ハリーポッターと混血のプリンス
・第十九章 エルフの尾行者
「それじゃ、結局、ロンの、最高の誕生日だったわけじゃない?」フレッドが言った。
夕方だった。病棟は静かで、窓のカーテンが閉められて、灯りがともっていた。ベッドにいるのはロンだけだった。ハリー、ハーマイオニー、そしてジニーが周りに座っていた。三人は一日中、誰か出入りするときに中をのぞこうとして、二重扉の外で待っていた。マダム・ポンフリーが、八時に、部屋の中に入れてくれたところだった。フレッドとジョージが、その十分後に着いた。
「こんなふうにプレゼントを渡そうとは想像してなかったんだけどな」ジョージが不愉快そうな声で言って、ロンのベッドのそばの戸棚の上に大きな包装された贈り物を置いてから、ジニーの横に座った。
「ああ、僕たちが思ってたシーンの中では、意識があったよ」フレッドが言った。
「そん中じゃ、僕たちはホグズミードにいて、驚かそうと待っていたんだ――」ジョージが言った。
「ホグズミードにいたの?」ジニーが見上げて尋ねた。
「ゾンコの店を買おうかと考えていたんだ」フレッドが陰気な調子で言った。「ホグズミード支店さ、ほら。でも、君たちが、もう週末に僕たちの品物を買いに来るのが許されなくなるのなら、ちっともいいことはないよ・・・でも、そのことは今は考えるの止めだ」
そして、ハリーのそばに椅子を近づけて、ロンの青白い顔を見た。
「正確には何が起こったの、ハリー?」
ハリーは、ダンブルドアに、マクゴナガルに、マダム・ポンフリーに、ハーマイオニーとジニーにと、もう百回もしゃべったように感じる話をまた物語った。
「・・・で、それから、ロンの喉にベゾアールを押し込んだら呼吸が少し楽になって、スラグホーンが助けを呼びにいって、マクゴナガルとマダム・ポンフリーが現れて、ロンをここに運んできたんだ。ロンは大丈夫だって話だよ。マダム・ポンフリーは、ヘンルーダ油を飲み続けるために・・・一週間かそこら、ここにいなくちゃいけないって言ってたけど・・・」
「そりゃすごい、君がベゾアールのことを思いついたのは運がよかったな」ジョージが低い声で言った。
「あの部屋の中に、一つあって運がよかったよ」ハリーが言ったが、もし、あの小さな石を手に入れることができなかったら、どうなっていたかと考えては、ぞっとしていた。
ハーマイオニーが、ほとんど聞き取れないくらいに鼻をくすんと言わせた。一日中、並外れて静かだった。蒼白な顔で飛ぶように病棟の外のハリーのところへやってきて、何が起こったのか知りたがった後は、ハリーとジニーが、どのようにしてロンが毒を盛られたかと延々と議論しているのにほとんど加わろうとせず、歯を食いしばり、恐ろしそうな表情を浮かべて、そばに立っていただけだった。そして、やっと三人はロンに会うのを許されたのだった。
「ママとパパは知ってるの?」フレッドがジニーに尋ねた。
「一時間前に着いて、もう、ロンに会ったわ――今はダンブルドアの部屋にいる、でもすぐ戻ってくると思うけど・・・」
ロンが眠りながら、何かぶつぶつ言うのを見ている間、ことばが途切れた。
「それじゃ、毒は飲み物の中に入ってたの?」フレッドが、そっと尋ねた。
「そうだよ」ハリーが、すぐに答えた。他に何も考えることができなかったので、それについて、また話し合えて嬉しかった。「スラグホーンが注いだんだ――」
「スラグホーンは、君が見ていない隙にロンのグラスにこっそり何か入れることができた?」
「多分」ハリーが言った。「でも、なぜスラグホーンがロンに毒を飲ませたいの?」
「全然、分からない」フレッドが顔をしかめながら言った。「間違ってグラスをごっちゃにしたと思わない?君に飲ませるつもりでさ?」
「なぜスラグホーンがハリーを毒殺したいの?」ジニーが尋ねた。
「分かんない」フレッドが言った。「でも、ハリーを毒殺したい人間は山ほどいるに違いないだろ?例の『選ばれし者』とか、いろいろでさ?」
「じゃ、スラグホーンがデス・イーターだと思うの?」ジニーが聞いた。
「どんなことでもあり得るよ」フレッドが陰気な口調で言った。
「支配の呪文をかけられているかもしれないよ」ジョージが言った。
「それとも、無実かもしれない」ジニーが言った。「毒薬は瓶の中に入っていたのかもしれない。そしたら、スラグホーンがねらわれてたのかもしれないわ」
「誰が、スラグホーンを殺したいんだよ?」
「ダンブルドアは、ヴォルデモートがスラグホーンを味方につけたがってると思ってるんだ」ハリーが言った。「スラグホーンはホグワーツに来る前、一年間隠れてた。それに・・・」ダンブルドアがまだスラグホーンから引き出せていない記憶のことを思い出した。「それに、ヴォルデモートが、スラグホーンがダンブルドアに役に立つと考えて、やっつけたいかもしれない。」
「でも、スラグホーンが、あの瓶をクリスマスプレゼントにダンブルドアにあげるつもりだったと言ったでしょ」ジニーが、ハリーに思い出させた。「そしたら、犯人は簡単にダンブルドアを、ねらえたかもしれないわ」
