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ハリーポッターと死の聖物 (Harry Potter and the Deathly Hallows)

第十五章:ゴブリンの復讐

 翌朝早く、他の二人がまだ目覚めないうちに、ハリーはテントを出て、まわりの森の中で見つけられるかぎり最も古く、ふしこぶだらけだが、弾力があり回復が早そうな木を探した。その木陰に、マッドアイ・ムーディの目を埋め、木の幹に、杖で小さな十字架を彫って、その場所の目印にした。たいしたことではなかったが、マッドアイが、ドロレス。アンブリッジの扉に突っこまれているより、こちらを好むと、ハリーは感じた。それから、テントに戻って、二人が起きて、次にどうするか話しあうのを待った。

 ハリーとハーマイオニーは、どこにせよあまり長くいすぎない方がいいと思い、ロンも、次は、ベーコン・サンドイッチが近くにある場所に移動することという条件つきで、同意した。そこで、ハーマイオニーは、その場所のまわりにかけた魔法を取り去り、ハリーとロンは、彼らがキャンプしたことが分る印や痕跡を完全に消した。それから、市の立つ小さな町の郊外に、姿くらましした。

 彼らが、小さな雑木林に隠れたところにテントを張り、まわりに新しく防御の魔法をかけてしまうと、ハリーは、食料を探しに、透明マントをかぶって、思いきって出ていった。けれど、それは計画どおりにいかなかった。。町へ、入るか入らないかのときに、不自然なうすら寒さを感じ、霧が下りてきて、急に空が暗くなったので、彼は、その場に立ったまま凍りついてしまった。

 ハリーが、テントに、息をきらせて、手ぶらで戻り、口で「デメンター」という一言を形づくったとき、「でも君は、すごいパトロナスを出せるじゃないか!」とロンが抗議した。

 「僕は・・・出せなかった」彼は、痛む脇腹を押さえながら、あえいでいた。「来なかった・・・」

 二人が、びっくり仰天し、がっかりしているのを見ると、ハリーは恥ずかしく思った。デメンターが遠くの霧の中から滑りだしてくるのを見て、体をしびれされるような寒さが肺を詰まらせ、遠くの叫び声が耳の中に響きわたるのを悟ったのに、自分を守ることができなかったのは、悪夢のような経験だった。その思いはハリーの意志の力をすべて奪い去ったので、目のないデメンターがマグルの間を滑るように動きまわらせたままにして、その場から追いたてられるように逃げだしてしまった。マグルには、デメンターの姿は見えないかもしれないが、それが行くところに投げかける絶望は、確かに感じとっただろう。

 「じゃ、まだ何も食べ物ないんだ」

 「黙って、ロン」とハーマイオニーが、鋭い口調で言った。「ハリー、どうしたの? なぜパトロナスが出せないと思うの? 昨日は、完璧にできたのよ!」

 「分らない」

 彼は、前よりもっと恥ずかしく思いながら、パーキンスの古い肘掛け椅子の一つに沈みこむように座った。体の中で、どこかがおかしくなってしまったような不安を感じた。昨日が、ずっと昔のようだった。今日、彼は、また十三才に戻ってしまったのかもしれない。ホグワーツ急行で崩れるように倒れた、あの頃に。

 ロンが、椅子の脚をけった。

 「何だよ?」彼は、ハーマイオニーに、どなるように言った。「僕は、腹ぺこなんだ! 僕が半分死にそうなくらい血を流してから食べた物といったら、毒キノコ二つだぜ!」

 「そんなら、君がデメンターと戦って、がんばって何とかすればいいだろ」とハリーが傷ついて言った。

 「そうしたいよ、けど僕は腕を怪我してるんだ、気がつかなきゃ言うけど!」

 「都合がいいね」

 「それ、どういうつもりだ、ー?」

 「もちろんだわ!」とハーマイオニーが叫んで、手で額をぴしゃりとたたいたので、二人はびっくりして黙った。「ハリー、ロケットをちょうだい! さあ」彼女は、いらいらしながら言って、ハリーが動こうとしないと、彼に向って指をカチッと言わせた。「ホークラクスよ、ハリー。あなた、まだ、それをかけてるわ!」

 彼女が手をさしだしたので、ハリーは金の鎖を首からはずした。それが、ハリーの皮膚から離れた瞬間、自由になった感じと、奇妙に軽くなった感じがした。それまで冷たい汗でじっとり濡れていたのにも、胃に、ずっしり重いおもりが乗っているような気がしていたのにも、気づいていなかったが、その両方の感じが、なくなった。

 「よくなった?」とハーマイオニーが尋ねた。

 「うん、ずうっとよくなったよ!」

 「ハリー」彼女は、彼の前にしゃがんで、重病人をお見舞いに行ったときを思わせるような声を使って言った。「あなた、取りつかれているような感じ、しない?」

 「何? いや!」彼は、守りの体制に入ったように言った。「僕は、それを首にかけている間にしたことを全部覚えてる。もし取りつかれてたら、覚えていないはずだろ? ジニーが言ってたけど、何も覚えていないときが、たまに、あったって」

 「ふーむ」とハーマイオニーが言いながら、重いロケットを見おろした。「そうね、きっと私たち、これ首にかけない方がいいわ。テントの中に置いておきましょう」

 「ホークラクスを、そこらに置いとくわけにはいかないよ」ハリーが断固とした口調で言った。「もし、なくしたら、もし、盗まれたら、ー」

 「ああ、分った、分った」とハーマイオニーが言って、自分の首にかけ、外からは見えないように押しこんでシャツの前に垂らした。「でも、誰も長く持ちすぎないように順番にかけましょう」

 「よし」とロンが気短な口調で言った。で、それが片づいたから、食べる物、持ってきてくれない?」

 「いいわ、でも、食べ物見つけるのに、どこか他のところに行くわよ」とハーマイオニーが、ハリーの方をほんの少しちらっと見て言った。「デメンターが襲いかかると分っている場所にいても、しかたないから」

 結局、彼らは、その晩、人里離れた農家が所有する遠くの牧草地に落ちつき、その農家で、なんとかパンと卵を手に入れた。

 「これ盗みじゃないわよね?」とハーマイオニーが心配そうに言った。彼らは、トーストにスクランブルエッグをのせて、がつがつ食べていた。「ニワトリ小屋の下に、お金、置いといたから?」

 ロンが、目をくるっと回して、ほっぺたをふくらませて言った。「アー、ー、マイ、ー、ニー、あんまい、いんぱい、ううあ。いあっくす!(ハーマイオニー、あんまり心配するな。リラックス)」

