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ハリーポッターと死の聖物 (Harry Potter and the Deathly Hallows)

第十一章:賄賂(わいろ)

 もしクリーチャーが、インフェリがいっぱいの湖から逃げだすことができたのなら、マンダンガスを捕まえることなど数時間もかからずにできるはずだと、ハリーは確信していたので、午前中、今来るか今来るかと期待して、家の中をうろつきまわっていた。けれど、クリーチャーは午前中、いや午後になっても戻ってこなかった。夕暮れになると、ハリーはがっかりして、心配しはじめた。夕食は、主にカビの生えたパンだった。ハーマイオニーが、それに変身の魔法を、いろいろにかけようとしたのだが、うまくいかなかった。クリーチャーは、次の日も、その次の日も戻ってこなかった。けれど、マントを着た男が二人、十二番地の外の広場にあらわれ、夜まで、そこに居すわって、見えない家の方角をじっと見ていた。

 「ぜったいにデス・イーターだよ」とロンが言った。彼とハリーとハーマイオニーは客間の窓からのぞいていた。「あいつら、僕たちがここにいるの、知ってると思う?」

 「知らないと思うわ」とハーマイオニーが言ったが、恐がっているようだった。「だって、知ってたら、スネイプに、私たちの後を追わせて、家に入るようにさせるんじゃない?」

 「スネイプはここに来たことがあって、ムーディの呪文で舌を縛られてしゃべれなくなったと思う?」とロンが聞いた。

 「ええ」とハーマイオニーが言った。「そうでなかったら、スネイプは、ここへの入り方を、あの連中に話せたはずでしょ? 彼らは、私たちがあらわれないか見はってるだけだと思うわ。結局のところ、彼らは、ハリーがこの家のもちぬしだということは知ってるから」

 「いったい、どうして、ー?」とハリーが言いはじめた。

 「魔法界の遺書は、魔法省で調べられるの、忘れた? 彼らは、シリウスがここをあなたに遺したことを知ることができるわ」

 外のデス・イーターの存在は、十二番地の家の中の不吉な雰囲気を増した。彼らは、ウィーズリー氏のパトロナスより他、グリモード街の外の誰からも便りを聞いていなかった。緊張が、ことばにあらわれるようになってきた。ロンが、絶え間なく、いらいらしながら、ポケットに入れた火消しライターで、しょっちゅう遊ぶのが習慣になっていた。これは特にハーマイオニーを激怒させた。彼女は、クリーチャーを待つあいだ、「吟遊詩人ビードルの物語」を学びながら過ごしていたので、明かりが、しょっちゅうぱっと消えたりついたりするのが気に入らなかったのだ。

 クリーチャーが行ってから三晩め、客間の明かりが全部また吸い取られて消えたとき、「やめてよ!」と彼女が叫んだ。

 「ごめん、ごめん!」とロンが言って、火消しライターをカチッと言わせて、また明かりをつけた。「無意識にやってたんだよ!」

 「あのね、熱中できる、もっと有意義なこと見つけてくれない?」

 「何さ、子どもの本を読むみたいなこと?」

 「ダンブルドアが、この本を私に遺してくれたのよ、ロン、ー」

 「ー、で、彼は僕に火消しライターを遺してくれた、きっと僕が使うようにね!」

 ハリーは、ささいなことで言い争うのに耐えられなくて、二人に気づかれないようにそっと部屋をぬけだし階段を下りて台所に向った。そこにクリーチャーが、また姿をあらわす可能性がもっとも高いと思ったので、しょっちゅう行っていた。ところが、玄関に続く階段の途中で、扉をたたく音に続いて金属がガチャガチャいう音と、鎖が滑る音が聞えた。

 体中の神経が、ぴんと、はりつめた。ハリーは、杖を出して、首をはねられたハウスエルフの頭の陰の中へ進んでいって待った。扉が開いた。外の街灯に照らされた広場がちらっと見えた。それからマントを着た人影が、斜めに廊下に入りこんで、後ろ手に扉を閉めた。侵入者が一歩前進すると、ムーディの声が尋ねた。「セブルス・スネイプか?」それから埃の人の姿が廊下の端から立ちあがって、死んだ手をあげながら突進した。

 「あなたを殺したのは私ではない、アラスター」と静かな声がした。

 呪文は破れた。埃の人の姿は、また爆発した。その後に濃い灰色の雲がまきおこったので、新来者が誰か見分けることができなかった。

 ハリーは、埃の雲の中に杖を向けた。

 「動くな!」

 だが、ブラック夫人の肖像画を忘れていた。彼の叫び声で、画を隠していたカーテンがさっと開き、彼女は金切り声をあげはじめた。「穢れた血、汚らわしい者、わが家を汚す、ー」

 ロンとハーマイオニーが、ハリーの後からドタドタと階段を下りてきて、ハリーのように、見知らぬ男に杖を向けていた。男は、下の廊下で両腕をあげていた。

 「無駄な攻撃をするな、私だ、リーマスだ!」

 「まあ、うれしいこと」とハーマイオニーが弱々しく言いながら、代りに杖をブラック夫人に向けた。ドンという音がして、またカーテンがさっと閉まり、また静かになった。ロンも、杖を下げた。けれど、ハリーは杖を向けたままだった。

