funini.com -> Harry Potter -> and the half-blood prince -> ・第十八章 誕生日のびっくりするできごと

ハリーポッターと混血のプリンス

・第十八章 誕生日のびっくりするできごと

 ハリーは、次の日、ロンとハーマイオニーに、別々にだが、ダンブルドアが出した課題のことを打ち明けた。ハーマイオニーはまだ、軽蔑のまなざしで見る以上の時間を、ロンと一緒にいるのを拒否していたからだ。
 ロンは、ハリーならスラグホーンに対して何も難しいことはないと考えた。
 「スラグホーンは、君のこと大好きだもん」ロンは朝食のときに、目玉焼きをフォークに刺して振り回しながら言った。「君の頼みなら何だって断りっこないだろ?小さな魔法薬のプリンスに、断りっこないって。今日の午後、授業の後で後に残って頼めばいいさ」
 しかし、ハーマイオニーはもっと悲観的な見方をした。
 「ダンブルドアが引き出すことができないのなら、スラグホーンは、ほんとにあったことを絶対に隠そうと決心してるに違いないわ」と小さい声で言った。二人は、休み時間に誰もいない雪の積もった中庭に立っていた。「ホークラクス・・・ホークラクス・・・そんなことば聞いたことがないわ・・・」
 「聞いたことないの?」
 ハリーは、がっかりした。ホークラクスとは何かということについて、ハーマイオニーなら手がかりを与えてくれるかもしれないと期待していたのだ。
 「とっても高度な闇魔術に違いないわ。でなけりゃ、なぜヴォルデモートが知りたがったの?その記憶を手に入れるのは難しいと思うわ、ハリー、スラグホーンへ、どうやって近づくか、作戦を考えて慎重にやらなくちゃ・・・」
 「ロンは、僕が、今日の午後、魔法薬の授業の後に残ればいいって・・・」
 「あら、まあ、ロンロンがそう思うんなら、そうすれば」ハーマイオニーは、たちまち、かっと怒り出した。「とにかく、いつロンロンの判断が間違ってた?どうせ、いつも正しいんでしょうよ」
 「ハーマイオニー、頼むからさ――」
 「いや!」ハリーを足首まで雪に埋まったまま後に残して、怒って、さっさと行ってしまった。。
 魔法薬の授業は、ハリー、ロン、ハーマイオニーが一つの机を一緒に使わなくてはならなかったので、最近はとても居心地が悪かった。今日、ハーマイオニーは机の向こうに大鍋を動かしてアーニ―の近くに寄って、ハリーとロンの両方を無視していた。
 「君、何したの?」ハーマイオニーのむっとした横顔を見ながら、ロンがハリーに、ぶつぶつと言った。
 しかしハリーが答えようとする前に、スラグホーンが、部屋の前方から静かにするように呼びかけた。
 「静かに、静かに、どうか!急いで、さあ、今日はたくさんやることがある!ゴルパロットの第三の法則は・・・誰か、分かる人は――?ああ、グレインジャー嬢だな、もちろん!」
 ハーマイオニーが、全速力で暗唱した。「ゴルパロットの第三の法則で―述べているのは、―混合された―魔法薬の―解毒剤は―各々の―構成要素の―解毒剤の―合計―より―多い」
 「まさにその通り!」スラグホーンが、にっこり笑った。「グリフィンドールに十点!さて、ゴルパロットの第三の法則が正しいと認めるとすると・・・」
 ハリーは、その内容が何も理解できなかったので、ゴルパロットの第三の法則が正しいと、スラグホーンのことばを認めざるを得なかった。同じように、ハーマイオニーの他は誰もスラグホーンが次に言うことに、ついていけないようだった。
 「・・・それが意味するところはもちろん、スカーピンの『明かす呪文』により魔法薬の成分を正確に探り当てれば、初期の目的は達成される。また、そのものに対する解毒剤を選ぶという比較的単純作業ではなく、つけ加える成分を見つけ出すことができれば、ほとんど錬金術的過程により、本質的に異なる要素を変形させることができる――」
 ロンは、口を半分開けてハリーの横に座っていた。そして新しい「魔法薬製造:上級」の教科書にぼんやりといたずら書きをしていた。ロンは、授業が理解できないときに、もうハーマイオニーが助けてくれるのを当てにできないことを忘れていた。
 「・・・そこで」スラグホーンが話を終えた。「君たち一人一人が、私の机まで、これらの小瓶を取りにきてもらいたい。授業が終わる前に、その中の毒薬に対する解毒剤を作ってほしい。幸運を祈る、保護手袋を忘れないように!」
 ハーマイオニーが立ち上がって、スラグホーンの机に向かって途中まで行きかけたとき、クラスの残りは、やっと動くときなのだということが分かった。ハリー、ロン、アーニ―がテーブルに戻ってきたとき、ハーマイオニーは、もう小瓶の中身を大鍋の中に空け、その下に火をつけていた。
 「プリンスが、これには手助けできなくて残念ね、ハリー」背筋を伸ばして晴れやかに言った。「今回は、中の原理を理解しなくちゃいけないから。近道やカンニングは、できないのよ!」
 ハリーは、いらだちながらスラグホーンの机から取ってきた毒薬のコルク栓を抜いた。それは、けばけばしいピンク色だった。大鍋に空け、その下に火をつけたが、次に何をすればいいのかさっぱり分からなかった。ちらっとロンを見ると、そこに立ったままだったが、かなり、ばかみたいに見えた。ハリーがやることを全部真似していたのだ。
 「プリンスが、何もコツを書いてくれてないのは確かなの?」ロンがぶつぶつとハリーに言った。
 ハリーは、頼りになる「魔法薬製造:上級」の教科書を引っぱりだして、「解毒剤」の章をめくった。そこには、ゴルパロットの第三の法則が、一言一句ハーマイオニーが暗唱した通りに書いてあった。しかし、それが何を意味するのか説明するプリンスの手書きの解説は一言もなかった。プリンスは、ハーマイオニーと同じくそれを何の苦もなく理解したようだった。
