funini.com -> Harry Potter -> and the half-blood prince -> ・第二章 スピナーズ・エンド(紡績機の先)

ハリーポッターと混血のプリンス

・第二章 スピナーズ・エンド(紡績機の先)

 首相の執務室の窓を押すように迫っていたうすら寒い霧は、何キロも遠く離れたところにある、草に覆われ、ゴミがまき散らされた土手の間を流れる汚い川の上に漂っていった。工場の廃墟の巨大な煙突が影を作って不気味にそそり立っていた。黒い水の流れの他には物音一つなく、伸びた草の間に古いフィッシュアンドチップの包み紙が落ちていないかと期待して鼻を突っ込みながら土手をこそこそ逃げる痩せこけたキツネの他には生き物の気配もなかった。
 そのとき、とてもかすかなポンという音がしてフードをかぶった細い人の姿が川の縁にどこからともなく現れた。キツネは凍りついたように立ち止まり、用心深い目でこの新しく現れた見慣れないものを見つめた。その人物は、数秒間、自分の位置を確かめているようだった。それから軽い素早い足取りで歩き出したが、長いマントが草の上でさらさら音を立てた。
 二番目の、もっと大きなポンという音がして、もう一人フードをかぶった人物が姿を現した。
 「待ちなさい!」
 キツネは、耳障りな叫び声に驚いて、藪の中にほとんど平らにうずくまり、隠れ場所から飛び出し土手を駆け上がった。緑色の閃光がきらめき、キツネは一声叫んで、死んで地面に倒れた。
 二番目の人物は、その獣をつま先でひっくり返した。
 「ただのキツネ」フードの下から見下げたような女の声がした。「オーラ−かと思った――シシイ、待ちなさい!」
 しかし女が追っている相手は、息をついで振り返って閃光を見たが、もう、ちょうどキツネが落ちた土手を、よじ登っていた。
 「シシイ、――ナーシッサ、――言うことを聞きなさい――」
 二番目の女は最初の女に追いつき腕をつかんだが、最初の女は振り払った。
 「帰って、ベラ!」
 「言うことを聞きなさい!」
 「もう聞いたわ。私は決めたの。放っておいて!」
 ナーシッサと呼ばれた女は、土手の上に着いた、そこには古びた柵があって、川と、砂利を敷いた狭い通りとを分けていた。もう一人の女、ベラはすぐに後を追った。二人は並んで、道沿いにずっと建っている荒れ果てた煉瓦造りの家並みを見渡した。その窓は暗く、どんよりとして何も見えなかった。
 「あいつは、ここに住んでいるのか?」ベラトリックスが、あざけりの口調で尋ねた。「ここに?このマグルの掃き溜めに?こんなところに足を踏み入れるのは、私たちの身分では最初に違いない――」
 しかしナーシッサは聞いていなかった。錆びた柵の間を通り抜け、もう道を渡って急ぎ足で進んでいた。
 「シシイ、待ちなさい!」
 ベラトリックスが、マントを後ろになびかせて後を追った。ナーシッサが、家と家の間の路地を通って、まったく同じような二番目の通りに飛び込むのが見えた。追っ手は、ちょうど次の角を曲がるときに獲物に追いついた。今度は腕をつかむのに成功し、ぐるっとこちらを向かせたので二人は向き合った。
 「シシイ、こんなことをしてはいけない、あいつは信用できない――」
 「ダーク・ロードは、信用しているじゃないの?」
 「ダーク・ロードは・・・間違いを犯している・・・と思う」ベラトリックスが、周りを見回して誰もいないのを確かめてから、あえぐように言ったが、一瞬フードの下で目がぎらっと光った。「いずれにせよ、私たちは計画を誰にも漏らさないよう言われている。これは裏切りだ。ダーク・ロードに対する――」
 「行かせて、ベラ!」ナーシッサが怒鳴って、マントの下から杖を引き出し、脅すように相手の顔に突きつけた。ベラトリックスは笑っただけだった。
 「シシイ、自分の姉に?まさかそんなこと――」
 「私は、もう何だってやるわ!」ナーシッサは、ヒステリーを起こしそうな声で息を切らせて言った。そして、杖をナイフのように振り下ろすと、また閃光が走った。ベラトリックスが、やけどしたかのように妹の腕を放した。
 「ナーシッサ!」
 しかしナーシッサは前方に突進した。腕をこすりながら、追跡者は今度は距離を開けながら再び追った。二人は、煉瓦の家が建ち並んでいて誰もいない迷路のようになっている奥の方へ進んでいった。最後にナーシッサは、スピナーズ・エンドという通りの方へ急いで行った。その上には工場の煙突がそびえ立って、警告を与える巨大な指のように上から覆っていた。壊れた大きな窓のそばを通りすぎるとき、足音が砂利の上に響いた。そしてやっと一番奥の家に着いた。階下の部屋のカーテンの向こうに鈍い光が見えた。
