日常 (2005)
2005年の日常 (2005/8/22-2005/12/31)
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引っ越しが済んで落ち着いたところで、新学期の開始までには一週間くらいあるので旅行に行くことにしました。スウェーデンのストックホルムから出て、キルナを通ってノルウェーのナルヴィクに通じる線は世界最北の旅客鉄道ですが、この線には他にも「世界最強の電気機関車が走っている」ことで有名です。この機関車、メカ好きとしては相当惹かれるんだな。というわけで見に行きました。四泊五日・全てフェリー泊/車中泊です。
この列車は昼夜ぶっ通しで18時間走り続けるので、同室の人と色々話せます。行きはハイキングに行くスウェーデン人の男の人と、同じくスウェーデン人で友達を訪ねる女の人と、アフガニスタン難民(で今はスウェーデンに帰化)した男の人でした。僕はたぶん高校生くらいに見られたっぽいです。他愛もないことを話して早く寝ました。でも寝付かれずに下の大人の話を聞いてると、何かシリアスな話になってます。アフガニスタンの人が、「スウェーデンでは職業訓練をしてくれるけど、難民には仕事がないんだ。俺は働きたいのに、うちで寝てるしかないんだ。職業相談所に相談したら、キルナに行けってだけ言われたから行くけど、全然先行きが分からないんだ」 しばらく同じような話がぐるぐる回ったあげく、スウェーデン人の男の人の方が「キルナに着いたらお年寄りを助けるんだ。そうしたら新聞が取り上げて記事にしてくれて、君の道が開けるよ」と少し希望を持たせてあげて、なんとか収束したみたい。日本が難民受け入れに対し厳しいのを知っている自分は、色々複雑な気分を感じてしまいました。
初めは僕もキルナで降りるつもりだったのですが、昨晩の話とどんよりした天気のおかげでどうも降りる気がせず、そのままナルヴィクまで行くことにしました。ノルウェー初上陸。フィヨルド沿いを走って車窓はすごくきれいでした。そしてお目当ての機関車もいっぱいすれ違いました。詳しく観察は出来なかったけど。ナルヴィクの街も本当はもっと時間をかけて見たかったな。
帰りの電車はハイキング帰りのスウェーデン人の男の人二人と同室。一人は日本に来たことがあるらしくて、国民性の違いとかスウェーデンの文化とか色々話しましたた。ラップランドのハイキングは楽しそう。でも夏は虫がけっこういるらしい。スウェーデン料理といえば「芋だろ芋」…。あとはミートボールとかソーセージですね。真面目な話としては、「スウェーデン人はみんな国旗を何の躊躇もなく好きって言えるからうらやましいんですよ」「そうでもなくて、実は10年くらい前に、ネオナチみたいな奴らが国旗を使うものだから議論がわき起こったりしたんだよ」 そうなんだ。トナカイの薫製とビールもらいました。トナカイは"slave of the Santa"だそうで。
(2005/8/30-2005/9/3)
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学期開始の日はちょっとしたイベントがあります。ステージが出て、バンド演奏がありました…なんだけど学生はそんなに熱狂してない、てか見てすらいないんだな。では何をしているかというと、芝生にバーベキューセットを出してソーセージ焼いたりビール飲んだり話したり。ポーカーしてる人もいるし、まるでばらばらです。しばらくして学科対抗の綱引きが始まりました。こっちは知り合いが出てたりするのか、もう少し盛り上がってましたが、やっぱりマイペースに座り込んでる人のが多かったです。
その後はサウナパーティーでした。ビール飲んでサウナ入って湖で泳ぐ! それだけじゃなくて…
(2005/9/9)
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「色んな国の人が集まっても、日本人はすぐ日本人通しで固まりたがる」て話を聞いてたけど、実際フランス人はフランス人同士、スペイン人はスペイン人同士で固まってます。当然話すのも母国語。エラスムスっていう制度のおかげでEU内での留学はとても盛んで、大学の友達同士で「旅行行こうか」くらいのノリでフィンランドに来ているようです。
でも外国人とのつきあい方みたいなのは日本人より慣れてる気がします。というか共通の話題が多いのかな。例えばお互いのやり方に干渉しない・近くに友達がいたら時々会話を英語に切り替える・サッカーの話題で盛り上がる(これは下手するとケンカになるのかな?)