 「何にもない」ハリーが陰気な口調で言った。
 ハーマイオニーは、大鍋の上で杖を必死になって振っていた。不幸なことに、二人は、その呪文を真似できなかった。ハーマイオニーは、もう声を出さない呪文が得意になっていたので、大きな声で言う必要がなかったからだ。しかしアーニー・マクミランの方は、大鍋の上でぶつぶつつぶやいていた。「スペシアリス レベリオ!(特別に明らかにせよ)」そのことばが印象的に聞こえたので、ハリーとロンは急いで真似をした。
 クラスで一番魔法薬を作るのが巧いという名声が、たった五分で、音を立てて崩れ去るのが、ハリーには分かった。スラグホーンは、地下室中を最初に回ってきたときに、いつものように喜びの叫び声を上げる準備をしながら、ハリーの大鍋を期待してのぞきこんだが、腐った卵の臭いに参ってしまって、少し咳込みながら急いで頭を引っ込めた。ハーマイオニーは、これ以上ないほど満足し切った表情を浮かべていた。これまで魔法薬のすべての授業でハリーに負けていたのが、ひどく気に入らなかったのだ。今は、最初の毒薬から、どうやったのか分からない方法で分離した成分を十の別々の水晶の小瓶に静かに注ぎ分けていた。ハリーは、その光景を見ると、他の何よりいらいらしたので、見ないですむように、混血のプリンスの本にかがみ込んで、不必要な力を込めて数ページめくった。
 すると、解毒剤の長い一覧表の真上に、走り書きがあった。
 「喉に、ベゾアールを突っ込むだけでよい」
 ハリーは、このことばを少しの間見つめた。ずっと昔、ベゾアールについて聞いたことがなかったか?スネイプが、一番最初の魔法薬の授業で言わなかったか?「ヤギの胃から取られる石で、すべての毒薬から助かる」
 それは、ゴルパロットの問題に対する答えではなかったし、もし、まだスネイプが先生だったら、そんなことをする勇気はなかっただろう。しかし、これは捨て身の手段を要する瞬間だった。ハリーは、急いで薬品の石棚のところへ行き、一角獣の角や、もつれた乾燥した薬草を脇に押しのけて中を探し回って、一番奥の小さな厚紙の箱を見つけた。その上には「ベゾアール」ということばが走り書きしてあった。
 箱を開いたときちょうど、スラグホーンが呼びかけた。「後二分だ、諸君!」箱の中には、六個のしなびた茶色の物体が入っていた。本物の石というより乾き切った腎臓のように見えた。ハリーはその一個をつかみ、箱を戸棚の中に戻して、急いで自分の大鍋のところに戻った。
 「時間は・・・そこまで!」スラグホーンがにこやかに呼びかけた。「さて、君たちがどのようにやったか見よう!ブレイズ・・・君は、何を見せてくれるかな?」
 ゆっくりとスラグホーンが部屋中を回って、いろいろな解毒薬を審査した。誰も課題を完成させてはいなかったが、ハーマイオニーは、スラグホーンが来る前に、瓶の中に、後、数種類の成分を詰め込もうとしていた。ロンは完全にあきらめて、大鍋から発する腐った臭いを嗅がないようにしていただけだった。ハリーは、かすかに汗ばんだ手にベゾアールを握って、そこに立って待っていた。
 スラグホーンが最後に、このテーブルにやって来た。アーニ―の薬の臭いを嗅いで、しかめ面をして通り過ぎ、ロンの大鍋ところに行って留まらないで、すぐに戻ってきたが、少し吐き気がするような顔をしていた。
 「そして君だ、ハリー。君は、何を見せてくれるかな?」
 ハリーは手を差し出した。手のひらにはベゾアールがあった。
 スラグホーンは、たっぷり十秒の間それを見下ろしていた。ハリーは少しの間、怒鳴り出すのではないかと心配したが、スラグホーンは、それから頭をのけぞらせて大笑いし始めた。
 「度胸があるな、君は!」とどろくような声で言って、ベゾアールを取り、クラス中が見えるように高く掲げた。「ああ、お母さんそっくりだ・・・うーむ、君を責めることはできない・・・ベゾアールは確かに、すべての魔法薬に対する解毒薬の働きをするからな!」
 ハーマイオニーは汗ばんだ顔をして鼻の上にすすがついていたが、怒りで土色に見えた。その半分完成した解毒薬は、髪の毛についた塊を含めて五十二種類の成分を含んでいて、スラグホーンの後ろの大鍋で、ゆるやかに煮立っていた。しかしスラグホーンは、ハリーしか目に入っていなかった。
 「で、あなたはベゾアールのことを、一人だけで考えついたの、ハリー?」ハーマイオニーは歯を食いしばりながら、尋ねた。
 ハリーが、その質問に答えようとする前に、「それこそが、真に魔法薬を作る者に必要な、独特の気迫だ!」スラグホーンが愉快そうに言った。「お母さんそっくりだ。リリーは、魔法薬製造にかけては同じような直感的な理解力を持っていた。君の力は、疑いなくリリーから受け継いだものだ・・・そうだ、ハリー、そうだ、もし、ベゾアールを手にすれば、間違いなく効果がある・・・ただし、すべての毒薬に効くわけではないし、めったに手に入らないから、解毒薬の調合の仕方を覚えるのは価値があることだが・・・」
 部屋の中で、ハーマイオニーより怒ったように見える人物は、マルフォイだけだった。マルフォイは、ハリーが見て喜んだことには、ネコの吐いた物のようなものが体にかかっていた。しかしハーマイオニーとマルフォイのどちらも、ハリーが何もせずにクラスのトップになってしまったことへ激怒した気持ちを表せないうちに終わりの鐘が鳴った。
 「終わりの時間だ!」スラグホーンが言った。「まったくもって生意気な態度に対して、グリフィンドールに十点追加!」
 そして、まだ満足気に含み笑いをしながら、地下室の前の机によたよたと戻っていった。
 ハリーは、荷物をつめるのに、とても長い時間をかけながら、ぐずぐずと後に残った。ロンもハーマイオニーも出て行くときに幸運を祈るとは言わなかった。二人とも、むしろ心配しているように見えた。ついにハリーとスラグホーンだけが教室に残った。