「それなら、犯人はスラグホーンをあんまりよく知らなかったことになるわ」ハーマイオニーが、何時間ぶりかに初めて口を開いて言ったが、まるでひどい鼻風邪をひいていたような声だった。「スラグホーンを知っている人なら誰だって、おいしいものなら自分用にとっとく可能性がかなりあるってことを知ってたはずだもの」
「アー、マイ、ニー」いきなりロンがしわがれた声で言った。
みんな黙って、ロンを心配そうに見ていた。しかし、ロンは、少しの間わけの分からないことをつぶやいた後、いびきをかき始めた。
部屋の二重扉がさっと開いたので、全員が飛び上がった。ハグリッドが大またでやってきた。髪には雨粒が点々とつき、クマ皮の上着を後ろになびかせ、手に石弓を持っていた。床一面にイルカの大きさの泥の足跡が点々と残った。
「一日中森にいた!」あえぎながら言った。「アラゴグがどんどん悪くなってるんで、本を読んでやって――たった今夕飯に来たばかりだ。そしたらスプラウト先生が、ロンのことを話してくれたんだ!どんな具合だ?」
「悪かないよ」ハリーが言った。「大丈夫だって聞いてる」
「一度に六人より多い面会はだめです!」マダム・ポンフリーが、急いで部屋から出てきて言った。
「ハグリッドで六人めだよ」ジョージが指摘した。
「あら・・・そうね・・・」マダム・ポンフリーは、ハグリッドがあまりに大きいので数人分に数えていたようだった。うろたえたのを隠すため、杖で泥の足跡をきれいにして急いで出て行った。
「こんなことは信じられん」ハグリッドが、かすれた声で大きなもじゃもじゃの頭を振りながら、ロンを見下ろした。「ただもう信じられん・・・そこに寝てるのを見るなんて・・・誰が、ロンを傷つけたいと思うか、ええ?」
「それを、ちょうど話し合ってたとこだよ」ハリーが言った。「分からないんだ」
「だれかグリフィンドール・クィディッチ・チームに恨みでも持ってないか?」ハグリッドが心配そうに言った。「最初、ケイティー、今度はロン・・・」
「クィディッチ・チームをぶっ壊そうとする奴なんて誰も思いつかないよ」ジョージが言った。
「ウッドならスリザリン・チームをぶっ壊したかもね。もし、捕まらないでうまくやることができたんなら」フレッドが公平に言った。
「そうね、私はクィディッチのせいだとは思わないけど、二つの襲撃には関連があるかもしれないわ」ハーマイオニーが静かな口調で言った。
「どうやって、そういう結論になるの?」フレッドが尋ねた。
「ええと、一つには、両方とも致命的になるはずだったけどならなかったこと。ただ運がよかったせいだけど。それからもう一つには、毒薬も首飾りも、ねらわれた本人には届かなかったらしいこと。もちろん」じっと考えながらつけ加えた。「そのせいで、ある意味では、この背後にいる人物が、もっと危険になるわけだけど。だって、ほんとうにねらう人物に着くまでに何人やっつけようと気にしないみたいだから」
誰もこの不吉な宣告に返答できないうちに、部屋の二重扉が再び開いて、ウィーズリー夫妻が病室に近づいてきた。さっき病棟へ来たときは、ロンは完全によくなるだろうという話を聞いただけだった。今度は、ウィーズリー夫人はハリーの腕をしっかりつかみ、とてもかたく抱きしめた。
「あなたが、どんなふうにロンをベゾアールで救ってくれたかを、ダンブルドアが話してくれたの」ウィーズリー夫人はすすり泣いた。「まあ、ハリー、何て言ったらいいのかしら?あなたはジニーを救ってくれた・・・アーサーを救ってくれた・・・今度はロンを救ってくれた・・・」
「そんな・・・僕は何も・・・」ハリーは、ぎこちなくもごもご言った。
「立ち止まって考えてみると、うちの家族の半分が、君に命を助けてもらったようだな」ウィーズリー氏が、締めつけられたような声で言った。「まあ、私に言えるのは、ロンが最初にホグワーツ急行で君のそばに座ることに決めた日は、ウィーズリー家にとって幸運な日だったということだけだな、ハリー」
ハリーは、これに対して、なんて答えていいか思いつかなかったので、マダム・ポンフリーが、またロンのベッドの周りには六人の面会客しか許されないと注意しに来たときは、ほとんど嬉しいくらいだった。ハリーとハーマイオニーはすぐに立ち上がって、ハグリッドも一緒に行くことにして、ロンを家族と一緒に残した。
「恐ろしいことだ」三人が廊下を歩いて大理石の階段のところに戻ってきたとき、ハグリッドが、あごひげの中でうなった。「新しい防衛策をいろいろやってるのに、子どもたちがまだ被害にあって・・・ダンブルドアがとても心配している・・・そんなに口には出さないが、俺には分かる・・・」
「ダンブルドアは、何か思いつかないの、ハグリッド?」ハーマイオニーが必死になって聞いた。
「何百も思いついてると思うよ、あれほど賢けりゃ」ハグリッドがしっかりした口調で言った。「だが、誰が首飾りを送ったか分からないし、誰が酒に毒を入れたか分からない。分かってりゃ、犯人は捕まってるだろ?俺が心配するのは」ハグリッドが、声を低めて、ちらっと振り返ってから言った(ハリーは、さらにその上、天井にピーブスがいないかと調べた)。「もし子どもらが襲われ続けたら、いつまでホグワーツがやっていけるかだ。また秘密の部屋事件のくり返しじゃないか?パニックになり、たくさんの親が子どもを学校から連れ戻し、その次には、ほら、理事会だ・・・」
