funini.com -> Harry Potter -> and the half-blood prince -> ・第十七章 スラグホーンの記憶(ナメクジのようにものくさな記憶)

ハリーポッターと混血のプリンス

・第十七章 スラグホーンの記憶(ナメクジのようにものくさな記憶)

 お正月から数日たった日の午後遅く、ハリー、ロン、ジニーは、ホグワーツに戻るために台所の暖炉のそばに並んでいた。生徒たちを素早く安全に学校に戻すために、魔法省が、フルー網を、今回だけ接続させたのだ。そこにいて見送っていたのは、ウィーズリー夫人だけだった。ウィーズリー氏、フレッドとジョージ、ビルとフラーは、仕事に出かけていた。ウィーズリー夫人は別れるときに、わっと泣き崩れた。最近、ちょっとしたことで泣き出すのは、みんなが認めるところだった。クリスマスの日に、パーシーが、眼鏡にマッシュしたパースニップを、はね散らかされて(それに関しては、フレッドとジョージとジニーの三人が自分の手柄だと主張したが)、怒って飛び出して以来、ときどき泣いていた。
 「泣かないで、ママ」ジニーが、自分の肩に頭を乗せてすすり泣いていたウィーズリー夫人の背中を軽くたたいた。「大丈夫よ・・・」
 「ああ、僕たちのことは心配しないで」ロンは、母が頬にとても湿っぽいキスをするのを許した。「それにパーシーのこともね。あんなまぬけ、いなくても、たいしたことないだろ?」
 ウィーズリー夫人は、ハリーを両腕で抱いて、いっそう激しくすすり泣いた。
 「気をつけると約束してね・・・やっかいごとに巻き込まれないように・・・」
 「いつだってそうしてるよ、おばさん」ハリーが言った。「僕は平穏無事な生活が好きなんだ。分かってるでしょ」
 ウィーズリー夫人は、涙っぽい含み笑いをして後ろに下がった。
 「いい子にしてね、それじゃ、みんな・・・」
 ハリーが、鮮やかな緑色の炎の中に足を踏み入れ叫んだ。「ホグワーツ!」ウィーズリー家の台所とウィーズリー夫人の涙にくれた顔が、つかの間見えたのを最後に、炎に包み込まれた。とても速くコマのように回転しながら、他の魔法使いの部屋を、ぼんやりと垣間見た。そういう風景はさっと飛び去り、やがてきちんと見えるようになってきた。それから回転がゆっくりになり、最後にマクゴナガル先生の部屋の暖炉の中に、まともな姿勢で止まった。暖炉の鉄格子を乗り越えて出ていくと、先生は、仕事の手を休めて見上げようともしないほどだった。
 「今晩は、ポッター。絨毯の上に灰を落とさないように気をつけて」
 「はい、先生」
 「ハリーが眼鏡をきちんとかけ直して髪を押さえたとき、ロンが回転しながら現れた。ジニーが着いてから、三人揃ってマクゴナガルの部屋からぞろぞろ歩いて出て、グリフィンドールの塔に向かった。ハリーは歩きながら廊下の窓の外をちらっと見た。太陽が、もう沈みかけていた。地面には、雪が、隠れ家の庭に積もっていたよりもっと深く一面に覆っていた。遠くの方に、ハグリッドが、小屋の前でバックビークに餌をやっているのが見えた。
 「バーブルズ(安ぴか物)」太った婦人のところに着いたとき、ロンが自信を持って言った。婦人は、いつもより顔色が悪いようで、ロンの大声にたじろいだ。
 「違います」
 「とういう意味、『違う』って?」
 「新しいパスワードになりました。どうか怒鳴らないで下さい」
 「でも僕たち、いなかったんだよ、いったいどうやって――?」
 「ハリー!、ジニー!」
 ハーマイオニーが、こちらの方へ急いでやって来た。顔がピンク色に上気して、マントを着て、帽子をかぶり、手袋をはめていた。
 「私、数時間前に戻ってきたの。ハグリッドとバック――つまりウィザーウィングスのとこへ、ちょうど行ってきたとこ」息を切らしていた。「楽しいクリスマスだった?」
 「ああ」ロンが、すぐに言った。「いろんなことがあったよ。ルーファス・スクリン――」
 「あなたに渡すものがあるわ、ハリー」ハーマイオニーが、ロンを見もせず、話を聞いた素振りもまったく見せずに言った。「ああ、ちょっと待って――パスワード『禁酒』」
 「まさにその通り」太った婦人が弱々しい声で言って、さっと前に開き肖像画の穴を示した。
 「太った婦人、どうしたの?」ハリーが尋ねた。
 「クリスマス中に飲みすぎたみたいよ」ハーマイオニーが目をくるくる回しながら言って、先頭に立って混みあった談話室に入っていった。「友だちのバイオレットと二人で、呪文の教室の廊下の、酔いどれ修道士たちの絵の中の葡萄酒を全部飲んでしまったの。とにかく・・・」
 少しの間ポケットの中を探っていたが、それからダンブルドアの筆跡で書かれた羊皮紙の巻物を引っぱり出した。
 「すてきだ」ハリーは、すぐに開いて、ダンブルドアの個人授業が次の日の夜なのを知った。「僕、話すことが山ほどあるんだ――それに君にも。座ろうよ――」
 しかし、そのとき「ロンロン!」という大きなキーキー声が上がって、ラベンダー・ブラウンがどこからともなく突進してきてロンの腕の中に飛び込んだ。見ていた数人が忍び笑いをもらした。ハーマイオニーがチリンチリンと鳴るような笑い声を上げて言った。「この向こうにテーブルがあるけど・・・ジニー来る?」
 「いいえ、ありがと、でも、私ディーンと会うって言ったでしょ」ジニーが言ったが、それほど乗り気でないのに、ハリーは気づいてしまった。ロンとラベンダーが一種の直立したままの格闘技のように組み合って動かないのを放っておいて、ハリーはハーマイオニーを空いたテーブルに誘った。