 「さあ、ハリー、次の授業に遅れてしまうよ」スラグホーンが愛想よく言いながら、ドラゴンの皮の書類鞄の金の留め金をパチリと留めた。
 「先生」ハリーが、否応なしにヴォルデモートのことを思い出しながら言った。
 「お尋ねしたいことがあるのですが」
 「どんどん聞きなさい、それじゃ君、どんどん聞きなさい・・・」
 「先生は、ご存知でしょうか・・・ホークラクスについて?」
 スラグホーンはその場に凍りついた。丸い顔が沈み込んでいくようだった。唇をなめ、かすれた声で言った。「何だって?」
 「先生が、何かご存知かどうかお尋ねしたのです。ホークラクスについて。あの――」
 「ダンブルドアが、君にそう言わせたな」スラグホーンがささやくように言った。
 その声は完全に変わった。もう愛想のいいものではなく、衝撃を受けて、怖がっていた。そして胸のポケットを探りハンカチを引き出して、額の汗を拭いた。
 「ダンブルドアが、あの――あの記憶を君に見せたな」スラグホーンが言った。「さあ?どうだ?」
 「そうです」ハリーが、嘘をつかないのが最善だとその場で決めて言った。
 「ああ、もちろん」スラグホーンが、まだ白い顔をハンカチで軽くたたきながら静かな口調で言った。「もちろん・・・ええ、もし君があの記憶を見たのなら、ハリー、私が何も知らないのが分かるだろう――何も――」そのことばを力強くくり返した。「ホークラクスについて」
 それからドラゴンの皮の書類鞄をつかみ、ハンカチをポケットに押し込んで地下室の扉の方に堂々と歩いていった。
 「先生」ハリーが死に物狂いになって言った。「あの記憶には、もう少しあるかもしれないと、ちょっと思ったのですが――」
 「そうかね?」スラグホーンが言った。「それでは、君は間違っているな?間違いだ!」
 最後のことばを怒鳴るように言って、ハリーがそれ以上何も言えないうちに地下室の扉をバタンと閉めて出て行ってしまった。
 ハリーが、この悲惨な会見の模様を話したが、ロンもハーマイオニーもまったく同情してくれなかった。ハーマイオニーは、ハリーが作業をきちんとせずに勝利を得たことに、まだ怒りで煮えくり返っていた。ロンは、自分にもベゾアールを手渡してくれなかったと恨んでいた。
 「もし僕たち二人ともがそうしたら、単なるばかに見えると思ったんだよ!」ハリーがいらいらしながら言った。「ねえ、僕は試しにやってみて、ヴォルデモートについて聞けるように、スラグホーンの気持ちをなびかせなくちゃならなかったんだよ、そうだろ?ああ、しっかりしてよ!」ロンが、その名前を聞いてひるんだので、怒ったようにつけ加えた。
 ハリーは、自分の失敗と、ロンとハーマイオニーの態度に、かんかんに怒りながら、次の数日間、スラグホーンに対してどうしようかと考え込んでいた。さしあたり、ホークラクスについてはまったく忘れてしまったと、スラグホーンに思わせようと決めた。それは事実ではないが、気持ちを落ち着かせて安全だと思わせておいてから、もう一度聞き出そうとするのがきっと最善策だろう。
 ハリーが、もうスラグホーンに質問しなかったので、魔法薬の先生は、また前の通り愛情溢れる扱いをするようになった。そして、あの問題は心から追い出してしまったようにみえた。ハリーは、スラグホーンの小さな夕べのパーティーの招待状を待った。もしクィディッチの練習の日にちを替えても今度は招待を受けようと決心していた。しかし、不運なことに、そのような招待状は来なかった。ハリーはハーマイオニーとジニーに確かめていたが、どちらも招待状は受け取っていなかったし、二人が知る限り、他の誰も受け取っていないようだった。そこで、スラグホーンが見かけほど忘れっぽくはなく、ハリーに質問させる余分な機会を与えないと決心しているのではないかと考えざるを得なかった。
 一方、ホグワーツの図書室は、初めてハーマイオニーの期待に答えられなかった。ハーマイオニーはとてもショックを受けたので、ベゾアールの策略でハリーに怒っていたことを忘れるほどだった。
 「ホークラクスが何かということについて、たった一行の説明も見つからなかったの!一行もよ!読むのを制限されている部門もずっと調べたし、ひどくぞっとさせる薬の作り方が書いてある、ひどく恐ろしい本でさえ調べたの――でも何もないの!見つけることができたのはこれだけ、『最もよこしまな魔法』の前書きに――聞いて――『魔法的発明のうち最も邪悪なもの、ホークラクスについては、我々は語らないし説明もしない』・・・つまりね、だったら、なぜ、そう書くのよ?」いらいらしながら、その古い本をバタンと閉じると、それが幽霊のようなうめき声を上げた。「まあ、お黙り」ハーマイオニーは噛みつくように言って、それを鞄の中に押し込んだ。
 二月になると、雪が学校の周りで溶けてきて、代わりに、冷たくわびしい雨が降るようになった。紫っぽい灰色の雲が、城の上に低く垂れ込め、冷たい雨が降り続いて、芝生は滑りやすく泥んこになった。そのため、六年生の最初の「姿あらわし」の講習は、通常の授業がなくならないよう土曜日の午前中に予定されていたが、グランドの代わりに大広間で行われることになった。
 ハリーとハーマイオニーが大広間につくと、(ロンはラベンダーと先に下りていたので)、テーブルがなくなっていた。雨が高窓にたたきつけるように降り、頭上の魔法のかかった天井の空は、暗く雲が渦を巻いていた。六年生たちは、寮の長であるマクゴナガル、スネイプ、フリットウィック、スプラウト先生と、魔法省から来た「姿あらわし」の講師だと思われる小柄な魔法使いの前に集まった。その人は、まつげが透明で髪の毛を小さく束ねていて実体がないような感じで、たった一吹きの突風で吹き飛ばされてしまいそうで、奇妙に生彩がなかった。ひっきりなしに姿を消したり、また現れたりしていると、いくらかその実体が減ってくるのか、でなければ、はかなく見える体格が消えたいと思う人には理想的なのだろうか知りたいとハリーは思った。