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皆さんご存じの通り、部屋は靴掃いたままです。でも実際はけっこう適当で、靴下で歩き回ったりもするし、シャワー上がりは裸足です。初めの頃はトイレ用のスリッパを買ってきてみたりしたけど、段々面倒になって今はそのままで入ってます。
しかし靴で部屋の中歩き回ってると当然汚れるんだな。掃除はモップとほうきだけど、バケツの水が真っ黒になりました。というわけで僕の部屋は靴脱ぐスタイルに戻そうかと思案中。でもじゅうたんの部屋はどうしてるんだろう。
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皿の洗い方も違います。僕は「スポンジに洗剤付けて洗って、水でよくすすいで、放置あるいはふきんでふく」なのですが、ルームメイトたちは「洗剤で洗って、よくふきんでふく」でおしまいです。洗剤が口に入りそうでちょっと気になるものの、文句を言うほどではないのでそのままです。
でも一つ勉強になったのは、焦げ付いた鍋の洗い方。「洗剤と少しの水を入れて、火にかける」驚くように落ちます。鍋には悪そうだけど、クレンザーと比べると似たようなものかも。
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nagくんが日本からきたので、スオメンリンナ島に遊びに行きました。ヘルシンキの防衛に重要な場所で、堅固な城塞がスウェーデン軍によって建設→ロシアによって増強されました。クリミア戦争では戦場になり、劣勢ではあったもののロシア軍は守りきったようです。因みにこの戦争でヘルシンキ市民は市街戦を恐れたものの、結局被害は少女が流れ弾に当たって死亡した(悲劇の国民的英雄にされたらしい)程度で済んだそうです。
現在は観光地になっていて、城壁や大砲や塹壕・洞窟を探検できます。三重に重なった城壁はまさにダンジョンで、中央の砦にたどり着くには上り下りを繰り返さないといけません。真っ暗な地下通路があって、携帯の光を頼りに進んでみたり。17:30ごろには巨大なストックホルム行きフェリーが島のすぐ東側を通っていきます。さながら島が動いているようです。
帰りの船まで時間があるので、島の反対側もうろつくことにしました。うろうろしていると、向こうからラフな格好の男の人二人が来て「ここは入っちゃいけないよ」と言います。「あっ、ごめんなさい。」「海軍施設だからね」「えっ。」 軍施設ってもっと厳重に柵とかしてあるかと思いました。後で調べたらどうやら海軍学校らしく、そこまでの機密はないのかもしれませんが…
(2005/9/24)
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チェーザレ(イタリア人のルームメイト)が何か叫んでいます。どうやらオートロックなのに部屋に鍵を置いたまま出てしまったようです。今日は日曜日なので、管理会社の人を呼ぶと20ユーロかかります。「どうしよう」
そのうちシモーネって友達が来て、僕に「何か工具持ってたよね。貸して?」て言います。「ラジオペンチとドライバならあるけど…」「OKOK」 そのうちどこからか大工道具一式も入手してきて、物騒な音を響かせたあげく、「どーん」という音と歓声が。行ってみると…こんな感じ。ドア外しちゃいました…
緊急事態すらお祭りにしてしまう精神には脱帽。シモーネのお父さんは大工らしいです。その後一通りは直したものの、断熱材が大量にはみ出て捨てちゃったのが気になります…
(2005/10/1)
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ニューラルネットのゼミでプレゼンしました。この分野、日本ではちょっと古め?と言われている気もするのですが、時間割の関係でたまたま時間があいてたので取りました。発表はYoanってフランス人と一緒に、TeXでプレゼン作って一人45分くらい話しました。スクリプトしっかり準備するはずが内容の理解に手間取ってスライド完成は当日のAM4:00...
