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ハリーポッターと死の聖物 (Harry Potter and the Deathly Hallows)

第三十三章:プリンスの物語

 ハリーは、スネイプのそばにひざまずいたまま、ただ見つめていた。すると突然、高く冷たい声が、とても近くで話しかけたので、彼は、ヴォルデモートが、また部屋に入ってきたのかと思って、瓶を手にしっかりにぎったまま、ぎょっとして飛びあがった。

 ヴォルデモートの声は、壁や床から響いていたので、彼が、ホグワーツと周辺すべてに話しかけていて、彼がそばに立って、首の後ろにその息がかかり、死が一吹きするように、その声がホグズミードの住人と城内でまだ戦っている人たちに、はっきり聞えているのだと、ハリーは悟った。

 「おまえたちは戦った」と高く冷たい声が言った。「雄々しく戦った。ヴォルデモート卿は、いかに勇敢さに価値があるかを知っている。

 「しかし、おまえたちは、数多くの喪失に耐えている。もし俺に抵抗しつづけるなら、おまえたちすべてが、一人また一人と死んでいく。俺は、そうなることを望まぬ。魔法界の流される血の一滴一滴が、損失であり無駄だ。

 「ヴォルデモートは情けぶかい。俺の軍隊に、ただちに退却を命じる。

 「一時間、与える。死者を丁重に安置し、けが人の手当をしろ。

 「俺は今、ハリー・ポッターよ、おまえに直接話しかける。おまえは、俺に立ちむかう代りに、おまえのために友人たちを死なせるままにさせた。俺は、禁じられた森で一時間待とう。もし、一時間後に俺のところに来て、自分自身を俺に引きわたさなかったら、戦いがまた始まる。今度は、俺自身が、争いに加わるぞ、ハリー・ポッター。そして、おまえを探しだし、おまえをかくまおうとした男も女も子どもも最後の一人まで罰してやる。一時間だ」

 ロンとハーマイオニーは、ハリーを見ながら、半狂乱で首を横にふっていた。

 「あいつの言うことを聞くな」とロンが言った。

 「大丈夫よ」とハーマイオニーが激しく言った。「さあ、ー、城に戻りましょう。もし彼が森に行ったなら、新しい計画を考えなくては、ー」

 彼女は、スネイプをちらっと見てから、急いで地下道の入り口に戻った。ロンが、その後に続いた。ハリーは、透明マントを丸めて、スネイプを見おろした。彼が殺されたやり方と、殺された理由に衝撃を受けたほかは、どう感じていいのか分らなかった・・・

 彼らは、地下道をはって戻った。誰も口をきかなかった。ハリーは、ロンとハーマイオニーも、自分のように、まだ頭の中で鳴りひびくヴォルデモートの声が聞えるのだろうかと思った。

 「おまえは、俺に立ちむかう代りに、おまえのために友人たちを死なせるままにさせた。俺は、禁じられた森で一時間待とう・・・一時間だ」・・・

 城の前の芝生に、小さな固まりが放りだされているように見えた。あと一時間かそこらで夜明けだったが、まだ真っ暗闇だった。三人とも石段の方に急いだ。小さなボートくらいの木靴が片方、彼らの前に捨てられていた。その他に、グロープや他の巨人の形跡はなかった。

 城は、異常に静まりかえっていた。もう閃光はなく、爆発音も悲鳴も叫び声もなかった。誰もいない玄関の敷石が血で汚れていた。エメラルドが、大理石のかけらや裂けた木片とともに、まだ床一面に散らばっていて、手すりの一部が吹きとばされていた。

 「みんなはどこ?」とハーマイオニーがささやいた。

 ロンが先に立って大広間に入っていった。ハリーは戸口で立ちどまった。

 寮のテーブルはなくなっていて、部屋中、人で混みあっていた。生きのこった者たちがそれぞれ集まって、腕を互いの首にまわして立っていた。けが人は壇の上で、マダム・ポンフリーと、手伝う人たちに手当されていた。フィレンツェが、けが人の中にいた。脇腹から血を流し、立つことができず震えていた。

 死者が、大広間の真ん中に並んで横たえられていた。ハリーは、フレッドを見ることができなかった。家族が取りかこんでいたからだ。ジョージが頭のところにひざまずいていた。ウィーズリー夫人がフレッドの胸におおいかぶさって身を震わせていた。ウィーズリー氏が、頬に涙を滝のように流しながら、息子の髪をなでていた。

 ロンとハーマイオニーは、ハリーに、ことばをかけずに歩いていった。ハーマイオニーがジニーに近づいて抱きしめるのを、ハリーは見た。ジニーの顔は腫れあがってシミができていた。ロンは、ビル、フラー、パーシーといっしょになった。パーシーが、ロンの肩に腕を回した。ジニーとハーマイオニーが残りの家族のところに近づいていったとき、フレッドの隣に横たわっている姿がはっきりとハリーに見えた。リーマスとトンクスだった。青ざめて静かでおだやかな顔つきで、暗い魔法の天井の下で眠っているように見えた。

 大広間が、風に吹かれて小さく縮んでしまったようだった。ハリーは戸口から後ろによろめいた。息を吸うことができなかった。他の誰が自分のために死んだのか、見るのに耐えられなかった。ウィーズリー家に加わって、彼らの目を見るのに耐えられなかった。もし最初の段階で、ヴォルデモートにこの身を引きわたしていれば、フレッドは死なずにすんだかもしれないというのに・・・

 ハリーは、ふりむいて、大理石の階段を上った。ルーピン、トンクス・・・感じたくないとしきりに願った・・・自分の心臓、内臓、体の中で悲鳴をあげるすべてを引きはなしたかった・・・

 幽霊でさえ、大広間の悲しみの集まりに加わっているかのように、城内はまったく空だった。ハリーは、スネイプの最期の考えが入ったガラス瓶をにぎって、止まらずに走りつづけ、校長室を守っている石の怪物像のところに着くまで、スピードを落とさなかった。

 「パスワードは?」

 「ダンブルドア!」とハリーは、彼にどうしても会いたいと思っていたので、考えもしないで言った。驚いたことに、怪物像は、横に滑っていき、後ろのらせん階段があらわれた。

 けれど、ハリーが円形の校長室に飛びこむと、部屋が変っているのが分った。壁の回りに掛けられた肖像画が、ぜんぶ空で、残っていて、彼を見ている校長先生は一人もいなかった。全員が、ことのなりゆきをはっきり見ようとして、城に並んでいる画を通って急いで行ってしまったようだった。

 ハリーは、校長先生の椅子のすぐ後ろにかかっている誰もいないダンブルドアの額縁を絶望的な気持ちでながめ、それから、それに背を向けた。石のペンシーブが、いつも置いてあった飾り棚の中にあったので、それを持ちあげて、机の上に置き、まわりにルーン文字の模様がついた広い鉢にスネイプの記憶を注いだ。誰かの頭の中に逃避するのは、すばらしくほっとする気持ちがした・・・スネイプが遺したものでさえ、自分自身の考えより悪いはずがない。記憶は、銀白色と、ふしぎな感じに渦まいた。彼は、やけで無謀になっていて、これが自分を責めさいなむ悲しみを和らげるとでもいうように、ためらいなく飛びこんだ。

 彼は、日光がふりそそぐ中に、まっさかさまに落ち、足が、暖かい地面に着いた。まっすぐ立ち上がったとき、ほとんど人のいない小さな公園にいるのが分った。遠くの空を背景にして、巨大な煙突が一本そびえ立っていた。少女が二人、前へ後ろへとブランコをこいでいた。骨と皮にやせこけた少年が、茂みの後ろから、それを見ていた。黒い髪はのびすぎ、服がまったくちぐはぐだったので、かえって、わざとそうしているように見えた。それは、短すぎるジーンズと、着古した、大人用らしく長すぎるコートと、子ども用のスモックのような妙ちきりんなシャツだった。

