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ハリーポッターと死の聖物 (Harry Potter and the Deathly Hallows)

第七章:アルバス・ダンブルドアの遺書

 彼は、夜明けの冷たい青い光のなか、山間の道を歩いていた。はるか下の方、霧に包まれている小さな町の影が見えた。探している男は、あそこにいるだろうか? 彼は、その男がどうしても必要なので、他のことが考えられない。その男が、答えを知っているのだ。彼の問題に対する答えを・・・

 「おい、起きろよ」

 ハリーは目を開いた。昨日と同じく、ロンのすすけた屋根裏部屋の折りたたみ式寝台に寝ていた。太陽は、まだ昇らず、部屋はまだ薄暗かった。ピグウィジョンは、頭をちっぽけな羽の下に入れて眠っていた。ハリーの額の傷跡がちくちく痛んだ。

 「夢見ながら、ぶつぶつ言ってたよ」

 「そうだった?」

 「うん、『グレゴロビッチ』って。君、『グレゴロビッチ』って言いつづけてた」

 ハリーは眼鏡をかけていなかった。ロンの顔が、少しぼやけて目の前にあらわれた。

 「グレゴロビッチって誰だ?」

 「知るわけないだろ? 君が、そう言ってたんだよ」

 ハリーは、額をこすりながら考えた。ぼんやり、その名前を前に聞いたことがあるような気がしたが、どこだったか思いだせなかった。

 「ヴォルデモートが、その人を探してるんだと思う」

 「気の毒なやつ」と、ロンが熱をこめて言った。

 ハリーは、ベッドの上に起きあがった。まだ傷跡をこすっていたが、すっかり目が覚めていた。夢の中で見たことを、正確に思いだそうとしたが、ずっと続く山並みと、深い谷に抱かれた小さな村の輪郭しか思いだせなかった。

 「彼は、外国に行ってるんだと思う」

 「誰が、グレゴロビッチ?」

 「ヴォルデモート。彼は、どこか外国に行って、グレゴロビッチを探してるんだと思う。イギリスのどこかじゃないみたいだった」

 「また、彼の心の中をのぞいてたんだと思う?」

 ロンが、心配しているような口調で言った。

 「頼むから、ハーマイオニーには言わないでくれ」とハリーが言った。「僕が夢の中で何か見ないようにと、どんなに彼女が望んだって・・・」

 彼は、小さなピグウィジョンの籠を見あげて、考えた・・・どうして『グレゴロビッチ』の名を聞いたことがあるんだろう?

 「僕、思うんだけど」彼は、ゆっくりと言った。「クィディッチに関係あるんじゃないかな。何かつながりが、でも、ー、それがなんだか思いだせない」

 「クィデッチ?」とロンが言った。「きっと、ゴルゴビッチのことを考えていたんじゃないか?」

 「誰?」

 「チェイサーのドラゴミル・ゴルゴビッチ。二年前に、すごい大金でチャドリー・キャノンズに移籍した。一シーズンのクァッフル得点の記録保持者だよ」

 「違う」とハリーが言った。「絶対に、ゴルゴビッチのことなんか考えてない」

 「僕だって考えてないよ」とロンが言った。「ええと、とにかく、誕生日おめでとう」

 「うわーい、そのとおりだ、忘れてた! 僕、十七歳だ!」

 彼は、折りたたみ式寝台の横に置いてあった杖をつかんで、眼鏡が置いてある散らかった机に向けて、「アクシオ(来い)、眼鏡!」と言った。それは、ほんの三十センチしか離れていなかったけれど、それが自分に向かって弓形のカーブを描いて、目の前に飛びこんでくるのを見ると、なにかとても満足した。

 「うまい」とロンが鼻をならした。

 ハリーは、『跡』がなくなったのを喜びながら、ロンの持ち物を部屋じゅう飛びまわらせたので、ピグウィジョンが目を覚まし、興奮して籠の中をぱたぱた飛びまわった。ハリーは、スニーカーの紐を魔法で結ぶのもやってみた、(できた結び目を手でほどくのに数分かかった。)それから、まったくの遊びで、ロンのチャドリー・キャノンズのオレンジ色のローブを鮮やかな青に変えた。

 「僕ならズボンの前のファスナーは手でやるよ」ロンが、にやにやしながらハリーに忠告したので、ハリーはあわてて自分のを調べた。「これ、プレゼントだよ。ここであけて。ママに見つからないように」

 「本?」とハリーが、長方形の包みを手にして言った。「今までと、ちょっとかけ離れてない?」

 「これは、君のレベルの本じゃない」と、ロンが言った。「純金の価値がある。『魔女を魅惑する絶対に確実な十二の方法』。女の子について知っておかなくちゃならないことが全部書いてある。もし、去年これを持ってたら、どうやってラベンダーを追っぱらったらいいかちゃんと分ったのに、・・・それと、うまくいく方法もね。いや、フレッドとジョージが一冊くれたので、すごく勉強になった。君だってびっくりするよ。杖で何とかするんじゃ、全然ないんだ」

 彼らが、台所に行くと、テーブルの上にプレゼントが山積みになっていた。ビルとデラクール氏は朝食を終えたところで、ウィーズリー夫人がフライパンを手に、おしゃべりしていた。

 「アーサーが、あなたに、十七歳のお誕生日おめでとうと伝えてって、ハリー」とウィーズリー夫人が、にっこり笑いかけながら言った。「今朝、早くに仕事に行かなくてはならなかったの。でも夕食には戻ってくるわ。いちばん上のが、私たちからのプレゼントよ」

 ハリーは座って、指された四角い箱を手にとって開けた。中には、去年、ウィーズリー夫妻が、十七歳の誕生日にロンにあげたのと、とてもよく似た腕時計が入っていた。それは金でできていて、針の代わりに、星々が文字盤の上を回っていた。

 「魔法使いが成人したら、腕時計をあげるのが伝統なのよ」とウィーズリー夫人が、コンロの端から、心配そうにハリーを見ながら言った。「残念ながら、それは、ロンのもののように新しくなくて、実は、私の弟のファビアンのものだったのだけれど、彼は、自分の持ち物に恐ろしく無頓着でね、後ろが少しへこんでるのよ、でも、-」

