ハリーポッターと死の聖物 (Harry Potter and the Deathly Hallows)
第十七章:バチルダの秘密
「ハリー、止まって」
「どうかした?」
彼らは、知らないアボット家の墓のところまで来たところだった。
「あそこに誰かいる。誰か私たちを見てる。ぜったいよ。あそこ、茂みの向こう」
彼らは、互いに身を離さないままで、とても静かに立って、墓地の見通しにくい黒い境界を見つめていた。ハリーには何も見えなかった。
「確か?」
「何か動くのが見えたの、誓ってもいいわ・・・」
彼女は、彼から腕を放して、杖を使えるようにした。
「僕たち、マグルみたいに見えるんだよ」ハリーが指摘した。
「あなたの両親のお墓に花を供えてきたマグル! ハリー、ぜったいに、あそこに誰かいるわ!」
ハリーは「魔法歴史」のことを考えた。墓地は、幽霊が出てきそうだった。もしかして、ー? けれど、そのとき、ハーマイオニーが指さした茂みの中に、雪が舞って小さな渦巻きができるのが見えた。幽霊は雪を動かせない。
「ネコだよ」とハリーが、一、二秒後に言った。「でなきゃ鳥。もしデス・イーターなら、僕たち、もう死んでるさ。けど、ここから出よう、で、マントをかぶろう」
彼らは墓地から出るとき、何度もふりかえって見た。ハリーは、ハーマイオニーを安心させるために装ったほど楽観的ではなかったので、木戸と滑りやすい通路のところまで来たときにはうれしかった。彼らは、また透明マントをかぶった。酒場は前よりもっと混んでいた。中から大勢が、クリスマスの賛美歌を歌っているのが聞えた。さっき教会の方に近づいていくときに聞えた歌だった。一瞬ハリーは、その中に避難しようと言おうかと考えた。けれど、何も言わないうちに、ハーマイオニーが小声で「この道を行きましょう」と言った。そして、彼を引っぱって、暗い通りの方に行った。それは、彼らが入ってきたのと反対の方角で、村から出る道だった。、ハリーには、田舎家の家並みが途切れる地点が分った。そこでは小道がまた広々とした草地の中に曲っていった。彼らは、カーテンごしに、いろいろな色の電球が輝き、クリスマスツリーの輪郭が暗く浮かぶ窓々のそばを通りすぎながら、できるだけ早く歩いた。
「どうやって、バチルダの家を見つける?」とハーマイオニーが、少し震えて、ちらっと後ろをふりかえりながら尋ねた。「ハリー? どう思う? ハリー?」
彼女は、彼の腕を引っぱったが、彼は気に留めなかった。彼は、この家並みの一番端に立っている黒っぽい固まりの方を見ていた。次の瞬間、彼は早足になって、ハーマイオニーを引きずっていった。彼女は、氷で少し滑った。
「ハリーったら、ー」
「見ろ・・・見ろよ、ハーマイオニー・・・」
「私には・・・まあ!」
彼には見えた。忠誠の呪文は、ジェイムズとリリーといっしょに死んだに違いない。生け垣は、十六年間に伸び放題になっていた。十六年前、ハグリッドが、がれきの中からハリーを連れだしたが、そのがれきが腰まで伸びた草の間に散らばっていた。家の大半は、黒っぽいツタと雪におおわれていたけれど、まだ建っていた。だが上の階の右側は吹き飛ばされていた。そこが、呪文が逆噴射したところに違いないと、ハリーは思った。彼とハーマイオニーは、門のところに立って、かつては両側の家々と同じような家だったものの残骸を見つめていた。
「なぜ、誰も建て直さなかったのかしら?」とハーマイオニーがささやいた。
「建て直せないのかも、」ハリーが答えた。「闇魔術から受けた怪我みたいなもので、壊れたところを修理できないのかも」
彼はマントの下から手を出して、雪が積もり、ひどく錆びた門を、しっかり握った。開けたいと思ったのではなく、ただ家のどこかをつかみたかったのだ。
「家の中に入らないでしょ? 危険かも、もしかしたら、ー、まあ、ハリー、見て!」
彼が門を触ったためだろう。看板が、彼らの前に、地面から、イバラや雑草のからまりを通って、風変わりな成長の早い花のように立ちあがった。木の板の上に金色の文字で、こう書かれていた。
「1981年10月31日の夜、この場所で、
リリーとジェイムズ・ポッターが命を落とした。
彼らの息子ハリーは、ただ一人の魔法使いとして生きのこった、
殺人光線を受けたのに。
この家は、マグルには見えぬが、残された。
崩壊した状態のまま。それはポッター一家への追悼の碑として、
また暴力を思いださせるものとして。
そのため一家は引き裂かれたのだ。
そして、このきちんと書かれた文字の周囲一面に「生きのびた少年」が逃れた場所を見に来た魔女や魔法使いが落書きしていた。永久に消えないインクで名前だけ書いただけの者もいれば、木の板にイニシャルを彫りつけた者もいた。更にメッセージを残した者もいた。魔法の落書きだけあって、十六年の歳月を経ても、最近書かれたばかりのように、鮮やかに輝いていた。皆、同じようなことを言っていた。
