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ハリーポッターと死の聖物 (Harry Potter and the Deathly Hallows)

第三十一章:ホグワーツの戦い

 大広間の魔法がかけられた天井は、暗くて星がまたたいていた。その下に、四つの長いテーブルが並び、旅行用マントや、ガウンをはおった乱れた格好の生徒たちが座っていた。あちこちに、学校の幽霊たちの真珠のように白い姿が輝いていた。生きた者も死んだ者も、すべての目が、大広間の上座の一段高いところから話しているマクゴナガル先生を見つめていた。その後ろには、残りの先生が立っていて、その中には、パロミノ種のセントールのフィレンツェや、戦うためにやって来たフェニックス騎士団のメンバーもいた。

 「・・・避難の監督は、フィルチ氏とマダム・ポンフリーです。監督生は、私が命じたら、いつものように寮生をまとめて、避難する地点まで先導しなさい」

 生徒の多くは、恐怖ですくんでいるようだった。けれど、ハリーが壁に沿っていって、ロンとハーマイオニーを探してグリフィンドールのテーブルを見まわしたとき、ハフルパフのテーブルの、アーニー・マクミランが立ちあがって言った。「もし、残って戦いたいときはどうするんですか?」

 少数が、わあっと賛成した。

 「もし成人していれば、残ってもよろしい」とマクゴナガル先生が言った。

 「持ち物はどうするんですか?」と、レイブンクローのテーブルの女の子が叫んだ。「トランクとか、フクロウとか?」

 「持ち物を、まとめる時間はありません」とマクゴナガル先生が言った。「重要なことは、あなた方が、ここから無事に出ることです」

 「スネイプ先生はどこですか?」スリザリンのテーブルから、女の子が叫んだ。

 「彼は、俗な言い方をすれば、ずらかったのです」マクゴナガル先生が答えたので、グリフィンドール、ハフルパフ、レイブンクローのテーブルから、大きな歓声が巻きおこった。

 ハリーは、ロンとハーマイオニーを探しながらグリフィンドールのテーブルに沿って、大広間を移動していった。彼が通っていくと、いくつもの顔が、こちらを向き、通ったあとに、大きなささやき声が聞えた。

 「すでに、城の周囲に防御策を講じましたが、」マクゴナガル先生が話していた。「補強しなければ、それほど長くは持ちこたえられません。ですから、すばやく冷静に動くこと、監督生に従うこと、をみなさんにお願いします、―」

 しかし、彼女の最後のことばは、大広間に響きわたる別の声にかき消された。それは、高く冷たく通る声で、どこから聞えてくるのか分らなかった。壁から発せられているようで、以前、呼びおこされた怪物のように、何百年も、そこに眠っていたのかもしれないと思われた。

 「おまえたちが戦おうとしているのは分っている」生徒の間に悲鳴があがった。互いに抱きつき、どこから聞えてくるのかと見まわしている者もいた。「おまえたちの努力はむだだ。戦って俺を止めることはできない。おまえたちを殺したくはない。俺はホグワーツの先生方には、大いなる敬意を払っている。魔法界の血を流したくはない」

 大広間には沈黙が満ちていた。部屋の中に収まるには大きすぎて、鼓膜を圧迫するような沈黙だった。

 「ハリー・ポッターをよこせ」とヴォルデモートの声がした。「そうすれば、誰も傷つけない。ハリー・ポッターをよこせ、そうすれば、学校はそのままにして去る。ハリー・ポッターをよこせ、そうすれば、ほうびをやろう。

 「真夜中まで時間をやろう」

 また全員が、沈黙に飲みこまれるように静まりかえった。すべての頭がふりむき、その場のすべての目が、ハリーを見つけ、視線という何千もの見えない光線で、彼を、その場に凍りつかせるようだった。そのとき、スリザリンのテーブルから誰か立ちあがった。ハリーにはパンジー・パーキンソンだと分った。彼女は、震える腕をあげて叫んだ。「でも、彼はそこにいる! ポッターはそこにいる! 誰か捕まえて!」

 ハリーが、何も言わないうちに、大きな動きがおきた。彼の前のグリフィンドール生が立ちあがり、ハリーにではなくスリザリン生に立ちむかったのだ。それからハフルパフ生が立ち、ほとんど同時にレイブンクロー生が立った。彼らすべてが、ハリーに背中を向け、彼らすべてが、ハリーでなくパンジーの方を向いた。彼らのマントの下や袖の下や、あらゆるところから杖があらわれるのを見て、ハリーは畏敬の念にうたれ圧倒される思いがした。

 「ありがとう、パーキンソンさん」とマクゴナガル先生が、きびきびした口調で言った。「あなたは最初にフィルチ氏といっしょに出ていきなさい。同じ寮の生徒も、いっしょに行ってよろしい」

 長椅子が引かれる音と、それからスリザリン生が大広間の反対側からぞろぞろ立ち去る音が、ハリーに聞えた。

 「レイブンクロー生、続きなさい!」とマクゴナガル先生が叫んだ。

 ゆっくりと四つのテーブルが空になっていった。スリザリンのテーブルには、まったく誰もいなかった。年長のレイブンクロー生の多数は、仲間が列をなして出ていった後も座ったままでいた。もっと多くのハフルパフ生が残り、グリフィンドール生は半分が残っていたので、マクゴナガル先生が壇を下りて、未成年者は出ていくようにとせかさなくてはならなくなった。

 「絶対にだめです、クリービー、行きなさい! あなたも、ピークス!」

 ハリーは、そろってグリフィンドールのテーブルに座っているウィーズリー一家の方に急いで近づいた。

 「ロンとハーマイオニーはどこ?」

 「見つからなかったのかい、―?」とウィーズリー氏が心配そうに言った。
 けれど、途中で話しをやめた。キングズリーが壇の前方に進みでて、残った者に話しはじめたからだ。

 「真夜中まで、三十分しかない、だからすばやく行動する必要がある! 戦う計画は、ホグワーツの先生方と、フェニックス騎士団の間でできている。フリットウィック、スプラウト、マクゴナガルの先生方が、それぞれ三つの高い塔に戦闘者の集団を率いていく、―、レイブンクローの塔、天文塔、そしてグリフィンドールの塔だ、―、そこからは、よく見渡せるから、呪文をかけるには、すばらしい場所だ。一方、リーマスと」と、ルーピンを指し、「アーサーと」とグリフィンドールのテーブルのところに座っているウィーズリー氏の方を指し、「そして私は、校庭に集団を率いていく。誰か、学校へ入る通路の防備にあたる者が必要だが、―」

 「―、僕たちにぴったりの仕事みたいだ」とフレッドが、自分とジョージを指して叫んだ。キングズリーは同意してうなずいた。

 「よし! リーダーは、ここに上れ、隊のグループ分けだ!」

 「ポッター」とマクゴナガル先生が、急いで近づいてきた。生徒たちは、壇に押しよせ、前に出ようと押しあって指示を受けていた。「あなたは、何か探すはずではないですか?」

 「えっ? ああ」とハリーが言った。「ああ、そうだ!」

 彼は、ほとんどホークラクスのことを忘れていた。彼が、それを探すために戦いがおこされようとしているのを、ほとんど忘れていた。ロンとハーマイオニーが理由なく、いなくなったので、一瞬、他のすべての考えが心の中から追いはらわれていた。