 実際のところ、気持ちよく、たっぷり食べると、リラックスするのが、はるかに簡単だった。その夜、デメンターについての言い争いは、笑いのうちに忘れられ、ハリーは、ほがらかに、希望にあふれているようにさえ感じながら、三人のうちで最初の見はりについた。

 これは、彼らが、満腹だと機嫌がよく、空腹だとささいなことで言いあらそって気がめいる、という事実を知った最初の機会だった。ハリーは、これに少しも驚かなかった。なぜなら彼は、長いあいだ、ダーズリー家で餓死寸前で耐えてきたからだ。ハーマイオニーは、野イチゴか、古くなったビスケットより他に食べあさる物がなくて何とか切りぬけた晩が数回あったが、かなりよく耐えた。いつもより少し気が短くなり、黙っていると気むずかしくなったくらいだった。けれど、ロンは、母かホグワーツのハウスエルフのおかげで、いつも一日三度のおいしい食事に慣れていたので、空腹になると理性を失い、かんしゃく持ちになった。食べ物がないときがいつも、ロンがホークラクスをかける番に一致して、彼は徹底的に不愉快なやつになった。

 「で、次はどこだ?」と彼は、くりかえして言いつづけた。自分ではどこも思いつかないようで、ハリーとハーマイオニーが計画を考えだすことを期待し、そのあいだ、座って、貧しい食糧事情のことを考えこんでいた。それに応じて、ハリーとハーマイオニーは、どこで他のホークラクスを見つけられるか、どうやって持っているホークラクスを破壊するかを決めようと話しあったが、新しい情報がないので、会話は次第にくりかえしになっていき、何時間も成果のあがらない無駄な時間が過ぎた。

 ダンブルドアが、ハリーに、ヴォルデモートはホークラクスを彼にとって重要な場所に隠したと信じていると言ったので、彼らは、ヴォルデモートが住むか、訪れたことのあると知っている場所を、一種の退屈な決まり文句のように復唱しつづけた。彼が、生まれ育った孤児院、教育を受けたホグワーツ、卒業して勤めたボーギン・アンド・バークス店、それから追放され亡命生活を送ったアルバニア。それらを土台として、彼らは考えていった。

 「うん、アルバニアへ行こうよ。国中探すのに、午後いっぱい、かからないだろうよ」とロンが、皮肉っぽく言った。

 「あそこには何もあるはずないわ。彼は亡命する前に、もう五個のホークラクスを作っていたし、ダンブルドアが、六個目はヘビだと確信していたから」とハーマイオニーが言った。「私たち、ヘビがアルバニアにいないのは知ってるわ。いつもヴォル、ー」

 「そう言うのをやめてって頼まなかったか?」

 「いいわ! ヘビは、いつも例のあの人といっしょにいる、ー、ご満足?」

 「別に」

 「彼が、ボーギン・アンド・バークス店に隠しているとは思わないよ」とハリーが言った。今までに何度も主張してきたことだが、気まずい沈黙を破るためだけに、また言った。「ボーギンとバークスは、闇の品物の専門家だ。すぐにホークラクスが何だか分っただろう」

 ロンは、めだつあくびをした。彼に、何かぶつけてやりたいという強い衝動を抑えて、ハリーは、がんばって地道に話を進めた。「僕はまだ、彼がホグワーツに何か隠したかもしれないと思っている」

 ハーマイオニーがため息をついた。

 「でも、それならダンブルドアが見つけたはずでしょ、ハリー?」

 ハリーは、この仮説を支持するために持ちだしつづけている主張をくりかえした。

 「ダンブルドアは、ホグワーツの秘密を全部知っているわけではないと、僕の前で言った。言っとくけど、もし、ヴォル、ー」

 「おい!」

 「それじゃ、例のあの人!」ハリーが、いらいらを我慢できずに叫んだ。「もし、例のあの人にとって、本当に大切な場所が一つあったとしたら、それはホグワーツだ!」

 「いい加減にしろ!」とロンが、あざけった。「学校?」

 「ああ、学校だ! そこは、彼の初めての家庭だった、彼が特別な存在でいられる場所だった、そこは彼にとってすべてだった、卒業した後でも、ー」

 「僕たちが話してるの、例のあの人だよ、いいか? 君のことじゃないだろ?」とロンが聞いた。彼は、首のまわりのホークラクスの鎖を引っぱっていた。その鎖をつかんで、彼の首を絞めたいという欲望が、ハリーに浮かんだ。

 「あなたは、例のあの人が、卒業後、ダンブルドアに、先生の職を得たいと頼んだ、と言ったわ」とハーマイオニーが言った。

 「そのとおり」とハリーが言った。

 「で、彼は、ホークラクスにするために何か、多分、他の創立者の品物を見つけようとするために戻ってきただけだと、ダンブルドアは考えたんでしょ?」

 「うん」とハリーが言った。

 「でも、彼は、先生の職につけなかったんでしょ?」とハーマイオニーが言った。「だから、彼は、あそこで創立者の品物を見つけて、それを学校に隠す機会はなかったのよ!」

 「ああ、それなら」とハリーが言い負かされて、言った。「ホグワーツは忘れてくれ」

 他の手がかりがないまま、彼らはロンドンに戻ってきて、透明マントに隠れて、ヴォルデモートが育った孤児院を探した。ハーマイオニーが図書館に忍びこみ、その記録から、そこは何年も前に取り壊されたことを発見した。彼らは、その土地を訪れ、オフィス用高層ビルが建っているのを見つけた。

 「土台を掘ってみるとか?」ハーマイオニーが、気乗り薄のようすで提案した。

 「彼は、ここにホークラクスを隠さなかっただろう」ハリーが言った。彼は最初から分っていた。孤児院は、ヴォルデモートが、ぜったいに脱出しようと決心した場所だった。彼は決して魂の一部をそこには隠さなかっただろう。ヴォルデモートは隠し場所に重々しさか神秘性を求めたと、ダンブルドアがハリーに教えてくれた。このロンドンの陰気で灰色の隅は、ホグワーツや、魔法省や、金色の扉と大理石の床の魔法銀行、グリンゴッツから想像できるのと、はるかにかけ離れていた。

 新しい思いつきがなくても、彼らは田舎を移動しつづけ、安全のため、毎晩違った場所にテントを張った。毎朝、彼らがいたという手がかりをすべて取りのぞいたことを確かめ、それからまた孤立した人里離れた場所を見つけに出発し、姿あらわしで、森の中、崖の陰になった裂け目、スコットランドの紫の荒れ野ムーア、ハリエニシダにおおわれた山の斜面、また一度は風の当たらない小石だらけの洞穴へと旅をした。持ち物を順に渡すという、何か、ひねくれたスローモーションのゲームをしているように、だいたい十二時間ごとに、彼らはホークラクスを順に渡した。そのゲームでは、彼らは音楽が止まるのを恐れていた。なぜなら荷物を受け取った報酬は、十二時間のあいだ、恐れと心配が増すことだったからだ。