 ナーシッサは、ベラトリックスが呪いのことばをつぶやきながら追いつく前に、ドアをノックした。二人は立って、少し息を切らせ、夜風に乗って運ばれてくる汚い川の臭いを吸い込みながら待っていた。まもなくドアの向こうで動く物音が聞こえ、ドアにすき間が開いた。二人を見る男の姿の切れ端がのぞいた。血色の悪い顔の両側にカーテンのように長い黒髪が垂れた、黒い目の男だった。
 ナーシッサは、フードを後ろに振り下ろした。暗がりの中で、たいそう青白い顔が、ほの白く輝いて、長い金髪を後ろに垂らした姿は、水に溺れた人のように見えた。
 「ナーシッサ!」男が言って、ドアをもう少し開けたので、家の中の光が、姉の上にも落ちた。
 「驚いた。嬉しいことだ!」
 「セブルス」ナーシッサが緊張したように、ささやき声で言った。「お話できないかしら?急用なのです」
 「もちろん、いいですよ」
 男は後ろに下がって家の中に入らせた。まだフードをかぶったままの姉も招かれていないのに後に続いた。
 「スネイプ」姉が、男のそばを通るとき素っ気なく言った。
 「ベラトリックス」男が答えたが、二人の後ろでドアをカチリと閉めるとき、わずかにあざけるような笑みを浮かべて薄い唇が曲がった。
 三人は直接小さな居間に足を踏み入れた。そこは、物が詰まった暗い小部屋という感じがした。壁は完全に本で埋められていたが、大部分の本は黒か茶の皮ひもで結んであった。それからみすぼらしい長椅子、古い肘掛け椅子、がたがたのテーブルが、天井から吊り下げられたロウソクの入ったランプから投げかけられる、ぼんやりした光に、一緒に照らされていた。その部屋には、普段は人が住んでいないような、放っておかれた雰囲気が感じられた。
 スネイプは、ナーシッサに長椅子に座るように身振りですすめた。ナーシッサはマントを脱ぎ、そばに投げかけて腰を下ろし、膝の上で組んだ細く震える手を見つめた。ベラトリックスは、フードをもっとゆっくり下ろした。妹が色白で金髪なのに対し、黒っぽい髪で重くはれぼったい瞼としっかりした顎をしていた。そして立ち上がって歩き、ナーシッサの後ろに立ってスネイプをじっと見つめた。
 「で、ご用件は?」スネイプが、姉妹に向き合った肘掛け椅子に座って尋ねた。
 「私たち・・・私たちだけなのでしょうね?」ナーシッサがそっと尋ねた。
 「ええ、もちろん。まあ、ワームテイルはいますが、害虫は数に入れないでしょう?」
 スネイプは、背後の本が並んだ壁の方を杖で指した。するとバンという音がして隠し扉がさっと開き、狭い階段が現れたが、そこに小柄な男が凍りついたように立っていた。
 「見て分かるように、ワームテイル、客人だ」スネイプがゆったりと言った。
 男は、最後の数段を背中を丸めて降りて部屋に入ってきた。小柄でうるんだ目と先の尖った鼻をして、不愉快な作り笑いを浮かべていた。左手で、輝く銀の手袋に入れたように見える右手をなでていた。
 「ナーシッサ!」男がキイキイ声で言った。「それにベラトリックス!なんとすてきな――」
 「よろしければ、ワームテイルに飲み物を持ってこさせ、寝室に戻らせよう」」スネイプが言った。
 ワームテイルは、スネイプが自分めがけて何か投げつけたかのようにたじろいだ。
 「おれはあんたの召使じゃない!」スネイプの目を避けながらキイキイ声で言った。
 「そうかな?ダーク・ロードは、私を手助けするために君をよこしたんだと思っていたが」
 「手助け、そうだ――だが、飲み物を作るためじゃないし――掃除をするためでもない!」
 「ワームテイル、君がもっと危険な仕事を望んでいるなどとは、私には思いもよらなかった」スネイプがもの柔らかに言った。「それなら簡単に手配できる、ダーク・ロードに話しておこう――」
 「したければ自分で話せる!」
 「もちろん、そうだろう」スネイプが冷たく笑いながら言った。「だが、今のところは飲み物を持ってこい。エルフ製の葡萄酒がよかろう」
 ワームテイルは一瞬ためらい、言い返したそうに見えたが、振り返って二番目の隠し扉に向かった。ドスンという音やグラスのチリンという音が聞こえ、まもなく汚れた瓶とグラスを三個お盆にのせて戻ってきた。がたがたのテーブルの上にお盆をドスンと置いて、急いで立ち去り、本に隠された扉をバタンと閉めた。