 「おはようございます」生徒たちがすべて到着し、寮の長の先生たちが静かにするよう呼びかけたとき、魔法省の魔法使いが言った。「私は、ウィルキー・トワイクロスです。これから十二週の間、魔法省の『姿あらわし』の講師を努めます。今回の講習で、みなさんが、『姿あらわし』の試験の準備ができるよう期待します――」
 「マルフォイ、静かにして注目!」マクゴナガル先生が怒鳴った。
 皆が、そちらを見た。マルフォイの顔が鈍いピンク色に染まった。クラブとささやき声で議論していたらしかったが、クラブから離れたときひどく怒っているようだった。ハリーは素早くちらっとスネイプの方を見た。これもまた怒っているようだったが、それはマルフォイの無作法さに対してというよりは、マクゴナガルが自分の寮の生徒を皆の前で叱ったせいに違いないと、ハリーは思った。
 「――そのときまでに、恐らくみなさんの多くが、試験を受ける準備ができることでしょう」トワイクロスは、話の腰を折るものが何もなかったように続けた。
 「みなさんが多分ご存知のように、ホグワーツ校内で、『姿あらわし』や『姿くらまし』することは、通常は不可能です。みなさんが練習できるように、校長先生が、大広間の中だけ、一時間、その魔法を解いて下さいました。この大広間の壁の外に『姿あらわし』することはできないし、試みるのは愚かなことだと強調しておきます。
 「さて、みなさん方一人一人が、自分の前に1、5メートルの空間を十分あけるように立ってください」
 全員が離れながら、互いにぶつかって、そこをどけと命令し合うので、場所のひどい奪い合いや押しのけ合いが起こった。寮の長の先生たちが、生徒たちの間で動き、所定の位置に整列させ、言い合いを止めさせた。
 「ハリー、どこ行くの?」ハーマイオニーが問いつめるように言った。
 しかしハリーは答えないで、生徒たちの中を素早く動いていった。フリットウィック先生がキーキー声を上げて、前に出たがっている数人のレイブンクロー生を所定の位置につかせようとしているそばを通り、スプラウト先生が、ハフルパフ生を並ばせようと追い回しているそばを通り、アーニー・マクミランの周りをすり抜けて、何とか皆の一番後ろ、マルフォイの真後ろの位置を占めた。マルフォイは、周りの大騒ぎをいいことに、クラブとの議論を続けていた。クラブは、マルフォイから1、5メートル離れたところに反抗的な様子で立っていた。
 「どのくらい長くかかるか分からないんだ、いいか?」マルフォイが、真後ろに立っているハリーには気づかずに、クラブめがけて言った。「僕が予想したより長くかかっているんだ」
 クラブが口を開いたが、マルフォイは、言いそうなことを当てて批判するようだった。
 「いいか、僕が何をしているか君には関係ない、クラブ。君とゴイルはただ命令された通りにして、見張りをすればいいんだ!」
 「僕は、自分のために見張りをしてくれるよう頼むんなら、何をするつもりか友だちに言うよ」ハリーが、ちょうどマルフォイに聞こえるくらいの大きさの声で言った。
 マルフォイは、すぐにくるりと振り向き、その手が杖の方にさっと伸びた。しかし、ちょうどその時、四人の寮の長の先生が叫んだ。「静かに!」そして、また静かになった。マルフォイはゆっくりと振り向いて顔を正面に向けた。
 「ありがとう」トワイクロスが言った。「さて、それでは・・・」
 そして杖を振ると、たちまち古めかしい木製の輪が、生徒一人一人の前の床に現れた。
 「『姿あらわし』をするときに覚えておくべき重要なことは、三つの『い』です!」トワイクロスが言った。「『行く先』、『意志』、『急がぬこと』!
 「第一段階:希望する行く先に、心をしっかりと向けなさい」トワイクロスが言った。「この場合は、みなさんの輪の中です。さあ、どうかその行く先に集中してください」
 全員がこっそりと周りを見回して、他の人たちが輪を見つめているかどうか調べて、それから急いで自分も言われた通りにした。ハリーは、自分の輪に囲まれた丸い一区画の汚い床を見つめたが、マルフォイが見張りを立てて何をしているんだろうと頭を悩ませずにはいられなかったので、何も考えないようにするのは不可能だった。
 「第二段階」トワイクロスが言った。「思い浮かべた場所を占有することに意志の力を集中させなさい!そこに入りたいと熱望する気持ちを、心の中から、体の隅々の部分まで溢れさせなさい!」
 ハリーはこっそりと周りを見た。少し離れた左手で、アーニー・マクミランが自分の輪を、顔が赤くなるほど必死になって見つめていた。クアッフルくらい大きな卵を生もうとしているかのようだったので、ハリーは笑いを噛み殺して、急いで自分の輪を見つめることに戻った。
 「第三段階」トワイクロスが呼びかけた。「これは私が指示したときにだけ、やるように・・・その場で回りなさい。無への道を感じながら、急がず慎重に動くように!私の指示があったら、さあ・・・いち――」
 ハリーは、また周りを見た。生徒たちの多くが、そんなに早く、姿あらわしするよう要求されるのにとても驚いていた。
 「――にい――」
 ハリーは、また自分の輪に集中しようとしたが、もう三つの「い」が何を表しているのか忘れてしまった。
 「――さん!」
 ハリーは、その場でくるっと回りバランスを崩して倒れそうになった。自分だけではなかった。大広間中の生徒が突然よろよろし始めた。ネビルは仰向けにバタンと倒れた。一方アーニー・マクミランはバレーのつま先立ちの旋回のようなことをして輪の中に飛びこみ、一瞬成功したかと思ってわくわくした表情をしたが、ディーン・トーマスが自分を見て大笑いしているのに気がついて、平静に戻った。
