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ハリーポッターと死の聖物 (Harry Potter and the Deathly Hallows)

第八章:結婚式

 翌日、午後三時に、ハリー、ロン、フレッド、ジョージは、果樹園の大きな白い大天幕の外に立って、結婚式の招待客の到着を待っていた。ハリーは、ポリジュース薬をたっぷり飲んで、今は、田舎のオタリー・セント・キャチポール村に住む赤毛のマグルの少年とうり二つだった。その村から、フレッドとジョージが、召還の呪文を使って、髪の毛を盗んだのだ。ハリーを「いとこのバーニー」と紹介し、とてもたくさんのウィーズリーの親戚に紛れてごまかしてもらうのを当てにする計画だった。

 四人とも、客が正しい席に座るよう案内するために、座席表を握っていた。たくさんの白いローブのウェイターが、金色の上着のバンドとともに一時間前に到着し、今のところは、少し離れた木の下に座っていて、そこから立ちのぼるパイプの煙の青いもやが、ハリーに見えた。

 ハリーの後ろに、大天幕の入り口があって、そこから、長い紫の絨毯の両側に、華奢な金色の椅子が何列も何列も置かれているのが見えた。天幕の支柱には、白と金の花が巻きつけてあった。フレッドとジョージが、金色の風船の巨大な束を、ビルとフラーがまもなく夫婦になるちょうどその場所の上に結びつけた。外では、チョウやミツバチが、芝生と生け垣の上をゆったりと飛びまわっていた。ハリーは、いごこちが悪かった。彼が変装している、その少年は、彼より少し太っていたので、夏の日が照りつける中で、ローブが暑くて窮屈だった。

 「僕が結婚するときは」とフレッドが、ローブの襟を引っぱりながら言った。「こういうくだらないことで煩わされたかないね。みんな好きなものを着たらいい。式が終るまで、ママには、体を縛る呪文を完璧にかけといてさ」

 「考えてみれば、彼女は、今朝はそんなに悪かなかったよ」とジョージが言った。「パーシーが、ここにいないので、ちょっと泣いたけど、誰が、彼になんか来てほしいと思う? うわぁ、用意して、ー、さあ、来たぞ、ほら」

 鮮やかな色の人影が一人ずつ、裏庭の遠くの境のところに、どこからともなくあらわれた。数分後、それは人々の行列となり、庭から大天幕の方にぞろぞろと近づいてきた。異国風の花や、魔法のかかった鳥が魔女の帽子の上をひらひら舞い、魔法使いのネクタイの多くに、貴重な宝石がきらめいていた。人々が天幕に近づいてくると、興奮したおしゃべりのざわめきが、どんどん大きくなってきて、ミツバチの音をかき消した。

 「すてきだ、ヴィーラのいとこたちを見かけたような気がする」とジョージが、もっとよく見ようと首をのばしながら言った。「彼女たちは、イギリスの習慣が分かるように助けがいるだろうな、僕が面倒みるよ・・・」

 「焦るなって、ラグレス」とフレッドが言いながら、だっと走り出して、行列の先頭のガーガーしゃべる中年の魔女の一団をやりすごし、かわいいフランス人の女の子の二人連れにフランス語で「さあ、僕ガ、ゴ案内シマスヨ」と言った。彼女たちは、くすく笑いながら、中に案内された。ジョージはとり残されて中年の魔女たちの相手をするはめになり、ロンはウィーズリー氏の魔法省の昔の同僚パーキンスを席に連れていき、ハリーは、かなり耳が遠い夫婦の受けもちになった。

 ハリーが大天幕から、また出てきたとき「こんちは」と聞きなれた声がして、トンクスとルーピンが列の前にいた。彼女は、この日のために金髪に変わっていた。「アーサーが、あなたは巻き毛だって言ったの。昨夜はごめんね」彼女は、ささやき声でつけ加えた。ハリーは二人を通路の方に案内した。「魔法省は今とても人狼をきらっているの。だから私たちがいても、ちっともあなたのためにならないと思って」

 「いいんだよ、分ってる」とハリーは、トンクスによりもルーピンに言った。ルーピンはさっとほほえんだ。しかし二人が向きを変えると、ルーピンの顔には、しわがよって、みじめな表情があらわれた。ハリーには、なぜか分らなかったが、その問題を考える暇はなかった。ハグリッドが、かなり広い場所をぶっ壊して混乱させていたのだ。彼は、フレッドの指示を聞きまちがえて、後列に特別に用意された魔法で大きく丈夫にされた椅子でなく、普通の椅子五個分に座ったので、その椅子が、金色のマッチ棒の山のようになっていた。

 ウィーズリー氏が、壊れたところを直し、ハグリッドが聞える範囲の誰にでも大声であやまっているあいだに、ハリーは急いで入り口に戻った。すると、ロンが、とても風変わりな様子の魔法使の相手をしているところだった。ほんの少しやぶにらみで、肩までの長さの綿菓子のような白髪で、房かざりが鼻のところまで垂れさがったツバのない帽子をかぶり、見つめると目が痛くなって涙が出そうな鮮やかな玉子の黄身の色のローブを着ていた。三角形の目のような形の奇妙な印が、首にかけた金の鎖に下がって輝いていた。

 「ゼノフィリウス・ラブグッド」彼は言いながら、ハリーに手を差しだした。「娘と私は、丘の向こうに住んでいます。ウィーズリー家が、お招きくださって、ご親切に。だが、あなたは、娘のルナをご存知だと思うが?」彼は、ロンに向ってつけ加えた。

 「ええ」とロンが答えた。「彼女は、いっしょにいないの?」

 「彼女は、ここの魅力的な小さな庭で、ノームに挨拶して、ぐずぐずしてますよ。彼らが横行するのは、なんとすばらしいことでしょう! 賢い小さなノームから、いかに多くを学べるかに気づく魔法使いは、ほとんどいない、ー、いや、彼らに正しい名前を与えれば、ゲルヌムブリ・ガルデンシだが」