 「証明しろ!」彼は叫びかえした。

 ルーピンは、降伏を示すため、まだ手を高く上げたまま、明かりが照らす中に進みでた。

 「私は、リーマス・ジョン・ルーピン、人狼、時にはムーニーとして知られる。盗人たちの地図の四人の制作者の一人、ふつうトンクスとして知られるニンファドーラと結婚した。そして君にパトロナスのつくり方を教えた。ハリー、君のは、雄ジカだ」

 「ああ、いいよ」とハリーが、杖を下げた。「でも、僕は調べなくちゃならなかった、そうでしょ?」

 「君の元闇魔術防衛術の教師としていえば、君が調べたのはまったく正しいと思う。ロンとハーマイオニー、君たちは、そんなに早く防御を解いてはいけないな」

 彼らは、階段を下りて、ルーピンのところに行った。厚手の黒い旅行用マントを着て、疲れきっているように見えたが、彼らに会ってうれしそうだった。

 「では、セブルスが来た徴候はないのか?」彼は尋ねた。

 「ないよ」とハリーが言った。「どうなってるの? みんな大丈夫?」

 「ああ」とルーピンが言った。「だが、われわれは皆、見はられている。外の広場に、デス・イーターが二人いる、ー」

 「ー、知ってるよ、ー」

 「ー、彼らに、ぜったいに見つからないように、玄関の扉のすぐそばの、いちばん上の階段にきっちり姿あらわしをしなくてはならなかった。彼らは、君たちがこの中にいると分るはずはないし、外に二人以上いないことは確かだ。彼らは、君に何らかの関係がある場所はすべて見はっている、ハリー。地下に行こう。たくさん話があるし、君たちが『隠れ家』を去ってから、何があったのか知りたい」

 彼らは、台所に下りていった。ハーマイオニーが火床に杖を向けた。たちまち炎が燃えあがって、殺風景な石壁をいごこちよく見せ、長い木のテーブルを照らしだした。彼らは座った。ルーピンが、旅行用マントの中からバター・ビールを数本取りだした。

 「私は、三日前にここに来たが、跡をつけてくるデス・イーターをふりきらなくてはならなかった」とルーピンが言った。「で、君たちは結婚式の後、真っ直ぐここに来たのかい?」

 「違う」とハリーが言った。「トテナム・コート通りのカフェでデス・イーター二人に出くわした後、すぐだよ」

 ルーピンは、バター・ビールのほとんどを前にこぼしてしまった。

 「何だって?」

 彼らは、おこったことを説明した。話しおえたとき、ルーピンは、恐怖で仰天したようだった。

 「だが、どうやって彼らは、そんなに早く君たちを見つけ出したんだ? 姿あらわしする者を追跡するのは不可能だ。姿を消すときに、そいつを、つかんでいないかぎりはね!」

 「それに、ちょうどそのとき、彼らがトテナム・コート通りをぶらついていたとも思えないよね?」とハリーが言った。

 「私たち、疑問に思っていたんだけど」とハーマイオニーが、ためらいがちに言った。「ハリーには、まだ『跡』が残っているのかしら?」

 「そんなことはありえない」とルーピンが言った。ロンは得意そうにみえ、ハリーは、どっと安心した。「他のことはどうあれ、もしハリーに『跡』が残っていれば、彼らには、ハリーがここにいることが確実に分っているはずだろ? だが、彼らがどうやってトテナム・コート通りまで追うことができたのか分らない。それは気がかりだ、とても気がかりだ」

 ルーピンは、とても心配しているようだった。けれど、ハリーの方では、その問題は後回しでよかった。

 「僕たちがいなくなってから何がおきたか話してよ。ロンのパパが、家族は無事だと知らせてくれてから何も聞いてないんだ」

 「そうだな、キングズリーが、われわれを救ってくれた」とルーピンが言った。「彼の警告のおかげで、やつらが来る前に、結婚式の招待客のほとんどが姿くらましすることができた」

 「来たのは、デス・イーター、それとも魔法省の人たち?」とハーマイオニーがさえぎった。

 「両方が混ざっていた。だが、意図と目的すべてに関して、両方はいまや同じものだ」とルーピンが言った。「十二人ほどいた。だが、彼らは、君が、あそこにいたとは知らなかったんだ、ハリー。アーサーが噂を聞いたんだが、彼らは、スクリンジャーを殺す前に、君の所在を聞きだそうと拷問しようとしたらしい。もし、それが、ほんとうなら、彼は君の居所を明かさなかったんだ」

 ハリーは、ロンとハーマイオニーを見た。二人の表情には、彼が感じているのと同じショックと感謝が入りまじっていた。ハリーは、決してスクリンジャーに好感をもったことはなかった。けれど、ルーピンの話がほんとうなら、彼は最期にあたってハリーを守ろうとしたのだ。

 「デス・イーターは『隠れ家』を天井裏から地下室まで探した」ルーピンが続けた。「彼らは、グールを見つけた。だが、あまり近寄りたがらなかった、ー、それから、残っていたわれわれを何時間も尋問した。彼らは、君について情報を得ようとしたんだ、ハリー。だが、もちろん、騎士団の者以外は、君があの場にいたことを知らなかった。

