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第三十軍団の百人隊長 ==== 第三十軍団の百人隊長 ダンはラテン語に悪戦苦闘して抜けられないでいた。そこでユナは一人で「遠い森」に行った。ダンの大きなY字形のパチンコと鉛のたまは、ホブデンじいさんが作ってくれたのだが、森の西のブナの古い切り株のくぼみに隠してあった。二人は、そこに「古きローマの歌」の詩にちなんだ名前をつけていた。 堂々たるヴォラテレ(ローマ帝国に征服された古代エトルリアの街)から 有名な隠れ人が顔をしかめる。 そこは、巨人の手により積み上げられた場所 古代の神のような王たちのために。 二人は「神のような王たち」であり、ホブデンじいさんが大きな木の根元の間に下生えをいごこちよく積み上げてヴォラテレを作ってくれたとき、二人は、じいさんを「巨人の手」と呼んだ。 ユナは垣根の間の秘密のすきまをすべっていって、じっと座り、できるだけ顔をしかめ、やり方を知っている限り堂々としてみせた。「ヴォラテレ」というのは、ちょうど「遠い森」が、丘から突き出ているように「遠い森」から突き出た大事な物見の塔だった。その下にプークの丘が広がり、ウィリングフォード森から出た小川が、ホップ畑の間を曲がりくねって、鍛冶場のホブデンじいさんの小屋まで流れていった。南西の風が、(いつもヴォラテレのため風があったが、)木のない尾根からチェリークラックの水車があるところまで吹いていた。 風は、森の間を音を立てて吹いていて、わくわくするようなことが起こりそうだった。だから、風の強い日はヴォラテレに立って、風の音に合うように「歌」の一部を、大声で叫ぶのだ。 ユナはダンのパチンコを秘密の場所から出してラルス・ポルセナ軍に出会う準備をして、小川のそばの風が吹きつけるアスペンの木々をすかしてのぞき見た。突風が谷から吹き上がってきた。ユナは悲しげな声で叫んだ。 ベルベナはオスティアまで下り 草原をすべて荒らした。 アストゥルはジャニクルムを嵐のように襲い 頑丈な守備兵が殺された。 けれど、風は森にまっすぐに吹きつけないで横にそれはじめ、グリソンの牧草地のたった一本のオークの木をゆらした。そこで、その木は草原の中で小さくなって身をかがめ、木の先を、ネコが跳ぶ前に尾の先を振るように、振っていた。 「さあ、ようこそ ー ようこそセクストゥス」とユナが歌いながら、パチンコにたまを当てた ー さあ、ようこそそなたの家へ なぜ、そなたは留まり、顔をそむけるのか? ここにローマへ続く道があるのだ。 ユナは、パチンコのたまを風が小やみになったところに発射した。おくびょうな風を起こそうとしたのだ。すると牧草地のイバラの茂みからうなり声が聞えた。 「あっ、しまった!」彼女は大声で言ったが、その言い方はダンから聞き覚えたものだった。「グリソンの雌牛をくすぐったと思ったのに」 「チビの入れ墨族め!」と叫ぶ声がした。「おまえの主人に射るやり方を教えてやる!」 ユナが、とても慎重に見おろすと、遅咲きのエニシダの中で輝く青銅の輪のよろいを着た若い男がいた。彼女が、何よりもすてきだと思ったのは、大きな青銅のかぶとで、それには赤い馬の尾がついていて風にそよいでいた。ちらちら輝く肩当てに当たって、長い尾がさらさらいうのが聞えた。 「フォーンが言ったのは、どういう意味だ」彼は、なかばひとりごとのように大きな声で言った。「入れ墨族は変わったと言ったが?」彼は、ユナの黄色の髪の毛をちらっと見た。「君は、入れ墨族の鉛の射手を見たか?」と呼びかけた。 「いいえ ー」とユナが言った。「でも、あなたが、たまを見たのなら ー」 「見た、だと?」と男が叫んだ。「間一髪で俺の耳に当たるところだった」 「あのう、それ、私がやったの。ほんとうにごめんなさい」 「俺が来ると、フォーンが言わなかったのか?」彼はほほえんだ。 「それがパックのことなら、言わなかった。私、あなたがグリソンの雌牛だと思ったの。私 ー 私、知らなかったの、あなたが、 ー ー あなたは誰?」 彼は大声で笑ったので、見事な歯並びが見えた。その顔と目は黒っぽく、眉毛は大きな鼻の上でつながってふさふさした黒い一本の棒になっていた。 「パルネシウスと呼ばれている。俺は、第三十軍団 ー ウルピア・ビクトリクスの第七歩兵隊の百人隊長だった。君が、あのたまを射たのか?」 「ええ。私、ダンの石を投げるパチンコを使ったの」とユナが言った。 「石を投げるもの!」と彼が言った。「そのことなら知っていてもよかったのに。見せてくれ!」 彼は、槍と盾とよろいをガチャガチャ言わせて荒い垣根を跳び越え、影のようにすばやくヴォラテレの上にあがってきた。 「二股の枝の投石機だな。分かった!」彼は叫んだ。そしてゴムを引っぱった。「だが、こんなによく伸びる皮を持つのは、どんなすばらしい獣か?」 「それはゴムよ。その輪にたまをはさんで、それから強く引っぱるの」 男は引っぱったが、親指の爪を直撃してしまった。 「人それぞれ自分の武器がふさわしい」彼は重々しく言いながら、パチンコを返した。「俺は、もっと大きな武器の方が得意なんだ、おじょうちゃん。だが、そいつは、よくできた遊び道具だな。オオカミは笑うぞ。君はオオカミが恐くないのか?」 「いないもの」とユナが言った。 「信じられん! オオカミは、羽のついたかぶとのサクソンと同じだ。(注:実はWinged Hatはケルトだが慣習的にサクソン)思わぬときにやってくる。このあたりではオオカミ狩りをしないのか?」 「狩りはしないの」とユナが、大人から聞いたことを思い出しながら言った。「クジャクを ー 保護するために。クジャクって知ってる?」 「もちろん」と若い男は、またほほえみながら言った。そして、雄のクジャクの鳴声をとても上手に真似たので、森から、それに答える鳥の声がした。 「クジャクとは、なんとけばけばしく騒々しいおろかものよ」と彼は言った。「ローマ人にも、そんなのがいるぞ!」 「でも、あなたローマ人でしょ?」とユナが言った。 「そうでもあり、そうでもない。俺は、画でしかローマを見たことがない多くの者の一人だ。俺の一族は何世代もベクティスに住んできた。天気のいい日には、かなり遠くからでも見える向こうの西の島だ」 「ワイト島のこと? あれは、ちょうど雨の前に浮き上がるから、下の方から見えるわ」 「たしかに見えそうだ。俺たちの屋敷は島の南の端、『崩れた崖』のそばにある。その大部分は三百年前のものだ。牛小屋は、最初の祖先が住んだところだが、それより百年古いにちがいない。ああ、その通り。わが一族の創始者は土地を入植地でアグリコラから得たからだ。そこは、なかなか広い場所だ。春にはスミレが浜一面に茂る。俺は、海草を自分のために、スミレを母のために乳母と摘んだことがよくあった」 「あなたの乳母って ー やっぱりローマ人だったの?」 「いやヌミディア人だ。神よ、彼女とともにいませ給え! 愛すべき太った褐色の者で、雌牛につけた鈴のような声だった。彼女は自由民だった。ところで、君は自由民か、おじょうちゃん?」 「ええ、そうよ」とユナが言った。「少なくともお茶の時間まではね。それに、夏には私たちが遅くなっても家庭教師はあんまり怒らないし」 若い男はまた笑った。- よく分かるよという笑いだった。 「なるほど」と彼が言った。「それで、君が森にいる説明がつく。俺たちは崖のあいだに隠れたものさ」 「それじゃ、あなたにも家庭教師がいたの?」 「いたとも。ギリシア人だった。彼女は衣のすそをうまくつかんで俺たちをハリエニシダの茂みの中へ追っかけてきた。その格好がおかしくて俺たちは笑ったよ。それから俺たちをむちでぶつと言った。そんなことをしたことはないがね。彼女に祝福を! アグライアは、知識があったにもかかわらず完璧に運動が得意な人だった」 「でもどんな勉強をしたの - あなたが小さい頃?」 「古代史、古典、算術、などだ」彼は答えた。「俺と妹はできが悪かったが、兄と弟は(俺はまんなかだったんだが)、勉強が好きで、もちろん母は、六人家族のうちで誰にも劣らず賢かった。彼女は俺と同じくらい背が高く、西街道の新しい像に似ていた - ほら、豊穣の女神デメテルだよ。それにおかしかったよ! 母は俺たちを笑わせたんだ!」 「どんなことで?」 「どこの家族にもあるちょっとした冗談や言い方でね。分からないか?」 「うちの家族のは分かるわ。でも他の人たちもそういうのがあるって知らなかった」とユナが言った。「あなたの家族のことみんな教えて、お願い」 「よい家族は、とてもよく似ているものだ。母は夜ごと座って糸をつむいでいた。そのあいだアグライアは彼女の場所で本を読んでいた。父は勘定書をつくり、俺たち子ども四人は廊下を走り回っていた。俺たちがあまりに騒々しくなると、おやじが言ったものだ。『静かに! 静かに! 父親の子どもに対する権利のことを聞いたことがあるか? 父親はわが子を殺すことができるのだよ。わが愛する者たちを ー 殺すことができるのだ。そして神は、その行為を高く評価なさるのだ!』すると母が糸巻き車の向こうからとりすました口調で言ったものだ。『まあ! あなたにはローマの父親らしいところは、それほどあるはずがないわ!』すると、おやじは勘定書を巻いて言ったものだ。『見せてやる!』そして、それから - それから彼が俺たち子どもの誰より騒々しくなったものだ!」 「お父さんってそうよ - もしその気になればね」とユナが目をきらめかせて言った。 「よい家族は、とてもよく似ているものだと、言わなかったか?」 「夏には、何をしたの?」とユナが言った。「私たちのように遊びまわったの?」 「ああ、それと友だちのところに遊びに行った。ベクティスにはオオカミはいない。友だちは大勢いたし、俺たちが欲しいだけのポニーもいた」 「きっと楽しかったでしょうね」とユナが言った。「それがずっと続くといいわね」 「そうではないんだ、おじょうちゃん。俺が十六、七になったとき、父が痛風になったので、家族で温泉に行ったんだ」 「どこの温泉?」 「アクエ・スリスだ。誰でもそこへ行く。いつかお父さんに連れて行ってもらうべきだ」 「それ、どこ? 知らないわ」とユナが言った。 若い男は一瞬びっくり仰天したようだった。「アクエ・スリスだよ」彼はくり返した。「ブリテンで最高の温泉だ。ローマと同じくらいいいと聞いている。熱心な老人たちが熱い風呂につかって、スキャンダルや政治談議をしている。司令官たちが警護兵を引き連れて通りをやってくる。行政官たちが、しゃっちょこばった護衛兵を従えて、いすに座っている。それから人生占い師や、鍛冶屋に商人、哲学者と羽飾り売り、それから過激なローマ系ブリトン人と過激なブリトン系ローマ人、市民のふりをしている礼儀をわきまえた部族の民、ユダヤ系の教師にも会える。それから - ああ、皆おもしろい者ばかりだ。もちろん、俺たち若い者は政治に興味はない。痛風でもない。俺たちくらいの年の者もたくさんいた。俺たちは人生が悲しいとは思っていなかった。 「だが、俺たちが深く考えずに楽しんでいるあいだに、妹は西から来た行政官の息子に出会った ー それから一年後、彼女は彼と結婚した。弟は、いつも植物や根っこに興味を持っていたが、イスカシルルムから来た軍団の一等軍医に出会い、軍医になることに決めた。俺は、それは育ちのいい男の職業ではないと思っていたが、まあ - 俺は弟ではない。彼はローマへ行き医学を学び、今はエジプトの軍団の一等軍医だ - アンティオネにいる、と思う。しばらく便りがないが。 「兄は、ギリシア人の哲学者に出会い、農夫兼哲学者として、うちの農場に落ち着くつもりだと父に言った。ほら、」 - 若い男の目がきらめいた - 「兄の哲学者は長い髪だったんだ!」 「哲学者って禿げてると思ってたわ」とユナが言った。 「皆がそういうわけではないよ。彼女はとてもきれいだった。兄を責める気はない。兄がそうしたのは、なにより俺に都合のいい事だった。俺は軍団に入りたくてしかたがなかったからだ。俺はいつも家に残って農場の面倒を見なくてはならないのではないかと恐れていたが、兄がそうすることになった」 彼は、大きな輝く盾を軽くたたいた。それはまったく邪魔になっていないようだった。 「だから、俺たちは皆、満足した - 俺たち子どもはな - それから、森の道を通ってとても静かにクラウセントゥムへ帰った。だが、俺たちが家に着くと家庭教師のアグライアが、俺たちがどうなったかを知った。彼女が戸口で頭上にたいまつを掲げ、俺たちが崖の道から上ってくるのを見つめていたのを覚えている。『まあ、悲しい!』彼女は言った。『あなた方、出かけたときは子どもだったのに、帰ってきたときは大人になってしまって!』それから彼女は母にキスをして、母は泣いた。こうして温泉へ行ったことで、俺たちの進路がそれぞれ決まったんだよ、おじょうちゃん」 彼は立ち上がって、盾の縁にもたれて耳をすませた。 「あれは、ダン - 私の兄だと思うわ」とユナが言った。 「そうだ、それとフォーンが一緒だ」彼が答えた。そのとき、ダンがパックと一緒に雑木林のあいだをかきわけながらやってきた。 「もっと早く来るはずだったんだが」とパックが呼びかけた。「君の母語の美しさが、おおパルネシウスよ、この若い市民をとりこにしたのだ」 パルネシウスはわけが分からないようだった。ユナが説明したのだけれど。 「ダンはね、dominusの複数形はdominoesだと言ったの。で、ブレイク先生が違うと言ったら、兄は『バクギャモン(西洋すごろく)』だと思うと言ったので、二回清書しなくちゃならなかったの - ほら、生意気だからってね」 ダンは、ヴォラテレに上ってきた。