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ハリーポッターと死の聖物 (Harry Potter and the Deathly Hallows)

第二十一章:ゼノフィリウス・ラブグッド

 ハーマイオニーの怒りが夜のあいだに消えるとは、ハリーは期待していなかった。それで、翌朝、彼女が、おもに軽蔑的な目つきと辛辣な沈黙で、自分の気持ちを伝えても驚きはしなかった。ロンは、彼女がいるときは、ずっと、激しく後悔している気持ちを見せるために、いつもと違って陰気なようすでいた。そこで、三人そろっていると、ハリーは、参列者がほとんどいない葬式で、自分だけ悲しんでいないような気になるのだった。けれど、ハリーと二人だけのわずかな時間(水くみとか、キノコの下生えを探すとか)には、ロンは不謹慎にも、上機嫌だった。

 「誰かが、僕たちを助けてくれたんだ」彼は言いつづけた。「誰かが、あの雌ジカを送ってくれた。誰か味方がいるんだ。ホークラクスも一個やっつけたじゃないか!」

 彼らは、ロケットを破壊できたのに勇気づけられて、他のホークラクスのありそうな場所について話しあいを始めた。それについては、これまで、さんざん話しあったけれど、ハリーは楽観的になっていたので、最初の成功に続いて、うまくいくに違いないと思った。ハーマイオニーが不機嫌でも、ハリーの元気な気持ちは落ちこまなかった。運命の急上昇や、謎めいた雌ジカの出現や、グリフィンドールの剣の発見や、なによりもロンが戻ったことで、とてもうれしかったので、まじめくさった顔をするのが、とても難しかった。

 午後遅く、彼とロンは、不機嫌なハーマイオニーのところから、また逃げだして、葉が落ちた茂みから、あるはずのないブラックベリーを探すという名目で、いままでのできごとのやりとりを続けた。ハリーは、やっと、ハーマイオニーとのさまざまな放浪の旅から、ゴドリック盆地での出来事まで、すべてを物語った。ロンは、数週間離れていたあいだに仕入れた、もっと広い魔法社会について発見した知識を知らせていた。

 「・・・で、君たちは、どうやってタブーのことを知ったんだ?」彼は、マグル出身者が魔法省から逃れようとするために、いろいろ企てるが望みはないことを説明した後、ハリーに尋ねた。

 「何のこと?」

 「君とハーマイオニーが、例のあの人の名前を言うのを、やめたことさ!」

 「ああ、それ、僕たちが、名前を言わない悪い習慣に慣れちまっただけさ」とハリーが言った。「けど、彼の名前を呼んでも不都合はないと思ってる、ヴォ、ー」

 「止めろ!」とロンが大声でどなったので、ハリーは茂みに飛びこみ、ハーマイオニーが(テントの入り口で本に鼻を埋めるようにして読んでいたが)、彼らをにらみつけた。「ごめん」とロンが言って、ハリーを野イチゴの茂みから引きもどした。「けど、名前には呪文がかかってるんだよ、ハリー、そうやって彼らは、人々の跡をつけるんだ! 彼の名前を使うと防御の魔法が解ける。すると、魔法の一種の動揺がおきる、ー、そうやって、彼らはトテナム・コート通りで、僕らを見つけたんだ!」

 「僕たちが、彼の名前を使ったからかい?」

 「その通りさ! 彼らが、うまくやったと認めなくちゃ。そうすればつじつまが合うさ。昔、彼を名前で呼ぶのは、彼に真剣に立ちむかおうとする人たちだけだった、ダンブルドアのようにね。ダンブルドアは、そうする勇気があった。今じゃ、彼らは、それをタブーにしたから、それを言った者は誰でも跡をつけられることになるんだ。ー、騎士団のメンバーを見つける早くて簡単な方法だろ! 彼らは、もう少しでキングズリーも捕まえるところだったんだ、ー」

 「冗談だろ?」

 「ほんとだよ。デス・イーターの群れが、彼を追いつめたけど、戦って逃げだした、とビルが言ってた。彼は、僕たちと同じく逃亡中だ」ロンは、杖の先で頬をひっかきながら考えこんでいた。「キングズリーが、あの雌ジカをよこしたと思わないか?」