 ハリーの傷跡は、時々ちくちく痛んでいた。それが、ホークラクスをかけているとき、最もよくあるのに、ハリーは気づいた。時々、彼は、痛さに反応してしまうのを押さえられなかった。

 ハリーがたじろぐのに気づくといつも「何? 何を見た?」とロンが詰問した。

 「顔」とハリーが、いつも小声でつぶやいた。「同じ顔。グレゴロビッチから杖を盗んだ泥棒」

 するとロンは、まったく失望を隠そうと努力しないで顔をそむけた。ハリーは、ロンが家族か、残りのフェニックス騎士団のニュースを聞きたいと思っているのが分っていた。でも結局のところ、彼、ハリーはテレビのアンテナではないのだ。彼に見えるのは、ヴォルデモートが、そのとき考えているものだけで、好きなようにチャンネルを合わせて見たいものを見ることはできないのた。明らかにヴォルデモートは、陽気な顔の若者のことを絶え間なく考えているに違いないと、ハリーは思った。その若者の名前や所在について、ヴォルデモートも彼と同じように知らないようだった。ハリーは、傷跡が焼けつくように痛みつづけ、陽気な金髪の若者が、じらすように記憶の中にすっと浮かぶときに、苦痛や不快さの徴候を我慢することを身につけた。他の二人は、泥棒のことを言うと、いらだちしか示さなかったからだ。彼らは、必死になってホークラクスの手がかりを求めているときなのだから、二人の態度を完全に責めることはできなかった。

 数日間だったのが、数週間にのびると、ハリーは、ロンとハーマイオニーが、彼のいないところで彼について話しているのではないかと疑うようになった。彼がテントに入っていくと、二人がいきなり話をやめることが、数度あった。また、二人が少し離れたところに一緒にいて頭をよせて早口で話しているところに、偶然行き会わせたことが、二度あった。二度とも、彼が近づいていくのに気がつくと、二人とも黙りこんで、急いで、たきぎ集めや水くみに忙しいように見せかけた。

 ハリーは、今のような先がなく、とりとめがないように感じられる旅に、彼らが同行するつもりだったのかどうか疑問に思わずにはいられなかった。彼が、ある秘密の計画を持っていて、追々それを教えてもらえると思っていたかもしれない。ロンは、自分の不機嫌を全く隠そうとしなかったし、ハリーは、ハーマイオニーも、彼の指導力のなさに幻滅しはじめているのではないかと不安になりはじめた。死にものぐるいで、ホークラクスのありかを、もっと考えようとした。けれど、ずっと頭に浮かんでいる場所は、ホグワーツなのに、他の二人のどちらも全くそうは思っていなさそうなので、そこへ行こうと言うのはやめた。

 田舎を移動している間に、秋がずうっと過ぎていった。彼らは、落ち葉が地面をおおった上にテントを張った。自然の霧が、デメンターが投げかける霧に加わった。風と雨で、旅がいっそう困難になった。ハーマイオニーが、食用キノコを見つけるのがうまくなったといっても、引きつづく孤立感、他の人に会わないことや、外でヴォルデモートに対する戦いが、どうなっているのか全く分らないことの埋めあわせにはならなかった。

 「僕の母は」と、ある晩、ウェールズの川岸のテントの中で、ロンが言った。「何もないところから、おいしい食べ物を作れるんだ」

 彼は、皿の上の焦げた灰色の魚の固まりを、むっとして、つついていた。ハリーが、無意識にロンの首をちらっと見ると、予想通り、そこにホークラクスの金の鎖が光っていた。彼は、ロンにののしりことばを浴びせたい衝動を、かろうじてぐっとこらえた。ロケットをはずすときになれば、彼の態度も、ほんのわずか改善するのが分っていたからだ。

 「お母さんは、何もないところから食べ物を生みだすことはできないわ」とハーマイオニーが言った。「誰だってできない。食べ物は、ガンプの基本的変身法則における五つの主要な例外の第一の、ー」

 「ああ、英語しゃべってくれないか?」ロンが、歯のあいだから魚の骨を押しだしながら言った。

 「何もないところから、おいしい食べ物を作るのは不可能なの! 食べ物がどこにあるか知ってれば、呼びよせることはできる、変形することもできる、量を増やすこともできる、もし、いくらかでもあれば、ー」

 「ー、あのね、わざわざ、これ増やさなくていいからね。これ、むかつく」とロンが言った。

 「ハリーが魚を釣って、私は、できるだけのことはしたわ! 私、気がついたんだけど、私がいつも食べ物を料理して片づける役なのよね。私が女だから、でしょ!」

 「違う。君がいちばん魔法がうまいからだよ!」とロンが、どなりかえした。

 ハーマイオニーが飛びあがったので、焼いた川カマスがブリキの皿から床に滑りおちた。

 「あなたが、明日は料理するのよ、ロン。あなたが、材料を探して、魔法かけて何か食べられる物にするのよ。私は、ここに座って、ふくれっ面をして文句を言うわ。そしたら、あなた分るでしょうよ、どんなにあなたが、ー」

 「黙って!」とハリーが言って、さっと立ちあがり両手をあげた。「黙って、すぐに!」

 ハーマイオニーは憤慨したようだった。

 「よくも彼の味方ができるわね、彼は、ほとんど料理なんてしたことが、ー」

 「ハーマイオニー、静かにして、誰かの声が聞える!」

 彼は、両手をあげて、二人にしゃべらないよう警告したまま、一生懸命聞き耳をたてた。すると、テントの横の暗い川が勢いよく流れる音の上に、また声が聞えた。彼は、ふりむいて侵入探知鏡を見たが、動いていなかった。

 「君、話し声を聞えなくするムフリアトの呪文をかけたよね?」彼は、ハーマイオニーにささやいた。

 「全部やったわ」彼女が、ささやきかえした。「ムフリアト、マグル避け、カメレオンの呪文(背景に同化させる呪文)の全部。外にいるのが誰だろうと、私たちの声が聞えたり、テントが見えたりすることはないはずよ」

 重くひきずり、こする音に、石や枝を下ろす音が加わり、数人の人たちが、木々におおわれた険しい坂をはうように下りてくるのが、彼らに分った。その坂を下りると、テントが張ってある狭い土手だ。彼らは、杖を出して待っていた。まわりに張りめぐらした魔法は、ほとんど真っ暗闇の中では、マグルや普通の魔女や魔法使いに気づかれないよう守るのに、十分効果があるはずだった。もし、近づいてくるのが、デス・イーターなら、そのときは、彼らの防御が闇魔術に対して有効か、初めて試されることになる。