 「それでは、行きなさい、ポッター、行きなさい!」

 「ああ、―、はい、―」

 ハリーは、大広間から玄関の間に走りでたとき、ずっと見られているのに気づいていた。玄関は、まだ避難する生徒で混みあっていた。彼らといっしょに、大理石の階段を追われるように上がっていったが、階段を上りきると、ハリーは誰もいない廊下の方に急いでいった。考えると、恐怖とろうばいの気持ちが雲のようにおおってきたので、冷静になろうと努めて、ホークラクスを見つけることに集中しようとした。けれど、頭の中で、考えようとしてみても、コップの中に捕らわれたスズメバチのように、気ちがいじみて実りのないブンブンいう音がするばかりだった。ロンとハーマイオニーが手伝ってくれないと、考えを整理することができなかった。彼はスピードを落とし、誰もいない廊下の途中で急に止まった。そこで、いなくなった像の台座に座り、首にかけた袋から、盗人たちの地図を取りだした。ロンとハーマイオニーの名前はどこにも見あたらなかったが、点の密な集団が、「必要に応じて出てくる部屋」の方に向っていた。そこに入ってしまえば、地図にあらわれないかもしれない、とハリーは思った。そこで地図をしまって両手を顔に押しつけ、目を閉じて集中しようとした・・・

 <ヴォルデモートは、僕がレイブンクローの塔に行くだろうと予想していた>

 そうだ。それは、確かな事実だ。そこがスタートだ。ヴォルデモートは、アレクト・カロウをレイブンクローの談話室に配置した。それには、たった一つの説明しかない。つまりホークラクスが、その寮に関係があることを、ハリーがもう知っているのではないかと、ヴォルデモートが危ぶんだのだ。

 けれど、レイブンクローというと誰もが思いだしそうな唯一の品物は、失われたダイアデムだ・・・ ホークラクスが、そのダイアデムだということが、ありうるだろうか? スリザリン生のヴォルデモートが、何代にもわたってレイブンクロー生の手を逃れてきたダイアデムを見つけることができたのだろうか? そのダイアデムをどこかで見たことがあるか、誰が話してくれるだろう? 生きている者の記憶のなかでは、誰もそれを見ていないのに?

 <生きている者の記憶のなかでは>・・・

 指の奥で、ハリーの目がまたぱっと開いた。最後にただ一つ残された希望を追って、台座から飛びおりて、来た道を全力で戻った。大理石の階段に戻ると、何百人もの生徒が「必要に応じて出てくる部屋」に向って行進していく音がどんどん大きくなってきた。監督生たちが、自分の寮の生徒を見失わないようにと指示のことばを叫んでいた。みんな押しあいへしあいしていた。ザカライア・スミスが一年生を列の先頭に来るように、転がすようにせき立てていた。年少の生徒は泣きだし、年長の生徒は友だちやきょうだいを探して必死に叫んでいた・・・

 ハリーは、下の玄関をただよっていく真珠のように白い姿を見つけて、まわりの騒音のなかで聞えるように、できるだけ大声でどなった。

 「ニック! ニックったら! 話があるんだ!」

 そして、生徒たちの波をかき分けて階段を下りて、やっと下に着くと、そこにグリフィンドールの塔の幽霊、ほとんど首なしニックが、立って待っていた。

 「ハリー! 君!」

 ニックは、両手でハリーの手をにぎろうとした。ハリーは、手が氷水に突っこまれたような気がした。

 「ニック、助けてほしい。レイブンクローの塔の幽霊は誰だ?」

 ほとんど首なしニックは驚いて少し気を悪くしたようだった。

 「灰色の婦人だ、もちろん。だが、君が、幽霊に奉仕してもらいたいなら、―?」

 「彼女でなくちゃだめなんだ、―、彼女がどこにいるか分るか?」

 「待てよ・・・」

 ニックが、群れをなして移動する生徒の上からのぞきこもうとして、あちこち向いたとき、その首が、ひだえりの上で少しふらついた。

 「彼女だ、向こうにいる、ハリー、長い髪の若い女性だ」

 ニックの透きとおった指がさす方を見ると、背の高い幽霊が見えた。彼女は、ハリーが自分を見ているのに気づくと眉をあげて、固い壁を通りぬけて、ただよって行ってしまった。

 ハリーは後を追いかけた。彼女が消えた廊下の扉を通っていくと、通路の突きあたりに姿が見えたが、また、すうっと離れた方に滑るように行ってしまった。

 「ねえ、ー、待て、ー、戻れ!」

 彼女は、しぶしぶ同意して、床から十数センチ浮いて止まっていた。ハリーは、彼女が美しいと思った。髪が腰まで長く、床まで届くマントを着ていて、尊大で、同時に誇り高かった。近づいてみると、廊下で数回すれちがったことがある幽霊だと分ったが、話したことはなかった。

 「あなたが、灰色の婦人?」

 「彼女はうなずいたが、口をきかなかった。

 「レイブンクローの塔の幽霊?」

 「そのとおり」

 彼女の口調は好意的ではなかった。

 「どうか、手助けしてほしい。失われたダイアデムについて、どんなことでも知りたいんだ。話してくれないか」

 彼女の唇の端が上がって、冷たいほほえみが浮かんだ。

 「残念だけど」彼女は言いながら向きを変えて立ちさろうとした。「手助けはできないわ」

 「待て!」

 ハリーは、叫ぶつもりはなかったが、怒りと、ろうばいの気持ちが、脅すように押しよせてきた。彼女が、前で、ただよっているあいだに、ハリーは腕時計をちらっと見た。真夜中の十五分前だった。

 「緊急の用なんだ」彼は、荒々しく言った。「もし、そのダイアデムがホグワーツにあるなら、僕は急いで見つけなくちゃならない」

 「あなたが、ダイアデムを探そうとした最初の生徒というわけじゃないのよ」彼女は尊大に言った。「何代も前から生徒たちが、それがどこにあるか教えてほしいと私にうるさくせがんだわ、―」

 「これは、いい成績を取ろうというんじゃないんだ!」ハリーが、彼女にどなった。「ヴォルデモートに関係がある、―、ヴォルデモートをうち負かすことに関係がある、―、それとも君は、それに興味がないのか?」

 彼女は、顔を赤らめることはできなかったが、透明な頬がくすんできた。そして彼女が答えたとき、その声はたかぶっていた。「もちろん、私は、―、いったい何てこと言うのよ、―?」

 「ええと、じゃ、僕を助けて!」

 彼女は落ちつきがなくなってきた。

 「それは、―、それは、―、私の母のダイアデムの問題じゃなくて、―」彼女はどもりながら言った。

 「君のお母さんの?」

 「彼女は、自分に腹をたてたようだった。

 「私が生きていたとき」彼女は、堅苦しく言った。「私は、ヘレナ・レイブンクローだったの」

 「君は、彼女の娘だったのか? でもそれなら、ダイアデムがどうなったか知っているはずだ!」

 「あのダイアデムは、知恵を授けるけれど、」彼女は、明らかに冷静になろうと努力しながら言った。「あなたが、あの魔法使いをうち負かすチャンスを大いに増やすとは思えないわ、―、卿と自称する、―」

 「僕は、あれを頭にのせるつもりはないと、さっき言っただろ!」ハリーが荒々しく言った。「説明する時間はない、―、でも、もし、君がホグワーツが好きで、もしヴォルデモートがやっつけられるのを見たいなら、あのダイアデムについて知ってることを何でも言ってくれ!」