 「彼のパトロナスはヤマネコだ。結婚式で見た。忘れた?」

 「ああ、そうだ・・・」

 彼らは、テントとハーマイオニーから離れて、生け垣からもっと遠くに入っていった。

 「ハリー・・・あれ、ダンブルドアだったと思わないか?」

 「ダンブルドアが何だ?」

 ロンは少しまごついたようだったが、低い声で言った。「ダンブルドア・・・雌ジカ? つまり」ロンは、目の隅でハリーを見ながら言った。「彼が、最後に本物の剣を持ってたんだろ?」

 ハリーは、ロンを笑わなかった。その質問の裏にある切望する気持ちが、あまりにもよく分ったからだった。ダンブルドアが、どうにかして彼らの元に戻ってきて、彼らを見守っていたという考えは、ことばに尽くせないほど慰めとなっただろう。でもハリーは、首を横にふった。

 「ダンブルドアは死んだ」彼は言った。「僕は、その現場を見た。遺体も見た。彼は、完全にいなくなってしまった。どっちみち、彼のパトロナスは不死鳥だ、雌ジカじゃない」

 「けど、パトロナスは、変わることがあるだろ?」とロンが言った。「トンクスのが変わっただろ?」

 「うん、けど、もしダンブルドアが生きていたら、なぜ姿を見せないんだ? なぜ、自分で剣を手渡さないんだ?」

 「知らないね」とロンが言った。「生きているあいだに君に渡さなかったのと同じ理由じゃ? 君に古いスニッチと、ハーマイオニーに子どもの本を遺したのと同じ理由じゃ?」

 「どっちが何だよ?」とハリーは尋ねた。どうしても答えを知りたくて、ふりむいてロンの顔を真正面から見つめた。

 「分かんね」とロンが言った。「ときどき、彼は、冗談をやってるんだか、ー、それとも、よけいややこしくしたがってるのかって、いらついてるときに思ったよ。けど、もうそうは考えてない。彼は、僕に火消しライターをくれたとき、何をやってるのか、ちゃんと知ってただろ? 彼は、ー、そのう」ロンの耳は真っ赤になり、急に足下の草の茂みを熱心に見つめ、それをつま先で突いた。「彼は、僕が君を見捨てると分っていたに違いないんだ」

 「いや」とハリーが訂正した。「彼は、君が、ずっと戻ってきたがってたと分っていたに違いないよ」

 ロンは、ありがたいという顔をしたが、まだ落ちつかないようだった。ハリーは、話題を変えようという気もあって尋ねた。「ダンブルドアといえば、スキーターが書いたこと、聞いたかい?」

 「うん」とロンがすぐに言った。「すごく話題になってる。もちろん、状況が違ってたら、ダンブルドアがグリンデルワルドの友だちだったなんて、すごい大ニュースだろうけど、今じゃ、ダンブルドアを嫌いな人たちの笑いの種で、彼をいい人だと考えていた人たちには痛烈な一撃程度だな。そんなにすごいことだとは思わないけど。彼は、すごく若かったんだし、ー」

 「僕たちと同じ年だ」とハリーが、ハーマイオニーに言いかえしたのと同じように言った。その顔に浮かんだ表情を見て、ロンはその問題を追及するのをやめた。

 茂みの中の凍ったクモの巣の真ん中に、大きなクモがいた。ハリーは、昨夜、ロンがくれた杖でねらいをつけた。その杖は、その後、ハーマイオニーが調べさせてくれと頼み、ブラックソーンだと分った。

 「エンゴルジオ(ふくらめ)」

 クモは、少し震え、クモの巣の上で少し、はねた。ハリーは、もう一度やった。今度は、クモは、ほんの少し大きくなった。

 「やめろ」とロンが鋭く言った。「ダンブルドアが若かったと言って悪かったよ、それでいいか?」

 ハリーは、ロンがクモを大嫌いなのを忘れていた。

 「ごめん、ー、レデュシオ(縮め)」

 クモは縮まなかった。ハリーはブラックソーンの杖を見おろした。今までに、それでやってみた小さな呪文はすべて、自分のフェニックスの杖でやったより、威力がないようだった。新しい杖は、自分の手に他人の手を縫いつけられたように見慣れず、まったく親しみが持てない気がした。