 「で、クリスマスはどうだった?」
 「ああ、よかったわ」ハーマイオニーは肩をすくめた。「特に変わったこともなかったけどね。ロンロンちでは、どうだったの?」
 「今から話すよ」ハリーが言った。「聞いて、ハーマイオニー、君、できないかな――?」
 「いえ、私できない」にべもなく言った。「だから尋ねてもむだ」
 「僕、思ったんだけど、ほら、クリスマスの間に――」
 「五百年物の葡萄酒の大桶を飲み干したのは太った婦人で、ハリー、私じゃないの。だから、あなたが話したいその重大なニュースって何なのよ?」
 ハーマイオニーはそのとき、話し合うにはあまりに機嫌が悪そうだったので、ハリーは、ロンと仲直りの問題を持ち出すのは止めにして、自分が聞いたマルフォイとスネイプの間の会話をすべて話した。
 話し終えると、ハーマイオニーは少しの間黙って座っていたが、それから言った。「あなた、こう思わない――」
 「――スネイプが手助けを申し出るふりをして、マルフォイに、何をやってるのか話させようとしてるって?」
 「まあ、そうよ」ハーマイオニーが言った。
 「ロンのパパとルーピンは、そう思ってる」ハリーが不承不承に言った。「でも、これで、マルフォイが何かを企んでいることがはっきりと証明された。そのことは君だって否定できないだろ?」
 「ええ、そうね」ハーマイオニーがゆっくりと言った。
 「それに、マルフォイはヴォルデモートの命令で行動している。僕が言った通りにね!」
 「うーん、どちらかが、ほんとうにヴォルデモートの名前を口にしたの?」
 ハリーは思い出そうとして顔をしかめた。
 「はっきりしないな・・・スネイプが『君の目上』って言ったのは確かだけど、ヴォルデモートの他に誰かいるかな?」
 「分からないわ」ハーマイオニーが唇を噛みながら言った。「父親とか?」
 そして、じっと考え込んで部屋の向こうを見つめていて、ラベンダーがロンをくすぐっているのにさえ気づいていないようだった。「ルーピンはどう?」
 「あんまり調子よくなさそうだよ」ハリーが言った。そして、人狼の中でのルーピンの任務と、その中での難しさについて語った。「このフェンリル・グレイバックっての、聞いたことある?」
 「ええ、あるわ!」ハーマイオニーが驚いたように言った。「あなただって聞いたことあるはずよ、ハリー!」
 「いつ、魔法歴史?君がよーく知ってるように、僕、全然聞いてなかったから・・・」
 「違う違う、魔法歴史じゃないったら――マルフォイが、グレイバックのことを言ってボーギンを脅してたわ!」ハーマイオニーが言った。「この間ノクターン横丁で。覚えてない?マルフォイはボーギンに、グレイバックが古くからの家族の友人で、ボーギンがちゃんと仕事をやってるかどうか調べるって言ってたわ!」
 ハリーは、ぽかんと口を開けて見つめた。「忘れてた!でも、これでマルフォイがデス・イーターだって証明されるよ。そうでなかったら、他にどうやってグレイバックと連絡を取って命令するのさ?」
 「かなり疑わしいけど」ハーマイオニーがささやくように言った。「もし、こうでなければね、つまり・・・」
 「もう、いい加減にしてよ」ハリーが怒ったように言った。「これを、うまく言い逃れることはできないよ!」
 「ええと・・・ただの脅しかも」
 「君って、なかなか信じようとしないんだね」ハリーが首を横に振りながら言った。「どっちが正しいか、今に分かるさ・・・君は、前言を取り消すことになるだろうよ、ハーマイオニー。ちょうど魔法省のようにね。ああ、そうだよ、僕、ルーファス・スクリンジャーとも、けんかしたんだ・・・」
 その夕方、その後は、二人で魔法省を口を極めてののしって友好的に過ぎた。というのは、ハーマイオニーも、ロンと同じく、魔法省が、昨年度中ハリーをあれだけの目にあわせておきながら、今になって助けを求めるとは何て厚かましいことかと思ったからだ。
 翌朝の新学期は、夜の間に談話室の掲示板に大きな知らせが張り出されていて、六年生にとっては嬉しい驚きで始まった。

「姿あらわし」教習

現在十七歳であるか、もしくは八月三十一日を含み、それまでの日に十七歳になる者は、魔法省「姿あらわし」指導者から、一課程十二週間の
「姿あらわし」教習を受ける資格がある。
参加者は、下に記名のこと。
費用:十二ガレオン

 ハリーとロンは掲示の周りで押し合っている人込みの中に加わって、順番に下に名前を書いた。ロンが、ハーマイオニーの後に名前を書こうと羽ペンを取り上げたちょうどそのとき、ラベンダーが後ろに忍び寄って両手で目を覆い、さえずるように言った。「だーれだ、ロンロン?」ハリーが振り向くと、ハーマイオニーが大またで立ち去っていくところだった。ロンとラベンダーと一緒に残ろうとは全然思わなかったので、ハーマイオニーに追いついた。しかし驚いたことには、肖像画の穴を出て少し行ったところで、ロンが二人に追いついた。両耳は真っ赤で、むっとした表情をしていた。ハーマイオニーは何も言わずに早足になって、ネビルに追いつき一緒に歩いていった。
 「で、姿あらわしは」ロンが言ったが、その口調には、今起こったことに対してハリーが言おうとしなかった思いが、とても分かりやすく表れていた。「きっと楽しいよ、ね?」
 「分かんない」ハリーが言った。「自分でやればもっといいんだろうけど、ダンブルドアが一緒に連れてってくれたときは、ちっとも楽しくなかった」
 「君が、やったことあるの忘れてたよ・・・僕は、一度めの試験に合格したいんだ」ロンが心配そうに言った。「フレッドとジョージと同じように」