英語のしゃべりはやっぱむずかしいですね。会話と違って話につまっても誰も助けてくれないのが辛いです。仕方がないからスライドを読み上げると…ほんと楽です。スクリプト作るのは良くないとは言われるけど、初心者には作る方がみんなのためなのかも。
先生の評価は: 「うん。スライド*は*よくまとまってたよ。構成もつかみやすいし。」
(折角なのでファイルをあげておきます。
余談…Yoanのノートパソコンでプレゼンしたんですが、その壁紙が膝組んで長い髪を前に下ろして顔を隠してる(服は着てないっぽい)女の人の白黒写真で、ほんときれいでした。先生が「これ誰?」て聞いたら「友達です」だそうで。かっこいいなぁ…
(2005/10/5)
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Juhaさんにハイキングに連れて行ってもらいました。車で30分ほどいくと、そこはもう大自然。まさに森と湖です。(そんなに行かなくてもそこらじゅう大自然ですが) 車を降りて一時間ほどハイキング。日本の山とちがってなだらかで、そんなに疲れません。いちごが生えてて、食べさせてもらいました。その後車の近くのバーベキュー場に着きました。まず薪割り。据え付けてあるのみに丸太を力一杯叩きつけて割ります。ちょっと難物のが一つあって、頑張ってもなかなか割れません。"A little more hope! but not much!"「さっきより希望が! でもまだ全然足りない!」
その後やぐらに組んで、火を付けます。小枝の先をとがらせ大きなてソーセージを挿して、あぶって食べます。「ここで食べると何でも少しおいしくなるでしょ」なるほど。
帰り道は真っ暗。懐中電灯はあるけど、しばらく明かり無しで歩いてみました。けっこう目が慣れてくるものですね。でも笑ってしまったのが彼らのせりふで「今日はなんでこんなに人がいるんだ!」 …今日三時間近くいて、まだ3グループ、5,6人しか会ってないんですけど。
(2005/10/6)
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Kasiと他の日本人留学生とその他ゲスト(?)で、手巻き寿司パーティーをしました。ヘルシンキのKamppiってとこには東京館っていう日本食材ショップがあって、米・醤油・みりん・お酢・みそ・かつおぶし・お好み焼き粉・のり・などなど一通り日本料理の食材が揃います。魚はスーパーの鮮魚コーナーでサケと"Kuha"って魚を買いました。サーモンはすごく脂がのってたけど、どちらも新鮮で生で食べても全然いけました。今度はもうちょっと上手に切るぞ。
Kasiの部屋も見せてもらいました。日本語はまだ勉強中だけど、日本人に囲まれてもちゃんと話しに入ってきて盛り上げてます。夜は結局泊めてもらったんですが、「日本風」飾り付けもすごくセンスが良くて感心しました。僕も日本文化に目覚めてみようかな。
(2005/10/7)
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フィンランド人がシャイで外国人にあまり話しかけてくれない、というのは実に正しいです。しかし僕たちの友達のフィンランド人は明るくてノリがいい人ばかりです。(そもそも日本人と親しく話している時点でシャイではない) というわけで、シャイなフィンランド人と仲良くなるのはやっぱり難しいのです。
(2005/10/8)
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日本語コースの人が主催するNipporiていうパーティーに出てきました。
色んな人と話せたのですが、中でもSanteriさんとは長く話しました。
会話はほとんど日本語でできて、僕としてはすごく新鮮な違和感を感じました。
「フィンランド人にとって関西弁は"d"の音が少なくて話しやすいんだ」そうなのか!
あとJonasさんって人は専門が都市交通だそうで、バスとトラムのマニアックな話ができました。「バスで面白いのは550系統かな。途中から貨物線の線路を使ったバス専用道を走るんだ。」「あっ、それ毎日使ってます。運営ってConnexでしたっけ」「今は違うけど次のダイヤ改正でConnexになるよ」「へぇーそうなんですか」...
(2005/10/10)
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ヘルシンキ工科大(TKK)の学生はTKYという学生自治会に属することになっていて、僕も入っています。政府の援助を受けている大きな組織で、60年代には政治的になったり、80年代には色んな施設を運営して失敗して破産しかけたりした後、今は初心に戻って学生寮の運営や学園祭の運営を行っているようです。
この週末は(10/13-16)はTKY主催のサンクト・ペテルブルク(St. Petersburg)ツアーに行ってきました。旅程は実に盛りだくさんで、夏の宮殿・エルミタージュ美術館・ナイトクルージング・市内見学・ロシア料理(音楽付き)・罪と罰の道(ラスコールニコフが歩いた道をたどる)・冬戦争(ロシアとフィンランドの戦争)の塹壕跡見学などでした。ロシアは確かにすごい観光名所が多い。それもそのはず、これらは20世紀にソ連の手が巨額を投じて修復しているのです。そもそも寺院や宮殿は帝政ロシアによって19世紀に作られたものが多いし、少し複雑な気分です。(フランスではエッフェル塔が出来たりしてますね、この時代)