 彼女は、とても静かに空中に浮いたまま彼を見おろしていた。絶望感が、ハリーを飲みこんだ。もちろん、フリットウィックかダンブルドアが同じ質問をしたにちがいないのだから、彼女が何か知っていたら、彼らに言ったはずだ。ハリーは首を横にふって、向きを変えようとした。そのとき、彼女が低い声で言った。

 「私が、母からダイアデムを盗んだの」

 「君が、―、君がやったのか?」

 「私が、ダイアデムを盗んだの」とヘレナ・レイブンクローが、ささやき声でくりかえした。「私は、母よりもっと賢く、もっと重要な人になろうとした。私は、あれを持って逃げたわ」

 ハリーは、自分が、どうやって彼女の信頼を勝ちえたのか分らなかったが、尋ねようとはせず、ただ熱心に聞いていた。彼女は話しつづけた。「母は、ダイアデムが失われたと決して認めないで、ずっと持っているふりをしていたそうよ。母は、それが失われたことと、私の恐るべき裏切りを、ホグワーツの他の創立者たちにさえも隠したの。

 「それから、母は病気になった、―、命にかかわる病気にね。私の不実にもかかわらず、母は、どうしても、もう一度、私に会いたがった。それで、ずっと長いあいだ、私を愛していた男をやって私を捜させた。私は、彼の求愛を拒絶していたのだけれど。彼が休みなく私を捜すだろうと、母には分っていたの」

 ハリーは待った。彼女は、深く息をすって、頭をぐいと後ろにそらした。「彼は、私が隠れていた森まで跡をたどってきた。私が、彼といっしょに戻るのを拒絶したとき、彼は凶暴になった。男爵は、いつも短気な男だったわ。私の拒絶に怒りくるい、私の自由をねたんで、彼は私を刺したの」

 「あの男爵? 君が言うのは、―?」

 「血みどろ男爵、そうよ」と灰色の婦人が言った。そして来ていたマントを横にはねあげて、白い胸の黒っぽい一刺しの傷を見せた。「彼は、自分のしたことを見て後悔の念にうちのめされた。そして私の命をうばった武器を取って、自殺するのに使った。それから何百年たっても、彼は、悔いあらための行動として鎖を身につけているのよ・・・やって当然のことだけれど」彼女は、苦々しくつけくわえた。

 「それで・・・それで、ダイアデムは?」

 「男爵が、森の中を私の方にむかって恐る恐る歩いてくる音が聞えたときに、私が隠したところに、そのままになっていた。中が空洞の木に隠されて、そのまま」

 「中が空洞の木?」とハリーが、くりかえした。「どんな木? どこにある?」

 「アルバニアの森。はるかに遠くて母の手が届かないと、私が思った寂しい場所」

 「アルバニア」とハリーが、くりかえした。混乱の中から、判断力が奇跡的にあらわれてきた。そして、なぜ彼女が、ダンブルドアやフリットウィックに言わなかったことを、ハリーに言ったかが分った。「君は、もうこの話を誰かにしたんだね? 他の生徒に?」

 彼女は、目を閉じてうなずいた。

 「私・・・ぜんぜん分らなかった・・・彼は・・・上手におだてたの。私の気持ちを・・・理解して・・・同情するみたいに・・・」

 そうだ、とハリーは思った。トム・リドルは確かにヘレナ・レイブンクローの欲望を理解しただろう。彼女には所有する権利が、ほとんどない伝説上のすばらしい品物を、所有したいという欲望を。

 「ええと、リドルが何か上手に聞きだそうとしたのは、君が初めてじゃないよ」ハリーは小声でつぶやいた。「その気になれば、彼は魅力的になれたんだ・・・」

 そうやって、ヴォルデモートは、灰色の婦人をうまく言いくるめて、失われたダイアデムのありかを聞きだした。そして、はるばる遠方の森まで行って、ダイアデムを隠し場所から手にいれた。きっと、ホグワーツを卒業してすぐのことで、ボーギン・アンド・バークス店で働きはじめる前だろう。

 だから、ずっと後にヴォルデモートが十年もの長いあいだ、邪魔されずにひそんでいる場所が必要になったとき、人里離れたアルバニアの森が、すばらしい避難場所に思われたのではないだろうか?

 けれど、ダイアデムが、いったん彼の貴重なホークラクスになった後は、いやしい森に置きっぱなしにはされなかった・・・ダイアデムは、ひそかにほんとうの家に戻ってきた。ヴォルデモートが持ってきて置いたにちがいない。

 「―、先生の職を求めにきた夜にだ!」とハリーが、考えをまとめて言った。

 「何て言ったの?」

 「彼は、ダイアデムを城の中に隠した、ダンブルドアに、先生になりたいと頼んだ夜にだ!」とハリーが言った。それを大きな声で言うと、その全部が理にかなっているように思われた。「彼は、ダンブルドアの部屋に上がっていく途中か、そこから下りる途中に、ダイアデムを隠したにちがいない! それでも、まだ先生の職を求める価値があった、―、そうすれば、グリフィンドールの剣を盗む機会もあったかもしれないからね、―、ありがとう、ありがと!」

 ハリーが去ったとき、彼女は、さっぱり、わけが分らないように、そこに浮かんでいた。彼は角を曲って玄関の間に戻ってくると腕時計を見た。真夜中まで、後、五分だった。最後のホークラクスが何かは分ったけれど、それが、どこにあるかを見つけだすことは、まだぜんぜんできていなかった・・・

 何世代もの生徒が、ダイアデムを見つけられなかった、ということは、レイブンクローの塔にはないということだ、―、だが、そこにないとすれば、どこだろう? トム・リドルは、ホグワーツ城の中の、どこに、永久に秘密にしておけると信じた隠し場所を発見したのだろう?

 ハリーが必死に考えながら角を曲り、次の廊下を、ほんの数歩あるいたとき、左の窓が耳をつんざくような音で粉々に壊れた。彼が、横にとびのくと、巨大な体が、窓から飛びこんできて、反対側の壁にぶつかった。そこから、大きくて毛皮でおおわれたものが、くんくん鳴きながら離れて、ハリーに飛びついた。

 「ハグリッド!」ハリーが大声で叫んで、イノシシ狩りの猟犬がじゃれつくのから身をふりほどこうとしたとき、あごひげのある巨大な姿が、なんとか立ちあがった。「どしたの、―?」

 「ハリー、ここにいたか! ここにいたか!」

 ハグリッドが、かがんでハリーを、せかせかと、あばら骨が砕けそうに抱きしめ、それから、砕けた窓の方に走って戻った。

 「いい子だ、グローピー!」と窓の穴から大声でどなった。「ちょっと後でな、いい子にしてろよ!」

 ハグリッドの向こう、外の暗い夜の中に、光が遠くにほとばしるのが、ハリーに見え、気味の悪い、鋭い悲鳴が聞えた。腕時計を見おろすと真夜中だった。戦いが始まったのだ。

 「こりゃあ、ハリー」とハグリッドがあえぎながら言った。「いよいよか、えっ? 戦うのか?」

 「ハグリッド、どこから来たの?」

 「山の洞穴で、例のあの人の声が聞えたのさ」とハグリッドが、厳しい口調で言った。「声は伝わるだろ? 『真夜中になったら、ポッターをよこせ』とな。おまえさんが、ここにいるのが分った、何がおきるか分ったんだ。下りろ、ファング。だから、いっしょに戦いにきた、おれとグローピーとファングだ。森の近くの境をぶっ壊して、グローピーが俺たちを、つまりファングと俺を、かついできた。城のところで下ろせといったら、窓から突っこんだんだ、やれやれ。そうしてくれと言ったつもりはなかったんだが、―、ロンとハーマイオニーはどこだ?」