 「うちのは、すてきな、ののしりことばを、たくさん知ってるけど」とロンが言った。「でも、それはフレッドとジョージが教えたんだと思うな」

 ハリーが、一団の魔法使いを大天幕に案内したとき、ルナが走ってやって来た。

 「こんにちは、ハリー!」彼女は言った。

 「あのう、ー、僕はバーニーだよ」とハリーが、まごつきながら言った。

 「あら、名前も変えたの?」彼女は、元気よく言った。

 「どうして、分ったの、ー?」

 「ああ、あなたの表情で」彼女は言った。

 ルナは、父と同じく、鮮やかな黄色のローブを着ていた。それに合わせて、大きなヒマワリを髪に飾っていた。その鮮やかさに慣れてしまえば、全体の印象は、とても明るく楽しげな雰囲気だった。少なくとも、ラディッシュが耳からぶら下がってはいなかった。

 ゼノフィリウスは、知人と熱心に話しこんでいたので、ルナとハリーが話しているのに気がつかなかった。それから相手の魔法使いに別れをつげて、娘のところに戻ってくると、彼女が指を立てて言った。「パパ、見て、ー、ノームが、ほんとに私にかみついたの!」

 「なんとすばらしい! ノームの唾液は、とても有益なんだ!」とラブグッド氏は言って、ルナののばした指をつかみ、血が流れる、かまれた跡を調べた。「ルナ、いい子だ。もし、今日、急に何かの才能があらわれでるのを感じたら、ー、思いがけなくオペラを歌いたくなるとか、海人語で演説したくなるとか、ー、したら抑えてはいけないよ! ゲルヌムブリから才能をたまわったのだから!」

 ロンが、彼らのそばを通りすぎて反対の方に行きながら、大きく鼻をならした。

 ハリーが親子を席に案内したとき、「ロンは、笑えばいいわ」とルナが晴れやかに言った。「でも、父は、ゲルヌムブリの魔法について、たくさん研究してるのよ」

 「そうなの?」とハリーは言った。ルナや、その父親の変わった見方について異議を唱えるのはやめようと、もうずっと前から決めていた。「でも、かまれた跡に、ほんとに何もつけなくていいの?」

 「あら、大丈夫よ」とルナが言って、夢見るような表情で指をなめながら、ハリーを上から下までじろじろ見た。「あなた、かっこよく見えるわ。私、たいていの人はきっとドレス・ローブを着てくるとパパに言ったの。でもパパは、結婚式には、幸運を招くため、お日様の色を着るべきだと信じてるの」

 彼女が、父を追って、ふわふわと行ってしまうと、ロンが、かなり年配の魔女に腕をつかまれながら、また現れた。カギ形の鼻、縁が赤い目、羽のついたピンクの帽子をかぶった姿は、機嫌の悪いフラミンゴのようだった。

 「・・・それに、あんたの髪は長すぎるよ、ロナルド、一瞬、ジネブラかと思った。マーリンのあごひげにかけて、いったい全体、ゼノフィリウス・ラブグッドは何を着ているんだね? オムレツみたいに見えるよ。で、あんたは誰だい?」彼女は、ハリーにどなった。

 「ああ、ミュリエルおばちゃん、いとこのバーニーだよ」

 「また別のウィーズリーかい? ノームの血が入ってるようにみえるよ。ハリー・ポッターはいないのかい? 会うのを楽しみにして来たのに。あんたの友だちだと思ったが、ロナルド、それとも、ほら話を自慢していただけかい?」

 「いや、ー、彼は来れなかったんだ、ー」

 「ふーむ、言いわけをこさえたのかい? それじゃ、新聞の写真で見るほど、まぬけじゃないね。私は、花嫁に、私のティアラの一番いいつけ方を教えてきたところさ」彼女は、ハリーにどなった。「ゴブリン製だよ、ほら、何世紀も代々、うちの家に伝わってきたのさ。花嫁は、美人だが、ー、フランス人じゃね。さて、さて、私に、よい席を見つけておくれ、ロナルド、私は、百七才で、長く立っていられないんだから」

 ロンが、通りすぎるときハリーに意味ありげな目つきをしてみせ、その後しばらく出てこなかった。次に彼らが入り口で会ったとき、ハリーはもう十二人以上の人を席に案内したあとだった。大天幕は、もうほとんど満員だった。そして初めて、外に並ぶ列がなくなった。

 「悪夢だよ、ミュリエルは」と、ロンがおでこの汗を袖で拭きながら言った。「彼女は毎年クリスマスに来たもんだった、ありがたいことに、フレッドとジョージが、ごちそうのテーブルの、彼女の椅子の下にクソ爆弾を仕掛けたので気を悪くしてね。パパは、彼女が双子を遺言書からはずすだろうと、いつも言ってる、ー、彼らが反省するようにね。でも、彼らは、家族の誰より金持ちになるつもりでいるんだ・・・うわーっ」彼は、つけ加えて、せわしなく目をぱちぱちさせた。ハーマイオニーが、急ぎ足で近づいてきたのだ。「とてもすてきだよ!」

 「常に、驚きの口調で」とハーマイオニーが、ほほえみを浮かべて言った。軽やかな薄紫のドレスを着て、それに合わせたかかとの高い靴をはいていて、髪は滑らかでつやつやしていた。「あなたの偉大なミュリエルおばちゃんは、同意見じゃないわよ。彼女がフラーにティアラを渡してるとき、ちょうど上で会ったの。彼女は言ったわ。『あらまあ、これがマグル出の子かい?』それから『姿勢は悪いし、骨ばった足首だ』って」

 「自分だけだと思うなよ。彼女は、誰にでも無礼なんだ」とロンが言った。

 「ミュリエルのこと話してた?」とジョージが尋ねた。フレッドと、いっしょに大天幕から、また出てきたところだった。「うん、彼女は、僕の耳が不つりあいだって言ったところだよ。うるさいガミガミばばあ。ビリウスおじさんがまだ生きてたら、よかったのになあ。彼は、結婚式というと、笑いの種を提供してくれたよ」