 スネイプが、血のように赤い葡萄酒を三個のグラスに注ぎ、二個を姉妹に手渡した。ナーシッサはお礼のことばをつぶやいた。一方ベラトリックスは無言でスネイプをにらみ続けていたが、そのためにスネイプが落ち着かなくなることはなかった。反対に、むしろ面白がっているように見えた。
 「ダーク・ロードに」そう言ってグラスを上げて飲み干した。
 姉妹もそれに習った。スネイプがグラスに、また葡萄酒を満たした。
 ナーシッサが二杯目のグラスを受け取ってから、急いで言った。「セブルス、こんなふうにお邪魔してごめんなさい、でも会わなくてはならなかったのです。あなたこそ私を助けてくれる唯一の人だと思うから――」
 スネイプが片手をあげて彼女の話をさえぎった。それから、また杖を出して、隠し階段の扉を指した。大きなバンという音とネズミのような泣き声が聞こえ、その後ワームテイルが階段を駆け上がっていく音が聞こえた。
 「失礼」スネイプが言った。「あれは最近盗み聞きする傾向があるので。それでどうするつもりなのかは知らないが・・・お話の途中でしたね、ナーシッサ?」
 ナーシッサは大きく身震いするように息を吸い、話し始めた。
 「セブルス、ここへ来るべきでないのは分かっています。誰にも何も言わないようにと命じられています、けれど――」
 「それなら、黙っているべきだろう!」ベラトリックスが怒鳴った。「とりわけ、この男には!」
 「この男には?」スネイプが皮肉っぽくくり返した。「それは、どういう意味なのかな、ベラトリックス?」
 「そなたを信用していないという意味だ、スネイプ、よく分かっているだろうが!」
 ナーシッサが乾いたすすり泣きのような音を立てて、両手で顔を覆った。スネイプはグラスをテーブルの上に置き、座り直し、腕を肘掛け椅子の腕にかけ、にらみつけているベラトリックスの顔に微笑みかけた。
 「ナーシッサ、ベラトリックスがまくし立てることを聞こう。そうすればうんざりするほど邪魔されて、話の腰を度々折られなくてすむ。さあ、続けて、ベラトリックス」スネイプが言った。「なぜ私を信用しないのか?」
 「理由なら何百もある!」ベラトリックスが大声で言って、長椅子の後ろから大またで歩いてきてグラスをテーブルの上に荒っぽく置いた。「どこから始めよう!ダーク・ロードが倒れたとき、そなたはどこにいたのか?ダーク・ロードが消え去ったとき、なぜ探そうとしなかったのか?ダンブルドアの懐の中で暮らしていたこの長い年月の間、そなたは何をしていたのか?ダーク・ロードが、賢者の石を手に入れようとしたとき、なぜ止めたのか?ダーク・ロードが復活したとき、なぜすぐに戻ってこなかったのか?数週間前、ダーク・ロードのため、予言を奪い返そうと我々が戦ったとき、どこにいたのか?そして、スネイプ、ハリー・ポッターが五年間もそなたの手の内にありながら、まだ生きているのはなぜか?」
 ベラトリックスは息をついだが、胸がせわしなく上下し、頬が徐々に赤みがかってきた。その後ろでナーシッサは顔を両手で覆ったまま身動きもせずに座っていた。
 スネイプは微笑んだ。
 「答える前に――ああ、そうだ、ベラトリックス、お答えしよう!私の背後でこそこそささやき、私がダーク・ロードへ裏切り行為をしているという偽りの話を伝えている奴らに、話して聞かせるがいい!答える前に言っておくが、その代わり質問させてくれ。ダーク・ロードがそのような質問すべてを私に尋ねなかったと、ほんとうに考えているのか?そしてもし納得がいく答えができていなかったら、私がここに座ってあんたに話ができると、ほんとうに考えているのか?」
 ベラトリックスがたじろいだ。
 「あの方が、そなたを信用しているのは知っているが――」
 「ダーク・ロードが誤りを犯していると思うのか?それとも、私が何らかの手で欺いているとでも?世界中で最も開心術に長けた、最も偉大な魔法使い、ダーク・ロードをだましているとでも?」
 ベラトリックスは何も言わなかったが、初めて言い負かされたように見えた。スネイプはその点を追求しなかった。またグラスを取り上げ、一口飲んで続けた。「ダーク・ロードが倒れたとき、どこにいたかというお尋ねだが。私は、いるように命じられた場所、ホグワーツ魔術及び魔法学校にいた。なぜならダーク・ロードが、アルバス・ダンブルドアを密かに見張るよう命じたからだ。私があの職に就いたのはダーク・ロードの命令だったということは、ご承知だと思うが?」
 ベラトリックスは、ほとんど気づかないほどにうなずいて、それから口を開いたがスネイプが先に言った。