 「それは」とハリーが言った。「ほんとに、いい質問だよ。さあ行こう」

 彼らはいっしょに廊下を走った。そのそばをファングがよたよたと走った。ハリーに、まわりの廊下で動く音が聞えた。走りまわる足音、叫び声。窓から暗い校庭に、もっと閃光が見えた。

 「どこに行くんだ?」ハグリッドが、ハリーの後を床板をゆらしてドタドタ走りながら、息をきらせて言った。

 「はっきりとは分らない」とハリーが言って、また、いいかげんに角を曲った。「でも、ロンとハーマイオニーが、どっかこの辺にいるはずなんだ」

 戦いの最初の死傷者が、その先の通路に投げだされていた。いつもは職員室の入り口を守っている二つの石の怪物像が、壊れた窓から飛んできた呪文にあたって、ばらばらに砕けていて、その残骸が弱々しく床の上で身うごきしていた。ハリーが、その体から離れた頭の一つを飛びこえたとき、それがかすかにうめいた。「私にかまうな・・・横になって砕けるから・・・」

 その醜い石の顔を見て、ハリーは、突然、ゼノフィリウスの家にあった、あの気ちがいじみた頭飾りをかぶっていたロウィーナ・レイブンクローの大理石の胸像を、―、それから、レイブンクローの塔の、白い巻き毛に石のダイアデムをかぶっていた像を思い出した・・・

 通路の端まで来たとき、三番目の石の彫像の記憶がよみがえってきた。醜い老魔法使い、その頭に、ハリー自身が、かつらと壊れた古いティアラをかぶせた。衝撃が、ファイア・ウィスキーの熱のように体をつらぬいたので、ハリーはよろけそうになった。

 とうとう、ホークラクスが、どこで待っているか分ったのだ・・・

 トム・リドルは、自分以外の誰も信用せず、自分一人で仕切っていたが、とてもうぬぼれていたので、自分が、自分だけが、ホグワーツ城の深遠な秘密の数々に通じたと思いこんでいたのだろう。もちろん、ダンブルドアやフリットウィックや模範生たちは、あの特殊な場所に足を踏みいれたことはなかった。けれど彼、ハリーは、学校時代に、ふつうでないことをやってきた、―、これこそ、彼とヴォルデモートが知っていて、ダンブルドアがけっして知らなかった秘密だ、―

 ハリーは、スプラウト先生がネビルと他の六人を従えてドタドタとやってきたので、はっとわれに返った。彼らは、耳あてをして、大きなサヤがついた植物のようにみえるものを運んでいた。

 「マンドレイクだ!」ネビルが、走りながら肩ごしにふり返って、ハリーに叫んだ。「壁ごしに、投げてやるんだ、―、彼らは気に入らないだろうよ!」

 ハリーは、今からどこへ行くべきか分って、走りだした。ハグリッドとファングが走って後に続いた。彼らは、肖像画を次々に通りすぎた。描かれた人物たちが、いっしょに並んで競走した。ひだえりをつけたり、銃を持ったり、よろいやマントを着たりした魔法使いや魔女が、互いの画の中にぎゅうぎゅう詰めになって、城の他のところのニュースを叫んでいた。彼らが廊下の端まで来たとき、城全体がゆれた。そして、巨大なつぼが爆発の力で台座から吹きとばされたとき、先生方や騎士団の魔法の力よりもっと邪悪な魔力に、城が掴まれたことを、ハリーは悟った。

 「大丈夫だ、ファング、―、大丈夫!」ハグリッドが叫んだが、陶器の破片が爆弾のように空中を飛んでくると、大きな猟犬は逃げだした。ハグリッドは、ハリーを一人のこして、恐がった犬の後をドタドタと追っていってしまった。ハリーは杖を上げて、ゆれる通路を徐々に進んでいった。まっすぐな廊下の間を、画に描かれた小柄な騎士、カドガン卿が、画から画へと、よろいをガチャガチャ言わせ激励のことばを叫びながら、ハリーの横を走っていき、太った小さなポニーが、その後からゆるいかけ足でやってきた。

 「ほら吹きにごろつき、犬畜生に悪漢、やつらを追いだせ、ハリー・ポッター、追っぱらえ!」

 ハリーが角を曲って突進すると、フレッドと、リー・ジョーダンやハナ・アボットを含む小人数の生徒がいて、秘密の抜け道を隠している像がいなくなった後の台座の横に立っていた。彼らは杖を出して、隠された穴の奥に音がしないかと耳をすませていた。

 城が、またゆれたとき、「戦いに、いい夜だ!」とフレッドが叫んだ。ハリーは、元気づけられるのと、恐怖を同じくらい感じながら、そばを全力で走り。また次の廊下を走った。いたるところにフクロウがいた。ミセス・ノリスが、シューッと怒って前足でたたこうとした。フクロウたちを正しい場所に戻そうとしたのはまちがいない・・・

 「ポッター!」

 アバーフォース・ダンブルドアが、杖をあげ、行く手の廊下をふさいで立っていた。

 「子どもらが何百人も、俺の酒場をどやどやと通りぬけたぞ、ポッター!」

 「うん、避難したんだ」ハリーが言った。「ヴォルデモートが、―」

 「―、攻撃している、おまえを手渡さなかったからな」とアバーフォースが言った。「おれは耳が遠くない。ホグズミード中が、彼の声を聞いたぞ。おまえらの誰も、スリザリン生を何人か人質に取ることは考えなかったのか? おまえらが安全に避難させた中にはデス・イーターの子もいる。彼らを、ここに置いといた方が、ちっと賢かったんじゃないか?」

 「それで、ヴォルデモートを止めることはできないよ」とハリーが言った。「それに、あなたの兄さんは、ぜったいそんなことさせなかっただろう」

 アバーフォースは、ぶつぶつ言いながら、反対の方へ駆けていった。

 「あなたの兄さんは、ぜったいそんなことさせなかっただろう」・・・うーん、それは真実だ。ハリーは、また走りながら考えた。あんなに長いあいだスネイプを守ったダンブルドアが、生徒を人質に取るわけがない・・・

 それから、彼は最後の角を曲って横すべりした。そこにロンとハーマイオニーがいたので、ほっとしたのと怒りくるうのとが混じった気持ちになった。二人とも両手いっぱいに曲った汚い黄色の物体をかかえていて、ロンはわきの下に箒をはさんでいた。

 「いったいぜんたい、どこに行ってたんだ?」ハリーが叫んだ。

 「秘密の部屋」とロンが言った。

 「部屋、―、何だって?」とハリーが言いながら、二人の前で急に止まってよろけた。

 「ロンの、みんなロンの思いつきだったの!」とハーマイオニーが息をきらして言った。「ほんとうにすばらしいでしょ? あなたが出てってから、私たちあそこにいて、ロンに言ったの、別のが見つからないとしても、今あるのを破壊したらどうかしらってね。まだカップを破壊してなかったでしょ! そしたら、ロンが思いついたの! バジリスクを!」