 彼女の話は途中でとぎれた。ハリーが立ち上がって、彼女を抱きしめたからだった。彼は、その中に、ことばにできないたくさんの思いを込めようとし、きっと彼女も、それを理解したのだろう。ハリーが離れたとき、彼の頬を、彼女がぎこちなく軽くたたいたからだ。それから、彼女は、少しばかりいい加減に杖をふったので、ベーコンの半分がフライパンから飛びだして床に落ちた。

 「お誕生日おめでとう、ハリー!」とハーマイオニーが言いながら、台所に駆けこんできて、自分のプレゼントを山の上に加えた。「たいしたものじゃないの。でも気にいってくれるといいけど。あなたは、何をあげたの?」彼女は、ロンに向かってつけ加えた。彼は聞こえないふりをした。

 「さあ、ハーマイオニーのを開けなよ!」とロンが言った。

 彼女のプレゼントは、新しい侵入探知鏡だった。他のプレゼントは、ビルとフラーからの魔法のカミソリ(「ああ、そう、これは、他のどれよりなめらかに剃れるよ」デラクール氏がうけあった。「ただ、どうしたいかをはっきりと言わなくてはだめだ・・・でないと、思ったより短くなりすぎるかもしれないよ・・・」)、デラクール家からのチョコレート、フレッドとジョージからのウィーズリーズ・ウィザード・ウィージズの新製品の巨大な箱だった。

 ハリー、ロン、ハーマイオニーはテーブルにぐずぐず長居はしなかった。デラクール夫人、フラー、ガブリエルが来たので台所が混みあって、いごこちが悪くなったからだ。

 「あなたのために、これ荷物につめてあげる」ハーマイオニーが元気よく言って、三人が上に戻るとき、ハリーの腕からプレゼントを取りあげた。「もうほとんど詰めおわったわ。あなたたちのパンツが洗濯しおわるのを待ってるだけよ、ロン、-」

 ロンのおしゃべりが二階の扉が開いたのでさえぎられた。

 「ハリー、ちょっとここへ来てくれない?」

 それはジニーだった。ロンがいきなり止まったが、ハーマイオニーがひじをつかんで、引きずって階段を上っていった。緊張しながら、ハリーはジニーについて部屋に入った。

 これまで、ジニーの部屋に入ったことはなかった。小さいけれど明るい部屋だった。魔法界のバンド、ウィアド・シスターズの大きなポスターが一方の壁に、全魔女クィディッチ・チーム、ホリヘッド・ハーピーズのキャプテン、グウェノグ・ジョーンズの写真が反対側の壁に貼ってあった。開いた窓に向かって机が置いてあった。窓から果樹園が見渡せた。そこで、彼とジニーが、ロンとハーマイオニーと二対二のクィデッチをしたことがあるが、今は、大きくて、真珠のように白い大天幕が覆っていて、そのてっぺんの金色の旗はジニーの窓と同じくらいの高さだった。

 ジニーは、ハリーの顔を見上げて、大きく息を吸ってから言った。「十七歳のお誕生日おめでとう」

 「うん・・・ありがと」

 彼女は、しっかりと彼を見つめていた。けれど彼は、見返すのが難しいと分った。輝く光を見つめるようなものだったからだ。

 「いい眺めだね」とハリーは、窓のほうを向いて弱々しく言った。

 彼女は、それを無視したが、彼は責めることはできなかった。

 「プレゼントが思いつかなかったの」彼女は言った。

 「何もくれなくていいよ」

 彼女は、これにも注意をはらわなかった。

 「何が役にたつか分らなくて。みんな大きすぎるし。だって持っていけないでしょ」 彼はちらっと彼女を見たが泣いてはいなかった。それは、ジニーのたくさんあるすばらしい点の一つだった。彼女はめったに泣かなかった。六人の兄がいるから強くなったのだろうと、ハリーは時々考えたものだ。

 ジニーは一歩近づいた。

 「だから、何か私を思いだしてもらえるものを持っていってほしいと思ったの。ほら、あなたが何をするにしても、お休みのときに、ヴィーラとかに出あったら」

 「正直なところ、この状況じゃデートする機会はないと思うよ」

 「雲の中には、ぜったい光がさすわ。私はそれを探す」彼女は、ささやいて、ハリーに初めてするようにキスした。それは、ファイア・ウィスキーよりもっといい、すべてを忘れさせてくれる、この上なく幸福なものだった。彼女、ジニーだけが、この世で唯一の現実のものだった。ハリーは片手を彼女の背中にまわし、片手をいい匂いがする長い髪に置いた、その感触ときたら、-

 扉が、バンと開いたので、二人は、さっと離れた。

 「ああ」とロンが鋭く言った。「ごめん」

 「ロン!」ハーマイオニーが、少し息を切らせて、すぐ後ろにいた。緊張した雰囲気の沈黙が流れた。それから、ジニーが単調な小さな声で「あの、とにかくお誕生日おめでとう、ハリー」と言った。

 ロンの耳は真っ赤で、ハーマイオニーは心配そうな顔だった。ハリーは、彼らの目の前で扉をバタンと閉めたかった。けれど、扉が開いたときに冷たいすきま風が入りこんで、輝かしいひと時が石鹸の泡のようにパチンと消えてしまったような気がした。ジニーとつきあうのをやめて彼女と離れていなくてはいけない理由のすべてが、ロンといっしょにこっそり部屋の中に入りこんできて、すべてを忘れていられた幸せなひとときは終ってしまった。

 ハリーはジニーを見て、何を言うつもりか分らなかったけれど何か言いたかった。けれど、彼女は背中を向けた。今回ばかりは、我慢できずに泣きだすかもしれないとハリーは思った。ロンの前で、彼女を慰めることはできなかった。

 「後でね」ハリーは言って、他の二人の後について部屋を出た。

 ロンは、さっさと下りていき、まだ混みあっている台所をぬけて、裏庭に行った。ハリーは、ずっとその後を追っていった。ハーマイオニーは、二人の後をびくびくした顔で小走りについていった。