ハグリッドは話を止めた。長い髪の女の幽霊が、のどかにただよって通り過ぎていったからだ。それから、かすれたささやき声で話し始めた。「・・・理事会は、永久に学校を閉じることを話し合っているだろう」
「まさか、そんな?」ハーマイオニ―が心配そうに言った。
「理事会の見方で見なくちゃならない」ハグリッドが重苦しく言った。「つまり子どもをホグワーツにやるってことは、いつだってちっとばかし危険なことだ、そうだろ?事故が起こるかもしれない。何百人もの未成年の魔法使いが、一緒に閉じ込められてるんだからな。だが人殺しを企てるってのは、こりゃ話が別だ。ダンブルドアが怒るのも無理ない、スネ――」
ハグリッドは話の途中で止めた。おなじみの、やましいところのある表情が、もつれた黒いあごひげの上の顔に浮かんでいた。
「何?」ハリーが急いで言った。「ダンブルドアが、スネイプを怒ったの?」
「俺は、絶対そんなこと言わなかった」ハグリッドが言ったが、おろおろした表情が、何よりそれが真実だと語っていた。「時間を見ろよ。真夜中近くなってる。俺は行かなくちゃ――」
「ハグリッド、なぜダンブルドアはスネイプを怒ったの?」ハリーが大きな声で聞いた。
「シーッ!」ハグリッドが言ったが、そわそわするのと怒っているのと両方に見えた。「そんなことを怒鳴るんじゃない、ハリー。俺を首にさせたいのか?用心しろよ。もう授業を取ってないんだから、おまえさんが気にするとは思えんが、そうだろ、魔法生物飼――」
「僕に、後ろめたい思いをさせようたって、無駄だからね!」ハリーが力強く言った。「スネイプが何やったの?」
「知らないよ、ハリー、俺は、ほんとは聞いちゃいけなかったんだ!――その、先だっての夕方、森から出てきたときに、二人が話してる――その、言い合ってるのをたまたま聞いちまったんだよ。俺のこと気づいてるふうじゃなかったから、ま、こそこそっと隠れて聞かないようにしようと思った、だが、それが――その、激しく言い合ってたもんで、聞かないようにするのが難しかったんだ」
「それで?」ハグリッドが不安そうに巨大な足を動かしていたので、ハリーがせき立てた。
「その――俺は、スネイプがこう言ってるのを聞いただけだ。ダンブルドアは、ありがたみを忘れて当然のことだと思いすぎてる。で多分、あいつ――スネイプ――は、もうこれ以上やりたくないと――」
「何を?」
「知らないよ、ハリー、スネイプは、ちっとばかり働きすぎていると思っているようだった、それだけだ――とにかくダンブルドアは、きっぱりと言った。スネイプが、やると言ったんだし、やらなくちゃならんことは、それだけだと。かなり強硬だった。それから、ダンブルドアは、スネイプが自分の寮で調べていることで何か言ってた。うーん、それには何もおかしなことなんかありゃせん!」ハリーとハーマイオニーがとても意味ありげな視線を交わしたので、ハグリッドが急いで言った。「寮の長の先生は、みんなあの首飾り事件を調べるように言われたからな」
「ああ、だけど、ダンブルドアは他の先生とは、けんかしてなかっただろ?」ハリーが言った。
「いいかい」ハグリッドが石弓を居心地悪そうに両手でねじったので、裂けるような大きな音がして二つに割れた。「おまえさんがスネイプにどう思ってるかは知ってる、ハリー、だが、これを、それ以上深読みしてほしくないよ」
「気をつけて」ハーマイオニーが短く言った。
振り返ったとき、ちょうどアーガス・フィルチの影が、後ろの壁に気味悪くぼうっと映った。その後から本人が、背中を丸め、あご先を小刻みに震わせながら角を曲がって現れた。
「おや!」ぜーぜー言いながらしゃべった。「こんなに遅く、うろつき回って、これは居残りの罰だな!」
「いや、そうじゃない、フィルチ」ハグリッドがそっけなく言った。「俺と一緒にいるだろ?」
「で、どんな違いがあるんだね?」フィルチが不快に感じるような尋ね方をした。
「俺は、ちゃんとした先生じゃないか、こそこそ屋のスクイブめ!」ハグリッドが、すぐにかっとなって言った。
フィルチが怒りで胸を膨らませたとき、いやなシューシューいう物音がした。ミセス・ノリスが、知らないうちにやって来て、フィルチの骨ばった足首の周りにしなやかに巻きついていた。
「行きな」ハグリッドが口の端で言った。
二度言われる必要はなかった。ハリーとハーマイオニーの二人は急いで立ち去った。ハグリッドとフィルチが声を荒げるのが、走っていくとき後ろに響いていた。グリフィンドールの塔への曲がり角の近くでピーブスにすれ違ったが、大声を上げ、ガーガ―言ったり、叫んだりしているけんかの源の方に、楽しそうに疾走していった。
けんかがあったり、もめごとがあったら
ピーブスちゃんを呼んでよ、二倍にするよ!