 一団の男たちが土手に近づいてきたとき、声は大きくなってきたが、何を言っているのか分らなかった。ハリーは、声の主たちが六メートルも離れていないところにいるだろうと思ったが、滝のように流れる川の音で確かなところは分らなかった。

 ハーマイオニーはビーズのバッグをさっと取って中を引っかき回しはじめた。少しして、のびる耳を三つ引きだして、ハリーとロンに一つずつ投げた。彼らは急いで肉色の糸の端を耳に突っこみ、もう一方の端をテントの入り口から外に出した。

 数秒以内に、ハリーに、疲れた男の声が聞えた。

 「ここには鮭がいるはずだが、季節が早すぎるかな? アクシオ、鮭!」

 水の跳ねる音が数回はっきり聞え、それから、魚が皮膚に当たってぴしゃぴしゃ跳ねる音がした。何者かが、感謝するようにぶつぶつつぶやいた。ハリーは、のびる耳を、自分の耳のもっと奥に押しこんだ。川のせせらぎを越えて、他の声も聞き分けられたが、彼らは英語をしゃべっていないか、または、彼が聞いたことのない言語を使っていた。それは、荒っぽくて、流れるような美しさはなく、ガラガラいう、耳ざわりな喉声のつながりだった。そのことばをしゃべる者が二人いるらしく、その片方は、もう片方より少し低く、ゆっくりしゃべった。

 キャンバス地の外側で、たき火が燃えあがった。テント地と骨組みのあいだを大きな影が通りすぎた。鮭を焼くおいしそうな匂いが、彼らの方に、じらすように漂ってきた。それから皿の上でナイフやフォークがカチャカチャいう音がして、最初の男が、またしゃべった。

 「さあ、グリプフック、ゴルナク」

 「ゴブリン!」ハーマイオニーが、ハリーに声を出さずに口を動かして教えた。彼はうなずいた。

 「ありがとう」ゴブリンがそろって英語で言った。

 「じゃあ、あなたたち三人は逃亡中なのか、どのくらい前から?」と新しい、柔らかく心地よい声がした。ハリーに、ぼんやりと聞き覚えがある声だった。彼は、太鼓腹で、快活な顔の男を思い描いた。

 「六週間・・・七・・・忘れた」と疲れた男が言った。「最初の数日間に、グリプフックに出くわした。ほどなくゴルナクと協力することにした。仲間がいた方がいいからな」沈黙があった。その間、ナイフが皿をこすり、ブリキのカップが持ちあがり、また地面に置かれた。「なぜ、家を出ることになったんだ、テッド?」と男が続けた。

 「やつらが、私のところに来るのが分ったからさ」と柔らかい声のテッドが答えた。ハリーは突然、それが誰か分った。トンクスのお父さんだ。「デス・イーターが先週、あの地域に来たと聞いたので、私は、逃げた方がいいと思ったのさ。主義として、マグル出身者の登録を拒否しただろ、だから時間の問題だと思っていたし、結局は逃げなくてはならんと分っていたんだ。妻は、大丈夫のはずだ、彼女は純血だからな。それから、ここでディーンに会った、ええと、数日前だな、君?」

 「うん」と別の声がした。ハリーとロンとハーマイオニーは、黙って、しかし興奮にわれを忘れて顔を見あわせた。確かにグリフィンドールの同級生、ディーン・トーマスの声だと分ったのだ。

 「マグル出身、か?」と最初の男が尋ねた。

 「確かじゃないけどね」とディーンが言った。「僕が小さい頃、父さんは母さんを捨てた。けど、彼が魔法使いだという証拠がないんだ」

 しばらくの間、食べる音しか聞えなかった。それからテッドがまた口を開いた。

 「言わせてもらうが、ダーク、君に出くわして驚いているよ。うれしいが、驚いた。君は捕まったという知らせがあった」

 「捕まった」とダークが言った。「アズカバンへ行く途中、逃げだしたんだ。ドーリッシュを気絶させ、杖を盗んだ。君が思うより簡単だった。そのとき、彼は、あまり調子がよくなかった。混乱の呪文をかけられていたのかもしれん。もし、そうなら、それをやった魔女か魔法使いと握手したいよ。おそらく私の命を救ってくれたことになるからね」

 また沈黙があった。火がパチパチ燃え、川が勢いよく流れていた。それからテッドが言った。「で、君たち二人は、どこに当てはまるのかい? 私は、そのう、ゴブリンは、概して例のあの人を支持するという印象を持っていたのだが」

 「それは、あやまった印象だ」と高い方の声のゴブリンが言った。「俺たちは、どちら側でもない。これは、魔法使いの戦争だ」

 「それでは、なぜ隠れようとしているのかね?」

 「用心して、隠れた方がいいと思ったのだ」と低い方の声のゴブリンが言った。「俺が無礼な要求だとみなしたことを拒絶したので、俺の命が危ないと思ったのだ」

 「何を要求されたのかね?」とテッドが尋ねた。

 「わが種族の尊厳にふさわしからぬ義務」とゴブリンが答えた。そう言った時、その声は、前より荒っぽくなり、人間らしさが少なくなった。「俺は、ハウスエルフではない」

 「君はどうだ、グリプフック?」

 「似たような理由だ」と高い方の声のゴブリンが言った。「グリンゴッツは、もはや、わが種族だけが管理しているわけではない。俺は、魔法使いの主人は認めない」

 彼は、ゴブリン語で小声で何かつけ加え、ゴルナクが笑った。

 「どんなジョーク?」とディーンが尋ねた。

 「彼が言ったのは、」とダークが答えた。「同様に、魔法使いが認めないことだってある、ということだ」

 短い沈黙があった。

 「意味が分らない」とディーンが言った。

 「俺は出てくる前に、小さな仕返しをしてきた」とグリプフックが英語で言った。

 「そりゃ、いい男だ、ー、ゴブリン、と言うべきだな」とテッドが急いで言いなおした。「古い厳重警備の地下金庫に、デス・イーターを閉じこめたんじゃないだろうね?」

 「もし、そうなら、剣は脱出の役にたたんだろうよ」とグリプフックが答えた。ゴルナクが、また笑い、ダークさえも声を出さず、くっくっと笑った。

 「ディーンと私は、ここでも、まだ何か聞きのがしているな」とテッドが言った。

 「セブルス・スネイプもそうだ、彼は知らないが」とグリプフックが言い、二人のゴブリンは意地悪そうに大笑いした。

 テントの中で、ハリーは興奮して呼吸が浅くなっていた。彼とハーマイオニーは顔を見あわせ、できるだけ集中して聞き入った。

 「君、聞いたことないかい、テッド?」とダークが尋ねた。「ホグワーツのスネイプの

部屋からグリフィンドールの剣を盗もうとした子どもたちのことを?」

 ハリーが、根が生えたようにその場に突ったっている間に、電流が、体を突きぬけ、すべての神経に触ったようだった。

 「一言も聞いたことがない」とテッドが言った。「プロフェット紙には、のらなかっただろう?」

 「ほとんどね」とダークが満足げに笑った。「ここにいるグリプフックが話してくれた。彼は、銀行にいるビル・ウィーズリーから聞いた。剣を盗もうとした子どもの一人は、ビルの妹だそうだ」