 刈ったばかりの芝の誰もいない場所に来るとすぐに、ロンがハリーの方に向きなおった。

 「君は、彼女をふったのに、今、何やってたんだ? 彼女のまわりをうろうろして」

 「僕は、彼女のまわりをうろうろなんかしてない」とハリーが言った。そのときハーマイオニーが二人に追いついた。

 「ロン、-」

 けれど、ロンは手をあげて彼女を黙らせた。

 「君にふられたとき、彼女は、ほんとに傷ついたんだ」

 「僕もそうだ。なぜ、僕が別れようと言ったか分ってるだろ。好きでそうしたわけじゃない」

 「ああ、でも、君は今キスしてた。そしたら、彼女は、また期待しちまう、-」

 「彼女は、ばかじゃない。そんなことにはならないと分ってる。僕たちが、-、最後に結婚するなんてことは、-、彼女は期待なんてしてない」

 ハリーがそう言ったとき、心の中に、白いドレスを着たジニーが、背の高い、顔のない見知らぬ不愉快な男と結婚する鮮やかなイメージが浮かんだ。そのイメージが、らせん状に急降下するような気がする一瞬、ハリーを打ちのめした。彼女の未来は自由で、それを妨げるものは何もない。それに引きかえ、彼の・・・彼には、前途にヴォルデモートしか見えなかった。

 「もし、機会あるごとに彼女に近よるつもりなら、-」

 「二度とそんなことはない」とハリーが荒々しく言った。雲ひとつない日だったが、太陽が沈んでしまったような気がした。「分った?」

 ロンは、半ば腹をたて、半ばおどおどしているように見えた。少しのあいだ、足の上で重心を前後に移してからだをゆすっていたが、それから言った。「そんならいい、そのう・・・うん」

 ジニーはその日の後、ハリーと一対一で会おうとはしなかったし、自分の部屋で礼儀正しい会話以上のことがあったという目つきも、そぶりも見せなかった。それでもやはり、チャーリーの帰宅は、ハリーにとって楽しみだった。ウィーズリー夫人が、チャーリーを椅子に座らせ、杖を脅すようにふりあげて、きちんと髪を切らなくてはだめよと告げるのを見物するのは、いい気晴らしになった。

 ハリーの誕生日祝いの夕食のために、『隠れ家』の台所は、チャーリー、ルーピン、トンクス、ハグリッドが来る前に、これ以上のばしたら壊れてしまうところまで引きのばされ、テーブルがいくつか、庭の端から端まで置かれた。フレッドとジョージが、たくさんの紫の提灯に魔法をかけたので、大きな「17」の数字を派手に飾った提灯が客たちの頭の上の空中に浮かんでいた。ウィーズリー夫人の手当てのおかげで、ジョージの傷は、きちんと清潔になっていたが、双子の、耳に関するたくさんのジョークにもかかわらず、ハリーは、ジョージの頭の片側の暗い穴に慣れることができなかった。

 ハーマイオニーが、紫と金色の吹きながしを杖の先から吹きださせると、それはひとりでに木々や茂みのからみついて、ひだ飾りになった。

 最後のすばやい杖の一ふりで、ハーマイオニーが野生リンゴの木の葉を金色に変えたとき「うまい」とロンが言った。

 「君って、ほんとにそういうこと、うまいね」

 「ありがとう、ロン!」とハーマイオニーが、喜んでいるのと少しまごついているのと両方のように言った。ハリーは、横を向いて一人笑いをした。『魔女を魅惑する絶対に確実な十二の方法』の本を見る暇があったら、お世辞に関する章があるだろうと考えるとおかしくなったのだ。ジニーと目が合ったので、にやっと笑いかけたが、ロンとの約束を思い出して、急いでデラクール氏と話しはじめた。

 「どいて、どいて!」とウィーズリー夫人が歌うように言いながら、庭の門を通ってやってきた。その前には、巨大なビーチボールくらいのスニッチが浮かんでいた。数秒後、これは誕生日ケーキなのだと、ハリーに分った。それを、ウィーズリー夫人は、でこぼこな地面をころがす危険よりは、杖で浮かせる方を選んだのだ。ケーキが、ついにテーブルの真ん中に着地したとき、ハリーが言った。「これはすごい、おばさん」

 「あら、何でもないわ」彼女は愛情こめて言った。その肩の向こうで、ロンが、ハリーに向かって親指を上げて、声に出さずに唇を動かしていった。「いいぞ」

 七時までに、客がすべて到着し、小道の端で待っていたフレッドとジョージが家の中に招きいれた。ハグリッドは、お招きを受けて光栄な気持ちをあらわすため、一張羅の、恐るべき毛むくじゃらの茶色のスーツを着ていた。ルーピンは、ハリーと握手したときほほえんだけれど、幸せそうに見えないなとハリーは思った。ほんとうに変だ。横のトンクスは、ただもうきらきらと輝いて嬉しそううなのに。

 「お誕生日おめでとう、ハリー」彼女は言って、ハリーを固く抱きしめた。

 「十七か!」とハグリッドが、フレッドからバケツくらい大きなグラスを受けとりながら言った。「初めて会ってから六年たったな、ハリー、覚えとるか?」

 「ぼんやりとね」とハリーが言って、にやっと笑いかけた。「玄関のドアを、たたき壊して、ダドリーに豚の尻尾をつけて、僕が魔法使いだって言わなかったっけ?」

 「詳しいこたぁ、忘れた」ハグリッドが、満足げに笑った。「元気か、ロン、ハーマイオニー?」

 「元気よ」とハーマイオニーが言った。「ハグリッドは?」

 「ああ、悪かない。忙しいよ。ユニコーンに赤んぼが数頭生まれた。学校に戻ったら見せてやるよ、-」ハグリッドがポケットをごそごそ探っているあいだ、ハリーはロンとハーマイオニーの視線を避けた。「さあ、ハリー、ー、おまえさんにやるものを思いつかなくてな、だが、これを思いだしたんだ」彼は、小さくて、少し毛がふさふさした、首にかけるような長いひもがついた、ひもで締める小袋を引っぱりだした。「ロバの皮だ。入れたもん、何でも隠して、もちぬししか取りだせない。めったにないもんだ、これはね」

 「ハグリッド、ありがと!」

 「いやいや」とハグリッドが、大型ゴミ箱の蓋くらい大きな手をふって言った。「で、チャーリーがいるじゃないか! いっつも、彼が気にいってたよ、ー、おおい! チャーリー!」

 チャーリーが近づいてきた。走りながらも、ようしゃなく短く切られたばかりの髪に、少ししょげて手を当てていた。彼は、ロンより背が低いが、がっちりした体格で、筋骨たくましい腕にはやけどや、ひっかき傷がたくさんあった。