 「でも、チャーリーは一度目は合格しなかったんだろ?」
 「ああ、でもチャーリーは僕より、でかいから」ロンは両腕を体から離してゴリラの真似をした。「だからフレッドとジョージは、そのことはあんまり言わないんだ・・・顔のことじゃないよ、とにかく・・・」
 「試験はいつ受けれるの?」
 「十七歳になってすぐだよ。つまり、僕にとっては、もう三月のことだ!」
 「ああ、でもここ、城の中じゃ、姿あらわしできないよ・・・」
 「それは問題にならないんじゃない?やろうと思えば、ここで、姿あらわしできるって、みんな知ってると思うよ」
 「姿あらわし」の講習に期待して興奮しているのは、ロンだけではなかった。その日一日中、もうすぐ行われる教習の話題で盛り上がった。思い通りに、消えたり現れたりできるのは、とても重大なことだと思われていた。
 「できさえしたら何て、かっこいいんだろ、――」シェーマスが、消えることを表して、指をパチッと鳴らした。「いとこのファーガスが、僕を怒らせるためだけにやるんだ。僕が、できるようになって帰るのを待ってるがいい・・・もう絶対、安心できないようにしてやるから・・・」
 シェーマスは、この将来の幸せな姿を思い描いて、杖を少し熱狂的に振りすぎた。それで、その日の呪文の授業の目標である、きれいな水の噴水を出す代わりに、水をホースから出すように勢いよく噴き出させてしまい、その水が天井に当たって跳ね返ってフリットウィック先生をぶっ飛ばし、うつぶせに押し倒してしまった。
 「ハリーは、もう姿あらわししたことがあるんだよ」ロンが、少し恥ずかしがっているシェーマスに言った。フリットウィック先生が、杖を一振りして自分を乾かし、シェーマスに罰として書き取りの宿題(「私は魔法使いであって、棒を振り回すヒヒではありません」という文)を出した後だった。「ダン――そのう――誰かが連れてってくれたんだ。ほら、『一緒の姿あらわし』だよ」
 「へーっ!」シェーマスがささやいて、ディーンとネビルも頭を少し寄せてきて、姿あらわしとはどんな感じかするものかを聞いてきた。その日ずっと、ハリーは、他の六年生から、姿あらわしが、どんな感じかと聞かれ続けて、うんざりした。どんなに不愉快な気分だったかを話すと、聞いた子たちは、やる気をなくすというより畏れの気持ちを抱いたようだった。その後、もっと細かいことまで質問に答え続けたが、夜八時十分前になると、ダンブルドアの個人授業に間に合うように抜け出すため、図書室に本を返しに行かなくてはならないと嘘をつくはめになった。
 ダンブルドアの部屋には、灯りがそこここに点っていて、これまでの校長先生の肖像画たちが額縁の中で穏やかにいびきをかいていた。ペンシーブが、また机の上に用意されてあった。その両端にダンブルドアの両手が置かれていたが、その右手は相変わらず黒く焼けただれていて、少しも治ったように見えなかった。ハリーは、もう百回目くらいになるけれど、いったいどうしてこんな特殊な怪我をしたのだろうと思ったが、尋ねなかった。ダンブルドアが、やがては分かるだろうと言ったし、いずれにせよ、今話したいのは別の問題だった。しかし、ハリーがスネイプとマルフォイのことについて何も言えないうちに、ダンブルドアが言った。
 「クリスマスの間に、魔法省大臣に会ったそうだが?」
 「はい」ハリーが言った。「大臣は、僕の態度が気に入りませんでした」
 「そうだな」ダンブルドアがため息をついた。「私のことも、まったく気に入っておらんよ。辛いが、押しつぶされないように頑張らなくてはならん、ハリー、戦い続けるのだ」
 ハリーは、にやっと笑った。
 「大臣は、僕に、魔法省がすばらしい仕事をしていると魔法社会に語ってほしいと言いました」
 ダンブルドアが微笑んだ。
 「それは、元々はファッジの思いつきなのだよ。ファッジは大臣であった最後の日々、自分の職にしがみつこうと必死になっていたが、君が支持してくれるのを期待して、君に会いたがっていた――」
 「去年、あれだけのことをやったくせに?」ハリーが怒った口調で言った。「アンブリッジの後で?」
 「私は、コーネリアスに、君に会える可能性はまったくないと言ったのだが、その思いつきは、ファッジが職を去ってからも、なくならかった。スクリンジャーが、大臣に指名されて数時間しか経たないうちに、我々は会って、君に会わせろと言われた――」
 「だから、あなたは言い争ったんだ!」ハリーがうっかり口を滑らせた。「デイリー・プロフェットに書いてあった」
 「プロフェット紙は、ときには真実を報じることもある」ダンブルドアが言った。「たとえ偶然にしても。そうだ、我々が言い争ったのは、そういうわけだ。まあ、ルーファスは、とうとう君を追いつめる道を見つけ出したようだな」
 「大臣は、『徹頭徹尾ダンブルドアの部下』だと、僕を責めました」
 「なんと無礼なことだ」
 「僕は、そうだと言いました」
 ダンブルドアは口を開いて何か言おうとしたが、閉じた。フォークスが、ハリーの後ろで、低く穏やかな音楽的な鳴き声を上げた。ハリーは、突然ダンブルドアの明るい青い目が少し涙ぐんだようにみえたので、とても困って、急いで自分のひざを見つめた。しかし、ダンブルドアが話し始めたときは、とても落ち着いた声だった。
 「私はとても感動したよ、ハリー」
 「スクリンジャーは、あなたがホグワーツにいないとき、どこに行くのか知りたがっていました」ハリーが、まだじっと自分のひざを見ながら言った。