 「死を予告するグリムを見て、二十四時間後に亡くなった人?」とハーマイオニーが尋ねた。

 「うーん、そう、彼は最期の方は、ちょっと変だった」とジョージがしぶしぶ認めた。

 「でも、彼がいかれちまう前は、パーティの花形だったよ」とフレッドが言った。「ファイア・ウィスキーを一瓶ぐいっと飲みほして、ダンス場に走っていって、ローブを持ち上げて、花束を引っぱりだして、ー」

 「まあ、彼は、ほんとうに人気者だったようね」とハーマイオニーが言い、ハリーは笑いころげていた。

 「彼は、どういうわけか結婚しなかったんだ」とロンが言った。

 「びっくりしたわ」とハーマイオニーが言った。

 彼らは、みんな笑っていたので、遅れてきた人が、招待状をロンに差しだすまで、誰も気づかなかった。それは、大きな曲った鼻と、濃くて黒い眉の黒っぽい髪の若い男だったが、ハーマイオニーに目をとめて言った。「君、すばらしい」

 「ビクター!」彼女は、かんだかい声で叫んで、小さなビーズ飾りのバッグを落とした。それは、その大きさにまったく不つりあいな、大きなドスンという音をたてた。彼女は、顔を赤らめて急いでバッグを拾いあげると言った。「知らなかったわ、あなたが、-、まあ、ー、会えてうれしいわ、ー、元気?」

 ロンの耳が、また真っ赤になった。クラムの招待状を、そこに書いてあることばが信じられないように、ちらっと見てから、少し大きすぎる声で言った。「いったい全体どうして、ここに来たんだい?」

 「フラーに招待された」とクラムが眉をあげながら言った。

 ハリーは、クラムに対してまったく恨みはなかったので、握手した。それから、ロンの近くから離すのが賢明だとさっして、クラムを席に案内しようと申しでた。

 二人が、もう混みあっている天幕に入ったとき「君の友だちは、僕に会ってうれしくなさそうだ」とクラムが言った。「それとも、彼は君の親戚かい?」彼は、ハリーの赤い巻き毛をちらっと見て、つけ加えた。

 「いとこ」ハリーはもごもごと言ったが、クラムはまともに聞いていなかった。クラムがあらわれると、特にヴィーラのいとこたちのあいだに、ざわめきがおきた。彼は、結局のところ、有名なクィデッチの選手なのだ。人々が、まだ首をのばして彼をよく見ようとしているときに、ロン、ハーマイオニー、フレッド、ジョージが通路を急いでやって来た。

 「席に着く時間」フレッドがハリーに言った。「さもないと、花婿に轢かれちまう」

 ハリー、ロン、ハーマイオニーは、フレッドとジョージの後ろの二列目に座った。ハーマイオニーの顔は、まだピンクがかっていて、ロンの耳は、まだ真っ赤だった。少しして、彼がハリーにぶつぶつ言った。「あいつが、ばかみたいな小さなあごひげ生やしてたの見たか?」

 ハリーは、あいまいなうなり声をあげた。ピンと張りつめて期待するような空気が暖かい天幕のなかに満ちた。全体のざわめき声が、ときおり興奮した笑い声でかき消された。ウィーズリー夫妻が通路を進んできた。ほほえみながら親戚に手をふっていた。ウィーズリー夫人は、新しいすみれ色のローブを着て、それに似合う帽子をかぶっていた。

 その少し後、ビルとチャーリーが大天幕の前方に立った。二人ともドレス・ローブを着て、ボタン穴に大きな白バラをさしていた。フレッドが、ヒューッと口笛を吹き、ヴィーラのいとこたちが、どっと笑った。それから、金色の風船のように見えるものから音楽が大きく聞え、一同は静かになった。

 「おぉぉぉっ!」とハーマイオニーが、座ったまま、ふりかえって入り口を見て声をあげた。

 集まった魔女や魔法使いが、いっせいに大きなため息をついた。デラクール氏とフラーが通路を歩いてきたのだ。フラーは滑るように、デラクール氏は、はねるように。そしてにっこり笑っていた。フラーは、飾り気のない白いドレスを着ていたが、強い銀色の輝きを発しているようだった。いつも、彼女の輝きに比べると誰でもかすんでしまうのだが、今日は、彼女の輝きが当たった人すべてが、美しくなるようだった。ジニーとガブリエルが、二人とも金色のドレスを着て、いつもよりかわいく見え、フラーが、ビルの所に行くと、彼は、フェンリル・グレイバックに会わなかったかのように見えた。

 「皆様」と、少し歌っているような声がした。ハリーは、ダンブルドアの葬儀にいたと同じふさふさした髪の小柄な魔法使いが、ビルとフラーの前に立っているのを見て少しショックを受けた。「今日、ここに集い、二つの貞節な魂が結ばれるのを、祝いましょう・・・」

 「ええ、私のティアラのおかげで、すべてが立派に見えること」とミュリエルおばちゃんが、かなりよく通るささやき声で言った。「だが、ジネブラのドレスは、胸元があきすぎているね」

 ジニーがちらっとふりむいて、ハリーに、にやっと笑いかけてウィンクした。それから、すばやく前に向きなおった。ハリーの心は、天幕から遠くさまよいだし、校庭の誰もいないところでジニーと二人だけで過ごした午後の日へ戻っていった。それは、ずっと昔の出来事のような気がした。いつも、ほんとうであるには、すてきすぎると思い、額に稲妻形の傷跡がない、ふつうの人生から輝かしい時間を盗みとっているような気がしたものだ・・・

 「なんじ、ウィリアム・アーサーは、フラー・イザベルを・・・?」

 前列で、ウィーズリー夫人とデラクール夫人がレースの端に顔を当てて静かにすすり泣いていた。天幕の後ろから、トランペットのような音が聞えて、皆に、ハグリッドがテーブル掛けくらいの大きさのハンカチを取りだしていたのが分った。ハーマイオニーがハリーの方を向いてにっこり笑いかけた。その目も涙で、いっぱいだった。