 「ダーク・ロードが姿を消したとき、なぜ探そうとしなかったのかというお尋ねだが。大勢の者が探そうとしなかったのと同じ理由だ。たとえばエイバリー、ヤックスレイ、カロウズ夫妻、グレイバック、ルシウス」そして頭をかすかにナーシッサの方に傾けた。「私は、ダーク・ロードが滅亡したと信じた。誇れることではないが、誤っていた。が、こういうことがある・・・もし、ダーク・ロードが、当時忠誠を尽くさなかった我々を許さなかったら支持者の数はとても少なくなっただろう」
 「私がいる!」ベラトリックスが熱をこめて叫んだ。「あの方のために、アズカバンで長い年月を過ごした私が!」
 「ええ、実に称賛に値する」スネイプが飽き飽きした声で言った。「獄中にいては、たいして役に立たなかったのは当然だが、それでも、その素振りは疑いなく立派なもので――」
 「素振りだと!」ベラトリックスが金切り声で叫んだが、かんかんに怒っていたので少し頭がおかしくなったように見えた。「私がデメンターに耐えている間、そなたはダンブルドアに気に入られてホグワーツにぬくぬくと留まっていたではないか!」
 「必ずしもそうではない」スネイプが冷静な口調で言った。「ダンブルドアは、ご存知のように私に闇魔術の防衛術を受け持たせてくれなかった。私が、そう、ぶり返すかも・・・昔のやり方に誘惑されるかもしれないと思ったのだろう」
 「大好きな科目を教えられなかったことが、ダーク・ロードに対するそなたの犠牲か?」ベラトリックスが、あざ笑った。「なぜ、そなたはあそこにずっと留まっていた?あの方が死んだと信じ込んだにもかかわらず、なおもダンブルドアの見張りを続けて?」
 「苦労して。」スネイプが言った。「ダーク・ロードが復活したとき、私はダンブルドアに関する十六年分の情報を与えることができたのだから、私があの職を辞めなかったので喜ばれた。アズカバンがいかに居心地の悪い場所だったかという果てのない回顧談よりも、お帰りを歓迎する、はるかにもっと有益な贈り物だと思われるが・・・」
 「しかし、そなたは留まった――」
 「そうだ、ベラトリックス、私は留まった」スネイプは、初めて、かすかに苛立った様子で言った。「アズカバンでの任務より、もっと好ましい快適な仕事だったからだ。ご存知のようにデス・イーターは一斉に検挙されていた。ダンブルドアの保護のおかげで私は罪を免れた。その方が都合がよかったので私はそれを利用した。くり返す。ダーク・ロードは、私が留まったことに不満は述べておられない。だから、なぜあんたが不満なのか分からない。
 「次に、あんたが知りたいことはこの点だと思う」ベラトリックスが話の腰を折ろうとしたがっているのが明らかだったので、スネイプが、もう少し大きな声で畳み掛けるように言った。「なぜ私が、ダーク・ロードと賢者の石の間に立ちはだかったか。それは簡単に答えられる。ダーク・ロードが、私を信用していいのかどうか分からず、あんたと同様、私が忠実なデス・イーターからダンブルドアの手下に寝返ったと思っていたからだ。ダーク・ロードは凡庸な魔法使いの体を借りた、とても弱くて惨めな状態だった。以前の支持者がダンブルドアもしくは魔法省に寝返っている恐れがあるので、自分の正体を明かす危険は犯さなかったのだ。私を信用してくれなくて、とても残念に思っている。信用してくれれば、三年早く力を取り戻せていただろうに。そういうわけで私は、欲深で、取るに足りないクウィレルが石を盗もうとしているとしか思わなかったので、邪魔するためにできる限りのことをした」
 ベラトリックスの口が、苦い薬を飲んだかのようにゆがんだ。
 「けれど、そなたは、あの方が復活したときに戻ってこなかった、闇の印が燃え立ったのを感じたとき、すぐに飛んでこなかった――」
 「訂正する。私は二時間後に戻った。ダンブルドアの命令で戻ったのだ」
 「ダンブルドアの――?」ベラトリックスが激怒した口調で言い始めた。
 「考えてみなさい!」スネイプが、またいらいらした様子で言った。「考えてみなさい!二時間、たった二時間待つことで、ホグワーツにスパイとして留まれることが保証されたのだ!私が、ダンブルドアに命じられたからこそダーク・ロードの元に戻ると思わせることで、ダンブルドアとフェニックス騎士団に関する情報を伝え続けることができたのだ!よく考えなさい、ベラトリックス、闇の印は、何ヶ月もの間に、どんどん強く輝くようになっていた。ダーク・ロードがまもなく復活するだろうことは分かっていたし、デス・イーターすべてが知っていた!自分がどうするのか、次の行動を計画するか、カルカロフのように逃亡するかを、考える時間は十分にあった、そうではないか?