 「そう、それで、とても騒々しく攻め立てられているよ」ダンブルドアが、快活な調子で言ったので、ハリーはもう顔を上げても大丈夫だと思った。「私を、追跡させようとまで、したのだ。実におもしろいが、ドーリッシュに私の跡をつけさせた。前に一度、あれに呪文をかけざるを得ない状況に陥ったことがあるのだから、それは、思いやりがあるとは言えなかったよ。今度も、そうしたが、非常に遺憾に思っている」
 「じゃ、まだ、先生の行き先は知られていないんですか?」ハリーが、この興味ある問題について、もっと知りたいと思って尋ねた。しかしダンブルドアは、半月型の眼鏡越しに微笑んだだけだった。
 「そう、知られていない。それに、君が知るのにふさわしい時期でもない。さて、我々は、もし他に何かなければ前進しようではないか?」
 「実は、あります、先生」ハリーが言った。「マルフォイとスネイプについてです」
 「スネイプ先生だ、ハリー」
 「はい先生。二人がスラグホーンのパーティ―の間に話しているのを聞きました・・・そのう、僕は、実は跡をつけたのです・・・」
 ダンブルドアは、ハリーの話を冷静な顔で聞いていた。ハリーが話し終えたとき、少しの間何も言わなかった。それから言った。「話してくれてありがとう、ハリー。しかし、それを心の中から追い出してくれないか。さほど重要なことだとは思わないのでな」
 「さほど重要じゃない?」ハリーは、信じられないようにくり返した。「先生、お分かりですか――?」
 「ああ、ハリー、恵まれたことに、私は、優れた知力を持っているので、君が語ってくれたすべてを理解したよ」ダンブルドアが少し厳しい口調で言った。「君がした以上に、私が理解した可能性さえあるのだよ。もう一度言うが、打ち明けてくれて嬉しく思う。しかし、私の心を不安にするようなことは何もなかったということを、はっきり言っておきたい」
 ハリーは、ダンブルドアをにらみつけて、心が怒りで煮えくり返りながら黙って座っていた。どうなっているのだろうか?ダンブルドアが、ほんとうにスネイプに対し、マルフォイが何をしているのか探り出すように命じたということだろうか?それなら、ダンブルドアは、ハリーが今話したことをすべて、スネイプからもう聞いているということだろうか?それとも、ほんとうは、今聞いたことで不安を感じているのだが、そうではないふりをしているのだろうか?
 「では、先生」ハリーが、丁寧で冷静に聞こえてほしいと思いながら言った。「先生は、まだ絶対的に信用しているんですか――?」
 「私は、これまでにその質問に忍耐強く答えてきた」ダンブルドアが言ったが、その声は、もうそれほど忍耐強いとは言えなかった。「私の答えは、ずっと変わらない」
 「そうせん方が、いいと思うがね」意地悪そうな声がした。フィーニアス・ナイジェルスは寝たふりをしていただけだった。ダンブルドアは無視した。
 「さあハリー、頑張って進もうではないか。今晩、もっと重要な問題を君と話し合いたいのだ」
 ハリーは、反抗的な思いで座っていた。もし話し合う問題を変えるのを嫌だと言ったら、マルフォイの問題を話し合いたいと言いはったら、どうなるだろう?ダンブルドアが、ハリーの心を読んだかのように首を横に振った。
 「いや、ハリー、このようなことは、親友同士の間でも、しばしば起こるものだ!我々の各々が、自分が言うことの方が、相手の話から得られるかもしれないものよりも、はるかに重要だと思い込んでいるのだ!」
 僕は、先生が、これからおっしゃることが重要でないとは思いません」ハリーが堅苦しく言った。
 「そう、君の言う通りだ。これは、とても重要だ」ダンブルドアが元気よく言った。「私は、今夜君に見せる記憶を二つ用意したが、その両方に、非常に難しいところがある。また、二つ目のものが、私が集めた記憶の中で一番、重要なものだと思う」
 ハリーは、これに何も言わなかった。まだ、自分が打ち明けたことへの返事に怒っていた。けれど、これ以上、言い続けてもむだなような気がした。
 「では」ダンブルドアが響き渡る声で言った。「今から、トム・リドルの物語を続けよう。この間は、リドルがホグワーツの学校生活を始める用意ができたところまでで終わった。魔法使いだと聞いてとても興奮したこと、ダイアゴン横丁へ私のつき添いを拒否したこと、それに、私が、学校に着いたら盗みは止めるよう警告したことを覚えているだろう。
 「さて、新学年度が始まり、トム・リドルがやって来た。中古の制服ローブを着た無口な少年だった。他の新入生たちと一緒に組分けのために並んだ。組分け帽子が、その頭に触れたか触れないかのうちに、スリザリンに決められた」ダンブルドアが続けながら、黒ずんだ手を頭の向こうの棚の方に振った。古びて動かない組分け帽子が、そこにいた。「その寮の有名な創始者がヘビと話ができたことを、リドルがいつ知ったか、それは分からない――きっと、最初の晩だろう。それを知って、リドルは興奮し、ますますうぬぼれたことだろう。
 「しかし、たとえ、スリザリンの談話室でヘビ語を話せるのを披露して、仲間を怖がらせ印象づけたとしても、先生たちには、まったく分からなかった。表立って傲慢なところや、攻撃的な素振りはまったく見せなかった。とてもハンサムな孤児で、めったにないほど才能があったので当然のことだが、学校に到着すると、たちまち先生たちの注目と同情を集めた。礼儀正しく無口で、知識に飢えているように熱心に吸収した。ほとんどすべての先生たちに、とても気に入られた」
 「先生は、孤児院で会ったときどんなふうだったか、他の先生におっしゃらなかったんですか?」ハリーが尋ねた。