「幸運を祈る、ハリー、君がどこに行こうと」「君に、これを読んでほしい、ハリー、私たちは皆、君を応援するよ!」「長生きするように、ハリー・ポッター」
「看板の上に書いちゃいけなかったのに!」とハーマイオニーが憤慨して言った。
けれど、ハリーは、彼女ににっこり笑いかけた。
「すてきだ。書いてくれてうれしいよ。僕は・・・」
彼は、急に話を止めた。たくさんショールなどを巻いた人影が、小道を、彼らの方に向ってよたよた歩いてきて、その輪郭が、遠くの広場の明るい光を背景に浮かびあがった。ハリーは、判断するのは難しいが、その姿は女だと思った。彼女は、ゆっくりあるいてきた。雪道で滑るのを恐がっているのかもしれない。背中を丸くし、ずんぐりしていて、足をひきずるように歩いていて、どの点からも、彼女が極めて高齢だという感じがした。ハリーとハーマイオニーは、彼女が近づいてくるのを黙って見つめていた。ハリーは、彼女が、通りすぎる家の一軒の方に向きを変えるのを見ようと待っていた。けれど、彼は、本能的に、彼女がそうしないだろうと分っていた。とうとう彼女は、二人から数メートル離れたところで止まり、ただ凍った道の真ん中に立って、彼らに顔を向けた。
ハリーは、ハーマイオニーに腕をつねってもらわなくても分っていた。この女がマグルである可能性はほとんどなかった。彼女は、もし魔女でなかったら全く見えるはずのない家を見つめて立っていた。けれど、魔女だとしても、こんな寒い夜に、廃墟を見るためだけに出てくるのは、奇妙なふるまいだった。一方、ふつうの魔法のすべての規則によっても、ハーマイオニーと彼が見えるはずはない。にもかかわらず、ハリーは、彼女が、彼らがそこにいるのを、また彼らが誰かということも知っているというとても不思議な感情を抱いた。この不安な結論に達したとき、彼女が手袋をはめた手をあげて手招きした。
ハーマイオニーは、マントの下で、彼にもっと近づき、腕を、彼の腕に押しつけてきた。
「どうして、彼女に分るの?」
彼は首を横にふった。女は、もっと激しく手招きした。ハリーは、その呼びかけに応じない言い訳をたくさん考えだすことができた。けれど、他に誰もいない通りに、互いに向きあって立っているあいだに、彼女が誰かという疑いが刻一刻と強まっていった。彼女が、この長い月日、彼らをずっと待っていたという可能性があるだろうか? ダンブルドアが、彼女に待つように言って、ハリーが、最後には来るだろうと待っていたという可能性が? 墓地で影の中で動いていたのが彼女で、彼らを、この場所まで追ってきたということは、ありそうもないだろうか? 彼らの存在を感じとる能力でさえ、彼が出くわしたことのない何かダンブルドアっぽい力を連想させた。とうとう、ハリーが口をきいたので、ハーマイオニーは、はっと息をのみ、飛びあがった。
「あなたは、バチルダ?」
スカーフを巻いた人影はうなずいて、また手招きした。
マントの下で、ハリーとハーマイオニーは顔を見あわせた。ハリーは眉をあげ、ハーマイオニーは小さく不安そうにうなずいた。
彼らは、女の方に歩いていった。すると女はすぐに向きを変え、彼らが来た道を、よたよたと戻っていった。そして数軒の家を通りすぎて、門のところで曲った。彼らは、さっき立ち去ったばかりの庭とほとんど同じくらい伸び放題の庭の中の玄関に通じる道を、彼女について行った。彼女は、玄関のところで少しのあいだ、鍵を探し回った。それから鍵を開けて 一歩引いて、彼らを入らせた。
彼女は、ひどく臭かった。というか、臭かったのは家かもしれない。彼女のそばを通って家の中に入るとき、ハリーは鼻にしわを寄せ、マントを脱いだ。彼女のそばに来てみると、彼女が、どんなに小柄か分った。年のせいで、腰が曲って、ほとんど彼の胸までしかなかった。彼女は、彼らの後ろで扉を閉めた。彼女のこぶしは、はがれた塗料にぶつかって、青くまだらになった。それから、ふりむいて、ハリーの顔を見つめた。彼女の目は、白内障で濁り、皮膚が薄く幾重にもしわになった中に落ちくぼんでいた。そして、顔全体のあちこちに、切れた血管と、茶褐色のシミがあった。いったい、彼女は、自分のことを分っているのだろうかと、彼は思った。たとえ、分ったとしても、彼女に見えるのは、彼が盗んできた髪の持ち主の、はげ頭のマグルだ。
彼女が、虫に食われた黒いショールをほどいて、頭皮がはっきり見えるほど乏しい白髪の頭をさらしたとき、老齢と、埃と、洗ってない衣服と、古くなった食物の臭気が、いっそう強くなった。
「バチルダ?」ハリーはくりかえした。
彼女は、またうなずいた。彼は、皮膚についているロケットに気づいた。その中の、ときどき、コツコツ言ったりドンドン言ったりするものが、目覚めた。彼は、それが、冷たい金を通して脈打っているのを感じた。それを破壊しようとするものが近づいているのを、それは知っているのか、感じることができるのか?