ロシア経済はここ数年は好調とはいえ、ルーブルのインフレはまだ続いていて、国民はまだまだ貧しいようです。国境ではビザを5回も見られたり、美術館の列ではなぜか後からきた団体に抜かされまくったり、交通ルールが目茶苦茶だったり、ホテルのお湯が茶色だったりとロシアらしい部分も体験しました。でも街は案外活気があり、道行く人は黒っぽい服でファッショナブルです。酔っぱらいはヘルシンキより少ない!? 15ルーブル(80円)でポットいっぱいの紅茶(10種類くらいから選べる)が飲めるカフェも素敵でした。
あと良かったのはガイドさんです。ガイドというか、この旅行企画した旅行社の社長さん? ぽい。(社員は3,4人だと思う) まだ20代ぽいロシア人(人種はモンゴロイド)で、ロシア語・フィン語・英語どれもなめらかです。「右手に見えますのが交通事故です。いつものように」「左手には最後の遅刻者が走ってくるのが見えます。そろそろ出発です」塹壕見学では軍服着てくれるし、最終日には(前日飲み過ぎたのか)遅刻してきて、お詫びにジュースを全員におごってくれました。
(2005/10/13-16)
memo: MarcAntonio Franceschini (1729-) :: Head of a Girl
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フィン語+英語の試験が無事終了。どちらも分量は実質A4一枚表裏くらいで、内容もすごく素直な試験でした。でもフィン語は覚える単語が多くて徹夜…既に800語くらい覚えたことになっている気がします。でもお陰で、町のフィン語が単語くらいは時々は分かるようになってきました。時々、ですが。
(2005/10/20)
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試験が終わったので一人でぶらぶら。前に教えてもらった550番のバスに乗って終点まで。途中で舗装された線路の上を走ったりして面白い。終点はItäkeskusっていう多分フィンランド最大のショッピングセンター。パン屋で丸い小さなライ麦パン買って、ちぎり食べしつつ服見たりCD買ったり。あと立ち読みが気軽に出来たら最高なんだけど、まだ英語もフィン語も気軽に立ち読みは出来ないのでした。
(2005/10/20)
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スカンレイルパスを日本で買っていきました。任意の10日間、北欧の鉄道が乗り放題の切符で、半分は8月末にスウェーデンで使い、残りの5日分で何回か小旅行しました。ヘルシンキから一歩北に出ると、真のフィンランド(偉大なる田舎)が待っています。
フィンランドの夜行列車って最高です。小さな町は真っ暗、駅の待合室でぽつんと待っていて、やっと来た列車。切符を車掌さんに見せると、部屋まで案内してくれて、「到着30分前に起こすから、おやすみ」てドアを閉めてくれます。寝台は個室で、新しくはないけど洗面台もあって快適。窓側に顔を向けて寝ると、朝起きたときには白樺と湖の雪景色です。寝台料金は€11=\1400くらい。
(2005/10/22)
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チェーザレがフィンランド人のガールフレンド作ってきました。イタリア人に負けないくらい明るい感じの人で、これならあうかな、て感じ。長く付き合う気は元から無さそうだけど、女の子のためにはすごく真面目に努力するんですね。だから(?)何してても全然嫌な感じはしません。
さっきも彼女が遊びに来てて、帰ろうとしたら「靴がない!」 親友のパウロとシモーネが隠したらしい。隠してあった場所は玄関の戸棚の上。って小学生じゃないんだから…
(2005/10/24)
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フィンランドの食材は大体満足しているのですが、牛乳はどうも薄くておいしくないです。青いの(kevytmaito)がポピュラーなんですが、これは低脂肪乳みたい。同じくポピュラーな水色のを買ったら、これはさらに薄い無脂肪乳。これじゃ紅茶に入れても薄まるだけだよ…
先日すごく小さいコーナーに赤い牛乳(täysmaito)が並んでるのを見つけました。買ってみたら、これこそ求めていた味。でもフィンランドの人たちに言わせると「赤いのは不健康だから誰も買わないよ」。僕はちょっと肉とクリームを控えて、おいしい牛乳を飲むことにします。
(2005/10/25)
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初雪でした。ある夜ひょうが降って、朝には芝生や車のボンネットがキラキラ輝いてます。次の日にはちゃんとした雪が降って、軽く雪景色に。まだ1cmにも満たないので、芝生の先の緑が顔を出してます。ミントのムースみたいでそれもきれい。でも雪の色はクリームじゃなくて純白です。
(2005/10/27)