 「やあ、ハグリッド、どうだい?」

 「ずっと、手紙を書こうかと思っていたんだがな。ノーバートはどうだい?」

 「ノーバート?」チャーリーが笑った。「ノルウェイ産リッジバック? 僕らは、今じゃノーバータと呼んでるよ」

 「なんと、ー、ノーバートは女の子か?」

 「ああ、そうだよ」とチャーリーが言った。

 「どうして分るの?」とハーマイオニーが尋ねた。

 「そっち方が、もっとずっと意地悪なんだよ」とチャーリーが言った。それから、ふりむいて、低い声で言った。「パパが早く帰るといいのに。ママが、いらいらしてる」

 彼らは、そろってウィーズリー夫人の方を見た。彼女は、デラクール夫人に話しかけようとしながら、ひっきりなしに門の方を見ていた。

 「アーサーぬきで始めた方がよさそうね」彼女は、少ししてから、庭全体に呼びかけた。「遅れているに違いないから、ー、あら!」

 皆に、一筋の光が、飛んできてテーブルの上にやって来るのが見えた。その光は、輝く銀のイタチに姿を変え、後足で立ってウィーズリー氏の声で話した。

 「魔法大臣が、私といっしょに行く」

 パトロナスは、空中に溶け、フラーの家族は、それが消えた場所を驚いてのぞきこんだ。

 「僕たちは、ここにいない方がいい」とルーピンがすぐに言った。「ハリー、ー、すまない、ー、今度、説明するよ、ー」

 彼は、トンクスの手首をつかんで引っぱっていった。彼らは柵のところに着くと、それを上ってこえて見えなくなった。ウィーズリー夫人は、ろうばいしているようだった。

 「大臣が、ー、でもなぜ、ー? 分らないわ、ー」

 けれど、その問題を話しあう暇はなかった。一秒後、ウィーズリー氏が、ルーファス・スクリンジャーといっしょに、どこからともなく門のところにあらわれた。スクリンジャーは白髪交じりのたてがみのような毛で、すぐそれと分った。

 二人の新参者は、裏庭から入ってきて、庭を通って提灯のともったテーブルの方に来た。そこでは全員が黙って座って、二人が近づいてくるのを見ていた。スクリンジャーが、提灯の光の照らす範囲に入ってきたとき、ハリーは、こないだ会ったときより、もっと年を取ったようにみえると思った。やせこけて厳格な感じだった。

 「邪魔をして、すまない」とスクリンジャーが、片足を引きずりながらテーブルのところまでやってきて止まったときに言った。「とりわけ、招待されていないパーティに押しかけたからな」

 彼は、少しのあいだ、巨大なスニッチ型のケーキを見ていた。

 「誕生日おめでとう」

 「ありがとう」とハリーが言った。

 「君と個人的に話したい」スクリンジャーが続けた。「ロナルド・ウィーズリー君と、ハーマイオニー・グレインジャー嬢とも同様にだ」

 「僕たち?」とロンが、びっくりしたように言った。「どうして僕たち?」

 「どこか個別に会えるところで話そう」と、スクリンジャーが言った。「そういう場所があるかね?」とウィーズリー氏に強い口調で聞いた。

 「はい、あります」とウィーズリー氏が心配そうに言った。「あのう、居間ですが。そこをお使いになっては?」

 「案内してくれ」スクリンジャーがロンに言った。君がいっしょに来る必要はない、アーサー」

 ハリーは、自分とロンとハーマイオニーが、立ちあがったとき、ウィーズリー氏が心配そうに、ウィーズリー夫人と目を見交わすのを見た。三人が黙って家の方に戻っていくとき、ハリーは、他の二人も自分と同じことを考えているのが分った。つまり、スクリンジャーは、どうにかして、三人がホグワーツをやめようと計画しているのを知ったに違いない。

 スクリンジャーは、散らかった台所をぬけ、『隠れ家』の居間に入るまで何も言わなかった。庭は、柔らかな金色の夕暮れの光でいっぱいだったが、ここは、もう暗かった。ハリーが、部屋に入って石油ランプに軽く杖をふると、古ぼけているが、いごこちのよい部屋が照らしだされた。スクリンジャーは、ウィーズリー氏がいつも座る、たわんだ肘掛け椅子に座った。ハリー、ロン、ハーマイオニーは、ソファに詰めあって座った。皆が座ると、スクリンジャーが口を開いた。

 「君たち三人に聞きたいことがある。ひとりずつ聞くのが、いちばんいいと思う。君たち二人は」彼は、ハリーとハーマイオニーを指した。「上で待っていてくれ。ロナルドから始めよう」

 「僕たちは、どこにも行かない」とハリーが言った。ハーマイオニーは勢いよくうなずいた。「僕たち、いっしょに話すか、誰とも話さないか、どちらかだ」

 スクリンジャーは、ハリーを値踏みするように冷たく見た。ハリーは、大臣が、この早い段階から敵意をあらわにする価値があるかどうか、考えているような印象を受けた。

 「よろしい、それでは、いっしょに」彼は、肩をすくめて言った。それから咳払いをした。「私がここに来たのは、君たちも知っておろうが、アルバス・ダンブルドアの遺書のためだ」

 ハリー、ロン、ハーマイオニーは顔を見あわせた。

 「驚いておるようだな! それでは、君たちは、ダンブルドアが君たちに何か遺したことを知らなかったのか?」

 「ぼ、ー、僕たちみんなに?」とロンが言った。「僕とハーマイオニーにも?」

 「そうだ、君たち皆、ー」

 けれど、ハリーがさえぎった。

 「ダンブルドアが亡くなったのは一ヶ月以上前なのに、僕たちに遺されたものを渡すのにこんなに時間がかかったのは、なぜ?」

 「それは、分かりきったことじゃないの?」とハ-マイオニーが、スクリンジャーが答えるより早く言った。「私たちに遺されたものが何であれ、調べたかったのよ。そんなことする権利ないのに!」彼女が少し震える声で言った。

 「私には、あらゆる権利がある」とスクリンジャーが否定するように言った。「『正当と認められる押収物』に関する法令で、魔法省が、遺書に書かれた内容物を押収する権利が認められている、ー」

 「その法律は、闇魔術の品が伝わるのを防ぐために作られたもので、」とハーマイオニーが言った。「魔法省は、没収する前に、亡くなった人の所有物が違法であるという強力な証拠がなくてはならないのよ! ダンブルドアが、私たちに何か闇の呪文がかかったものを遺そうとしたと考えたとおっしゃるの?」