バチルダは、彼らのそばを足を引きずって通った。ハーマイオニーのことは見えないかのように、押しのけ、居間と思われる部屋に姿を消した。
「ハリー、これ、確かかどうか分らないわ」ハーマイオニーがささやいた。
「彼女の小ささを見なよ。いざとなったら、僕たちの方が彼女より力は上だ」とハリーが言った。「ねえ、言っておけばよかったけどさ、彼女は、まともじゃないんだよ。ミュリエルが、彼女を『モウロク』してるって言ってた」
「おいで!」とバチルダが隣の部屋から呼んだ。
ハーマイオニーは飛びあがって、ハリーの腕をつかんだ。
「大丈夫さ」とハリーは安心させるように言って、先に立って居間に入っていった。
バチルダは、部屋中よちよち歩き回って、ロウソクをともしていたが、まだとても暗かったし、たいへん汚いのは言うまでもなかった。厚い埃が、足の下で、さくさく音を立て、ハリーの鼻は、じめじめしたカビで汚れた臭いの下に、何かもっと悪い、肉が腐ったような臭いをかぎ当てた。誰かバチルダの家に入って、ちゃんとやっているかどうか調べに来たのは最近いつだろうか、とハリーは思った。彼女は、魔法が使えることも忘れてしまったようだった。ロウソクを、不器用に手でともしていたからだ。袖口のレースが垂れていて、今にも火がつきそうで危なかった。
「僕にやらせて」とハリーが申しでて、彼女からマッチを取った。彼が、ロウソクの燃え残りに火をともし終るのを、彼女は、立って見つめていた。ロウソクの受け皿は部屋中にあり、本を積んだ上に危なっかしく乗っていたり、ひびが入って、カビが生えたカップがいっぱいのサイドテーブルの上にあったりした。ハリーがロウソクを見つけた最後の場所は、丈の低いタンスの上で、たくさんの写真立てが置いてあった。火がついて炎が踊り出し、それらの汚れたガラスと銀の枠の上でゆらめいた。写真の中で、小さく動いているものが見えた。バチルダが、暖炉に火をつけようと、丸太を手探りしているときに、ハリーが小声で「テルゲオ(拭き取れ)」と言った。埃が写真から消えて、ハリーはすぐに、一番大きく飾り立てた写真立ての六枚がなくなっていることに気づいた。彼は、バチルダか、他の誰かか、誰が写真を取ったんだろうと思った。そのとき、集められた写真の後ろにある一枚が目を引いた。彼はそれを、ひったくるように取った。
それは、金髪の、陽気な顔の泥棒、グレゴロビッチの窓敷居に、ひょいと腰掛けていた若者で、銀の枠から、ハリーに向って、くつろいで笑っていた。そして、ハリーは即座に、この若者の顔を、前にどこで見たかを思い出した。「アルバス・ダンブルドアの生涯と嘘」の中で、十代のダンブルドアと腕を組んでいたのだ。なくなった写真は全部そこに行ったに違いない。つまり、リタの本だ。
「バグショット、ー、夫人、ー、さん?」彼は言ったが、その声は少し震えていた。「これは誰?」
バチルダは部屋の真ん中に立って、ハーマイオニーが、彼女の代りに暖炉に火をつけるのを見ていた。
「バグショットさん?」ハリーは、くりかえして、写真を手にして進み出た。暖炉で、ぱっと火が燃えあがった。バチルダは、彼の声の方を見あげた。ホークラクスが、胸の上でさらに早く脈打った。
「この人は誰?」ハリーは彼女に尋ねて、写真をさしだした。
彼女は、それをまじめにじっと見て、それからハリーを見あげた。
「これが、誰か、知ってる?」彼は、いつもより、ゆっくり大きな声で、くりかえした。「この男は? 彼を知ってる? 名前は?」
バチルダは、よく分らないようだった。ハリーは、ひどく欲求不満に感じた。リタ・スキーターはどうやって、彼女の記憶を明るみに出したのだろう?