 「ダンブルドアは私を手下だと思っているが、私はダーク・ロードに忠誠を誓い続けると説明したので、私の遅れに対してダーク・ロードが最初抱いた怒りは完全になくなったと断言できる。そう、ダーク・ロードは、私が永久に去ったと思ったが、それは誤りだったのだ」
 「だが、そなたが何の役に立つというのか?」ベラトリックスが、あざ笑った。「こちらは、どんな有益な情報を得たというのだ?」
 「私の情報は、直接ダーク・ロードに伝えてきた」スネイプが言った。「もし、ダーク・ロードが、あんたに伝えないでおこうと思えば――」
 「あの方は、私にはすべてを話して下さる!」ベラトリックスが、すぐに、かっとなって言った。「私のことをこう呼んで下さる、最も忠実な、最も誠実な――」
 「そうかな?」スネイプの声は、微妙に変化して不信感を表していた。「今でも、そうかな?魔法省での大失敗の後でも?」
 「あれは私のせいではない!」ベラトリックスが顔を赤らめて言った。「ダーク・ロードは、以前私に最も貴重なものを預けたことがある――もしルシウスが、ああしなければ――」
 「そんなひどい――夫を責めるようなことは言わないで!」ナーシッサが、姉を見上げながら低く凄みのある声で言った。
 「責任を押しつけ合っても仕方がない」スネイプが、もの柔らかに言った。「してしまったことは、過去のことだ」
 「しかし、そなたが、したわけではない!」ベラトリックスが激怒して言った。「そうだ、我々が危険を冒しているときに、そなたは、また現場にいなかった。そうではないか、スネイプ?」
 「私の受けた命令は、後に留まることだった」スネイプが言った。「あんたはダーク・ロードと意見が不一致なのかもしれない。もし私がデス・イーターと同じ部隊に参加してフェニックス騎士団と戦っても、ダンブルドアが気がつかなかっただろうと思っているのだろうか。それに、失礼ながら――危険と言われたが・・・あんた方は十代の少年少女六人を相手にしていたのではなかったかな?」
 「そなたも、よく知っているように、まもなく騎士団の半分が加わった!」ベラトリックスが、がみがみと言った。「それに、騎士団の問題に当たっているとき、そなたは未だに騎士団本部の所在を明かすことはできないと言いはったではないか?」
 「私は、秘密保持者ではないから、場所の名前を言うことができない。魔法がどのように働くかお分かりだろうと思うが?ダーク・ロードは、私が騎士団に関して伝えた情報で満足している。そのお陰で、ご存知のように、最近エムライン・バンスの居場所を突き止め、殺すことができた。またシリウス・ブラックの処置にも役立ったのは確かだ。奴をやっつけることができたのは、あんたのおかげだが」
 スネイプは頭を下げてベラトリックスに祝杯をあげたが、ベラトリックスの表情は和らがなかった。
 「そなたは、最後の質問を避けている、スネイプ。ハリー・ポッターだ。過去五年間いつでも殺すことができたのに、殺していない。なぜか?」
 「この件に関してダーク・ロードと話し合ったのか?」スネイプが尋ねた。
 「あの方は・・・近頃、あの方と私は・・・そなたに聞いているのだ、スネイプ!」
 「もし私がハリー・ポッターを殺していたら、ダーク・ロードは、復活するときにその血を使って無敵になることができなかった――」
 「あの少年の血を使うと、予知していたと言いはるのか!」ベラトリックスが、冷たく笑った。
 「言いはるわけではない。私にはダーク・ロードの計画は分からない。先ほど告白したように、ダーク・ロードが死んだと思っていた。少なくとも一年前までは、ポッターが生き残っていることを、なぜダーク・ロードが不満に思わなかったか、説明しようとしているだけだ・・・」
 「だが、なぜあの少年を生かしておいたのか?」