 ハリーは、その少年に近よった。スネイプは、まだ九才か十才くらいで、血色が悪く、小柄で、ひょろひょろだった。二人の少女のうち、姉よりどんどん高くブランコをこぐ妹を見つめているとき、そのやせた顔に、激しいあこがれの気持ちが、はっきりとあらわれていた。

 「リリー、そんなことしちゃだめ!」と姉が金切り声で言った。

 けれど、妹は、弓形を描いた一番高いところまでブランコをこいで、空中に飛びあがり、文字どおり飛んで、笑いころげながら、空に向って飛びだした。そして、公園のアスファルトに崩れおちる代りに、空中ブランコの乗り手のように舞いあがって、とても長いあいだ浮かんでいて、遠くにふわりと着地した。

 「ママが、だめって言ったでしょ!」

 ペチュニアは、サンダルのかかとを引きずって、ギーッときしむ音をたてて自分のブランコを止め、それから飛びおりて、両手を腰にあてた。

 「ママが、それは禁止だって言ったでしょ、リリー!」

 「でも、あたし、へっちゃらよ」とリリーが、まだくすくす笑いながら言った。「チュニー、見て。あたしができること見てて」

 ペチュニアは見まわした。公園は、姉妹と、彼らは知らなかったけれど、スネイプのほかには誰もいなかった。リリーは、スネイプが隠れている茂みから、しおれた花をつんだ。ペチュニアは前の方に進んできたが、好奇心と不賛成とのあいだで気持ちが引きさかれているのが、見るからに分った。リリーは、ペチュニアがよく見えるところまで近づいてくるまで待って、それから手のひらを差しだした。花が、そこにあったが、奇怪な、縁のたくさんある牡蠣のように花びらを開いたり閉じたりしていた。

 「止めなさい!」ペチュニアが、かんだかい声で叫んだ。

 「傷つけやしないわ」とリリーが言ったが、花をにぎって地面に投げた。

 「正しいことじゃないわ」とペチュニアが言った。が、その目は、花が地面にふわりと飛んでいって、そこに残っているのを見ていた。そして「どうやって、そんなことできるの?」と、、はっきりと、あこがれの気持ちが出ている声で、つけ加えた。

 「分りきったことじゃないか?」スネイプが、もう我慢しきれなくなって、茂みの陰から飛びだした。ペチュニアが悲鳴をあげて、ブランコの方にあとずさりしたが、リリーは、はっきりと驚いてはいたが、その場から動かなかった。スネイプは、姿を見せたのを後悔しているらしく、リリーを見たとき、血色の悪い頬に鈍い赤みがのぼってきた。

 「何が分りきったことなの?」とリリーが尋ねた。

 スネイプは、不安になって興奮しているようだった。ブランコの横でうろついている遠くのペチュニアをちらっと見てから、声を低めて言った。「君が何者か知ってる」

 「どういう意味?」

 「君は・・・君は魔女だ」とスネイプがささやいた。

 リリーは侮辱されたような顔をした。

 「そんなこと言うのは失礼よ!」

 そして、つんと顔を上げてふりかえり、姉の方に向ってさっさと歩いていった。

 「違う!」とスネイプが言ったが、今では、顔が、かなり紅潮していた。ハリーは、なぜ彼が、そのばかばかしいほど長いコートを脱がないのだろうかと思った。きっと下に着ているスモックを見せたくないのだろう。彼は、長いコートをバタバタとなびかせながら、二人の少女を追いかけた。大人になってからと同じく、こっけいなほどコウモリに似ていた。

 姉妹は、二人とも、ブランコの支柱に、しがみついていれば安全だとでもいうように、それをつかんで、スネイプを品定めしていたが、感心しないという点で一致していた。

 「君はね」とスネイプが、リリーに言った。「君は魔女だ。しばらく君を見てたんだ。けど、それに何も悪いことはない。僕のママがそうだし、僕は魔法使いだ」

 ペチュニアの笑いは冷たい水のようだった。

 そして「魔法使い!」と、かんだかい声で言ったが、彼が不意に現れたショックから立ちなおって、元気を取りもどしていた。「私、あんたが誰か知ってるわ。スネイプって子よ! 川のそばのスピナーズ・エンドに住んでる」と、リリーに言った。その口調から、その住所を低く見ていることが明らかだった。「なぜ、私たちをこそこそ見てたのよ?」

 「こそこそ見てなんかいない」とスネイプが、熱心だが、きまり悪そうに言った。輝く日光の下で、髪の毛が汚かった。「とにかく、君を見てはいなかった」と、悪意をこめて言った。「君はマグルだもん」

 ペチュニアが、そのことばの意味が分らなかったのは確かだったが、どんな口調で言われたかは、はっきり分った。

 「リリー、さあ、帰るわよ!」と、かんだかい声で言った。リリーは、すぐに姉に従ったが、帰るときにスネイプをにらみつけていた。彼は、姉妹が公園の門をさっさと出ていくとき、それを立って見つめていた。そして、ただ一人彼を見つめて残っているハリーには、スネイプがひどくがっかりしたのが分った。スネイプが、この瞬間を長いあいだ計画していたが、大失敗に終ったのが分った・・・

 その場面が溶けさり、ハリーが、それと気づかないうちに、新しく変った。今度は、小さな木立の中だった。木々の幹の向こうに、日に照らされた川が輝いているのが見えた。木々が投げかける影が集まって、涼しく緑色の木陰になっていた。二人の子どもが、向きあって、地面に足を組んで座っていた。スネイプはコートを脱いでいた。薄暗がりの中では、彼の妙ちきりんなスモックもそれほど変に見えなかった。

 「・・・で、もし学校の外で魔法を使ったら、魔法省に罰せられるかもしれない。手紙が来るんだ」

 「でも、私、学校の外で魔法を使っちゃったわ!」

 「僕たちは、大丈夫だよ。まだ杖を持ってないからね。まだ子どもで、ついやっちゃったときは見のがしてくれる。でも十一才になって、」スネイプはもったいぶってうなずいた。「教育が始まったら、そしたら気をつけなくちゃ」

 少し、沈黙があった。リリーが、落ちている小枝を拾って空中でくるくる回した。そこから火花がたなびいているのを、想像しているのが、ハリーに分った。それから、小枝を落として、少年の方にぐっと前かがみになって、言った。「それ、ほんとなの? 冗談じゃないの? ペチュニアは、あなたが嘘ついてるって言うの。ペチュニアはホグワーツなんてないって言うの。それ、ほんとのことなの?」

 「僕たちには、ほんとのことだよ」とスネイプが言った。「彼女にはそうじゃない。でも、僕たちには手紙が来るよ、君と僕には」

 「ほんとに?」とリリーがささやいた。

 「ぜったい来る」とスネイプが言った。その髪の切り方は不ぞろいで服も変だったけれど、彼は、自分の運命に対してあふれんばかりの自信に満ちて、奇妙なほど堂々とした姿で、彼女の前に手足をのばしていた。

 「ほんとにフクロウが運んでくるの?」リリーがささやいた。

 「ふつうはね」とスネイプが言った。「けど、君はマグル生まれだから、学校の誰かが、君の両親に説明しに来なくちゃならないかもしれないな」

 「マグル生まれだと、違いがあるの?」

 スネイプは、ためらった。緑っぽい薄暗がりの中で熱意に満ちた黒い目が、暗赤色の髪の青白い顔を見まわした。

 「いや」と言った。「何も違わないさ」

 「よかった」と、明らかに、それを気にしていたリリーが、緊張がゆるんだように言った。

 「君は、いっぱい魔法ができる」とスネイプが言った。「僕、見たもん。君を見てるあいだずっと・・・」

 その声は、しだいに消えていった。彼女は聞いていないで、葉がいっぱいの地面で、のびをして、頭の上の葉っぱの天井を見あげていた。スネイプは、公園で見つめていたように、激しいあこがれをこめて彼女を見つめた。