「この男は誰?」彼は大声でくりかえした。
「ハリー、何やってるの?」とハーマイオニーが尋ねた。
「この写真、ハーマイオニー、泥棒、グレゴロビッチから盗んだ泥棒だ! お願い!」彼はバチルダに言った。「これは誰?」
けれど、彼女は、彼を見つめるだけだった。
「なぜ、私たちにいっしょに来るように言ったの、バチルダ、ー、夫人、ー、さん?」とハーマイオニーが、声を高めて尋ねた。「私たちに話したいことがあるの?」
バチルダは、ハーマイオニーのことばが聞えたようすは全く見せずに、足を引きずりながら数歩ハリーに近づいた。そして、首を少しぐいと動かして玄関の方をふりむいて見た。
「僕たちに帰ってほしいのか?」彼が尋ねた。
彼女は、その仕草をくりかえした。今度は、最初に彼を、それから彼女自身を、それから天井を指した。
「ああ、分った・・・ハーマイオニー、彼女は、僕に二階に上がってほしいんだと思うよ」
「いいわ」とハーマイオニーが言った。「行きましょう」
だが、ハーマイオニーが動くと、バチルダが、驚くほど激しく首を横にふった。そしてもう一度、最初に彼を、それから彼女自身を指した。
「彼女は、僕だけにいっしょに行ってほしいんだ」
「どうして?」とハーマイオニーが尋ねたが、その声は、ロウソクのともった部屋に鋭く、はっきり響いた。老女は、その大きな物音に、小さく首を横にふった。
「きっとダンブルドアが、剣を僕に、僕だけに渡すように、彼女に言ったとか?」
「あなたが誰かを、彼女が知ってると、ほんとに思ってるの?」
「うん」とハリーが、彼の目にしっかり据えられた白く濁った目を見おろしながら言った。「そう思う」
「うーん、それならいいわ、でも早くしてね、ハリー」
「案内して」ハリーがバチルダに言った。
彼女は、そのことばが分ったように、彼の近くに足を引きずりながら歩いてきて、扉の方に向った。ハリーは、ちらっとふりむいて、ハーマイオニーに安心させるように笑いかけたが、気がついたかどうかは分らなかった。彼女はロウソクに照らされた不潔さの真ん中で、両腕で自分の身を抱きしめて、本棚の方を見ながら立っていたからだ。ハリーは、部屋から出るとき、ハーマイオニーにもバチルダにも気づかれないうちに、見知らぬ泥棒の銀枠の写真立てを上着の中に滑りこませた。
階段は、せまくて急だった。ハリーは、彼女が、今にもぐらついて後ろ向きに、彼の上に落ちかかってきそうだったので、そうならないように、太ったバチルダのお尻に両手を当てたい誘惑にかられそうだった。彼女は、少しぜいぜい息をしながら、ゆっくりと、上の踊り場まで上り、すぐ右に曲って、天井が低い寝室に、彼を連れていった。
そこは、真っ暗闇で、ひどくいやな臭いがした。ハリーは、バチルダが扉を閉める前に、ベッドの下から室内用便器が突きだしているのを、ちょうど見たが、それさえも、暗闇に飲みこまれていた。
「ルーモス(光よ)」とハリーが言うと、杖が点火した。彼は、はっと驚いた。バチルダが、この数秒間の暗闇の間に、すぐ近くまで来ていたのだ。彼女が動く音も聞えなかったのに。
「おまえは、ポッターか?」彼女はささやいた。
「そうだ」
彼女は、ゆっくり、おごそかな様子で、うなずいた。ハリーは、ホークラクスが、速く、自分の心臓より速く脈打つのを感じた。それは、不快な、心をかき乱される感覚だった。
「僕にくれるものが、あるのか?」ハリーは尋ねたが、彼女は、点火した杖の先に気を取られていた。
「僕にくれるものが、あるのか?」彼はくり返した。
そのとき、彼女が目を閉じた。すると、幾つかのことが同時におきた。ハリーの傷跡が、ひどくチクチク痛みはじめた。ホークラクスがぴくぴく動いたので、ハリーのセーターの全面が、ほんとうに動いた。暗く悪臭のする部屋が一瞬、溶けた。彼は、喜びで胸が高鳴るのを感じ、高く冷たい声で言った。「やつを捕まえろ!」
ハリーは、立っている場所で、ゆれた。暗く、ひどい臭いの部屋が、また戻ってまわりに近づいてくるようだった。彼は、今、何がおきたのか分らなかった。
「僕にくれるものが、あるのか?」彼は、もっと大きな声で、三度目に尋ねた。
「向こうに」彼女が、部屋の隅を指しながら、ささやいた。ハリーが杖を上げると、カーテンを閉じた窓の下の散らかった化粧テーブルの輪郭が見えた。