暑くて息を切らせていた。 「ほとんどずっと駆けてきたんだよ」彼はあえぎながら言った。「そしたら、パックに会ったんだ。はじめまして、ごきげんいかがですか?」 「元気だよ」パルネシウスが答えた。「ほら! 俺は、ユリシーズ(オデュッセウス)の弓を曲げようとしたんだ、だが -」彼は、親指を上げて見せた。 「お気の毒に。きっと早くゴムを放しすぎたんだ」とダンが言った。「でもパックが、あなたがユナにお話をしてると言ったんだ」 「続けてくれ、おおパルネシウスよ」とパックが、彼らの上の枯れ枝にちょこんと腰掛けて言った。「俺が、コロス(古代ギリシアの合唱と踊りで筋を解説)をやろう。彼の話で分からないところがたくさんあったか、ユナ?」 「いいえ少しも、ただ - アク - アクなんとかが、どこか分からなかった」彼女が答えた。 「ああ、アクエ・スリス。バースのことだ。バースバン(丸くて甘いパン)の発祥の地だよ。ヒーローに話を続けてもらおう」 パルネシウスはパックの足に槍を突き出すふりをしたが、パックは手を伸ばして馬の尾の毛の飾りを持って、丈の高いかぶとを引っぱりあげた。 「ありがとう、道化者よ」とパルネシウスが、黒っぽい巻き毛の頭を振りながら言った。「このほうが涼しい。さあ、それを俺のために掛けておいてくれ・・・ 「俺は、君の妹に、どうやって俺が軍団に入ったかを話していたんだ」彼はダンに言った。 「試験に合格しなくちゃならなかった?」ダンが熱心に尋ねた。 「いや、俺は父のところに行ってダシアン騎馬隊(ドナウ地方から来た騎馬隊)に入りたいと言った。(アクエ・スリスで見たんだ。)だが父は、ローマから来た正規軍に入隊することからはじめた方がいいと言った。ほら、まわりの若いやつらと同じように俺もローマのものはあまり好きではなかったのだ。ローマ生まれの司令官や行政官は、俺たちブリテン生まれを、まるで異邦人のように見下した。俺は父にそう言ったんだ」 「『それは分かっている』と父は言った。『だが、結局われわれは古い血筋の出であり、われわれは帝国に尽くす義務があるということを忘れるな』 「『どちらの帝国に?』と俺は尋ねた。『私が生まれる前に、ワシは裂かれました』 「『それは、どこの泥棒の話だ?』と父が言った。父は俗語が嫌いだった。 「『それはですね』と俺は言った。『ローマに皇帝が一人います。が、ときどき地方の属州に何人皇帝が立つのか、私には分かりません。誰に従えばいいのですか?』 「『グラティアヌスだ』と彼が言った。『少なくとも彼は狩りが好きなスポーツマンだ』 「『彼はそれだけの人間です』と俺は言った。『彼は、生肉を食べるスキタイ人に変わってしまったのでは?』 「『どこで聞いた?』とおやじが言った。 「『アクエ・スリスで』と俺が言った。それはまったくの真実だった。この高貴なグラティアヌス帝は毛皮を着たスキタイ人を護衛にしていて、彼らをたいそう気に入っていたので、彼らと同じような服装をしていたのだ。世界中の他でもないローマで! それは、俺のおやじが青い入れ墨をすると同じくらいひどいことだ! 「『着る物がどうあれ』とおやじが言った。『そんなことは問題のほんの一端だ。問題は私やお前の時代の前に始まった。ローマは、その神々を捨てたために罰せられるに違いない。入れ墨族との大戦争は、われらの神々の神殿が破壊されたちょうどその年に起こった。われわれの神殿が再建されたちょうどその年に、われわれは彼らを打ち負かした。時代をさらにさかのぼると・・・』彼はディオクレティアヌスの時代にさかのぼった。彼が言うことを聞いていると、ほんのわずかの人々が少しばかり寛容だったために、永遠なるローマ自身が滅びる瀬戸際にあるという気になった。 「『私は、そういうことは何も知りません。アグライアはわれわれの国の歴史は教えてくれませんでした。彼女は、古代ギリシアで頭がいっぱいでしたから』 「『ローマに希望はない』とおやじが、ついに言った。『ローマは、その神々を捨てた。だがもし神々が、ここにいるわれわれを許してくれれば、われわれはブリテンを救えるかもしれない。そのために、われわれは入れ墨族を押し返さなければならない。だから、父として、おまえに言うのだ、パルネシウスよ、もしおまえが軍団に入ると決心したなら、おまえのいるべき場所は防壁の兵士たちのあいだであり - 都会の女たちのあいだではない』」 「防壁って?」とダンとユナが同時に尋ねた。 『父は、ハドリアヌスの防壁と呼ばれているもののことを言ったのだ。それについては後で話そう。それはずっと昔に、入れ墨族 - 君たちはピクト族と呼んでいるが、- を遠ざけておくためにブリテンの北を横切って建てられた。父は大ピクト戦争で戦った。それは二十年以上続き、彼は戦いとはどういうことかを知った。俺が生まれる前に、偉大な司令官の一人であるテオドシウスがはるか北方にちっぽけなけだものたちを追い払った。もちろん南に下ったベクティスでは、やつらに頭を悩まされることはなかった。だが、彼が、そう話したとき、俺は彼の手にキスして命令を待った。俺たち、ブリテン生まれのローマ人は、両親に対する義務を心得ている」 「もし僕が父の手にキスしたら、笑われるよ」とダンが言った。 「習慣は変わる。だが、もし父親に従わなかったら、神がそれを覚えている。それは確かなことだ。 「俺たちの話し合いの後、俺が熱心なのを見て、おやじは俺をクラウセントゥムにやって、外国からの補助兵だらけの兵舎で歩行訓練を学ばせようとした - 彼らは、かつてよろいの胸当てを磨いたうちで、風呂にも入らずひげもそらない様々な異邦人の群れだった。彼らに、何らかの隊形をとらせようとするには、腹を杖で突くか、顔に盾を当てるかしかなかった。俺がやり方を覚えると、俺の指導者に、一握りの兵を与えられた - まったく一握りの厄介者たちだった - 彼らはガリアやイベリアから来て仕込まれてから、奥地へ送り込まれるのだ。俺は全力を尽くした、で、ある晩、郊外の屋敷が火事になり、俺は、他の部隊より早く自分の一握りの部隊をやって働かせた。俺は、芝生に静かな表情の男が杖に寄りかかっているのに気づいた。彼は、俺たちが池から水のバケツリレーをしているのを見ていたが、最後に俺に言った。『君は誰だ?』 「『命令を待っている見習い』と俺は答えた。俺の方は、彼が人類の祖デウカリオン(ギリシア神話のノア)の子孫の誰なのか知らなかったのだ! 「『ブリテン生まれか?』彼は言った。 「『はい、もし、あなたがスペイン生まれなら』と俺は言った。というのは彼は単語をイベリアのラバがいななくようにしゃべったからだ。 「『それで、家ではなんと呼ばれている?』彼は笑いながら言った。 「『場合によりけり』俺は答えた。『ときにはある名、ときには別の名。だが俺は今忙しい』 「俺たちが家族の神たちの像を救い出すまで(彼らは尊敬すべき家の守護神だ)、彼は何も言わなかった。それから月桂樹の茂みの向こうでうなるように言った。『聞け、「ときにはある名、ときには別の名」の君、この先、自分を第三十軍団、ウルピア・ビクトリクスの第七歩兵隊の百人隊長と名乗れ。そうすれば、私が君を思い出す助けになろう。君の父親と他の数人の者は、私をマキシムスと呼ぶ』 「彼は、俺に、自分がもたれていた磨かれた杖を放ってよこし、行ってしまった。そうやって俺はノックダウンされた!」 「彼は誰?」とダンが言った。 「偉大な総督、マキシムスその人だ! ピクト戦争でテオドシウスの右腕だったブリテンの総督だよ! 彼は、俺に直接、百人隊長の杖をよこしたばかりか、正規軍団で三階級も上げてくれたのだ! 新入りは普通、軍団の第十歩兵隊から始めて、上がっていくのだ」 「じゃ、あなたは喜んだ?」とユナが言った。 「とても。俺は、マキシムスが、俺のルックスがいいのと、行進の仕方がうまいのとで選んだのだと思った。だが家に帰ると、おやじが、大ピクト戦争でマキシムスに仕えたので、息子に目をかけてやってくれと頼んだのだと言った」 「君は子どもだったな!」とパックが上から言った。 「そうだ」とパルネシウスが言った。「そこを突っ込むな、フォーン。その後 - 俺がせしめた獲物を放り出したのは確かなのだから!」するとパックが、褐色の手に褐色のあごを乗せ、大きな目をじっと動かさずにうなずいた。 「俺が出発する前夜、俺たちは先祖にいけにえをささげた - いつものささやかな家のいけにえだ - だが、あらゆる良き霊たちに、俺があれほど熱心に祈ったことはなかった。それから俺は父と一緒に小船でレヌムに行き、チョークの丘を越えて東に向かい、向こうのアンデリダに行った」 「レヌム? アンデリダ?」子どもたちは、振り向いてパックを見た。 「レヌムはチチェスターだ」と彼が言って、チェリークラックの方を指した。それから - 腕を後ろの方に伸ばして - 「アンデリダはペベンシーだ」 「またペベンシーだ!」とダンが言った。「ウィランドが着いたとこ?」 「ウィランドと他の何人かがね」とパックが言った。「ペベンシーは新しい場所ではない - 俺と比べてさえも!」 「第三十軍団の本部は夏にはアンデリダにあったが、俺の第七歩兵隊は北の防壁の方に所属する。マキシムスが、アンデリダの補助兵軍 - アブルチ軍だったと思うが - を視察したので、俺たちは彼の元にいた。彼と俺の父とはとても古くからの友だちだったからだ。三十日しか経たないときに、俺は、俺の歩兵隊の三十人を連れて北へ行くように命じられた」パルネシウスは楽しそうに笑った。「誰でも最初の行軍は忘れないものだ。俺の軍の一握りの兵を率いて駐屯地の北門をくぐって、そこで護衛兵や勝利の神の祭壇に敬礼するとき、俺は、どの皇帝よりもしあわせだった」 「どうやって? どうやって?」とダンとユナが言った。 パルネシウスはにっこり笑って、立ち上がった。よろいがきらめいていた。 「いざ!」と彼が言った。そして、ゆっくりと美しい動きのローマ式敬礼をした。最後に、盾が両肩のあいだの定位置に来るときガランとうつろな音が響いた。 「見事だ!」とパックが言った。「ものを思わせる!」 「俺たちは完全武装で出かけた」とパルネシウスが、また座って言った。「だが道から『大きな森』に入るとすぐ、部下は荷馬に自分たちの盾を背負わせようとした。『だめだ!』と俺は言った。『アンデリダでは女のような格好をしてもいいが、俺の元にいるときは自分の武器とよろいは自分で運べ』 「『でも暑い』と部下の一人が言った。『医者もいない。もし日射病や熱射病になったら?』 「『なら死ぬがいい』と俺は言った。『そうすりゃローマにとってはちょうどいい厄介払いさ! 盾を上げろ - 槍を上げろ、履物のひもを締めろ!』 「『もうブリテンの皇帝になった気でいるのはよしてくれ』と一人が叫んだ。俺は、槍の台尻で彼をぶっとばした。それから、このローマ生まれのローマ人たちに、もしこれ以上困らせたら一人減らして進軍すると説明した。太陽の光にかけて、そうするつもりだと! クラウセントゥムの粗野なガリア人の部下たちは、俺に対して決してそんな態度はとらなかった。 「そのとき、雲のように静かにマキシムスがシダの茂みから馬に乗って現れた。(父がその後ろにいた。)そして、手綱を御して道を渡ってやってきた。彼は、もう皇帝になったかのように紫の衣を着ていた。すね当ては金の紐のついた白いシカ皮だった。 「俺の部下たちは、ばたっとその場に倒れた - ヤマウズラのように。 「彼は、少しのあいだ何も言わず、目を細めて、見ていただけだった。それから人差し指を曲げたので、部下たちは、片端に歩いていった - 這っていった、という意味だが。 「『日の光の中に立て、子どもたち』と彼が言った。部下たちは、固い道の上に整列して立ち上がった。 「『何をしようとしていたのか?』と彼は俺に聞いた。『もし私がここに来なかったら?』 「『私は、あの男を殺していたかもしれません』と俺は答えた。 「『では今殺せ』と彼が言った。『その男は、ほんの少しも動いてはならぬ』 「『いいえ』と俺は言った。『あなたは、私の部下を、私の指揮下から取り上げました。もし私が今彼を殺せば、私はあなたの死刑執行人でしかなくなります』とな。君は、俺の言う意味が分かるか?」パルネシウスはダンの方を向いた。 「うん」とダンが言った。「それは、フェアじゃないよ、何ていうか」 「俺も、そう思ったのだ」とパルネシウスが言った。「だがマキシムスは顔をしかめた。『君は、皇帝にはなれぬ』彼は言った。『総督にもなれぬ』 「俺は黙っていたが、父は喜んでいるようだった。 「『私は、ここにおまえを見送りにきたのだ』と父が言った。 「『君が見たように』とマキシムスが父に言った。『私は、君の息子の手助けはいらぬ。君の息子は、軍団の司令官として生き、死ぬだろう - 属州の長官になるかもしれぬ。さあ、ともに食べ飲もう』彼は俺に言った。『君が食べ終わるまで、部下は待たせておけ』 「俺のみじめな三十人の部下は、暑い太陽に照らされて輝く葡萄酒の皮袋のように立っていた。マキシムスは、部下が食事のしたくを整えた場所に父と俺を連れていった。彼が自分で葡萄酒を混ぜた。 「『今から一年後』と彼が言った。『君は座ったことを思い出すであろう、ブリテン - とガリアの皇帝とともにな』 「『はい』とおやじが言った。『あなたは二頭のラバを御すことができるでしょう - ガリアとブリテン』 「『今から五年後、君は飲んだことを思い出すであろう』 - 彼は俺に杯を渡した。その中には青いルリチシャの葉が入っていた - 『ローマ皇帝とともにな!』 「『いいえ、あなたは三頭のラバを御することはできません。