 「おうちでは、どうなの?」リリーが尋ねた。

 彼の目と目のあいだに小さなしわがあらわれた。

 そして「いいよ」と言った。

 「パパとママは、もうけんかしてないの?」

 「ううん、してる」とスネイプが言った。そして片手にいっぱい葉を拾って、引きちぎりはじめたが、明らかに、自分が何をやっているのか気づいていなかった。「けど、もうすぐ僕は行っちゃうから」

 「パパは魔法が好きじゃないの?」

 「パパは、どんなこともたいして好きじゃないんだ」とスネイプが言った。

 「セブルス?」

 「彼女が、名前を呼んだとき、スネイプの口がカーブを描いて、小さなほほえみになった。

 「うん?」

 「デメンターのこと、もう一回話して」

 「何のために、知りたいのさ?」

 「もし私が学校の外で魔法を使ったら、ー」

 「そんなことで、デメンターを寄こしゃしないよ! デメンターは、ほんとうに悪いことをした人たちのためのものだよ。彼らは、魔法使いの牢獄、アズカバンを守ってるんだ。君が、アズカバンに行くはめになることはないよ、君はとっても、ー」

 スネイプはまた赤くなって、また葉を切りさいた。そのとき、ハリーの後ろで、小さなカサカサという物音がしたので、ふりかえった。ペチュニアが木の後ろに隠れていたが、足を滑らせたのだ。

 「チュニー!」とリリーが、驚いたがうれしそうな声で言った。スネイプは、飛びあがって立った。

 「こそこそ見てたのは、今度はどっちだ?」彼はどなった。「何がしたいんだ?」

 ペチュニアは、見つけられたのでびっくりして息がつまっていた。何か傷つけることを言ってやろうと、必死に考えているのが、ハリーに分った。

 「とにかく、あんたが着てるものは何なのよ?」とスネイプの胸元を指さして言った。「ママのブラウス?」

 ポキンという音がして、ペチュニアの頭の上の枝が落ちてきた。リリーが悲鳴をあげた。枝は、ペチュニアの肩にあたり、彼女は、わっと泣きだして、後ろの方によろめいた。

 「チュニー!」

 けれど、ペチュニアは走っていってしまった。リリーが、さっとスネイプの方を向いた。

 「あなたがやったの?」

 「違う」彼は、けんかごしだが同時に恐がっているようにみえた。

 「あなたがやった!」リリーは、彼から離れて後ずさった。「あなたがやった! あなたが彼女を傷つけたのよ!」

 「違う、ー、違う、やらなかった!」

 けれど、その嘘では、リリーは納得しなかった。そして、激しい怒りをこめてにらみつけてから、小さな木立から、姉を追って走っていってしまった。スネイプは、みじめでまごついているようだった・・・

 場面が変った。ハリーがあたりを見まわすと、9と4分の3のプラットホームにいた。スネイプが、少し背中を丸めて横に立っていた。その隣に、血色が悪く不機嫌そうな顔で、彼にそっくりの女性がいた。スネイプは、少し離れたところの四人家族を見つめていた。二人の少女が両親から少し離れて立っていた。リリーは、姉に懇願しているようだった。ハリーは、聞こうとして近づいた。

 「・・・ごめんね、チュニー、ごめんね! 聞いてちょうだい、ー」そして姉の手を取って、しっかりにぎった。ペチュニアが引きはなそうとしても、だめだった。「もし私が、あそこに着いたら、ー、だめ、聞いて、チュニー! もし私が、あそこに着いたら、ダンブルドア先生のところに言って、気持ちを変えてくれるように頼んでみるわ!」

 「私は、ー、行きたくなんか、ー、ないわ!」とペチュニアが言って、妹がにぎる手から、自分の手を引っぱった。「私が、そのばかばかしい城かなんかに行って、勉強して、なりたいとでも思ってるの、ーその、ーその」

 ペチュニアの薄青い目が、プラットホームをさまよって、飼い主の腕の中でニャーニャー鳴くネコや、籠の中で羽ばたき、互いにホーホーと鳴きかわすフクロウや、生徒たちを見まわした。彼らは、もう黒くて長いローブを着ている者もいたが、赤い列車にトランクを積みこんだり、夏休み後に会ってうれしそうに叫んであいさつしたりしていた。

 「ー、私が、なりたいとでも思ってるの、その、ー、その奇形に?」

 ペチュニアが、手を引きぬくのに成功したとき、リリーの目に涙があふれた。

 「私は、奇形じゃない」とリリーが言った。「そんなひどいこと言うなんて」

 「それが、あんたが行くところよ」とペチュニアが、いい気味だというように言った。「奇形のための特殊学校。あんたと、あのスネイプと・・・気がおかしいんだ、あんたたち二人とも。あんたたちが、正常な人たちから離れるのはいいことよ。私たちの安全のためにね」リリーは、両親の方を見た。彼らは、うっとりして、心から楽しそうにプラットホームを見まわしていた。それから、姉の方に向きなおった。その声は低く激しかった。

 「あなたが、校長先生に手紙を書いて、入学させてほしいと熱心に頼んだときは、そんな奇形の学校だと思っていなかったでしょ」

 ペチュニアは真っ赤になった。

 「熱心に頼む? 私、熱心に頼むなんてしなかったわ」

 「先生の返事を見たわ。とても優しかった」

 「まさか読んだはずはないわ、ー」とペチュニアがささやいた。「あれは、私のないしょの、ー、いったいどうやって、ー?」

 リリーが近くの、スネイプが立っている方をちらっと見たので、ばれてしまった。ペチュニアが息をのんだ。

 「あの子が見つけたんだ! あんたとあの子が、私の部屋に忍びこんだんだ!」

 「いいえ、ー、忍びこんだんじゃないわ、ー」今度は、リリーが守勢に立っていた。「セブルスが封筒を見たのよ。で、彼はマグルがホグワーツに連絡できるなんて信じられなかったわけ、それだけよ! 彼が言うには、魔法使いが郵便局で、身分を隠して働いてるにちがいないって。それで注意して、ー」

 「魔法使いがいろんなとこに鼻を突っこんでいるのは確かね!」とペチュニアが、さっき赤くなっていたと同じくらい、今度は青くなって言った。「奇形!」と吐きすてるように妹に言って、両親が立っているところに飛ぶように走っていってしまった・・・

 場面が、また溶けさった。スネイプが、田園地帯をガタンゴトン音をたてて走るホグワーツ急行の通路を急いでいた。彼は、もう制服のローブに着がえていたが、ひどいマグルの服を脱いだのは初めてにちがいない。そして、やっと個室の前で止まった。その中には、騒々しい少年たちがしゃべっていたが、リリーが、窓際の隅に背中を丸めて座って、窓ガラスに顔を押しつけていた。