太った婦人は、いびきをかいて寝ていたので、起こされて機嫌が悪かったが、不機嫌そうにさっと前に開いて通してくれたので、二人は穴をよじ登って、幸いにも平和で誰もいない談話室に入ることができた。まだ他の子たちはロンについて知らないようだった。ハリーはその日一日、質問されるのはもうたくさんだったので、ほっとした。ハーマイオニーはお休みを言って、女子寮に行った。しかしハリーは後に残って暖炉の側の椅子に座り、消えかけの残り火を見下ろした。
じゃ、ダンブルドアはスネイプと言い争ったのか。スネイプを完全に信用していると主張してたのに、ハリーに言ったことと違って、スネイプに怒ったんだ・・・スネイプがスリザリンの寮を熱心に調べようとはしなかったせいかな・・・それとも多分、調べなかったのは、スリザリン生のうちただ一人、マルフォイかな。
、ダンブルドアが、ハリーが疑ったのに何も問題がないふりをしたのは、ハリーが問題を自分勝手に抱え込んで、何かばかげたことをしてほしくなかったからだろうか?それは、ありそうなことだ。ダンブルドアは、個人授業から、それとスラグホーンから例の記憶を手に入れることから、ハリーの気をそらせることは何も耳に入れたくなかったのかもしれない。ダンブルドアは、十六歳の生徒に、先生を疑っていると打ち明けるのは適当でないと考えたのかもしれない・・・
「そこにいたのか、ポッター!」
ハリーは、ぎょっとして飛び上がって、杖を向けた。談話室には誰もいないと思い込んでいたので、突然、遠くの椅子からずうたいの大きな姿が立ち上がるのを、まったく予期していなかった。よく見るとそれはコーマック・マクラジェンだった。
「君が戻ってくるのを待っていたんだが」ハリーの引き抜いた杖は無視して言った。「寝込んでしまったようだ。おい!僕は、早い時間にウィーズリーが病棟に運ばれたという話を聞いた。来週の試合に間に合わないんじゃないか」
ハリーは、何の話か理解するのに数分かかった。
「ああ・・・そうだ・・・クィディッチ」ジーンズのベルトに杖を戻し、だるそうに髪に手を突っ込んだ。「ああ・・・出られないだろうよ」
「ええと、それじゃ、僕がキーパーをやるから、いいな?」マクラジェンが言った。 「ああ、そうだね・・・」
それに対する反論は思いつけなかった。結局のところ、マクラジェンが選抜試験で二番目に巧かったのは確かなのだ。
「それはいい」マクラジェンは満足そうな声で言った。「それで、練習はいつ?」
「何?ああ・・・明日の夕方だよ」
「よし、ねえポッター、前もって二人で話し合いをしたい。君に役立つ作戦上の思いつきがいくつかあるんだ」
「分かった」ハリーが熱がなさそうに言った。「あの、それじゃ明日聞くよ。今、とても疲れてるから・・・またね・・・」
ロンが毒を盛られたというニュースは、翌日、すぐに広がった。しかしケイティーが襲われたニュースほどの大騒ぎにはならなかった。みんなは、ロンがそのとき魔法薬の先生の部屋にいて、すぐに解毒剤を与えられたので大事にはならなかったと聞いて、それは事故だったかもしれないと思っているようだった。グリフィンドール生たちは、全体的に見て、近づいているハフルパフとのクィディッチの試合の方に、はるかに興味を持っていた。ハフルパフのチェイサーのザカライア・スミスが、スリザリンとの開幕試合でひどい実況中継をしたので、徹底的にやっつけられるのを見てやりたいと思っていたからだ。
しかし、ハリーはクィディッチにこんなに興味が感じられないことは、これまで、なかった。ますますドラコ・マルフォイが気になって仕方がなかった。暇さえあれば、「盗人の地図」を調べていた。ときには、マルフォイがいそうなところに回り道をしたが、マルフォイが変なことをしているのを見つけることはできなかった。まだマルフォイが地図上から消えてしまう不可解な時間があった・・・
しかし、その問題を考える時間は、あまりなかった。クィディッチの練習やら、宿題やら、それに今やどこへ行こうとコーマック・マクラジェンとラベンダー・ブラウンにつけ回されるという事態のためだった。
その二人のどちらの方が、いっそうひどく、いらいらさせられるか決めることはできなかった。マクラジェンは、自分の方がロンよりキーパーの正選手にふさわしいと、ずっとほのめかし続けた。そして、定期的にプレイするのを見ていると、確かにその通りだとハリーも思うようになった。それに他の選手を批評することに熱心で、詳しい練習計画をハリーに渡したので、ハリーは、何度もキャプテンは誰かと、思い出させるはめになった。
一方ラベンダーは、ハリーににじり寄ってはロンのことを話し続けた。マクラジェンのクィディッチの講義よりもっとうんざりするくらいだった。最初ラベンダーは、ロンが病棟にいることを誰も話してくれなかったと、とても怒っていた――「私が、彼のカノジョなのに!」――しかし不幸なことに、ハリーが、それを伝え忘れたのを許すことに決めて、ロンの気持ちについて、あれこれ話し合いをしたがった。それは、とても不愉快なので、何とか避けたかったのだが。
「ねえ、こういうこと、ロンに直接、話したらどう?」ハリーが、ラベンダーからの特別長い質問を聞いた後で尋ねた。それは、ロンが新しいドレスローブについて言った通りのことばから、ロンはラベンダーとの関係を「真剣に」考えていると、ハリーが思うか思わないかということまで、いろいろなことが含まれていた。
「あのね、私は話そうと思うんだけど、面会に行くと、いっつも彼は眠ってるんだもん!」ラベンダーがいらいらしながら言った。