三頭は、あなたをばらばらに引き裂いてしまいます』と父が言った。 「『そして君はヒースの中の防壁の上にいてうめくだろう。君にとって、正義感が、ローマ皇帝に気に入られることよりも大事だったことを後悔してな』 「俺はじっと座っていた。紫の衣を着ている総督に口答えはできない。 「『私は君に腹を立てはせぬ』彼は続けた。『君の父上には、あまりに世話になっているので -』 「『あなたに忠告した以外、お世話はしていません。そして、その忠告をあなたが聞き入れることは決してなかった』とおやじが言った。 「『ー その家族を不当に扱うわけにはゆかぬ。実際、君はよい司令官になると思う。だが私に関する限り、君は防壁の上で生き、防壁の上で死ぬのだ』とマキシムスが言った。 「『極めて、ありそうなことです』と父が言った。『だが、ピクト族とその仲間が遠からず侵入するでしょう。あなたが皇帝になるために、北部が治まっていることを当てにして全軍をブリテンから動かすわけにはいきません』 「『私は、自分の運命に従うまでだ』とマキシムスが言った。 『では従いなさい』と父が言いながら、シダの根を抜いた。『そうすればテオドシウスが死んだように死ぬでしょう』 「『ああ!』とマキシムスが言った。『私の昔の部下の総督は、帝国に尽くしすぎたために殺された。私も殺されるかも知れぬ。だが、そういう理由のためではないだろう』そして彼は、陰気なほほえみを少し浮かべたが、それを見て俺は血が凍るような気がした。 「『では、私は私の運命に従って』と俺は言った。『部下を防壁に率いていったほうがいいですね』 「彼は、長いあいだ俺を見つめた。そしてスペイン人のように頭を傾けて会釈をした。『運命に従え、君』と彼が言った。それで終わりだった。俺はその場を離れるのがとてもうれしかった。ただし家にたくさん便りをしなくてはならなかった。部下たちは、命じられた場に立っていた - 埃の中で足さえ動かしていなかった。そして俺たちは進軍を始めたが、まだ首筋に東風のような恐ろしいほほえみを感じていた。俺は日没まで一行を止めなかった、そして」- パルネシウスは振り向いて、下に広がるプークの丘を見た -「それから、向こうで止まった」彼は、向こうのホブデンじいさんの小屋の後ろの壊れた黒っぽい覆いのある『鍛冶場の丘』を指した。 「あそこ? あれ、あそこはただの古い鍛冶場だよ - 昔は鉄をつくってた」とダンが言った。 「それも、とても品質のよい鉄だった」とパルネシウスがおだやかに言った。「俺たちは、そこで肩台を三個修理し、槍の頭を鋲(びょう)で留めた。鍛冶場はカルタゴから来た片目の鍛冶屋が政府から借りていた。彼をキュクロプス(オデュッセイア)と呼んだのを覚えている。彼から妹の部屋用にビーバー皮の敷物を買った」 「でも、それがあそこだったはずないよ」ダンが主張した。 「だが、そうだったんだ! アンデリダの勝利の神の祭壇から、ここの森の最初の鍛冶場まで12,700歩(mile:左右が1歩として1000歩が原義)だ。旅程表にもすべて載っている。誰でも最初の行軍は忘れない。俺は、ここからのすべての駐屯地を言えると思う -」彼は体を前に傾けた。しかし、そのとき、目に沈みゆく夕日が当たった。 夕日は、チェリークラックの丘のてっぺんに落ちてきて、光が木の幹のあいだから降り注いでいたので「遠い森」の奥深くまで赤と金と黒に見通せた。パルネシウスはよろいを日の光にきらめかせて炎に包まれたかのようだった。 「待て」と彼は言いながら、片手を挙げた。日の光がガラスの腕輪に当たって光った。「待て! ミトラス神に祈るから!」 彼は立ち上がって、両腕を西の方に伸ばし、深く豊かに響くことばを唱えた。 するとパックも鐘が鳴るような声で歌い始めた。そして歌いながらヴォラテレから地面に滑り降り、子どもたちについてくるように手招きした。二人は従った。その声に押されているような気がした。そして金褐色の光の中をカバの落ち葉の上を歩いていった。そのあいだパックは二人のあいだで、こんなような意味のラテン語の古詩を唱えていた。 [なぜ世界は、その繁栄はつかの間なのに、栄光を求めてむなしい戦いをするのか? その権力はもろい陶器の舟のようにすぐに移ろうのに。 権力を誇った皇帝や、豪華絢爛な宴会を開いた金持ちはどこに行ってしまった? 教えてくれ、どこにテュリウスが -] 二人は、森の鍵の閉まった小さな門のところに来ていた。 まだ歌いながら、パックはダンの手を取り、くるりと体を回して、門から出てきたユナと向き合わせた。門は彼女の後ろで閉じた。同時にパックは記憶を消すオーク、アッシュ(トネリコ)、イバラの葉を二人の頭に投げかけた。 「あら、すごく遅かったのね」とユナが言った。「もっと早く抜け出せなかったの?」 「抜け出したよ」とダンが言った。「ずっと前に出てきたんだ、でも - でも、そんなに遅いなんて知らなかった。どこにいたんだい?」 「ヴォラテレで - 来るの待ってたのに」 「ごめん」とダンが言った。「みんな、あのひどいラテン語のせいさ」 - (Volterra) ・・・イタリア、トスカーナ州ピサ県、人口約1万1千人。 ヴォルテッラは新石器時代からの定住地で、また紀元前8世紀頃特有の文明を持つエトルリア人が丘の斜面に住み始めた。紀元前4世紀に、集落と農地、放牧地を守るため7km以上に及ぶ城壁が築かれ、エトルリアの12の町の1つであった。 紀元前260年、古代ローマに征服され、Volaterrae と呼ばれた。 ==== 「巨大な防壁の上で」 「俺がララゲのためにローマを去ったとき リミニへ続く軍団の道のそばで 彼女は誓った。彼女の心は俺のもの、 俺と俺の盾とともにリミニへ行くと - (ワシがリミニから飛び去るまで) そして、俺はブリテンを歩き、俺はガリアを歩いた 黒海の岸では雪が舞ったが、それは ララゲのうなじのように白く - ララゲの心のように冷たかった! そして俺はブリテンを失い、ガリアを失った」 (その声はとても陽気に聞こえた) 「そして俺はローマを失い、何より悪いことには ララゲを失った!」 二人が「遠い森」に入る門のそばに立っているとき、その歌が聞こえた。二人は何も言わずに、秘密の抜け穴へ急ぎ、垣根をもぞもぞとくぐり抜けると、パックの手からえさをついばんでいるカケスの上に危うく乗るところだった。 「静かに!」とパックが言った。「何を探しているのか?」 「パルネシウスだよ、もちろん」とダンが答えた。「僕たち、昨日やっと思い出したんだ。フェアじゃないよ」 パックは立ち上がりながらくすくす笑った。「悪かった。だが俺とローマの百人隊長とともに午後を過ごす子どもたちは、家庭教師とお茶に帰る前に落ち着かせる一服の魔法がいるのだよ。おおい、パルネシウス!」と彼は呼びかけた。 「こっちだ、フォーン!」とヴォラテレから返事があった。カバの木の又に青銅のよろいのきらめく光と大きな盾を親しげに持ち上げる輝きが見えた。 「俺は、ブリトン人を追い払った」とパルネシウスは少年のように笑った。「彼らの高い砦を占拠している。だがローマは慈悲深い! 上ってくるがいい」そこで三人は押し合いながら上った。 「さっき歌っていたのは何の歌?」とユナが、腰をおろすとすぐに言った。 「何だと? ああ、『リミニ』だ。帝国のどこかでいつも生まれる歌の一つだ。そういうのは六ヵ月か一年くらい伝染病のように流行する、それから別のが軍団を楽しませる、それからそれに合わせて行進する」 「行進のことを話してやれ、パルネシウス。今ではこの国の端から端まで歩く者はほとんどいない」とパックが言った。 「それは大きな損失だ。足を鍛えていれば『長距離歩行』は何よりもよい。霞がかった頃から歩き始め、日没後一時間くらい後に歩き終える」 「何を食べるの?」ダンが、すぐさま聞いた。 「厚いベーコン、豆とパン、それに休憩所にあれば、どんな葡萄酒でも。だが兵士は生まれながらの不平屋だ。出発した最初の日、俺の部下たちは水車で挽いたブリテンの麦に文句を言った。それは、ローマの牛の製粉所の麦のように荒くないので腹がふくれないというのだ。だが、彼らは、それを取ってきて食べるしかなかった」 「取ってくるの? どこから?」とユナが言った。 「鍛冶場の下に新しくできた水車小屋からだ」 「それって鍛冶場の水車小屋 - 私たちの水車小屋よ!」ユナがパックを見た。 「そうだ、君たちのだ」パックが口をはさんだ。「あれは、どのくらい古いと思うか?」 「分からない。リチャード・ダリングリッジ卿が、あれのこと言っていなかった?」 「言っていた。あれは、彼の時代でも古かったのだ」とパックが答えた。「何百年か古かったのだ」 「俺の時代には新しかった」とパルネシウスが言った。「部下たちは、かぶとの中の粉を、まるで毒ヘビの巣ででもあるかのように見ていた。彼らは、俺の忍耐力を試すためにやったのだ。だが、俺は - 彼らに話しかけ、俺たちは友だちになった。実を言えば、彼らが『ローマ式ステップ』を教えてくれたのだ。ほら、俺は早足で行進する外人部隊としかいたことがなかっただろう。軍団の歩く速度はまったく違う。大またでゆっくりと歩き、それは日の出から日没まで変わらない。『ローマのレース(競争)はローマのペースで』と、ことわざに言うとおりだ。8時間に24マイル(38,4Km)、それより多くも少なくもなく。頭と槍を上げ、盾を肩に背負い、胴よろいの首元を、手のひら分だけ開けて - そのようにしてワシの旗印を掲げてブリテンを渡っていくのだ」 「危ない目や、わくわくすることに出会った?」とダンが言った。 「防壁の南側では、何もない」とパルネシウスが言った。「俺が出くわした最悪のことは、北の行政官の前に出なくてはならないことだった。そこでは放浪する哲学者がワシの軍団をあざ笑った。俺は、その老人がわざと俺たちの行く手を邪魔していると示すことができた。それで行政官は、老人の本から引用したのだと思うが、老人がどんな神々を信じていようと、皇帝には相応の敬意を表さなくてはならないと命じた」 「あなたはどうしたの?」とダンが言った。 「歩き続けた。なぜ俺がそのようなことを気にしなくてはならないのか、俺の任務は駐屯地に着くことなのに? 着くのに二十日かかった。 「もちろん、北へ行けば行くほど道は人通りがなくなる。ついに森が開けたところに出て、むき出しの丘を登った。そこは、かつては俺たちの街だったところの廃墟で、オオカミが遠吠えしていた。もう、かわいい娘はいない。父の若い頃を知っていて、滞在するように誘ってくれる陽気な行政官はいない。神殿や途中の駐屯地では、野生の獣の悪いうわさしか聞かない。そこは、狩人や、円形野外競技場のための獣をワナで捕らえる者に出会うところだ。彼らは、鎖でつながれたクマや、口輪をしたオオカミをせかしていた。乗っているポニーはおびえ、部下たちは笑った。 「家々は、庭のある邸宅から灰色の石の見張りの塔と大きな石壁のヒツジ小屋がある閉ざされた要塞に変わる。それらは、武装した北方のブリトン人によって守られている。むき出しの石の家の向こうに不毛の丘が広がり、雲の陰が突撃する騎兵のように動いている。鉱山から黒い煙があがっているのが見える。硬い道が延々と続き、かぶとの尾の飾りを通って風が歌い ー 忘れられた軍団や総督たちの祭壇や、神々や英雄たちの壊れた像や、何千という墓のそばを通っていく。そこから山のキツネや野ウサギが俺たちを覗いている。夏には灼熱のごとく、冬には凍りつく、それは、壊れた石の広い紫のヒースの土地だ。 「ちょうど世界の果てに来たと思ったとき、見渡せる限り遠い東から西へ渡る煙が見える。それから、その下に、やはり見渡せる限りの幅に、家や神殿や店や劇場や兵舎や穀物倉が、サイコロのように少しずつ散らばっていて、その後ろに - 常に後ろに - 長くて低く上ったり下ったり、現れたり隠れたりしている塔の連なりがある。それが、防壁だ!」 「ああ!」と子どもたちが息をのんだ。 「ほんとうにそうだ」とパルネシウスが言った。「若い頃からワシの軍団に所属してきた老人が、帝国で、防壁を初めて見るほどすばらしいものはないと言うのだ!」 「それって、ただの壁なの? 庭の菜園を丸く囲ってるような?」とダンが言った。 「違う、違う!『防壁』(the Wall)だ。一番上には、見張り小屋がある塔や、小さい塔が、あいだを空けていくつもある。見張り小屋と見張り小屋のあいだの一番狭いところでも盾を持った者が三人並んで歩ける。男の首までくらいの低い幕壁が、厚い防壁の上に沿ってついているので、遠くからでも豆粒のように行ったり来たりしている見張り兵のかぶとが見える。防壁は、高さ9メートルあり、北の方、ピクト族の側には、木の中に古い刀や槍の穂先をところどころに立て、鎖でつないだ何層もの車輪も置いた溝がある。小さな人々は、矢じりにするため鉄を盗みにやってくる。 「だが、防壁それ自体は、その下の街よりはすばらしくはない。ずっと昔、南側に大きな胸壁と溝があり、誰もそこに住むのを許されなかった。今では胸壁は一部引き倒され、その上に、壁の端から端まで長さ80マイル(126km)の幅の狭い街がつくられた。それを考えてもごらん! 西のイトゥナから寒い東海岸のセゲドゥヌムまでが、一吠え、一騒動、闘鶏、オオカミのワナ、競馬のある一つの街なのだ! 片方の端は、ピクト族が隠れるヒース、森、廃墟で、もう片方は、広大な街 - ヘビのように長く、ヘビのように悪賢い。そうだ、暖かい壁に沿ってヘビが寝そべっているのだ! 「俺の歩兵隊はフンノ(オナム)にあると言われていた。そこは、北方へ行く大きな道が防壁を通ってバレンシア州に向かっている」パルネシウスは軽蔑するように笑った。