 「いったい、―?」

 「ホークラクスを破壊するものだよ」とロンが簡潔に言った。

 ハリーの目が、ロンとハーマイオニーの腕にかかえられた物体に向いた。そして、それが死んだバジリスクから取ってきた大きな曲った牙だと、やっと分った。

 「でも、どうやってあの部屋に入ったんだ?」と、牙からロンへと視線を移しながら尋ねた。「ヘビ語を話さなくちゃならないのに!」

 「彼が話したの!」とハーマイオニーがささやいた。「やって見せて、ロン!」

 ロンは、恐ろしそうな、息がつまったようなシューシューいう音を出した。

 「君が、ロケットを開けるときに、そう言ったんだよ」とハリーに弁解するように言った。「正しく言うのに、何回かやってみなくちゃならなかったけどさ、でも」と控えめに肩をすくめた。「最後には、入れたんだ」

 「彼は、みごとだったわ!」とハーマイオニーが言った。「みごとだったわ!」

 「それで・・・」ハリーは、話についていこうと努力しながら言った。「それで・・・」

 「それで、僕たちは、もう一つホークラクスを破壊したんだ」とロンが言って、上着の下から、ハフルパフのカップの壊れた残骸を取りだした。「ハーマイオニーが突きさした。彼女がやるべきだと思ったんだ。いまだに喜んではいないけど」

 「天才的だ!」とハリーが叫んだ。

 「何てことないさ」とロンが言ったが、自分に満足して喜んでいるようだった。「で、君の方はどうだい?」

 ロンがそう言ったとき、頭上で爆発がおこった。三人が見あげると、天井から埃がふってきて遠くで叫び声が聞えた。

 「ダイアデムがどんなものか分った、どこにあるかも分った」とハリーが、早口でしゃべった。「彼は、僕が古い魔法薬の教科書を隠したのとちょうど同じ場所に、それを隠した。そこは、何百年ものあいだ、みんながいろいろ隠してきた場所だ。彼は、その場所を見つけたのは、自分だけだと思ってたんだ。さあ行こう」

 壁が、またゆれたとき、ハリーは二人を連れて、隠された入り口に戻り、階段を下りて、「必要に応じて出てくる部屋」に入った。そこには、女性が三人だけいた。ジニー、トンクス、それに虫食いの穴がある帽子をかぶった老魔女だった。ネビルの祖母だとすぐ分った。

 「ああ、ポッター」彼女は、待っていたかのように、きびきびと言った。「どうなっているのか話しておくれ」

 「みんな大丈夫?」とジニーとトンクスがいっしょに言った。

 「僕たちが知るかぎりでは大丈夫」とハリーが言った。「ホグズヘッドへ行く通路には、まだ誰かいる?」

 部屋は、中に人がいるあいだは、変化できないのを、ハリーは知っていた。

 「私が、最後だったよ」とロングボトム夫人が言った。「私が、ふさいでおいた。アバーフォースが酒場にいないのに、開けたままにしとくのは愚かなことだと思ったからね。私の孫に会ったかい?」

 「彼は、戦ってます」とハリーが言った。

 「当然」と老婦人が誇らしげに言った。「失礼するよ、孫を手伝いにいかなくては」

 そして驚くべき速さで石段の方に小走りでいった。

 ハリーはトンクスを見た。

 「あなたは、お母さんちにテディといっしょにいると思ってたけど?」

 「どうなってるか知らないでいるなんて耐えられない、―」トンクスは、悲痛な表情をしていた。「母が、あの子の面倒をみてくれてるわ、―、リーマスに会った?」

 「彼は、校庭で戦う集団を率いることになってた、ー」

 何も言わずに、トンクスはかけだしていった。

 「ジニー」とハリーが言った。「すまないけど、君にも出てもらわなくちゃならない。ほんの少しのあいだだけ。その後、戻ってきて入れるから」

 ジニーは避難所を出るのを、ただもう喜んでいるようだった。

 「その後、戻ってきて入れるから!」ハリーは、彼女がトンクスを追って階段をかけあがったとき、後ろから叫んだ。「戻ってこなくちゃだめだよ!」

 「ちょっと待った!」とロンが鋭く言った。「誰か忘れてるぞ!」

 「誰?」とハーマイオニーが尋ねた。

 「ハウスエルフだよ、みんな下の台所にいるだろ?」

 「彼らにも戦わせろっていう意味か?」とハリーが尋ねた。

 「違う」とロンが真剣に言った。「彼らに、出ていけって言わなくちゃならないという意味だ。もうドビーみたいになってほしくないだろ? 僕たちのために死んでくれとは言えないよ、―」

 バジリスクの牙が、ハーマイオニーの腕から滝のように落ちて、ガラガラという音がした。彼女は、ロンに走りよって、両腕をその首に回し、ま正面からキスをした。ロンは、持っていた牙と箒を投げだして、熱烈に答えたので、ハーマイオニーを床から持ちあげてしまった。

 「そんな場合かよ?」ハリーが弱々しく尋ねた。が、何も変らず、ロンとハーマイオニーがもっとしっかりと抱きあって、その場でゆれているので、ハリーは声を大きくした。「おい! 戦争の最中なんだぞ!」

 ロンとハーマイオニーは、ぱっと離れたが、まだ互いの体に腕を回していた。

 「分ってるよ」とロンが言ったが、クィディッチでブラッジャーが後頭部にあたったような顔をしていた。「だから、今か、永久にないか、だろ?」

 「それはいいけど、ホークラクスはどうなんだ?」ハリーが叫んだ。「ダイアデムを手にいれるまで、ちょっと、―、ちょっと、自制してくれないかな?」

 「ああ、―、そうだ、―、ごめん、―」とロンが言った。彼とハーマイオニーは、二人とも頬をピンクに染めて牙を拾いはじめた。三人が上の廊下に戻ってくると、「必要に応じて出てくる部屋」にいた数分の間に、城の状況が、ひどく悪化したのが、はっきり分った。壁と天井が、もっとひどくゆれて、埃が空中いっぱいに舞っていた。近くの窓からハリーが見ると、緑と赤の閃光が、城にとても近いところを飛びかっていたので、デス・イーターが、中に入ろうと、すぐ近くにいるのが分った。ハリーが見おろすと、巨人のグロープが、不機嫌そうに大声でほえながら、屋根からもぎ取った石の怪物像のようにみえるものをふって、ふらふらと歩いていった。

 「彼が、数人踏んづけてくれるのを期待しよう!」とロンが言った。そのとき、また悲鳴が、近くで響きわたった。

 「仲間の一人でなければいいけど!」と声がした。ハリーがふりむくと、ジニーとトンクスが二人とも、隣のガラスが数枚なくなっている壊れた窓から、杖を外に向けていた。ハリーが見ているあいだにも、ジニーが下の戦ってい集団に向けて、うまくねらいを定めて呪文を放った。

 「いい子だ!」と埃を突っきって、彼らの方に走ってきた人影が叫んだ。ハリーが見るとまたアバーフォースだった。灰色の髪を後ろになびかせて、数人の生徒を率いていくところだった。「やつらは、北の胸壁を破ろうとしているようだ、自分たちの巨人を連れてきたぞ!」

 「リーマスを見た?」トンクスが、彼の後ろから呼びかけた。

 「ドロホフと決闘していた」とアバーフォースが叫んだ。「それ以来、見ていない!」

 「トンクス」とジニーが言った。「トンクス、彼は、きっと大丈夫よ、―」

 けれどトンクスは、アバーフォースの後を追って、埃の中に突っこんで走っていった。

 ジニーが、どうしようもないという様子で、ハリー、ロン、ハーマイオニーの方をふりむいた。

 「彼らは大丈夫だよ」とハリーは言ったが、それが空しいことばだと分っていた。「ジニー、僕たちはすぐ戻る。危ないところを避けていろ、無事でいろ、―、さあ行こう!」とロンとハーマイオニーに言った。彼らは走って、壁がずっと続いているところまで戻った。その向こうで、「必要に応じて出てくる部屋」が次の参加者の命令に答えようと待っていた。