「そうなの?」ハリーは驚いた。病棟に上がっていくと、いつもロンは完璧に起きて待っていて、ダンブルドアとスネイプの口論の話をとても興味を持って聞き、同時に、マクラジェンを熱心に口汚くののしっていたからだ。
「ハーマイオニー・グレインジャーは、彼のお見舞いに行くの?」ラベンダーが、急に問いつめるように言った。
「ああ、そうだと思うよ。そのう、友だち同士だろ?」ハリーが居心地悪そうに言った。
「友だちなんて、笑わせないでよ」ラベンダーが軽蔑するように言った。「彼が私とつき合い出してから、あの人、何週間も彼に口をきかなかったじゃないの!でも、彼と仲直りしたいんだと思うの。彼は、今とってもおもしろい立場だから・・・」
「君、毒を盛られたことを、おもしろいって言うの?」ハリーが尋ねた。「とにかく――ごめん、行かなくちゃ――マクラジェンが、クィディッチのことで話しに、こっちに来るよ」ハリーが、急ぎ足になって言った。そして横の方に突進して、硬い壁に見せかけた扉を通って、全力疾走して近道を通り、魔法薬の教室に向かった。そこには、ありがたいことにラベンダーもマクラジェンも追ってこられなかった。
ハリーは、ハフルパフとのクィディッチの試合の朝、競技場に向かう前に、病棟に立ち寄った。ロンは、やきもきしていた。マダム・ポンフリーが、興奮しすぎるからと、試合を見に降りていくのを許さなかったのだ。
「それじゃ、マクラジェンはどうやって言うことを聞くようになったの?」ロンが、もう同じ質問を二度して三度目なのを忘れて、いらいらしながら尋ねた。
「言っただろ」ハリーが辛抱強く言った。「マクラジェンは国際レベルの腕だから、僕が引き止めておこうとは思わない。みんなに指図し続けてるよ。すべてのポジションを、僕たち残りのメンバーより巧くプレイできると思ってるんだ。早くマクラジェンから逃れたいよ。で、逃れると言えば」ハリーが立ち上がって、ファイアーボルトを持ち上げながら、つけ加えた。「ラベンダーが会いに来たとき、眠ったふりするの止めてくれない?僕も、うんざりだよ」
「ああ」ロンが恥ずかしそうに言った。「ああ、分かった」
「もう、つき合いたくないんなら、ちゃんとそう言えば」ハリーが言った。
「うん・・・そのう・・・それって、そんなに簡単じゃないんだよ、そうだろ?」ロンは言ってから、少し間を置いた。「ハーマイオニーは試合の前に、ここに寄るかな?」何気なく、つけ加えた。
「いや、もうジニーと一緒に競技場に降りてったよ」
「ああ」ロンが、かなりむっつりしたように言った。「分かった。ええと、幸運を祈る。君が、マクラジェ――じゃなくて、スミスを、やっつけるのを期待するよ」
「努力するよ」箒を肩にかついだ。「試合の後でね」
ハリーは、誰もいない廊下を急いで降りた。学校中の生徒たちが外に出ていて、もう競技場の観客席に座っているか、行こうとしているかだった。通りすがりに窓から外を眺めて、どのくらいの風に向かって飛ぶことになるのか調べようとした。そのとき上で物音がしたので見上げると、マルフォイが、すねて怒っているような二人の女の子と一緒に、こちらに向かって歩いてくるところだった。マルフォイは、ハリーを見ると急に立ち止まったが、短く、おもしろくなさそうに笑って、歩き続けた。
「どこに行く?」ハリーが問いつめるように聞いた。
「ああ、おまえに言うことがある。おまえに関係あることだからな、ポッター」マルフォイが冷笑した。「急いで行けよ。みんなが、『選ばれたキャプテン』を――『得点した男の子』か――最近は何と呼ばれてるか知らないが、待ってるだろ」
女の子の一人が、不承不承に笑った。ハリーが見つめたので、赤くなった。マルフォイはハリーを押しのけて通っていき、女の子とその友だちも急ぎ足で後に続いて、角を曲がって見えなくなった。
ハリーはその場に根が生えたように立って、後ろ姿が見えなくなるまで見送っていた。これは腹が立つことだった。もう試合に間に合うぎりぎりの時間だった。それなのにマルフォイは、学校中に誰もいない間に、こそこそどこかに行った。マルフォイが何を企んでいるのか見つけ出すには絶好の機会だ。数秒間がむだに過ぎたが、ハリーはそこに凍りついたように立っていて、マルフォイが消えた場所を見つめていた・・・
「どこに行ってたのよ?」ハリーが更衣室に飛び込んだとき、ジニーが問いつめた。チーム全員が着替え終わって準備ができていた。ビーターのクートとピ―クスは、いらいらしたように足にクラブを打っていた。
「マルフォイに会った」ハリーが、深紅のローブを頭からかぶりながら、そっと言った。
「それで?」
「それで、全員がここに来ているのに、あいつが二人の女友だちと一緒に、城でいったい何を企んでいるのか知りたいと思って・・・」
「それって、今、問題なの?」
「うーん、それが問題かどうか、今は見つけ出せそうにないだろ?」ハリーが、ファイアーボルトを握り、眼鏡をまっすぐにかけ直した。「じゃ、行こう!」
それ以上何も言わず、耳を聾する喝采とブーイングの中、競技場に堂々と出て行った。雲は切れ切れで、風はほとんどなかった。ときおり、明るい日光が目もくらむように差し込んだ。
「油断のならないコンディションだ!」マクラジェンが元気をつけるようにチームに言った。「クート、ピークス、太陽に背を向けて飛びたいだろう。そうすれば、相手は君たちの来るのが見えないから――」