 「練習すればいいのよ」とハーマイオニーが、後ろから音もなく近づいてきて、ハリーがクモを大きくしたり小さくしたりしようとするのを、心配そうに立って見ていて、言った。「問題は、自信を持つことだけよ、ハリー」

 彼には、彼女が、まだ杖を壊したことに責任を感じていたので、その杖で大丈夫だと思いたがっているのが分っていた。それで、浮かびあがった反論を、唇をかみしめて我慢した。それは、杖に違いがないのなら、君が、このブラックソーンの杖を使えばいい、僕が君のを使うから、というものだった。けれど、彼は、三人がまた友だちになりたいと強く願っていたので、そうだね、と言った。でも、ロンが、ハーマイオニーにためらいがちにほほえむと、彼女はさっさと歩み去って、また本の陰に姿を隠してしまった。

 暗くなった頃、三人ともテントに戻り、ハリーが最初の見はりについた。入り口に座って、ブラックソーンの杖で、足下の小石を空中に浮かせようとしたが、彼の魔法は前よりうまくいかず、威力がないようだった。ハーマイオニーは寝棚に横になって本を読んでいた。ロンは、何度も臆病そうに彼女の方を見あげたあげく、リュックから小さな木のラジオを取りだしてチャンネルを合わせはじめた。

 「一つ番組があるんだ」彼は低い声でハリーに言った。「そこで実情を伝えてくれるニュースをやる。他はみんな、例のあの人がわで、魔法省の筋に従ってる、けど、こいつは・・・聞えるまで待てよ、すごいんだから。ただ毎晩は放送できない、襲われるといけないからしょっちゅう場所を変えなくちゃならないんだ、それと、それを聞くのにパスワードがいる・・・困ったことに、こないだのを忘れちまったんで・・・」

 彼は、ラジオの上を杖でコツコツたたきながら、小さな声で、でたらめなことばをつぶやいていたが、ハーマイオニーの怒りが爆発しないかと、しょっちゅうそっと彼女を見ていた。けれど、彼女が彼に注意をはらわないようすからみると、彼女にとっては、彼はいないも同然のようだった。十分間ほど、彼はコツコツたたき、ぶつぶつ、つぶやきつづけ、ハーマイオニーは本のページをめくり、ハリーはブラックソーンの杖で練習しつづけていた。

 とうとうハーマイオニーが寝棚から下りてきた。ロンは、すぐにたたくのをやめた。

 「もし、うるさかったら、やめるから!」彼は、びくびくしながらハーマイオニーに言った。

 ハーマイオニーは、ロンには返事をお与えにならず、ハリーに近づいた。

 「話があるの」彼女は言った。

 ハリーは、まだ彼女が握っている本を見た。それは、「アルバス・ダンブルドアの人生と嘘」だった。

 「何?」彼は恐る恐る聞いた。それには、彼自身の章があるのが、心をよぎった。彼とダンブルドアとの関係の、リタの解釈を聞く力があるかどうか分らなかった。けれど、ハーマイオニーの答えは、まったく予想外のものだった。

 「ゼノフィリウス・ラブグッドに会いにいきたいの」

 彼は、彼女を見つめた。

 「もう一回言ってくれないか?」

 「ゼノフィリウス・ラブグッド。ルナのお父さん。私、彼のところに行って話をしたいのよ!」

 「あのう、ー、何で?」

 彼女は、気を引き締めるように深く息をすってから言った。「あの印よ。『吟遊詩人ビードルの物語』にあった印。見て!」

 彼女は、見るのが気が進まないハリーに「アルバス・ダンブルドアの人生と嘘」の本を突きだした。彼は、ダンブルドアがグリンデルワルドに出した手紙の原本の写真を見た。それは、ダンブルドアの見慣れた細い流れるような筆跡で書かれていた。彼は、ダンブルドアがほんとうにこれを書いたのであって、リタの創作ではないのだという絶対的な証拠を見るのが、いやだった。

 「署名よ」とハーマイオニーが言った。「署名を見て、ハリー!」

 彼は言うとおりにした。一瞬、彼女が何を言っているのか分らなかったが、明かりをともした杖でよく見ると、ダンブルドアが、アルバスのAを「吟遊詩人ビードルの物語」に描かれたのと同じ三角形の印の小さい形に置きかえているのが分った。