 「気にしないで、気にしないで」トワイクロスが、もっとよい結果は、まったく期待していないように冷淡に言った。「自分の輪の位置を直して、最初の位置に戻ってください・・・」
 二度目の試みも一度目と同じように、うまくいかなかった。三度目も同じだった。興奮する出来事が起こったのは四度目だった。恐ろしい苦痛の叫び声が上がったので、全員がそちらを見て、ぞっとした。ハフルパフのスーザン・ボーンズが輪の中で震えていたが、左足は、まだ最初の1、5メートル離れたところに立ったままだった。
 寮の長の先生たちが、スーザンの周りに集まった。大きなバンという音がして紫色の煙が上がり、それがなくなってみるとスーザンがすすり泣いていた。足はくっついていたが怖がっている様子だった。
 「スプリンチ、つまりいろいろな体の部分が分離することは」ウィルキー・トワイクロスが冷静に言った。「意志の力が十分強くないときに起こります。常に行く先に集中し、急がず、慎重に動きなさい・・・このように」
 トワイクロスは前方に進み出て、その場で両腕を伸ばして優美に回り、ローブが巻き上がった中に消えた。そして大広間の後ろに再び現れた。
 「三つの『い』を覚えておきなさい。もう一度やってみなさい・・・いち――にい――さん――」
 しかし、スーザンがスプリンチした後は、一時間経っても、他に何も起こらなかった。トワイクロスはがっかりしたようには見えなかった。マントを首のところで留めて、こう言っただけだった。「では、みなさん、今度の土曜日に。『行く先』、『意志』、『急がぬこと』を忘れないように」
 そして、杖を振って輪を消す魔法をかけ、マクゴナガル先生に伴われて大広間を出て行った。しゃべる声がどっと沸き起こって、生徒たちは玄関の広間の方に動き始めた。
 「どうだった?」ロンが、ハリーの方に急いでやって来た。「僕、やってみた最後のときに何か感じたんだよ――足がちくちくするような」
 「運動靴が小さ過ぎるんだと思うわ、ロンロン」後ろから声がして、ハーマイオニーがにやにや笑いながら、さっと通り越していった。
 「僕は何も感じなかった」ハリーが、ハーマイオニーが邪魔したのは無視して言った。「でも、今はどうでもいいんだ――」
 「どういうこと、どうでもいいって・・・姿あらわしのやり方覚えたくないの?」ロンが信じられないように言った。
 「気にしてないのはほんとだよ。箒で飛ぶ方が好きだから」ハリーは振り返ってマルフォイがどこにいるか探した。そして玄関の広間に向かって急いだ。「ねえ、急いで。頼む、やりたいことがあるから・・・」
 ロンが、まごつきながらハリーの後について走ってグリフィンドールの塔に戻った。途中、ピーブスが五階の扉を塞いで開かないようにして、自分のパンツに火をつけるまで通さないと言ったので手間取った。けれど、ハリーとロンは、引き返して確実な近道を通ったので、五分もしないうちに、肖像画の穴を登って、くぐっていた。
 「ここなら、君が何するつもりなのか教えてくれる?」ロンが少し息を切らせながら言った。
 「ここ登って」ハリーが言って、二人は談話室を突っ切って、男子寮の階段の扉を通っていった。
 寮には、予想通り誰もいなかった。ハリーは、トランクをさっと開けて中を引っかきまわした。ロンはいらいらしながら見ていた。
 「ハリー・・・」
 「マルフォイが、クラブとゴイルを見張りに使ってる。たった今クラブと言い合っていたんだ。僕は知りたい・・・あった」
 探し物が見つかった。真四角の羊皮紙を折りたたんだ何も書いていないように見えるものだった。それを広げて杖の先で軽くたたいた。
「僕は、よからぬことを企んでいると厳粛に誓う・・・ていうかマルフォイが企んでるんだけどな」
 すぐに「盗人の地図」が羊皮紙の表に現れた。それは、城の中にいる人たちすべての詳しい見取り図だった。城の住人の名前がついたごく小さな黒い点が、その中を動き回っていた。
 「マルフォイを見つけるの手伝って」ハリーが、あせって言った。
 地図をベッドの上に広げ、ハリーとロンはその上にかがみ込んで探した。
 「そこ!」ロンが一、二分後に言った。「スリザリンの談話室にいるよ、ほら・・・パーキンソンとザビニとクラブとゴイルと一緒に・・・」
 ハリーは地図を見て、がっかりしたが、すぐに元気になった。
 「じゃあ、僕はこれからマルフォイを見張るよ」きっぱりと言った。「で、クラブかゴイルを外に見張りに立たして、どっかに隠れるのを見たらすぐ、透明マントの出番で、あいつが何をしてるか見つけに行――」
 ハリーは急に話を止めた。ネビルが、強烈に焦げた臭いをまき散らしながら入ってきて、トランクの中を引っかき回して新しいパンツを探し始めたからだった。
 ハリーが、マルフォイの出かけるところを捕まえるぞと決心したのに、翌日からの二週間というもの、まったく運がなかった。地図を、できる限り、しょっちゅう調べた。時には、授業の合間に、行く必要がないのにトイレに行って調べたりしたが、マルフォイがどこか疑わしい場所にいるのを見つけることはできなかった。確かに、クラブとゴイルが今までより、ひんぱんに二人で勝手に城中を動き回り、時には誰もいない廊下でじっとしていることがあった。そういうときマルフォイは、二人の近くにいないばかりか、地図の上に見つからなかった。これは、とてもおかしなことだった。ハリーは、マルフォイが学校の敷地から出たのかもしれないとも思ったが、城が、とても厳重に警備されていると知っていたので、どうやって、出られるのか分からなかった。地図上の何百というごく小さい黒い点の中にいるマルフォイを見失っているんだろうと考えるしかなかった。マルフォイ、クラブ、ゴイルが、いつも一緒にくっついていたのに、別行動をしているように見えるということに限れば、学年が上になると誰にでも起こることだ。ハリーは、ロンとハーマイオニーが、そのいい見本だと悲しく思った。