 「・・・それでは、私は、あなた方が死ぬまで結ばれることを宣言します」

 ふさふさ髪の魔法使いが、杖をビルとフラーの頭上、高く上げると、銀の星が、からませた二人の指のまわりに、らせん状に降りそそいだ。フレッドとジョージの先導で拍手喝采がひとしきりおこると、頭上の風船が割れた。極楽鳥や、小さい金の鐘が、それぞれの風船から飛びだして浮かび、喝采に歌と鐘の音を添えた。

 「皆様」と、ふさふさ髪の魔法使いが呼びかけた。「ご起立下さい!」

 全員が立ちあがった。ミュリエルおばちゃんは、聞こえよがしにぶつぶつ言った。彼が杖をふると、皆が座っていた椅子が、優美に空中に上がり、天幕のキャンバス地の壁が消えて、皆は、金の柱に支えられた天蓋の下に立っていた。日がさす果樹園と、そのまわりの田園風景のすばらしい眺めが広がっていた。次に、天蓋の真ん中から溶けた金が流れて広がり、輝くダンス場になった。空中に止まっていた椅子は集まって、白い布がかかった小さいテーブルになり、優美に地上に戻ってきて、ダンス場のまわりにおさまった。そして金色の上着のバンドが、演奏台の方にぞろぞろと進んできた。

 ウェイターがあらゆる方にあらわれたとき「順調だ」とロンが満足げに言った。彼らは、パンプキン・ジュースやバター・ビールやファイア・ウィスキーをのせた銀のお盆を持っていたり、タルトやサンドイッチの山を、よろめきながら運んでいたりした。

 「お祝いを言いにいかなくちゃ!」とハーマイオニーが言って、つま先立ちで、ビルとフラーが祝い客の中に消えてしまった場所を見ようとした。

 「後で、時間あるよ」とロンが肩をすくめて、通りすぎるお盆から、バタービールを三本ひったくり、一本をハリーに渡した。「ハーマイオニー、ちょっと待って、座る場所取ろう・・・そこじゃない! ミュリエルの近くはだめ、ー」

 ロンが先に立って、右左を見ながら、誰もいないダンス場を横切っていった。ハリーは、ロンがクラムのいない場所を探しているに違いないと思った。天幕の反対側につくまでには、大部分のテーブルが取られていた。空席がたくさんあるテーブルにはルナが一人で座っていた。

 「いっしょに座っていいかな?」とロンが尋ねた。

 「ええ、どうぞ」彼女はうれしそうに言った。「パパは、ビルとフラーにプレゼントをあげにいったとこなの」

 「何それ? ガーディの根を一生分とか?」とロンが尋ねた。

 ハーマイオニーが、テーブルの下で彼の足をけろうとしたが、代わりにハリーをけってしまった。ハリーは、痛くて涙目になったので、しばらく会話についていけなかった。

 バンドが演奏を始めた。ビルとフラーが、ダンス場で最初に踊りはじめ、大喝采を浴びた。しばらくしてウィーズリー氏がデラクール夫人をダンスに誘い、ウィーズリー夫人とフラーの父親が続いた。

 「この歌、好きよ」と、ルナがワルツのような曲に合わせて体をゆすりながら言った。そして数秒後、立ちあがるとダンス場の方に滑るように行ってしまい、そこで、一人きりで目を閉じ、腕をふりながら回っていた。

 「彼女って、すごくない?」とロンが、誉めるように言った。「いつも注目に値するよ」

 けれど、彼の笑いは、すぐ消えた。ビクター・クラムが、ひょいとやって来て、ルナがいなくて空いた席に座ったのだ。ハーマイオニーは、楽しげにそわそわしているようだった。けれど、今回クラムは彼女を誉めにやってきたのではなかった。しかめっ面をして、彼は言った。「あの黄色いのを着た男は誰だ?」

 「あれは、ゼノフィリウス・ラブグッド。僕たちの友だちの父親」とロンが言った。クラムが怒っているのは明らかなのに、ロンのけんか腰の口調で、二人いっしょにゼノフィリウスのことを笑いあうつもりがないのが分った。そして、唐突にハーマイオニーに向ってつけ加えた。「踊ろう」

 彼女は、あっけにとられると同時に喜んだように立ちあがった。二人は、いっしょに、ダンス場の増えていく群衆の中に姿を消した。

 「ああ、彼らは、つきあっているのか?」とクラムが、少しのあいだ気を逸らされて尋ねた。

 「ええと、ー、そんなような」とハリーが言った。

 「君は誰だ?」クラムが尋ねた。

 「バーニー・ウィーズリー」

 彼らは握手した。

 「君ね、バーニー、ー、君は、このラブグッドという男、よく知っているか?」

 「いや、今日初めて会った。なぜ?」

 クラムは、飲み物ごしに、ダンス場の反対側で数人の魔法使いとしゃべっているゼノフィリウスをにらみつけた。

 「なぜなら」とクラムが言った。「もし、彼がフラーの客でなかったら、僕は、今この場で決闘を申しこむ。なぜなら、胸に、あの汚らわしい印をつけているからだ」

 「印?」とハリーも、ゼノフィリウスの方を見ながら言った。奇妙な三角の目が、その胸に光っていた。「なぜ? あれの何が悪いのかい?」

 「グリンデルワルド・・・あれは、グリンデルワルドの印だ」

 「グリンデルワルド・・・ダンブルドアが、うち負かした闇の魔法使い?」

 「そのとおり」

 クラムのあごの筋肉が、歯をかみしめているように動いていたが、それから言った。「グリンデルワルドは、たくさんの人を殺した。僕の祖父もその一人だ。もちろん、彼は、この国ではそれほど力がなかった。ダンブルドアを恐れているからだと言われていた、ー、そして、彼がどんなふうにやられたかを見ると、それは正しかった。でも、あれは、ー」彼は、ゼノフィリウスを指さした。「あれは、彼の印だ。僕は、すぐに分った。グリンデルワルドは、生徒だった頃にダームストラング校の壁に、あの印を彫りこんでいた。何人かの愚かものが、ぎょっとさせようとか自分を偉く見せようとか思って、あの印を真似して本や服につけていた。ー、グリンデルワルドに家族を奪われた僕たちが、思いしらせてやったので、やめたが」