 「あのう、君は何を、ー?」ロンがためらいがちに言ったが、ハーマイオニーは、一にらみで黙らせ、ハリーの方を向いた。

 「それ、いろんなところに出てくるでしょ?」彼女が言った。「ビクターが、それはグリンデルワルドの印だと言ったのは分ってる。でも、ゴドリック盆地の古いお墓にもあったのは確かよ。その日付は、グリンデルワルドが生まれるずっと昔だったわ! それに、今度はこれよ! そうね、ダンブルドアやグリンデルワルドに、それがどういう意味か尋ねるわけにはいかないわ、ー、グリンデルワルドがまだ生きているのかどうかさえ分らない、ー、でも、ラブグッド氏に尋ねることができるわ。彼は結婚式で、この印を身につけていた。これは重要よ、ハリー!」

 ハリーは、すぐには返事をしなかった。彼女の真剣な熱心な顔を見つめ、それから外のまわりの暗闇を見やりながら、考えた。長い沈黙の後、彼は言った。「ハーマイオニー、ゴドリック盆地の二の舞は必要ない。僕たちは、あそこへ行くことを話しあったあげく、ー」

 「でも、この印は、いろんなところにあらわれているのよ、ハリー! ダンブルドアは、私に『吟遊詩人ビードルの物語』を遺した。この印について探りだす必要がないとどうして分るの?」

 「また、これだ!」ハリーは少し頭にきていた。「僕たちは、ダンブルドアが秘密の印と手がかりを遺してくれたと、思いこもうとしつづけているんだ、ー」

 「火消しライターは、結局すごく役にたったよ」ロンが高い声で言った。「ハーマイオニーが正しいと思う。ラブグッドに会いにいくべきだと思う」

 ハリーは彼を不機嫌そうにちらっと見た。ロンがハーマイオニーを支持するのは、三角形のルーン文字の意味を知りたいという望みとは、ほとんど関係がないに決っていると分っていたからだ。

 「ゴドリック盆地みたいにはならないさ」ロンがつけ加えた。「ラブグッドは君の味方だ、ハリー。『クィブラー』誌はずっと君を支持してる。みんなに君を助けるべきだと言いつづけてる!」

 「これはぜったい重要よ!」とハーマイオニーが熱心に言った。

 「でも、もしそうなら、ダンブルドアが死ぬ前に、僕に言ったと思わないか?」

 「きっと・・・きっと、あなたが自分で探しだす必要があることなんじゃない?」とハーマイオニーが、ワラにもすがるといった弱々しい調子で言った。

 「うん」とロンが取り入るように言った。「それは、ありだな」

 「そんなことないわ」とハーマイオニーが、かみつくように言った。「でも、私、ラブグッド氏と話すべきだと思うの。ダンブルドアと、グリンデルワルドと、ゴドリック盆地をつなぐ印? ハリー、それについて知るべきだと思うわ!」

 「投票で決めよう」とロンが言った。「ラブグッドに会いにいくのに賛成の人、ー」

 彼の手が、ハーマイオニーのより早く空中にさっと上がった。彼女は、手を上げるとき、疑わしげに唇をふるわせた。

 「投票で負けだ、ハリー、残念」とロンが、ハリーの背中をたたきながら言った。

 「いいよ」とハリーが、なかば、おもしろがり、なかば、いらいらしながら言った。「ただ、ラブグッドに会ったら、他のホークラクスを探しにいこう、いいか? どにかく、ラブグッド家は、どこに住んでるのかな? 誰か知ってるか?」

 「ああ、僕んちから遠くないところだ」とロンが言った。「はっきりとは知らないけど、ママとパパが、彼らのことを言うときは、いつも丘の方を指さしてた。見つけるのは難しくないだろうさ」

 ハーマイオニーが寝棚に戻ったとき、ハリーは声を低めて言った。

 「君が賛成したのは、彼女に、また気に入られたいと思っただけだろ」

 「戦(いくさ)と恋は、何をやろうと勝者が正しいんだよ」とロンが陽気に言った。「で、この場合は、ちょっと両方あるしね。元気出せよ、クリスマス休暇だ、ルナが家にいるよ!」