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作業はやっぱり夜に捗ります。学科のビルは20時に、図書館は21時に閉まっちゃいます。でもMaarintaloってコンピューターセンターは24時間開いてます。WindowsとLinuxとSolarisがあって、僕は主にLinux使ってます。音楽も聴けるし部屋の外でコーヒーも飲めるし最高。でも難点は近くにコンビニとかはないこと、終バスが23:48なこと、バス停までの5分くらいが本気で寒いことです。
(2005/10/25)
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大体の学生(留学生含む)は大学の近く(Otaniemi)に住んでいます。僕の家はバスで10分ほど離れたLeppävaaraなので、ちょっと損した気分することもあります。まず遠いからあんまり気軽に友人呼べません。バスは平日朝・昼間は5-10分おきだけど、夜や土日は30分に一本になってしまいます。あとLeppävaaraの家は基本的に短期(一年以下)滞在者用なので、フィンランド人は少ないです。でも学校と家は離れてる方が生活にメリハリが出来るし、近場にSello (大きなショッピングセンター)があるから、学校帰りは楽しいです。(21時までに帰れれば) バスは高速道路を走って、最高100km/hです。オレンジ色のナトリウムランプに照らされた雪もまた幻想的でよろし。寝不足のときは離陸しそうな錯覚を覚えたり。
(2005/10/30)
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10/30にEU圏ではサマータイムが終わりました。サマータイム中は町中の時計が本来の時間より一時間進んでいます。だから、太陽が一番高くなるのは12時じゃなくて12:30、午前七時は真っ暗でも午後五時はまだ明るかったりしました。でもこれはあくまでも「サマータイム」、冬の間は元通りの時計で暮らします。公式に時計を戻すのは午前3時。10/30の午前3時〜午前4時は二回あって、逆に4/?日の午前3時〜午前4時はすっぽり消滅するんだそうです。この間に待ち合わせの約束とかしてたらどうなるんだろ。不思議だ…
しかし一ヶ月経った今も直ってない時計があるんだな。このままあと五ヶ月だまして使うつもりなんだろうか…
(2005/10/31)
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トイレの落書き、フィン語に混ざって「私は日本人です」てのが。…って日本語!? 書いたの僕じゃないぞ。日本語クラスの皆様、日本のトイレでslangも勉強しましょう。
(2005/11/11)
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日本料理といえば寿司(Sushi)が圧倒的に有名です。幸い北欧では新鮮なノルウェーサーモンが手に入るし、お米も短粒種のがPuuroriisiって名前で安く手に入ります。マグロもちょっと高いけど、SelloのKマートかStockmannで買えます。
日本ではあまり寿司なんて食べなかった僕だけど、ここではもう四回チャレンジしました。一回は手巻きだけ、一回は手巻きとちょっとだけ握り、二回は握り。初めの頃はトラブル続きだったけど、だんだんコツがつかめてきました。包丁はFiskars(フィンランドのメーカー)の魚用の。ご飯は鍋で炊けるけど、堅めに炊くのは難しいから粉の寿司酢(すしのこ)が便利。ご飯はちょっと立つと表面が固まるから、先に適量スプーンですくっておくと楽。手にお酢付けるとくっつかないなどなど。(でも握り方は相変わらず下手…)
(2005/11/12)
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今はゼミを二つ取ってて、それぞれプログラムの課題が出ています。どちらもペアでするのですが、パートナーとの関係は割と対照的です。片方は割とクール(あっさり)で、メールはいつも丁寧・僕のしたことはいつも褒めてくれます。レポートは二人の担当部分をはっきり分けて、それぞれ干渉しないという感じです。もう一方のパートナーはメッセンジャーでみっちり連絡取り合って、良くないと思ったところはしっかり突っ込んできて、僕の英語は全部添削してくれます。後者の方が僕のためにはなるんだろうけど、頑張って作ったプレゼンを「うーん、面白くないね。羅列してあるだけじゃん」て言われるとちょっとむっとします。でも添削上がってきたプレゼンの方が確かにかっこいいので、文句言えない… 見返せるようにがんばろう。
(2005/11/19)
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ルームメイト二人がロシアに旅行行ってしまったので、週末だけ家占領できます。キッチンを占領してしまうから遠慮していた、天ぷらを作ってみることにしました。具は諸般の事情で家にあった塩水漬けのエビと、ジャガイモとタマネギとニンジンと芽キャベツとマッシュルーム。全部一人でするのは初めてだけど、一応食べれるものが出来ました。でも実は、芽キャベツの素揚げが一番おいしかったり。次はみんなの前で挑戦!
