出発前

用意周到なのか無計画なのかよく分からない出発前…

なぜフィンランド?

スウェーデン・フィンランドには高校のころからいいなと思っていました。 歴史的には一度も世界の中心になったことがない一方で、決して貧しくはなく、我が道を行く感じが素敵でした。 本読んだりネットで調べたりしていると、環境問題や福祉にそこまで興味があるわけではないけど、国民が平均的に満ち足りた生活をしているらしいこと、割と自己主張が強くないけど自分の考え方は持っているらしい…などなど。実にイメージ先行ですね。
高校一年のとき、たまたま近所のレンタルCDショップで借りたCDがすごく気に入りました。Cloudberry JamというバンドのTime to move onというアルバムで、今考えればそれはスウェデッシュ・ポップスブームも終わりかかった時期だったんですが、個人的には一大スウェーデンブーム到来でした。いつかはスウェーデンに行くぞ、と漠然と思ったりしたのですが、当時は航空券を調べるでもなく、なんとなく地図を見たりする程度でした。 あとこのころからデザインにも興味を持ち始め、機能的でかつ明るい色のいわゆる「北欧デザイン」も気になっていました。

大学に入って、初めてネイティブスピーカーの先生の英語を聞いたりして外国が急に身近になりました。高校まで僕は日本を出たことがなく、外国に対しては漠然とした憧れと苦手意識があったんですが、大学一年の終わりにアメリカに二週間ほど初めての海外研修(スタンフォード大を見せてもらいました)して、語学は行ってから頑張れば何とかなるものだな、と分かりました。一方で外国で暮らす上で本当に問題になるのは語学ではなく、もっと根本的な価値観なんだということも感じました。加えてこのとき一緒に行ったメンバーは今まで縁があまり無かった法学部系の社交的な文系の人が多く、僕にとってはいい刺激になりました。
ともあれ、こうして大学2年にはスウェーデンかフィンランドに留学したいという希望を固めました。ここでフィンランドが加わったのは、Linuxを作ったLinusさんがヘルシンキ大学出身だということ、国民性が僕に合いそうだからです。僕は情報系(電子情報工学科)に進んだのですが、これら二国は情報系産業にけっこう強く、一応留学する言い訳になりそうなのも好都合でした。 一方で学部での留学はちゃんと目的意識を持ってないと難しそうだし、ちゃんと馴染めるか不安もありました。でも理系の強みは、数式やプログラムは世界共通なことです。それなりの技術を身につけた大学院生くらいになれば、専門的な話で盛り上がれるかな、て希望を持って、大学院で一年くらいどこかに行くというのを当面の目標にしました。

大学潜入してみた

3年の冬学期に列品館にある国際交流室を訪ねてみました。初めて行くときにはけっこうドキドキだったなぁ。 そこで担当の小川さんと富沢さんに具体的な大学の名前やシステムを教えてもらいました。 (お二人にはその後は手続きなどでお世話になりました)  とりあえずまだあまり自信がないし、学位は日本で取るつもりだから一年の交換留学がよさそう。 規模的にはHUTの方が小さくて、アットホームな感じ?らしい。 KTHは授業メインになりそうだけど、HUTは研究と授業を選べるらしい あと奨学金のことも考えて、どうやらヘルシンキ工科大の方が良さそうだという結論に達しました。
とりあえず三年の冬にヨーロッパに旅行に行くことにして、ついでに大学も見学することにしました。 国際交流室の小川さんにヘルシンキ工科大に留学中の森本さんのメールアドレスを教えてもらったので、 お聞きしたところ、大学を案内してくれることになりました。突然なメールに丁寧に答えて下さった森本さんには本当に感謝です。