 ハリーは、ハーマイオニーとロンの方をちらっと見た。二人とも、のびる耳を命綱のように固く握りしめていた。

 「彼女と友だち数人が、スネイプの部屋に入りこみ、彼が剣を保管しておいたらしいガラスケースのガラスを粉々にして開けた。こっそり持ちだして階段を下りようとしたところを、スネイプが捕まえた」

 「ああ、こりゃ驚いた、」とテッドが言った。「彼らは、その剣で例のあの人を倒せるとでも考えたんだろうか? それともスネイプを?」

 「うーむ、彼らが、それで何をしようと思ったにせよ、スネイプは、剣がそこにあっては安全ではないと思ったのだ」とダークが言った。「数日後、思うに、例のあの人から了解を得たのだろうが、部屋に置く代りに、ロンドンに送ってグリンゴッツに保管させたのだ」

 ゴブリンたちは、また笑いはじめた。

 「私は、まだそのジョークが分らんのだが」とテッドが言った。

 「それは偽物なんだ」とグリプフックが耳ざわりなザラザラ声で言った。

 「グリフィンドールの剣が!」

 「ああ、そうだ。そいつは模造品だ、ー、すばらしい模造品だ、ー、だが、そいつは魔法使いがつくったものだ。本物は、何世紀も昔、ゴブリンが鍛えたものだ。だから、ゴブリン製の武器だけが持つ特質が備わっている。本物のグリフィンドールの剣がどこにあろうと、グリンゴッツ銀行の地下金庫ではない」

 「なるほど」とテッドが言った。「それで、君たちは、それをわざわざデス・イーターに言うことはせんのだな?」

 「それを知らせて、彼らを悩ませる理由がないね」とグリプフックが、一人で満足しているように言った。そこで、今度は、テッドとディーンもゴルナクとダークといっしょに笑った。

 テントの中で、ハリーは目を閉じた。どうしても知りたい質問を、誰かにしたかった。一分が十分にも感じられた後、ありがたいことにディーンが、彼が聞きたい質問をしてくれた。ディーンは、(彼が思い出して動揺したことには、)ジニーの元カレでもあった。

 「ジニーと他の子はどうなったんだい? それを盗もうとした連中は?」

 「ああ、彼らは罰せられた、ひどくね」とグリプフックが関心なさそうに言った。

 「だが、彼らは大丈夫なんだろ?」とテッドが、すばやく尋ねた。「つまり、ウィーズリー家は、もうこれ以上子どもが怪我する必要はないってことだろ?」

 「俺が知るかぎり、子どもたちは重傷を負ってはいない」とグリプフックが言った。

 「彼らは運がよかった」とテッドが言った。「スネイプの経歴からすると、彼らが生きていたというだけで喜ばなくてはならんようだからな」

 「君は、例の話を信じているのか、テッド?」とダークが尋ねた。「スネイプがダンブルドアを殺したと信じているのか?」

 「もちろんだよ」とテッドが言った。「君は、そこに座って、ポッターがそれに関係があると思っていると言うんじゃないだろうな?」

 「最近は、何を信じたらいいか知るのが難しい」とダークが小声でぶつぶつと言った。

 「僕は、ハリーポッターを知ってる」とディーンが言った。「彼は本物だと思う、ー、選ばれし者、ー、か何でもあなたが呼びたいのでいいけど」

 「ああ、彼が、そうだと信じようとする連中は大勢いるよ、君」とダークが言った。「私もその一人だ。だが彼はどこにいる? まわりの状況を見て、さっさと逃げだした。もし彼が、何か、われわれの知らないことを知っているか、彼が、何か特別な者に選ばれているのなら、隠れていないで、今、抵抗勢力を集めて、戦いに出てくるはずだ。それに知ってのとおり、プロフェット紙が、彼に反対するかなりしっかりした主張をした、-」

 「プロフェット紙だと?」とテッドが、あざ笑うように言った。「君が、まだあのクソ新聞を読んでいるのなら、だまされていてもしかたがない、ダーク。事実を知りたければ、クィブラー紙を読んでみろ」

 急に、喉をつまらせ、ゲーゲー言いながら、トントンたたく音がした。音から察して、ダークが魚の骨を飲みこんだらしい。やっとのことで、彼は興奮して早口でしゃべり立てた。「クィブラー紙? あのゼノ・ラブグッドのいかれた紙クズか?」

 「最近は、そういかれてもおらんよ」とテッドが言った。「君は、あれを見なくちゃいかん。ゼノは、プロフェット紙が無視することを皆、のせている。最新号にあった、ねじり角のスノーカックは、プロフェット紙には一言もない。いつまで、罰せられずに、やれるのか注意してろよ、私には分らん。だが、ゼノは、毎号の扉で、例のあの人に反対する魔法使いはすべて、ハリー・ポッターを助けることを最優先事項にしなくてはならないと言っている」

 「地表から消えてしまった若者を助けるのは難しいな」とダークが言った。

 「ねえ、彼がまだ捕まっていないという事実が、確かな一つの成果た」とテッドが言った。「私は、喜んで彼から情報をもらうよ。彼を自由な身にしておくのが、われわれが、やろうとしていることじゃないか?」

 「ああ、うーむ、それは一理あるな」とダークが重々しく言った。「全魔法省と、密告者すべてが彼を捜していることからして、今頃までには、彼が捕まるだろうと予想していた。聞けよ、もう彼を捕らえて殺したが、公表していないと、誰が言える?」

 「ああ、それを言うな、ダーク」とテッドがつぶやくように言った。

 長いあいだ、ナイフとフォークを使う音しか聞えてこなかった。彼らが、また話しだしたときは、土手で寝るか、木々におおわれた坂まで戻るか協議していた。木々があった方が、なおさら、隠れるのに都合がよいと決めて、彼らは火を消し、斜面をよじ登っていくにつれ、声が聞えなくなっていった。