 「彼らが結婚式をぶちこわしたと同時に、もっと多くのデス・イーターが国中の騎士団関係者の家すべてに押しいってきた。亡くなった人はいない」彼は、質問が出るのを予想して、急いで、そうつけ加えた。「だが、彼らは乱暴だった。デダラス・ディグルの家を焼きはらったが、君が知っているように、彼は家にいなかった。それから、トンクスの家族に拷問の呪文を使った。やはり君が、あの家に行った後、どこに行ったか見つけだそうとしたのだ。彼らは大丈夫だ、震えあがっていたのは明らかだが、その他は支障ない」

 「デス・イーターは、あの防御の呪文を全部うち破ったの?」ハリーが、トンクスの両親の家の庭に墜落した晩、防御策がどんなに効果があったかを思いだしながら尋ねた。

 「君が理解しなくてはならないのはね、ハリー、デス・イーターは、今はもう魔法省の全勢力を味方につけているということだ」とルーピンが言った。「彼らは、誰がやったか知られたり、逮捕されたりする恐れなく、残酷な呪文をかける力を持っている。彼らは、やろうと思えば、われわれがかけた防御の呪文すべてを突きやぶることができる。そしていったん家の中に入りこめば、彼らはなぜ来たかの理由を包みかくすことは、まったくしない」

 「それじゃ、彼らは、人々を拷問して、ハリーの居所を聞きだすのに、わざわざ理由をでっちあげるわけ?」とハーマイオニーが。尖った声で尋ねた。

 「そうだな」とルーピンが言った。彼はためらっていたが、折りたたんだデイリー・プロフェット紙を取りだした。

 「さあ」彼は言いながら、テーブルごしに、それをハリーに押してよこした。「どっちみち遅かれ早かれ、君に分るだろう。それが、彼らが君を追う言いわけだ」

 ハリーが、折りたたんだ新聞を開くと自分の巨大な写真が一面いっぱいに、のっていた。彼はその上の見出しを読んだ。



「アルバス・ダンブルドアの死に関する尋問のため指名手配」



ロンとハーマイオニーは激怒して叫び声をあげたが、ハリーは何も言わずに新聞を押しやった。もうそれ以上読みたくなかった。そこに書かれていることは分っていた。ダンブルドアが亡くなったとき、塔の上にいた者以外は誰も、ほんとうは誰が彼を殺したのか知らない。そして、リタ・スキーターが、もう魔法界に語ったとおり、ハリーは、ダンブルドアが墜落してすぐ、そこから走っていくのを見られている。

 「遺憾なことだ、ハリー」ルーピンが言った。

 「じゃ、デス・イーターがデイリー・プロフェット紙も乗っとったの?」とハーマイオニーが激怒して言った。

 ルーピンはうなずいた。

 「でも、みんな、何がおきているか分っているはずでしょ?」

 「魔法省は、さっと乗っとられ、事実上、静かなままだ」とルーピンが言った。「スクリンジャー殺害の公式発表は、彼が辞職し、パイアス・シックニーズに入れかわったというものだ。彼は支配の呪文をかけられている」

 「なぜヴォルデモート自身が、魔法大臣だと宣言しないのかな?」とロンが尋ねた。

 ルーピンが笑った。

 「そうする必要がないのさ、ロン。事実上、彼が大臣だ。だが、なぜ彼が魔法省の机の前に座っている必要がある? 彼の傀儡(かいらい)のパイアス・シックニーズが日常業務をこなしてくれるから、ヴォルデモートは自由に魔法省の外に力をのばすことができるのさ。

 「もちろん、多くの人が、何が起こったのかを推測している。この数日間、魔法省の政策に劇的変換があり、その背後にヴォルデモートがいるに違いないと、多くの人がささやいている。だが、重要なのはそこだ。ささやいているだけ。誰を信用していいか分らないので、あえて本心をうち明けようとはしないのだ。みな、意見を声を出して言うのを恐がっている。疑惑が、ほんとうになり、家族がねらわれるのを恐れているのだ。そう、ヴォルデモートは、とてもうまく事を運んでいる。自分の姿を公にすると、おおっぴらな反乱がおきるかもしれない。隠れたままでいれば、混乱や不確かさや恐れを引きおこせる」

、「で、その魔法省の政策の劇的変換の中に」とハリーが言った。「ヴォルデモートの代りに僕に敵対しろと、魔法界に警告するのも含まれてるわけ?」

 「それは、確かに含まれている」とルーピンが言った。「それも、絶妙なやり方でだ。ダンブルドア亡き今、君、ー、生きのびた男の子、ー、こそが、ヴォルデモートに対する抵抗運動のシンボルであり、再結集の核心であるのは確かだ。だが、君が、かつての英雄の死に関与したとほのめかすことで、ヴォルデモートは君の首に懸賞金をつけることができるだけでなく、君を弁護しようとする多くの人の間に疑いと恐れを植えつけたのだ。

 「一方、魔法省は、反マグル出身者の方向に動きはじめた」

 ルーピンは、デイリー・プロフェット紙を指した。

 「二ページを見てごらん」

 ハーマイオニーが、ページをめくって、「最も暗い闇魔術の秘密」を扱うときと同じような嫌悪の表情を浮かべた。

 「『マグル出身者登録簿』」彼女は声を出して読んだ。「『魔法省は、いわゆる「マグル出身者」の調査に着手した。彼らが、どの程度、魔法界の秘密を所有するに至ったかをつかんでおく方がよいためだ。