 二月から三月になっても、よく雨が降ると同時に風が強くなった他は、天候に変化なかった。今度のホグズミード行きは中止になったという知らせが談話室の掲示板に出たので、みんなが憤慨した。ロンはかんかんに怒った。
 「その日は、僕の誕生日なんだよ!楽しみにしてたのに!」
 「でも、予想しなかったことじゃないよね?」ハリーが言った。「ケイティーの事件のあとだから」
 ケイティーは、まだセントマンゴ病院から退院してこなかった。それに加えて、更に多くの失踪者が、デイリー・プロフェット紙上に報じられた。その中にはホグワーツの生徒の親戚も何人かいた。
 「でも今、楽しみにできることったら、つまんない姿あらわしだけだよ!」とロンが不機嫌そうに言った。「まったく大きな誕生日の楽しみだよ・・・」
 三回の講習が終わったが、「姿あらわし」は相変わらず難しかった。もうあと数人が、スプリンチを経験するはめになった。みんなの欲求不満が高まって、ウィルキー・トワイクロスと、三つの『い』に対して、反感が募っていたので、たくさんのあだ名がついた。その一番礼儀正しいもので、「犬の息みたいに臭い奴」、「犬の糞みたいな頭」だった。
 「誕生日おめでとう、ロン」三月一日の朝、シェーマスとディーンが騒々しく朝食に出かける音で、二人が起こされたときに、ハリーが言った。「はい、プレゼント」
 ハリーは、ロンのベッドに包みを放った。それは、夜の間にハウスエルフが運んできたに違いない小さな包みの山と一緒になった。
 「ありがと」ロンが眠そうに言って、包み紙を破ったとき、ハリーはベッドから起きだしてトランクを開け「盗人の地図」を探し始めた。使うたびにしまっていたのだ。トランクの中身の半分を外に出してからやっと幸運の薬、フィリクス・フィリシスを隠してある丸めた靴下の下に、地図があるのを見つけた。
 「よし」とつぶやいて、地図を持ってベッドに戻り、ちょうどベッドの足元を通っていたネビルに聞こえないように、杖で静かにたたいて、ぶつぶつと言った。「僕は、よからぬことを企んでいると厳粛に誓う」
 「すてきだよ、ハリー」ロンが熱心に言って、ハリーがあげた新しいクィティッチのキーパー用手袋を振った。
 「どういたしまして」ハリーは、うわのそらで答えながら、スリザリンの寮を、マルフォイがいないかと詳しく探していた。「ねえ・・・僕、あいつがベッドにいるとは思わないな・・・」 ロンは、プレゼントを開けるのに忙しかったので返事をしないで、ときおり嬉しそうな叫び声を上げていた。「まじめに今年は大漁だ!」発表しながら、重そうな金の腕時計を持ち上げたが、それには縁に奇妙な記号がついていて、針の代わりにとても小さな動く星がついていた。「ママとパパがくれたの見た?すごいや、僕も来年は成人するんだ・・・」
 「かっこいいね」ハリーはつぶやくように言って、その時計を目の端でちらっと見てから、もっと詳しく地図をのぞき込んだ。マルフォイはどこだ?大広間のスリザリンのテーブルで朝食をとってはいないようだった・・・自分の部屋で座っているスネイプの周りにもいなかった・・・どのトイレにも、病棟にもいなかった・・・
 「一つ食べる?」ロンが、聞き取りにくい声で言いながら、チョコレート大鍋の箱を差し出した。
 「ううん」ハリーが見上げた。「マルフォイが、またいなくなった!」
 「そんなことありえないよ」ロンが、口に二つ目のチョコレートを詰め込みながら、ベッドから滑りでて着替えをした。「ねえ、急がないと、すきっ腹で、姿あらわししなくちゃならないよ・・・そっちの方が、やりやすいかもしれないけどさ・・・」
 ロンは、思いに耽りながらチョコレート大鍋の箱を見た。それから肩をすくめて三つ目を食べた。
 ハリーは杖で地図を軽くたたき、ほんとうは完了していなかったが、「いたずら完了」とつぶやいた。それから一生懸命考えながら着替えをした。マルフォイがときどきいなくなるのには理由があるはずだ。しかし、それが何なのか、ハリーには、ただもう分からなかった。それを見つけ出す一番の方法は跡をつけることだ。けれど、透明マントを使っても、それは不可能だった。授業、クィディッチの練習、宿題、そして姿あらわしがあった。いないのを周りに気づかれずに、マルフォイを一日中追いかけ回すことはできなかった。
 「用意できた?」ハリーはロンに聞いた。
 寮の扉に向かう途中で、ロンが動かないでベッドの柱のもたれて、雨に濡れた窓の外を妙に焦点の定まらない表情で見つめているのに気づいた。
 「ロン?朝ご飯」
 「お腹すいてない」
 ハリーは、ロンを見つめた。
 「君、さっき言ったばかりじゃ――?」
 「うーん分かった。一緒に行くよ」ロンがため息をついた。「でも、食べたくない」
 ハリーは、ロンを疑わしげによくよく見た。
 「君、チョコレート大鍋の箱の半分食べちゃったんじゃない?」
 「そのせいじゃないんだ」ロンが、また、ため息をついた。「君・・・君には分からないよ」
 「その通りだよ」ハリーは、わけが分からなかったが、そう言って扉を開けようと振り向いた。
 「ハリー!」ロンが突然、言った。
 「何?」
 「ハリー、僕、耐えられない!」
 「何に耐えられないの?」ハリーが、今では、驚きながら尋ねた。ロンは、青ざめて吐きそうに見えた。
 「彼女のことを考えずにはいられないんだ!」ロンがかすれた声で言った。
 ハリーは、ぽかんと口を開けて彼を見つめた。こんな答えが来るとは予期していなかったし、絶対に聞きたくもなかった。二人は友だちかもしれないが、ロンがラベンダーを「ラブラブ」などと呼び始めたら、強硬な態度を取らなくてはならない。