 スネイプが、個室の引き戸を開けて、リリーの向かい側に座った。彼女は、彼をちらっと見て、また窓の外に目を戻したが、泣いていた。

 「あなたと話したくない」彼女は、締めつけられたような声で言った。

 「どうして?」

 「チュニーが、私を、に、ー、憎んでいるの。私たちが、ダンブルドアから来た手紙を見たからって」

 「それがどうした?」

 彼女は、大嫌いという目つきで、彼を見た。

 「彼女は、私の姉さんなのよ!」

 「彼女は、ただの、ー」スネイプは、すばやく自分を抑えた。リリーは、気づかれないように涙をふくのに忙しかったので、彼のことばを聞いていなかった。

 「でも、僕たちは、行くんだ!」彼は、うきうきした気分を抑えられない声で言った。「これだよ! 僕たちはホグワーツに行くんだ!」

 彼女は、涙をぬぐいながらうなずいたが、思わず半分ほほえんでいた。

 「君、スリザリンに入ったらいいよ」とスネイプが、少し明るくなったリリーを元気づけるように言った。

 「スリザリン?」

 個室にいた少年の一人が、この時点まで、まったくリリーにもスネイプにも興味を示さなかったが、そのことばにふりむいた。そして、ハリーは、今まで窓際の二人に完全に集中していたが、それが父だと分った。ほっそりとして、スネイプのように黒髪だったが、よく世話をされて、きっとかわいがられて育ったのだろうという説明できない雰囲気があった。それは、スネイプには明らかに欠けていたものだった。

 「誰が、スリザリンに入りたいんだ? 僕は出るよ、そうだろ?」ジェイムズが、向かい側の席に、だらりともたれていた少年に尋ねた。ハリーは、それがシリウスだと悟って、どきどきした。シリウスは、にこりともしなかった。

 「僕の一族は、ずっとスリザリンなんだ」と言った。

 「あれーっ、」とジェイムズが言った。「君は大丈夫だと思ったんだけど!」

 シリウスが、にやっと笑った。

 「たぶん、僕は伝統を破るんだろうよ。もし選べるんなら、君はどこをめざすんだ?」

 ジェイムズが、目に見えない剣をかかげた。

 「『グリフィンドール、そこは、勇敢な心を持つものが住むところ!』僕のパパのようにね」

 スネイプが、けなすような小さな音を立てた。ジェイムズが、そちらを向いた。

 「それに問題があるか?」

 「ない」とスネイプが言ったが、かすかに冷笑を浮かべていたので、違った思いを表していた。「もし君が、頭脳派より肉体派なら、ー」

 「君が行きたいところは、見たところどっちでもないね?」とシリウスがさえぎった。

 ジェイムズが大笑いした。リリーが、少し赤くなって背筋をのばして座りなおし、ジェイムズからシリウスへと、嫌そうに見た。

 「さあ、セブルス、別の個室を探しましょ」

 「おおおおおお・・・」

 ジェイムズとシリウスが、彼女の高飛車な声をまねした。ジェイムズは、スネイプが通るとき、つまずかせようとした。

 「じゃあな、めそめそスニベルス!」と、個室の引き戸がバタンと閉まったとき聞えてきた・・・

 そして場面はまた溶けさった・・・

 ハリーはスネイプのすぐ後ろに立っていた。彼らはロウソクのともった中、熱心に見つめる顔が並ぶ寮のテーブルに向きあっていた。そのとき、マクゴナガル先生が言った。「エバンス、リリー!」

 ハリーは、母が震える足で進みでて、ぐらぐらする椅子に座るのを見ていた。マクゴナガル先生が、組み分け帽子を彼女の頭にのせた。暗赤色の髪に触れると、ほとんどすぐに、帽子が叫んだ。「グリフィンドール!」

 ハリーは、スネイプが小さなうめき声をあげるのを聞いた。リリーは帽子を脱いで、マクゴナガル先生に返して、喝采するグリフィンドール生の方に急いでいった。けれど、行きながら、スネイプをちらっと見て、悲しげな小さなほほえみを浮かべた。シリウスがつめて、彼女の座る場所を空けるのを、ハリーは見た。彼女は、一目見て、列車の中の子だと分ると、両腕を組み断固として彼に背を向けた。

 名前の読みあげが続いた。ハリーは、ルーピン、ペティグリュー、そして自分の父が、グリフィンドールのテーブルで、リリーとシリウスといっしょになるのを見た。組み分けされていない生徒が十二人だけになったときに、やっとマクゴナガル先生がスネイプを呼んだ。

 ハリーは、彼といっしょに腰掛けまで歩いていって、彼が帽子を頭にのせるのを見ていた。「スリザリン!」と組み分け帽子が叫んだ。

 そしてセブルス・スネイプは、リリーから離れて大広間の反対側に歩いていった。そこでは、スリザリン生が喝采してむかえ、胸に監督生のバッジをつけたルシウス・マルフォイが、スネイプが隣に座ると、その肩をたたいた・・・

 そして場面が変った・・・

 リリーとスネイプが城の中庭を、明らかに口論しながら歩いていた。ハリーは、彼らに追いついてこっそり話を聞こうと急いで行った。ハリーが追いつくと、二人は、ずいぶん背がのびていた。組み分けから数年がたったようだった。

 「・・・僕たちは、友だちだったと思っていたんだけど?」スネイプが言った。「親友だったと?」

 「今でもそうよ、セブ、でも、私、あなたがいっしょにいる何人かが好きじゃないの! 悪いけど私、エイバリーとマルキバーが大っ嫌い! マルキバー! いったい彼のどこがいいの、セブ? ぞっとするわ! こないだ彼がメアリ・マクドナルドに何をしようとしたか知ってる?」

 リリーは柱のところに行って、それにもたれて、やせた血色の悪い顔を見あげた。

 「あれは何でもないさ」とスネイプが言った。「冗談だよ、それだけ、ー」

 「あれは闇魔術だったわ、もしあなたが、あれをおもしろいと思うんなら、ー」

 「ポッターと、その仲間がしでかしていることはどうなんだ?」とスネイプが強い口調で尋ねたが、そう言ったとき、恨みを留めておけないように、顔に血が上った。

 「ポッターが何に関わりがあるの?」とリリーが言った。

 「あいつらは夜にこっそり出ていく。あのルーピンには、どっか変なところがある。彼は、どこに行ってるんだ?」

 「彼は病気なの」とリリーが言った。「病気だって聞いたわ、ー」

 「毎月、満月のときにか?」とスネイプが言った。

 「あなたの仮説は知ってるわ」とリリーが言ったが、その口調は冷たかった。「とにかく、なぜ、あなたは、そんなに彼らに執着するの? なぜ、彼らが夜にやってることが気になるの?」

 「僕はただ、君に見せたいだけさ。みんなが思ってるほど、あいつらがすばらしくないってことをね」

 彼が強く見つめるので、彼女はぱっと赤くなった。

 「でも、彼らは闇魔術は使わないわ」彼女は、声を落とした。「それに、あなたはほんとうに恩知らずよ。こないだの夜に起こったこと、聞いたわ。あなたが、暴れ柳のそばの地下道にこっそり行って、ジェイムズ・ポッターが、あなたを助けたんでしょ、何か知らないけど、あそこの何かから、ー」

 スネイプの顔全体がゆがみ、彼は早口でまくしたてた。「救った? 救った? 君は、あいつがヒーロー役を演じたと思ってるのか? あいつは、自分と自分の友だちの首も救ったんだ! 君が、これから、してはだめなことは、ー、僕が、君に、させないことは、ー」

 「私に指図するつもり?」

 リリーの輝く緑色の目が細くなった。スネイプはすぐに前言を撤回した。

 「そういう意味じゃないよ、ー、君が笑いものになるのを見たくないだけさ、ー、あいつは君が好きだ、ジェイムズ・ポッターは君が好きなんだ!」そのことばは、彼の意志に反して、むしり取られて出てきたようだった。「でも、あいつは、違うんだ・・・みんな思ってるけど・・・すごいクィディッチのヒーローだって、ー」スネイプの話は、敵意と嫌悪感で、つじつまがあわなくなっていき、リリーの眉が、額の方にどんどん上がっていった。