 「ああ、言わなかった。表立っては悪いことをしたと悔やむ様子はまったく見られなかったが、内心これまでの態度を後悔し、新しくやり直そうと決心したかもしれない。私は、その機会を与えようと思った」
 ダンブルドアは一息ついて、ハリーをもの問いたげに見た。ハリーは、しゃべろうと口を開いた。ここでも、ダンブルドアは、また確実な証拠があるにもかかわらず、信用を受けるに値しない人間を信用しようとしているじゃないか!しかし、そのとき、あることを思い出した・・・
 「でも、先生は、ほんとうに信用したんじゃないでしょ?リドルが僕に言ったんです・・・あの日記から現れたリドルが、『ダンブルドアは、他の先生たちと違って、僕を気に入っているようには見えなかった』と言いました」
 「リドルが信用できるとは、当然のことだが思わなかったということだ」ダンブルドアが言った。私は、前に見せたように、注意深く観察しようと決心し、実行した。最初は、観察しても、ほとんど収穫はなかった。リドルは、私をとても警戒していた。きっと、自分の身元を発見しようという、ぞくぞくする快感の中で、私に少ししゃべりすぎたと感じたのだろう。学校では決して自分の過去について明かさないように、気をつけていたが、孤児院で興奮してうっかり漏らしたことや、コール夫人が私に打ち明けたことを撤回することはできない。しかし、たくさんの私の同僚の先生たちを、魔力で惹きつけたが、そういうことを私にはしないだけの判断能力は持っていた。
 「学年が上がってくると、リドルは、献身的な友人たちのグループを作った。私は、ましなことばを使いたいと思ってそう呼んでおくが、前に見せたように、リドルが、そのうちの誰にも友情は抱いていなかったのは確かだ。このグループは、城の中で一種の暗い魅力を持っていた。守ってもらいたがる弱い者たち、栄光の分け前を求める野心家、それから、残酷なことを普通よりもっと洗練された形でやれる指導者に向かって、自然に引き寄せられるごろつきたちの混合体、種々雑多な集まりだった。言いかえれば、デス・イーターの先駆者だった。実際、そのうちの何人かがホグワーツを出た後、最初のデス・イーターになった。
 「そのグループは、リドルが厳格に支配していたので、決しておおっぴらな悪事をしているのは見つけられなかった。しかし、その者たちがホグワーツにいた七年間は、誰がやったという決定的な証拠は上がっていないが、とても多くのやっかいな事件が起こったので目立っている。その中で最も深刻なものは、もちろん秘密の部屋が開けられたことであり、その結果、女の子が一人亡くなり、ハグリッドが、誤ってその罪で告発された。
 「私は、ホグワーツでのリドルの記憶をたくさん見つけることはできなかった」ダンブルドアが、萎びた手をペンシーブの上に置きながら言った。「当時、リドルを知っていた者のうち、話す度胸がある者はごくわずかしかいなかった。恐れのあまり話せないのだ。私は、大変苦労して当時を知る者の跡をたどって探し出し、何とかして話させたり、古い記録を探して、マグルと魔法使いの目撃者の両方に質問したりして、記憶を集めた。
 「私の説得に応じて話をしてくれた人たちは、ホグワーツ時代、リドルは、自分の生まれを知りたくてたまらなかったようだったと語った。もちろん、これは理解できる。どのようにして、孤児院で育つに至ったかを知りたいと思うのは当然だ。トロフィーの部屋に飾ってある盾や、古い学校の記録の監督生の一覧表や、魔法界の歴史に関する本の中など、どこかに父のトム・リドルの名前がないかと探したが見つからず、ついに自分の父がホグワーツに足を踏み入れたことはないということを受け入れざるを得なかった。そのとき、自分の名前を永久に捨て、ヴォルデモート卿という名の人間になろうとしたのだろう。そして、これまでは軽蔑していた母の家系を調べ始めた。恥ずべき人間の弱さである『死』に屈服したのだから、魔女であるはずがないと、リドルが思ったあの女性だ。
 「拠りどころになるのは、『マルボロ』という名前ただ一つだった。それが、自分の母の父親の名前だということを、孤児院の人から聞いて知っていた。魔法界の家系の古い本を苦労して調べたあげく、ついにスリザリンから続いている家系が残っているのが見つかった。リドルは、十六歳の夏に、一年に一度戻っていた孤児院を出て、ゴーント家の親戚を探しに出かけた。そして、さあハリー、立ってくれないか・・・」
 ダンブルドアが、また渦巻く真珠色の記憶で一杯の小さな水晶の瓶を持って立ち上がった。
 「これを採集することができたのは、まことに幸運だった」そう言いながら、かすかに光る固まりをペンシーブの中に注いだ。「この記憶を体験すれば、君にもそれが分かるだろう・・・では行こうか?」
 ハリーは石の鉢に近づいていき、すなおに頭を下げ、顔を記憶の表面から中に沈めた。そして、前にも体験してよく知っている無の中を落ちていくという感じを味わった。それから、ほとんど真っ暗闇の乾いた石の床に着地した。
 その場所がどこか分かるのに数秒かかった。ダンブルドアが横に着地していた。ゴーントの家は、ハリーが見たこともないほど言いようがなく汚れていた。天井にはクモの巣が厚く張り巡っていて、床にはほこりが厚く層をなして積もっていた。テーブルの上の汚れがこびりついた鍋の中に、腐ってカビが生えた食べ物があった。今にも消えそうなロウソクが一本、男の足元に置かれていたが、それが、ただ一つの灯りだった。その男は髪の毛とあごひげがたいそう伸びて目も口も隠れていて、暖炉の側の肘掛け椅子にぐったりと座っていたので、ハリーは一瞬死んでいるのではないかと思った。しかし、扉をたたく大きな音がすると、びくっと起き上がって右手に杖を掲げ、左手に短いナイフを持った。