 「だからって、どうして朝ご飯がいらないの?」ハリーが、事の成り行きに、常識的なことを取り入れようとしながら尋ねた。
 「僕の存在を、彼女は知らないと思うんだ」ロンが、やけくそになったような身振りをしながら言った。
 「彼女は、絶対に君の存在を知ってるよ」ハリーがまごつきながら言った。「いっつも君と抱き合ってキスしてるじゃないか?」
 ロンが目をぱちくりさせた。
 「誰のこと言ってるの?」
 「誰のこと言ってるの?」ハリーが言ったが、だんだん、この会話はまったく、おかしいと思い始めていた。
 「ロミルダ・ベイン」ロンが優しく言った。そう言いながら顔全体が、日の光そのものを浴びたかのように輝いて見えた。
 ほとんど丸一分間というもの互いに見つめ合った後、ハリーが言った。「冗談だろ、ね?君、冗談言ってるんだ」
 「僕ね・・・ハリー、僕、彼女を好きになったようなんだ」ロンが抑えた声で言った。
 「分かった」ハリーが、ロンに近づいていき、どんよりした目と青ざめた顔色をもっとよく見ようとした。「分かった・・・真面目な顔で、もう一回言ってみて」
 「僕は、彼女が好きだ」ロンが息を切らせてくり返した。「彼女の髪を見た?黒くてつやつやして、すべすべしてる・・・彼女の目は?大きくて黒っぽい目は?それから、彼女の――」
 「こんなこと、みんな、ばかげてるよ」ハリーが、いらいらして言った。「でも冗談はおしまい、分かった?もう止めて」
 そして、振り向いて部屋を出ていこうとした。扉の方へ向かって二足進んだとき、右の耳に、ガツンという一撃が当たったので、よろめきながら振り向いた。ロンのこぶしが真後ろに引かれていた。その顔は怒りにゆがんでいて、もう一度、殴りかかろうとするところだった。
 ハリーは本能的に行動した。杖がポケットから引き抜かれ、それと意識せずに呪文のことばが心に浮かび上がった。「レビコルプス!」
 ロンは、前と同じように、かかとが上の方にぐいとねじり上げらたので、叫び声を上げた。どうしようもなく、逆さにぶら下がって、ローブがだらんと垂れていた。
 「なぜ、あんなことをした?」ハリーが怒鳴った。
 「彼女を侮辱したからだ、ハリー!君は、冗談だって言った!」ロンが叫んだが、血が頭に下がってきて、顔がゆっくりと紫色になっていった。
 「気違い沙汰だ!」ハリーが言った。「いったい、なぜそんなことに――?」
 そのとき、彼はロンのベッドの上の蓋が開いた箱を見た。殺到するトロルのようなすさまじい勢いで、真実が、頭の中に押し寄せた。
 「このチョコレートの大鍋、どこで手に入れた?」
 「誕生日のプレゼントだよ!」ロンが叫んだが、自由になろうともがくため、空中でゆっくり回転していた。「君に一つ食べないかって聞いただろ?」
 「この箱、床から拾い上げたんだろ?」
 「僕のベッドから落ちたんだよ、分かった?僕を下ろして!」
 「君のベッドから落ちたんじゃないよ、まぬけ、分からないの?それ、僕のだよ。僕が地図を探すとき、トランクから放り出したんだ。クリスマスの前にロミルダがくれたチョコレートの大鍋で、その中には、惚れ薬が入ってるんだよ!」
 しかし、その中の一言しかロンの頭には残らなかったようだった。
 「ロミルダ?」と、くり返した。「ロミルダって言ったの、ハリー?――彼女を知ってるの?紹介してくれる?」
 ハリーはぶらさがっているロンを見つめたが、その顔は、希望に満ちあふれていた。ハリーは、思わず笑い出したくなるのをこらえた。ハリーの一部分――ズキンズキンと痛む右の耳に一番近い部分――は、ロンを降ろして、惚れ薬の効果がなくなるまで、見境をなくしてふるまうのを観察してやれという考えが、とても気に入った・・・しかし一方、二人は友だちのはずだ。ロンが襲ったときは正常ではなかった。ハリーは、ロンがロミルダ・べインに不滅の愛を誓うのを許せば、もう一発打たれても仕方がないと思った。
 「ああ、紹介するよ」ハリーが、めまぐるしく考えながら言った。「今から君を降ろすよ、いい?」
 ロンを床にドサンと落とした(ロンの耳はとてもひどく床に当たった)。しかし、ロンはすぐににやにや笑いながらぴょんと立ち上がった。
 「彼女は、スラグホーンの部屋にいるよ」ハリーは大胆に言って、先に立って扉の方に向かった。
 「なぜ、そんなとこにいるの?」ロンが心配そうに言いながら、急いで追いついてきた。
 「ああ、魔法薬の補習を受けてるんだよ」ハリーが、でたらめにでっちあげながら言った。
 「僕も、一緒に受けるように頼んでみようかなあ?」ロンが熱心に言った。
 「名案だね」ハリーが言った。
 ラベンダーが肖像画の穴のそばで待っていた。それは、ハリーが予測しなかったやっかいな問題だった。
 「遅いじゃないの、ロンロン!」ラベンダーが、ふくれっつらをして言った。「あなたに持ってきたのよ。お誕生日の――」
 「放っといて」ロンが、いらいらしたように言った。「ハリーが、ロミルダ・ベインに紹介してくれるんだ」
 ロンは、それ以上何も言わずに、肖像画の穴を通って突き進んだ。ハリーはラベンダーに対して申し訳なさそうな顔をしようとしたが、おもしろがっているような顔にしか見えなかったかもしれない。太った婦人が後ろでさっと閉まるとき、ラベンダーは前よりもっと怒ったようにみえた。
 ハリーは、スラグホーンが朝食に出かけているかもしれないと少し心配した。しかし部屋の扉をノックするとすぐに返事があった。緑色のビロードの部屋着を着て、それに似合ったナイトキャップをかぶり、かなりとろんとした目をしていた。
 「ハリー」つぶやくように言った。「訪ねて来るには、早すぎる時間だな・・・私は、たいてい土曜は夜更かしするのでね・・・」