「バレンシア州! そこで俺たちは道路に沿っていってフンノの街に入って、びっくりして立ちつくしていた。そこは、品評会 - 帝国のすみずみからの人種の品評会だった。馬を駆るものがいたり、座って葡萄酒を売るものがいたり、犬がクマをおびきよせるのを見ているものがいたりしたが、溝に集まって闘鶏を見ているものがたくさんいた。俺よりたいして年上ではないが将校だと分かる若者が、俺の前で手綱を引いて、何が希望かとたずねた。 「『俺の駐屯地』と俺は答えて盾を見せた」パルネシウスは幅広の盾を持ち上げて見せた。そこには、ビール樽の上の文字のように三つのⅩがついていた。 「『幸運の前兆だ!』と彼が言った。『君の歩兵隊は、俺たちの隣の塔にある、だが皆、闘鶏に出かけている。ここは楽しい場所だ。ワシを濡らしに行こう』彼は、いっぱいおごろうと申し出たのだ。 「『部下を引き渡してから』と俺は言った。怒りと恥ずかしさを感じていた。 「『ああ、その種の無意味な考えはすぐになくなるさ』と彼が答えた。『だが、君の希望に邪魔をさせないでくれ。ローマの市の女神の像のところに行け。見そこなうはずはない。バレンシアへの主要道路だからな!』そして彼は笑って言ってしまった。400メートルも行かないうちに像があった。そこへ行った。ある時期、北方へ行く大きな道がその下を通ってバレンシアに続いていたが、その遠くの方がピクト族によって封鎖されていた。しっくいの上に『終わり!』とひっかいてあった。俺たちは洞窟の中を行進しているようだった。俺たち、三十人の小さな集団は、いっせいに槍で地面を打った。それはアーチ型のたるのような中に反響したが誰も来なかった。片側に、俺たちの軍団の数が書いてある扉があった。そこに入り込むと料理人が寝ていたので、食料を出せと命じた。それから俺は防壁のてっぺんに上って、ピクト族の土地を見渡した。で俺は - 思った」とパルネシウスが言った。レンガで塞がれ、しっくいで『終わり!』と書いてあるアーチは、とてもショックだとな。俺はほんの子どもだったんだ」 「なんて残念だったんでしょう!」とユナが言った。「でも、あなたは、うれしかったの? よい -」ダンが、ひじでつついてユナを止めた。 「うれしかったと?」とパルネシウスが言った。俺が命令する歩兵隊の部下が、かぶともかぶらず、わきに鶏をかかえて闘鶏から戻って、俺に誰だと聞いたときにか? いや、うれしくなかった。だが、俺の方も、新しい歩兵隊の部下たちの気を悪くさせた・・・ 俺は、母への手紙に幸せだと書いた、だが、おお、友よ」彼は、むきだしのひざのうえに両腕を伸ばした -「俺が防壁での最初の月日にこうむった経験は、最悪の敵にも経験してほしくないほどだ。覚えておいてほしいのだが、将校の中で、以前に何か間違いや馬鹿なことをしでかしてこなかった者は俺以外ほどんど誰もいなかった。(そして俺は、総督マキシムスの不興をかったと思っていた。)人を殺したり、金を取ったり、行政官を侮辱したり、神々を冒とくしたりしたものは、恥や恐れからの隠し場所として防壁に送られた。それも将校としてだ。これも覚えておいてほしいのだが、防壁は、帝国のあらゆる血筋と民族が配置されていた。どこの二つの塔でも同じ言語が話されることはなく、同じ神々を祭ることはなかった。一つのことだけが、俺たちは皆平等だった。防壁に来る前、どんな武器を使っていようと、防壁の上では、皆スキタイ人のように弓を射た。ピクト人は弓から逃げることはできないし、その下をはうこともできない。彼ら自身が射手だから、それを知っているのだ!」 「あなたは、ずっとピクト人と戦っていたんでしょうね」とダンが言った。 「ピクト人はめったに戦わない。半年間、戦うピクト人を見たことがなかった。従順なピクト人が言ったが、戦う者は皆北方へ行ってしまったそうだ」 「従順なピクト人って何?」とダンが言った。 「俺たちのことばを少し話し、防壁を越えてきて、ポニーやオオカミ狩りの猟犬を売りに来るピクト人のことだ - そういう者はたくさんいた。馬や犬や、それに友だちがいなくては、人間は破滅してしまう。神々は、この三つを与え給い、友情に勝る贈り物はない。君が若者になったときに、これを覚えておいてほしい」 - パルネシウスはダンの方を向いた。「君の運命は、君の最初の親友によって決まるからだ」 「彼が言う意味は、」とパックがにやにや笑いながら言った。「もし君が若いときに、ちゃんとしたやつになろうとすれば、大人になってちゃんとした友だちができる。ダメなやつならダメな友だちができるということだ。友情に関して、敬虔なパルネシウスの言うことを聞くがいい!」 「俺は、敬虔ではない」とパルネシウスが答えた。「だが、俺は善良さがどんなものかを知っているし、俺の友は、希望を持っていなかったが、俺より十倍もいいやつだった。笑うのは止せ、フォーン!」 「おお、若き永遠なる者であり、すべてを信じる者よ」とパックが、上の枝でからだを揺らしながら叫んだ。「君の友、ペルティナクスについて、二人に話してやれ」 「彼は、そういう、神々が使わした友だった - 俺が最初に着いたとき話しかけた若者だった。俺より少しだけ年上で、隣の塔のオーガスタ・ヴィクトリア歩兵隊とヌミディア人を率いていた。彼は、俺よりはるかに善良な人間だった」 「それなら、なぜ彼は防壁にいたの?」とユナが、すぐに尋ねた。「みんな、何か悪いことをしてきたって、あなたは言ったわ」 「彼は、父親は死んでいたのだが、ガリアの大金持ちの甥だった。そいつは、彼の母親にいつも親切であるとは限らなかった。ペルティナクスが成長して、それを知ったので、おじは、巧妙な手口と力づくで、彼を船に乗せて防壁へ追いやったのだ。俺たちは、暗闇の - 神殿の儀式で知り合った。牡牛殺しの儀式だった」とパルネシウスはパックに説明した。 「そうか」とパックは言って、子どもたちの方を向いた。「それは、君たちにはよく理解できないことだ。パルネシウスが言うのは、ペルティナクスに教会で会ったということだ」 「ああ - その洞穴で、俺たちは最初に会った。そして二人一緒にグリフォンの位に上った」パルネシウスは一瞬片手を首の方にあげた。「ペルティナクスは二年前から防壁にいて、ピクト人についてよく知っていた。最初に、ヒースの取り方を教えてくれた」 「それ何のこと?」とダンが言った。 「従順なピクト人と一緒に、ピクトの土地に狩りに行くということだ。ピクト人に招かれ、見えるところにヒースの小枝を身につけている限りは、まったく安全だ。一人で行けば、最初に沼地にはまって窒息しなければ、殺されるのは確実だ。ピクト人だけが、そういう黒く隠れた沼地のなかの道を知っている。アロじいさんは、片目の、萎びた小柄なピクト人で、彼からポニーを買ったのだが、特別の友だった。最初は、恐ろしい街から逃れて、故郷の話をするためだけに行った。それから、彼がオオカミや、ユダヤ人のロウソク立てのような角を持った大きな赤鹿の狩り方を教えてくれた。俺たちがこういうことをするのを、ローマ生まれの将校は見下した。だが、俺たちは、彼らの遊びより、ヒースの方が好きだった。俺の言うことを信じるのだ」パルネシウスは、またダンの方を向いた。「少年は、ポニーに乗っているか、鹿の後をついているかすれば、ほんとうに危険なものすべてから安全なのだ。おおフォーンよ、覚えているか」彼はパックの方を向いた。「俺が、小川の向こうのマツの森のそばに、森のパンのためにつくった小さな祭壇を?」 「どっちか? クセノフォンから引用した石造りのか?」とパックが、今までまったく聞いたことがない声で言った。 「違う。俺が、クセノフォンを知るはずないじゃないか? それはペルティナクスだ - 彼が、矢で初めて山ウサギを射た後だ - 偶然にな! 俺のは、初めてクマをしとめた記念に丸い小石でつくったものだ。つくるのに、一日かかったが楽しかった」パルネシウスは、さっと子どもたちの方を向いた。 「そうやって、俺たちは二年、防壁の上で暮らした - ピクト人との小ぜりあいが少しと、ピクト人の土地でのアロじいさんとの狩りが大部分。じいさんは、ときには俺たちを、自分の子どもたちと呼んだ。俺たちは、彼や彼の種族の異邦人が好きだった。ピクト風に模様を描くことはさせなかったがな。あの模様は死ぬまで取れない」 「どうやって、描くの?」とダンが言った。「入れ墨みたいなもの?」 「皮膚を血が流れ出るまで突き、色つき汁をすり込むのだ。アロはおでこから足首まで、青、緑、赤で模様を描いていた。彼は、それは宗教の一部だと言っていた。彼は、宗教について話してくれ(ペルティナクスはいつでもこういうことに興味を持っていた)、親しくなると、防壁の向こうのブリテンで起こっていることを話してくれた。当時は、壁の向こうでは多くのことが起こっていた。そして太陽の光にかけて」ととパルネシウスが熱心に言った。「そういう小さい人々が知らない話はほとんどなかった! 彼は、いつマキシムスが、ブリテンの皇帝となってガリアに渡ったか、どの部隊と移住者を連れて行ったかを話してくれた。防壁で、その知らせを受け取ったのは十五日も後だ。彼は、マキシムスが毎月、ガリアを制圧するために、どの部隊をブリテンから連れ出しているかを話してくれた。それで、彼が言うときにいつもその数が分かった。すばらしい! それから別の不思議なことも話そう!」 パルネシウスは、両手をひざの上で組み、頭を後ろの盾の丸みにもたせかけた。 「夏も終わりの方、初霜がはじまり、ピクト人がミツバチを殺す頃、俺たち三人は新しい猟犬を数匹連れて、オオカミ狩りに出かけた。総督ルティリアヌスから十日間の休暇を貰ったのだ。俺たちは、二つ目の防壁を越えて - バレンシア州を越えて - 高地に入り込んでいたが、そこにはローマの廃墟さえなかった。俺たちは、午前中にメスのオオカミを殺した。アロが、その皮をはぎながら、見上げて、俺に言った。「おまえが防壁の大将になったら、わが子よ、もう、このようなことはできんな!」 「俺は、低地ガリアの長官にはなるかもしれなかった。だから笑いながら言った『俺が大将になるまで待てよ』『いや、待つな』とアロが言った。『俺の忠告を聞いて、家に帰れ - 二人とも』『俺たちには家はない』とペルティナクスが言った。『それを、おまえも俺たちと同じようによく知っているだろう。俺たちに、まともな人間としての道は終わった - 俺たちは二人とも親指を下げられた。希望のない者だけがおまえたちのポニーに乗って命を賭けるのさ』老人は - 霜の夜、キツネが吠えるように - ピクト人らしく短く笑った。『俺は、おまえたち二人とも好きだ』と彼が言った。『その上、おまえたちが狩りのことを、どれほど知らないかということを、俺はおまえたちに教えた。俺の忠告を聞いて家に帰れ』 「『できない』と俺が言った。『一つには、俺は総督の不興をかっている。それに、もう一つは、ペルティナクスには、おじがいる』 「『彼のおじのことは知らん』とアロが言った。『だが、おまえの問題なら、パルネシウス、総督は、おまえのことを買っているぞ』 「『ローマの市の女神よ!』とペルティナクスが、まっすぐ座りなおして言った。『マキシムスの考えが、どうして分かるのか、老いた馬をたくみに扱う者よ?』 「ちょうどそのとき(食事をしているときに、獣たちがどれほど、忍び寄ってくるか分かるか?)大きなオオカミが、俺たちの後ろで飛び上がり、後ろで休んでいた猟犬たちを追い散らした。そいつは、俺たちが聞いたことがないどこか遠くから入り日に向かって、日没まで矢のようにまっすぐに俺たちを追ってきた。俺たちは、とうとう曲がりくねった海のなかに伸びている長い岬までやってきた。俺たちの下の灰色の岸に船が近づいてくるのが見えた。四十七隻(せき)、俺たちは数えた - ローマの軍艦ではなく、ローマの支配下にない北方の真っ黒な翼のついた船だった。男たちが船の上で動いていて、太陽が彼らのかぶとにきらめいた - ローマの支配下にない北方から来た赤毛の男たちの翼のあるかぶとだった。俺たちは見つめ、数え、いぶかしく思った。というのは、ピクト人が翼のあるかぶとと呼ぶ、これらの者たちに関してうわさは聞いていたけれども、これまで見たことがなかったからだ。 「『離れろ! 離れろ!』とアロが言った。『俺のヒースの荒野は、ここではおまえたちを守れない。俺たちは皆、殺されるぞ!』彼の足は、声と同じく震えていた。俺たちは引き下がり - 月の下のヒースの荒野を越えていった。ほとんど朝になっていて、俺たちの哀れな獣たちは、とある廃墟の上でよろめいていた。 「俺たちが目覚めたとき、からだがこわばり寒かった。アロは粉と水を混ぜた。ピクト人の土地では、村の近くでないと火をおこせない。小さい人たちは、いつも互いに煙で合図していて、奇妙な煙のことで、彼らはミツバチがブンブン言うように騒ぐのだ。彼らも、刺すのだよ! 「『夕べ、俺たちが見たのは交易所だ』とアロが言った。『交易所以外の何ものでもない』 「『すきっ腹に嘘は嫌だ』とペルティナクスが言った。『俺が思うに』(彼はワシのような目をしていた)ー 『俺が思うに、あれも交易所か?』彼は、遠い陸の上の煙を指さした。その煙は、俺たちが『ピクトの呼び声』と呼ぶかたちで上っていった - 一吹き - 二吹き:二吹き - 一吹き! 彼らは、火の上にぬれた皮を上げたり落としたりすることで、それをつくっていた。 「『違う』とアロが言って、袋の中に木の皿を戻した。『あれは、おまえたちと俺のためのものだ。おまえたちの運命は定まっている。来い』 「俺たちは従った。