(2005/11/19)
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Juhaさんにミニパーティーに呼んでもらいました。フィンランド人じゃないのは僕だけで、日本好きはJuhaさんだけだったけど、みんな時々英語に切り替えてくれたり、ゲームも言葉が要らないのを用意してくれてすごく楽しめました。アルコールは無しで、オーブンでカレリヤンパイ(冷凍の)を焼いたり、写真を見せ合ったりゲームしたり。僕は寿司もどきを持って行きました。
ゲームの一つは有る意味フィンランド的でした。使う物は「板チョコ」「ナイフとフォーク」「ぼうし」「マフラー」「手袋」「さいころ」。輪になってさいころを順番に振って、6が出たらチョコを食べれます。でも、手でちぎってはだめで、「帽子・手袋・マフラーをして」「ナイフとフォークを使って」「一度に一切れずつ」しか食べちゃいけません。この準備中に別の人が6を出したらそこでストップ・6を出した人に全部の用意を渡さないといけません。こんな子供っぽいゲームだけど、けっこう盛り上がりました。
Juhaさんには日本滞在中の写真を見せてもらいました。このころは僕も東京にいたんだな、と思うと少し不思議な気分。
(2005/12/5)
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空一面のオーロラは北極圏じゃないと見れないんですが、すごく小さなものならヘルシンキでも見れることがあります。たまたまベランダから見ることが出来ました。地上に近いところにピンク色のすじ雲みたいなのが出てるだけで、とても空一面のエメラルドにはかないません。でも明らかに不自然な光にはなんかわくわくさせられました。
(後日談あり。2006年の日記参照)
(2005/12/19)
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ルームメイトのチェーザレが帰る日が来ました。他にもEUからの留学生の半分以上の人はクリスマス前でお別れです。国を挟んだ別れっていうのは、今まで日本で経験してた別れより実感が沸きます。
よく遊びに来てた他のイタリア人三人も帰りました。今まで彼らみたいな「熱い」タイプの人とは絶対うまくいかないと思っていただけに、とても貴重な体験ができたと思うし、色々学びました。そして世界のどこかに友達がいると思えるのは素晴らしいと思います。僕にとっては4ヶ月が過ぎ、そろそろ新入生気分から脱出です。
(2005/12/22)
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帰り際にみんながトランクに詰められない物をくれたので、ちょっと物持ちになりました。鍋とか皿とか。あとプレゼントでコーヒーカップもらった! (しかも四つも…) あとパスタもみんなからもらったらこんな量に。まだまだパスタ生活は続きます。
(2005/12/22)
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この写真は冬至の日の太陽です。ほぼ正午の撮影ですが、太陽はこの高さまでしか上がりません。でも実は問題なのは太陽の高さではなくて、ほぼいつでも曇っていることです。午前中は晴れでも午後はほぼ確実に曇りで、きれいな日没はなかなか見れません。でも晴れた午後には、とても長い日の入りを見ることが出来ます。
(2005/12/22)
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クリスマスは同じマンションに住んでる留学生はほとんど帰国してしまって、ほぼ空っぽです。Otaniemiの友達たちのとこで食べるためにビーフシチュー作り。10時間くらい煮て、なかなか素敵なのが出来ました。しかし…12/24の午後には何とバスが無い! 電車もない! 事実上軟禁状態で、仕方ないから一人で食べました。(ワインも開けてしまった) その後近場を散歩してみたけど、見事に静まりかえっていました。電車やバスが動き始めたのは25日のお昼ちょっと前からです。
(2005/12/25)
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再びNipporiのパーティー。帰省してる人が多いのか、前よりちょっと少なめでした。今回はAkuさん・Aleksiさんとよく話しました。でも料理(お好み焼き)うまいなぁ。20人分くらい要領よく作ってるわけだし。食べた後はサウナ! なんだけど入りすぎてのぼせかけ… (さすがに湖には入りませんでした。てか凍ってるし)
(2005/12/28)
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年越しはよく集まる10人くらいで過ごしました。まずレストランでお腹いっぱい食べて、そのあと花火を湖のほとりで見ました。フィンランディアホールの隣からオフィシャルな花火も打ち上げられて、絵こそ出ないものの大きくてきれいでした。でもそれだけじゃなくて、そこらじゅうでみんな花火してます。日本では考えられないような強力な花火が普通に買えて、打ち上げると2,30mくらいすっ飛んで派手に光ります。僕も一つ付けたけど、不発でした…
年越しの瞬間には手前、湖の向こう、右、左、あっちこっちから花火が上がってすごかったです。息飲みっぱなし。結局一時間くらい外にいたので、興奮が冷めたら足が冷え切ってました。(そしてその後はバカ騒ぎ!)
(2005/12/31)