今度は、彼女は、彼を先に立って案内しなかった。ハリーは、彼女から目を離したくはなかったので、杖を上げて、彼女と、整えていないベッドのあいだを体を斜めにして通っていった。
「それは何だ?」彼は、化粧テーブルのところに着いたときに尋ねた。そこには、汚れた洗濯物のように見え、そんな臭いがするものが山と積まれていた。
「そこに」彼女は、形のないかたまりを指して言った。
そして、彼が、剣の柄やルビーはないかと、もつれ合ったごった返しを、くまなく見ようと、目を離した瞬間、彼女は、薄気味悪い動きをした。彼は、それを目の端で、ちらっと見た。ろうばいしてふりむくと、恐れで体が麻痺したように動けなくなった。老齢の体が崩れるように倒れ、彼女の首があったところから、大きなヘビが、はい出してきたのだ。
彼が杖を上げたとき、ヘビが攻撃してきた。前腕に噛みつこうとする勢いで、杖がくるくる回って天井に飛ばされてしまった。杖の光が、見ているとめまいがしそうに部屋中をふらふら飛び回って消えた。それから、尾からの強力な一撃が、ハリーの腹に当たって息が詰まった。そして化粧テーブルの上の汚れた衣服の山の中に仰向けに倒れた、-
彼は、横にころがって、なんとか尾の一撃を免れた。それは、彼が一秒前にいた机の上を強烈に打ちつけた。彼が床にころがりおちたとき、ガラスの破片が、その上に雨のように降りそそいできた。下から、ハーマイオニーが「ハリー?」と呼ぶのが聞えた。
彼は、まだ息が詰まって、肺に空気が入れられなかったので、呼びかえす力がなかった。そのとき、重く滑らかな固まりが、彼を床にたたきつけた。そして、体の上にずるずるとはい上ってくるのを感じた。力強く、たくましいものが、ー
「よせ!」彼は、動けないよう床に押しつけられて、あえぎながら言った。
「やるぞ」その声がささやいた。「やるぞ・・・おまえを捕まえる・・・捕まえる・・・」
「アクシオ(来たれ)・・・アクシオ、杖・・・」
しかし、何も起きなかった。彼は、両手でヘビを追いはらおうとしなくてはならなかった。ヘビは、彼の銅に巻きつき、肺の空気を絞りださせ、ホークラクスを胸に押しつけさせた。ホークラクスは、狂わんばかりに脈打つ自分の心臓から数センチ離れたところで、生き生きと鼓動する氷の輪だった。彼の頭に冷たく白い光が満ちあふれ、すべての思考を消し去った。消えていく自分の息、遠くの足音、すべてが行ってしまう・・・
金属の心臓が、彼の胸の外側で、激しく脈打っていた。彼は、飛んでいた。勝利の喜びを心に抱いて飛んでいた、箒もテストラルも必要なかった・・・
彼は、酸っぱい臭いがする暗闇の中で、いきなり目覚めた。ナギニが、彼を解放していた。そこで、なんとか起きあがり、踊り場からの光で、攻撃するヘビの輪郭を見た。ハーマイオニーが悲鳴を上げて横に飛びのいた。彼女が放った呪文が逸れて、カーテンを閉じた窓に当たり、窓が粉々に壊れた。ハリーが、また壊れたガラスが降ってくるのを避けようと首をすくめたとき、凍るような大気が部屋いっぱいに入りこんだ。そして、何かに足を滑らせた、鉛筆のような何か、ー、彼の杖だ、ー
彼は、かがんで、それをさっと取った。けれど、今や部屋中、ヘビが占領していて、尾で打ちまくっていた。ハーマイオニーの姿が見えなかったので、一瞬ハリーは最悪を考えた。が、そのとき、大きなドンという物音と赤い閃光が上がり、ヘビが、ぐるぐるにとぐろを巻いて空中に浮かびあがった。ヘビが浮かぶ途中に、ハリーは、顔をひどくぴしゃりと打たれた。ハリーは杖を上げたが、そのとき傷跡が、ここ何年なかったほど、ひどく強く焼けるように痛くなった。
「彼が来る! ハーマイオニー、彼が来る!」
ハリーが叫んだとき、ヘビが、激しくシューシュー言いながら落ちた。すべてが混乱した。ヘビは壁から棚をたたき落として粉々にし、割れた陶器がいたるところに飛びちった。ハリーは、ベッドに飛びあがり、ハーマイオニーだと思った黒っぽい姿をつかんだ、ー
彼女は、ベッドの向こうから引っぱられて痛くて悲鳴をあげた。ヘビが鎌首をもたげたが、ハリーは、ヘビよりももっと悪いものが来て、多分、もう門のところにいるのが分っていた。傷跡の痛みで、頭が割れて開きそうな気がした、ー