初めてのフィンランド…着いたのは2003年の2/24でした。予想はしていたけど寒い… 因みにこれは初めての一人旅だったので、はじめはけっこう緊張してました。 でもバス停探して迷ったり、公衆電話を探し回ったりするうちにもうどうでもよくなってきました。 走り回ってたら暑くなってコート脱いじゃったし。(因みにフィンランドでは携帯が普及しすぎていて、公衆電話はかなり少ないです)
なんとか大学に着いて、公衆電話も見つけて、森本さんを待ってました。僕もここの学生なんだ…とイメージトレーニングしてもなんか実感が沸きません。当たり前だけど通り過ぎる人に知り合いは一人もいません。段々心細くなってきたところに森本さんが現れて、一緒に昼食を食べました。授業の様子とか、今日はこれでも穏やかな日だとか、暮らしてみるとそんないいことばかりじゃないよ、とか、英語はほんと町中で通じるとか、色々実際的なことを聞けました。(再び感謝!) 来週手巻き寿司パーティーをするんだ、と聞いて、大学生活を楽しんでる様子をうらやましく思いました。

申し込み

実際に訪問してみて、4年の春の段階でヘルシンキに行くのは決めました。時期としては、M2で行くと修論とか就活が大変だからM1の方がいいよ、と聞いたので、M1の冬からにしました。4年生になると研究室配属・TOEFL・院試です。TOEFLの勉強はけっこう頑張ってみました。久しぶりの英語の勉強は色々抜けていたけど、プログラミングの息抜きに案外楽しめました。
院試も無事終了し、卒論も追い込みに入った1月にいよいよ留学生募集の掲示が出ました。留学計画書・TOEFL・成績証明書・履歴書・先生の推薦状などが必要で、締め切りは2月末です。卒論締め切りが2/1?日だったので、留学計画書とか推薦状とかはとりあえず卒論後でいっか、と思って放置。TOEFLのスコアは既に大学院の院試で提出してしまい手持ちが無かったので、再送をお願いするFAXをTOEFLの事務局に送りました。
さて無事卒論も終了し、書類一式を準備することにしました。まずは留学計画書。何を書いていいかさっぱりだったのですが、留学経験者の小町さんにアドバイスもらったり、研究室の斉藤さんに英語添削してもらったりして書きました。[留学計画書] これ書くときに、「フィンランド人は自己主張が強くなく、穏健な国民性だと言われている。これは日本人にも共通していて、僕は親近感を持っている」と書いたら、斉藤さんに「フィンランド人いけてない・日本人いけてない・だから親近感を持っている」みたいに読めるって言われました。うーん…なかなか難しい。
成績表一式が揃い、あとはTOEFLと推薦状です。 …と思ったら先生がインフルエンザで倒れてしまい、推薦状書いてもらえない。…TOEFLのスコアは待てども来ず、クレジット伝票みたらまだ引き落とされてない→注文が受け付けられてない!? TOEFLの方はFAXを再送したら、今度はちゃんと引き落としがあって、二週間ほどで成績が来ました。先生も一週間ほどで回復されて、なんとか書類一式が揃いました。
教訓 : 何事も早めにやろう。
☆あっ、推薦状作成はこんなサイトもあるみたいですね。

出発までのスケジュール

晴れて大学院生となったのですが、ゴールデンウィークになっても音沙汰がありませんでした。心配になりつつも帰省して、東京に戻ってきたら…大きな封筒に殴り書きの住所で手紙が来てました。やっぱり物が来ると実感が沸いて嬉しいですね。合格発表みたいな感じで一人ではしゃいでしまいました。その後家を決めるためにメールやFAXをやりとりしました。家はHOASという大学とは別の団体が管理していて、初めに300ユーロの預かり金を送金しないといけません。最寄りの郵便局で頼んだら随分手間取りましたが、6月末には契約完了しました。