 翌朝、彼らは姿くらましして、そよ風の吹く丘の斜面に着いたが、そこから、オタリー・セント・キャチポール村が、すばらしくよく見渡せた。彼らがいる高くて見るのに有利な地点からだと、村は、雲の切れ目から地上に降りそそぐ日光の巨大な斜めの筋の中で、おもちゃの家々が集まっているように見えた。彼らは、手で目の上にひさしを作って、一、二分間、『隠れ家』の方を見たが、奇妙にゆがんだ小さな家をマグルの目から隠す高い生け垣と果樹園の木々しか見分けられなかった。

 「こんな近くにいて、家に行かないなんて、妙な感じだよ」とロンが言った。

 「あら、家族に会ってきたばかりじゃないみたいね。クリスマスに家にいたんでしょ」とハーマイオニーが冷たく言った。

 「僕は、『隠れ家』にはいかなかったよ!」とロンが、彼女を疑うように笑った。「僕が家に戻って、君たちを見捨ててきたとぶちまけるとでも思ったのか? ああ、フレッドとジョージは、よく思わないだろうよ。それにジニーも。彼女は、ほんとうによく分っていたからね」

 「でも、それなら、どこにいたのよ?」とハーマイオニーが驚いて尋ねた。

 「ビルとフラーの新居だよ。貝殻荘さ。ビルは、いつも僕に優しかった。彼、ー、彼も僕がやったことを聞いたときは、あんまり感心しなかったようだけど、僕がほんとに後悔しているのが分ったから、そのことを、しつこく言いはしなかった。他の家族は誰も、僕がそこにいたのを知らない。ビルはママに、二人だけで過ごしたいからクリスマスには帰らないと言ったんだ。ほら、結婚して初めての休暇だろ。フラーは気にしてなかったと思うよ。彼女が、ママのお気に入りのセレスティナ・ウォーベックの歌を大嫌いだったこと、覚えてるだろ」

 ロンは、『隠れ家』に背を向けた。

 「ここから行ってみよう」彼は言って、先に立って、丘の頂上に続く道を歩きはじめた。

 彼らは、数時間歩いた。ハリーは、ハーマイオニーがしつこく言うので、透明マントに隠れていた。すると低い丘の連なりがあらわれた。一軒の田舎家以外には人が住んでいないようだったが、その家にも人影がなかった。

 「ここが、彼らの家で、クリスマス休暇に出かけちゃったんだと思う?」とハーマイオニーが言いながら、窓敷居にゼラニウムが飾ってある、きちんとした小さな台所の窓から中をのぞきこんだ。ロンが鼻をならした。

 「ねえ、もし窓からのぞいたら、そこがラブグッド家かどうか分るような気がするんだ。次の丘に行ってみようよ」

 そこで彼らは、数キロメートル北に、姿くらましをした。

 風が、彼らの髪や服に激しく打ちつけていた。「ははあ!」とロンが叫んで、彼らがあらわれた丘のてっぺんの方を指さした。そこには、とても奇妙な家が空に垂直にそびえていた。大きな黒い円柱がついている家で、その後ろに、幽霊のような白い月が午後の空にかかっていた。「あれがルナの家だよ。他の誰が、あんなとこに住むと思うか? 巨大なルークみたいだ!」

 「鳥みたいには見えないわ」とハーマイオニーが顔をしかめて、その塔を見ながら言った。

 「鳥のルーク(ミヤマガラス)じゃなくて、チェスのルークのことを言ってんだよ」とロンが言った。「君のことばでは、城だ」

 ロンの脚が一番長かったので、最初に丘のてっぺんに着いた。ハリーとハーマイオニーが、息をきらせ、痛む脇腹を押さえながら追いついたとき、ロンは、歯をむき出してにやにやと笑っていた。

 「彼らの家だ」とロンが言った。「見ろよ」

 三つの手書きの表札が、打ちくだかれた門に留めてあった。最初のは「クィブラー誌、編集長、X・ラブグッド」、次のは「自分のヤドリギを摘みなさい」、三つ目は「操縦可能なプラムから離れていなさい」と書いてあった。