 「私の話が分かっていないのか?ダンブルドアの保護があってこそ、私はアズカバンに入らなくてすんでいたのだ!その気に入りの生徒を殺せば、私に対する印象が悪くなるという見方に反対か?しかし、それ以上のことがあった。ポッターが初めてホグワーツに来たときは、偉大な闇の魔法使いだからこそ、ダーク・ロードの攻撃から生き残ったのだという噂など、まだ多くの物語が、ポッターを取り巻いていたことを思い出してほしい。ダーク・ロードの古い支持者の多くが、ポッターの周りに再集結するのがいいかもしれないと考えたのも事実だ。私は好奇心があった。だからポッターが城に足を踏み入れた瞬間には、殺そうとはまったく思いもしなかったということは認める。
 「もちろん、ポッターに特別な才能などまったくないことは、すぐ分かった。たくさんの困難な状況を切り抜けたのは、まったくの幸運と、才能のある友人との単純な組み合わせのおかげだ。父親とそっくりで、いやな奴で自己満足の塊だが、極めて平凡な奴だ。私は、ホグワーツを退学にさせようと全力を尽くした。ホグワーツにふさわしい奴ではないが、城内で殺すか、また私の目の前で殺すままにさせるのはいかがなものか?ダンブルドアがすぐ近くにいるのに、そんなことをするのは、愚か者だ」
 「これまでの話で、ダンブルドアがそなたを疑うことは決してなかったと、信じさせようというのか?」ベラトリックスが尋ねた。「ダンブルドアは、そなたが真に忠誠を誓っているのが誰か思いもよらずに、そなたを絶対的に信頼していると言うのか?」
 「私は、自分の役割を巧みに演じてきた」スネイプが言った。「しかもあんたは、ダンブルドアの最大の弱点を見過ごしている。それは、人の一番よい部分を信じることだ。私は、デス・イーターだった日々から、新しくダンブルドアに雇われたとき、とても深く罪を悔いているという話を延々と聞かせた。ダンブルドアは両手を広げて私を抱いた――ただし、闇の魔術に近づくことは、そうせざるを得ないとき以外許されなかったが。ダンブルドアは、偉大な魔法使いだった――ああ、そうだとも」(というのはベラトリックスが厳しく批判するような物音を立てたからだ。)「ダーク・ロードが、それを認めている。だが、ありがたいことに、ダンブルドアは年老いてきた。先月のダーク・ロードとの決闘では動揺した。あれ以来、深い痛手を負っている。反応が以前より鈍くなっているからだ。だが、この年月ずっと、ダンブルドアはセブルス・スネイプを信頼することを止めなかった。その点で、私はダーク・ロードにとって大きな価値があるのだ」
 ベラトリックスはまだ不機嫌そうだったが、次にどこを攻撃したらいいのか分からなくなっているように黙っているのを幸い、スネイプが妹の方を向いた。
 「さて・・・私に助けを求めにいらしたのですか、ナーシッサ?」
 ナーシッサが絶望的な表情で見上げた。
 「ええ、セブルス。私――私、助けて下さるのは、あなたしかいないと思って。他にどこにも行くところがないのです。ルシウスは獄中だし・・・」
 ナーシッサは目を閉じた。大粒の涙が二つ、瞼の下から滲み出た。
 「ダーク・ロードは、このことを話すのを禁じました」まだ目を閉じたまま続けた。「計画が誰にも知られないことを望んでいるのです。それは・・・とても秘密なことなのです。でも――」
 「もし禁じられているのなら、言うべきではない」スネイプが、すぐに言った。「ダーク・ロードのことばは法律です」
 ナーシッサが冷たい水を飲ませられたように、あえいだ。ベラトリックスは、この家に入ってきて初めて満足そうに見えた。
 「ほら!」妹に、勝ち誇ったように言った。「スネイプでさえそう言う。話さないように言われたのだから黙っていなさい!」
 しかし、スネイプは立ち上がって小さな窓のところへ大またで歩いていって、カーテンの間から人の気配のない道をのぞき込んだ。それから、またグイッとカーテンを引いて閉じた。顔をしかめながら振り返ってナーシッサと向かい合った。
「たまたま私は、その計画を知っている」スネイプが低い声で言った。「私は、ダーク・ロードが、それについて話した、ごくわずかな者のうちの一人だ。もし私がその秘密に関わっていなかったら、ナーシッサ、あなたはダーク・ロードに対する裏切りの罪の意識に苛まれたことでしょう」