 「ジェイムズ・ポッターが、いばりくさったつまらないやつだってことは知ってるわ」彼女が、スネイプの話をさえぎった。「そんなこと、あなたに教えてもらう必要はないわ。でもマルキバーとエイバリーのユーモア感覚は、邪悪なだけ。邪悪よ、セブ。どうして、彼らと友だちでいられるのか分らないわ」

 スネイプは、リリーがマルキバーとエイバリーを酷評するのを聞いていなかったのではないかと、ハリーは思った。彼女が、ジェイムズ・ポッターを侮辱したとたん、スネイプの体全体の緊張がゆるんだのだ。二人が歩いていったとき、スネイプの足取りは、さっより、はずんでいた・・・

 そして場面が溶け去った・・・

 ハリーは、またスネイプが闇魔術防衛術のOWL試験を受けた後、大広間を出ていくのを見ていた。城からぶらぶら歩いていって、うっかりジェイムズ、シリウス、ルーピン、ペティグリューがいっしょに座っているブナの木の下の場所ちかくにさまよいこむのを見ていた。けれど、今度は、ハリーは少し離れていた。ジェイムズがスネイプを空中に釣りあげて、あざけった後、何が起きたか知っているからだ。起こったこと言われたことを知っていたし、もう一度聞いても少しもうれしくなかったからだ。ハリーが見ていると、リリーが一団に加わって、スネイプをかばった。スネイプが、屈辱感と激怒から、彼女に向って、許されないことば「穢れた血」とどなったのが遠くに聞えた。

 場面が変った・・・

 「ごめん」

 「興味ないわ」

 「ごめん!」

 「声を小さくして」

 夜だった。リリーはガウンを着て、両腕を組んで、グリフィンドールの塔の入り口の太った婦人の肖像画の前にいた。

 「メアリが、あなたがここで寝ると脅すと言ったから、私、出てきただけよ」

 「そう言った。そうしようと思ってた。君を、穢れた血と呼ぶつもりはぜんぜんなかった、あれはただ、ー」

 「口が滑った?」リリーの声には、哀れみのかけらもなかった。「もう遅すぎる。私、何年も何年も、あなたの弁護をしてきた。いったいなぜ私があなたとしゃべるのかさえ、友だちの誰も理解できないでいるわ。あなたと、その大事な小さなデス・イーターのお友だち、ー、ほら、あなたは、それを否定することさえしない! あなたが、めざしているのはそれだということを、否定することさえしない! あなたは、例のあの人の仲間になるのが待ちきれないんでしょう?」

 スネイプは、口を開いたが、しゃべらずにまた閉じた。

 「私は、もう取りつくろうことはできないわ。あなたは、あなたの道を選んだ、私は、私の道を選んだのよ」

 「違う、ー、聞いて、僕は、そんなつもりじゃなかった、ー」

 「ー、私を、穢れた血と呼ぶつもりじゃなかったってこと? でもあなたは、私と同じ生まれの人をすべて、穢れた血と呼んでるわ、セブルス。なぜ、私だけ違うの?」

 彼は、まさに話しだそうとしてもがいていたが、彼女は、軽蔑のまなざしを投げて、ふりむいて、肖像画の穴を上って戻っていってしまった・・・

 廊下が溶け去ったが、場面が変るのに少し長くかかった。ハリーは、まわりの形や色が変る中を飛んでいくような気がした。そして最後に、まわりがまた固定され、彼は、暗闇の中でもの寂しく冷たい丘の上に立っていた。葉が落ちた数本の木の枝を通って、風がひゅうひゅう音を立てていた。おとなのスネイプが、あえぎながら、その場で回って姿あらわししたところだった。杖をしっかり握りしめ、何か、もしくは誰かを待っていた・・・彼の恐れが、ハリー自身は傷つくはずがないと分っていたのだが、伝わってきた。そこでハリーは肩ごしにふりむいて、スネイプが待っているのは何だろうと思った、-

 そのとき、目がくらむギザギザの白い光が空中を通ってさっと飛んできた。ハリーは、稲妻だと思ったが、スネイプは、がっくりひざをついた。杖が、その手から飛びだした。

 「殺さないで!」

 「それは、私の意図ではない」

 ダンブルドアが姿あらわししてきた物音は、すべて枝を通る風の音に消されていた。彼は、ロープをはためかせてスネイプの前に立っていた。ダンブルドアの顔は、杖から放たれた光で下から照らされていた。

 「それで、スネイプ? ヴォルデモート卿は、私にどんな伝言があるのだ?」

 「いえ、ー、伝言はない、ー、私は、ここに自分自身の用で来ました!」

 スネイプは、両手を固く握りしめていた。黒髪が、顔のまわりに散っていて、少し気が変に見えた。

 「私は、ー、警告しに来ました、ー、いえ、頼みがあって、ー、どうか、ー」

 ダンブルドアが、杖を軽くふった。葉と枝は、まだ夜の大気の中を飛んでいたが、彼とスネイプが向かいあっている場所に沈黙が落ちた。

 「デス・イーターが、私に、どんな頼みがあるというのだ?」

 「あの、ー、あの予言・・・予言のことば・・トレローニー・・・」

 「ああ、そうだ」とダンブルドアが言った。「君は、どのくらい ヴォルデモート卿に伝えたのだ?」

 「すべて、ー、私が聞いたことすべてを!」とスネイプが言った。「だから、ー、そう言うわけで、ー、彼は、それがリリー・エバンスのことだと思ったのです!」

 「あの予言は、女性のことは言ってはおらぬ」とダンブルドアが言った。「七月の末に生まれる男の子のことを言っている、ー」

 「私が言う意味がお分かりのはずだ! 彼は、それが、彼女の息子だと思って、彼女を捜しだして、ー、一家ぜんぶを殺すつもりなのです、ー」

 「もし、君にとって彼女がそんなに大切なら」とダンブルドアが言った。「きっとヴォルデモート卿は、彼女の命は助けてくれるのではないか? 息子の命と引きかえに、母親の命を助けてくれるように頼まなかったのか?」

 「私は、ー、、私は頼みました、ー」

 「君は、私をむかつかせる」とダンブルドアが言った。ハリーは、それほどひどく軽蔑の気持ちがあらわれた彼の声を聞いたことがなかった。スネイプは少し縮んだようにみえた。「それでは君は、夫と子どもの死は気にしないのか? 君の望みがかなえば、彼らが死んでもいいわけか?」

 スネイプは何も言わずに、ただダンブルドアを見あげていた。

 「彼らをみんな隠してください、それなら」スネイプはしゃがれ声で言った。「彼女を、ー、彼らを、ー、安全にかくまってください。お願いです」

 「それで、見返りに何をくれるか、セブルス?」

 「み、ー、見返りに?」スネイプは、ぽかんとダンブルドアを見つめた。ハリーは、きっと彼が抗議するだろうと思った。しかし、長いことたってから、彼は言った。「何なりと」

 丘の上は、しだいに薄れていった。そしてハリーはダンブルドアの校長室に立っていた。何かが傷ついた獣のような恐ろしい音をたてていた。スネイプが椅子の中でうなだれていた。ダンブルドアが、厳しい顔つきでその前に立っていた。少しして、スネイプが顔を上げた。スネイプは、丘の上にいたときから、ひどく悩み苦しんで百年も生きてきた男のように見えた。

 「私は思っていたのに・・・あなたが・・・彼女を・・・安全な場所においてくれると・・・」

 「彼女とジェイムズは、まちがった人物を信頼したのだ」とダンブルドアが言った。「むしろ君と同じだな、セブルス。ヴォルデモートが、彼女の命は助けてくれると期待していたのではないか?

