してうわさは聞いていたけれども、これまで見たことがなかったからだ。

「『離れろ! 離れろ!』とアロが言った。『俺のヒースの荒野は、ここではおまえたちを守れない。俺たちは皆、殺されるぞ!』彼の足は、声と同じく震えていた。俺たちは引き下がり - 月の下のヒースの荒野を越えていった。ほとんど朝になっていて、俺たちの哀れな獣たちは、とある廃墟の上でよろめいていた。

「俺たちが目覚めたとき、からだがこわばり寒かった。アロは粉と水を混ぜた。ピクト人の土地では、村の近くでないと火をおこせない。小さい人たちは、いつも互いに煙で合図していて、奇妙な煙のことで、彼らはミツバチがブンブン言うように騒ぐのだ。彼らも、刺すのだよ!

「『夕べ、俺たちが見たのは交易所だ』とアロが言った。『交易所以外の何ものでもない』

「『すきっ腹に嘘は嫌だ』とペルティナクスが言った。『俺が思うに』(彼はワシのような目をしていた)ー 『俺が思うに、あれも交易所か?』彼は、遠い陸の上の煙を指さした。その煙は、俺たちが『ピクトの呼び声』と呼ぶかたちで上っていった - 一吹き - 二吹き:二吹き - 一吹き! 彼らは、火の上にぬれた皮を上げたり落としたりすることで、それをつくっていた。

「『違う』とアロが言って、袋の中に木の皿を戻した。『あれは、おまえたちと俺のためのものだ。おまえたちの運命は定まっている。来い』

「俺たちは従った。ヒースを取ったら、自分のピクト人に従わなくてはならない - だが、あのいまいましい煙は32キロも先で、東海岸の方だし、その日は温泉のように暑かった。

「『どんなことが起ころうと』とアロが言った。そのあいだ、俺たちのポニーは不平を言うようにうなっていた。『俺のことを覚えていてほしい』

「『俺は忘れない』とペルティナクスが言った。『あんたが、俺の朝飯をだまし取ったことを』

「『ローマ人にとって一握りの挽いた麦が何だというのだ?』とアロが言った。それから笑ったが、それは笑いではなかった。『もし、おまえが一握りの麦で、製粉所の石臼で上からと下からの石に押しつぶされようとしていたら、どうする?』

「『俺はペルティナクスだ。謎に答える者ではない』とペルティナクスが言った。

「『おまえは馬鹿だ』とアロが言った。『おまえたちの神と俺の神が、見知らぬ神に脅かされようとしているのに、おまえがするのは笑うことだけだ』

「『脅かされた者は長生きする』と俺が言った。

「『それがほんとうであるように神に祈ろう』と彼が言った。『だが、もう一度、俺を忘れないでくれと願う』

「俺たちは、最後の暑い丘を登り、5、6キロ先の東の海を見通した。錨に北ガリアの印がある小さな帆船の軍艦があった。その、上陸用の板が下りていて、帆が半分あがっていた。そして俺たちの下、窪地に一人でポニーを引いて、ブリテン皇帝のマキシムスが座っていたのだ! 彼は狩人のように装っていて、小さな杖にもたれていた。だが、俺に見える限り、彼の背中だと分かったので、ペルティナクスにそう言った。

「『君は、アロよりも狂ってる!』と彼が言った。『日射病に違いない!』

「マキシムスは、俺たちが彼の前に立つまで身動きしなかった。それから彼は、俺を上から下まで眺めて、言った。『また腹が減っているのかね? どこで出会おうと、君に食事をふるまうのが私の定めのようだな。食料はある。アロに料理させよう』

「『いや』とアロが言った。『この土地のあるじは自分の土地で、さまよえる皇帝に給仕はしない。俺は、俺の子どもたちに、あんたの許しを得ずに食事を与える』彼は、灰を吹いて火をおこし始めた。

「『俺の間違いだった』とペルティナクスが言った。『俺たちは皆、狂ってる。話してくれ、おお、皇帝と呼ばれる気の狂った者よ!』

「マキシムスは、唇をかたく結んだ、恐ろしいほほえみを浮かべた。だが、防壁で二年過ごした後では、単なる表情だけで怖がることはない。だから、俺は怖くなかった。

「『私は、パルネシウス、おまえに防壁の百人隊長として一生を送らせるつもりだった』とマキシムスが言った。『だが、そこからだと』と彼は、ふところを探っていた。『描くと同時に考えることもできるようだな』彼は、一巻きの手紙を取り出した。それは、俺が家族にあてたもので、ピクト人とクマと、俺が防壁で会った人たちの絵のすべてだった。母と妹はいつも俺の絵が気に入っていたのだ。