「僕がキャプテンだ、マクラジェン、指示を与えるのは止めてくれ」ハリーが怒った。「ゴールポストのそばに立っているだけでいい!」
マクラジェンが、ゆうゆうと行ってしまうと、ハリーはクートとピークスの方を向いた。
「必ず太陽に背を向けて飛ぶようにしろ」と不承不承に言った。 それから、ハフルパフのキャプテンと握手をして、マダム・フーチのホイッスルで試合が始まると、チームの誰よりも高く空中へ飛び上がり、スニッチを探して競技場の周りを疾走した。スニッチを、巧く早く見つけることができれば、城へ戻って「盗人の地図」を見て、マルフォイが何をしているのか見つけ出せるかもしれない・・・
「クアッフルを持ってるのは、ハフルパフのスミスです」夢見るような声が地上に響いた。「スミスは、もちろん先回実況中継をしました。そしてジニー・ウィーズリーが飛んでいって、ぶつかりました。きっとわざとやったんだと思います――そんなふうに見えました。スミスは、グリフィンドールに、とても失礼でした。スミスが、グリフィンドールと試合をしてる今は、後悔しているのを期待します――あら、見て、クアッフルを落としました。ジニーが取りました。私、ジニーが大好き。とってもいい・・・」
ハリーは実況中継席を見下ろした。まさか、誰だってまともな精神状態で、ルナ・ラブグッドに実況中継をさせようとは思わないんじゃないか?けれど、その高いところからでさえ、あの長い汚れた金髪や、バタービールのコルク栓の首飾りは、間違えようがなかった・・・マクゴナガル先生が、ルナの横で、まさしくこの指名に二の足を踏んだかのように、少し居心地悪そうに見えた。
「・・・でも、今、あの大きなハフルパフの選手が、ジニーからクアッフルを取りました。名前が思い出せないわ。ビブルとか何とか――違う、ブギンス――」
「カドワラダーです!」マクゴナガル先生がルナの横から大声で言ったので観客が笑った。
ハリーは、スニッチを探したが見当たらなかった。数分後、カドワラダーが得点した。マクラジェンは、ジニーに向かって、持っていたクアッフルを取られたことを批判していたので、その結果、大きな赤いボールが右の耳のそばを通り過ぎていくのに気がつかなかった。
「マクラジェン、自分の仕事に集中して、他のメンバーは放っといてくれ!」ハリーが、キーパーのところに旋回していって怒鳴った。
「君が、よい手本を示していないんだ!」マクラジェンが、ひどく怒って赤い顔をして怒鳴り返した。
「ハリー・ポッターが、キーパーと口論しています」ルナがのどかに言った。その間、下のハフルパフとスリザリンの両方の観客が喝采して野次った。「口論しても、スニッチを見つけるのに役に立たないと思います。でも、あれはきっと賢い戦略なのかも・・・」
ハリーは、怒って、ののしりながら、くるっと向きを変え、とても小さい羽の生えた金色のボールの痕跡が何かないかと空をじっと見ながら、また競技場を回り始めた。
ジニーとデメルザが一つずつ得点したので、下の赤と金をまとったサポーターたちが喝采した。カドワラダーが、また得点したので同点になったが、ルナは気づかないようだった。点数などというありふれたものには、極端に興味がないようで、おもしろい形をした雲とか、ザカライア・スミスが、クアッフルを今までのところ一分間以上持っていられないのは「敗者のラージ―」とかいう何かを患っている可能性があることとかに、観客の注意を引こうとしていた。
「ハフルパフが70対40で優勢です!」マクゴナガル先生が、ルナの拡声器に向かって怒鳴った。
「もう、そんなに?」ルナがぼんやりと言った。「まあ、見て!グリフィンドールのキーパーがビーターのバットを握りました」
ハリーは空中でさっと振り返った。確かに、マクラジェンが本人にしか分からない理由でピークスのバットを取り上げ、ブラッジャーを、やって来るカドワラダーに向かってどうやって打つかを実演しているようだった。
「バットを返して、ゴールポストに戻ってくれないか!」ハリーが叫んで、マクラジェンの方に急いで向かっていったときちょうど、マクラジェンがフラッジャ―を激しく打ったが、方向を誤った。
目がくらむような、吐き気をもよおす痛み・・・閃光・・・遠くの叫び声・・・そして長いトンネルを落ちていくような感じ・・・
ハリーが次に気がついたときは、とても暖かくて心地よいベッドに横になって、影になった天井に金色の光の輪を投げかけているランプを見上げていた。頭をぎこちなく上げてみた。左側のベッドには、見慣れた、そばかすのある赤毛の人物がいた。
「ひょっこり来てくれて嬉しいよ」ロンがにやにや笑いながら言った。
ハリーは目をぱちぱちさせて見回した。もちろん、そうだ。病棟にいるんだ。外の空は、藍色で、真っ赤な縞模様が走っていた。試合が終わってから何時間も経つに違いない・・・マルフォイを追いつめる希望もなくなってしまった。頭が奇妙に重く感じた。手を上げると硬いターバンのような包帯に触れた。
「何があったの?」
「頭蓋骨にひびが入ったんです」マダム・ポンフリーが、忙しそうに近づいてきて、枕の上に押し戻した。「心配することはないわ。私がすぐに治しましたからね。でも一晩はここにいてもらいます。数時間は、頑張りすぎてはいけませんよ」
「ここに一晩中なんて、いたくない」ハリーが怒りながら起き上がり、上掛けを、はねのけた。「マクラジェンを見つけて殺してやる」
「残念ながら、それは『頑張りすぎ』の部類に入ると思いますよ」マダム・ポンフリーが、ハリーを断固とした態度でベッドに押し戻して、脅すように杖を上げながら言った。「私が、許可するまで、ここにいなくてはいけませんよ、ポッター、さもないと校長先生を呼びます」