 スネイプは浅く呼吸をしていた。

 「彼女の息子は生きのびた」とダンブルドアが言った。

 スネイプが、いらいらさせるハエを追いはらうように、頭を小さくぐいと動かした。

 「彼女の息子は生きている。その子は、彼女の目をしている、まったく彼女の目と同じだ。君は、きっとリリー・エバンスの目の形と色を覚えているだろう?」

 「いや!」とスネイプが大声でどなった。「行ってしまった・・・死んでしまった・・・」

 「それは、激しい後悔か、セブルス?」

 「私は・・・私は、死んでしまいたい・・・」

 「それが、誰かにどんな役にたつのだ?」とダンブルドアが冷たく言った。「もし君がリリー・エバンスを愛していたのなら、もし、ほんとうに愛していたのなら、それなら、君の進むべき道は、はっきりしている」

 スネイプは、苦痛のもやを通して見つめているようだった。それでダンブルドアのことばが届くのに、長い時間がかかるようだった。

 「どういう、ー、どういう意味ですか?」

 「君は、彼女がどのように、なぜ死んだのか知っているだろう。それが、むだではなかったと実証するのだ。私がリリーの息子を守るのを手伝ってくれ」

 「彼は守る必要はない。ダーク・ロードは滅びた、ー」

 「ダーク・ロードはよみがえるだろう。そのときハリー・ポッターは恐ろしい危険にさらされる」

 長い間があった。スネイプは、ゆっくりと自制心を取りもどし、呼吸をしはじめた。とうとう彼は言った。「結構です。結構です。でも、ぜったいに、ー、ぜったいに言わないでほしい、ダンブルドア! これは私たち二人のあいだだけにしてほしい! 誓ってください! 私は耐えられない・・・特にポッターの息子なんて・・・あなたの約束のことばが欲しい!」

 「私が、セブルス、君の最良の部分をけっして明かさないという約束のことばか?」ダンブルドアは、ため息をついて、スネイプの激しい苦痛に満ちた顔を見おろした。「もし君がどうしてもと言うのなら・・・」

 校長室は溶け去ったが、すぐに、また校長室になった。スネイプが、ダンブルドアの前を行ったり来たりしていた。

 「ー、平凡で、父親のように傲慢で、確信犯の規則破り、自分を有名に見せて喜び、目だちたがりで、無礼で、ー」

 「君は、見ようと期待しているものを見ているのだ、セブルス」とダンブルドアが、「今日の変身術」の本から目も上げずに言った。「他の先生の報告では、あの少年は、控えめで、好感が持て、かなり素質があるそうだ。私個人は、人を惹きつける子だと思うが」

 ダンブルドアはページをめくり、顔を上げずに言った。「クィレルから目を離すな」

 いろいろな色がぐるぐる回って、今度はすべてが暗くなった。スネイプとダンブルドアが、玄関で少し離れて立っていた。クリスマスのダンスパーティーで最後までうろついていた者たちが、そばを通って寝室に戻っていった。

 「それで?」とダンブルドアが小声で言った。

 「カルカロフの闇の印も黒くなっている。彼はうろたえている。報復を恐れているのです。ダーク・ロードが倒れた後、彼がどれほど魔法省に貢献したかご存知でしょう」スネイプは、ダンブルドアの曲った鼻の横顔を、横目で見た。「カルカロフは、もし闇の印が燃えたつように赤くなったら、逃げだすつもりです」

 「そうか?」とダンブルドアが、そっと言った。そのときフラー・デラクールとロジャー・デイビスが笑いながら校庭から入ってきた。「それで、君は、彼の仲間に加わりたいと思うのか?」

 「いえ」とスネイプが言った。その黒い目は、フラーとロジャーの去っていく姿を追っていた。「私は、そんな臆病者ではない」

 「そうだな」とダンブルドアが同意した。「君は、イゴル・カルカロフよりも、はるかに勇敢な男だ。私は、ときには、組分けを早くやりすると思うことがあるのだよ・・・」

 ダンブルドアは歩いて去っていった。うちひしがれたようなスネイプをその場に残したままで・・・

 ハリーは、また校長室に立っていた。夜だった。ダンブルドアが机の向こうの王座のような椅子に沈みこんでいたが、明らかに半分意識を失っているようで、脇にだらりとたれた右手は、黒く焼けただれていた。スネイプが、その手首に杖を向けて呪文をつぶやき、一方、左手で、どろりとした金色の薬がいっぱいのゴブレットを傾けて、ダンブルドアののどに流しこんでいた。少しして、ダンブルドアのまぶたが、またたいて開いた。

 「なぜ」とスネイプが前置きなしに言った。「なぜ、あの指輪をはめたのですか? 呪文がかかるのに。それを、よくお分かりだったはずなのに。そもそも、なぜ触ったのですか?」

 マルボロ・ゴーントの指輪がダンブルドアの前の机に置かれていた。それは裂けていて、グリフィンドールの剣が、そばにあった。

 ダンブルドアは顔をしかめた。

 「私は・・・愚かものだった。ひどく誘惑されてしまった・・・」

 「何に誘惑されたのですか?」

 ダンブルドアは答えなかった。

 「ここに何とか戻ってこられたのは奇跡だ!」スネイプが、ひどく怒っているように言った。「あの指輪は、並はずれた魔力の呪いをかける。今の状態に抑えておくのが精一杯です。さしあたって、その呪いを片手に閉じこめたが、ー」

 ダンブルドアは、黒ずんで使いものにならない手をあげて、興味深い骨董品を見せられた人のような表情で、じっくりと見た。

 「とてもよくやってくれた、セブルス。私は、あとどのくらい生きられるかな?」

 ダンブルドアは、天気予報を尋ねているような軽い会話の口調で言った。スネイプは、ためらったが、それから言った。「分りません。一年ほどかと。それほどの呪いを永久に止めることはできない。徐々に体中に広がるでしょう。時間がたつほど強まる種類の呪いだから」

 ダンブルドアは、ほほえんだ。後、一年も生きられないという知らせは、ほとんど、もしくは、まったく関心がない問題のようだった。

 「君がいてくれて、私は幸運だ。きわだって幸運だ、セブルス」

 「もう少し早く呼んでくだされば、もっと手を尽くすことができ、もっと時間をさしあげられたのに!」とスネイプが、ひどく怒って言い、壊れた指輪と剣を見おろした。「指輪を壊せば、呪いも壊れると思ったのですか?」

 「そんなようなことを・・・私は精神錯乱していたのだ、まちがいない・・・」とダンブルドアが言った。そして努力して、椅子の中で、まっすぐに座りなおした。「うーむ、実際のところ、これで、ものごとが、はるかにすっきりした」

 スネイプは、まったくわけがわからないようにみえた。ダンブルドアが、ほほえんだ。

 「ヴォルデモートが、私の回りにめぐらせた計画のことを言っているのだ。かわいそうなマルフォイ少年に、私を殺させようという計画だ」

 スネイプは、ハリーが、しょっちゅう座ったダンブルドアの机と向かいあった椅子に座った。スネイプが、ダンブルドアの呪いをかけられた手について、もっと話したいと思っているのが、ハリーにはよく分った。しかし、ダンブルドアは、その話題を続けるのを、ていねいにさえぎった。顔をしかめながら、スネイプが言った。「ダーク・ロードは、ドラコが成功するとは期待していない。これは、ルシウスの最近の失敗に対する罰というだけです。息子が失敗し代償を払うのを見ているという、ドラコの両親への、ゆるやかな拷問だ」

 「手短にいうと、あの少年は、私と同じように、死刑の宣告を受けたのだ」とダンブルドアが言った。「さて、ドラコが失敗したら、その任務を引きつぐのは当然、君だと思われるが?」