 「『謎部が行った最近の調査で、魔法というものは、魔法使いが生まれたときに個人的に伝えられることしかできないということが明らかになった。それ故、魔法界の祖先を持つと証明できない、いわゆるマグル出身者は、魔法の力を、盗み、あるいは力づくで得たと考えられる。

 「『魔法省は、断固として、これらの魔法の力の強奪者を根絶することとし、この目的のために、いわゆるマグル出身者すべてが、新しく任命されたマグル出身者登録委員会との会見に出頭するよう案内状を発行した』」

 「みんなが、そんなことさせるはずないよ」とロンが言った。

 「それが、そうなっているんだよ、ロン」とルーピンが言った。「マグル出身者は、われわれが話している間にも、駆りあつめられている」

 「でも、どうやって、彼らが魔法を『盗んだ』なんて考えられるのさ?」とロンが言った。「狂ってるよ。もし魔法を盗めるんなら、スクイブなんているはずないじゃないか?」

 「分ってる」とルーピンが言った。「だが、少なくとも一人、魔法界に近親者がいると証明できなければ、魔法の力を不正に所有しているとみなされ、罰を受けなくてはならないのだ」

 ロンは、ハーマイオニーをちらっと見て、それから言った。「もし、マグル出身者を、純血と混血が家族の一員ですと誓ったらどう? ハーマイオニーは僕のいとこだって、誰にでも言うよ、ー」

 ハーマイオニーはロンの手を両手で包んでぎゅっと握りしめた。

 「ありがとう、ロン、でも、あなたを巻きこむわけにはいかない、ー」

 「君には選択の余地はないんだよ」とロンが荒々しく言いながら、手を握りかえした。「家の家系図を教えるから、それに添って質問に答えりゃいいさ」

 ハーマイオニーが弱々しく笑った。

 「ロン、私たちが、国いちばんのお尋ね者、ハリー・ポッターといっしょに逃げている以上、そんなこと、問題じゃないと思うわ。もし私が学校に戻れば、話は違うでしょうけどね。ヴォルデモートは、ホグワーツをどうしようとしてるの?」彼女はルーピンに尋ねた。

 「すべての若い魔女と魔法使いにとって、学校に通うことは強制的だ」彼は答えた。「昨日、そう発表された。これは変化だ。これまでは、強制的ではなかったからだ。もちろん、イギリスのほとんどすべての魔女と魔法使いはホグワーツで教育を受けてきた。だが、子どもの両親に、もし望むなら家で教えたり、海外に留学させる権利があった。このようにして、ヴォルデモートは、全魔法界の人々を、若いうちから、目の届くところに置くつもりなのだろう。それに、これはまたマグル出身者を排除する別のやり方でもある。なぜなら、生徒は、入学を許可される前に、家系状況証を得なくてはならないからだ、ー、つまり、魔法使いの子孫だと魔法省に証明したという意味だ」

 ハリーは、吐き気がするほど怒っていた。今この瞬間、新しく買った呪文の教科書の山を、興奮して熱心に見ている十一才の子の中で、ホグワーツに行けないし、家族にも二度と会えないかもしれないと知らないでいる子たちがいるのだ。

 「それは・・・それは・・・」彼は、自分の考えがいかに恐ろしいかを、ぴったり表現できることばを探そうと苦闘しながら、つぶやくように言った。しかしルーピンが、すばやく言った。「分るよ」

 ルーピンはためらっていた。

 「君が、はっきり答えられなくても、君の立場は理解しているつもりだが、ハリー、騎士団では、ダンブルドアが、君に、ある任務を託したという印象をもっているのだが」

 「そうだよ」ハリーは答えた。「ロンとハーマイオニーも入ってる。だから僕といっしょに来たんだ」

 「その任務が何か、私に、うち明けてくれないか?」

 ハリーは、量は多いが白髪交じりの髪で、まだそれほどの年ではないのに、しわの多い顔を見つめて、別の答えができたらいいのにと思った。

、「言えない、リーマス、ごめんなさい。もしダンブルドアが、あなたに言わなかったのなら、僕が言うことはできないと思う」

 「君が、そう言うだろうと思っていたよ」とルーピンが、がっかりしたように言った。「だが、私はまだ君の何か役にたつかもしれない。君は、私が何者であるか知っているし、私ができることも知っている。君たちに同行して防御することができる。君たちが何をたくらんでいるのか、正確に教えてくれなくてもいい」

 ハリーはためらった。とても心をそそられる申し出だった。だが、もし四六時中いっしょにいたら、どうやって彼らの任務をルーピンに隠しておけるのか、想像がつかなかった。

 けれど、ハーマイオニーがまごついたように言った。

 「でも、トンクスはどうなの?」彼女は尋ねた。

 「彼女がどうかした?」とルーピンが言った。

 「あのう」とハーマイオニーが、顔をしかめて言った。「あなたは結婚してるわ! あなたが私たちといっしょに行ってしまったら、彼女はどう思うでしょう?」

 「トンクスは、まったく安全だ」とルーピンが言った。「両親の家に行くだろうから」

 ルーピンの口調には、どこか変なところがあった。冷たいと言ってもいいくらいだった。トンクスが、両親の家にずっと隠れていると考えるのも何かおかしかった。結局のところ、彼女も騎士団の一員なんだし、ハリーが知るかぎりでは、活動のいちばん中心にいたいと言いそうだった。