 クラムは、おどすようにげんこつをポキポキ鳴らしながら、ゼノフィリウスをにらみつけていた。ハリーは、まごついていた。ルナの父親が、闇魔術の支持者だったなど、とてもありそうにないことだったし、天幕の中で三角形のルーン文字のような印の意味が分った人は、他に誰もいないようだった。

 「君は、ー、そのう、ー、ぜったい確かだと思うのかい、あれがグリンデルワルドのだって、ー?」

 「僕は、まちがえない」とクラムが冷たく言った。「僕は、学校にいた数年間、あの印のそばを通りすぎていたんだ。よく知っている」

 「あのう、ひょっとしたら」とハリーが言った。「ゼノフィリウスは、あの印の意味をちゃんと分っていないんじゃないかな。ラブグッド家はとても・・・風変わりなんだ。彼は、あの印をどこかで見つけて、ねじり角のスノーカックだか何かの断面だと思ったのかもしれない」

 「何の断面だって?」

 「そのう、それが何だか知らないけど、彼と娘は休みの日にそれを探しにいくらしいんだ・・・」

 ハリーは、ルナと父親のことを説明するのは、うまくいかないと思った。

 「あれが、彼の娘だ」と言って、ルナを指さした。彼女は、ブヨを追いはらおうとするように、頭の回りに腕をふりまわしながら、まだ一人で踊っていた。

 「なぜ、彼女は、あんなことをしている?」とクラムが尋ねた。

 「きっと、ラックスパートを追いはらおうとしてるんだ」と、その徴候が分ったハリーが言った。

 クラムは、ハリーが、からかっているのかどうか分らないようだった。彼は、ローブの中から杖を引きだし、おどすように太ももの上に軽く当てた。杖の先から火花が飛びちった。

 「グレゴロビッチ!」とハリーが大声で言ったので、クラムがびっくりした。しかしハリーはとても興奮していたので気がつかなかった。クラムの杖を見たとたん、記憶がよみがえったのだ。三校対抗魔法試合の前に、オリバンダーが、それを手に取り、注意深く調べていた。

 「彼がどうした?」とクラムが疑わしげに聞いた。

 「彼は、杖職人だ!」

 「知っている」とクラムが言った。

 「彼は、君の杖をつくったんだ! だから、僕は思ったんだ、ー、クィデッチのことを・・・」

 クラムは、もっともっと疑わしげに見えた。

 「グレゴロビッチが、僕の杖をつくったと、どうして知っている?」

 「僕・・・僕、どこかで読んだ、と思う」とハリーが言った。「あの、ー、サポーターの雑誌で」彼は、大胆にでっちあげた。クラムは、少し気をよくしたようだった。

 「サポーターと杖のことを話しあった覚えはない」彼は言った。

 「それで・・・そのう・・・最近、グレゴロビッチはどこにいるのかい?」

 彼は、まごついたようだった。

 「数年前に引退した。僕は、グレゴロビッチの杖を買った最後の者たちの一人だ。あれは最高だ、ー、もちろん、君たちイギリス人は、オリバンダーから、たくさん買っていることは知っているが」

 ハリーは答えないで、クラムのように踊る人たちを眺めているふりをして、一生懸命考えていた。じゃ、ヴォルデモートは、ほめたたえられた杖職人を捜していたのだ。そして、ハリーは、その理由をあれこれ考える必要はなかった。ヴォルデモートが、空を渡って追跡してきたあの夜、ハリーの杖がしたことのためだ。ヒイラギとフェニックスの羽の杖が、借りた杖を、うち負かしたからだ。それは、オリバンダーが、予想もしくは理解することができないことだった。グレゴロビッチの方が、もっとよく知っているのだろうか? 彼は、ほんとうにオリバンダーよりも腕がよいのだろうか? オリバンダーが知らない杖の秘密を知っているのだろうか?

 「あの女の子は、とてもきれいだ」とクラムが言ったので、ハリーは自分のまわりに引きもどされた。クラムは、ルナといっしょになったジニーを指さしていた。「彼女も君の親戚か?」

 「うん」とハリーが、急にいらいらして言った。「彼女は、つきあってる男がいる。嫉妬深いタイプで、大柄なやつだ。怒らせない方がいい」

 クラムがうなった。

 彼は、グラスを飲みほして立ちあがりながら言った。「きれいな女の子がみんな取られてしまうなら、国際的クィデッチ選手であったって、いったい何のメリットがあるというんだ?」

 そして、彼は大またで歩いていった。後にのこされたハリーは、通りすぎるウェイターからサンドイッチを取り、混雑したダンス場の縁をぐるっと回っていった。ロンを見つけて、グレゴロビッチについて話したかったが、ダンス場の真ん中でハーマイオニーと踊っていた。ハリーは、金の柱にもたれて、フレッドとジョージの友だちの、リー・ジョーダンと踊っているジニーを見ながら、ロンとした約束を恨めしく思わないようにしようと努めた。

 彼は、これまで結婚式に出たことはなかった。それで、魔法界のお祝いが、マグルのとどんなふうに違うのか判断できなかった。けれど、マグルの式には、ウェディング・ケーキのてっぺんに模型のフェニックスが、のっていてケーキを切ると飛んでいくとか、シャンパンの瓶が、客たちの中を何も支えがなくて浮かんでいるようなことは、ぜったいにないだろうと思った。夕暮れが迫り、ガが天蓋の下を飛びまわり、浮かんでいる金の提灯に明かりが、ともり、お祭り騒ぎは、いよいよ歯止めがきかなくなってきた。フレッドとジョージが、フラーのいとこの二人連れと、暗闇に姿を消してから長いこと、たっていた。チャーリーと、ハグリッドと、紫のフェルト帽をかぶったずんぐりした魔法使いは、隅で「英雄オード」の歌を歌っていた。