 短い沈黙があった。

 「それが、ダーク・ロードの計画だと思います」

 「ヴォルデモート卿は、近い将来、ホグワーツにスパイを必要としなくなるときが来ると予想しているのか?」

 「彼は、まもなく学校を支配できると思っています、はい」

 「それで、もし学校が、彼の手に落ちれば、」とダンブルドアが、雑談でもしているような口調で言った。「ホグワーツの生徒を守るのに全力をつくすと約束してくれるな?」

 スネイプは、堅苦しくうなずいた。

 「よろしい。それでは、君の最優先事項は、ドラコが何を企てているのか探りだすことだ。恐がっている十代の少年というのは、彼自身にとってだけでなく他の者たちにとっても危険な存在だ。彼に手助けと手引きをしようともちかけるのだ。彼は君が好きだから、受けるはずだー」

 「ー、彼の父親が信頼を失ってからは、そうではありません。ドラコは、私を責めている。私が、ルシウスの地位を奪ったと思っているので」

 「そうであるにしても、やってみるのだ。あの少年がどんな計略を思いつこうと、私自身より、偶然巻きこまれる犠牲者のほうが、はるかに心配だ。もちろん、最終的には、彼をヴォルデモート卿の激怒から救おうとすれば、方法は一つしかない」

 スネイプは眉をあげ、あざけるような口調で尋ねた。「彼にあなたを殺させるつもりなのですか?」

 「とんでもない。君が、私を殺すのだ」

 長い沈黙があった。その中に奇妙なカチッという物音が聞えた。フェニックスのフォークスが、餌のイカの骨をかじる音だった。

 「私が、今、そうするのをお望みですか?」とスネイプが、皮肉をこめた重い口調で尋ねた。「それとも、墓碑銘をつくるのに少し時間がいりますか?」

 「いや、まだだ」とダンブルドアが、ほほえみながら言った。「おそらく、そのうちに、それにふさわしいときがやってくるだろう。今夜、おこったことからして」と、しなびた手を示した。「一年以内なのは、確かだ」

 「もし、死ぬのを気になさらないのなら」と、スネイプが荒々しく言った。「なぜドラコにさせないのですか?」

 「あの少年の魂は、まだそれほど損なわれてはおらぬ」とダンブルドアが言った。「私のせいで、あの魂が裂かれるのは望まない」

 「では、私の魂は、ダンブルドア? 私のはどうなんです?」

 「老人を苦痛と屈辱から逃れさせるのを助けることが、君の魂を損なうかどうかは、君だけが知っている。」とダンブルドアが言った。「私のために、どうかお願いする、セブルス。私に、死が訪れることは、クィディッチのチーム、チャドリー・キャノンズが今年度リーグの最下位で終ることと同じように確実なことなのだ。告白するが、私は、すばやく苦痛なく退場する方がよい。たとえば、グレイバックがからんで、長びき面倒なことになるよりは、ー、ヴォルデモートは、彼を雇ったと聞いたが? または、食べる前にえじきをもてあそぶベラトリックスがからむよりは」

 ダンブルドアの口調は軽かったが、その青い目が、しばしばハリーを突きさすように見たように、スネイプを突きさすように見た。まるで彼らが話しあっている魂が目に見えるかのようだった。とうとうスネイプが、また短くうなずいた。

 ダンブルドアは満足したようだった。

 「ありがとう、セブルス・・・」

 校長室が消えた。スネイプとダンブルドアが、たそがれどき誰もいない城の校庭をゆっくり歩いていた。

 「いく晩も、ポッターと閉じこもって何をなさっているのですか?」スネイプがいきなり尋ねた。

 ダンブルドアは疲れているようにみえた。

 「なぜだ? 彼にまた居残りの罰を与えようとしているのではないだろうな、セブルス? あの少年は、まもなく自由なときより、居残りの罰を受けている時間の方が長くなるだろうよ」

 「彼は、彼の父親にそっくりだ、ー」

 「見かけは、おそらくそうだろう。だが、心の奥底の性格は、ずっと母親似だ。私がハリーとすごしてきたのは、手おくれにならないうちに、話しあうべきことと、与えるべき情報があったからだ」

 「情報」とスネイプがくり返した。「あなたは、彼を信頼している・・・私を信頼してはいない」

 「これは信頼の問題ではない。われわれ二人が知っているように、私には、あまり時間が残されていない。あの少年が、やるべきことをやるのにじゅうぶんな情報を与えるのが、肝心なのだ」

 「で、なぜ私は、同じ情報を得ることができないのですか?」

 「私は、すべての秘密を一つの籠に入れたくはないのだ。特にとても多くの時間、ヴォルデモート卿の腕にかけられている籠にはな」

 「あなたの命令で、そうしているのだ!」

 「そして、君はきわめてよくやっている。君が、つねに危険な立場に身をおいていることを、私が過小評価していると思わないでくれ、セブルス。ヴォルデモートに価値ある情報のようにみえるものを与えつつ、最も重要な点を知らせずにおくことは、君以外の誰にも任せられない仕事だ」

 「だが、あなたは、閉心術もできず、魔法の力は二流で、ダーク・ロードの心に直結するつながりを持っている少年の方を、もっと信頼している!」

 「ヴォルデモートは、あのつながりを恐れている」とダンブルドアが言った。「少し前に、彼は、ほんとうにハリーの心を共有すると、どういうことになるかを悟る小さな経験をした。それは、これまで彼が経験したことがない苦痛だった。彼は二度とハリーの心を乗っとろうとはしないだろうと、私は確信している。あのようなやり方ではな」

 「おっしゃる意味が分りません」

 「ヴォルデモート卿の魂は、損なわれてはいるが、ハリーのような魂と直接つながりを持つのには耐えられないのだ。凍った鋼(はがね)に舌をのせるように、炎に皮膚をさらすように、ー」

 「魂? 私たちは心の話をしているのに!」

 「ハリーとヴォルデモート卿の場合は、心の問題といえば魂の問題になるのだよ」

 ダンブルドアは、あたりを見まわして誰もいないのを確かめた。彼らは、今、禁じられた森の近くにいたが、近くには誰もいないようだった。

 「君が、私を殺した後で、セブルス、ー」

 「あなたは、すべてを話そうとしないくせに、私がささやかな奉仕をするのを望んでいるんだ!」とスネイプがどなった。そのやせた顔に、ほんものの怒りが燃えあがっていた。「あなたは、たいへんなことをやるのを当然のことだと思っている、ダンブルドア! 私が、気を変えたとしたらどうです!」

 「君は約束したのだ、セブルス。ところで、君が私のためにする奉仕といえば、若いスリザリンの友人から目を離さないでいたはずだが?」

 スネイプは怒って反抗的なようすだった。ダンブルドアがため息をついた。

 「今夜、私の部屋に来てくれ、セブルス、十一時だ。そうすれば、君を信頼していることを示そう・・・」

 彼らは、ダンブルドアの部屋に戻った。窓の外は暗く、フォークスは静かにしていた。スネイプは、じっと黙って座っていて、ダンブルドアが、そのまわりを話しながら歩いていた。

 「ハリーは、最後の瞬間に知ることが必要になるまで、知ってはならない。さもなければ、どうして、しなくてはならないことをする強さを持つことができようか?」

 「だが、彼は何をしなくてはならないのですか?」

 「それは、ハリーと私のあいだのことだ。さて、よく聞くのだ、セブルス。私の死後、あるときが来るだろう、ー、言いかえすな、話をさえぎるな! ヴォルデモート卿が、ヘビが殺されないかと心配するときが来るだろう」

 「ナギニが?」スネイプは驚いたようだった。

 「そのとおり。もしヴォルデモート卿が、用を命じてヘビを送りだすのをやめ、魔法で保護をして自分のそばに置くようになったら、そのときは、ハリーに話しても大丈夫だと思う」