 「僕は、すべてのものが隠されている場所が必要です」ハリーは、頭の中で熱心に願った。すると彼らが三度目に走って通りすぎたとき、扉があらわれた。彼らが、その戸口から入って後ろで扉を閉めた瞬間、戦いの熱気が止んだ。そこは静まりかえっていた。彼らは、都市の大聖堂くらいの大きさの場所にいた。そびえたつ壁は、何千年ものあいだ、もういなくなってしまった生徒たちが隠してきた品物が積みかさなってできていた。

 「彼は、誰かが入るかもしれないと、全然思わなかったのか?」とロンが言った。その声が静寂の中に響いた。

 「彼は、自分一人だと思ってたんだ」とハリーが言った。「残念ながら、僕の時代に、僕が、物を隠さなくちゃならなかった・・・こっちだ」と、つけ加えた。「ここを行ったところだと思う・・・」

 ハリーは、はく製のトロルと、ドラコが去年修理して、あんな破滅をまねく結果となった消える飾り戸棚を通りすぎた。それから、ためらいながらガラクタの通路をあちこち見まわした。次にどちらに行くのか忘れてしまった・・・

 「アクシオ・ダイアデム(ダイアデムよ来たれ)」とハーマイオニーが必死になって叫んだが、何も、こちらの方に空中を飛んでこなかった。グリンゴッツの金庫でと同じように、この部屋は、そう簡単には隠された品物を渡しはしないようだった。

 「別れよう」ハリーが、二人に言った。「かつらとティアラをかぶった老人の石の胸像を探せ! 食器棚の上にある。ぜったいに、どこかこの近くだ・・・」

 彼らは、隣りあった通路を別れて走っていった。ハリーに、二人の足音が、塔のように積みあがったものの中に響きわたるのが聞えた。ガラクタ、瓶、帽子、木枠、椅子、本、武器、箒、コウモリ・・・

 「どこかこの近く」ハリーは、ひとりごとを言った。「どこか・・・どこか・・・」

 迷路を、どんどん奥深く入って、以前この部屋に来たときに見たことがある品物を探していった。自分の息づかいが大きく聞えた。そのとき、自分自身の魂が震えるような気がした。すぐ先に、それがあったのだ。古い魔法薬の教科書を隠した気泡ができた古い食器棚。その上に、あばた面の石の魔法使いが、汚い古いかつらと、時代がかった色があせたティアラをかぶっていた。

 ハリーは、まだ三メートルも離れていたのだが、もう手をのばしていた。そのとき、後ろから声がした。「動くな、ポッター!」

 ハリーは、滑りながら止まって、ふりむいた。クラブとゴイルが並んで、杖をハリーに向けて、後ろに立っていた。二人のあざ笑う顔の小さなすきまから、ドラコ・マルフォイが見えた。

 「おまえが持っているのは、僕の杖だ、ポッター」とマルフォイが、クラブとゴイルのあいだから、自分の杖を向けながら言った。

 「もう、そうじゃない」とハリーが、あえぎながら言って、サンザシの杖を握りしめた。「勝った者が、もちぬしだ、マルフォイ。だれが、おまえに杖を貸してくれたんだ?」

 「母だ」とドラコが言った。

 その状況には、おもしろいところは何もなかったけれど、ハリーは笑った。もうロンとハーマイオニーの声は聞えなかった。ダイアデムを探して、声が届かないほど遠くに走っていってしまったようだった。

 「で、いったいどうして、おまえたち三人はヴォルデモートといっしょにいないんだ?」とハリーが尋ねた。

 「ほうびがもらえることになってる」とクラブが言った。その声は、ずうたいが大きい人間にしては驚くほど静かだった。ハリーは、彼がしゃべるのを、これまでほとんど聞いたことがなかった。クラブは、大きなお菓子の袋をもらえることになっている小さな子どものように笑っていた。「僕たちは、ぐずぐずしていた、ポッター。行かないことに決めた。おまえを彼に引きわたすことに決めた」

 「いい計画だ」とハリーが、ばかにして、ほめながら言った。こんなに近くで、マルフォイ、クラブ、ゴイルに邪魔されることになるなんて信じられなかった。そしてホークラクスが胸像の上に、斜めになってのっている場所の方に、後ろむきに、ゆっくり少しずつ進みはじめた。もし戦いになる前に、それをつかむことさえできれば・・・

 「それで、どうやってここに来たんだ?」ハリーは、彼らの気をそらそうとして尋ねた。

 「僕は、去年、物が隠されている部屋で、事実上、暮らしていた」とマルフォイが、不安定な声で言った。「僕は入り方を知っている」

 「僕たち、外の廊下に隠れてた」とゴイルが、ぶつぶつと小声で言った。「今ではカメオン(カメレオン)呪文ができるからな! そしたら」彼は、まぬけな笑いを顔いっぱいに浮かべた。「おまえが、僕たちのまん前にあらわれて、ダイダム探してる言った! ダイダムたあ何だ?」

 「ハリー?」ロンの声が、突然ハリーの右手の壁の反対側から響いた。「誰かと話してるのか?」

 ムチがしなうような、すばやい動きで、クラブが、杖を、高さ十五メートルに積みあがった古い家具、壊れたトランク、古本、ローブ、何だか分らないガラクタの山に向けて叫んだ。「ディセンド!(下りろ)」

 ガラクタの壁がゆらぎはじめ、それからロンが立っている隣の通路に崩れおちた。

 「ロン!」ハリーが大声で叫んだ。そのとき、どこか見えないところからハーマイオニーが悲鳴をあげた。不安定になった壁の向こう側の床に、数えきれない品物が崩れおちる音が、ハリーに聞えた。そこで杖を壁に向けて叫んだ。「フィニト!(終れ)」すると、壁はしっかりした。

 「やめろ!」とマルフォイが、呪文をくりかえそうとしたクラブの腕を押さえながら叫んだ。「もし、部屋を破壊したら、このダイアデムとかいう物を埋めてしまうかもしれない!」

 「それがどうした?」とクラブが、自由の身になろうと腕を引っぱりながら言った。「ダーク・ロードが欲しいのはポッターだ、ダイアデムとかいうものは、どうでもいい!」

 「ポッターは、それを取りにここへ来た」とマルフォイが、仲間のもの分りの悪さに、いらいらしているのを隠そうとしたが、うまく隠せないで言った。「つまり、こういうことにちがいない、―」

 「『こういうことにちがいない』だと?」クラブがマルフォイの方をふりむいて、残忍さを隠そうともしないで言った。「おまえが思うことを、誰が気にするものか? もう、おまえの命令には従わないぞ、ドラコ。おまえも、おまえの父親も、もう終りだ」

 「ハリー?」と、ロンが、ガラクタの壁の向こう側からまた叫んだ。「どうしたんだ?」

 「ハリー?」とクラブが、まねをした。「どうしたんだ、―、だめだ、ポッター! クルシオ!」

 ハリーは、ティアラの方に突進した。クラブの呪文は、はずれて、石の胸像にあたった。それは空中に飛びあがり、ダイアデムは上の方に舞いあがり、それから、胸像が、崩れおちたガラクタの山の中に見えなくなった。