 門を開けると、キーッときしんだ。玄関に続くジグザグの道は、様々な妙な植物がはびこっていた。その中に、ルナがときどきイヤリングにしていたオレンジ色のラディッシュのような実がいっぱいなった茂みがあった。ハリーは、スナーガルフが分ったので、近よらないようにした。古い野生リンゴの木が二本、風のため曲って、葉が落ちていたが、それでも小さな赤い実がたわわに実り、白いビーズのような実がなったヤドリギの薮を王冠のように頂いて、玄関の扉の両側に番兵のように立っていた。少し平らな、タカのような頭のフクロウが、枝から彼らをのぞきこんだ。

 「透明マントを脱いだ方がいいわ、ハリー」とハーマイオニーが言った。「ラブグッド氏が手助けしたいのは、あなたであって、私たちじゃないから」

 ハリーは言われたとおりにしてマントを脱ぎ、彼女に渡してビーズのバッグに入れてもらった。それから彼女は、厚く黒い扉を三度たたいた。そこには、鉄の飾りビョウと、ワシの形のノッカーがついていた。

 十秒もしないうちに、扉がさっと開いて、ゼノフィリウス・ラブグッドが立っていた。はだしで、汚れた寝間着のようなものを着ていた。長くて白い綿菓子のような髪の毛は、汚れてくしゃくしゃだった。それに比べると、ビルとフラーの結婚式でのゼノフィリウスは、はるかにこざっぱりとしていた。

 「何だ? 何事だ? 君たちは誰だ? 何が望みだ?」彼は、かんだかい不平たらたらの声で叫び、最初にハーマイオニーを、次にロンを見たが、最後にハリーを見ると、口が、こっけいなほど完璧な「O」の形に開いた。

 「こんにちは、ラブグッドさん」とハリーが手をさしだしながら言った。「僕はハリー、ハリー・ポッターです」

 ゼノフィリウスは、ハリーの手を取らなかったが、片目は内側の鼻の方に向かず、真っ直ぐにハリーの額の傷跡の方を見た。

 「僕たち、お邪魔してもいいですか?」とハリーが尋ねた。「お尋ねしたいことがあるんです」

 「そ・・・それは賢明なこととは思われんが」とゼノフィリウスが、ささやくように言った。そして、ごくりと喉をならし、庭の方をすばやく見た。「かなりショックだ・・・これは、まあ・・・私は・・・私は、残念ながら、できないと思うが、ー」

 「長くはかかりませんから」とハリーは言ったが、このちっとも暖かくない歓迎に、少しばかり、がっかりしていた。

 「私は、ー、ああ、よろしい。入りなさい、早く、早く!」

 彼らが、家に入りきらないうちに、ゼノフィリウスが扉をバタンと閉めた。彼らは、ハリーがこれまでみたこともないほど奇妙な台所に立っていた。その部屋は、まん丸だったので、巨大な胡椒壺の中にいるような気がした。すべてのものが壁に添うように曲っていた。料理用こんろ、流し、食器戸棚。そして、そのすべてにあざやかな三原色で花や虫や鳥が描いてあった。ハリーは、ルナの流儀が分ったように思った。この閉ざされた空間で、その効果はいささか圧倒的だった。

 床の真ん中に、上の階に続く鉄の細工のラセン階段があった。頭上から、大きなガチャンガチャンドンドンいう音が聞えた。ハリーは、ルナが何をしているんだろうと思った。

 「上がった方がいい」とゼノフィリウスが、あいかわらず、ひどく、いごこち悪そうに言い、先に立って階段を上った。

 上の部屋は、居間と仕事部屋がつながっているようだったが、それ自体、台所よりもっと散らかっていた。ここは、もっと小さくて、まん丸だけれど、どこか、あの忘れられない状況での「必要に応じて出てくる部屋」に似ていた。あのときは、何世紀ものあいだに隠された物が積みあがって巨大な迷路に変化していた。この部屋も、あらゆるところに本や書類が山のように積みかさなっていた。ハリーには何か分らないが繊細に作られた生きものの模型が、天井からぶら下がっていて、羽ばたいたり、あごをかみ合わせたりしていた。

 ルナは、いなかった。とても騒々しい音を出しているのは、魔法で回転する歯車と車輪でおおわれた木の物体だった。それは、仕事台と古い棚の奇怪な子孫のように見えたが、少しして、「クィブラー」誌が激しく飛びだしてくることから、旧式な印刷機だろうと、ハリーは推測した。