 扉がきしんで開いた。少年が、旧式のランプを持って戸口に立っていた。ハリーには、それが誰だかすぐに分かった。背が高く、青白く、黒っぽい髪で整った顔立ちの――十代のヴォルデモートだった。
 その目が、掘っ立て小屋の中をゆっくりと見回し、肘掛け椅子の男を見つけた。数秒間、二人は互いに見合った。男が、よろめきながら立ち上がると、足元のたくさんの空瓶がガラガラと床を転がった。
 「おまえ!」男は怒鳴った。「おまえ!」
 そして、杖とナイフを高く掲げて、酔っ払いながら突進した。
 「止マレ」
 リドルがヘビ語で言った。男が滑ってテーブルに当たって止まると、カビが生えた鍋がガチャガチャと床に落ちた。男はリドルを見つめた。互いがじっくり考えている間、長い沈黙があった。男が沈黙を破った。
 「オマエモ、話セルノカ」
 「ソウダ、話セル」リドルが言った。そして前に進んで部屋に入ってきたので、その後ろで扉がバタンと閉まった。ハリーは、ヴォルデモートがまったく恐れを感じていないのに憤慨すると同時に称賛したくなった。その顔には、嫌悪感と、多分、失望とが表れているだけだった。
 「マルボロハ、ドコダ」
 「死ンダ。何年モ前ニ死ンダダロ?」
 リドルは顔をしかめた。
 「デハ、オマエハ誰ダ?」
 「オレハ、モーフィンジャナイカ?」
 「マルボロノ息子カ?」
 「モチロン、ソウダ、ソレデ・・・」
 モーフィンは、リドルをもっとよく見ようと、汚い顔から髪を横によけた。ハリーは、モーフィンがマルボロの黒い石の指輪を右手にはめているのを見た。
 「オマエハ、アノ、マグルカト思ッタ」モーフィンがささやくように言った。「オマエ、アノマグルニ、ソックリダ」
 「ドノ、マグルダ?」リドルが鋭く聞いた。
 「オレノ妹ガ惚レタマグル。向コウノ屋敷ニ住ンデル、アノマグルダヨ」モーフィンが言った。そして不意に二人の間の床に唾を吐いた。「オマエハ、リドルノ奴ニ、ソックリダ。ダガ奴ハ今ジャ、モット年ヲ取ッテイルダロウナ?考エテミリャ、奴ハ、オマエヨリ年ヲ取ッテイル・・・」
 モーフィンは、呆然としたように少しよろめいたが、まだ倒れないようにテーブルの端をつかんでいた。
 「奴ハ戻ッテルヨ、ナア」モーフィンは、ばかみたいにつけ加えた。
 ヴォルデモートは、相手の能力を値踏みするかのように、モーフィンをじっと見つめていたが、少し近づいた。「リドルハ戻ッテキタノカ?」
 「アア、妹ハ奴二捨テラレタ。汚物ト結婚シタ当然ノ報イダ!」モーフィンが、また床に唾を吐いた。
 「アイツガ逃ゲ出ス前ニ盗ミヤガッタ、覚エトケ!ロケットハ、ドコニ行ッタ、エ、スリザリンノ、ロケットハドコダ?」
 ヴォルデモートは答えなかった。モーフィンは、また怒り出し、ナイフを振り回しながら叫んだ。
 「我々ノ名誉ヲ汚シヤガッタ、アイツハナ、アノ、マヌケノ、チビメ!。ココ二キテ、アレコレ聞ク、オマエハ誰ダ?終ワッタコトダ、ナア・・・終ワッタ・・・」
 そして顔をそむけ少しよろめいた。ヴォルデモートが前方に進み出た。不自然な闇が覆って、ヴォルデモートのランプとモーフィンのロウソクを消した。すべてを消した・・・
 ダンブルドアの指がしっかりとハリーの腕をつかみ、二人は空中に舞い上がって現在に着いた。あの真っ暗闇の後では、ダンブルドアの部屋の落ち着いた金色の光で、目がくらむようだった。
 「あれで終わり?」ハリーが、すぐに言った。「なぜ暗くなったの?何が起きたんですか?」
 「モーフィンが、あれより先は何も覚えていないからだよ」ダンブルドアが、ハリーに元の椅子に座るように手で示した。「翌朝目覚めると、たった一人で床に寝ていて、マルボロの指輪は、なくなっていた。
 「その間に、リトル・ハングルトンの村では、女中が、お屋敷の居間で三人が死んでいると叫びながら本通りを走っていた。ヴォルデモートの父のトム・リドルと、その両親だった。
 「マグルの警察当局は困惑した。今日に至るまで、リドル一家がどのようにして死んだのか分かっていないと思う。というのは、アヴァダケダヴラの呪いは、まったく損傷の跡が残らないからだ・・・その例外が、私の前に座っているが」ダンブルドアが、ハリーの傷跡に向かってうなずきながらつけ加えた。「一方、魔法省は直ちにこれが魔法使いによる殺人だと分かった。それに前科のあるマグル嫌いが、リドル家の谷の向こう側に住んでいることも分かった。その男は、かつて殺された三人のうちの一人を襲ったために牢獄に入ったことがあった。
 「そこで魔法省はモーフィンを訪ねた。すると自白剤や開心術を使って質問する必要もなく、その場で、犯人だけが知っている詳しいことを語って殺人を認めた。ずっと機会をねらっていたので、あのマグルたちを殺したことを誇りに思うと言った。その杖は直ちにリドル一家を殺すのに使ったものだと証明された。そして争うことなく、おとなしくアズカバンに引き立てられていった。モーフィンの心を騒がせたのは、父親の指輪が消えたという事実だけだった。『あれを、なくしたら、おやじは、おれを殺すだろう』自分を逮捕した人たちに何度も何度もそう言った。その後の人生をずっと、マルボロの最後の家宝がなくなったのを嘆き悲しみながらアズカバンで過ごして死んだ。そして獄中で一生を終えた他の哀れな者と一緒に、牢獄のそばに埋葬された」