 ハリー、ロン、ハーマイオニーは、のびる耳を、たぐり寄せた。ハリーは盗聴している時間が長くなるほど、黙っていなくてはいけないのが、どんどん耐えられなくなっていたのに、いざ、しゃべってもいいとなると、「ジニー、ー、剣、ー」としか言えなかった。

 「分ってるわ!」とハーマイオニーが言った。

 彼女は小さなビーズのバッグところに突進して、今度は、腕をバッグの中に入れ、脇の下まで深く突っこんで、「さあ・・・あったわ・・・」と、歯をくいしばりながら言った。そして、バッグの底にあるらしい何かを引っぱりあげると、ゆっくりと、飾りたてた額縁の端が見えてきた。ハリーが急いで手伝いに行った。二人が、フィーニアス・ナイジェルスの空っぽの肖像画を、ハーマイオニーのバッグから持ちあげると、彼女は、それに杖を向けて、いつでも呪文を放てるようにした。

 「もし、剣がダンブルドアの部屋にあるあいだに、誰かが本物を偽物と取り替えたとしたら、」彼らがその画をテントの側面に立てかけると、彼女は、息をきらせていった。「フィーニアス・ナイジェルスが見ていたはずよ。彼の画はガラスケースのすぐそばに掛かっているもの!」

 「彼が寝ていなかったらね」とハリーが、まだ息を殺して見ながら言った。ハーマイオニーは空っぽの画布の前にひざまずき、杖を、その真ん中に当てて、咳払いをして、言った。「あのう、ー、フィーニアス? フィーニアス・ナイジェルス?」

 何もおきなかった。

 「フィーニアス・ナイジェルス?」とハーマイオニーが、また言った。「ブラック先生? お話があるのですが、 どうか」

 「『どうか』は、いつでも有益だ」と冷たい皮肉な声がして、フィーニアス・ナイジェルスが自分の肖像画の中に、すーっと滑りこんできた。すぐにハーマイオニーが叫んだ。「オブスキュオ(不鮮明にせよ)!」

 黒い目隠しがフィーニアス・ナイジェルスの賢そうな黒っぽい目の上にあらわれたので、彼は額縁にぶつかり、痛くて悲鳴をあげた。

 「何、ー、よくも、ー、何のために?、ー」

 「大変、申し訳ありません、ブラック先生」とハーマイオニーが言った。「でも、これは必要な予防策なんです!」

 「この汚らわしい物をすぐに取り去れ! すぐに取り去れ!、と言っただろう! 君は偉大な美術品を台なしにしておる! 私は、どこにいるのだ? どうなっている?」

 「僕たちが、どこにいるかは気にしないように」とハリーが言ったので、フィーニアス・ナイジェルスは凍りついて、描かれた目隠しを、はがそうとするのをあきらめた。

 「ひょっとしたら、逃げるのがうまいポッター君の声かね?」

 「おそらく」とハリーが、フィーニアス・ナイジェルスの興味を引くと思って言った。 「あなたに質問が、いくつかある、ー、グリフィンドールの剣について」

 「ああ」とフィーニアス・ナイジェルスが言って、ハリーの姿を何とかして見ようと、頭をあちこちに向けた。「そうだ。あのばかな娘は非常に無分別な行動をした、ー」

 「妹のことをつべこべ言うな!」とロンが荒々しく言った。フィーニアス・ナイジェルスは、さげすむように眉をあげた。

 「他に誰がいるのか?」彼が尋ねながら、頭を端から端へと動かした。「君の口調は不愉快だ! あの娘と友人たちは、向こうみずの極みだ。校長先生から盗みを働こうとするなど!」

 「それは盗みではない、」とハリーが言った。「あの剣は、スネイプの物ではない」

 「スネイプ先生の学校が所有する物だ」とフィーニアス・ナイジェルスが言った。「いったいウィーズリー家の娘が、あの剣にどんな権利を主張できるというのかね? 罰を受けて当然だ。まぬけなロングボトムと変人ラブグッドも同様だ!」

 「ネビルは、まぬけじゃないし、ルナは変人じゃないわ!」とハーマイオニーが言った。

 「私は、どこにいるのだ?」とフィーニアス・ナイジェルスがくりかえして、また目隠しをはずそうと、もがきはじめた。「私を、どこに連れてきたのだ? なぜ私を先祖の家から取りはずしたのか?」

 「そんなことはどうでもいい! スネイプは、ジニー、ネビル、ルナにどんな罰を与えたのか?」とハリーが、切迫した調子で尋ねた。

 「スネイプ先生は、彼らを禁じられた森へやって、うすのろハグリッドの仕事を手伝わせた」

 「ハグリッドは、うすのろじゃないわ!」とハーマイオニーが、かんだかい声で叫んだ。

 「で、スネイプは、それを罰だと思ったんだ」とハリーが言った。「で、ジニー、ネビル、ルナは、きっとハグリッドと楽しんできただろう。禁じられた森・・・彼らは、禁じられた森より、ずっと悪いことに出あってきたよ、こりゃ、たいしたもんだ!」

 彼は、ほっとした。少なくとも拷問の呪文のような、おぞましいことを想像していたのだ。

 「私たちが、ほんとうに知りたいのは、ブラック先生、いったい他の誰かが、そのう、あの剣を取ったかどうかってことなんです。もしかして、汚れを落とすために取っていったとか、ー、何かで?」

 フィーニアス・ナイジェルスは、また目隠しを取ろうともがくのをやめて、忍び笑いをした。

 「マグル出身者よ」彼は言った。「ゴブリン製の武器は、汚れを落とす必要がないのだ、無知な娘よ。ゴブリンの銀は、日常の汚れは寄せつけない。それ自身を強めるものしか吸収しないのだ」

 「ハーマイオニーを無知と呼ぶな」とハリーが言った。

 「反論されるのには、うんざりしてきた」とフィーニアス・ナイジェルスが言った。「そろそろ校長室に戻る時間なのだが?」

 まだ目隠しのまま、彼は額縁の横を手探りして、この画から出て、ホグワーツの画の中に戻る道を探そうとしていた。ハリーは、突然、思いついた。

 「ダンブルドア! ここへダンブルドアを連れてきてくれないか?」

 「何だって?」とフィーニアス・ナイジェルスが尋ねた。

 「ダンブルドア先生の肖像画、ー、彼を、この画の中に連れてきてくれませんか?」

 フィーニアス・ナイジェルスは、ハリーの声のする方に顔を向けた。

 「間違いなく、物を知らんのはマグル出身者だけではないな、ポッター。ホグワーツの肖像画は、連絡を取りあうことができるかもしれん。だが、自分の肖像画が掛かっているところならどこにでも行くことができるが、それ以外は、城の外へ出ることはできぬのだ。ダンブルドアは、私といっしょに、ここに来ることはできぬ。それに、君たちから受けた扱いのせいで、私は二度と来ないと請けあうよ!」