 「失礼」とゼノフィリウスは言って、機械の方に行き、膨大な数の本や書類の下から汚いテーブル掛けをつかんだので、本がみな床に転がりおちたが、その布を印刷機の上にかけると、大きなドンガチャンという音がいくらか静まった。それから、ハリーの方を向いた。

 「君は、なぜ、ここに来たのか?」

 けれど、ハリーが答える前に、ハーマイオニーが、動揺して小さく叫んだ。

 「ラブグッドさん、あれは何ですか?」

 彼女は、巨大な灰色の、らせん状の角を指さした。それは、、壁に、はめ込まれて、一メートルばかり部屋の中に突きだしていたが、ユニコーンの角に似ていないこともなかった。

 「あれは、ねじり角のスノーカックの角だ」とゼノフィリウスが言った。

 「いいえ、違うわ!」とハーマイオニーが言った。

 「ハーマイオニー」ハリーが困って小声で言った。「今は、そういうときじゃ、ー」

 「でも、ハリー、あれは、エルンペントの角よ! 輸入できるB級の材料で、家の中に置いとくなんて、極めて危険な物よ!」

 「エルンペントの角だってどうして分るのさ?」とロンが尋ねながら、できるだけ急いで角から離れたので、部屋の中に余分なガタガタいう物音が加わった。

 「『空想上の獣と、それらが見つかる場所』に説明してあるわ! ラブグッドさん、すぐに、あれを捨てなくてはいけません。ほんの少し触っただけで爆発するのをご存知ないのですか?」

 「ねじり角のスノーカックだが、」とゼノフィリウスは、ラバのように強情な表情を浮かべて、とてもはっきりと言った。「内気で、非常に不思議な生き物だ。その角は、ー」

 「ラブグッドさん、つけ根のまわりに溝を掘ったような模様があるので見分けがつきます。あれはエルンペントの角で、信じられないほど危険なものです、ー、どこで手に入れられたのか知りませんが、ー」

 「買ったのだ」とゼノフィリウスが独断的に言った。「二週間前、若くて陽気な魔法使いからな。彼は、立派なスノーカックに私が興味があるのを知っていた。私のルナをクリスマスにびっくりさせようと思ったのだ。さて」彼は、ハリーの方を向いた。「いったい君はなぜここに来たのかね、ポッター君?」

 「助けが欲しいのです」とハリーは、ハーマイオニーがまた口を開く前に言った。

 「ああ」とゼノフィリウスが言った。「助けか。ふむ」彼の、よい目がまたハリーの傷跡の方に動いた。彼は、恐れると同時に魅惑されているようだった。「よろしい・・・問題は・・・ハリー・ポッターを助けるというのは・・・かなり危険だと・・・」

 「あなたは、ハリーを助けるのが、第一の努めだとみんなに言いつづけてるんじゃないのか?」とロンが言った。「あなたの、あの雑誌でさ?」

 ゼノフィリウスは、後ろの、隠された印刷機をちらっと、ふりかえって見た。それはまだテーブル掛けの下で、ドンドンガチャンガチャンと音をたてていた。

 「ええと、ー、そうだ、私は、その見解を表明してきた。しかしながら、ー」

 「ー、それは、他のみんなに、そうしろってことで、あなた個人としては違うってこと?」とロンが言った。

 ゼノフィリウスは答えなかった。彼は喉をごくりとならしつづけて、三人をさっと見渡した。彼が苦しい内心の葛藤に耐えているような印象を、ハリーは受けた。

 「ルナはどこ?」とハーマイオニーが尋ねた。「彼女の意見を聞いてみましょう」

 ゼノフィリウスは、はっと息をのんで、心を鬼にしようと決心したように見えた。そして、とうとう口を開いたが、震える声で、印刷機の騒音の中で、聞き取るのが難しかった。「ルナは、下の小川に淡水性プリンピーを釣りにいっている。彼女は・・・彼女は、君たちに会いたいだろう。私が、彼女を呼びにいって、それから、ー、そう、よろしい。君たちを手助けしよう」