 「あなたなら知っているに違いないと思っていました!」ナーシッサが、前より楽な気分になったように言った。「あなたは、たいそう信頼されているのですから、セブルス・・・」 
 「そなたが、あの計画について知っている?」ベラトリックスが言ったが、つかの間の満足げな表情が、怒りの表情に取って代わった。「そなたが知っている?」
 「確かに。」スネイプが言った。「だが、どのような助けが、ご入り用なのですか、ナーシッサ?もし私がダーク・ロードの気を変えるよう説得できると、お思いなら、残念ながら見込みはない。そんなことは誰にだって不可能だ」
 「セブルス」ナーシッサが、ささやき声で言った。涙が青白い頬に流れ落ちた。「息子が・・・一人息子が・・・」
 「ドラコは誇りに思うべきだ」ベラトリックスが冷淡に言った。「ダーク・ロードが大きな名誉を与えようとしているのだから。それに、ドラコのために言うけれど、あの子は仕事から、ひるんで逃げてはいない、今の状況に興奮して、自分の力を示すチャンスだと喜んでいるようだ――」
 ナーシッサは、その間ずっとスネイプを祈るようなまなざしで見つめていたが、本格的に泣き出した。
 「それはあの子がまだ十六で、前途に何が待ち構えているか知らないからです!なぜなの、セブルス?なぜ、私の息子なの?あまりに危険だわ!これはルシウスの失敗に対する報復よ!」
 スネイプは何も言わなかった。ナーシッサの涙が不作法なものであるかのように目をそらしたが、聞いていないふりをすることはできなかった。
 「だから、ドラコが選ばれたのでしょう?」ナーシッサが追及した。「ルシウスを罰するために?」
 「もしドラコが成功すれば」スネイプが、まだ目をそらしながら言った。「最高の名誉が与えられる」
 「でもあの子が成功するはずがないわ!」ナーシッサがすすり泣いた。「どうして、あの子にできますか、ダーク・ロード自身が――?」
 ベラトリックスが、あえいだ。ナーシッサは度を失っているようだった。
 「私が言いたかったのは、ただ・・・まだ誰も成功していないということ・・・セブルス・・・お願い・・・あなたは、ずっとドラコのお気に入りの先生で・・・ルシウスの古くからの友で・・・お願い・・・あなたはダーク・ロードのお気に入りで、一番信頼されている助言者・・・話してみて、説得して下さらない――?」
 「ダーク・ロードを説得することは誰にもできないし、私は、やってみるほど愚かではない」スネイプが、にべもなく言った。「ダーク・ロードが、ルシウスに対し怒っていないとは言えない。ルシウスが責任者だということになっていたのに、他の多くの者とともに自分も捕まり、その上、予言を奪うのに失敗した。そう、ダーク・ロードは怒っている、ナーシッサ、とても怒っているのは確かだ」
 「それでは、報復にドラコが選ばれたと考えるのは正しいのね!」ナーシッサは言いながら息が詰まった。「ダーク・ロードは、あの子が成功するとは思っていないわ。やってみて殺されることを望んでいるのよ!」
 スネイプが何も言わないうちに、ナーシッサは、今までやっと保っていたほんの少しの自制心を失ってしまったようだった。立ち上がって、よろめくようにスネイプのところまで行き、マントの胸倉をつかみ、顔を近づけたので、涙がスネイプの胸の上に落ちた。そして、あえぐように言った。「あなたならできるはず。ドラコの代わりにできるはずよ、セブルス。あなたなら成功するわ、もちろん。そうすればダーク・ロードは、誰よりもあなたに名誉を与えるでしょう――」
 スネイプは、ナーシッサの手首を捕らえて、マントにしがみついた両手を離した。そして、涙が流れた顔を見下ろしながら、ゆっくりと言った。「ダーク・ロードは、最後には私にやらせるつもりなのだと思う。だが、ドラコが最初にやってみるべきだと決めている。ありそうもないことだが、ドラコが成功すれば、私はもう少し長くホグワーツに留まってスパイとしての通常任務を果たすことができる」
 「言いかえれば、もしドラコが殺されても、ダーク・ロードにとっては問題ではないのね!」