 「やめろ!」マルフォイがクラブに叫んだ。その声が巨大な部屋中に響いた。「ダーク・ロードは、彼を生きたまま欲しがっている、―」

 「それが何だ? 僕は、あいつを殺しはしない、そうだろ?」とクラブが叫んで、マルフォイの制止しようという腕を払いのけた。「だが、できるものならやってやる。どっちみち、ダーク・ロードは、あいつに死んでほしいんだろ、どんな違いが、―?」

 赤い閃光が、ハリーのすぐそばをかすめて飛んでいった。ハーマイオニーが、角を曲ってハリーの後ろに走ってきて、クラブの頭めがけて気絶させる呪文を放ったのだ。だが、マルフォイが、彼を引っぱったので、あたらなかった。

 「穢れた血のやつだ! アヴァダケダヴラ!」

 ハーマイオニーが横に飛びこむのが見えた。クラブが殺人の呪文を放ったことに、ハリーは、激怒して他のことをすべて忘れてしまい、気絶させる呪文を、クラブに放った。クラブは、横にそれたがよろめいて、マルフォイの杖を、その手から、はたき落とした。杖は、ころがって壊れた家具と箱の山の下に見えなくなった。

 「彼を殺すな! 殺すなってば!」マルフォイが、二人そろってハリーをねらっているクラブとゴイルに叫んだ。二人が、ほんの一瞬ためらったので、ハリーには十分だった。

 「エクスペリアームズ!(武器よ去れ)」

 ゴイルの杖が手から飛びあがって、横の品物が積みあがった土塁の中に見えなくなった。ゴイルは愚かなことに、杖を取りもどそうと、その場に飛びこんだ。ハーマイオニーが気絶させる呪文をまた放ったが、マルフォイは、それが届く範囲から飛びのいた。ロンが突然、通路の端からあらわれて、完璧な、体縛りの呪文をクラブに放ったが、きわどいところで当たらなかった。

 クラブが、ぐるっと回って、また叫んだ。「アヴァダケダヴラ!」ロンが、その緑色の閃光を避けようと、飛びのいて見えなくなった。杖のないマルフォイが三本足の衣装ダンスの後ろに身をひそめていたとき、ハーマイオニーが、彼らの方に突進してきて、そのとちゅうで放った気絶させる呪文が、ゴイルにあたった。

 「あれは、ここの、どこかにある!」ハリーが、古いティアラが落ちたガラクタの山を指さして、彼女に叫んだ。「探してて。そのあいだに助けてくるから、ロ、―」

 「ハリー!」彼女が、かんだかい声で叫んだ。

 後ろで、吠えるような、吹きあがるような物音がしたので、はっとしてハリーがふりむくと、ロンとクラブの両方が、こちらに向って、通路を必死に走ってくるのが見えた。

 「熱いのが好きか、クズ?」と走りながらクラブがどなった。

 しかし、クラブは、自分がしでかしたことを、まったく抑えられないようだった。異常に大きな炎が、彼らを追ってきた。炎は、両側のガラクタの土塁をなめ尽くし、ガラクタは、炎が触れると、すすになって崩れさった。

 「アグアメンティ!(水よ出ろ)」ハリーが大声でどなったが、杖の先から舞いあがった水流は、空中で蒸発した。

 「走れ!」

 マルフォイが、気絶したゴイルをつかんで、引っぱった。クラブが、恐がっているように全員を追いこした。ハリー、ロン、ハーマイオニーは、その後を走った。火が、彼らを追ってきた。ふつうの火ではなかった。クラブは、ハリーがまったく知らない呪文を使ったのだ。彼らが角を曲ったとき、炎は、生きていて、感覚を持ち、殺そうとする意志があるかのように、彼らを追ってきた。今や、炎は変化して、火でできた獣たちの巨大な一かたまりになっていた。炎でできたヘビ、キメラ、ドラゴンが、起きあがり、沈み、また起きあがった。それらが食べようとする何百年にもわたる残骸が空中に放りだされて、牙のある口に入り、かぎ爪のある足で高く放りあげられた後、大火に飲みこまれた。

 マルフォイ、クラブ、ゴイルは、姿が見えなくなった。ハリー、ロン。ハーマイオニーは、じっと立ちどまった。火の獣たちが、まわりを取りまき、かぎ爪と角、むち打つようにしなう尾が、どんどん近づいてきた。熱が、壁のようにしっかり取りまいていた。

 「どうしたらいいの?」ハーマイオニーが、耳をつんざく炎の吠え声より大きな叫び声をあげた。「どうしたら?」

 「ほら!」

 ハリーが、手近なガラクタの山から、重そうな箒を二本つかんで、一本をロンに放りなげた。ロンは、ハーマイオニーを引っぱって後ろに乗せた。ハリーは、二本目の箒にさっとまたがって、床を強く蹴った。彼らは空中に舞いあがった。炎の肉食鳥の尖ったくちばしが、もう少しで、彼らにかみつくところだった。煙と熱が耐えられないほどになってきた。下では、呪われた火が、何世代もの追われた生徒たちが、こっそり持ちこんだ品物や、多数の禁止された実験の後ろめたい結果や、この部屋に避難を求めた数えきれない魂の秘密を、飲みこんでいた。マルフォイ、クラブ、ゴイルの姿は、どこにも見えなかった。彼らの姿を探そうとして、ハリーは、うろつき回る炎の怪物たちの上に舞いおり、できるだけ低いところを飛んだ。けれど、火しかなかった。死ぬのに、何という恐ろしい方法・・・自分は、ぜったいにこんなのは嫌だった・・・

 「ハリー、出よう、出ようったら!」とロンが叫んだ。だが、黒い煙ごしに、扉がどちらにあるのか見えなかった。

 そのとき、恐ろしい混乱、ごうごうと燃えさかる炎の中、ハリーは、細い哀れっぽい人間の悲鳴を聞いた。

 「それは、―、あまりに、―、危険だ、―!」ロンが叫んだが、ハリーは空中で回って向きを変えた。眼鏡で、ほんの少し煙を防ぐことができた。そして下の大火災による旋風をかき分け、生命の印、まだ木のように黒焦げでない手足や顔を探した・・・

 そして、ハリーは彼らを見た。、マルフォイが、腕を意識のないゴイルに回していた。その二人は、黒焦げになった机が、いまにも崩れそうに積みかさなった上に腰をかけていた。ハリーは、急降下した。マルフォイは、彼が来るのに気づいて片手をあげた。けれど、ハリーがつかんだとき、それでは役にたたないと分った。ゴイルが重すぎ、マルフォイの手は汗まみれで、たちまちハリーの手から滑ってしまったのだ、―

 「もし僕たちが、彼らのせいで死ぬことになるなら、僕は、君を殺す、ハリー!」とロンの声がとどろいた。そして大きな炎のキメラが彼らに向ってきたとき、ロンとハーマイオニーは、ゴイルを箒の上に引っぱりあげて、もう一度空中に回転しながら飛びあがった。マルフォイはハリーの後ろによじのぼった。

 「扉、扉の方へ、扉だ!」マルフォイが、ハリーの耳に絶叫し、ハリーは、速度をあげて、ロンとハーマイオニーとゴイルの後を追った。吹きあがる黒煙の中、ほとんど息もできなかった。彼らのまわりでは、すべてを飲みこむ炎に、まだ焼かれていない最後の品物がいくつか、空中に舞いあがっていた。呪文をかけられた火の生き物たちが、お祝いに高く放りあげているようだった。カップや盾や輝く首飾り、そして古い色あせたティアラ、―