 「リーマス」とハーマイオニーが、ためらいがちに言った。「うまく行ってるの・・・ほら・・・あなたと、ー」

 「うまく行ってるよ、どうも」とルーピンが鋭く言った。

 ハーマイオニーの頬がピンク色に染まった。また、少し間があった。ぎこちなく、きまりの悪い間だった。それからルーピンが、何か不愉快なことを、無理に認めようとするような雰囲気で言った。「トンクスに赤ちゃんができた」

 「まあ、なんてすてき!」とハーマイオニーが、かんだかい声で言った。

 「すごい!」とロンが熱をこめて言った。

 「おめでとう」とハリーが言った。

 ルーピンは、無理してほほえもうとしたが、しかめっ面に近かった。それから言った。「それで・・・私の申し出を受けてくれるかな? 三人が四人になってもいいかい? ダンブルドアが不賛成だとは思わない。結局のところ彼は、私を君の闇魔術防衛術の教師に指名したんだからね。それに、君たちは、われわれの多くが出くわしたことも、想像したこともないような魔術に、必ず相対することになると思うのだ」

 ロンとハーマイオニーの二人とも、ハリーを見た。

 「ちょっと、ー、ちょっと、はっきりさせたいんだけど」彼は言った。「あなたは、トンクスを両親の家に残して、僕たちといっしょに行くつもりなの?」

 「彼女は、向こうでまったく安全だ。両親が面倒を見てくれるし」とルーピンが、ほとんど冷淡ともいえる決定的な調子で言った。「ハリー、ジェイムズは、きっと私が君といっしょに行くのを望むよ」

 「あのう」とハリーがゆっくりと言った。「僕は、そうは思わない。ほんとうのところ僕の父は、なぜあなたが自分の子どもといっしょにいないつもりなのか知りたいと思うな」

 ルーピンの顔がさっと青ざめた。台所の温度が十度も下がったのかもしれない。ロンは、台所中を記憶せよと命じられたかのように、部屋中をじっと見まわしていた。一方ハーマイオニーの目は、ハリーからルーピンへと移ってっていた。

 「君は分っていない」とルーピンが、やっと言った。

 「では、説明して」とハリーが言った。

 ルーピンはごくりと喉をならした。

 「私は、ー、私は、トンクスと結婚するという重大なあやまちを犯した。私は、自分の良識に反することをしてしまって、ずっと後悔しつづけている」

 「なるほど」とハリーが言った。「じゃ、あなたは、彼女と子どもを捨てて、僕たちといっしょに逃げるつもりなんだね?」

 ルーピンは、さっと立ちあがったので、椅子が後ろにひっくりかえった。そして彼らをとても荒々しくにらみつけたので、ハリーは、初めて、その人間の顔の上に、オオカミの影を見た。

 「私が、妻と、まだ生まれてこない子どもに、しでかしたことが分らないのか?私は、彼女と結婚すべきではなかった。私は彼女を、社会のはずれ者にしてしまった!」

 ルーピンは、さっきひっくりかえした椅子を脇に、けっとばした。

 「君たちは、私が騎士団にいるか、ホグワーツでダンブルドアの保護の下にある姿しか見たことがない! 魔法界の大多数が、私のような生きものをどんな目で見るか知らないんだ! 皆、私の災難を知ると、ほどんど話しかけもしない! 私がしでかしたことが分らないのか? 彼女の家族でさえ、われわれの結婚を、ひどく、いやがっている。一人娘に、人狼と結婚してほしいと望む親がいるものか? それに、子ども、ー、子どもは、ー」

 ルーピンは、実際、自分の髪の毛を一つかみ、つかんでいた。まったく精神錯乱しているようにみえた。

 「私の種族は、ふつう、子どもは生まないのだ! 子どもは、ぜったいに私のようになるだろう、ー、そう知っていながら、わざと自分の体の状態を無垢な子どもに伝える危険を冒したら、どうして自分が許せるものか? それに、もし何か奇跡がおこって、子どもが私に似ていないとしても、いつも恥ずべき父親がいない方が百倍も幸せだろう!」

 「リーマス!」とハーマイオニーが、目に涙を浮かべてささやいた。「そんなこと、言わないで、ー、あなたを恥ずかしく思う子どもはいないわ」

 「そんなこと分らないよ、ハーマイオニー」とハリーが言った。「僕は、すごく彼が恥ずかしいよ」

 ハリーは、自分の感じる激しい怒りが、どこから来ているのか分らなかった。けれど、その怒りが、足の先まで彼を駆りたてていた。ルーピンは、ハリーにひっぱたかれたかのように、彼を見た。

 「もし、新しい政治体制が、マグル出身者が悪いと言うのなら」ハリーが言った。「父親が騎士団にいた半・人狼は、どうなるだろう? 僕の父は、僕の母と僕を守ろうとして死んだ。それなのに、僕の父が、あなたに子どもを見捨てて、僕たちといっしょに冒険にでかけろと言うと思うの?」