ヒースを取ったら、自分のピクト人に従わなくてはならない - だが、あのいまいましい煙は32キロも先で、東海岸の方だし、その日は温泉のように暑かった。 「『どんなことが起ころうと』とアロが言った。そのあいだ、俺たちのポニーは不平を言うようにうなっていた。『俺のことを覚えていてほしい』 「『俺は忘れない』とペルティナクスが言った。『あんたが、俺の朝飯をだまし取ったことを』 「『ローマ人にとって一握りの挽いた麦が何だというのだ?』とアロが言った。それから笑ったが、それは笑いではなかった。『もし、おまえが一握りの麦で、製粉所の石臼で上からと下からの石に押しつぶされようとしていたら、どうする?』 「『俺はペルティナクスだ。謎に答える者ではない』とペルティナクスが言った。 「『おまえは馬鹿だ』とアロが言った。『おまえたちの神と俺の神が、見知らぬ神に脅かされようとしているのに、おまえがするのは笑うことだけだ』 「『脅かされた者は長生きする』と俺が言った。 「『それがほんとうであるように神に祈ろう』と彼が言った。『だが、もう一度、俺を忘れないでくれと願う』 「俺たちは、最後の暑い丘を登り、5、6キロ先の東の海を見通した。錨に北ガリアの印がある小さな帆船の軍艦があった。その、上陸用の板が下りていて、帆が半分あがっていた。そして俺たちの下、窪地に一人でポニーを引いて、ブリテン皇帝のマキシムスが座っていたのだ! 彼は狩人のように装っていて、小さな杖にもたれていた。だが、俺に見える限り、彼の背中だと分かったので、ペルティナクスにそう言った。 「『君は、アロよりも狂ってる!』と彼が言った。『日射病に違いない!』 「マキシムスは、俺たちが彼の前に立つまで身動きしなかった。それから彼は、俺を上から下まで眺めて、言った。『また腹が減っているのかね? どこで出会おうと、君に食事をふるまうのが私の定めのようだな。食料はある。アロに料理させよう』 「『いや』とアロが言った。『この土地のあるじは自分の土地で、さまよえる皇帝に給仕はしない。俺は、俺の子どもたちに、あんたの許しを得ずに食事を与える』彼は、灰を吹いて火をおこし始めた。 「『俺の間違いだった』とペルティナクスが言った。『俺たちは皆、狂ってる。話してくれ、おお、皇帝と呼ばれる気の狂った者よ!』 「マキシムスは、唇をかたく結んだ、恐ろしいほほえみを浮かべた。だが、防壁で二年過ごした後では、単なる表情だけで怖がることはない。だから、俺は怖くなかった。 「『私は、パルネシウス、おまえに防壁の百人隊長として一生を送らせるつもりだった』とマキシムスが言った。『だが、そこからだと』と彼は、ふところを探っていた。『描くと同時に考えることもできるようだな』彼は、一巻きの手紙を取り出した。それは、俺が家族にあてたもので、ピクト人とクマと、俺が防壁で会った人たちの絵のすべてだった。母と妹はいつも俺の絵が気に入っていたのだ。 「彼は、俺に俺が『マキシムスの兵隊たち』と呼んだ絵を手渡した。それには、ふくれた葡萄酒の皮袋が一列と、フンノの病院の老医師がその匂いをかいでいるところが描いてあった。マキシムスが、ガリアを制圧する援護にブリテンから部隊を連れて行くたびに、駐屯地にもっとたくさん葡萄酒を送ってよこしたものだった - 彼らを黙らせるために、だと思う。防壁で、俺たちはいつも葡萄酒の皮袋を『マキシムス』と呼んでいた。ああ、そうさ、そして、俺は、帝国のかぶとに、それを描いたものだ。 「『ほどなく』と彼は続けた。『これより、ささいな冗談を言った者たちの名前が皇帝の元にあがってくるようになった』 「『そうです、陛下』とペルティナクスが言った。『でも、それは、私、すなわちあなたの友人の友人、がこのように槍投げが巧くなる前のことだったということを忘れておいでです』 「彼は、実際に狩りの槍をマキシムスに向けたのではなく、片手のひらでバランスを取っていた - そうだ! 「『私は、過ぎ去った昔のことを話していた』とマキシムスが、まぶた一つ動かさずに言った。『今日では、少年が、自分のために、また自分の友人のために考えることができることを知って、非常にうれしく思う』彼はペルティナクスにうなずいた。『君の父親が、私にこの手紙を貸してくれたのだ、パルネシウス、だから、私からは危険はないのだよ』 「『どこからも危険はありません』とペルティナクスが言って、袖で槍の先をこすった。 「『私は、ブリテンの駐屯地の人員削減せざるをえなかった、なぜならガリアで部隊が必要だったからだ。今度は、防壁そのものから部隊を連れに来た』と彼が言った。 「『せいぜいお楽しみください』とペルティナクスが言った。『我々は、帝国の最後のくずの集まりです - 希望のない者たちです。私自身、有罪を宣告された者たちを信じる方が早いでしょう』 「『そう思うのか?』マキシムスはとてもまじめに言った。『だが、それは私がガリアを征服するまでだ。人は、常に、自分の命か、魂か、心の平穏 - か、何か小さなものを危険にさらさなくてはならない』 「アロが、じゅうじゅう焼けた鹿の肉を順に渡してきた。彼は最初に俺たち二人に給仕した。 『ああ!』とマキシムスが、自分の番を待ちながら言った。『おまえが、自分の国にいるのが分かったぞ。うむ、おまえにはそうする資格がある。おまえは、ピクト人のあいだでたいそう人望があるそうだな、パルネシウス』 「『私は、彼らとともに狩りをしました』と俺が言った。『多分、ヒースの荒野の中にも友人がいるのでしょう』 「『彼だけが、よろいを着たあんたの部下の中で、俺たちを理解している』とアロが言った。そして彼は、俺たちの美徳について、それから一年前にどうやって俺たちが彼の孫の一人をオオカミから救ったか、長々と演説を始めた。 「そうなの?」とユナが言った。 「ああ、だがそれは、ここでもそこでもなかった。その緑の草地の小男は熱弁をふるった - キケロみたいにだ。そして俺たち二人をすばらしい男たちに仕立て上げた。マキシムスは俺たちから目を離さなかった。 「『もう十分だ』と彼が言った。『君たちについて、アロの意見を聞いた。ピクト人について、君たちに聞きたい』 「俺は、知る限りのことを語った。ペルティナクスが補足してくれた。ピクト人が何を望んでいるかを見つけ出す手間さえかければ、ピクト人は決して危害を加えない。彼らのほんとうの不満は、俺たちが彼らのヒースの荒野を燃やすことから来ているのだ。一年に二度、防壁の全駐屯軍が出動して、北方16キロのヒースの荒野を正式に燃やす。総督ルティリアヌスは、それを土地の清掃と呼んでいる。ピクト人は、もちろん、さっと逃げ去る。それで、俺たちがしたのは、夏には最盛期のミツバチを全滅させ、春には羊の餌をダメにしたことだけだ。 「『その通り、まったくその通り』とアロが言った。『もし、われらのミツバチのいる草地を燃やしたら、聖なるヒース酒をどうやってつくろう?』 「俺たちは、長いあいだ話し合った。マキシムスは鋭い質問をしたが、それで、彼が多くのことを考えていて、ピクト人のこともかなりよく考えているのが分かった。やがて彼は俺に言った。『もし私が君に昔のバレンシア州を与えて統治するように言ったら、私がガリアを征服するまで、ピクト人を満足させておくことができるか? アロの顔が見えないように離れていろ。そして自分の意見を述べよ』 「『いいえ』と俺は言った。『あなたは、属州を再建することはできません。ピクト人は、あまりに長いあいだ自由でいましたから』 「『彼らに村の会議を任せ、彼ら自身の兵を備えさせれば』とマキシムスが言った。『きっと君は、彼らを楽に統制できると思うが』 「『それであっても、だめです』と俺は言った。『少なくとも今はだめです。彼らは、長いあいだ、あまりにわれわれに抑圧されすぎてきたので、ローマと名がつくものは何であれ信用しないのです』 「俺は、アロじいさんが後ろで『いい子だ!』とつぶやくのを聞いた。 「『ならば、君はどうしろというのか』とマキシムスが言った。『私がガリアを征服するまで、北を静かにさせておくには?』 「『ピクト人を放っておくのです』と俺は言った。『ただちにヒースの荒野を焼くのを止め - 彼らはその日暮らしの小さな生き物ですから - ときおり、穀物を船一隻か二隻分、送ってやるのです』 「『彼らの仲間がそれを分配しなくてはなりません - ずるいギリシア人の会計係とかではなく』とペルティナクスが言った。 「『そうです、それに、彼らが病気になったら、われわれの病院に来るのを許してやるのです』と俺が言った。 「『確かに、彼らは最初に死ぬであろうよ』とマキシムスが言った。 「『もしパルネシウスが、受け入れてくれたら、そうではない』とアロが言った。『俺は、ここから30キロ以内でオオカミにかまれたりクマに爪で裂かれりした者二十人を見せることができる。だがパルネシウスが病院で彼らと一緒にいてくれなくてはならん。さもないと彼らは恐ろしくて気がおかしくなってしまうだろうから』 「『分かった』とマキシムスが言った。『世界中の、他のすべてと同様、それは一人の人間の仕事だ。君が、その人間だと私は思う』 「『ペルティナクスと私は一人です』と俺が言った。 「『君が働く限りは、君の好きなように。さて、アロよ、私が、おまえの仲間に危害を加えるつもりがないことが分かっただろう。われわれだけで話をさせてくれ』とマキシムスが言った。 「『その必要はない!』とアロが言った。『俺は、石臼の上と下の石のあいだの麦粒だ。俺は、石臼の下の石が何をするつもりか知らなくてはならん。この二人の若者は、彼らが知る限り、真実を話した。ここのあるじである俺が、残りを話そう。俺は、北の人間たちに悩まされているのだ』彼は、ヒースの荒野の中の野ウサギのようにしゃがんで肩越しに振り返った。 「『私も悩まされている』とマキシムスが言った。『さもなくば、ここにいることはないのだから』 「『聞いてくれ』とアロが言った。『昔々、翼のあるかぶとが』- 彼が言うのは北方人のことだ -『俺たちの海岸にやって来て「ローマは滅びる! 押し倒せ!」と言った。俺たちは、あんたたちと戦った。あんたたちは兵を送り込んだ。俺たちは負けた。その後、俺たちは、翼のあるかぶとに「おまえたちは嘘つきだ! ローマが殺した俺たちの兵を生き返らせろ。そうすれば、おまえたちの言うことを信じる」と言った。彼らは恥じ入って去った。いまや、彼らは大胆にも戻ってきた。そして昔の物語をするが、それを俺たちは信じ始めている - ローマが滅びるという物語だ!』 「『三年間、防壁での平和をくれ』とマキシムスが叫んだ。『そうすれば、おまえたちと北からのワタリガラス皆に、いかに彼らが嘘つきかを見せてくれよう!』 「『ああ、俺もそれを望む! 石臼から、残っている麦粒を救いたい。だが、あんたたちは、俺たちピクト人が鉄の溝から少しばかり鉄を借りに行くと、矢を射かける。俺たちのヒースの荒野を焼く。それは、俺たちの収穫物すべてなのだ。あんたたちは、大きな投石器で俺たちを悩ませる。それから、あんたたちは防壁の後ろに隠れ、ギリシアの火(包囲攻撃に使われる液体の焼夷弾)で俺たちを焦がす。どうやって、俺たちの若い者が、翼のかぶとの言うことを聞かないようにさせられようか - 特に冬、空腹なときに? 若い者たちは、「ローマは戦いも統治もできない。そしてブリテンから兵を引き上げている。翼のあるかぶとが、防壁を押し倒すのを助けてくれるだろう。彼らに、沼地を越える秘密の道を教えようではないか」と言うだろう。俺が、それを望むと思うか? いや!』アロは、毒蛇のようにつばを吐いた。『俺は、生きながら焼かれようとも部族の秘密を守るつもりだ。ここにいる俺の二人の子どもたちは真実を語った。俺たちピクト人を放っておいてくれ。俺たちを慰め、いつくしみ、遠くから食料を与えてくれ - こっそりとな。パルネシウスは俺たちを分かっている。彼に、防壁を統治させれば、俺は、若い者たちを抑えておく』- アロは順に指を立てていった -『一年間は簡単だ、次の年は、それほど簡単ではない、三年目は、おそらくできるだろう! さあ、俺は三年間を与えよう。もしそのあいだにローマの兵が強く、その武器が恐ろしいことを示すことができなければ、言っておくが、翼のあるかぶとが、どちらの海からもやって来て真ん中で出会い、防壁を一掃し、あんたたちは去るだろう。俺は、それを悲しみはしない。だが、部族は、代償がなければ他の部族を助けることをしないのを、俺はよく知っている。俺たちピクト人も去るだろう。翼のあるかぶとは、俺たちをこのように粉砕するのだ!』彼は、一握りの土を空中に放り上げた。 「『おお、ローマの市の女神よ!』とマキシムスが、独り言を声に出して言った。『それは、つねに一人の人間の仕事だ - つねに、どこでも!』 「『そして一人の人間の命だ』とアロが言った。『あんたは皇帝だ。だが神ではない。あんたは死ぬ』 「『私は、そのことも考えた』とマキシムスが言った。『たいへんよろしい。もしこの風向きが続けば、朝には防壁の東端に着くだろう。それから明日、閲兵するときに、君たち二人に会おう。そして、この仕事のために、君たち二人を防壁の大将にしよう』 「『ほんの少し、皇帝』とペルティナクスが言った。『だれでも対価がいります。私はまだ払ってもらっていません』 「『君も、こんなに早く交渉を始めるのか?』とマキシムスが言った。『それで?』 「『私のおじ、ガリアの上級行政官のイセヌスに正義の裁きを』とペルティナクスが言った。 「『命だけか? 金か地位の問題かと思ったが。確かに、その男を君の思うがままにしよう。この書き板の赤い方に彼の名前を書くがよい。反対側は、生きている者のためにある!』そしてマキシムスは、書き板を差し出した。 