 ハリーが自分の息子かもしれないと思っている、ロンの酔っぱらったおじさんから逃げるために、人混みの中をうろつきながら、ハリーは、年とった魔法使いがテーブルのところに一人で座っているのを見つけた。白髪が顔の回りに雲のようにとりまいていて、全体が古いタンポポの綿毛のように見え、その上に、赤いフェルトの縁なし帽をのせていた。ハリーは、その人に、ぼんやりと見覚えがあったので、脳みそをしぼって考え、突然、これは、エルフィアス・ドージェだと分った。フェニックス騎士団のメンバーであり、ダンブルドアの追悼文を書いた人だ。

 ハリーは、近づいていった。

 「座っていいですか?」

 「もちろん、もちろん」とドージェが、かなり高くて、ぜーぜー言う声で言った。

 ハリーは、前かがみになった。

 「ドージェさん、僕はハリー・ポッターです」

 ドージェは、はっと息をのんだ。

 「君か! アーサーが、君が変装して出席していると言っておったが・・・とてもうれしいよ、とても光栄なことだ!」

 心配しながらも喜びに震えて、ドージェは、グラスにシャンパンを注いでハリーに渡した。

 「君に手紙を書こうかと思っていた」彼は、ささやいた。「ダンブルドアの後・・・ショックで・・・君のために、きっと・・・」

 ドージェの小さな目に突然、涙があふれた。

 「デイリー・プロフェット紙に書かれた追悼記事を読みました」とハリーが言った。「あなたが、ダンブルドア先生と、あんなに親しかったとは思いませんでした」

 「他の誰よりも」とドージェが、ナプキンで目をたたいて涙をふきながら言った。「私が、彼を、いちばん古くから知っているのは確かだ。アバーフォースを勘定に入れなければの話だが、ー、それに、どういうわけか、アバーフォースは勘定に入れられないようだ」

 「デイリー・プロフェットといえば・・・ご覧になったかどうか、ドージェさん?」

 「ああ、どうかエルフィアスと呼んでくれ、君」

 「エルフィアス、ダンブルドアについてのリタ・スキーターのインタビューをご覧になりましたか?」

 ドージェの顔に、怒りの色が広がった。

 「ああ、ハリー、見たよ。あの女、というよりハゲワシと言った方が適切だが、話をしろと、非常にうるさくせがんだ。言うも恥ずかしいが、私は、かなり無礼にふるまい、うるさいしわくちゃばばあと呼んだ。その結果、君が見ただろうが、私が、ぼけたという中傷になった」

 「あのう、あのインタビューの中で」とハリーが続けた。「リタ・スキーターは、ダンブルドア先生が、若い頃に闇魔術に関わったと暗示しています」

 「あれの一言も信じるでない!」とドージェが即座に言った。「一言もだ、ハリー! 何物にも、君のアルバス・ダンブルドアの記憶を汚されてはならぬ!」

 ハリーは、ドージェの熱をこめた、苦しんでいる顔を見つめ、安心したのではなく、欲求不満に感じた。ドージェは、ほんとうに、ハリーが、、そんなに簡単に、あの記事を単純に信じないようにできると思っているのだろうか? ハリーが、すべてを正しく知る必要があるのが、ドージェは分らないのだろうか?

 ドージェは、ハリーが納得できないのを推測したのか、心配そうに急いで続けた。「ハリー、リタ・スキーターは、恐ろしい、ー」

 けれど、メンドリのようなかんだかい声にさえぎられた。

 「リタ・スキーター? ああ、私は大好きだよ、いつも読んでいる!」

 ハリーとドージェが見あげると、ミュリエルおばちゃんが、そこに立っていた。帽子の羽飾りが踊るようにゆれ、シャンパンのグラスを手にしていた。「彼女は、ダンブルドアについて本を書いたよ、ほら!」

 「やあ、ミュリエル」とドージェが言った。「そうだ、その話をしておったところだ、ー」

 「ほらほら、あんたの椅子をおくれ。私は百七才なんだからね!」

 別の赤毛のウィーズリーのいとこが、驚いて椅子から飛びあがった。ミュリエルおばちゃんは、驚くべき力で、その椅子をぐいと回し、ドージェとハリーの間にストンと腰を下ろした。

 「また会ったね、バリーだか、名前は何でもいいが」彼女は、ハリーに言った。「さてと、リタ・スキーターについて何を言ってたんだい、エルフィアス? 彼女が、ダンブルドアの伝記を書いたのは知ってるだろう? 読むのが待ちきれないよ。フロリッシュ・アンド・ブロッツ書店に注文するのを忘れないようにしなけりゃ!」

 ドージェは、これに対し、堅苦しく重々しい様子をしたが、ミュリエルおばちゃんはグラスを飲みほし、骨ばった指をならして、通りかかったウェイターを呼びとめ、お代りを頼んだ。そして、またシャンパンをぐいっと一飲みすると、げっぷをして言った。「ぬいぐるみのカエルの一組みたいに、呆然とするんじゃないよ! アルバスが、たいそうご立派になる前には、とてもおかしな噂があったのさ!」

 「よく知らずに、あら探しをする」とドージェが、またラディッシュのように赤くなって言った。

 「あんたは、そう言うだろうよ、エルフィアス」とミュリエルおばちゃんが、メンドリのような、かんだかい声で言った。「あの追悼記事の中で、どんなにしどろもどろだったことか!」

 「あんたが、そう思うのは残念だ」とドージェが、さらに冷たく言った。「私は、心をこめて書いたと断言する」

 「ああ、あんたがダンブルドアを崇拝していたことは皆が知ってる。彼がスクイブの妹を捨てたと分っても、あんたは、きっと彼が聖人だったと考えるだろうと、私は思うよ!」

 「ミュリエル!」とドージェが叫んだ。冷えたシャンパンと関係ないうすら寒さが、ハリーの胸の中に忍びこんできた。

 「どういう意味?」彼はミュリエルに尋ねた。「彼の妹がスクイブだと誰が言ったの? 彼女は病気なんだと思ってたけど?」

 「それじゃ、あんたの考えは、まちがってるよ、バリー!」とミュリエルおばちゃんが、自分が言ったことに反響があったのを喜びながら言った。「ともかく、どうやって、そのことについて事実が分ると言うんだい? あんたが考えられないくらい何年も何年も前におこったことだ。ほんとうのところ、その当時、生きていた私らは、実際、何がおきたのかを、ぜんぜん知らない。だから、スキーターが何をあばいたのか知りたくてたまらないんだよ! ダンブルドアは、妹のことを長いこと隠していたんだ!」