 「ダーク・ロードは、とても怒っている」スネイプが、すぐに、くり返して言った。「予言を聞くことができなかったからだ。私と同様あなたにも分かっているだろうが、ナーシッサ、ダーク・ロードは、そう簡単に許しはしない」
 ナーシッサは、スネイプの足元にくずれるように倒れ、床の上ですすり泣きながら、うめいた。
 「私の一人息子・・・たった一人の息子・・・」
 「誇りに思いなさい!」ベラトリックスが情け容赦なく言った。「もし私に息子がいたら、喜んでダーク・ロードに捧げるものを!」
 ナーシッサは、絶望したように小さな叫び声をあげて、長い金髪を握りしめた。スネイプは、かがんでその腕をつかみ長椅子のところに連れて行った。それからグラスに葡萄酒を注ぎ、手に持たせた。
 「ナーシッサ、もう十分だ。飲んで、私の言うことを聞きなさい」
 ナーシッサは少し落ち着いて、震える手で葡萄酒をこぼしながらも一口飲んだ。
 「ドラコを助けることが・・・できるかもしれない」
 ナーシッサは、背筋を伸ばして座り直した。その顔は紙のように白く、目を大きく見開いていた。
 「セブルス――おお、セブルス――あの子を助けてくれるの?面倒を見て、危害に会わないように?」
 「やってみよう」
 ナーシッサがグラスを振り捨てたので、グラスがテーブルを滑っていった。それから長椅子から滑り出てスネイプの足元にひざまずき、その手を両手でつかんで唇を押しつけた。
 「もし、あの子を守ってくれるなら・・・セブルス、誓ってくれますか?『破ることができない誓い』を?」
 「『破ることができない誓い』?」スネイプの顔は無表情で、何を考えているのか判読できなかった。しかしベラトリックスが、勝ち誇ったような笑い声を上げた。
 「聞いていないの、ナーシッサ?ああ、この男は、やってみるだろうよ、きっとね・・・いつものように口約束にすぎないさ。いつものように行動からは逃げるのさ・・・ああ、ダーク・ロードの命令でね、もちろん!」
 スネイプはベラトリックスの方を見なかった。ナーシッサが手を握っている間、その黒い目は、ナーシッサの涙の流れた青い目にひたと注がれていた。
 「もちろんだ。ナーシッサ、『破ることができない誓い』をしよう」スネイプが静かに言った。「姉さんが、きっと保証人になってくれるだろう」
 ベラトリックスの口がぽかんと開いた。スネイプは、ナーシッサと向かい合わせにひざまずき、ベラトリックスが驚いて見つめる下で、右手を握り合わせた。
 「杖が必要だ、ベラトリックス」スネイプが冷たい口調で言った。
 ベラトリックスが、まだ驚きながら杖を引き出した。
 「もう少し近づかなくては」スネイプが言った。
 ベラトリックスが前に進み出て、二人の上に覆いかぶさるようにした。そして杖の先を握り合わせた手の上に置いた。
 ナーシッサが言った。
 「セブルス、私の息子ドラコがダーク・ロードの望みをかなえようとするときに、見守っていてくれますか?」
 「見守る」スネイプが言った。
 細い舌のように輝く炎が、杖の先から出て、二人の手の周りに赤く熱い針金のように巻きついた。
 「そして能力の限りを尽くしてあの子を危害から守ってくれますか?」
 「守る」スネイプが言った。
 二番目の炎の舌が、杖から放たれて、最初の炎とつながり、きれいに輝く鎖になった。
 「そして、もし必要になったら・・・もしドラコが失敗するようだったら・・・」ナーシッサが、ささやいた(スネイプの手は、ナーシッサの手の中でピクピク引きつっていたが、それでも手を引き出すことはしなかった)。「ダーク・ロードがドラコに命じた仕事をやり遂げてくれますか?」
 一瞬沈黙した。ベラトリックスは、杖を握り合わせた手の上に置き、目を見開いて見つめていた。
 「やり遂げる」スネイプが言った。
 ベラトリックスのびっくり仰天した顔が、杖から放たれた三番目の炎の舌の熱で赤く輝いた。炎の舌は、二人が握った手の周りをロープのように、火の蛇のように先の二つと絡み合い、しっかりと巻きついた。
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