そして忙しそうに部屋に戻っていった。ハリーは、怒りながら枕の中にドサッと沈み込んだ。
「何点差で負けたか知ってる?」ロンに、歯を食いしばりながら尋ねた。
「うーん、ああ、知ってるよ」ロンがすまなそうに言った。「最終得点は、320対60だよ」
「お見事」ハリーが、かんかんに怒って言った。「まったくお見事だよ!僕がマクラジェンをとっ捕まえたら――」
「とっ捕まえたくはないだろ、あいつはトロルみたいにでっかいよ」ロンが、冷静に考えて言った。「僕個人としては、あのプリンスの足の爪を伸ばす呪文をかけるのがいいと思うよ。とにかく、君がここから出るまでに、チームの残りのメンバーが、あいつに思い知らせてくれるよ。みんな怒ってるんだから・・・」
ロンが、とても押し殺してはいるが大喜びしているのが口調から感じられた。マクラジェンが、あんなにゲームを台なしにしたのは、最高にわくわくする出来事だと思っているようだった。ハリーは、横になって天井の光のたまり場を眺めていた。治してもらったばかりの頭蓋骨は、ことば通りに痛むというわけではなかったが、ぐるぐる巻きに包帯された下で、少し敏感になっている感じがした。
「ここから試合の実況中継が聞こえたよ」ロンの声は、笑い出しそうに震えていた。「ルナが、これからいつも実況してくれたらいいのに・・・敗者のラージ―だってさ・・・」
しかし、ハリーはまだ、その状況をおもしろいと思えないほど怒っていたので、少ししてロンの鼻息は収まった。
「君が意識がないときに、ジニーが来たんだ」ロンが、長い間をおいてから言った。ハリーの想像力は猛烈に活動して、すぐに次のような光景を作り出した。その中では、ジニーが、自分の意識のない姿に覆いかぶさって泣きくずれ、ハリーを深く愛していると告白し、その間、ロンが二人を祝福していた・・・「君は試合開始ぎりぎりに来たんだってね。どうしたの?ずいぶん早くここを出たのに」
「ああ・・・」ハリーが言ったが、そのとき心の中の光景が、内側に破裂した。「うん・・・あのう、マルフォイが、二人の女の子と一緒にこそこそどっかへ行くのを見たんだ。その二人は一緒にいたくないようだったけど。で、それは、あいつが、学校のみんなと一緒にクィディッチの競技場にいなかった二度目なんだ。こないだの試合もサボっただろ?」ハリーはため息をついた。「試合が、こんなひどいことになるんだったら、あいつの後をつけりゃよかったよ・・・」
「ばかなこと言うなよ」ロンが鋭い口調で言った。「君はキャプテンなんだから、マルフォイの後を追っかけるだけで、クィディッチの試合をすっぽかすわけにはいかなかっただろ!」
「あいつが何を企んでるのか知りたいんだ」ハリーが言った。「それに、全部、僕の妄想だって言うなよ。僕は、あいつとスネイプの話を聞いたんだからね――」
「僕は、全部、君の妄想だなんて言わなかったよ」ロンが、代わりに片肘を立てて半身を起こし、顔をしかめてハリーを見た。「でも、たった一人の人物だけが、何かを企んでると決まっているわけじゃないよ!君は、ちょっとマルフォイに取りつかれてるよ、ハリー。つまり、あいつを追跡したいから、試合をすっぽかそうと考えるなんてさ・・・」
「僕は、あいつの現場を捕まえたいんだ!」ハリーが欲求不満気味に言った。「つまり、地図から消えている間、どこにいるのさ?」
「分かんない・・・ホグズミード?」ロンがあくびをしながら言ってみた。
「あいつが、地図の上で秘密の抜け道を通ってるのは見たことないんだ。とにかく、そういう道は、今じゃ見張られてるだろ?」
「うーん、それじゃ分かんない」ロンが言った。
二人は黙った。ハリーは、頭の上の灯りの輪を見上げて考えていた・・・
もしルーファス・スクリンジャーほどの力を持っていれば、マルフォイに尾行をつけることができるだろう。けれど不幸なことに、ハリーは、自分の命令に従うオーラ―が一杯いる部屋を持ってはいなかった・・・つかの間、DAで何かをしようと考えたが、やはり授業中に生徒がいなくなってしまうという問題があった。とどのつまり、大部分の生徒の時間割が、まだ一杯なのだから・・・
ロンのベッドから低くゴーゴーいういびきが聞こえた。少ししてマダム・ポンフリーが部屋から出てきたが、今度は厚いガウンを着ていた。ハリーは、寝たふりをするのは簡単だったので横向きになっていた。マダム・ポンフリーが杖を振ると、部屋中のカーテンがひとりでに閉まるのが聞こえた。灯りがほの暗くなって、自分の部屋に戻っていった。出た後で、扉にカチッと鍵がかかる音がした。それでベッドに行ったのだと分かった。
ハリーは暗闇で思い返した。これで、クィディッチの怪我で病棟に運び込まれたのは三度目だ。この前は、競技場にデメンターが現れたので箒から落っこちた。その前は、どうしようもなく下手なロックハート先生のせいで、腕から全部の骨がなくなってしまった・・・あれは、これまでで最も痛い思いをした怪我だった・・・一晩に、腕一本分の骨が再生するときの激しい痛みを思い出した。あのときの気分の悪さは、予期せぬ訪問者があったので、よけいひどくなった。それも夜中――」
ハリーは、ベッドの上で起き上がった。心臓がドクンドクンと打っていた。包帯のターバンが斜めにかしいだ。とうとう解決策を見つけた。マルフォイに尾行をつける方法があったのだ――どうして忘れていたんだろうか、なぜ、もっと早く思いつかなかったのだろうか?