 「先生、お邪魔してほんとうに申し訳ありませんが」ハリーが、できるだけおとなしく言った。一方ロンはつま先立ちで、スラグホーンの向こうの部屋の奥を見ようとしていた。「友だちのロンが、間違って惚れ薬を飲んでしまったんです。その効力をなくす薬を作って頂けませんか?マダム・ポンフリーのところに連れて行ってもいいんですが、ウィーズリーズ・ウィザード・ウィージズの店からは何も買ってはいけないことになってるし、それに、あの・・・都合の悪い質問とか・・・」
 「君なら、さっと治してやれると思ったがね、ハリー。君のような魔法薬の達人なら?」スラグホーンが尋ねた。
 「その」ハリーが言ったが、ロンが、ハリーのわき腹を肘でつついて、部屋の中に押し入ろうとしている方に半分、気を取られていた。「ええと、僕は惚れ薬の効力をなくす薬は調合したことがありません、先生。それに、僕がちゃんと作るまでに、ロンが、大変なことをしでかしそうで――」
 ロンが、助けになるように、ちょうどこのときを選んで、うめいた。「彼女に会えないよ、ハリー ――彼女を隠してるの?」
 「この惚れ薬は、賞味期限内だったかね?」スラグホーンが、ロンを職業的興味から注意深く見ながら尋ねた。「長く置いておくほど、ほら、効き目が強くなるのだよ」
 「それで、すごく説明がつきます」ハリーは、ロンがスラグホーンを押し倒さないように格闘しながら、あえぐように言った。「今日は、ロンの誕生日なんです、先生」ハリーは、哀願するようにつけ加えた。
 「ああ、分かった、それではお入り、お入り」スラグホーンが、かわいそうに思ったように言った。「鞄の中に、必要量がある。難しい薬ではない・・・」
 ロンが、扉から、暖房が効き過ぎて、物が一杯置いてあるスラグホーンの部屋の中に突進して、房飾りのついた足載せ台につまずいたが、ハリーの首の周りにしがみついてバランスを取り戻し、つぶやいた。「彼女は、今の見なかったよね?」
 「まだ、ここにいないよ」ハリーが言いながら、スラグホーンが魔法薬セットを開き、小さな水晶の瓶にあれやこれやを数つまみずつ加えるのを見ていた。
 「よかった」ロンが熱心に言った。「僕、どう見える?」
 「とてもハンサムだ」スラグホーンがなだめるように言って、ロンに、透明な液体の入ったコップを手渡した。「さあ、それをぐっと飲みなさい。神経に効く薬だ。彼女が来たときに、君を落ち着かせる、ほら」
 「すてきだ」ロンが熱心に言って、薬を騒々しくゴクゴク飲んだ。
 ハリーとスラグホーンは、それを見ていた。一瞬、ロンが二人ににっこり笑いかけた。それから、とてもゆっくり笑いが衰えて消えうせ、代わりに、ひどく恐れた表情になった。
 「じゃ、正常に戻った?」ハリーがにやにや笑いながら言った。スラグホーンがくすくす笑った。「ありがとうございました、先生」
 「いやいや、君、どういたしまして」スラグホーンが言った。ロンは近くの肘掛け椅子に崩れるように座り込んだが、途方にくれているようだった。「強壮剤、それが必要だ」スラグホーンが続けて言って、飲み物が一杯載ったテーブルの方に、ばたばた急いだ。「バタービールがあるし、葡萄酒もある。オークで熟成させた蜂蜜酒の最後の瓶もある・・・ふーむ・・・クリスマスに、ダンブルドアに贈ろうと思ったが・・・まあいい・・・」肩をすくめた。「・・・ダンブルドアは、最初から受け取っていないものを、失って嘆くことはあるまい!今からこれを開けて、ウィーズリー君の誕生日を祝うのはどうかね?失恋の痛みを追い払うには、上等な酒ほどいいものはないよ・・・」
 スラグホーンは、また笑い声を上げた。ハリーも一緒に笑った。授業以外で話すのは、本物の記憶を引き出そうとして大失敗に終わったときから初めてだと、ハリーは気がついた。多分、スラグホーンをご機嫌なままにしておけたら・・・多分、オークで熟成させた蜂蜜酒をたっぷり飲んだら・・・
 「それじゃ、飲みなさい」スラグホーンが言って、ハリーとロンのめいめいに蜂蜜酒のグラスを手渡して、自分のグラスを掲げた。「では、誕生日おめでとう、ラルフ――」
 「――ロン――」ハリーがささやいた。
 けれど、ロンは乾杯のことばを聞いていないようで、もう、蜂蜜酒を喉に流し込み、飲み込んだ。
 一秒か、それとも心臓の鼓動が一つ打つか打たないうちに、ハリーには、何か恐ろしいことが起こったのが分かった。スラグホーンには分からないようだった。
 「――そして、これからもずっと幸せな――」
 「ロン!」
 ロンがグラスを落として、椅子から立ち上がりかけて、くずれるように倒れた。手足が、押さえきれないほど、けいれんしていた。泡が口から垂れ、目が突き出していた。
 「先生!」ハリーが怒鳴った。「何とかして下さい!」
 しかしスラグホーンはショックで麻痺してしまったようだった。ロンは、引きつり窒息しかけていた。皮膚が青白くなっていた。
 「何を――でも――」スラグホーンが早口にわけの分からないことを言った。
 ハリーは、低いテーブルを飛び越えて、開いたままになっている魔法薬セットのところに全力疾走し、瓶と小袋を引っ張り出した。その間、ロンが、ガーガ―と息をする恐ろしい音が、部屋中に聞こえていた。それから、魔法薬の時間にスラグホ―ンが自分から取り上げた萎びた腎臓のような石を、見つけた。
 ハリーは、ロンのそばに突進し、そのあごをこじ開け、ベゾアールを口の中に突っ込んだ。ロンは大きく身震いし、ガラガラという音を立ててあえいだ。それから、ぐんにゃりとして動かなくなった。
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ハクサ・ウ。シ・ノネスハフ
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