 ハリーは少しがっかりしながら、フィーニアスが額縁から出ようと何度もやってみるのを見つめていた。

 「ブラック先生」とハーマイオニーが言った。「最近、剣がガラスケースから取りだされたのはいつか、どうか、教えていただけませんか? ジニーが取る前に、ってことですけど?」

 フィーニアスは、いらいらしながら鼻をならした。

 「最近グリフィンドールの剣がガラスケースから取りだされるのを見たのは、ダンブルドア先生が、指輪を開けて壊すのに使ったときだよ」

 ハーマイオニーが、ハリーの方を、さっとふりむいた。どちらも、フィーニアスの前では、あえて何も言わなかった。彼は、やっとのことで出口を探しあてた。

 「では、おやすみ」彼は、少し怒ったように言って、また画から見えないところに行きはじめた。その帽子の縁だけしか見えなくなったとき、ハリーが急に叫んだ。

 「待って! それを見たのを、スネイプに言った?」

 フィーニアス・ナイジェルスは、目隠しをした頭を、また画の中に突っこんだ。

 「スネイプ先生は、アルバス・ダンブルドアのたくさんの風変わりな行いよりも、もっと重要なことが心にかかっている。さらば、ポッター!」

 彼はこう言って、完全に姿を消した。後には暗い背景の他、何も残っていなかった。

 「ハリー!」ハーマイオニーが叫んだ。

 「分ってる!」ハリーが叫んだ。自分を押さえられずに、空中にパンチをくらわせていた。彼が、大胆に望む以上のことが分ったのだ。彼は、一キロ以上も走れるように感じながら、テントの中を大またで行ったり来たりした。もう空腹も感じなかった。ハーマイオニーは、フィーニアス・ナイジェルスの肖像画をビーズのバッグに押しこんでいたが、バッグの留め金を締めると横に投げだし、喜びに輝いた顔をハリーに向けた。

 「あの剣が、ホークラクスを破壊できるのよ! ゴブリン製の刃は、それ自身を強める物しか吸収しない、ー、ハリー、あの剣には、バジリスクの毒がしみこんでいるわ!」

 「なのに、ダンブルドアは、それを僕にくれなかった。彼が、まだ必要だったからだ。彼は、ロケットに使いたかったんだ、ー」

 「ー、そして、彼は、もし遺書に書いておいても、あなたの手には渡らないと悟ったに違いないわ、ー」

 「ー、で、模造品を作った、ー」

 「ー、で、ガラスケースに偽物を入れた、ー」

 「ー、で、本物を持ち去った・・・どこに?」

 彼らは、見つめあった。答えが、彼らのあいだの空中に、近くに、からかうように見えないまま、ぶらさがっているような気がした。なぜダンブルドアは、話してくれなかったんだろう? それとも実際は、彼は言ったのだが、当時は、ハリーがそれを悟らなかったのだろうか?

 「考えて!」とハーマイオニーがささやいた。「考えて! 彼は、どこに置いといたのかしら?」

 「ホグワーツじゃないな」と、ハリーが、また歩きはじめながら言った。

 「ホグズミードのどこか?」とハーマイオニーが言ってみた。

 「叫ぶ小屋?」とハリーが言った。「誰も、あそこには行かないよ」

 「でも、スネイプは、入り方をしってるから、ちょっと危ないんじゃない?」

 「ダンブルドアは、スネイプを信用してた」ハリーが彼女に思いださせた。

 「剣を取り替えたことを言うほどは、信用してなかったんじゃない?」とハーマイオニーが言った。

 「うん、君の言うとおりだ!」とハリーが言った。そして、ダンブルドアがスネイプを信用することを、どんなに微かであっても差し控えた点があったと思うと、もっと元気になった。「そうすると、剣を、ホグズミードから、かなり離れたところに隠したのかな? どう思うかい、ロン? ロン?」

 ハリーは、ふりかえって見た。一瞬、ロンがテントを出て行ったのかと思って、ろうばいしたが、ロンが下の寝棚の影の中に寝ころんで、じっと動かないでいるのが分った。

 「ああ、僕のこと思いだしたのか?」彼は言った。

 「何だって?」

 ロンは、上の寝棚の底面を見あげて、鼻をならした。

 「君たち二人、がんばってやってる。僕が入ると、君たちの楽しみをだめにするからさ」

 まごつきながら、ハリーはハーマイオニーに助けを求めた。けれど彼女は、同じように途方にくれているらしく、首を横にふった。

 「何が問題なのさ?」とハリーが尋ねた。

 「問題? 何も問題ないよ」とロンが、あいかわらずハリーを見ようとはしないで言った。「ともかく、君の方には、ないよ」

 頭上のキャンバス地の上に数回ポトンと音がした。雨が降りはじめた。

 「あのう、君の方には、明らかに問題ありだよ」とハリーが言った。「言っちまえよ」

 ロンは、寝床から長い足をさっと、ふりおろして、座った姿勢になったが、彼らしくなく意地悪に見えた。

 「分った、言ってやるよ。僕たちが見つけなきゃならないロクでもない物が、他にあったからって、僕がテントの中を、はね回るとは期待しないでくれ。君が知らないもののリストにつけ加えるだけでいいだろ」

 「僕が知らない?」とハリーがくりかえした。「僕が知らない?」

 ポトン、ポトン、ポトン。雨が段々ひどくなってきて、彼らのまわりの落ち葉が散った上や、暗闇の中をサラサラ流れる川の中に、パラパラと降った。恐れが、ハリーの喜びを消した。ロンは、彼が、そうかもしれないと疑い、考えるのを恐れていることを、ずばり言っていた。

 「ここでは、僕が、これまで過ごしてきたようじゃなかった」とロンが言った。「あのさ、腕はずたずたになって、何にも食べる物なくて、毎晩、ケツの穴まで凍りそうに寒くて。僕が期待したのはただ、あのさ、数週間、走りまわって、何かやり遂げるってことだったんだ」

 「ロン」ハーマイオニーが言ったが、とても静かな声だったので、ロンは、雨がテントにバラバラと打ちつける激しい音に隠れて聞えなかったふりをした、

 「君が、何に加わったのか分ってると思ってた」とハリーが言った。

 「うん、僕もそう思ってた」

 「なら、どのあたりが、君の期待に添えないのか?」とハリーが尋ねた。怒りの気持ちが、彼の弁護団に加わった。「五つ星の一流ホテルに泊まると思っていたのか? 一日おきにホークラクスが見つかると思っていたのか? クリスマスにはママのところに帰れると思っていたのか?」