 「事実ではない!」と、ドージェが、息をぜいぜいさせて言った。「まったくもって、事実ではない!」

 「先生は、僕に、妹がスクイブだなんて言わなかった」とハリーが、思わず言ったが、おなかの中は、まだ冷たかった。

 「いったい全体、何だって、あんたに言わなくちゃならないんだい?」と、ミュリエルが、かんだかい声で叫び、ハリーをもっとよく見ようとして、椅子の中でからだをゆらした。

 「アルバスが、アリアナのことを言わなかったわけは」とエルフィアスが、感情がこみあげたため堅苦しい声で言いはじめた。「私には、とてもよく分る。彼は、彼女の死に、うちひしがれていたのだ、ー」

 「いったいなぜ、誰も彼女に会ったことがなかったんだい、エルフィアス?」と、ミュリエルが、ガーガー鳴くような声で言った。「なぜわれわれの半分が、彼女のお棺を家から運びだし葬式をするまで、彼女がいたことさえ、知らなかったんだい? アリアナが、地下室に閉じこめられていたあいだ、聖人のようなアルバスは、どこにいた? ずっと離れたホグワーツで光り輝いていて、実家で何がおきているか気にもとめなかったんだ!」

 「『地下室に閉じこめられていた』って、どういう意味?」と、ハリーが尋ねた。「何があったの?」

 ドージェは、うちひしがれた様子だッた。ミュリエルおばちゃんは、またメンドリのような声でクックッと笑って、ハリーに答えた。

 「ダンブルドアの母親は、恐ろしい女だった。ただもう恐ろしい。マグルの出でね。そうでないふりをしていたと聞いたが、ー」

 「彼女は、ぜったいにそのようなふりなどしなかった! ケンドラは、すばらしい人だった」とドージェが、みじめな様子でささやいた。けれど、ミュリエルおばちゃんは、それを無視した。

 「高慢ちきで、いばりちらしていた、スクイブを生んだことを恥かしく思うような、ー」

 「アリアナは、スクイブではなかった!」とドージェが、息をぜいぜいさせて言った。

 「あんたは、そう言うがね、エルフィアス、それじゃ、なぜ彼女がホグワーツに入らなかったのか説明しておくれ!」と、ミュリエルおばちゃんが言った。彼女は、ハリーの方に向きなおった。「私たちが若い頃はね、スクイブは、秘密にすることがよくあったんだよ。家の中に少女を閉じこめて、彼女が、いないふりをする、ー」

 「言っとくが、そんなことは、おこらなかった!」とドージェが言ったが、ミュリエルおばちゃんは、まだハリーに向って、どんどん言いつづけた。「スクイブは、マグルの学校に追いはらわれて、そこになじむようにさせるのが、ふつうだった・・・その方が、魔法界に居場所を見つけようとするより、ずっと思いやりがあった。魔法界では、ぜったいに二流にしかなれなかったからね。だが、当然ケンドラ・ダンブルドアは、娘をマグルの学校にやるなんて夢にも思わなかった、ー」

 「アリアナは虚弱だった!」とドージェが絶望的な様子で言った。「彼女は病弱すぎて、許されなかった、ー」

 「家を出るのを許されなかった?」とミュリエルが、メンドリの鳴くような声で言った。「それなのに、彼女は、セント・マンゴ病院に通わなかったし、家に、癒し手が呼びつけられたこともない!」

 「ほんとに、ミュリエル、いったいどうしてそんなことが、ー」

 「教えてあげるけどね、エルフィアス、私のいとこのランスロットは、あの頃、セント・マンゴで癒し手だった。それで、彼が、家族の内輪だけの話として、アリアナは、一度も病院に来たことがないと言った。きわめて疑わしい、とランスロットは考えていたよ!」

 ドージェは、今にもどっと泣きだしそうにみえた。ミュリエルおばちゃんは、とても楽しんでいるようで、指をならしてシャンパンのお代りを頼んだ。ハリーは、ショックを受けながら、ダーズリー家が、彼が魔法使いだというだけで、閉じこめ隠したことを考えた。ダンブルドアの妹は、彼と反対の理由で、同じめにあったのだろうか? 魔法が使えないため閉じこめられたのだろうか? ダンブルドアは、ほんとうに彼女をそのままに放っといて、自分が優秀で才能があることを証明するためにホグワーツに行ったのだろうか?

 「さて、もしケンドラが先に死ななかったら」ミュリエルが、また話しはじめた。「アリアナを殺したのは、彼女だと言っただろうがね、ー」

 「何と言うことを、ミュリエル」とドージェが、うめいた。「母親が自分の娘を殺すと言うのか? 何を言っているのか考えてみなさい!」

 「もし、問題になっている母親が、娘を何年も何年も閉じこめておいたのなら、そう言えるじゃないか?」とミュリエルおばちゃんが、肩をすくめた。「だが、私が言ったように、それは事実に合わない。ケンドラは、アリアナより先に死んだのだから、ー、そのことを、誰も確かだとは、ー」

 「ああ、アリアナが、母親を殺したのは疑いない」とドージェが、あざけったところを見せようと、思いきって言ってみた。「どうだ?」

 「ああ、アリアナが自由になりたくて捨てばちになって、もみあっているうちにケンドラを殺したかもしれない」とミュリエルおばちゃんが、考えこみながら言った。「好きなだけ、首を横にふって否定しつづければいいさ、エルフィアス! あんたは、アリアナの葬儀に参列したんだろ?」

 「そうだ」とドージェが唇をふるわせて言った。「あれほど、絶望的に悲しい状況を見たことがない。アルバスは、心が張りさけるほど、うちひしがれていた、ー」

 「張りさけるというか壊れたのは、心ばかりじゃない。葬儀の途中で、アバーフォースが、アルバスの鼻を壊したというか折ったのじゃないかい?」

 もし、ドージェが、これより前にショックを受けたように見えたとしても、今に比べたら何でもないほどだった。ミュリエルが、彼を剣で突きさしたかのようだった。彼女は、メンドリのような声で大きくカッカッと笑って、シャンパンを、またぐいぐい飲んだので、あごにしたたり落ちた。