 彼は、らせん階段を下りて姿を消した。玄関の扉が開いて閉まる音が聞えた。彼らは、顔を見あわせた。

 「おくびょうな、いやなじじい」とロンが言った。「ルナは、彼の十倍も勇気があるよ」

 「もしデス・イーターが僕がここにいるのを見つけだしたら、彼らがどうなるかを、きっと心配しているんだろう」とハリーが言った。

 「あのう、私はロンに賛成よ」とハーマイオニーが言った。「ひどい偽善者、他のみんなにあなたを助けるように言っておいて、自分は、虫がはうように逃げだそうとするなんて。それと、お願いだから、角から離れて」

 ハリーは、部屋の遠くの端にある窓のところに歩いていった。小川が見えた。細く輝くリボンが、はるか下の方の丘のふもとに、のびていた。彼らは、とても高いところにいた。彼が、もう丘の連なりの向こうに見えない『隠れ家』の方を見つめていると、鳥が窓の向こうに飛んでいった。ジニーが、向こうの方のどこかにいる。二人は、ビルとフラーの結婚式以来、今日ほど近くにいたことはなかった。けれど、ジニーは、ハリーが今、自分の方を見ていて、彼女のことを思っているなどとは夢にも思わないだろう。彼は、そのことを喜ぶべきだと思った。彼が接触しようとする人は誰でも危険な立場に置かれるのだ。ゼノフィリウスの態度が、それを証明している。

 彼は、窓から部屋の方を向いた。すると、中が乱雑な曲った食器棚の上に立っている別の奇妙な物体に気がついた。それは、美しいが厳格な顔つきの魔女の胸像で、とても奇怪な頭飾りをつけていた。金のラッパ形補聴器に似た二つの物体が、両脇から曲って突きだしていて、一対の輝く青い翼が革ひもに突きささしてあって、それが、頭の上から垂れていた。一方、オレンジ色のラディッシュが一個、額のまわりの二本目のひもに突きさしてあった。

 「これ見ろよ」とハリーが言った。

 「魅力的だ」とロンが言った。「それを結婚式に、かぶってこなかったのが驚きだ」

 玄関の扉が閉まるのが聞え、まもなくゼノフィリウスが、らせん階段を上って部屋に戻ってきた。細い足にゴム長靴をはき、ひどい組みあわせの紅茶のカップと、湯気の立つポットをのせたお盆を持っていた。

 「ああ、私のお気に入りの発明品を見つけたね」彼は言いながら、お盆をハーマイオニーの腕に押しつけ、胸像のそばのハリーのところに来た。「美しいロウィーナ・レイブンクローの頭にぴったり合うように型どった。『計りきれない知性は、人間の最大の宝』だ!」

 彼は、ラッパ形補聴器のような物体を指さした。

 「これは、ラックスパート吸いあげ管だ、ー、考え事をしている人のすぐ近くから、気を散らす原因をすべて取りのぞくのだ。これは」と彼は小さな翼を指さした。「ビリウィグのプロペラだ。心の体制を高める働きを引きおこす。最後に」彼はオレンジ色のラディッシュを指さした。「操縦可能なプラムだ。とてつもないことを受け入れる能力を高める」

 ゼノフィリウスは、お茶のお盆の方に戻った。それは、ハーマイオニーが慎重にバランスを取って、散らかったサイドテーブルの一つに置いてあった。

 「ガーディの根の煎じ茶を、さしあげようか?」とゼノフィリウスが言った。「自家製だよ」ビートの根のような濃い紫色の、その飲み物を注ぎながら、彼がつけ加えた。「ルナは、ボトム橋の向こうにいる。君たちが来たのを知って、とても喜んだ。まもなく戻るだろう。我々全員のスープを作るに足りるほどのプリンピーを、ほとんど釣りあげていた。座ってくれ、砂糖はご自由に。

 「さて」と彼は、肘掛け椅子の上の倒れそうに積みあがった書類をどけて座り、長靴をはいた脚を組んだ。「何を手助けしたらいいのかな、ポッター君?」

 「あのう」とハリーが、ハーマイオニーをちらっと見ながら言った。彼女は励ますようにうなずいた。「ビルとフラーの結婚式で、あなたが、首から下げていた印についてなんです、ラブグッドさん。あれの意味を教えてほしいのですが」

 ゼノフィリウスは、眉をあげた。

 「君は、『死の聖物』の印のことを言っているのかな?」

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