「彼は、俺に俺が『マキシムスの兵隊たち』と呼んだ絵を手渡した。それには、ふくれた葡萄酒の皮袋が一列と、フンノの病院の老医師がその匂いをかいでいるところが描いてあった。マキシムスが、ガリアを制圧する援護にブリテンから部隊を連れて行くたびに、駐屯地にもっとたくさん葡萄酒を送ってよこしたものだった - 彼らを黙らせるために、だと思う。防壁で、俺たちはいつも葡萄酒の皮袋を『マキシムス』と呼んでいた。ああ、そうさ、そして、俺は、帝国のかぶとに、それを描いたものだ。

「『ほどなく』と彼は続けた。『これより、ささいな冗談を言った者たちの名前が皇帝の元にあがってくるようになった』

「『そうです、陛下』とペルティナクスが言った。『でも、それは、私、すなわちあなたの友人の友人、がこのように槍投げが巧くなる前のことだったということを忘れておいでです』

「彼は、実際に狩りの槍をマキシムスに向けたのではなく、片手のひらでバランスを取っていた - そうだ!

「『私は、過ぎ去った昔のことを話していた』とマキシムスが、まぶた一つ動かさずに言った。『今日では、少年が、自分のために、また自分の友人のために考えることができることを知って、非常にうれしく思う』彼はペルティナクスにうなずいた。『君の父親が、私にこの手紙を貸してくれたのだ、パルネシウス、だから、私からは危険はないのだよ』

「『どこからも危険はありません』とペルティナクスが言って、袖で槍の先をこすった。

「『私は、ブリテンの駐屯地の人員削減せざるをえなかった、なぜならガリアで部隊が必要だったからだ。今度は、防壁そのものから部隊を連れに来た』と彼が言った。

「『せいぜいお楽しみください』とペルティナクスが言った。『我々は、帝国の最後のくずの集まりです - 希望のない者たちです。私自身、有罪を宣告された者たちを信じる方が早いでしょう』

「『そう思うのか?』マキシムスはとてもまじめに言った。『だが、それは私がガリアを征服するまでだ。人は、常に、自分の命か、魂か、心の平穏 - か、何か小さなものを危険にさらさなくてはならない』

「アロが、じゅうじゅう焼けた鹿の肉を順に渡してきた。彼は最初に俺たち二人に給仕した。

『ああ!』とマキシムスが、自分の番を待ちながら言った。『おまえが、自分の国にいるのが分かったぞ。うむ、おまえにはそうする資格がある。おまえは、ピクト人のあいだでたいそう人望があるそうだな、パルネシウス』

「『私は、彼らとともに狩りをしました』と俺が言った。『多分、ヒースの荒野の中にも友人がいるのでしょう』

「『彼だけが、よろいを着たあんたの部下の中で、俺たちを理解している』とアロが言った。そして彼は、俺たちの美徳について、それから一年前にどうやって俺たちが彼の孫の一人をオオカミから救ったか、長々と演説を始めた。

「そうなの?」とユナが言った。

「ああ、だがそれは、ここでもそこでもなかった。その緑の草地の小男は熱弁をふるった - キケロみたいにだ。そして俺たち二人をすばらしい男たちに仕立て上げた。マキシムスは俺たちから目を離さなかった。

「『もう十分だ』と彼が言った。『君たちについて、アロの意見を聞いた。ピクト人について、君たちに聞きたい』

「俺は、知る限りのことを語った。ペルティナクスが補足してくれた。ピクト人が何を望んでいるかを見つけ出す手間さえかければ、ピクト人は決して危害を加えない。彼らのほんとうの不満は、俺たちが彼らのヒースの荒野を燃やすことから来ているのだ。一年に二度、防壁の全駐屯軍が出動して、北方16キロのヒースの荒野を正式に燃やす。総督ルティリアヌスは、それを土地の清掃と呼んでいる。ピクト人は、もちろん、さっと逃げ去る。それで、俺たちがしたのは、夏には最盛期のミツバチを全滅させ、春には羊の餌をダメにしたことだけだ。

「『その通り、まったくその通り』とアロが言った。『もし、われらのミツバチのいる草地を燃やしたら、聖なるヒース酒をどうやってつくろう?』

「俺たちは、長いあいだ話し合った。マキシムスは鋭い質問をしたが、それで、彼が多くのことを考えていて、ピクト人のこともかなりよく考えているのが分かった。やがて彼は俺に言った。『もし私が君に昔のバレンシア州を与えて統治するように言ったら、私がガリアを征服するまで、ピクト人を満足させておくことができるか? アロの顔が見えないように離れていろ。そして自分の意見を述べよ』