 「君は、魔法法に関する仕事に就こうと思っているのかね、グレインジャーさん?」とスクリンジャーが尋ねた。

 「いいえ、違う」とハーマイオニーが言いかえした。「私は、社会に役だつことをしたいと思っているわ!」

 ロンが笑った。スクリンジャーが、ちらっと彼を見たが、ハリーが口を開いたので、また目を逸らした。

 「で、どうして今になって、僕たちにそれを渡そうと決めたの? それを持ってる言いわけが思いつけなくなったとか?」

 「いいえ、三十一日たったからよ」とハーマイオニーが、すぐに言った。「それが危険だと証明できなければ、それ以上長く保管できないの。そうでしょ?」

 「君は、ダンブルドアと親しかったと言えるかね、ロナルド?」とスクリンジャーが、ハーマイオニーを無視して答えた。ロンは、はっと驚いたようだった」。

 「僕? いや、ー、いや、そんなに・・・いつもハリーだったから・・・」

 ロンは、ハリーとハーマイオニーの方を向いて見た。すると、ハーマイオニーの「今すぐ、しゃべるのをやめて!」という目つきに気がついた。しかし、もう、まずいことを言ってしまったのだ。スクリンジャーは、まさに予想どおり、かつ望んだとおりの答えを聞いた、という顔をしていた。そして、えじきの鳥に襲いかかるように、ロンの答えに襲いかかった。

 「もし、君がダンブルドアとそれほど親しくなかったのなら、彼が遺書の中で君を思い出したという事実を、どう説明するかね? 彼は、ほとんど個人的遺贈をしていない。彼の財産の大部分は、ー、個人的蔵書、魔法の器具とその他の個人的資産、ー、は、ホグワーツに遺された。君は、なぜ選びだされたと思うかね?」

 「僕は・・・分らない」とロンが言った。「僕は・・・親しくないと言ったけど・・・つまり、彼は僕を気にいってたのかなと・・・」

 「あなたは、とっても控えめね、ロン」とハーマイオニーが言った。「ダンブルドアは、とってもあなたが好きだったのよ」

 これは、事実をぎりぎりまで誇張した表現だった。ハリーが知るかぎり、ロンとダンブルドアが二人だけで、いたことはないし、直接の接触はごくわずかしかなかった。けれど、スクリンジャーは聞いていないようだった。手をマントの内側に入れ、ハグリッドがハリーにくれたのより、もっと大きなひもつき小袋を取りだした。そこから、羊皮紙の巻物を出して、広げ、声を出して読みはじめた。

 「『アルバス・パーシバル・ウィルフリック・ブライアン・ダンブルドアの最後の遺言書』・・・ああ、ここだ・・・『ロナルド・ビリウス・ウィーズリーへ、火消しライターを遺す。使うたびに私を思いだしてくれることを望んで』」

 スクリンジャーは、袋から、ハリーが以前見たことがある物を取りだした。それは、タバコの火をつける銀のライターのように見えたが、カチッと押すだけで、まわりすべての光を吸いこんで、また元に戻す力があった。スクリンジャーは、身をのりだして、火消しライターをロンに渡した。ロンは、びっくり仰天したように、それを受けとり、手の中でひっくりかえしていた。

 「それは、価値ある品だ」と、スクリンジャーがロンを見ながら言った。「ただ一つしかない品とさえ言ってもいい。ダンブルドア自身が考案したものなのは確かだ。なぜ、そんなに貴重な品を君に遺したのだろうか?」

 ロンは、まごついたように首を横にふった。

 「ダンブルドアは、何千人もの生徒を教えたに違いない」スクリンジャーは追求しつづけた。だが、彼が遺書の中で思い出したのは、君たち三人だけだ。なぜだ? 彼は、君が、火消しライターを何のために使うと思ったのだろうか、ウィーズリー君?」

 「火を消すんだと思う」とロンがもごもごと言った。「他に、何ができる?」

 スクリンジャーは、何も提案しないようだった。少しの間、ロンを横目で見た後、ダンブルドアの遺書に戻った。

、「『ハーマイオニー・ジーン・グレインジャー嬢へ、「吟遊詩人ビードルの物語の本」を遺す。読んで楽しむと同時に、ためになることを望んで』」

 スクリンジャーは、今度は袋から小さな本を取りだした。綴じ目が汚れ、ところどころ破れていて、上の部屋にある「最も暗い闇魔術の秘密」と同じくらい古い本のようだった。ハーマイオニーは何も言わず、スクリンジャーから受けとった。ハリーは、その本の題名がルーン文字で書いてあるのが分ったが、その読み方を学んだことはなかった。彼が見ていると、涙が一滴、浮きだし模様になった文字の上に落ちて、はねた。

 「なぜダンブルドアが、その本を君に遺したと思うかね、グレインジャーさん?」とスクリンジャーが尋ねた。

 「彼は・・・彼は、私が、本が好きなのを知ってたから」とハーマイオニーが、くぐもった声でいいながら、袖で涙を拭いた。

 「だが、なぜ、特にその本を?」

 「分らない。きっと私が楽しむと思ったんでしょう」

 「君は、暗号とか、秘密の知らせを伝える方法について、ダンブルドアと話しあったことがあるかね?」

 「いいえ、ないわ」とハーマイオニーが、まだ袖で涙を拭きながら言った。「で、もし魔法省が、三十一日かかっても、この本の中に隠された暗号を見つけられなかったのなら、私に、見つけることはできないと思うわ」

 彼女は、すすり泣きを押しころした。彼らは、とてもぎゅうぎゅうに詰めあって座っていたので、ロンは腕を伸ばして、ハーマイオニーの肩にまわすことができなかった。スクリンジャーは、遺書に戻った。

 「『ハリー・ジェイムズ・ポッターへ、』彼が読んだ。ハリーのおなかは、急激な興奮できゅっと引きしまった。「『ホグワーツでの最初のクィデッチの試合で取ったスニッチを遺す。忍耐と技術に対する賞賛の記念として』」

 スクリンジャーが小さな、クルミほどの金色のボールを引きだすと、銀色の羽が弱々しく羽ばたき、ハリーは、とてもがっかりした。

 「なぜダンブルドアは、君にこのスニッチを遺したと思うかね?」とスクリンジャーが尋ねた。

 「全然分らない」とハリーが言った。「あなたが今読み上げたような理由で、多分・・・僕に、忍耐と何とかがあれば・・・できることを思いださせるため・・・」

 「では、君はこれが象徴的な形見にすぎぬと思うのかね?」

 「そう思うけど」とハリーが言った。「でなけりゃ、どんな?」

 「私が質問しているのだ」とスクリンジャーが言って、自分の椅子を、少し彼らのソファに近づけた。外も暗くなってきていた。窓の向こうの大天幕が垣根の上に幽霊のように白くそびえていた。