彼が、ハーマイオニーを引きずって、走りながら飛んだとき、ヘビが突きを入れてきた。それが攻撃したとき、彼女が「コンフリンゴ!(爆破せよ)」と叫んだ。するとその呪文が部屋の中を飛んて、衣装ダンスの鏡を爆破させ、破片が床から床へ、はねて飛びながら、彼らの方に戻ってきた。ハリーは、その熱で、頭の後ろが焼けるのではないかと思った。ハーマイオニーを引っぱってベッドから壊れた化粧テーブルの上に飛んだとき、ガラスの破片でほおを切った。それから、壊れた窓から、無の中へ飛びだした。彼らが空中で身をよじらせたとき、彼女の悲鳴が夜の中に響きわたった・・・
そのとき、傷跡がぱっと開き、彼はヴォルデモートだった。そして彼は汚い寝室を横切って走っていた。その長い、白い手が窓敷居をつかんでいた。そのとき、はげ頭の男と、小柄な女が、身をよじって消えた。彼は、憤怒の叫びをあげたが、その叫びは、娘の叫び声と混ざり、クリスマスに鳴っている教会の鐘の音より大きな音で、暗い庭に響いていった・・・
そして、彼の叫び声は、ハリーの叫び声だった。彼の痛みは、ハリーの痛みだった・・・こういうことが、ここで起こる可能性はあった、過去にもおこったのだから・・・ここ、すなわち、あの家が見えるところで。あの家で、かつて死ぬというのがどういうことか、もう少しで分りそうになった・・・死ぬ・・・たいそうひどい苦痛だった・・・肉体から、ひき裂かれて・・・しかし、肉体がないのなら、どうしてこんなに、頭が、ひどく痛むのだろう、もし死んだのなら、どうして、こんなに耐えがたく感じることがあるのだろう、苦痛は死とともに、やまないのか、なくならないのか・・・
【その夜は、雨が降り、風が吹いていた。子どもが二人、カボチャの扮装をして、広場をよたよた歩いてきた。店のショーウィンドウは紙のクモや、マグルの仮想世界のうわべだけの安っぽい装飾でおおわれていた。そういう世界の存在を、彼らは信じていないくせに・・・彼は、滑るように進んでいた。こういう場合には、いつも、自分の中に決意と力と正当性の感覚があるのが分っている・・・怒りではない・・・それは、もっと弱い魂が感じるものだ・・・そうではなく、勝利感、そうだ・・・それを待ち望んでいたのだ・・・
「すてきな衣装だね、おじさん!」
小さな男の子が、彼のマントのフードの下が見えるほど近づいてくると、笑いがゆらぎ、そのペイントした顔が、恐れで曇るのを、彼は見た。それから、その子は向きを変えて逃げだした・・・彼はローブの下で、杖の取っ手をいじっていた・・・たった一つの動きで、あの子どもは母親のところに着けないだろう・・・だが、必要ない、全く必要ない・・・
そして、次のもっと暗い通りを、彼は進んだ。とうとう目的地が見えてきた。忠誠の呪文は破れた。彼らは、まだそれを知らないが・・・彼は、歩道を滑っていく枯葉よりも音をたてなかった。そのとき彼は、黒っぽい生け垣と同じくらいに身をかがめて、のぞき込んだ・・・
カーテンは引かれていなかった。彼らが小さな居間にいるのがとてもはっきりと見えた。背の高い黒髪の眼鏡をかけた男が、杖からいろいろな色の煙を吹きださせて、青いパジャマを着た黒髪の小さな男の子を喜ばせていた。その子は笑いながら、煙を捕まえようと、小さなこぶしで握ろうとした・・・
扉が開いて、その子の母親が入ってきて、何かしゃべったが彼には聞きとれなかった。長い暗赤色の髪が、彼女の顔のまわりに垂れていた。父親が、息子をさっと抱きあげて、母親に渡した。そして、杖をソファに投げだし、のびをして、あくびをした・・・
彼が、門を押したとき、少しきしんだ。しかし、ジェイムズ・ポッターには聞えなかった。彼の白い手が、マントの下の杖を引きだし、それで扉を指した。扉はさっと開いた。
彼が、戸口の敷居をまたいだとき、ジェイムズが、玄関に全力で走りこんできた。簡単だ、簡単すぎる、相手は杖を取りあげてもいない・・・
「リリー、ハリーを連れて逃げろ! 彼だ! 行け! 走れ! 僕が彼を寄せつけないようにするから、ー」
彼を寄せつけない、杖を持たずに!・・・彼は笑って、呪文を放った・・・
「アヴァダケダヴラ!」
緑の閃光が、狭い玄関に満ち、壁に押しつけてあった乳母車を照らし、手すりを稲妻のように輝かし、ジェイムズ・ポッターは、糸が切れた操り人形のように倒れた・・・
二階から彼女が悲鳴をあげるのが、彼に聞こえた。彼女は、閉じこめられているが、分別があるかぎり、少なくとも、恐れるものはない・・・彼は階段を上りながら、彼女が自分のまわりをバリケードで囲おうとしている音を聞いて、かすかにおもしろがった・・・彼女は杖を持たないも同然なのだ・・・彼らは、何と愚かなのか、何と信用しやすいのか。自分たちの身の安全を友人にゆだねるとは。そのような防御の手段は、いつ何どき見捨てられるかもしれないのに・・・