「『いいえ』と俺は言った。『あなたは、属州を再建することはできません。ピクト人は、あまりに長いあいだ自由でいましたから』

「『彼らに村の会議を任せ、彼ら自身の兵を備えさせれば』とマキシムスが言った。『きっと君は、彼らを楽に統制できると思うが』

「『それであっても、だめです』と俺は言った。『少なくとも今はだめです。彼らは、長いあいだ、あまりにわれわれに抑圧されすぎてきたので、ローマと名がつくものは何であれ信用しないのです』

「俺は、アロじいさんが後ろで『いい子だ!』とつぶやくのを聞いた。

「『ならば、君はどうしろというのか』とマキシムスが言った。『私がガリアを征服するまで、北を静かにさせておくには?』

「『ピクト人を放っておくのです』と俺は言った。『ただちにヒースの荒野を焼くのを止め - 彼らはその日暮らしの小さな生き物ですから - ときおり、穀物を船一隻か二隻分、送ってやるのです』

「『彼らの仲間がそれを分配しなくてはなりません - ずるいギリシア人の会計係とかではなく』とペルティナクスが言った。

「『そうです、それに、彼らが病気になったら、われわれの病院に来るのを許してやるのです』と俺が言った。

「『確かに、彼らは最初に死ぬであろうよ』とマキシムスが言った。

「『もしパルネシウスが、受け入れてくれたら、そうではない』とアロが言った。『俺は、ここから30キロ以内でオオカミにかまれたりクマに爪で裂かれりした者二十人を見せることができる。だがパルネシウスが病院で彼らと一緒にいてくれなくてはならん。さもないと彼らは恐ろしくて気がおかしくなってしまうだろうから』

「『分かった』とマキシムスが言った。『世界中の、他のすべてと同様、それは一人の人間の仕事だ。君が、その人間だと私は思う』

「『ペルティナクスと私は一人です』と俺が言った。

「『君が働く限りは、君の好きなように。さて、アロよ、私が、おまえの仲間に危害を加えるつもりがないことが分かっただろう。われわれだけで話をさせてくれ』とマキシムスが言った。

「『その必要はない!』とアロが言った。『俺は、石臼の上と下の石のあいだの麦粒だ。俺は、石臼の下の石が何をするつもりか知らなくてはならん。この二人の若者は、彼らが知る限り、真実を話した。ここのあるじである俺が、残りを話そう。俺は、北の人間たちに悩まされているのだ』彼は、ヒースの荒野の中の野ウサギのようにしゃがんで肩越しに振り返った。

「『私も悩まされている』とマキシムスが言った。『さもなくば、ここにいることはないのだから』

「『聞いてくれ』とアロが言った。『昔々、翼のあるかぶとが』- 彼が言うのは北方人のことだ -『俺たちの海岸にやって来て「ローマは滅びる! 押し倒せ!」と言った。俺たちは、あんたたちと戦った。あんたたちは兵を送り込んだ。俺たちは負けた。その後、俺たちは、翼のあるかぶとに「おまえたちは嘘つきだ! ローマが殺した俺たちの兵を生き返らせろ。そうすれば、おまえたちの言うことを信じる」と言った。彼らは恥じ入って去った。いまや、彼らは大胆にも戻ってきた。そして昔の物語をするが、それを俺たちは信じ始めている - ローマが滅びるという物語だ!』