 「君の誕生日ケーキもスニッチの形だったな」スクリンジャーがハリーに言った。「なぜだ?」

 ハーマイオニーが、あざけるように笑った。

 「まあ、それは、きっとハリーが、すごいシーカーだからじゃないのね。それじゃ、あまりに見え見えだもの」彼女が言った。「きっと砂糖衣にダンブルドアの秘密のメッセージが隠されてるのよ!」

 「砂糖衣の下に、何か隠されているとは思っていない」とスクリンジャーが言った。「だが、スニッチは、小さな物を隠すのにとても都合がよい場所だ。なぜ私が、そう思うのか分るかね?」

 ハリーは肩をすくめた。しかし、ハーマイオニーが答えた。質問されると、がまんできず思わず正しく答えてしまうことが、彼女の中に深く根づいた習慣なのだと、ハリーは思った。

 「スニッチは、皮膚の記憶を覚えているから」彼女は言った。

 「何だって?」とハリーとロンが同時に言った。二人ともハーマイオニーのクィデッチの知識は、ごくわずかだと思っていたのに。

 「そのとおり」とスクリンジャーが言った。「スニッチというものは、解きはなたれるまで、じかに触られていない。作り手でさえ手袋をはめているので触っていない。それは魔法がかかっているので、取った者に異論が出た場合、それに手を置いた最初の人間を見分けることができるのだ。このスニッチは」彼は、小さな金色のボールを持ちあげた。「君の感触を覚えているだろう、ポッター。他の欠点が何であれ、けたはずれの魔法の技を持っていたダンブルドアは、このスニッチに、君に対してしか開かない魔法をかけたのかもしれないと、私は思ったのだ」

 ハリーの心臓の鼓動が早くなった。スクリンジャーの言うことが正しいに違いないと思った。どうやったら、大臣の目の前で、スニッチに、じかに触らないようにできるだろうか?

 「君は何も言わないな」とスクリンジャーが言った。「スニッチの中に何が入っているのか、もう知っているのではないか?」

 「いいえ」とハリーが言ったが、まだ、どうやったら、スニッチに、ほんとうに触らないのに、触ったように見せかけることができるだろうかと考えていた。もし『開心術』を、ほんとうに知っていて、ハーマイオニーの心が読めさえしたらいいのだが。実際、彼の横で、彼女の頭脳がブンブン音をたてて回っているのが聞えるような気がした。

 「受けとれ」とスクリンジャーが静かに言った。

 ハリーは、大臣の黄色い目を見て、従うしかないと分った。手をのばすとスクリンジャーが、また身をのりだして、スニッチを、ゆっくりと慎重に、ハリーの手のひらに置いた。

 何も起こらなかった。ハリーの指がスニッチのまわりに近づくと、小さな羽が羽ばたいて、静かになった。スクリンジャー、ロン、ハーマイオニーは、まだ、それが何かの方法で変身するのを期待しているかのように、なかばハリーの手の中に隠れたボールを熱心に見つづけていた。

 「劇的だった」とハリーが冷淡に言った。ロンとハーマイオニーが笑った。

 「それでは、これで終り?」とハーマイオニーがソファから、よいしょと立ちあがりながら尋ねた。

 「まだだ」とスクリンジャーが、機嫌が悪くなったように言った。「ダンブルドアから君に二つめの遺贈があった、ポッター」

 「何?」とハリーが尋ねたが、興奮の火が、また燃えはじめた。

 スクリンジャーは、今度はわざわざ遺書を読みあげなかった。

 「ゴドリック・グリフィンドールの剣だ」彼が言った。

 ハーマイオニーとロンの二人とも身をこわばらせた。ハリーは、ルビーでおおわれた柄がないかと見まわしたが、スクリンジャーは、剣を革袋から引きださなかった。どっちみちその袋は剣を入れるには小さすぎたが。

 「で、それはどこに?」ハリーは疑いぶかそうに尋ねた。

 「不幸にして」とスクリンジャーが言った。「あの剣は、ダンブルドアの一存で遺贈することはできない。ゴドリック・グリフィンドールの剣は、重要な歴史的工芸品であり、そういうものとして、あれを所有するのはー」

 「あれを所有するのは、ハリーよ!」とハーマイオニーが怒って言った。「あの剣は、彼を選んだ。彼が、あれを見つけたのよ。あれは、組み分け帽子の中から彼のところにやってきたわ、ー」

 「信頼できる歴史的原典によれば、あの剣は、真のグリフィンドール生に値する者なら誰でも、その前にあらわれる可能性がある」とスクリンジャーが言った。「ということは、ダンブルドアがどう決めようが、あれは、ポッター君だけの私有物にはならないのだ」スクリンジャーは、頬の、いい加減なひげ剃り跡をひっかきながら、じっとハリーの様子をうかがった。「君はなぜだと思うかね、ー?」

 「ダンブルドアが、僕に剣をくれようとした理由?」とハリーが、かんしゃくをおこさないように努力しながら言った。「僕の部屋の壁に飾ったら、すてきに見えると思ったからじゃないかな」

 「これは冗談ではないぞ、ポッター!」とスクリンジャーが、がみがみ言った。「ゴドリック・グリフィンドールの剣だけが、スリザリンの後継者を、うち負かすことができると、ダンブルドアが信じたからか? 彼が、君にあの剣を与えたいと望んだのは、ポッター、君が、名前を言ってはいけないあの人をうち負かすよう運命づけられた者だと、ダンブルドアが、他の多数の者たちと同じように、信じたからか?」

 「おもしろい仮説だ」とハリーが言った。「誰か今までに、ヴォルデモートに剣を突きさそうとしたことがあったっけ? 魔法省が、火消しライターを分解したり、アズカバンの脱獄をもみ消したりして時間を浪費するよりか、それ、やらせてみたらいいかも。じゃ、スニッチを壊して開けようとするのが、あなたが事務室に閉じこもってやっていたことなの、大臣? たくさんの人が死んでいる。僕も、その一人になるところだった。ヴォルデモートは、僕を三つの県をこえて追いかけてきた。彼はマッドアイ・ムーディを殺した。でも魔法省からは、それについて何のコメントもない。あったっけ? それなのに、あなたは、まだ僕たちが協力するのを期待しているなんて!」