 「じゃ、ヴォルデモートがモーフィンの杖を盗んで、それを使ったんですか?」ハリーが、背筋を伸ばして座り直しながら言った。
 「その通りだ」ダンブルドアが言った。「それを示す記憶は持ち合わせていないが、起こったことは、かなり正確に分かる。ヴォルデモートは、おじに『麻痺させる呪文』をかけ、杖を取りあげ、谷を越えて『向こうの屋敷』に行った。そこで、魔女の母を捨てたマグルの男と、更にその上、マグルの祖父母を殺害した。こうして卑しむべきリドルの血統の末裔を根絶やしにして、自分の誕生を望まなかった父に復讐した。それからゴーントの掘っ立て小屋に戻り、いささかの複雑な魔法をかけて、おじの心に偽りの記憶を植えつけ、杖を、意識を失っている持ち主のそばに置き、モーフィンが、はめていた古い指輪を取って出ていった」
 「モーフィンは、自分がしたんじゃないということに、まったく気づかなかったんですか?」
 「まったく気づかなかった」ダンブルドアが言った。「私が言ったように、自画自賛の自白をたっぶりしたのだ」
 「でも、さっきのほんものの記憶も、ずっと持ち続けていたんですか?」
 「そうだ。だが、あれを、なだめすかして引き出すには、とても高度な開心術の技が必要だった」ダンブルドアが言った「もう罪の自白をしているモーフィンの、心のさらに奥深くを詮索しようなどと誰がするものか?私は、それまでにヴォルデモートの過去についてできるだけ多くのことを見つけ出そうとしていたが、モーフィンの死の数週間前に、うまく面会することができた。この記憶を採集するのは、とても難しかった。その内容が分かったとき、アズカバンから釈放する証拠として使おうと思ったが、モーフィンは死んでしまった」
 「でも一体全体なぜ魔法省は、ヴォルデモートがこういうことをモーフィンにしたと分からなかったんですか?」ハリーは怒ったように尋ねた。「そのとき未成年だったでしょ?未成年者が魔法を使ったら見つかるのじゃないですか?」
 「君の言う通りだ――魔法は見つけられる。だが犯人は分からない。君が『空中に漂う呪文』を使ったと魔法省にとがめられたのを、覚えているだろう。それをかけたのは実際は――」
 「ドビー」ハリーが、うなるように言った。その不当な仕打ちは未だに心にわだかまっていた。「じゃ、もし未成年者が、大人の魔女か魔法使いの家で魔法を使っても、魔法省には分からないんですか?」
 「誰が魔法を使ったか正確には分からないだろう」ハリーがとても怒った表情をしているので、ダンブルドアが、ほんの少し微笑みながら言った。「魔法省は、魔女や魔法使いの親が、家の中で子どもに言うことを聞かせるために魔法を使うことはあり得ると認めている」
 「あのう、そんなの、ばかげてます」ハリーが、噛みつくように言った。「モーフィンに起きたことを見てください、!」
 「私も同意見だ」ダンブルドアが言った。「モーフィンがどんな人間であろうと、あのように無実の殺人罪で罰せられて死ぬという扱いを受けてはならない。だが、もう時間が遅くなってきた。別れる前に、もう一つ別の記憶を見てほしい・・・」
 ダンブルドアが内ポケットから別の水晶の小瓶を取り出したので、ハリーはすぐに黙った。ダンブルドアが集めたうちで最も重要な記憶だと言ったのを思い出したからだった。ハリーは、小瓶の中身がなかなかペンシーブの中に入ろうとしないのに気がついた。少し凝結しているようだった。記憶が腐ったんだろうか?
 「これは、それほど長くはかからない」ダンブルドアが、やっと小瓶の中身を入れ終えると言った。「あっという間に終わるから。それでは、もう一度ペンシーブの中に・・・」
 ハリーは、また銀色の表面から中に落ちていった。すると今度は、誰だかすぐに分かった男の、ちょうど目の前に着地した。
 それは、ずっと若い頃のホーラス・スラグホーンだった。ハリーは、スラグホーンの頭が禿げているのを見慣れていたので、目の前の、ふさふさと艶のある麦わら色の髪の姿に、とてもびっくりした。頭の屋根を草でふいたように見えたが、てっ辺は、もう輝くガレオン金貨くらいに禿げていた。口ひげは、ショウガっぽい金色で今より大きくなかった。ハリーが知っているスラグホーンほど丸々と太ってはいなかったが、豪華な刺繍をしたチョッキの金のボタンは、かなり横に引っ張られていた。小さな足をビロードの足載せクッションの上に置いて、座りごこちのよさそうな肘掛け椅子にゆったりとよりかかって、片手に葡萄酒の小さなグラスを握り、もう一方の手は砂糖がけパイナップルの箱の中を手探りしていた。
 ハリーがあたりを見回していると、ダンブルドアが、そばに現れたが、二人はスラグホーンの部屋に立っていた。六人の少年が、スラグホーンの周りに座っていた。全員十代の半ばで、固い、もしくは低い椅子に座っていた。ハリーは、リドルがすぐに分かった。一番、整った顔立ちをしていて、少年たちの中で、一番くつろいでいるように見えた。右手を無造作に椅子の肘掛けに置いていたが、ハリーは、その手にマルボロの金と黒の指輪をはめているのを見て驚いた。もう、自分の父を殺した後だったのだ。
 「先生、メリーソート先生が引退するのは、ほんとうですか?」リドルが尋ねた。
 「トム、トム、もし私が知っていても、言うことはできないよ」スラグホーンが、砂糖まみれの指をリドルに向かって責めるように振り回しながら言ったが、ウィンクしたので、とがめる調子は薄れた。「君が、どこから情報を得るのか知りたいものだと言いたいね。君ときたら先生方の半数よりもっと情報通だ」
 リドルは微笑んだ。他の子たちは笑い、すっかり感心したように、そちらを見た。