彼は、扉を押しあけた。杖をゆったり一ふりして、扉の反対側に急いで積み上げた椅子や箱を脇に放りなげた・・・そこに彼女が、子どもを抱いて立っていた。彼を見ると、彼女は、子どもを後ろのベビーベッドに下ろし、両手を広げた。それが、助けになるかのように、子どもを見えなくすることで、代りに彼女が選ばれるのを望むかのように・・・
「ハリーは、やめて、ハリーは、やめて、どうか、ハリーは、やめて!」
「そこをどけ、ばかな娘だ・・・さあ、そこをどけ・・・」
「ハリーは、やめて、どうか、やめて、私に、代りに私を殺して、ー」
「これが最後の警告だ、ー」
「ハリーは、やめて! どうか・・・お願い・・・お願い・・・ハリーは、やめて! ハリーは止めて! どうか、ー、私、何でもするから、ー」
「そこをどけ、ー、そこをどけ」
彼は、彼女をベビーベッドから押しのけることはできた。しかし、彼らを全員殺す方が、間違いないと思った・・・
緑の閃光が、部屋に満ち、彼女は夫と同じように倒れた。子どもは、今度まったく泣かなかった。立つことができ、ベビーベッドの手すりをつかんで、楽しそうに興味津々で侵入者の顔を見上げた。マントに隠れて、もっときれいな光を出してくれたのはパパで、ママは、すぐに笑いながら、さっとあらわれるとでも思っているのかもしれなかった、ー
彼は、子どもの顔に、とても注意深く杖を向けた。彼は、この一つ説明のつかない危険が破壊されるどころを見たかった。子どもは泣きはじめた。彼がジェイムズでないのが分ったのだ。子どもが泣くのは嫌いだった。孤児院で、小さな子がひいひい泣くのにまったく我慢できなかったものだ、ー
「アヴァダケダヴラ!」
すると、彼は壊れた。彼は無だった。苦痛と恐れ以外、何もなかった。身を隠さなくてはならない。ここ、子どもが閉じこめられて叫び声をあげている崩れた家のがれきの中ではなく、ずっと遠くへ・・・ずっと遠くへ・・・】
「いやだ」彼はうめいた。
【ヘビが汚く散らかった床の上をサラサラと動いた、彼は、あの子を殺したのに、彼が、あの子だ・・・】
「違う・・・」
【そして今、彼は、バチルダの家の壊れた窓のところに立って、最大の失敗の記憶に浸っていた。その足下に、大きなヘビが、壊れた陶器やガラスの上をずるずると滑っていた・・・彼は、見おろして、何かを見た・・・信じられない何かを・・・】
「だめ・・・」
「ハリー、大丈夫、あなたは大丈夫よ!」
【彼は、かがんで、粉々になった写真立てを拾いあげた。そこに、あいつがいた、見知らぬ泥棒、彼が探している泥棒が・・・】
「だめ・・・それ、僕が落としたんだ・・・僕が落としたんだ・・・」
「ハリー、大丈夫、起きて、起きて!」
彼は、ハリーだ・・・ハリーだ、ヴォルデモートではない・・・さらさら言っているのはヘビではない・・・
彼は、目を開いた。
「ハリー」ハーマイオニーがささやいた。「あなた、大、ー、大丈夫?」
「うん」彼は嘘をついた。
彼はテントの中にいた。低い寝棚に、たくさん毛布をかけて寝ていた。静けさと、キャンバス地の天井から来る冷たく単調な光の感じから、夜明け近いという気がした。彼は汗びっしょりだった。シーツと毛布の中でもそれを感じた。
「僕たち、逃げてきたんだ」
「そうよ」とハーマイオニーが言った。「あなたを寝棚に寝かすのに、持ちあげられなかったから、空中に浮かせる呪文を使わなくちゃならなかったわ。あなたは、ずっと、ー、そのう、ー、いつもみたいじゃなくて・・・」
彼女の茶色の目の下には、紫色のくまができていて、手にスポンジを持っているのに、ハリーは気がついた。彼の顔を拭いていてくれたのだ。
「あなた、病気だったの」彼女が言いおえた。「すごくひどかった」
「僕たちが、逃げてからどのくらいたった?」
「何時間も前。もうすぐ朝よ」
「で、僕は、ずっと・・・何、意識がなかった?」
「そう言うわけでもなくて」とハーマイオニーが落ちつかなげに言った。「叫んだり、うめいたり、それから・・・いろいろ」彼女はつけ加えたが、その口調が、ハリーを不安にさせた。彼は、何をしたんだろう? ヴォルデモートのように呪文を叫んだのか、ベビーベッドの赤ん坊のように泣いたのか?