 「言いすぎだ!」とスクリンジャーが叫んで立ちあがった。ハリーも飛びあがるようにして立った。スクリンジャーは片足を引きずりながらハリーに近づき、杖の先で強くハリーの胸をぐいと突いた

。ハリーのTシャツにタバコの火でつけたような焼けこげた穴があいた。

 「おい!」とロンが言いながら、さっと立ちあがって自分の杖を上げたが、ハリーが言った。「やめろ! 彼に、僕たちを捕まえる言いわけを与えたいのか?」

 「君たちが今、学校にいないのを思いだしたか?」とスクリンジャーが、荒く息をしながらハリーの顔を見つめて言った。「私は、無礼と反抗を許すダンブルドアではないことを思いだしたか? その傷跡を王冠のように身にまとうがいい、ポッター、だが、私に仕事の指図をするのは、十七才の小僧のやることではないぞ! 相手に敬意を表することを学んでもよい頃だ!」

 「あなたが、敬意を受けにふさわしくなってもいい頃だ」とハリーが言った。

 床が震えた。走ってくる足音がした。それから、居間の扉がさっと開いてウィーズリー夫妻が走りこんできた。

 「私たち、ー、私たちは、聞こえたような気がして、ー」とウィーズリー氏が言いはじめが、ハリーと大臣が、ほぼ鼻をつき合わせて向きあっている光景を見て、とても驚いたようだった。

 「はりあげた声が聞えたような気がして」とウィーズリー夫人が、あえぎながら言った。

 スクリンジャーは、ハリーから数歩下がって、ハリーのTシャツにあけた穴をちらっと見たが、かんしゃくをおこしたのを後悔しているようだった。

 「な、ー、何でもない」彼は、うなるように言った。「君の・・・態度は残念だ」彼は言って、もう一度真正面からハリーを見つめた。「君は、君が望む、ー、ダンブルドアが望むことを、魔法省が望んでいないと思っているようだが、われわれは、いっしょに活動するべきだ」

 「あなたのやり方が気にいらないんだ、大臣」とハリーが言った。「覚えてるでしょ?」

 二度目に、彼は右のにぎりこぶしを上げて、スクリンジャーに、手の甲に、まだ白く光る「私は嘘を言ってはいけない」と、つづった傷跡を見せた。スクリンジャーの表情がかたくなになった。彼は、それ以上何も言わず、向きを変えて片足を引きずりながら部屋を出ていった。ウィーズリー夫人が、急いでその後を追いかけた。ハリーには、彼女の足音が、裏口の扉のところで止まるのが聞えた。一分ほどして、彼女が大声で言った。「行ってしまったわ!」

 「彼は、何をしてほしかったのかい?」ウィーズリー氏が、ハリー、ロン、ハーマイオニーを見ながら尋ねた。そのときウィーズリー夫人が急いで戻ってきた。

 「ダンブルドアが僕たちに遺したものを渡しに」とハリーが言った。「魔法省は、遺書にあった品物を放出したところなんだ」

 外の庭で、誕生日の食事会のテーブルごしに、スクリンジャーが彼らに渡した三つの品物が手から手へ手渡された。誰もが、火消しライターや「吟遊詩人ビードルの物語」に歓声を上げ、スクリンジャーが剣を渡すのを拒んだのを嘆いた。けれど、なぜダンブルドアがハリーに古ぼけたスニッチを遺したのかの理由を思いついてくれる人は、誰もいなかった。ウィーズリー氏が、火消しライターを三度目か四度目かに調べたとき、ウィーズリー夫人がためらいがちにハリーに言った。「ね、ハリー、みんなとてもおなかがすいてるの。あなたがいないのに始めたくはなかったから・・・お食事にしましょうか?」

 みんな、かなり焦って食べ、声をそろえて「誕生日おめでとう」と急いで言って、ケーキをがつがつ食べて、パーティはお開きになった。ハグリッドは、翌日の結婚式にも招かれていたが、のばしすぎた『隠れ家』で寝るには巨大すぎたので、隣の野原で自分用のテントを立てにいった。

 ウィーズリー夫人が庭をいつもの状態に戻すのを手伝っているときに、「上に来て」ハリーがハーマイオニーにささやいた。「みんなが寝た後で」

 上の屋根裏部屋で、ロンは火消しライターを調べ、ハリーは、ハグリッドがくれたロバの皮の袋に、黄金ではないが、彼がとても貴重に思っているものを、いっぱい詰めたが、その中には、明らかに価値がないものもあった。盗人たちの地図、シリウスの魔法の鏡の破片、それにR.A.Bのロケットだ。彼は、ひもをぎゅっと引っぱり、首にかけた。それから古いスニッチを持って座り、その羽が弱々しく羽ばたくのを見ていた。やっとハーマイオニーが扉を軽くたたいて、忍び足で入ってきた。

 「ムフリアト(聞かれなくせよ)」彼女が、階段の方に杖をふって、ささやいた。

 「君は、その呪文使うの賛成しなかったんじゃないか?」とロンが言った。

 「時代が変わったの」とハーマイオニーが言った。「さあ、火消しライターを、やって見せて」

、ロンはすぐに期待にこたえて、それを自分の前に高くかかげて、カチッと押した。部屋のただ一つのランプがすぐに消えた。

 「それは」とハーマイオニーが暗闇の中でささやいた。「ペルー産の瞬間暗闇粉で、できることよ」

 小さなカチッという音がして、ランプが発する光の玉が天井に飛び、すぐにまた彼らを照らした。

 「でも、これ、かっこいいよ」とロンが少し守りの体制に入って言った。「それに、聞いた話からすると、ダンブルドアが自分で発明したらしいし!」

 「分ってる。でも、彼は、私たちが明かりを消すのを手伝うために、遺書の中であなたを選びだしたわけじゃないと思うの!」

 「彼は、魔法省が、遺書を押収して、僕たちに遺した物をみんな調べると予想していたと思う?」とハリーが尋ねた。

 「ぜったいに予想してたと思うわ」とハーマイオニーが言った。「だから彼は、なぜこういう物を私たちに遺したか、遺書の中で言うことができなかったのよ。でも、それにしても、まだ分らない・・・」