 「知るべきでないことを知る奇怪な能力やら、重要な人たちへの神経の行き届いた気配りやら――ついでながらパイナップルをありがとう、君はまったく正しい、これは私の好物だよ――」
 何人かの子たちがオドオドしながら笑ったとき、とても奇妙なことが起きた。部屋中が、突然、厚く白い霧で覆われたのだ。ハリーには、そばに立っているダンブルドアの顔の他、何も見えなくなってしまった。そのときスラグホーンの声が、霧を通して不自然に大きく響いてきた。「――君は道を誤るだろう、私のことばを覚えておくように」
 霧は、それが現れたときと同じように突然消えた。しかし誰もそのことを口にしなかったし、たった今、何か不思議なことが起こったようには見えなかった。ハリーが、まごつきながらあたりを見回したとき、スラグホーンの机の上の小さな金の時計が十一時を知らせた。
 「おやまあ、もうこんな時間か?」スラグホーンが言った。「君たち、もう行った方がいい。やっかいなことになるぞ。レストレインジ、明日までにレポートを提出するように。さもないと居残りの罰だ。君も同じだ、エイバリー」
 スラグホーンは安楽椅子から立ち上がり空のグラスを机の上に持っていった。少年たちは、ぞろぞろと出て行った。しかし、リドルは後に残っていた。部屋の中にスラグホーンと二人だけで残るように、わざとぐずぐずしていたのが、はっきり分かった。
 「急ぎなさい、トム」スラグホーンが、振り向いて、リドルがまだいるのに気がついて言った。「時間外に寝室にいなかったために捕まりたくはないだろう。君は監督生なんだし・・・」
 「先生、お尋ねしたいことがあるのですが」
 「どんどん聞きなさい、それじゃ君、どんどん聞きなさい・・・」
 「先生は・・・ホークラクスについて、ご存知でしょうか?」
 また、さっきのようなことが起こった。厚い霧が部屋中に立ち込めたので、スラグホーンもリドルもまったく見えなくなった。ダンブルドアだけが、ハリーの横で穏やかに微笑んでいた。そのときスラグホーンの声が、前と同じように響いた。
 「私は、ホークラクスについては何も知らないし、もし知っていたとしても君にいうつもりはない!さあ、すぐにここを立ち去って、君がそれについて言うのを、二度と私が見つけることがないように!」
 「さあ、それでおしまいだ」ダンブルドアがハリーの横で穏やかに言った。「行く時間だ」
 ハリーの足が床を離れ、数秒後にダンブルドアの机の前の敷物の上に降り立った。
 「あれで全部ですか?」ハリーがぽかんとして言った。
 ダンブルドアは、あれがすべての中で最も重要な記憶だと言ったが、どこがそんなに重要なのか分からなかった。あの霧と、それに誰も気づかなかったという事実は、確かにおかしい。しかしその他には、リドルが質問して、答えが返ってこなかったことしか、なかった。
 「気がついたかもしれないが」ダンブルドアが、机の向こう側に座ったときに言った。「あの記憶は、改ざんされている」
 「改ざんされている?」ハリーも椅子に座りながら、くり返した。
 「その通り」ダンブルドアが言った。「スラグホーン先生が、自分の記憶に手を加えたのだ」
 「でも、なぜ、そんなことをしたんですか?」
 「自分の記憶を恥ずかしく思っているからだろう」ダンブルドアが言った。「自分を具合よく見せるため記憶を細工して、見せたくない個所を消し去ろうとしたのだ。その細工は、気づいだろうが、それとすぐ分かるように露骨になされているが、それが好都合なのだ。というのは、変更箇所の下にまだ本物の記憶が存在することを示しているからだ。
 「そこで、初めて宿題を出す、ハリー。スラグホーン先生に本物の記憶を漏らしてくれるよう説得するのが、君の仕事だ。それが、すべての情報のうちで最も決定的なものとなるのは疑いない」
 ハリーは、ダンブルドアを見つめた。
 「でも間違いなく」できるだけ敬意を払った声になるよう注意しながら言った。「先生には、僕の助けは必要ないでしょう――開心術をお使いになれば・・・でなければ自白剤とか・・・」
 「スラグホーン先生は、極めて有能な魔法使いだから、その両方には用心しているだろう」ダンブルドアが言った。「哀れなモーフィン・ゴーントよりも、はるかに閉心術に熟達している。それにまた、私が、この下手に細工した元の記憶を渡すよう強く迫ってからというもの、絶対に自白剤の効果をなくす薬を準備しているはずだ。
 「だから、私は、スラグホーン先生から力ずくで真実をもぎ取ろうと企てるのは、ばかげたことだと思うのだ。それによって、害をもたらす可能性もある。私は、スラグホーンにホグワーツを去ってほしくない。しかし、スラグホーンにも、我々と同じく弱点がある。私は、君だけが、スラグホーンの防御を突破できるかもしれないと思うのだ。真実の記憶を、うまく手に入れることが最も重要なのだ、ハリー・・・いかに重要かは、その実物を見たときにのみ、分かるだろう。だから幸運を祈る・・・そして、おやすみ」
 ハリーは、いきなり出ていくように言われて、あっけにとられながら、さっと立ち上がった。
 「先生、おやすみなさい」
 校長室の扉を閉めるとき、フィーニアス・ナイジェルスのことばが、はっきりと聞こえた。「なぜ、あの子が、君よりうまくやれるのか分からんよ、ダンブルドア」
 「あなたに分かるとは期待していないよ、フィーニアス」ダンブルドアが答えた。フォークスが、また低くて音楽的な鳴き声を上げた。
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