しかし問題は、どうやって呼ぼうか?何をしたらいい?ハリーは、静かに慎重に暗闇に向かって話しかけた。
「クリーチャー?」
とても大きなパチッという音がした、それから動き回り、きしむような物音が静かな部屋一杯に聞こえた。ロンが叫び声をあげて目を覚ました。
「いったい何――?」
ハリーは、マダム・ポンフリーが走って来ないように、急いでその部屋の扉の方に杖を向けて「ムフリアト!」とつぶやくように言った。それからベッドの端の方に、はって進んでいって、何が起こっているのかよく見ようとした。
二人のハウスエルフが、部屋の真ん中の床の上でゴロゴロ転がっていた。一人は、縮んだ赤紫色のセーターを着て毛糸の帽子をいくつかかぶっていた。もう一人は、汚い古いボロ布を腰巻のように巻いていた。それから、もう一度大きなドンという音がして、ポルターガイストのピーブスが取っ組み合っているエルフたちの上の空中に現れた。
「見てたぞ、ポッティー!」下の争いを指さしながら、怒ったように言った。それから大きなかん高い声で笑った。「そのちっぽけな生き物がけんかするのを見ろよ。噛みつき噛みつき、殴り殴り――」
「ドビーの目の前で、クリーチャーがハリー・ポッターのことを侮辱するのは許さない。絶対に。さもなけりゃドビーが、クリーチャーの口を塞いでやる!」ドビーがかん高い声で叫んだ。
「――けっとばし、引っかき!」ピーブスが楽しそうに叫んで、今度はチョークをエルフたちに向かって投げつけ、ますます怒らせた。「つねり、突っつき!」
「クリーチャーは、ご主人に対して言いたいことをいってやる、ああそうだとも、それでもって、何てご主人だ、『穢れた血』の汚らわしい友だちだなんて、ああ、可愛そうなクリーチャーの女主人様は何て言うだろ――?」
クリーチャーの女主人が正確に何と言ったか、分からなかった。というのはその瞬間ドビーが節くれだった小さなこぶしをクリーチャーの口に命中させ、その歯の半分を叩き出したからだった。ハリーとロンの二人ともベッドから飛び出し、二人のエルフを、ねじり取るように引き離した。ハウスエルフたちは、ピーブスにそそのかされて、まだ互いに蹴っ飛ばしたり殴ったりしていた。ピーブスは、灯りの周囲にサーッと舞い降りてはキーキー叫んでいた。「奴の鼻に指突っ込め、かっかとさせろ、耳引っぱれ――」
ハリーは、ピーブスに杖を向けて言った。「ラングロック(長い鍵)!」ピーブスは、自分の喉をつかもうとして、ぐっと息をのんだ。喉が口の上あごにくっついてしまったので、話すことができず、ばかにするような身振りをしながら、サーッと部屋から飛び出ていった。。
「巧いね」ロンが論評するように言って、ドビーを空中に浮かび上がらせたので、その振り回した手足が、もうクリーチャーと接触できなくなった。「それも、プリンスのまじないなの?」
「うん」ハリーが、クリーチャーの萎びた腕をレスリングの首攻めのようにねじり上げた。「よし――おまえたち二人が、けんかをするのを禁止する!ええと、クリーチャー、君はドビーとけんかしてはいけない。ドビー、僕は、君に命令してはいけないのは分かってるけど――」
「ドビーは自由なエルフ。好きな人の命令に従う。ドビーはハリー・ポッターがしてほしいことなら何だってする!」ドビーが言った。涙が、萎びた小さな顔からセーターの上に流れ出ていた。
「分かった、それじゃ」ハリーが言って、ロンと二人で術を解いたので、ハウスエルフは床の上に落っこちたが、もう争い続けてはいなかった。
「ご主人が呼んだ?」クリーチャーが、しわがれた声で言って、ハリーが苦しんで死ねばいいと言うような目つきで見ながら、沈み込むようなお辞儀をした。
「うん、呼んだ」ハリーは、マダム・ポンフリーの部屋の扉の方をちらっと見て「ムフリアト」の呪文がまだ効いているかどうか確かめた。騒動を聞きつけたような気配は何もなかった。
「やってほしい仕事がある」
「クリーチャーは、ご主人が望むことを何でもやる」クリーチャーが、とても低くお辞儀をしたので唇がもう少しで節くれだったつま先に着きそうだった。「クリーチャーは選ぶ余地がないからだ。でもクリーチャーはこんなご主人を持って、とても恥ずかしい、そうとも――」
「ドビーがする、ハリー・ポッター!」ドビーがキーキー声で言った。そのテニスボールのように大きな目には、まだ涙があふれていた。「ドビーは、ハリー・ポッターを手伝うのを名誉に思う!」
「考えてみると、二人いるのはいいことだ」ハリーが言った。「分かった、それじゃ・・・ドラコ・マルフォイを尾行してほしい」
ハリーは、ロンの顔に驚きと怒りの混じった表情が浮かぶのを無視して続けた。「あいつが、どこにいくのか、誰に会うのか、何をしているのかを知りたい。君たちは、絶え間なく、あいつを尾行してほしい」
「はい、ハリー・ポッター!」ドビーが、興奮して大きな目を輝かせながら、すぐに言った。「もしドビーが失敗したら、一番高い塔から飛び降りる、ハリー・ポッター!」
「そんなこと、しなくていいよ」ハリーが急いで言った。
「ご主人は、マルフォイ家の一番若いのを尾行してほしい?」クリーチャーがしわがれ声で言った。「ご主人は、私に、昔の女主人様の純血の孫を、こっそり見張ってほしい?」
「そういうことだ」ハリーは言ったが、大きな危険があるかもしれないと気がついて、すぐに防ごうと決心した。「あいつに密告してはいけない、クリーチャー、それに君がやっていることを、あいつに知らせてはいけないし、一言も口をきいてはいけないし、伝言を書いてもいけないし、また・・・またどんなやり方でも連絡をとってはいけない、分かった?」
ハリーは、クリーチャーが、与えられた指示の抜け穴を見つけようと苦闘しているような気がしたので、待っていた。一、二分後、クリーチャーが、また深くお辞儀をして、ひどく怒りながら言ったので、ハリーは、とても満足した。「ご主人は、すべて考え尽くしているから、クリーチャーは従わなくてはならない。たとえクリーチャーが、マルフォイ少年の召使の方が、はるかにずっといいと思ってもだ。ああ、そうだとも・・・」
「それじゃ、それで決まった」ハリーが言った。「定期的に報告してほしい。でも、現れるときは、周りに人がいないのを確かめてね。ロンとハーマイオニーならいいけど。それから、君たちがやってることを、他の誰にもしゃべってはいけない。二つのイボ取りの膏薬みたいにマルフォイにくっついていろ」
++++