 「彼に何を話すのですか?」

 ダンブルドアは、深く息をすって目を閉じた。

 「彼に言うのだ。ヴォルデモート卿が、彼を殺そうとした晩、リリーが自分の命を盾として二人のあいだに投げだしたので、殺人の呪文がヴォルデモート卿に、はね返った。そしてヴォルデモートの魂から、魂のかけらが吹きとばされて、その崩れかけた建物でただ一つ生きていたものに閉じこもった。つまりヴォルデモート卿の魂の一部が、ハリーの中で生きている。そのため、彼はヘビと話す力を持ち、彼自身は分らないが、ヴォルデモート卿と心がつながっている。そして魂のかけらが、ヴォルデモートに気づかれずに、ハリーの魂にくっつき守られているあいだは、ヴォルデモート卿は死ぬことができないということをな」

 ハリーは、長いトンネルの端から二人の男を見ているような気がした。彼らは、とても遠く離れていて、声が妙にひびいて耳に聞えた。

 「では、あの少年は・・・あの少年は、死ななくてはならないのですか?」とスネイプがたいそう冷静に尋ねた。

 「そして、ヴォルデモート卿自身が、それをせねばならぬ、セブルス。それが重要な点だ」

 また長い沈黙があった。それからスネイプが言った。「私は・・・この長い年月ずっと・・・私たちが、彼を、彼女のために守っていると思っていた、リリーのために」

 「われわれが、彼を守ってきたのは、教え、奮いたたせ、自分の力を使わせることがもっとも重要だったからだ。」とダンブルドアが、まだ固く目を閉じたまま言った。「そのあいだに、彼らのつながりは、寄生するものが成長するように、どんどん強くなってきた。ときには彼が、自分で気がつくのではないかと思うこともあった。もし、私が知っているとおりの彼ならば、だんどりをして、自分の死に向って出発することだろう。それが真にヴォルデモートの最後を意味するのだ」

 ダンブルドアが目を開いた。スネイプはぞっとしたような顔をしていた。

 「あなたは、適切なときに死ぬために、彼を生かしておいたのですか?」

 「ショックを受けるでない、セブルス。君は、どれほどの数の男や女が死ぬのを見てきたか?」

 「最近は、私が助けることができなかった人たちだけです」とスネイプが言った。そして立ちあがった。「あなたは、私を利用した」

 「どういう意味かね?」

 「私は、あなたのためにスパイをし、あなたのために嘘をつき、あなたのために、わが身を命の危険にさらしてきた。すべては、リリー・ポッターの息子を安全に守るためだと思っていた。今、あなたは、食用に殺すブタを育てるように、彼を育ててきたと言う、ー」

 「だが、それは胸を打たれる話だな、セブルス」とダンブルドアがまじめに言った。「予想に反して、あの少年を好きになってきたのかな?」

 「彼を?」とスネイプが叫んだ。「エクスペクト・パトロナム!」

 その杖の先から、銀の雌ジカが飛びだした。それは校長室の床に着地して、さっと飛んで、窓から外に舞いあがっていった。ダンブルドアは、それが飛んでいくのを見つめていた。そして銀の輝きがあせると、目に涙をあふれさせたスネイプの方に向きなおった。

 「こんなに長いときがたったのに?」

 「ずっと変らず」とスネイプが言った。

 場面が変った。ハリーは、スネイプが机の後ろのダンブルドアの肖像画と話しているのを見た。

 「ハリーが、おばとおじの家を出発する正確な日にちを、ヴォルデモートに伝えるのだ。」とダンブルドアが言った。「ヴォルデモートは、君がとてもよく事情につうじていると思っているのだから、そうしないと疑いをまねく。だが、おとりのアイディアを植えつけてくれ。それが、ハリーの安全を保証するにちがいないと思うからだ。マンダンガス・フレッチャーに混乱させる呪文をかけろ。それに、セブルス、もし追跡の役をしなくてはならなくなったら、君の役割を、もっともらしく演じるように気をつけろ・・・君が、できるだけ長くヴォルデモート卿に気に入られているのを当てにしている。さもないとホグワーツは、カロウたちのなすがままになってしまうからな・・・」

 今度は、スネイプは、見知らぬ居酒屋でマンダンガスと頭をつき合わせていた。マンダンガスの顔は、妙にぼんやりとしていて、スネイプは集中するあまり顔をしかめていた。

 「フェニックス騎士団に提案しろ」スネイプが小声で言った。「おとりを使えと。ポリジュース薬。見わけがつかないポッターたちだ。それが、うまくいくためのただ一つのやり方だ。私がこれを提案したことは忘れろ。君自身が考えたふりをしろ。分ったか?」

 「分った」とマンダンガスが、焦点が定まらない目で、つぶやいた・・・

 今度は、ハリーは、晴れた暗い夜、箒にのったスネイプの横を飛んでいた。フード姿のデス・イーターといっしょだった。その先には、ルーピンと、ほんとうはジョージのハリーがいた・・・デス・イーターがスネイプの先に行って杖をあげ、まっすぐルーピンの背中に向けた、ー

 「セクトゥムセンプラ!」とスネイプが叫んだ。

 しかし、デス・イーターの杖を持った腕をねらったその呪文は、はずれて、代りにジョージに当たってしまった、ー

 次に、スネイプは、シリウスの昔の寝室にひざまずいていた。リリーが書いた古い手紙を読んでいるとき、曲った鼻の先から涙がしたたりおちていた。二枚目のページには、少ししか書かれていなかった。



「ゲラート・グリンデルワルドと友だちだったなんて。個人的には、彼女の頭がおかしくなったんだと思うわ!



いっぱい愛をこめて、

リリー」



スネイプは、リリーのサインと「愛をこめて」があるページを取って、ローブの中にしまいこんだ。それから、同時に手に持っていた写真を二つに裂いて、リリーが笑っている部分を取って、ジェイムズとハリーが写っている部分は、戸棚の下の床にもどした・・・

 今度は、スネイプは、また校長室に立っていた。そのとき、フィーニアス・ナイジェルスが急いで自分の肖像画の中に飛びこんできた。

 「校長! 彼らは、ディーンの森でキャンプをしているぞ! あの穢れた血が、ー」

 「そのことばを使うな!」

 「ー、それなら、グレインジャーの娘が、バッグを開けたときに、そう言ったのを聞いた!」

 「結構。たいへん結構!」と校長先生の椅子の後ろのダンブルドアの肖像画が叫んだ。「さあ、セブルス、剣だ! 窮地から勇気がないと手に入らないという状況にすることを忘れるな、ー、それから、君が与えたことを、彼が知ってはならないということもな! もしヴォルデモートが、ハリーの心を読んで、君が彼のために動いているのが分れば、ー」

 「分っています」とスネイプが短く言った。そしてダンブルドアの肖像画に近づき、その端を引いた。すると画が前方に飛びだし、その後ろに隠れていた穴があらわれ、そこからスネイプがグリフィンドールの剣を取りだした。

 「それで、なぜポッターにこの剣を渡すことがそんなに重要なのか、まだ教えてくださらないのですか?」と彼が、ローブの上から旅行用マントをはおりながら言った。

 「ああ、言わないつもりだ」とダンブルドアの肖像画が言った。「彼は、それで何をすべきか分るだろう。それからセブルス、よくよく気をつけてくれ。彼らは、ジョージ・ウィーズリーの不慮のできごと以来、君があらわれるのは、ありがたがらないだろうから、ー」

 スネイプは、扉の方を向いた。

 「ご心配なく、ダンブルドア」と冷たく言った。「計画を立ててあります・・・」

 スネイプは部屋を出ていった。ハリーは、ペンシーブから立ちあがった。そしてほんの少しして、まったく同じ部屋の絨毯をしいた床の上に横たわっていた。スネイプが、扉を閉めたばかりのように思われた。

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