 「僕たちは、君が何をするつもりなのか分ってると思ってたのさ!」とロンが、立ちあがって叫んだ。彼のことばは、ナイフのように痛烈に、ハリーに突きささった。ダンブルドアが、君に何をするか話したと、僕たちは思ってた。本物の計画があると思ってた!」

 「ロン!」とハーマイオニーが、今度は、テントの上に激しい音でとどろく雨の音より大きく、はっきりと聞える声で言ったが、また彼は無視した。



 「うーん、君をがっかりさせて申しわけない」とハリーが言った。その声はとても冷静だったけれど、うわべだけで説得力がないように感じた。「僕は、君たちに、はじめから全部うち明けてきた。ダンブルドアが僕に言ったことを、全部、話してきた。で、君が気がつかないかもしれないから言うけど、ホークラクスを一つ見つけた、ー」

 「うん、で、残りを見つけようとするのは、それをやっかい払いするのと同じだ、ー、言い換えたら、ぜんぜん近づいてないってこと!」

 「ロケットを、はずしなさい、ロン!」ハーマイオニーが、いつになく高い声で言った。「どうか、はずしてちょうだい。もし一日中それをかけてなかったら、そんなふうに話さなかったはずよ」

 「いや、話しただろうよ」とハリーが言った。ロンのための言いわけは、してほしくなかった。「君たち二人が、僕のいないところでこそこそ言ってたのに気がついていなかったと思うのか? 君たちが、そういうことを考えてたと、僕が推測しなかったと思うのか?」

 「ハリー、私たちは、そんな、ー」

 「嘘つくな!」ロンが彼女を責めた。「君も言ったじゃないか、がっかりしたって言った。彼が、もうちょっと先に進んでるかと思ったって、ー」

 「そんなふうには言わなかったわ、ー、ハリー、言わなかった!」彼女は叫んだ。

 雨が激しい音でテントに打ちつけた。ハーマイオニーの顔に涙が流れた。数分前の興奮は、燃えあがって消える、つかの間の命の花火のように、何もなかったように消え失せ、すべてが暗く濡れて冷たかった。グリフィンドールの剣は、どこか知らないところに隠されていた。彼らは、テントの中にいる三人の十代にすぎず、唯一成しとげたことと言えば、まだ死なずに生きていることだった。

 「じゃ、なぜ、まだ君はここにいるんだ?」ハリーがロンに尋ねた。

 「当ててみな」とロンが言った。

 「なら、帰れよ」とハリーが言った。

 「ああ、多分ね!」とロンがどなって、ハリーの方に数歩、つめよった。ハリーは引きさがらなかった。「僕の妹について言われたことを聞かなかったのか? 君は、ネズミの屁ほども気に留めなかったじゃないか、ただの禁じられた森だな、ハリー、『僕はもっと悪いことに出あった』ポッターは、ここじゃ、彼女に何がおころうと気にしないんだ、あのね、僕は気にするよ、そうさ、巨大グモや、いかれたものが、ー」

 「僕は、こう言っただけだよ、ー、彼女は、他の子たちといっしょにいる、彼らは、ハグリッドといっしょにいるって、ー」

 「うん、分ってる、君は気にしないんだ! それに僕の残りの家族はどうなんだ、『ウィーズリー家は、もうこれ以上子どもが怪我する必要はない』、聞いたか?」

 「うん、僕は、ー」

 「けど、それがどういう意味かなんてことで悩まないんだろ?」

 「ロン!」とハーマイオニーが、二人の間に割りこんできて言った。「それは、何か新しいこと、私たちが知らないことがおこったという意味じゃないと思うわ。考えてみて、ビルは、もう傷跡が残っているし、今までには沢山の人が、ジョージが片耳なくしたのを見たに違いないし、あなたは、スパテルグロイト病で死にそうだと思われてるし、彼が意味したのは、きっと、それだけだと思うわ、ー」

 「ああ、君は、きっと、それだけだと思うのか? よし、それじゃ、ええと僕も悩まないことにするよ。君たち二人は、いいよ、両親が、安全に離れたとこに、いてさ、ー」

 「僕の両親は、死んだ!」ハリーがどなった。

 「僕の両親も、そうなるかもしれない!」とロンがどなった。

 「それなら、行け!」ハリーがどなった。「家族の元に戻れ! スパテルグロイト病が治ったふりをすれば、ママがたっぷり食べさせてくれて、ー」

 ロンが、さっと動いた。ハリーもそれに反応して動いた。けれど両方の杖が、その所有者のポケットから離れる前に、ハーマイオニーが自分の杖を上げた。

 「プロテゴ!(防御せよ)」彼女が叫んだ。すると彼女とハリーを一方の側に、ロンを反対側にして、その間に見えない盾が広がった。その呪文の力で、それぞれが数歩後退させられた。ハリーとロンは、初めて顔を合わせたが、透明な壁の両側から互いににらみ合っていた。ハリーは、ロンへの憎しみが心に食いこんでくるのを感じた。二人の間で何かが壊れた。

 「ホークラクスを置いていけ」ハリーが言った。

 ロンは、首から鎖をもぎ取るようにはずし、近くの椅子にロケットを投げた。そしてハーマイオニーの方を向いた。

 「君はどうするんだ?」

 「どういう意味?」

 「残るか、それとも?」

 「私・・・」彼女は、悲痛な顔つきだった。「ええ、ー、ええ、私は残るわ、ロン、私たち、ハリーといっしょに行くって言ったわ、彼を助けるって、ー」

 「分った。君は彼を選ぶんだな」

 「ロン、だめ、ー、お願い、ー、戻って、戻って!」

 彼女は、自分がかけた盾の呪文に邪魔された。それを取りのぞいたとき、彼はもう夜の中に飛びだしていた。ハリーは、動かず黙って立って、彼女が泣きながら、木々のあいだをロンの名を呼ぶのを聞いていた。

 数分後、彼女は戻ってきたが、びしょ濡れになった髪が、顔に貼りついていた。

 「彼、い、ー、い、ー、行っちゃった! 姿くらましで!」

 彼女は、椅子の上に身を投げだし、丸くなって泣きはじめた。

 ハリーは、ぼうっとしていた。かがんでホークラクスを拾いあげ、自分の首にかけた。それから、ロンの寝棚から毛布を引きずってきて、ハーマイオニーにかけた。それから、自分の寝床に上がって、暗いキャンバス地の天井を見あげて、雨が激しく打ちつける音を聞いていた。
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