「『三年間、防壁での平和をくれ』とマキシムスが叫んだ。『そうすれば、おまえたちと北からのワタリガラス皆に、いかに彼らが嘘つきかを見せてくれよう!』

「『ああ、俺もそれを望む! 石臼から、残っている麦粒を救いたい。だが、あんたたちは、俺たちピクト人が鉄の溝から少しばかり鉄を借りに行くと、矢を射かける。俺たちのヒースの荒野を焼く。それは、俺たちの収穫物すべてなのだ。あんたたちは、大きな投石器で俺たちを悩ませる。それから、あんたたちは防壁の後ろに隠れ、ギリシアの火(包囲攻撃に使われる液体の焼夷弾)で俺たちを焦がす。どうやって、俺たちの若い者が、翼のかぶとの言うことを聞かないようにさせられようか - 特に冬、空腹なときに? 若い者たちは、「ローマは戦いも統治もできない。そしてブリテンから兵を引き上げている。翼のあるかぶとが、防壁を押し倒すのを助けてくれるだろう。彼らに、沼地を越える秘密の道を教えようではないか」と言うだろう。俺が、それを望むと思うか? いや!』アロは、毒蛇のようにつばを吐いた。『俺は、生きながら焼かれようとも部族の秘密を守るつもりだ。ここにいる俺の二人の子どもたちは真実を語った。俺たちピクト人を放っておいてくれ。俺たちを慰め、いつくしみ、遠くから食料を与えてくれ - こっそりとな。パルネシウスは俺たちを分かっている。彼に、防壁を統治させれば、俺は、若い者たちを抑えておく』- アロは順に指を立てていった -『一年間は簡単だ、次の年は、それほど簡単ではない、三年目は、おそらくできるだろう! さあ、俺は三年間を与えよう。もしそのあいだにローマの兵が強く、その武器が恐ろしいことを示すことができなければ、言っておくが、翼のあるかぶとが、どちらの海からもやって来て真ん中で出会い、防壁を一掃し、あんたたちは去るだろう。俺は、それを悲しみはしない。だが、部族は、代償がなければ他の部族を助けることをしないのを、俺はよく知っている。俺たちピクト人も去るだろう。翼のあるかぶとは、俺たちをこのように粉砕するのだ!』彼は、一握りの土を空中に放り上げた。

「『おお、ローマの市の女神よ!』とマキシムスが、独り言を声に出して言った。『それは、つねに一人の人間の仕事だ - つねに、どこでも!』

「『そして一人の人間の命だ』とアロが言った。『あんたは皇帝だ。だが神ではない。あんたは死ぬ』

「『私は、そのことも考えた』とマキシムスが言った。『たいへんよろしい。もしこの風向きが続けば、朝には防壁の東端に着くだろう。それから明日、閲兵するときに、君たち二人に会おう。そして、この仕事のために、君たち二人を防壁の大将にしよう』

「『ほんの少し、皇帝』とペルティナクスが言った。『だれでも対価がいります。私はまだ払ってもらっていません』

「『君も、こんなに早く交渉を始めるのか?』とマキシムスが言った。『それで?』

「『私のおじ、ガリアの上級行政官のイセヌスに正義の裁きを』とペルティナクスが言った。

「『命だけか? 金か地位の問題かと思ったが。確かに、その男を君の思うがままにしよう。この書き板の赤い方に彼の名前を書くがよい。反対側は、生きている者のためにある!』そしてマキシムスは、書き板を差し出した。

「『彼が死んでも私の役にはたちません』とペルティナクスが言った。『母は未亡人です。私は遠くにいます。おじが、母の相続分の遺産をすべて払うかどうか確信が持てないのです』

「『たやすいことだ。私の腕は、かなり長い。そのうちに君のおじの資産帳簿を調べさせよう。では、明日までさらば、おお、防壁の大将たちよ!』

「マキシムスが、軍艦に向かって歩きながら、ヒースの荒野を越えて小さくなっていくのを、俺たちは見ていた。彼の両側に二十人ずつのピクト人が石に隠れていた。彼は決して左右を見なかった。そして、夕方に風が弱まらないうちにと、帆をあげて全速力で南の方へ行ってしまった。俺たちは海の方を見つめているとき、何も言わなかった。あのような男は、この地上に、めったにいるものではないということを、俺たちは悟っていた。

「やがて、アロがポニーを連れてきて、俺たちが乗るように支えていた - これまで、彼がしたことがないことだった。

「『少し待て』とペルティナクスが言って、芝土を刈って小さい祭壇をつくった。そして、そのてっぺんにヒースの花を撒き、その上にガリアの娘からもらった手紙をのせた。

「『何をしているのか、おお、友よ?』と俺が言った。

「『俺は、俺の死んだ若さに対し、いけにえをささげたのだ』と彼が答えた。そして炎が手紙を焼き尽くすと、灰を、かかとでならした。それから、俺たちは、大将になるはずの防壁に戻っていった」

パルネシウスは話を止めた。子どもたちは、静かに座っていた。それでお話が終わりなのかと聞きもしなかった。パックが手招きをした。そして、森から出る道を指さした。「すまないが」と彼がささやいた。「君たちは、もう帰らなくてはならないよ」

「彼、気を悪くしないよね?」とユナが言った。「彼は、物思いにふけっているようにみえたし、それに - それに考え込んでたし」

「大丈夫だ。明日まで待て。すぐだから。『昔のローマの歌』ごっこをしていたのを忘れるな」

そして、二人が、オークとトネリコとイバラの茂みの抜け穴を、もぞもぞとくぐり抜けたとたん、二人が覚えているのは、そのことだけだった。


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