 「よくも、ー、よくも言ったな」とルーピンが言った。「これは、危険や個人的な名誉、ー、を求める話ではない、ー、よくも、そんな個人的なことと関係づけようとして、ー」

 「あなたは、少しばかり向こうみずな気分になっているんじゃないかな」ハリーが言った。「シリウスの代りになりたいと思っているんじゃ、ー」

 「ハリー、やめて!」ハーマイオニーが懇願したが、彼は、ルーピンの蒼白の顔をにらみつけながら続けた。

 「僕は、こんなことをぜったいに信じなかっただろう」ハリーが言った。「僕にデメンターとの戦い方を教えてくれた人が、ー、おくびょう者だったなんて」

 ルーピンが、あまりに、すばやく杖を出したので、ハリーは自分の杖にやっと手が届いたところだった。大きなドンという音がして、ハリーは、ぶん殴られたかのように後ろに吹っとんだ。台所の壁にぶつかって、ずりずりと床に滑りおちていくとき、ルーピンのマントの先が扉のあたりに消えるのが、ちらっと見えた。

 「リーマス、リーマス、戻ってきて!」ハーマイオニーが叫んだ。が、ルーピンは返事をしなかった。次の瞬間、玄関の扉がバタンと閉まるのが聞えた。

 「ハリー!」とハーマイオニーが嘆いた。「よくもやったわね?」

 「簡単だったよ」とハリーが言った。彼は立ちあがった。頭が壁にぶつかったところに、こぶがふくらむのを感じた。まだ怒りくるっていたので震えていた。

 「そんなふうに僕を見るなよ!」彼は、ハーマイオニーに、かみつくように言った。

 「彼女にけんかをふっかけるなよ!」とロンが、歯をむいてどなった。

 「だめ、ー、だめ、ー、私たち、けんかしちゃだめ!」とハーマイオニーが、二人のあいだに割って入った。

 「君、ルーピンにあんなこと言うべきじゃなかったよ」ロンがハリーに言った。

 「当然の報いだ」とハリーが言った。切れ切れの画像が心の中をさっとよぎった。シリウスがベールの向こうに倒れるところ、ダンブルドアが、傷つき、空中に宙づりになっているところ、緑の閃光と、助けをこう母の声・・・

 「両親は」とハリーが言った。「子どもから離れてはいけないんだ、もし、ー、もし、どうしても、そうしなくちゃならないのでなければ」

 「ハリー、ー」とハーマイオニーが言いながら、なぐさめるように手をさしだした。けれど彼は、それをふりはらって、ハーマイオニーが魔法で出した火を見つめながら歩いていった。彼は、かつてルーピンに、ジェイムズは、いいやつだと保証してほしくて、あの暖炉から話しかけたことがあった。そのとき、ルーピンは、彼をなぐさめてくれた。今、ルーピンの苦痛を受けた白い顔が、目の前に浮かんでいるように思われた。後悔の念が、うねるように押しよせて気分が悪かった。ロンもハーマイオニーも口をきかなかったが、ハリーは二人が、背中の後ろで見つめあって、無言で会話していると確かに感じた。

 彼が、向きなおると、二人があわてて目を逸らすのを見つけた。

 「彼を、おくびょう者と呼んではいけなかった」

 「そうだよ」とロンが、すぐに言った。

 「けど、彼はそんなふうに行動した」

 「それでも、やっぱり・・・」とハーマイオニーが言った。

 「分ってる」とハリーが言った。「けど、あれで彼がトンクスの元に帰れば、その価値があったと思わないか?」

 声から哀願する調子を取りのぞくことはできなかった。ハーマイオニーは同情的に見えた。ロンは、よく分らないようだった。ハリーは、うつむいて足下を見つめて、父のことを考えた。彼がルーピンに言ったことを、ジェイムズは支持してくれただろうか、それとも息子の旧友に対するふるまいに腹をたてただろうか?

 静かな台所は、先ほどの光景のショックと、ロンとハーマイオニーの無言の非難でブーンとざわめいているようだった。ルーピンが持ってきたデイリー・プロフェット紙がまだテーブルの上に置いてあって、その一面からハリー自身の顔が天井を見あげていた。彼は、テーブルの方に歩いていって、椅子に座り、適当に新聞を立てて開いて読むふりをした。心が、まだルーピンとの出会いのことでいっぱいだったので、ことばの意味が頭に入ってこなかった。プロフェット紙の向こう側で、ロンとハーマイオニーが、無言の会話をまた始めたに違いないと思った。彼は、大きな音をたててページをめくった。するとダンブルドアの名前が飛びこんできた。一家族が写っている写真の意味を理解するまでに、少し時間がかかったが、写真の下に説明があった。「ダンブルドア一家:左から右へ、アルバス、生まれたばかりのアリアナを抱くパーシバル、ケンドラとアバーフォース」

 注意をひかれて、ハリーは写真をもっとよく見た。ダンブルドアの父、パーシバルは顔だちのいい男で、この色あせた古い写真の中でさえ、目がきらめいているようだった。赤ん坊のアリアナは、パンの一塊より少し長いくらいで、顔だちは、はっきり分らなかった。母、ケンドラは彫刻したような彫りの深い顔だちで、漆黒の髪を後頭部で一束にまとめて結っていた。ハイネックの絹の長いドレスを着ているにもかかわらず、その黒っぽい目や、高いほお骨や、鼻筋のとおった鼻をよく見ると、ハリーはネイティブ・アメリカンを思いだした。アルバスとアバーフォースは、二人ともよく合ったレースの襟の上着と、肩まであるおそろいの髪型だった。アルバスは、いくらか年上に見えたが、その他は、二人の男の子はとてもよく似ていた。まだアルバスの鼻の形が変わる前で、眼鏡をかけはじめる前だったからだ。