 「どうして、それを、ー」とドージェが、しゃがれ声で言った。

 「私の母は、バチルダ・バグショットと友だちだった」と、ミュリエルおばちゃんは、うれしそうに言った。「バチルダが、母に、ことのてんまつを話すあいだ、私は扉のところで聞いていたんだよ。お棺の横で大げんか! バチルダの話では、アバーフォースは、アリアナが死んだのは、みんなアルバスのせいだとどなって、顔をぶんなぐったそうだ。それをアルバスは避けもしなかったそうだ。それ自体、奇妙なことだ。アルバスは、両手を後ろ手に縛られていたって、決闘でアバーフォースをやっつけることができたのに」

 ミュリエルは、またシャンパンをぐいぐい飲んだ。昔の醜聞をくりかえすことは、ドージェにショックを与えたのと同じくらい、彼女を元気づけたようだった。ハリーは、どう考えていいか、何を信じたらいいか分らなかった。真実を知りたかった。けれど、ドージェは、そこに座って、アリアナは病気だったと弱々しく哀れっぽく言うだけだった。ハリーは、もし、そんな残酷なことが家の中で、おこっているのに、ダンブルドアが放っておいたなどとは、ほとんど信じることができなかった。それでも、その話に妙なところがあるのは疑いなかった。

 「それに、別のことを教えるよ」ミュリエルが、グラスを置いて、少ししゃっくりをしながら言った。「バチルダが、リタ・スキーターに秘密をぶちまけたと思うんだ。ダンブルドアと親しい重要な情報源についての、スキーターのインタビューのほのめかし、ー、他に誰も知らないけど、彼女は、アリアナ事件のあいだ、ずっと近くにいたから、その情報源にぴったり合う!」

 「バチルダは、リタ・スキーターと話したことはない!」とドージェがささやくように言った。

 「バチルダ・バグショット?」ハリーが言った。「『魔法歴史』を書いた人?」

 その名前は、ハリーの教科書の一冊の表紙に印刷されていた。熱心に読んだとは言えないことは認めるが。

 「そうだ」とドージェが、おぼれかけている人が救命帯をつかもうとしているように、ハリーの質問に飛びついて言った。「とても才能のある魔法歴史学者であり、アルバスの旧友だ」

 「最近は、完全にもうろくしたと聞いたがね」とミュリエルおばちゃんが、楽しそうに言った。

 「もしそうなら、それに、つけこむとは、スキーターは、なおさら卑劣なやつだ」とドージェが言った。「そして、バチルダの発言に対し、まったく信用がおけなくなる!」

 「ああ、記憶を呼びおこす方法はあるし、リタ・スキーターは、そういうのをよく知っているに違いない」とミュリエルおばちゃんが言った。「だが、たとえバチルダが完全にいかれていても、古い写真や、ひょっとしたら手紙だって持っているに違いない。彼女は、ダンブルドア家と、とても長いつきあいなんだから・・・まあ、ゴドリック盆地へ、はるばる行った価値はあると思っているよ」

 ハリーは、バタービールを一口飲んでいたが、むせてしまった。ハリーが、涙を流してミュリエルおばちゃんを見ながら咳きこんでいるあいだ、ドージェが背中をたたいてくれた。声が出せるようになるやいなや、彼は尋ねた。「バチルダ・バグショットは、ゴドリック盆地に住んでるの?」

 「ああ、そう。彼女は、ずっとあそこに住んでいるよ! パーシバルが投獄されて、ダンブルドア家は、あそこに引っこした。それでお隣さんになったのさ」

 ダンブルドア家は、ゴドリック盆地に住んでたの?」

 「そうだよ、バリー、今そう言っただろ?」とミュリエルおばちゃんが気短に言った。 ハリーは、体の内部が流れだして空っぽになったように感じた。今までの六年間で一度も、ダンブルドアはハリーに、二人ともゴドリック盆地に住んだことがあり、そこで愛する者を失ったという話をしたことがなかった。なぜだろう? リリーとジェイムズは、ダンブルドアの母親と妹の近くに埋葬されたのだろうか? ダンブルドアは、母と妹のお墓参りをするときに、リリーとジェイムズのお墓参りもしに立ちよったのだろうか? そのことを、彼は一度もハリーに話したことがなかった・・・わざわざ、言おうともしなかった・・・

 それが、どうしてそんなに重要なのか、ハリーは、自分自身にさえ説明できなかった。けれど、ハリーは、ダンブルドアが、この場所とこの経験の共通の思い出を持っていたことを言わなかったのは、嘘と同等だと感じた。彼は、前方を見つめていたが、まわりで何が起きているかほとんど気がつかなかったし、ハーマイオニーが人混みからあらわれて、彼のそばの椅子に近づいてきたのにも、気がつかなかった。

 「もう、これ以上は踊れない」彼女は、息をきらせながら言って、靴を片方脱ぎ、足の裏をこすった。「ロンは、バター・ビールを探しにいったわ。ちょっと変なんだけど、ビクターが、ルナのお父さんの前から怒っていってしまうのを見たの。言い争ってたみたいだった、ー」彼女は、声を落として、彼を見つめた。「ハリー、大丈夫?」

 ハリーは、どこから話してよいか分らなかった。けれどそれは問題にはならなかった。ちょうどそのとき、大きな銀色のものが、天蓋を通って、下のダンス場に落ちてきた。そしてヤマネコが、優美に輝きながら、びっくり仰天している踊り手たちの真ん中に軽やかに着地した。近くで踊っていた人たちは、首をそちらに向け、ダンスの途中で、こっけいにもその場で固まっていた。そのとき、パトロナスの口が大きく開き、キングズリー・シャックルボルトの大きく深くゆっくりした声で話した。

 「魔法省が、敵の手に落ちた。スクリンジャーは死んだ。敵がやってくる」
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