「『彼が死んでも私の役にはたちません』とペルティナクスが言った。『母は未亡人です。私は遠くにいます。おじが、母の相続分の遺産をすべて払うかどうか確信が持てないのです』 「『たやすいことだ。私の腕は、かなり長い。そのうちに君のおじの資産帳簿を調べさせよう。では、明日までさらば、おお、防壁の大将たちよ!』 「マキシムスが、軍艦に向かって歩きながら、ヒースの荒野を越えて小さくなっていくのを、俺たちは見ていた。彼の両側に二十人ずつのピクト人が石に隠れていた。彼は決して左右を見なかった。そして、夕方に風が弱まらないうちにと、帆をあげて全速力で南の方へ行ってしまった。俺たちは海の方を見つめているとき、何も言わなかった。あのような男は、この地上に、めったにいるものではないということを、俺たちは悟っていた。 「やがて、アロがポニーを連れてきて、俺たちが乗るように支えていた - これまで、彼がしたことがないことだった。 「『少し待て』とペルティナクスが言って、芝土を刈って小さい祭壇をつくった。そして、そのてっぺんにヒースの花を撒き、その上にガリアの娘からもらった手紙をのせた。 「『何をしているのか、おお、友よ?』と俺が言った。 「『俺は、俺の死んだ若さに対し、いけにえをささげたのだ』と彼が答えた。そして炎が手紙を焼き尽くすと、灰を、かかとでならした。それから、俺たちは、大将になるはずの防壁に戻っていった」 パルネシウスは話を止めた。子どもたちは、静かに座っていた。それでお話が終わりなのかと聞きもしなかった。パックが手招きをした。そして、森から出る道を指さした。「すまないが」と彼がささやいた。「君たちは、もう帰らなくてはならないよ」 「彼、気を悪くしないよね?」とユナが言った。「彼は、物思いにふけっているようにみえたし、それに - それに考え込んでたし」 「大丈夫だ。明日まで待て。すぐだから。『昔のローマの歌』ごっこをしていたのを忘れるな」 そして、二人が、オークとトネリコとイバラの茂みの抜け穴を、もぞもぞとくぐり抜けたとたん、二人が覚えているのは、そのことだけだった。 ==== 翼のあるかぶと 次の日は、たまたま、ダンとユナが「野生の午後」と呼ぶ時間だった。両親は、およばれに行ってしまったし、ブレイク先生は、自転車で遠乗りに出かけてしまったので、八時まで二人だけだった。 二人は、両親と先生を礼儀正しくお見送りした後、庭師からラズベリーをいっぱいのせたキャベツの葉をもらい、エレンから、外で食べるようにお菓子とお茶をもらった。二人は、つぶれないうちにとラズベリーを食べ、キャベツの葉は劇場を下ったところにいる三頭の牝牛と分けようと思った。けれど、途中でハリネズミが死んでいたので、埋葬しなくてはならず、その葉がとても役に立つので、無駄にすることができなかった。 それから、鍛冶場に行くと、生垣をつくるホブデンじいさんが、息子のビーボーイ(ミツバチ小僧)といっしょに家にいた。その息子は、少しまともでなかったが、素手でミツバチの群れをすくい取ることができた。ビーボーイは、二人にアシナシトカゲの詩を教えてくれた。 「もし、俺が見えるような目を持っていたら どんな死すべき人間も、俺を困らせることはないだろうに」 彼らは、ミツバチの群れのそばでお茶を飲んだ。ホブデンは、エレンが持たせてくれたローフケーキは、亡くなった妻が焼いたのと同じくらいおいしいと言った。それから、野ウサギのワナに、ちょうどいい高さの針金の張り方を教えてくれた。二人は、ウサギ用のはもう知っていた。 それから、二人は、「長い溝」を登って「遠い森」の低地の端に行った。ここはヴォラテレの方の端より、もの悲しく暗かった。黒い水でいっぱいの泥炭土の穴があって、柳やハンノキの切り株のまわりに、毛のようにふさふさして樹液が垂れたコケが垂れ下がっていたからだ。けれど鳥たちは枯れ枝の上にとまり、ホブデンは苦い柳水は病気の動物たちの薬のようなものだと言った。 二人は、ブナの下生えの影にある切り倒されたオークの幹に座って、ホブデンがくれた針金を曲げていた。そのときパルネシウスを見た。 「あなたはなんて静かに来たんでしょう!」とユナが、横に移動して、座る場所を空けながら言った。「パックはどこ?」 「フォーンと俺は、君たちに、俺の話を全部聞かせるか、それとも話さないでおくかで議論していたのだ」と彼が答えた。 「もし彼が、起こったことを話しても、君たちには理解できないだろうと、俺は言っただけだ」とパックが、丸太の後ろからリスのように跳びあがって言った。 「私は、全部は分からないわ」とユナが言った。「でも小さなピクト人のことを聞くのが好きなの」 「僕が理解できないのは」とダンが言った。「マキシムスは、ずっと遠くのガリアにいたのに、どうしてピクト人について全部知っていたのかってこと」 「どこであっても皇帝になるほどの人間は、どこにいようと、あらゆることを知っていなくてはならないのだ」とパルネシウスが言った。「俺たちは、試合の後、マキシムスの口から、そういうことをたくさん聞いた」 「試合? 何の試合?」とダンが言った。 パルネシウスは片腕をぴんと張って突き出し、親指を地面に向けた。「剣闘士だ! そういう試合だよ」と彼が言った。「皇帝が、誰もが予期しなかったのに、防壁の東の端、セゲドゥヌムに着いたので、敬意を表して二日間の試合があった。そうだ、俺たちが彼に会った翌日、二日間の試合を催した。だが、最大の危険は、あわれな剣闘士たちではなく、マキシムスによって冒された。かつては、軍団は皇帝の前では、じっと黙っていた。俺たちは、そうしなかった! 彼の椅子が、群集のあいだをゆれながら運ばれるとき、防壁に沿って西の方に切れ目なく叫び声が聞こえた。駐屯軍が、彼のまわりで打ち騒いでいた - 不平を言ったり、おどけたり、給料の支払いや、部署の変更や、彼らの荒くれた頭に浮かんだことは何でも要求していた。その椅子は、波の中の小船のように浮かんだり沈んだりしていたが、もう沈むかと目を閉じた後、いつも浮かび上がってきた」パルネシウスは身震いした。 「彼らは、怒っていたの?」とダンが言った。 「檻の中のオオカミのあいだを、調教師が歩き回るときの、オオカミと同じようなものだ。もし、彼らに一瞬でも背中を向けるか、彼らの視線をとらえるのを一瞬止めれば、そのとき、防壁で別の皇帝があらわれたことだろう。そうではないか、フォーン?」 「そうだった。常に、そうだろう」とパックが言った。 「その夕遅く、皇帝の使いが呼びに来たので、俺たちは後について、勝利の神殿に行った。そこに、彼は、防壁の司令官、ルティリアヌスとともに滞在していたのだ。俺は、これまでほとんど司令官には会ったことがなかったが、ピクト人と狩りに行きたいとき、彼はいつでも許可してくれた。彼は大食漢で、アジア人の料理人を五人雇っていた。そして予言を信じる家系の出だった。俺たちが、部屋に入ったとき、うまそうなご馳走のにおいがしたが、テーブルには何もなかった。彼は、長いすに横になっていびきをかいていた。マキシムスは、勘定書の長い巻物のあいだに離れて座っていた。それから扉が閉まった。 「『君の部下が来たぞ』とマキシムスが司令官に言った。司令官は、痛風病みの指で、目の端を持ち上げ、魚のように俺たちをじっと見た。 「『彼らだと認めました、皇帝』とルティリアヌスが言った。 「『よろしい』とマキシムスが言った。『では聞くのだ! この若者たちが命じない限り、防壁の兵も武器も動かしてはならぬ。彼らの許可なしには、何もしてはならぬ。食べること以外はな。彼らが頭脳であり手足だ。君は胃袋だ!』 「『皇帝の御意のままに』と老人がうなるように言った。『もし私の給料と収益が下がらなければ、私の祖先の予言を、私の主人になさるがよい。ローマは、かつてはそうでした! ローマは、かつてはそうでした!』それから、彼は、寝るために向きを変えた。 「『彼の望みどおりになろう』とマキシムスが言った。『われわれは、私が必要なものに着手しよう』 「彼は、防壁の兵と備蓄品 - その日フンノの病院にいる病人にいたるまで - 全部の数を記した表をすべて開いた。おお、だが、俺たちの兵のうち最上の者 - 無能ななかで、ましな者たちを除外するよう、彼がどんどん印をつけていくので、俺はうめいた! 彼は、二塔分のスキタイ人、二つの北ブリテン補助隊、二つのヌミディア人歩兵隊、ダシアン騎馬隊すべてと、ベルギー部隊の半分を取り上げた。それは、ワシが死骸をあさるようなものだった。 「『さて次に、兵器はいくつあるか?』彼は、新しいリストをめくった。しかし、ペルティナクスが手のひらを開いて置いた。 「『いえ、皇帝』と彼が言った。『あまりに先まで神を誘惑してはなりません。兵または兵器を取るにしても、両方はいけません。さもないと、われわれは拒否します』」 「兵器?」とユナが言った。 「防壁の投石器だ - てっぺんまで12メートルある巨大なもので、たくさんの石や鍛えた矢を発射する。それには何ものも対抗できない。彼は、とうとう俺たちの投石器は置いていった。だが、情け容赦なく俺たちの兵のたっぷり半分以上を取っていった。彼が、リストを巻き終えたとき、俺たちは抜け殻だった! 「『皇帝万歳! われわれは死におもむく、あなたに挨拶を送る!(剣闘士の挨拶)』とペルティナクスが笑いながら言った。『もし、今、敵が防壁によりかかっただけでも、倒れるでしょうよ』 「『私に、アロが言っていた三年間をくれ』と彼が答えた。『そうすれば、自分で選んだ二万の兵を、ここに持たせてやろう。だが、今、それは賭けだ - 神々に対するゲームだ。賞金はブリテン、ガリア、それにおそらくローマだ。君たちは、私のがわで賭けるか?』 「『そうします、皇帝』と俺が言った。というのは、この人のような人に、これまで会ったことがなかったからだ。 「『よかろう。明日』と彼が言った。『私は、軍隊の前で君たちを防壁の大将に指名する』 「それで俺たちは月光の中へ出ていった。そこでは、試合の後の掃除をしていた。俺たちは、防壁のてっぺんにある大きなローマの市の女神の像と、そのかぶとの上の霜と、北極星をさしている槍を見た。見張りの塔に沿って、ちらちらゆらめく夜の火と、遠くになるにつれどんどん小さくなっていく黒い投石器の列を見た。それらのものを俺たちはうんざりするほど知っていた。だがその夜、それがとても見慣れないものに思われた。なぜなら翌日、俺たちが、その主人になると分かっていたからだ。 「兵たちは、その知らせを好意的に受け取った。だが、マキシムスが兵力の半分を連れて去ってしまい、俺たちはがらんとした塔に分散しなくてはならず、街の人たちは商売あがったりだとこぼし、秋の強風が吹いたとき - それは、俺たち二人にとって暗い日々だった。ここではペルティナクスは、俺にとって頼もしい右腕以上の存在だった。彼は、ガリアの田舎の大きな家々のあいだで生まれ育ったので、すべての者に呼びかける適切なことばを知っていた - ローマ生まれの百人隊長から、第三軍団の犬どもまで - リビア人のことだ。そして、彼は、すべての者に対し、相手が彼自身と同じくらい高潔の士であるかのように話しかけた。さて、俺は、どんなことを成さなくてはならないかを、とても強く理解していたが、物事は人を動かすことで達成されるものだということを忘れていた。それは俺の間違いだった。 「俺は、ピクト族については、少なくともその一年間は何も心配していなかった。だがアロが、翼のあるかぶとは、俺たちがいかに弱いか証明するために防壁のどちらの岸からでも、まもなくやってくるだろうと警告していた。そこで俺は急いで準備をした。何事も早すぎるということはない。俺は、精鋭部隊を防壁の両側に移動した。そして投石器を覆って見えなくして岸に沿って配備した。翼のあるかぶとは、吹雪の前に - 一度に十から十二隻の小型の船で - 風向きによってセゲドゥヌムかイトゥマの岸へ、乗り入れてくるだろう。 「さて、舟が上陸するときは帆を巻き上げなくてはならない。もし乗組員が帆の下に集まるまで待てば、その獲物の船の中に一網分の石を放つことができる。(鍛えた矢は帆布を切り裂く。)すると船は転覆し、海がふたたびすべてをきれいに洗い流してくれる。数人は岸にたどりつくかもしれないが、ごくわずかだ・・・ それは困難な仕事ではなかったが、砂や雪が吹きつける中、岸で待たなくてはならなかった。そうやって、その冬、俺たちは翼のあるかぶとをやっつけた。 「早春に、東風が皮をはぐ刃のように吹きつけたとき、彼らは、またセゲドゥヌムの沖に、たくさんの船で終結した。アロの話では、彼らは、おおっぴらな戦いをして防壁の塔を奪うまでは、休まないだろうということだった。確かに彼らは広々としたところで戦った。俺たちは、彼らをやっつけるのに丸一日かかったが、長い一日だった。そしてすべて終わったとき、一人が、乗っていた船の残骸を避けて海に飛び込んで、岸に向かって泳ぎだした。俺は待っていた。すると、波が彼を、俺の足元に倒してよこした。 「俺がかがむと、彼が、俺のと同じ金属を身につけているのが分かった」パルネシウスは片手を首元に上げた。「だから、彼が口が聞けるようになったとき、俺は、ある種の質問をしたが、それには、ある決まったやり方で答えなくてはならなかった。彼は、必要なことばで答えた - それは、俺の神、ミトラスの教義のグリフォンの位に属することばだった。俺は、彼が立ち上がれるまで、俺の盾をかざしてやった。分かるように、俺は小柄ではないが、彼は俺より頭一つ高かった。彼が『これから、どうする?』と言った。『留まるなり去るなり、あんたの好きなように、兄弟よ』と俺が言った。 