「あなたから、ホークラクスを取りはずせなくて」ハーマイオニーが言った。彼は、彼女が話題を変えたがっているのが分った。「あれ、くっついて、あなたの胸に、くっついていたの。跡が残ってるわ。ごめんなさい、私、あれを取りはずすために、切る呪文を使わなくちゃならなかったの」それから、あなた、ヘビに噛まれてた。でも傷口をきれいにして、薬草ディタニーをつけたから・・・」
彼は、着ていた汗まみれのTシャツを、何とか脱いで、自分の胸を見おろした。心臓の上に、真っ赤な楕円形があった。ロケットでやけどしたところだ。また、前腕に、穴になった治りかけた跡があった。
「ホークラクスは、どこにやった?」
「バッグの中。しばらく離しておいた方がいいと思って」
彼は、また、寝床に横になって、彼女のやつれた青白い顔をのぞきこんだ。
「ゴドリック盆地に行くべきじゃなかった。僕のせいだ、みんな僕のせいだ、ハーマイオニー、ごめん」
「あなたのせいじゃないわ。私も行きたかったんだもの。ダンブルドアが、ほんとに、あそこに、あなた宛に剣を置いたかもしれないと思ったんだから」
「ああ、うーん・・・それは、僕たち、まちがってたね?」
「何があったの、ハリー? 彼女が、あなたを二階に連れていったとき、何があったの? ヘビがどこかに隠れてたの? それが出てきて、彼女を殺して、あなたを襲ったの?」
「違う」彼が言った。「彼女がヘビだった・・・というより、ヘビが彼女だったんだ・・・最初からずっと」
「な、ー、何ですって?」
彼は目を閉じた。まだ、バチルダの家の臭いを思い出すことができた。その臭いが、おこった出来事すべてを生々しく思いださせた。
「バチルダは、しばらく前に死んだに違いない。ヘビは・・・彼女の中にいた。例のあの人が、そこにヘビを入れて、ゴドリック盆地で待っていたんだ。君の言うとおりだった。彼は、僕が戻ってくるのを知っていた」
「ヘビが、彼女の中にいたんですって?」
彼は、また目を開けた。ハーマイオニーは、むかむかして吐きそうな顔をしていた。
「ルーピンが、僕たちが想像もしない魔法があると言った」ハリーは言った。「彼女は、君の前では話したがらなかった。あれはヘビ語だったから、みんなヘビ語だったからだ。 なのに僕は気づかなかった、けど、もちろん、僕には彼女の言うことが分った。僕たちが二階の部屋に入ると、ヘビは、例のあの人に知らせを送った。僕は、それを頭の中で聞いた。彼が興奮するのを感じた。彼は、僕を、そこに捕まえておけと言った・・・で、それから・・・」
彼は、ヘビがバチルダの首から出てくるのを思いだした。ハーマイオニーは、細かいところを知る必要はない。
「・・・彼女は変った、ヘビに変って、襲ってきた」
彼は、腕の、穴が開いた跡を見下ろした。
「僕を殺す気はなかった。例のあの人が来るまで、僕を、あそこに置いときたかっただけだ」
もし何とかしてヘビを殺すことさえできれば、その価値はあった、昨日行った価値はあったのに・・・心を悩ませながら、彼は起きあがって、おおいをはねのけた。
「ハリー、だめ、ぜったいに休まなくちゃいけないわ!」
「君こそ眠らなくちゃいけない。怒るなよ、けど、ひどい顔してる。僕は元気だ。しばらく見はりを替るよ。僕の杖はどこだ?」
彼女は、答えずに、ただ彼の顔を見ていた。
「僕の杖はどこだ、ハーマイオニー?」
彼女は、目に涙を浮かべて、唇をかみしめていた。
「ハリー・・・」
「僕の杖はどこだ?」
彼女は、ベッドのそばに来て、それを、さしだした。
ヒイラギとフェニックスの杖は、ほとんど二つに切れかかっていた。フェニックスの羽の、か細い一本の糸だけで、両方がつながっていた。木は、完全に裂けていた。ハリーは、それが瀕死の重傷を負った生きものであるかのように、両手に取った。まともに考えることができなかった。すべてが、パニックと恐れで、ぼやけていた。それから、それをハーマイオニーに、さしだした。
「直して、お願い」
「ハリー、できないと思うわ、こんなふうに壊れてしまっては、ー」
「お願い、ハーマイオニー、やってみて!」
「レ、ー、レパロ(修理せよ)」
ぶら下がって垂れていた半分が、ひとりでにくっついた。ハリーが、それを持った。
「ルーモス!(光よ)」
杖は弱々しく火花を出し、それから消えた。ハリーは、それでハーマイオニーを指した。
「エクスペリアームズ!(武器よ去れ)」
ハーマイオニーの杖が、少し、ぐいっと動いたが、手からは離れなかった。不十分な魔法の試みは、ハリーの杖には荷が重かったのだろう。それはまた二つに裂けてしまった。彼は、恐怖のあまり仰天して、それを見つめていたが、目の前のものが、現実だと受け入れることができなかった・・・あんなに何度も生きのびてきた杖が・・・
「ハリー」ハーマイオニーが、ささやいたが、とても小さな声だったので、彼には、ほとんど聞えないくらいだった。「ほんとに、ほんとに、ごめんなさい。私のせいだと思うの。私たちが逃げだそうとするとき、ほら、ヘビが向ってきたから、私、爆破する呪文を放ったでしょ。それが、いろんなところに当たって、はねかえって、それが、きっと、ー、きっと当たって、ー」
「偶然の事故だよ」とハリーが機械的に言った。空ろで、呆然としていた。「それ、ー、それを直す方法を探そう」
「ハリー、直せないと思うわ」とハーマイオニーが、涙をぽろぽろ流しながら言った。「覚えてる・・・覚えてる、ロンを? 彼が、車をぶつけて、杖を壊したときを? 元通りにはならなかったわ、彼は新しいのを買わなくちゃならなかった」
ハリーは、オリバンダーのことを考えたが、ヴォルデモートに誘拐され、人質になっている。グレゴロビッチは死んでしまった。どうしたら新しい杖が手に入るだろう?
「ええと」彼は、事務的な声を作って言った。「ええと、それじゃ、今だけ、ちょっと君のを借りるよ。見はりするあいだ」
彼女の顔中、涙で濡れていた。ハーマイオニーは、自分の杖を手渡した。彼は、彼女が寝床のそばに腰掛けている場を立ち去った。ただもう、彼女のそばから離れたいと願うだけだった。