 「何をする、何をする気だ? 扉はあっちだ!」とマルフォイが絶叫したが、ハリーはぐいっと向きを変えて、急降下した。ダイアデムは、スローモーションで落ちていくように見えた。大きく口を開けたヘビのおなかの中に向って落ちていきながら、くるくる回り、きらきら輝いていた。そのとき、ハリーは、それを取った。手首にかけた、―

 ヘビが飛びかかってきたので、ハリーはまた向きを変えて、舞いあがり、扉が開いたままになっていてくれと祈る方向に、まっすぐ向った。ロンとハーマイオニーとゴイルの姿は見えなかった。マルフォイは絶叫し、ハリーが傷つくほど固くしがみついていた。そのとき、煙の向こうに、壁に長方形の空間があるのが見えたので、箒をそちらに向けた。少したつと、新鮮な空気が肺の中いっぱいに入り、彼らは廊下の反対側の壁に衝突した。

 マルフォイは、箒から落ちて、うつぶせに倒れ、息を切らせ咳きこみ吐こうとしていた。ハリーは、床をころがって身をおこした。「必要に応じて出てくる部屋」に入る扉は消えていて、ロンとハーマイオニーが床に座って、息を切らせていた。そのそばにはゴイルがいたが、まだ意識を失っていた。

 「ク、―、クラブ」とマルフォイが、口がきけるようになるとすぐ言ったが、ことばがつまった。「ク、―、クラブ・・・」

 「死んだよ」とロンが厳しい口調で言った。

 あえいだり咳きこんだりするほか、誰も何も言わなかった。そのとき、巨大な音がドンドンとして、城がゆれた。透明な姿の騎馬の一団が、血に飢えた叫びをあげる頭を腕にかかえて早足で通りすぎた。頭のない騎兵たちが通りすぎたとき、ハリーはよろめきながら立ちあがって見まわした。退却する幽霊の叫びよりもっと多くの叫びが聞えた。恐れとろうばいが、心の中に燃えあがった。

 「ジニーはどこだ?」ハリーは鋭く言った。「ここにいたんだ。『必要に応じて出てくる部屋』に戻ることになっていたから」

 「あのさ、あの火事の後でも、まだ部屋が変化すると思うか?」とロンが、やはり立ちあがって胸をさすりながら左右を見まわして、尋ねた。「別れて探そうか、―?」

 「だめよ」とハーマイオニーも立ちあがりながら言った。

マルフォイとゴイルは、どうしようもなく廊下に倒れたままだった。どちらも杖を持っていなかった。「いっしょに、いましょ。行きましょうってことよ、―、ハリー、腕にかけてるの何?」

 「えっ? ああ、そうだ、―」

 ハリーは、ダイアデムを手首からはずして持ちあげた。まだ熱く、すすで黒くなっていたが、よく見ると、そこに彫られた小さな字を見分けることができた。「計りしれない知恵は、人類のもっとも偉大な宝」

 黒っぽくどろっとした血のようなものが、ダイアデムから漏れだしているようだった。急に、それが荒々しく震えて、それからハリーの手の中で、ばらばらに壊れた。そのとき、とてもかすかな苦痛の叫び声が、とても遠くから聞えたような気がした。その声は、校庭や城からではなく、今、指の中でばらばらになったものから響いてきた。

 「あれは、きっと悪魔の火だったのよ!」とハーマイオニーが、壊れた破片を見ながら涙声で言った。

 「何のこと?」

 「悪魔の火、―、呪文をかけられた火、―、ホークラクスを破壊するものの一つ。でも私はぜったいにぜったいに、それを使おうとは思わなかった。とても危険だもの。どうしてクラブは知っていたのかしら、やり方を、―?」

 「カロウたちに習ったにちがいない」とハリーが厳しく言った。

 「火の止め方を教えたときに、ちゃんと聞いていなかったのは残念だな、まったく」とロンが言った。その髪の毛は、ハーマイオニーのと同じように焼けこげていて、顔は黒くなっていた。「もし彼が僕たちみんなを殺そうとしなかったら、彼が死んでとても残念だと思うんだけど」

 「でも、分るでしょ?」とハーマイオニーがささやいた。「ということは、ヘビさえ捕まえれば、―」

 けれど彼女は話を途中でやめた。わめき声や叫び声、それに、まちがいなく決闘している音が、廊下中に聞えてきた。ハリーは見まわして、心臓が止まるような気がした。デス・イーターがホグワーツに侵入してきたのだ。フレッドとパーシーが後ずさりにやってくるのが見えてきた。二人とも覆面をし、フードをかぶった男たちと戦っていた。

 ハリー、ロン、ハーマイオニーは助けようと前方にかけだした。閃光があらゆる方向に飛び、パーシーと戦っていた男は、すばやく後ずさりした。そのときフードが取れたので、高い額と流れるような髪が見えた、―

 「こんにちは、大臣!」とパーシーが大声で叫んで、シックニースめがけて、巧みに呪文を放ったので、彼は杖を落とし、自分の前をひどく不快なようすで手探りしていた。「僕、辞職すると言いましたっけ?」

 「君、ジョーク言ってるよ、パース!」とフレッドが叫んだ。そのとき、彼が戦っていたデス・イーターが、別々の三方向から来た呪文の重みに崩れるように倒れた。シックニースは地面に倒れたが、体中に小さなトゲができて、ウニの一種に変ってしまったように見えた。フレッドはパーシーを、うれしそうに見た。

 「ほんとにジョークを言ってるよ、パース・・・この前、君がジョークを言うのを聞いたのは、―」
 
 まわりが爆発した。そのとき彼らはいっしょに固まっていた。ハリー、ロン、ハーマイオニー、フレッドとパーシー、足下にデス・イーターが二人いたが、一人は気絶させられ、もう一人は変身させられていた。ほんの一瞬、危険が一時に押しせまり、世界が粉々に砕けた。ハリーは空中を飛んでいた。ただ一つの武器である細い木の棒をしっかりにぎって、頭を腕でおおうことしかできなかった。仲間が、何がおきたのか分らずに叫んだり、わめいたりする声が聞えた、―

 それから、世界が、苦痛と半暗闇に変った。ハリーは、ひどい攻撃を受けた廊下の残骸に半分埋っていた。冷たい空気が流れこんできので、城の片側が吹きとばされたのだと分り、頬に熱くねばつくものを感じて、多量に出血したのが分った。そのとき、体の中をぐっと引っぱるような恐ろしい叫び声が聞えた。それは、炎でも呪文でも起こせないような種類の激しい苦悶をあらわしていた。彼はぐらつきながら立ちあがったが、その日に感じたことがないほど恐怖を感じていた、いや、おそらくこれまでの人生で感じたことがないほどの恐怖を・・・

 ハーマイオニーも残骸の中で立ちあがろうともがいていた。壁が吹きとばされた場所に、三人の赤毛の男が集まっていた。ハリーはハーマイオニーの手をつかみ、石と木の上をよろめき、つまずきながら進んだ。

 「いやだ、―、いやだ、―、いやだ!」誰かが叫んでいた。「いやだ!、―、フレッド! いやだ!」

 パーシーが弟の体をゆすった。ロンが、そばにひざまずいていた。フレッドの目は開いていたが何も見ていなかった。最後の笑いの影が、まだ口元に刻まれていた。
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