「彼は、波の向こうを見やった。投石器の射程範囲圏外に、無傷の一隻が残っていた。俺は、投石器を調べ、彼は、手を振ってその船を呼び寄せた。船は、猟犬が主人のところに来るようにやってきた。船がまだ岸から百歩離れているときに、彼は髪をさっと後ろに振り上げ、泳いでいった。乗組員が、彼を引っぱり上げ、船は去った。ミトラスを崇拝する者はたくさんいて、すべての種族にわたっていることを、俺は知っていた。だから、そのことについては、それ以上深く考えなかった。 「一ヵ月後、俺は、馬を数頭連れたアロに会った - パンの神殿でだ、おおフォーンよ - すると彼が、サンゴの飾りがついたとても大きな金の首飾りをくれた。 「最初、俺は、それは街の商人からの賄賂かと思った - ルティリアヌスに渡してほしいという意味の。『いや』とアロが言った。『これはアマルからの贈り物だ。おまえが岸で命を助けた翼のあるかぶとだ。あんたは立派な男だと、彼が言っていた』 「『彼も立派な男だった。俺は贈り物を身につけると、彼に言ってくれ』俺は答えた。 「『おお、アマルは若いばか者だが、分別がある人間のような口をきく、おまえたちの皇帝は、ガリアで大仕事をしているので、翼があるかぶとは、彼の友人になりたがっている、というより、彼の部下の友人になりたがっている。彼らは、おまえとペルティナクスが彼らを勝利に導いてくれると思っている』アロは、俺を、不吉な鳥、片目のワタリガラスのように見た。 「『アロよ』と俺が言った。『あんたは石臼の上下の石のあいだの麦粒だ。両方が公平に挽くなら、それでよしとしろ。両方のあいだに、ぐいと手を突っ込むのはよせ』 「『俺が?』とアロが言った。『俺は、ローマも翼のあるかぶとも同じように嫌いだ。だが、もし翼のあるかぶとが、いつか、おまえとペルティナクスが、彼らと組んでマキシムスに刃向かおうとすると考えるなら、おまえたちが考えるあいだ、彼らは攻めてはこないだろう。俺たちに必要なのは時間だ - おまえたちと俺とマキシムスにな。俺に、翼のあるかぶとに対して色よい返事を持たせてくれ - 彼らに会議を終わらせるための何かをだ。俺たち異邦人は、皆似ている。俺たちは、一人のローマ人が言うことについて夜の半分、議論するのだ。それで?』 「『俺たちには兵がいない。俺たちは、ことばで戦わなくてはならん』とペルティナクスが言った。『アロと俺に任せろ』 「そこで、もし翼のあるかぶとが俺たちに戦いをしかけないのなら、俺たちは戦いをしかけないという返事を、アロは翼のあるかぶとに伝えた。彼らは、(海で兵を失うのに少し嫌気がさしていたのだと、俺は思う)休戦に同意した。アロは、嘘が大好きな馬の商人なので、マキシムスがローマに対して反乱を起こしたように、いつか俺たちがマキシムスに対し反乱を起こすということも、きっと彼らに言ったのだと思う。 「実際、俺が、その季節に穀物船をピクト人に送るため北を通ったとき、彼らは船が通るのを攻撃せず許可した。それで、ピクト人は、その冬、食料がたっぷりあった。ピクト人は、ある意味、俺の子どもたちなので、俺は喜んだ。防壁には、二万人の兵しかいなかった。俺は、何度もマキシムスに手紙を書いて、俺の昔の部下、北ブリテン軍のうち一歩兵隊だけでも送ってほしいと強く頼んだ - こいねがった。彼は、手放してくれなかった。ガリアで勝利するためには、彼らが必要だったのだ。 「それから、マキシムスがグラティアヌス帝を打ち破り、殺害したという知らせが届いたので、もう彼は安全に違いないと思った。それで、また兵を送ってほしいという手紙を書いた。彼の返事がきた。『ついに私が子犬のグラティアヌスに恨みを晴らしたのが、君に分かるだろう。彼が死ぬ必要はなかったが、彼は混乱し、気がおかしくなった。皇帝たるものが、そうなるのはまずいことだ。私が、二頭のラバだけを御するのに満足していると、君の父に伝えてくれ。もし私の司令官の息子が、私を破滅させる運命にあると考えていなければ、私は、ガリアとブリテンの皇帝のままでいるだろう。それから、私の二人の子どもたちよ、君たちは、やがては必要なだけの部下をすべて取ってもよい。さしあたっては、何も与えることはできない』 「彼の司令官の息子ってどういう意味?」とダンが言った。 「司令官テオドシウスの息子、ローマ皇帝テオドシウスのことだ。昔のピクト戦争のときに司令官テオドシウスの下で、マキシムスは戦った。司令官テオドシウスとマキシムスは互いに嫌っていたが、グラティアヌスが、息子のテオドシウスを東の皇帝にしたとき(少なくとも俺はそう聞いたが)、マキシムスは次世代との戦いを再開続行した。それがマキシムスの運命だったし、それが彼の没落だった。だが、テオドシウス帝はよい人間だ。俺は知っている」パルネシウスは少しのあいだ黙って、それから話を続けた。 「俺は、マキシムスに返事を書いた。俺たちは防壁で平和だが、もう少し兵力と投石器があれば、もっとうれしいとな。彼からの返事は『君たちは、私の勝利の影の下で、もう少し生きながらえなくてはならぬ。テオドシウスの息子が何を意図しているか、私に分かるまでな。彼は、私を兄弟皇帝として迎えるかもしれぬ。さもなくば軍を準備しているかもしれぬ。どちらの場合も、当面は兵力を割くわけにはいかぬのだ』 「でも、彼はいつだってそう言ってたわ」とユナが叫んだ。 「その通りだ。彼は弁解はしなかった。だが、彼が言ったように、彼の勝利のおかげで、長い長いあいだ、防壁では何ももめごとはなかった。ピクト人は、ヒースの荒野の中の彼らの羊のように太ってきていた。そして、ほぼ同数の俺の兵たちは、武器の訓練をしっかりしていた。そうだ、防壁は強固にみえた。俺としては、いかに俺たちが弱いかを知っていた。もしマキシムスが負けたという偽りのうわさが、翼のあるかぶとの中に流れたなら、彼らは本気でやってくるかもしれない。そのときは - 防壁は壊されるに違いない! 俺は、ピクト人のことは、まったく気にしていなかったが、この数年間で、翼のあるかぶとの強さについて、いくらか分かった。彼らは日に日に強さを増していた。だが、俺は兵力を増やすことはできなかった。マキシムスは、俺たちを残してブリテンを空にしていった。俺自身は、腐った棒を持って壊れた垣根の前で、雄牛たちをひっくり返すために立っているような気がした。 「このようにして、友よ、俺たちは防壁の上で暮らしながら、マキシムスが決して送ってこない兵を待って - 待って - 待っていた。 「やがて、彼は、テオドシウスに対して兵を挙げる準備をしていると知らせをよこした。彼の知らせを - 俺たちの兵舎でペルティナクスは俺の肩越しに読んだ:『私は三頭のラバを御するか、さもなくば彼らにばらばらに引き裂かれるよう運命に命じられていると、君の父親に伝えてくれ。一年以内に、息子のテオドシウスを永久にやっつけるつもりだ。そうすれば、君にブリテンを、ペルティナクスには、もし彼が望むならガリアを支配させてやる。今日、私は、君たちが私とともにいて、補助部隊をびしびし訓練して仕上げてくれたらいいがと強く望んでいる。どうか、私が病気だというどんなうわさも信じないようにしてくれ。老体に少し悪いところがあるが、ローマに迅速に早駆けするうちに直るだろう』 「ペルティナクスが言った:『マキシムスがやられる。彼は、希望を失った者のように書いている。俺が希望を失った人間だから、それが分かる。その巻物の最後に、彼は何を付け加えているのだ? 『ペルティナクスに言ってくれ。私は、彼の、先のおじ、上級行政長官に会った。おじは、彼の母の遺産について極めて正直に説明した。私は、ふさわしい護衛をつけて、彼の母を気候が温暖なニケア(南仏のニース)に送った。彼女は、英雄の母だから』 「『それが証拠だ』とペルティナクスが言った。『ニケアは、海から行けば、ローマからそれほど遠くない。ニケアの婦人は、戦時には、船を借りてローマに逃げ戻れる。そうだ、マキシムスは、自分の死を予見している。だから、約束を一つずつ実行している。だが俺は、おじが彼に会って嬉しいよ』 「『今日は君は悪い方へ考えるのか?』と俺が尋ねた。 「『俺は真実を考えるのだ。神々は、俺たちが彼らに反して演じてきた劇に飽き飽きしている。テオドシウスはマキシムスを滅ぼすだろう。もう終わりだ!』 「『それを、マキシムスに書き送るのか?』と俺が言った。 「『俺が何と書くか見るがいい』と彼は答えてペンを取り、日の光のように陽気で、女が書くように優しく、冗談でいっぱいの手紙を書いた。俺でさえ、彼の肩越しに、それを読んで慰められた ー だが、それは彼の顔を見るまでだった! 「『そして今』と彼は、手紙に封をしながら言った。『俺たち、二人は死んだも同然だ、兄弟よ。神殿に行こう』 「俺たちは、しばらくのあいだミトラスに祈った。そこで、俺たちはこれまでも多くの時間祈ってきた。その後、何日も何日も、悪いうわさの中で暮らしているうちに、また冬が来た。 「それは、ある朝、俺たちが東の岸に馬で行ったときのことだった。浜で、金髪の男が、壊れた板につかまって凍えかけているのを見つけた。彼をあお向けると、ベルトの留め金から、彼が東の軍団のゴート人であるのが分かった。突然、彼は目を開き、大声で叫んだ。『彼は死んだ! 手紙は俺が持っていたが、翼があるかぶとが船を沈めた』彼は、そう言って、俺たちの手の中で死んだ。 「俺たちは、誰が死んだかとは尋ねなかった。俺たちには分かっていた! 俺たちは激しい雪になる前に、フンノへ急いで馬を走らせた。アロが、そこにいるかもしれないと思ったのだ。彼が、もう俺たちの厩にいるのを見つけた。俺たちの顔つきで、俺たちが何を聞いたか、彼には分かった。 「『それは、岸のテントの中だった』と彼は、ことばを詰まらせながら言った。『彼は、テオドシウスに打ち首にされた。彼は、おまえたちに手紙を送った。殺されるのを待っているあいだに書いていたのだ。翼のあるかぶとが船を待ちぶせして、それを取った。知らせは、ヒースの荒野のあいだを火のように駆け巡っている。俺を責めるな! もはや俺は部族の若い者を抑えられん』 「『俺たちの部下についても同様だと言えるよ』とペルティナクスが笑いながら言った。『だが、神よ誉むべきかな、彼らは逃げ出すことはできない』 「『おまえたちは、どうする?』とアロが言った。『俺は、命令 - 伝言をたずさえてきた - 翼のあるかぶとからだ。おまえたちが部下とともに彼らに加わり、ブリテンを略奪しながら南下せよというのだ』 「『それは悲しい』とペルティナクスが言った。『だが、俺たちは、それを止めるために、ここに駐留しているのだ』 「『もし、俺が、そんな答えを持ち帰ったら、彼らは俺を殺すだろう』とアロが言った。『俺は、いつも翼のあるかぶとに、マキシムスが倒れたら、おまえたちは反乱を起こすだろうと請合ってきた。俺は - 俺は、彼が倒れるとは思わなかったのだ』 「『ああ! 俺の気の毒な異邦人よ』とペルティナクスが、まだ笑いながら言った。『まあ、あんたは俺たちに、とても良いポニーをたくさん売ってくれたから、あんたを、その友人の元に放り出すわけにはいかない。あんたは使者だが、囚われ人にしよう』 「『そうだ、それが最上だろう』とアロが、端綱(はづな)を差し出して言った。彼は年老いていたので、俺たちは、彼を軽く縛った。 「『まもなく翼のあるかぶとは、あんたを探しに来るはずだ、そうすれば俺たちは、なおさら時間がかせげる。時間かせぎをすれば、どれほど足止めをくわせられるか見るがいい!』とペルティナクスが縄をしばりながら言った。 「『いや』と俺が言った。『時間は、助けになる。もしマキシムスが囚われているあいだに、俺たちに手紙を書いたのなら、テオドシウスは、それを運ぶ船を出したにちがいない。もし彼が船を送ることができるなら、兵も送ることができる』 「『それが、俺たちにどういう役に立つ?』とペルティナクスが言った。『俺たちは、マキシムスに仕えているのだ、テオドシウスにではない。たとえ、何らかの神々の奇跡で南にいるテオドシウスが、兵を送って、防壁が救われても、マキシムスが死んだことに変わりはない』 「『俺たちに問題なのは防壁を守ることだ。どの皇帝が死のうが、皇帝を死なせようが問題ではない』と俺が言った。 「『皇帝の問題は、哲学者である君の兄にふさわしいな』とペルティナクスが言った。『俺自身は、希望を失った人間だから、厳粛でばかばかしいことは言わない! 防壁を、奮起させよう!』 「俺たちは、防壁の端から端まで武装した。俺たちは将校たちに話した。マキシムスが死んだといううわさがあるから、翼のあるかぶとが押し寄せるかもしれないが、たとえ、それが事実だとしても、テオドシウスがブリテンのために援軍をよこすだろう。だから、われわれは結束して立ち上がらなくてはならないと・・・ 友よ、人が悪い知らせに、どのように耐えるかということを見るのは、何よりふしぎなことだ! それまで最も強かった者が最も弱い者になり、最も弱かった者が、いわば、背伸びをして、神から強さを盗み取る。俺たちの場合もそうだった。だが、わが友、ペルティナクスは、冗談と礼儀と努力によって、それに続く年月、弱い兵たちを精魂込めて鍛えた - そして俺が可能だと思った以上の成果をあげた。俺たちの、第三の - リビア人の歩兵隊でさえ、泣き言を言わずに、詰め物をあてた胴よろいを身に着けて立っていた。 「三日後に、翼のあるかぶとの七人の首長と長老たちがやって来た。その中に、俺が岸で会ったあの背の高い男、アマルがいた。彼は、俺の首飾りを見てほほえんだ。彼らは使者だったので、俺たちは彼らを出迎えた。俺たちは、アロが生きているが縛られているのを見せた。