 一家は、とても幸せそうで、ふつうに見え、写真の中から晴れ晴れと笑っていた。赤ん坊のアリアナがショールの中から手をふっているのがぼんやりと見えた。ハリーは写真の上を見て、見出しを読んだ。



「近刊アルバス・ダンブルドアの伝記からの独占的抜粋、リタ・スキーター著」



 これ以上、気分が悪くなりようがないと思いながら、ハリーは読みはじめた。



「誇り高く、傲慢なケンドラ・ダンブルドアは、夫パーシバルが逮捕され、アズカバンに投獄されたのが広く知れわたった後、モールド・オン・ザ・ウォールドに住みつづけることに耐えられなかった。そこで一家は住みなれた地を出てゴドリック盆地に引っこすことにした。そこは、後にハリー・ポッターが、例のあの人から不思議にも逃げおおせた場として有名になった村だ。

 モールド・オン・ザ・ウォールドと同じくゴドリック盆地も多くの魔法使いの家系にとって故郷である。しかしケンドラには、誰も知りあいがなかったので、これまで住んでいた村で直面した夫の犯罪への興味から逃れることができたことだろう。彼女は、新しい魔法社会の隣人の親しげな誘いを何度もすげなく拒絶して、家族が誰ともつきあわず放っておかれるようにした。

 「お手製の大鍋ケーキを持って引っこしの歓迎の挨拶に行ったら、目の前で扉をバタンと閉められたんだよ」とバチルダ・バグショットが語った。「一家が引っこしてきた最初の一年は、二人の男の子しか見かけなかったね。引っこしてきた冬、私が月光の中でプランゲンティンを摘んでいるときに、ケンドラがアリアナを連れて裏庭に出てくるのを見なかったら、娘がいるなんて知らなかっただろうよ。手をしっかり握って芝生のまわりをぐるっと一周させ、それから家の中に連れて戻った。どういう意味なのか分らなかったね」

 ゴドリック盆地への引っこしは、アリアナを永久に隠す最高によい機会だと、ケンドラは考えたようだ。それを、おそらく何年ものあいだ考えてきたに違いない。その時期を選んだことが重要だ。アリアナが姿を消したのは、七才になる前だった。七才というのは、もし持っていれば、魔法の力が現れる年だと、たいていの専門家が述べている。現在、生きのこっているうちで、アリアナが魔法の力をほんの少しでもあらわして見せたのを覚えている人はいない。だから、ケンドラが、スクイブを産んでしまったという不名誉をこうむるよりは、娘の存在を隠す決意をしたのは明らかだと思われる。アリアナを知っている友人や隣人から引っこして離れれば、もちろん彼女を閉じこめておくのが容易になるだろう。今後、アリアナの存在を知るのは、秘密を守ると信頼がおけるごくわずかな人々だろう。その中には二人の兄も含まれる。二人は、気まずい質問を、母親が教えこんだ答えで、うまく逸らした。曰く「妹は、ひ弱なので学校には行けない」



「次週:ホグワーツでのアルバス・ダンブルドア、ー、賞賛と見せかけ」



ハリーは、まちがっていた。読み終わったら、実際もっと気分が悪くなった。彼は、見たところ幸せな家族の写真をもう一度眺めた。これは真実だろうか? どうしたら、真実が見つけだせるだろうか? たとえバチルダが、話ができる状態ではないとしても、ゴドリック盆地に行きたかった。彼とダンブルドアがともに愛する者を失った場所を訪れたかった。ロンとハーマイオニーの意見を聞こうとして、目の前に立てている新聞を少しずつ下げていったとき、耳をつんざくポンという音が、台所中に響きわたった。

 この三日間で初めて、ハリーはクリーチャーのことをすっかり忘れていて、すぐ思いついたのは、ルーピンがぱっと戻ってきたのかということだった。椅子のすぐ横に、どこからともなくあらわれた、もつれあった手足の固まりが、一瞬、何だか分らなかった。ハリーが急いで立ちあがったとき、クリーチャーが身をふりほどいて、低くお辞儀をし、しゃがれ声で言った。「クリーチャー、マンダンガス・フレッチャーを連れて戻ってきた、ご主人様」

 マンダンガスは急いで立ちあがり杖を出した。だが、ハーマイオニーの方が早かった。

 「エクスペリアームズ!(武器よ去れ)」

 マンダンガスの杖が空中に浮かびあがり、ハーマイオニーが、それを捕らえた。怒りで目をぎらぎらさせて、マンダンガスは階段めがけて突っこんだ。ロンがラグビーのタックルで捕まえたので、マンダンガスは、鈍いゴツンという音を立てて石の床にぶつかった。

 「何だ?」彼は、ロンが捕まえているのから自由になろうと身をよじりながら、どなった。「俺が、何したってんだ。くそいまいましいハウスエルフなんざ、よこしやがって、何ふざけてんだ、俺が何した、離せ、離せって、でなきゃ、ー」

 「君は、脅しをかけられる状況にはないと思うよ」とハリーが言った。彼は新聞を脇に

放りなげ、大またの数歩で台所を横切って、マンダンガスのそばにひざをついた。彼はもがくのをやめ、恐がっているようだった。ロンが、息をきらせながら立ちあがって、ハリーが、ゆっくりとマンダンガスの鼻に杖を向けるのを見守っていた。マンダンガスは、いやな汗とタバコのにおいがした。髪はもつれ、ローブは汚れていた。