 「・・・なぜ彼が生きているあいだに、ヒントを与えることができなかったのか?」とロンが尋ねた。

 「うーん、そのとおりよ」とハーマイオニーが、「吟遊詩人ビードルの物語」をぱらぱらとめくりながら言った。「もし、こういう物が、魔法省の鼻先をかすめて伝えられるほど重要なら、私たちに、その理由を知らせてくれてもよかったのに・・・彼が、その理由はすぐ分ると考えたのでなければね」

 「それなら、彼は、まちがったふうに考えたんじゃないか?」とロンが言った。「僕は、いつも彼は気がくるってると言ってただろ。すごく頭が切れたりなんかするけど、いかれてるよ。ハリーに古ぼけたスニッチを遺すなんて、ー、いったいぜんたい何のため?」

 「さっぱり分らない」とハーマイオニーが言った。「スクリンジャーが、それを、あなたに持たせたときね、ハリー、私、ぜったいに何かがおこると思っていたのよ!」

 「うん、ええと」とハリーが言った。スニッチを指のあいだに、はさんで持ちあげていると、脈が速くなってきた。「僕は、スクリンジャーの前では、そんなに一生懸命やらなかったんじゃないかな?」

 「どういうこと?」とハーマイオニーが言った。

 「僕が、いちばん最初のクィデッチの試合で取ったスニッチだろ?」とハリーが言った。「覚えてない?」

 ハーマイオニーは、わけが分からないだけのようだった。けれどロンは、はっと息をのんだ。半狂乱でハリーからスニッチへと指さすのをくりかえしていたが、やっと声が出せるようになって言った。

 「それ、君が、もう少しで飲みこみそうになったやつだ!」

 「その通り」とハリーが言った。心臓がどきどきしていたが、スニッチを口に押しつけた。

 それは開かなかった。欲求不満と、苦い失望感が、体の中にわき上がってきた。そして金色の球を持った手を下ろした。けれどそのときハーマイオニーが叫び声をあげた。

 「書いてある! そこに何か書いてあるわ、早く、見て!」

 ハリーは、驚きと興奮とでスニッチを取りおとしそうになった。ハーマイオニーの言うとおりだった。ハリーがダンブルドアの筆跡だと認めた、細い斜めの書体で、いくつかのことばが、数秒前には何もなかった、なめらかな金色の表面に彫られていた。

 「われは、終りに開く」

 それを読んだか読まないかのうちに、ことばは、また消えた。

 「『われは、終りに開く』・・・これ、どういう意味?」

 ハーマイオニーとロンは、まごついたように首を横にふった。

 「われは終りに開く・・・終りに・・・われは終りに開く・・・」

 けれど、彼らが、そのことばを何度くりかえしても、どんなに違った抑揚をつけて言ってみても、それ以上の意味を絞りだすことはできなかった。

 彼らが、とうとうスニッチの銘から意味を見ぬこうとする企てをあきらめたとき、「それに剣だ」とロンが最後に言った。「どうして、彼はハリーに剣を持たせたかったんだろ?」

 「それに、どうして彼は、僕にただ言うだけのことができなかったんだろう?」ハリーが静かに言った。「あの剣は、あそこにあった。去年、僕たちが話しているあいだ中ずっと、彼の部屋の壁にかかっていたんだ! もし、僕に持たせたかったのなら、なぜそのときにくれなかったんだろう?」

 彼は、答えられるはずの質問を前にして試験に臨んでいるような気がした。頭の働きはゆっくりで鈍かった。去年、ダンブルドアとの長い話しあいの中で、見おとしていることが何かあるのだろうか? 遺された物全部が意味することが分って当然なのだろうか? ダンブルドアは、ハリーが分ると期待していたのだろうか?

 「それにね、この本について言えば」とハーマイオニーが言った。「『吟遊詩人ビードルの物語』・・・私、そんなの聞いたこともないわ!」

 「『吟遊詩人ビードルの物語』を聞いたことがないんだって?」とロンが信じられないように言った。「冗談だろ?」

 「いいえ、聞いたことないわ!」とハーマイオニーが、驚いて言った。「それじゃ、あなた知ってるの?」

 「ええと、もちろん知ってるさ!」

 ハリーは、自分の考えから注意をそらされて見あげた。ハーマイオニーが読んだことのない本を、ロンが読んでいたという状況は、先例がないものだった。けれど、ロンは、二人が驚いているので、まごついているようだった。

 「ねえ、やめてよ! 昔の子どもの物語は、みんなビードルのじゃないか? 『幸運の泉』・・・『魔法使いと飛びはねる壺』・・・『ウサギのバビティ・ラビティとおしゃべりな切り株』・・・」

 「も一度、言って」とハーマイオニーが、くすくす笑いながら言った。「最後のは何だっけ?」

 「いい加減にしろよ!」と、ロンが信じられないように、ハリーからハーマイオニーへと顔を向けて見た。「バビティ・ラビティを聞いたことあるに決まってるよ、ー」

 「ロンったら、ハリーと私が、マグルの中で育ったこと、あなた、よーく知ってるでしょ!」とハーマイオニーが言った。「私たちは小さい頃、そんなお話、聞いたことがないの。私たちが聞いたのは、『白雪姫と七人のこびと』とか『シンデレラ』、ー」

 「なんだい、それ、病気の名前?」とロンが尋ねた。

 「それじゃ、これって子ども用のお語なの?」とハーマイオニーが尋ねて、またルーン文字の上にかがみこんだ。

 「うん」と、ロンが自信なさそうに言った。「つまり、君が聞いたとおりだよ。ほら、こういう昔話はみんなビードルから来てるんだ。最初の版ではどんなだか知らないけど」

 「でも、なぜダンブルドアは、私がこれを読むべきだと思ったのかしら?」

 何か下できしむ音がした。

 「多分チャーリーだよ。ママが寝たから、こっそり髪をまた生やそうとしてるんだ」とロンが心配そうに言った。

 「ともかく、私たち寝なくちゃ」とハーマイオニーがささやいた。「明日、寝すごすわけにはいかないから」

 「そうだね」と、ロンが同意した。「花婿の母による残虐な三重殺人なんてことになったら、結婚式をだいなしにするからね。明かりを消すよ」

 そして、ハーマイオニーが部屋を出ると、もう一度、火消しライターをカチッと押した。

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