さて、日本人が海外で一年間過ごすにはビザを取らなければいけません。ビザ取得には一ヶ月かかると聞いたので、6月中旬にはフィンランド大使館を訪れました。とりあえずネットで場所だけ調べて行ってみたら見事に受付時間外でした。受付時間は9:00-12:00とかなので、予め調べてから行きましょう。改めて翌日早起きして大使館に行ったのですが、やはり門が閉まっています。別の入り口があるのかな…と思ってうろうろしていると、天から声が降ってきました。「何しに来たの」と聞こえた(英語)ので、どこに向かって話したらいいのかよく分からないけど、「ビザ取りたいんです」と言うと鍵が開きました。「入って右の建物に入ってください」と言われたので従います。入ると受付があるのですが、僕とは防弾ガラスで仕切られてて声が聞こえません。向かいにはさっきの声の正体の女の人がいて、指で僕の目の前にある受話器を指してます。これでようやく話が出来る体制が整いました。あとは事情を説明して、フォームを埋めて、お金を払うと申し込み完了です。フォーム中では性別がFemale / Maleの順になっていたり、S/heという表現がよく出てくるのが新鮮。初めは厳重な警備で落ち着かなかったけど、フォームを書いてたら別の大使館員の人が出てきて「分からないことある?」って聞いてくれました。部屋自体もユースホステルのロビーみたいな感じでなかなか素敵です。帰り際に「しばらくパスポート使わないよね」と聞かれて、「使いません」って答えたらなんか没収されてしまいました。「いやあの」「後で郵便で送るから大丈夫だよ」「いやその」郵便ってまさか普通郵便!? 一抹の不安を感じつつも、一応大使館なので信用しないわけにもいかずその日は帰りました。
そういえば、ビザ取得に必要な書類は・パスポート・留学先の証明書・所属機関からの渡航を証明する手紙・TOEIC/TOEFLだったのですが、所属機関からの手紙はあちこちで聞いた結果、指導教官の田浦先生に書いてもらうことになりました。といっても何を書いてもらえばいいのか分からないので、斉藤さんに添削してもらいつつでっち上げて、先生にサインだけいただきました。適当…

一ヶ月ほどしたある日、大使館から書留が来ました。中にはフィンランド語のよく分からない書類二部とパスポートと説明が入ってて、説明を読むと「この書類にサインして、一部返送しなさい」て書いてあります。A4の情けない紙ではあるけど、これがビザっぽいです。言われたとおりサインして一部を返送し、もう一部はコピー取ったりして大事に保管しました。しかし…後日父親に「これビザじゃないだろ。パスポート見なよ」って言われて、パスポート見てると見慣れないシールが貼ってあります。これがビザで、A4の書類は受取証書か何かだったようです。まぁともあれビザ取得は7月中旬に終わりました。

あと渡航の航空券を買わなければいけません。通常の海外格安航空券は有効期間が1,2ヶ月ですが、たまに一年有効な航空券があります。僕はyahooトラベルで検索して、アフィニティトラベルて旅行社で買いました。Finnair(だとヘルシンキ直行)ではなくてルフトハンザのフランクフルト乗り継ぎでしたが、それはそれでOK。あとヘルシンキ着が21時と遅いので、その日の晩の宿をEurohostelに取りました。ここはユースホステルですが部屋は個室で、場所も駅から徒歩かトラムで行ける場所で便利です。 最後に保険ですが、これはGoogleの宣伝に出てたi-hoken.jpで三井住友海上のものを買いました。AIUが一番ポピュラーらしいけど、色々要らなさそうなオプションが付いていて10万以上します。僕は三井住友のでオプションを色々省いてもらって、11ヶ月で8万円くらいでした。

出発前夜

8/3-5まで学会で佐賀に行って、8/8に引っ越しで東京の家をたたみました。引っ越しは三回目だけど、ちょっとずつ持ち物が増えてます。兵庫県西宮市の家に戻って二週間ほど休養し、8/22にいよいよ出発です。
ご覧の通り留学の希望は随分早くから立ててたのですが、何となく「留学」って言葉の響きが嫌で隠してました。外国かぶれっぽいし、別に日本の大学に飽き足らないから新天地に出て行くみたいな野心も無いからです。四月くらいから言う必要のある人には行っていたのですが、高校関係の友人には言うタイミングを逃してしまって出発直前まで隠してしまいました。(ごめんなさい>N川くんT中さん・そしてちゃんとびっくりしてくれてありがとう)