 「クリーチャー、泥棒を連れてくるのが遅くなって、あやまります、ご主人様」とハウスエルフがしゃがれ声で言った。「フレッチャーは逃げ方を知っている。たくさん隠れ穴や、仲間がいる。でもクリーチャー、最後には泥棒を追いつめた」

 「ほんとうに、よくやってくれた、クリーチャー」とハリーが言った。ハウスエルフは低くお辞儀をした。

 「よし、君にいくつか質問がある」ハリーがマンダンガスに言った。マンダンガスは、すぐに大声で言った。「俺はパニクったんだ、いいか? ぜんぜん行きたかなかった、怒りゃしなかった、だが、あんたのために死ぬ気はさらさらなかった、なのに、いまいましい例のあの人が、俺めがけて飛んできやがった、あの場じゃ誰だってトンずらしたくならあ、やりたくないと、ずっと言ってたんだ、ー」

 「参考までに言ってあげるけど、残りの誰も、姿くらまししなかったのよ」とハーマイオニーが言った。

 「うーん、そんなら、おまえらは、いまいましい英雄の群れなんだろ? だが俺は死ぬ覚悟ができてたなんてふりはしなかった、ー」

 「僕たちは、君がなぜマッドアイの元から逃げだしたかに興味があるわけじゃない」とハリーが言った。そして、マンダンガスのふくれた血走った目に、杖をもう少し近づけた。「君が、あてにならない人間のクズだということは、もう分っている」

 「うーん、じゃ、いったい全体何だってハウスエルフに捕まえられなきゃならねえんだ? でなきゃ、またゴブレットのことか? 一つも残っちゃいねえよ、でなきゃ、あんたの物だったが、ー」

 「ゴブレットのことでもない、君が、かっかとしてきたようだが」とハリーが言った。「黙って聞け」

 何かやる仕事があるのはすてきだった。誰かにほんの少しの真実を話せと要求できる仕事があるのはすてきだった。ハリーの杖は、マンダンガスの鼻柱にとても近づいていたので、マンダンガスは、杖を見ようとして、両目が寄っていた。

 「君が、この家の貴重品をすっかり持ち去ったとき」ハリーが言いはじめた。けれどマンダンガスが、またさえぎった。

 「シリウスは、あんなガラクタにぜんぜん興味なかったぜ、ー」

 パタパタと走る足音が聞え、磨きたてた銅が輝き、ガチャンと鳴る音が響きわたり、苦悶の叫び声があがった。クリーチャーがマンダンガスめがけて走ってきて、シチュー用の鍋で頭をぶったたいたのだ。

 「やめさせろ、やめさせろ、閉じこめとけ!」とマンダンガスが叫んだが、またクリーチャーが、底の厚い鍋をふりあげたので、身をすくめた。

 「クリーチャー、やめろ!」とハリーが叫んだ。

 クリーチャーの細い腕は、重い鍋をふりあげたままなので震えていた。

 「できましたら、もう一回だけ、ハリー様、幸運を祈って?」

 ロンが笑いだした。

 「気を失ったら困るんだよ。だが、説得しなけりゃならないときは、君に、その栄誉を与えよう」とハリーが言った。

 「ありがとうございます、ご主人様」とクリーチャーがお辞儀をして言った。そして、少し退却したが、大きな薄青い目は、まだ憎しみをこめてマンダンガスをじっと見つめていた。

 「君がこの家から、見つけられる貴重品をすべて奪い去ったとき」ハリーが、また言いはじめた。「君は、台所の押しいれからどっさり取っていったが、その中にロケットがあった」ハリーは、突然、口の中がからからになった。ロンとハーマイオニーの緊張と興奮も感じとれた。「あれを、どうした?」

 「何で?」とマンダンガスが尋ねた。「あれ、貴重なのか?」

 「あなた、まだ持ってるの!」とハーマイオニーが叫んだ。

 「いや、持ってない」とロンが鋭く見ぬいて言った。「もっと金が引きだせるかどうか考えてるんだよ」

 「もっと?」とマンダンガスが言った。「そいつぁ難しかねえだろうよ・・・ただで、くれちまったんだからな。仕方なかったんだ」

 「どういうことだ?」

 「俺がダイアゴン横町で売ってたらよ、あいつが来て、魔法の工芸品を売る許可証を持ってるか聞いた。おせっかいのクソババアめ。罰金だといいやがった。けどよ、あのロケットを気に入って、自分のもんにするかわり、その場は見逃す、運がいいと思えだと」

 「その女は誰だ?」とハリーが尋ねた。

 「知らね、魔法省のババアだろ」

 マンダンガスは、額にしわを寄せて少し考えていた。

 「小さい女だ。頭にリボンをつけてた」

 彼は、顔をしかめていたが、それから、つけ加えた。「ヒキガエルに似てた」

 ハリーは杖を取りおとした。それはマンダンガスの鼻に当たり、眉毛に赤い火花を放ったので、眉毛に火がついた。

 「アグアメンティ!(水よ出ろ)」とハーマイオニーが叫んだ。彼女の杖から水が吹きだし、火花のパチパチいう音を飲みこみ、マンダンガスの息を詰まらせた。

 ハリーは顔をあげて、ロンとハーマイオニーの顔に、自分が感じているのと同じショックを受けた表情が浮かんでいるのを見た。右手の甲の古傷が、またひりひり痛むような気がした。

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