彼らは、俺たちがアロを殺したと思っていたので、彼の状態を見ても、彼らが怒ることはなかった。アロも、彼らが怒らないのを見て、それを怒った。それからフンノの俺たちの兵舎で会議に入った。 「彼らは、ローマは倒れかかっているから、俺たちが彼らに加わるべきだと言った。彼らは、貢物を取り立てた後、南ブリテン全部を、俺が統治するようにと申し出た。 「俺は答えた。『少し待て。この防壁は、略奪品のように量って分けられるものではない。俺の司令官が死んだという証拠をくれ』 「『いや』と長老の一人が言った。『彼が生きているという証拠を出せ』そして別のものが抜け目なく言った。『もし彼の最期の手紙を読んだら、何をくれる?』 「『俺たちは、商談している商人ではない』とアマルが叫んだ。『その上、俺は、この男に命を助けてもらった恩義がある。彼に証拠を見せるのだ』彼は、俺にマキシムスからの手紙を放ってよこした。(俺は、その封印をよく知っていた。) 「『俺たちは、これを、俺たちが沈めた船から奪った』と彼が叫んだ。『俺は読めないが、少なくとも、俺が信じられる一つの印は分かる』彼は、手紙の外側の黒っぽいシミを指し示した。それが、雄々しいマキシムスの血であると、俺は重い心で認めた。 「『読め!』とアマルが言った。『読め! それからおまえが、どちらに仕えるのか言ってくれ!』 「その手紙をざっと見た後、ペルティナクスが、とても静かに言った。『俺が、全部読もう。聞け、異邦人よ!』そして、読んだ。その手紙を、それ以来、俺は、ふところの奥にしまって持ち歩いている」 パルネシウスは、折りたたんだ汚れた羊皮紙を、首元から引き出して、抑えた声で読み始めた。 「『防壁の大将にふさわしい者たち、パルネシウスとペルティナクスへ、かつてガリアとブリテンの皇帝であり、現在はテオドシウスの野営地の海岸で死を待つ囚われの身であるマキシムスより - 挨拶と別れを!』 「『じゅうぶんだ』と若きアマルが言った。『それが証拠だ! さあ、あんたたちは、俺たちに加わるべきだ!』 「ペルティナクスが長いあいだ黙って彼を見つめたので、その金髪の男は少女のように顔を赤らめた。それからペルティナクスは読んだ。 「『私は、一生のあいだに、私に害を及ぼしたものに対し、喜んで害を与えてきた。だが、もし君たち二人に害を与えたとしたら、私は激しく後悔し、許しを請う。私が骨折って御することを望んだ三頭のラバは、君の父親が予言したとおり、私をばらばらに引き裂いた。抜き身の剣が、私に死を与えようとして天幕の扉のところで私を待ち受けている。私がグラティアヌスに与えた死だ。それゆえ、君たちの総督であり、皇帝である私は、君たちを、私に対する奉公からの、自由で名誉ある解任を与える。君たちは、私に対し、金や地位からでなく、私を愛してくれたから奉公してくれたと信じるからであり、それを思うと私は心が温まるのだ!』 「『太陽の光に賭けて』とアマルが割って入った。『これは、ある意味での立派な人間だ! 俺たちは、彼の部下にたいし、見誤っていたかもしれん!』 「そして、ペルティナクスは読み続けた。『君たちは、私が求めた時間をくれた。もし、私が、それを巧く使えなかったとて、嘆くな。われわれは、神々に対し、とても立派に賭けをしたが、神々が有利なサイコロの目を持っていて、私は罰金を払わなくてはならない。私がいたことを覚えていてほしい、だが、ローマはあるし、これからもあり続けるだろう。ペルティナクスに、彼の母はニケアで安全であり、その財産は南仏のアンティポリスの長官が管理していると、伝えてくれ。君の両親によろしく伝えてくれ。その友情は、私にとって実り多いものであった。私の小さなピクト人と、翼のあるかぶとにも、彼らの鈍い頭でも理解できるように、私の以下の伝言を伝えてくれ。私は、今日、君たちに三軍団を送った。すべてが順調にいけば届くだろう。私を忘れないでくれ。われわれは、ともに働いた。さらば! さらば! さらば!』 「さて、これが俺の皇帝の最後の手紙だった」(パルネシウスが手紙を元のようにしまうとき、カサカサいう音が子どもたちに聞こえた) 「『俺は、見損なっていた』とアマルが言った。『このような男の部下は、剣を交える以外、何も売ろうとはしないだろう。俺はそれを喜ぶ』そして、俺に手を差し出した。 「『だが、マキシムスは、あんたを解任した』と長老の一人が言った。『あんたたちは、自分が好きな誰に仕えようと - 支配しようと、自由だ。加われ - 後を追うな - われらに加われ!』 「『礼を言おう』とペルティナクスが言った。『だが、マキシムスが、あんたたちに伝言を伝えるようにと、われわれに言った - 失礼ながら、彼のことばを使えば - あんたたちの鈍い頭でも理解できるようにな』そして、準備された投石器の台座に続く扉を指さした。 「『分かった』と長老の一人が言った。『防壁は、相当な犠牲を払っても勝つにちがいない、ということだな?』 「『悲しいことだが』とペルティナクスが笑いながら言った。『だが、そうだ、防壁は勝つにちがいない』そして、彼らに最高級の南部産葡萄酒をふるまった。 「彼らは飲んで、黄色のあごひげを黙ってしごき、立ち上がって出て行った。 「アマルが、伸びをしながら(彼らは異邦人なので)言った。『俺たちは、好敵手だ。雪が解ける前に、どれほどの者がワタリガラスやサメに生まれ変わるだろう』 「『テオドシウスが送ってくるもののことを考えた方がよいぞ』と俺が答えたので、彼らは笑ったけれど、俺の偶然の一撃のひとことを心配しているのが分かった。 「アロじいさんだけが、少し後ろでぐずぐずしていた。 「『分かっただろう』と彼が、目をぱちぱちさせながら言った。『俺は、彼らの手先の犬でしかない。俺が、彼らに沼地を渡る秘密の道を教えたら、彼らは、俺を犬のように蹴飛ばすだろうよ』 「『それなら、俺なら、その道を急いで教えないようにする』とペルティナクスが言った。『ローマが防壁を守れないと確信するまではな』 「『おまえは、そう思うのか? ああ、悲しいかな!』と老人が言った。『俺は、俺の部族が平和であってほしいだけなのだ』そして彼は、雪の中、背の高い翼のあるかぶとの後を、よろめきながら出て行った。 「このようにして、ゆっくりと一度に一日ずつ戦いがやってきた。それは疑っている軍団にはとてもよくないことだった。最初、翼のあるかぶとは、以前にやったように海から押し寄せてきた。それを、俺たちは以前にやったように出迎えた - 投石器でだ。彼らは、それに嫌気がさしていた。だが、長いあいだ、彼らは自分たちのがに股の足では陸上でうまく戦えないと信じ込んでいた。そして、小さなピクト人は、部族の秘密を明かすことになったとき、ヒースの荒野の中のすべての道を教えるのを、恐れるか恥じるかしたのだと思う。俺は、これをピクトの囚われ人から知った。彼らは、俺たちの敵であると同じくスパイでもあった。翼のあるかぶとが、彼らを抑圧し、冬のたくわえを奪ったからだ。ああ、おろかな小さい人々よ! 「それから、翼のあるかぶとは防壁の両端から大挙して現れはじめた。俺は、南部に急使をやって、ブリテンではどんな知らせがあるか知ろうとした。だが、その冬、かつては軍隊がいたが今は見捨てられた駐屯地でオオカミが暴れまわっていたので、誰も戻ってこなかった。防壁ではポニーの餌にも困っていた。俺は十頭、ペルティナクスも同じだけ飼っていた。俺たちは、鞍の中で暮らし、東へ西へ乗っていき、乗りつくしたポニーは食料にした。街の人々も、厄介の種だったので、俺は、フンノの裏の一区画に彼ら全員を集めた。俺たちは、防壁の両側を壊して、最後の砦にした。部下たちは、密集した隊形の方がよく戦った。 「二ヶ月目の終わりには、人が積雪や夢にどっぷり漬かるように、俺たちは、戦争にどっぷり漬かっていた。眠りの中でも戦っていたと思う。少なくとも、防壁の上に行き、ふたたび下りてきたのは覚えているが、その間のことは何も覚えていない。ただ、命令を与えるために声はがさがさで、剣が使われた痕跡があるのが分かった。 「翼のあるかぶとは - まとまって攻めてきて、オオカミのように戦った。彼らは最も痛手をこうむったところで、最も激しく突っ込んできた。これは守り手の防壁にとって厳しいものだった。だが、それは、彼らがブリテンに押し寄せてくるのを防いでいた。 「当時、ペルティナクスと俺は、バレンシアに続くレンガのアーチ型の入り口のしっくいの壁に、塔の名前と一つずつ、それが落ちた日を書いていた。何か記録を残したいと思ったのだ。 「そして戦いは? 戦いは常に、ルティリアヌスの家の近く、大きなローマの市の女神の像の左右で最も激しかった。太陽の光に賭けて、俺たちがまったく重きをおいていなかったあの太った老人は、進軍ラッパの音の中で、ふたたび若返った! 彼の剣は神託だと、彼が言ったのを覚えている! 『神託に伺いを立てよう!』と彼は言って、刀の柄を耳に当て、頭をさかしげに振ったものだ。『そして、この日はルティリアヌスが生きるのを許されている』と言って、上着をたくし上げ、息を切らし、あえぎながら激しく戦ったものだ。おお、防壁の上では、食料の代わりに、冗談がたっぷりあった! 「俺たちは、二ヶ月と七日間耐えた - 常に三方から小さな場所に追い込まれていた。援軍が迫っていると、数回、アロが伝えてよこした。俺たちは、それを信じなかったが、それで部下は元気づけられた。 「終わりは、喜びの叫び声とともにではなく、休息のように、夢の中のように、やってきた。翼のあるかぶとが、ある晩、そして次の日、突然、俺たちを平穏で静けさの中に残して去ったのだ。それは、精魂使い果たした者たちには、あまりに長かった。俺たちは、最初は、起こされるのを覚悟で、軽く寝た。それから、それぞれ横になった場所で丸太のようにぐっすり眠った。もう、あれほどの睡眠を必要とすることがないように! 俺が目覚めたとき、防壁の塔は、武装した見慣れない兵でいっぱいだった。彼らは、俺たちがいびきをかいて寝ているのをじっと見ていた。俺は、ペルティナクスを起こし、俺たちは一緒にさっと立ち上がった。 「『何だ?』ときれいな甲冑の若者が言った。『君たちは、テオドシウスに対して戦うのか? 見るがいい!』 「俺たちは、北の方、赤い雪の向こうを見渡した。いや、翼のあるかぶとはいなかった。南の方、白い雪の向こうを見渡した。すると、強力な二つのワシの軍団が野営しているのが見えた。東と西には、炎と戦いが見えたが、フンノの近くは、すべて静かだった。 「『もはや厄介ごとはない』と若者が言った。『ローマの腕は長い。防壁の大将たちはどこだ?』 「俺たちは、自分たちがそうだと言った。 「『だが、君たちは年老いて、白髪だ』と彼が叫んだ。『彼らは若者だとマキシムスが言ったのに』 「『はい、数年前には、それはほんとうだった』とペルティナクスが言った。『われわれの運命はいかに? 立派で栄養十分な少年よ?』 「『私は、アンブロシウスと呼ばれている。皇帝の秘書官だ』と彼が答えた。『アクイレイラ(アドリア海沿岸のローマ時代の都市)の天幕で、マキシムスが書いた手紙を見せてくれ。そうすれば、君たちを信用しよう』 「俺は、手紙をふところから取り出した。彼が、それを読むと、敬礼して言った。『君たちの運命は、君たちの手の中にある。もしテオドシウスに仕えることを望むなら、軍団が与えられる。もし故郷に帰りたいなら、凱旋式を挙行しよう』 「『俺は、風呂と葡萄酒とひげそりと石鹸と油と香水の方がいいな』とペルティナクスが笑いながら言った。 「『ああ、君が若いことが分かった』とアンブロシウスが言って、『そして、君は?』と俺の方を向いた。 「『われわれは、テオドシウスに何の恨みもいだいてはいない。だが戦争においては -』と俺が言い始めた。 「『戦争においては、恋愛においてと同じだ』とペルティナクスが言った。『恋人が良かれ悪しかれ、人は、自分の最上の心を、ただ一人に捧げる。それが捧げられた後は、捧げるにせよ奪うにせよ、次に価値あるものなど残ってはいない』 「『それは真実だ』とアンブロシウスが言った。『私は、マキシムスが死ぬ前に、そのそばにいた。彼は、テオドシウスに、君たちがテオドシウスに仕えはしないだろうと警告した。率直に言って、私は、私の皇帝にとって残念に思う』 「『彼は、心を慰めるのにローマがあるさ』とペルティナクスが言った。『われわれを故郷に返して、この臭いを鼻腔から追い出せるように、お願いする』 「それでもやはり、凱旋式は行われたのだよ!」 「ふさわしく報われたわけだ」とパックが、泥炭土の穴の静かな水面に葉を数枚投げ入れながら言った。子どもたちが見ていると、葉のまわりに黒く油っぽい輪がくるくると広がっていった。 「僕、知りたい、ああ、すごくたくさんのことを」とダンが言った。「アロじいさんはどうなったの? 翼のあるかぶとは、戻ってきたの? アマルはどうしたの?」 「五人の料理人を連れた太って年取った司令官はどうなったの?」とユナが言った。「それに、あなたが帰ったとき、お母さんは何て言ったの?・・・」 「あんたたちが、この古い穴に長く居座りすぎていると言うだろうよ、もうこんなに遅いのに」と後ろからホブデンじいさんの声がした。「しっ!」と彼がささやいた。 そして、じっと立っていた。二十歩も離れていないところに、すばらしい雄ギツネが後足で立って、古い友だちであるかのように、子どもたちを見つめていた。 「おお、レノルズ様、レノルズ様よ」とホブデンが小声で言った。「もし、おまえさまの頭ん中のことを全部、知ったなら、知るに値することが分かるだろうに。ダン坊ちゃんとユナじょうちゃん、ちっちゃい鶏小屋の鍵を閉めるあいだ、一緒に来なされ」